それから数日、のび太はどこか魂が抜けたように毎日を送っていた。
「まだ、ザンダクロスのこと、引きずっているのか?」
先生に怒られて残らされていたのび太と共に和人は通学路を帰っていた。
「うん……あれだけかっこいいのに、もう会えないと思うと」
「それだけ気に入っていたのか」
話していると背後からプロペラ音が聞こえてくる。
和人が振り返ると緑色のロボットがのび太のランドセルを奪う。
「あ、返せ!」
「裏山に行くぞ」
「スネ夫のロボットだな!」
二人がロボットを追いかけると木の上にジャイアンとスネ夫がいた。
笑いながら地面に飛び降りると昨日の雨で濡れていた木から大量の水滴が落ちる。
先日、大雨が降ったばかりだったから、木々に水がついたままだったのだろう。
「やぁい!のび太!ビルよりでっかいロボットはどうしたぁ!」
ブルブルとその場のメンバーが体の水滴を払う。
ジャイアンの言葉にのび太は戸惑う。
「え、何のこと?」
「とぼけるなぁ!!」
「あぁ、あれ?ウソだよ」
「「うそぉ!?」」
「そこまで過剰反応する必要ないだろ?あの場のノリみたいなものさ」
何とかやり過ごそうとする二人だが、頭に血が上っているジャイアンとスネ夫は聞かない。
のび太を拘束したジャイアンがスネ夫に攻撃を指示する。
和人が止めようとして飛びかかり、スネ夫の操縦が狂い、緑のロボットはジャイアンを蹴り飛ばす。
「スネ夫ぉおおおおおおおおおおおおお!」
「悪いのはのび太だよぉおおおお!」
「まぁてぇのび太ぁああああああああああああ!」
「お前ら落ち着けって!」
四人が走り回る中、一人の少女が声をかける。
「貴方、のび太?」
その声に四人は動きを止める。
現れたのは長い髪を揺らしている綺麗な少女。
青いスカートに桃色のシャツだけの格好だが、それでも美少女であることは変わりなかった。
だから、彼らは見惚れてしまう。
あまり女性に興味がない和人ですら頬を赤らめていた。
倒れているのび太の手を引いて立たせる。
「そう、だけど」
「私はリルル。あなたを探していたの」
「リルル?外国人みたいな名前だなぁ」
「ガイコクジン?まぁいいわ、行きましょう」
のび太の言葉にリルルは首を傾げつつ、手を引いて歩き出す。
慌てて和人がその後を追う。
「待てぇ!」
「僕達がのび太に用事があるんだぞ!」
ジャイアンとスネ夫が叫ぶがリルルという少女は無視する。
「無視したぁ!?」
「やれ、ミクロス!」
スネ夫がロボットをコントローラーで操る。
のび太に迫る中、リルルはロボットの前で指を振るう。
すると反転してロボットがスネ夫とジャイアンへ攻撃していく。
「スネ夫ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「コントロールが効かないんだよぉおおおおおおおおおおおお!?」
ロボットに追いかけられて走るスネ夫とジャイアン。
和人とのび太はその光景を見ているだけしかなかった。
「貴方は?」
「あ、か、彼は僕の親友だよ!行こう和人」
「おう」
二人はリルルを連れて野比家へ向かう。
のび太が一階でジュースやお菓子を用意している中。和人とリルルは二階ののび太の部屋にいた。
「(この子、何を探しているんだ?)」
部屋に入ってからリルルはしきりなしに周囲を調べていた。
机の中や窓の外。
流石にのび太の机の上に乗って窓から外を見ている時は目をつむった。
「って、何しているの!?」
「どこにあるの?」
「何のこと?」
「ロボットよ。ビルより巨大なロボット」
「「ロボット!?」」
リルルの言葉にのび太と和人は同時に叫ぶ。
「そ、そんなものあるわけないじゃないか」
「……そう」
「なぁ、どうして、ロボットを探しているんだ?」
「この星へバラバラにして送ったはずなの……でも、連絡が取れなくて」
「もしかして、キミがあの破壊ロボットの持ち主!?」
「お、おい!」
のび太の言葉に和人が止めようとするが遅かった。
「破壊ロボット!?やっぱり知っているのね」
リルルの探るような言葉にのび太は手で口を隠す。
問い詰めるようにのび太を見て、リルルは口を開く。
「あれは破壊ロボットじゃないわ。土木工事用なのよ」
「土木工事?」
「あのビームが」
戸惑うのび太と和人。
脳裏を過るのはザンダクロスによって倒壊したビルだったもの。
泣き崩れるしずかの顔。
そんな二人へ懇願するようにリルルが言う。
「お願い、ロボットがあるのなら見せて」
「……和人」
「のび太の言おうとしていることはわかる……でも」
「本当の持ち主なら……返さないと」
「そうだな、よし」
頷いた二人はお座敷釣り堀を取り出す。
「この中にあるんだ」
「この……中?」
戸惑うリルルと共にのび太と和人は鏡の世界へ入る。
用意したタケコプターをリルルへ渡すが彼女はどういうわけか普通に空を飛んでいた。
「どうなっているんだ?」
「和人」
「リルルだよ。タケコプターもなしに空を飛んでいるなんて」
「不思議だよね。でも」
追求しようとすれば、このお座敷釣堀のことなどを聞かれてしまう。
沈黙している間に高層ビルの前に立っているザンダクロスを見つける。
「ジュド!」
ザンダクロスを見て、リルルが喜びの表情で近づいていく。
「今、なんて?」
「ジュドって、ザンダクロスの方がカッコイイと思うけどなぁ」
「そういう問題じゃ」
リルルはザンダクロスへ話しかけていた。
「無理だよ。ロボットなんだから」
「ただのロボットじゃないわ。人工知能が内蔵されているのよ」
「そんなの、なかったぞ?」
「これくらいのボールよ」
「……それって」
「あれ?どこにいったんだろ?」
のび太達は記憶を探る。
最初は青いボウリングの玉みたいなものがあった。
途中からザンダクロスの組み立てに意識を向けてしまって、すっかり忘れていた。
「入れなかったの!?そんな」
ショックを受けるリルルにのび太がポケットからサイコントローラーを取り出す。
「代わりというわけじゃないけれど、サイコントローラー。これを使って動かすんだ」
リルルはサイコントローラーを受け取ると指示を出した。
動き出すザンダクロス。
それを見て、リルルは微笑んだ。
「これで、許してくれる?」
「……あと二つ、約束してくれたら許してあげる」
リルルが伝えた約束というのは以下のことだった。
お座敷釣り堀をしばらくリルルへ貸すこと。
そして、今回のことはリルル、和人、のび太の三人だけの秘密にしておくというものだった。
のび太君の様子がおかしい。
ドラえもんは部屋へ戻っていくのび太の姿を見てそんなことを思っていた。
「(釣り……鏡、のび太君が反応したことを考えると)」
お座敷釣り堀、鏡の世界。
彼のことだからザンダクロスのことを憂いているのかと思っていた。
しかし、少し様子が違う。
まるでその会話を避けるように。
少し様子を伺おう。
考えていたその日の夜。
のび太が家から抜け出した。
行先は裏山……かと思えば、桐ヶ谷家へ向かう。
「和人君に用事が?いや、違う」
しばらくして、のび太と和人の二人がタケコプターで裏山へ向かった。
「裏山?」
首を傾げながらドラえもんもタケコプターで後を追う。
しばらくして、二人はお座敷釣堀の中へ入っていた。
「こんなところにどうしてお座敷釣堀が?」
戸惑いながらドラえもんも後を追う。
潜り抜けるとのび太と和人が茂みの中で隠れていることに気付いた。
後ろから二人の肩を叩く。
「僕だよ」
現れたドラえもんにのび太と和人は驚いた表情になる。
「キミ達がこそこそしているから後をつけたんだ。さぁ、隠していることをあらいざらい話してもらおう!」
ドラえもんに促されて二人はリリルのことを話す。
裏山の中を進む三人。
「謎の少女、リルルかぁ」
ドラえもんはタケコプターなしで空を飛ぶ少女の存在に戸惑いつつも、彼らがウソをつくとは思えなかったから信じる。
しばらくして、裏山の広い場所に出る。
そこで彼らは言葉を失う。
「何……これ?」
「裏山のほとんどが開拓されてSFみたいな基地になっている!?」
「こんなことが……」
裏山の一部の森林が切り抜かれてほとんどが機械の施設で覆いつくされていた。
高い塔のような場所。
そこからザンダクロスとリルルが現れた。
「あ、ザンダクロスだ」
「何か話しているな……」
「これを使おう」
ドラえもんがポケットから取り出したのは“糸なし糸電話”
片方の糸電話をザンダクロスとリルルのうしろへ飛ばす。
耳を澄ます三人。
『総司令から連絡がきたわ!鉄人兵団が母星を旅立ったそうよ!急いでこの基地を完成させなさい!地球人捕獲作戦のために!』
「地球人捕獲作戦!?」
「あ、こら!」
叫んだのび太をドラえもんが慌てて止める。
糸なし糸電話。
それは糸電話と同じシステムであり、リルル達の会話が聞こえるのと同様にのび太達の会話も相手へ聞こえるのだ。
『のび太君?』
糸電話の向こうからリルルの声が聞こえる。
『よかった、キミをここへ呼ぼうと思っていたの。お座敷釣り堀の範囲を広げてもらおうと思ったの……』
リルルの言葉にのび太達は沈黙する。
普通に語り掛けているリルルだが、その言葉はどこか機械的で不気味なものが感じられた。
『あなたのことが気に入ったの。のび太君、キミだけは地球人の中で特別な地位につかせてあげる。さぁ……こちらへいらっしゃい……さぁ!』
「逃げろぉ!」
ドラえもんが叫ぶ。
タケコプターを使って空へ逃げる。
「逃がさないわ!」
ザンダクロスが飛び立ち、三人を追いかける。
飛行して逃げる三人。
森の合間を縫うように獣の姿をしたロボットがのび太を捕まえた。
「うわぁ!!」
「のび太!」
「空気砲!」
ドラえもんは空気砲を装着して撃つ。
放たれた空気の塊がロボットにダメージを与える。
ロボットの手からのび太が落ちそうになったが和人が掴んでそのまま飛ぶ。
だが、空から巨大な衝撃を受けて三人は地面へ落ちた。
「ザンダクロス!?」
驚くドラえもん達の前に現れたのはリルルによって操られているザンダクロス。
「いらっしゃい、のび太君」
「に、逃げるんだ!」
空高く飛びあがり、逃げようとするのび太達。
「逃がさないわ!!」
リルルの指先から光が放たれる。
光線がのび太達のタケコプターを破壊した。
「え!?」
「うそぉ!?」
タケコプターが破壊されて落ちそうになる和人とのび太をドラえもんは掴む。
だが、二人の重量を支え切れることができずにドラえもんは落ちていく。
地面へ落下するはずだった。
運よく、三人はお座敷釣堀の中を通り抜けて元の世界に戻る。
「た、助かった」
「てない!!」
のび太の叫びと共にお座敷釣堀の中からザンダクロスの手が飛び出す。
『そのまま、鏡の世界の枠を広げるのよ!』
聞こえたリルルの叫びにドラえもんが驚く。
「なんて力任せな!そんな負荷をかけたらお座敷釣堀が耐えられるわけがない!!」
「どうなるの!?」
「負荷に耐え切れず、システムが大爆発」
「……今、なんて?」
「大爆発」
苦笑するドラえもん。
直後、お座敷釣堀が大爆発を起こした。
爆風で三人は木々に叩きつけられる。
お座敷釣り堀のあった中心地は巨大なクレーターが出来上がっていた。
「これは、どうなったの?」
「連中は鏡の世界に閉じ込められたんだ!」
「つまり……俺達は助かったのか」
「その通り!」
ドラえもんの言葉に二人は喜び手を叩く。
三人で手を合わせながらぐるぐると回る。
こうして、鉄人兵団をめぐる争いは終わった。
そう、思っていた。
翌朝、疲れて眠っていたドラえもんが庭で鳴り響く音に気付かなければ。