時間は七時。雀のさえずりが舞う早朝。
けたたましく鳴り響くスマホのアラームを、断腸の思いで
早起きというのは本当に苦手だ。もし出来るというならばいつまでも寝ていたいし、ゲームや小説を読み
そういえば昔、美知留のダイエットに付き合わされたときに調べた情報によれば、早起きというのはダイエット効果があるらしいな。というのをなにかで読んだような気がする。なんでも新陳代謝が良くなるだとかどうとか。
目を
うん、早起きはダイエットとかガセだわ。だから俺が早起きをする必要なんて欠片もない。証明終了。
あ~朝から頭使っちゃって怠いわ眠いわ~。
擬人化睡魔ちゃんがおいでおいでと手招くので、誘われるがままに身を
ダッダッダッダッダッダッ。
騒々しい音が階段にて鳴り響き、そのやかましさに意識が引き戻される。
朝から無遠慮にも大きな音を立てて階段を上り、俺の部屋目掛けて来る奴なんてのは俺の知ってる限り一人しかいない。
「みっみっみらくる、みっちるんるん」
この声の主こそ俺の幼馴染、超絶ポジティブガール戸村美知留その人。
来やがったな『怒りを感じる志恩さんランキング』十年連続堂々の一位取得者め。
テンポよく鳴る美知留の足音が段々と近付いて、俺の部屋の前で止む。そして、
ガチャ、ガチャガチャ。
「ん? 開かない」
という声と共に、付けられた鍵によって動かぬドアノブという勝利のファンファーレが俺の耳に鳴り響く。
「ざまぁ! 超ざまぁ!」
嬉しさのあまりベットから立ち上がり、外人四コマのようにガッツポーズを取ってしまう男子高校生がそこにはいた。
もちろんそれは俺だった。
そうなにを隠そう、その鍵を買ったのは
十年以上よくも苦しめてくれたな、おつむの足りない美知留ちゃんよぉ。お前との戦いもこれで幕締めだわ。なけなしの金で買った血と涙の
ズッ、カチリ、ガチャ。
「はろー」
「え」
錠の回る音がしたかと思えば、軽快に開かれるドアから美知留がひょっこりと顔を出す。硬直状態に
「ドアに鍵を付けたんだってね。昨日おばさん、間違えたお母さんに聞いたよぉ~。それでね『どうせあの子のことだから鍵を付ければ誰も入ってこれないとでも思ったんでしょう。合鍵もついでに作ってもらったから美知留ちゃんに一つあげるわね』って合鍵渡されたの。ほら見て~アクセとかビーズつけてデコってみたよ。どうどう、可愛いでしょ?」
「あんまりだよ、こんなの絶対おかしいよ」
「悲しいけどこれ、現実なのよね」
「聞いてくれ美知留。俺のソウルジェム、もう真っ黒だわ」
「ごめんね、あたしそのアニメはテレビと映画とマンガとパチスロしか知らないから深くは語れないんだ。ホントごめん」
「マンガとパチスロを知ってる時点で俺よりも上級者なんですがそれは……」
「冬のミスコンには魔女っ娘コスで出ようと思ってるんだけど、どう思う?」
「ご勝手にどうぞとしか……」
ていうかパチスロの情報をどうやって手に入れたんだお前は。ガチ勢かよ。
あんまりにもあんまりな展開で頭がついていかない。プライドをかなぐり捨ててまで付けてもらったあの錠前はなに、もういらない子なの?
落ち込むことも泣くこともできない俺は、とりあえず美知留を部屋から押し出しベットと毛布の隙間に身体を挟み込ませる。
そうだ、もう寝てしまおう。寝て起きたらきっと俺好みの幼馴染が馬乗りして「もうしおんくん、早く起きないと学校遅刻しちゃうぞ」とか可愛く言ってくれるに違いない。そんな世界があってもいいじゃない、人間だもの。
じゃあな現世。アッカンベーしてさよなら、でんぐり返してそれじゃバイバイバイってね。
「いや意味わかんないし」
再びガチャリと許可もなくズカズカと部屋に入り込み、お望みじゃない幼馴染が俺を揺さぶってきた。
「ほらしーちゃん起きて、もう朝なんだから」
「なに頑張ってるんだよ。普段の頑張らないお前はどうした」
「趣味に学校にバイトにって人生充実してるあたしにそれを言う?」
「そんな頑張らないお前をテーマにした『みちるさん@がんばらない』って小説でも書こうと思ってるんだけど、どう思う?」
「ガガガ文庫にでも投稿するの? それこそご勝手にどうぞだよ、どうせ一次にも通らないから。ほら馬鹿言ってないで早く起きた起きた」
激しく揺さぶってくる美知留。無視を貫き通し
「どーん!」
「ちょべりばっ!?」
不意打ちのボディプレスに咳き込みながらも、すぐにどかし抗議する。
「お、おい、違うでしょ? そこは馬乗りして『もうしおんくん、早く起きないと学校遅刻しちゃうぞ』って可愛く」
「どーん!」
「二回目ッ!?」
油断からなる完全な不意打ちにマウントを取られてしまう。しかも俺はうつ伏せというまったく嬉しくない状況。
違う、そうじゃない。俺が求めてる馬乗りはこうじゃない。どうしてこうなった!
「ほらしーちゃん起きて! おはよー!」
「やめろ耳元で大声出すなぁ! 毎日毎朝大声で起こしに来やがって、俺が難聴系主人公になったらどうしてくれる!」
「ただでさえ鈍感系なのに鈍感難聴系主人公なんかになったら、もうただの害悪だよ! あとちゃっかり自分のこと主人公とか言っちゃってるけど、しーちゃんはモブもいいところだから! あれが許されるのはイケメンだけ! ただしイケメンに限る!」
「おいお前、俺のことを不細工と言うのはまだいいが、鈍感とか言いやがったなコノヤロウ! こんなにも敏感で女の子の気持ちに機微な男の子に対して痛い!」
「ごめん、鈍感男が自分のことわかってないみたいでムカついたからおもわず殴っちゃった。後悔はしてない」
「なにお前ナチュラルに殴ってきてるの!? マウント取られて殴られる人の気持ちをちゃんと考えて! あと反省はしろ!」
「馬鹿なこと言ってないで早く起きろー! おはよー! おはよぉー!」
「ちょっ、やめ、うるさいよ! もう起きます、もう起きますからぁ!」
「おはよおおおおおおぉぉぉ!」
「うるせええええええぇぇぇ!」
◇
私立
設立から百年以上の名門校らしく、それなりに歴史のある由緒正しい学校らしい。昔はお嬢様学校だったとかなんとか。らしいというのは、実はその事実を知ったのはごく最近で、それまでの認識は母さんの母校で姉貴が通っていたからというのに過ぎない。というか、自分の通う学校の概要なんていちいち調べる奴なんているのだろうか。
まぁエスカレーター式だし、ずっと通うであろう場所くらいにしか最近までは思ってなかった。
だけど、実際に長年通ってみるとそれなりに思い入れができてくるわけで。魅力的な部分も見えてくるわけで。
つまりなにが言いたいかというと、自宅から歩いて二十分の通学距離という事実がこの学校の一番良いところだということ。さらにはその距離を自転車通学にすることで時間を短縮し、自由時間を増やすことができるよう自転車通学許可書を申請したところ、あっさりと貰うことができちゃうというノリの軽い学校だということ。
そんなこんなでこの春から自転車通学に切り替えた俺は、朝からゆったりと伸び伸びとした心境で玄関を開けることができるようになった。
「さぁしーちゃん、今日も張り切っていってみよう!」
……この女さへいなければもっとゆったりできるというのに。
当然のように俺の自転車に乗っている美知留は、膝を揃えて座る華憐は横座りではなく、勇ましくも荷台に跨がり俺を待っていた。
自転車通学にしたのをいいことに、その日を境に美知留は言うに及ばずの如く俺と二人乗りをしてくる。自分も許可書を貰えばいいのに、どうしてわざわざ俺の自転車に乗りたがるんだか。
「あのさ、たまにはお前が自転車漕げよ。朝からなにが悲しくて四十キロ以上の荷物を乗せて走らにゃならんの」
「鍛えられるね! やったねしーちゃん、筋肉が増えるよ!」
「志恩さんのやる気がログアウトしました」
「しょうがないな~、じゃあ応援してあげるね。ゴーゴーキーキ! ゴーゴーキーキ!」
「魔女でもないし宅急便でもないんで静かにしてもらえません?」
「だってさっきソウルジェムが真っ黒って言ってたから、もう魔女になったのかと」
「すり替えておいたのさ!」
「怖ろしく早いすり替え。オレでなきゃ見逃しちゃうね」
「お前最近読んでるんだっけか?」
「そう! 面白いよね~、そこまでは読んだんだけど昨日寝ちゃってさ~。もう続きが気になっちゃって~」
「その後の展開なんだけどさ、その人マジスゲェから、スゲェことになるから」
「あぁ~! ネタバレ禁止だからぁ!」
自転車に乗りながらくだらない戯言をのたまい合う。朝からなにやってるんだか。
溜息を吐きペダルに力を入れる。最初はゆっくりと、段々と回転を速くし俺たち二人を乗せた自転車はスイスイと道路を突っ切っていく。東京二十三区内とはいえ所詮は住宅街、どこにでもあるような面白みのない光景を眺め、俺たちは制服を小さく揺れはためかせた。
「んふふ」
「……なぁ、あんまり引っ付くなよ」
「いやいや、引っ付かなきゃ危ないですって~」
「いやまぁそうだけどさ……」
鼻歌を鳴らし上機嫌な美知留が、俺の腰に手を回し身体を隙間なく引っ付けてくる。顔は見えないが声はなんでか楽しそうだ。
なんかこの前の衣装作りの一件以来、スキンシップが大胆になってきてるような気がする。気のせいだったらいいけど。普段がどうだったかなんて、どうでもいい内容だからいちいち覚えてないぞ。
よくマンガやアニメでこういったシチュエーションになると胸の感触がわかるとか言うけども、実際は冬服同士で抱き合ったところでそんなものわかるはずがない。ましてや学校制服ってのは生地が厚いからなおさらだ。でも……ドキドキする。
「しーちゃん、そこでドリフトしてアイテムを取ろう!」
「マリカーじゃねぇからアイテムなんて落ちてません」
「アイテムも落ちてないこんな世の中じゃ……ポイズン」
「お前さ、人生オフラインもう十五年目だろ。そろそろこの世界に馴染めよ」
「救済処置を所望する! 具体的には学校に登校するだけで貰えるログインボーナスを!」
「お前いくら課金した? このクソ人生オフラインにいくら課金したの?」
「アーアーきこえなーい」
見慣れた街並みを、飽きもせず習慣と化したやりとりをしながら自転車で駆けてゆく。制服の夏服着用期間に入ってるとはいえ、五月半ばの朝の風はまだ少し寒く、背中の温もりがちょっと嬉しくもあった。
学園に到着する少し前に二人乗りを止め正門を通った俺たちは、自転車置き場へと足を運ぶ。途中、学園のシンボルとまで言われている校舎裏の桜の木がある中庭を通らなければならないので、少しだけ遠回りだ。それにしても無駄に広いなここは。高等部だけで校舎が三つもあるとか、どんだけ馬鹿デカいんだかこの学園は。
律儀にも美知留もついてきている。バス通学や徒歩で来る人が多いためか自転車置き場に
「そういえばしーちゃん、なんで鍵なんて今更付けたりなんかしたの?」
「ん? あー、朝からお前に俺の神聖なる聖域を汚されたくないからな。もうホント仕方なくな」
「素直に惰眠を貪りたいからって言えば?」
「あと、親にアレしてるところを見られたくないからかな」
「絶対そっちが本命だよね? 予想以上にくだらない理由で美知留さんガッカリだわ~」
「いやいや、重要ですからね! 親にアレしてるところ見られるとか、恥ずかしさのあまりビルの屋上から身投げしてもおかしくないレベルで」
「ねぇ、ねぇしーちゃん」
「あん?」
話の腰を折られ顔を歪めるも、そんなのお構いなしで服の裾を引っ張ってくる。美知留の視線の先を追うと、そこにはうつ伏せに横たわる女学生がいた。それはもう事件がありました、とでも言いたげな不自然な倒れ方で。
……え、違うよね? 倒れてるとかじゃないよね? ね?
顔を合わせ頷く。寝てるにせよ倒れているにせよほっとくわけにはいかない。
不思議とその女学生は異様な雰囲気が出ているため、歩を進め近付くにつれ緊張が高まってくる。実は初めから見えて無視していたが、赤いなにかが女学生の顔の周りに飛散していて、それがちゃんと認識されることにより現実離れした光景が逆に現実感を醸し出してくる。
まさか、いやいやそんなまさか……ねぇ?
ゴクリ。
女学生の下まで来ると自然と二人の喉が鳴る。
投げ出されたカバン。乱れた髪。不自然に無気力な身体。そして顔面付近に飛び散っている赤いなにか。
違うよね! ね! 嘘だと言ってよバーニィ!
「しーちゃん……」
震えた声で身を寄せてくる美知留。珍しくもその表情には楽観の色はない。
クッソーこういうときだけ女の子っぽいことしやがって! 俺が確認しなきゃいけない流れになってるじゃん!
ええいままよ!
意を決しうつ伏せる女学生の身体を動かすと。
そこには吐血をし白目をむいてる顔面蒼白な女学生の死体がごろり。
「「ぎゃあああああああぁぁぁ!」」
二つの悲鳴が遠く弾ける。
なんで予想どおりなんだよぉ! ここは「残念、アへ顔ダブルピースでしたー! まさに外道!」って女学生がおちゃらける場面でしょ!? 火サス!? 火サスなの!?
脳内で例の音楽が反響する中、いよいよもって涙目になった美知留が泣きじゃくる。
「どどどどうしよう、どうしようしーちゃん!」
「落ち着け馬鹿野郎、こういうときこそ深呼吸だ! ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「なんてベタなボケを」
「えーと、あれ、なんだっけ? どこに電話すれば良いんだっけ!?」
「本気で慌ててる人を見ると逆に落ち着いてくるんだねぇ」
「番号なんだっけ!? いいよこいし、でいいんだったけ!?」
「違うね」
「駄目だ俺、素数を数えて落ち着くんだ俺! いくぞ! いくぞおぉ! 四! 全然落ち着かない! ポルナレフの嘘つき!」
「いろいろと間違ってるし……」
頭がこんがらがってきた。あれか、これが「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!」ってやつか! ポルちゃん嘘つきとか言ってごめん、今ならお前の気持ちが超わかるよ! めっちゃわかる!
「ん? あっ、生徒手帳が落ちてる。この人のかな」
なぜ生徒手帳が落ちているんだろうか。こういうのって大体制服の内ポケットとかにしまうからそう簡単には出てきたりしなくない?
って!
「馬鹿! お馬鹿! こういうのは警察が来るまで現場を荒しちゃけいないの、そのままの状態で保存するものなの!」
「あ……ま、まぁほら、名前だけでも確認しとかなきゃ。ウチの生徒なわけだし、ね?」
「やめろ聞きたくなーい! 死んだ人の名前なんて知りたくないよ憑かれたらどうするんだ!?」
「
「ああああああぁぁやめろおおおぉぉぉ!」
「まぁほら、オバケとして来たら歓迎してあげなよ。一緒に記念撮影でもしてあげようか?」
「ポジティブ馬鹿か! なんでお前そんなに冷静なんだよぉ!」
「自分よりも慌ててる人が目の前にいるからかなぁ」
「う、うぅん……」
「「へ?」」
突如死体の口から小さなうめき声が漏れだす。見ると唇が微かに動き胸が上下に流動している。依然として顔色の悪い死んでいるはずの死体が、だ。
謎だ。不可解だ。遺体が動き出すだなんて一体これはどういうことなのか……。
瞬間、俺の灰色の脳に稲妻が走る。冴えわたる脳細胞がまるでパズルのピースをはめ込むかの如く、不可解な穴を埋めていく。
投げ出されたカバンと生徒手帳。不自然にも倒れている無気力な身体。飛散している鮮血。
おそらくこの状況は、内ポケットから生徒絵長を取り出そうとするも引っ掛かってしまい取り出せず、ようやく取り出すものの周囲への注意力が散漫し前のめりに受け身も取れずに転倒して頭部を強打し重傷を負う、という
死してなお生者を求める禁忌の存在。生ける屍。そうその名は。
ゾンビ。
謎は全て解けた。じっちゃんの名にかけて当ててやる、テメェが次にいう言葉は。
「誰か……いるのですか?」
ほーーーらきた! そうやって自分は無害ですって
「ほいほーい、大丈夫ですかぁ?」
「ちょっ!?」
なにやってんだ馬鹿美知留、不用心にゾンビに近付くな! ゾンビにされるぞ、超絶ポジティブゾンビガールにされるぞ!
クソッ、俺の寸分の隙もない完璧なまでの誰もが
怖いし、怖いけど! ええい、やらいでかぁ!
「あっ、しーちゃん見て、よく見るとこの子の胸元にトマトジュースが落ちてるよ。なーんだただの勘違いかぁ、いやぁビックリし」
「オラアアアァ!」
「ゲバアアアァ!」
「ええええぇぇぇ!?」
母さん直伝の正拳突きが見事ゾンビの左頬を射抜く。確かな手応えを感じゾンビを見やると、案の定いい具合のが入ったのか「もけ……も、もけ」と言いながらピクピクと痙攣している。
見た目は大人、頭脳も大人、その名は有坂志恩! 大人な筋力でぶん殴れ、最後は物理が勝つ!
「なにやってるの!? しーちゃんなにしちゃってるの!?」
「見たかゾンビが! 苦節一五年、母から味わった苦行と拷問と体罰と怨念のこもった黄金の右。どうだ甘美の味だろう、へへっ」
「わかったこの人正気じゃない! すっごい動揺してる!」
「も、もけ……。お……おばあちゃん? 会いたかった……え、来ちゃダメ? ううん、今そっちに」
「左パンチチェストー!」
「くわばらぁ!」
「だーーーダメダメ! なにしてんのしーちゃん落ち着いて!」
「まだ生きてやがったなこのゾンビがぁ! 今息の根を」
「止めちゃダメだから! あ、ちょ、こら、ストップストッープ!」
◇
「…………ここは?」
第二校舎と呼ばれている二年生の校舎。その中の一階にある保健室のベットにてゾンビ改め、正岡先輩が目を覚ます。まだ虚ろな
「気分はどうですか?」
ベット付近の椅子に座っている俺の声に反応し首を動かす。おどおどと、華奢な見た目どおりの繊細で壊れそうな声が小さく放たれる。
「……えっと、あなたは?」
「有坂と言います。自転車置き場で倒れていた先輩をここまでおぶってきたものです」
できるだけ優しく、害のない人の好さそうな顔で対応してみせた。ワタシ、アナタ殴ラナイ、ネ?
「え? あっ、わ、わたし」
「あーっと、まだ動かない方が良いですよ。急に動くと身体に悪いです」
「あっ……はい」
落ち着くためか小さく息を吐く。そうして一呼吸置いてから、身体を触り具合を確かめ荷物などの確認もしていた。
……まるでこういったことに慣れているみたいな動きだな。
ひとしきり自己点検を終えてから再度俺に声を掛けてくる。
「ごめんなさい、なんだかご迷惑を掛けてしまったみたいで……」
「あーいえいえ。むしろ俺の方が迷惑を掛けてしまったというかなんというか……」
「え?」
「なんでもないです! はい!」
「は、はぁ」
話題を逸らさなければ!
ポケットから正岡先輩の生徒手帳を取り出し渡す。
「これ、正岡先輩のですよね? 落ちてましたのでどうぞ」
「あ、すみません、わざわざありがとうございます」
両手で
「名前を知るためとはいえ、勝手に中を開いてしましました。すみません」
「あっ、それで名前を。気にしてませんので、どうか頭を上げてください」
視線を上げると本当に気にしてないのか、口許を緩め上品に微笑んでいる正岡先輩。弱々しいのに、なぜだかアサガオを思わせるような秀麗な笑顔の
「謝らないでください、むしろわたしがお礼を言いたいくらいです。ここまでわたしを運ぶのは大変だったでしょう? 有坂くん、ありがとう」
仏、いや、天使かよぉ……。後光が、後光が見える!
俺の周りにいる女は一癖も二癖もある奴らばっかりだから、こんなにも優しくされちゃうと、志恩さん……泣いちゃう。
だけど涙が出ちゃう、男の子だもん。
「……あ、あの。有坂くん、大丈夫ですか? いきなり泣き出したりして、どこか痛いのですか?」
「気にしないでください、男の子にはそういうときがあるんです。グズッ」
「は、はぁ……?」
俺の要領の得ない言い分に首を傾げるしかない先輩は、特に勘ぐることなく深くは追及してこなかった。
正岡先輩が「あの」と声を掛けてきたので、涙を拭き佇まいを直す。
「知っているとは思いますが改めて自己紹介させてもらいますね。正岡真衣です。二年生です」
「俺も改めて。有坂志恩です、一年ですどうも」
「え……有坂……志恩くん?」
「ん? はい。なにか?」
「いえ、そんな大したことじゃないんですが。以前、重藤さんが有坂くんのことを話していて、それを覚えていたというだけで。違ってたらごめんなさい」
「重藤というと、重藤秋穂さんのことですかね? もしそうだったら知り合いですけども」
「あっ、そうですその方です。やっぱりそうなんですね、納得しました」
「はぁ、納得ですか」
「はい! 重藤さんが言っていたんです。一学年下で有坂くんという面白い子がいることを。そしてその子はとても優しい子だと。噂どおりの方で安心しました」
「……あ、あの。たぶんそれ、知り合い補正やら思い出補正なんかが働いて勘違いしてるだけだと思います」
「そうでしょうか。ふふ」
屈託ない笑顔を向けられてしまうと心が痛いです……。
以前にちょっとだけ話をしたってだけなのに、重藤さんの中で俺が美化され過ぎててちょっと怖いんですが。そういえば、高校に上がったのに挨拶し忘れてるなぁ俺。
この話は恥ずかしいので、かねてより気になっていた疑問を投げ掛けることにする。
「ところで先輩はなんであんな所で倒れていたんですか?」
「えっ!? えーと、そのぅ」
「?」
「あの……笑わないでくださいね?」
気恥ずかしそうに頬を赤く染めて顔を伏せ上目遣いで見つめてくる天使正岡。
大丈夫ですよマイエンジェル。絶対に笑ったりしません。むしろ笑う奴がいたら俺がぶっ殺してやります。
「誓って笑いませんよ。話してみてください」
「絶対に内緒ですよ? 誰にも話しちゃダメですからね?」
「もちろん、内緒にしますとも」
なるだけ安心できるよう笑顔を作って話を促す。
まぁ、混乱し動揺しきって偏差値が三くらいになってた俺の推理みたいなことになることはないだろうし、男の余裕を持って受け止めてみせますよ。格好よく、華麗にね。
「あのですね、このとおりわたし身体が弱くって、学校に来たまでは良かったんですが途中で気分が悪くなってしまったんです。でも誰にも心配されたくなかったので、校舎に入る前に中庭で休んでいたのですが悪化してしまったみたいで」
「なるほど。それで校舎からではなく、中庭から保健室にそのまま向かったんですね。自転車置き場を突っ切ればすぐそこだから」
「そうです。それで自転車置き場までは行ったんですが
「それは……辛かったですね」
「はい。それで……ここからがお恥ずかしい話なんですが」
「? はぁ」
「生徒手帳に時間割を書いていたんです。一限目をお休みしようと思ってそれを見て確認しようとしたんです。そしたら内ポケットから生徒絵長を取り出そうとしたら引っ掛かってしまい取り出せず、ようやく取り出したはいいものの注意力が欠けていた所為で、その、自分の足に引っ掛かって前のめりに受け身も取れずに転倒してしまい……」
「…………」
「途中でジュースを買ったんです。なにを買ったかは覚えてないんですが、とりあえずいざとなったら飲んで落ち着こうと思って手に持っていたんです。いろいろとやったのに結局最後には気絶して運ばれるなんて……自分が恥ずかしい……」
「……………………」
こんなときどんな顔をすればいいかわからない……。笑えばいいのかなぁ……?
いやいや、笑っちゃダメだって。笑ったらぶっ殺すぞ、有坂志恩。
よし、スルーしよう。俺はなにも聞いてない。わかったな、有坂志恩。
「本当にすみません。制服を綺麗にしてくれるだけでなく手当までしてくださって」
「い、いえ。実はここに先輩を運んだのは俺ですが、先輩の荷物を持ったり制服を洗ったり手当てをしたのは俺の友達なんです。今そいつは俺や先輩の担任に事情を説明しに行ったり、保険医を呼びに行ってたりしてるんです。俺はそいつに、ここで先輩を見てるようにと言われて。事情が事情ですから、遅刻扱いにはならないと思いますよ、たぶん」
「まぁ、そうなんですか。良かったぁ~」
ホント良かったですよ。もしこれが美知留だったら「そんなギャグみたいなことが起こるわけねぇだろ、馬鹿かよ!」って思いっきし笑っているところでした。相手が正岡先輩で本当に良かったです。
「そういえば両頬が凄く痛いんです。なんででしょう? やっぱり頭から転倒してしまったからでしょうか……」
「すみませんでしたあああぁぁぁ!」
「え!? ど、どうし」
「許して、あーどうかこのとおり許して下せえええぇぇぇ!」
「えぇ!? どど土下座だなんて、一体なにがあったのですか!?」
「言えませーん! でもごめんなさあああぁぁぁい!」
先輩のことゾンビだと思って本気で殴りつけたなんて言えるかよ。しかも二発も。
俺が筋肉が惰弱で良かった……怪我が
「ふふ、んふふ」
「?」
見上げると正岡先輩は口に手を当て愉悦にたえないといった感じで笑っていた。さっきまで隠れていた年相応の笑顔を持って。
「ごめんなさい、なんだか面白くって。謝ってばかりですねわたしたち」
「あー。ははっ、そうっすね」
なんで笑っているのかはわからないけども、まぁ笑ってくれるなら良しとしよう。女の子にはやっぱり、笑っていてほしいしな。
それから俺たちは他愛のない話をしながら、正岡先輩の体調が良くなるまで
ふと。
会話が止まる。見ると正岡先輩が窓から外の景色を眺めていて、その瞳は羨望の光を発している。儚げで薄い唇が言葉を紡ぐ。
「いいなぁ……走り回れるって……羨ましい」
外を見ると、ほんの僅かな時間を使って男子生徒が中庭で遊んでいた。
なんと声を掛ければいいかわからず「あっ……そっすよね」と、体たらくな返事をしてしまう。
「山や海にも……いつか行ってみたいなぁ……」
「あー、あーそれはどうかなぁ……。別に行かなくっても楽しいことはありますって」
「いえ、自分の身体を使って動いてみたいのです」
「正岡先輩……」
「皆勤賞を取れるよう登校してみたいですね」
「……」
言葉に詰まる。俺の様子に気付き困ったような笑顔で言う。
「ごめんなさい、こんな話つまらないですよね。もうだいぶ良くなったので有坂くんは教室に戻ってもらって大丈夫ですよ」
「いや、でも……」
「大丈夫です。どうせ、死にはしませんから」
「……」
美知留うううぅぅぅ! カムバアアアァァァック!
女の子を慰めるのはお前の仕事でしょ! どうすればいい、彼女いない歴年齢の童貞にはハードル高すぎなんですがっ!
どこで見ればいい!? アメー〇なの!? ア〇ーバで検索検索ぅ!?
目を瞑り意を決する。
別に笑わせなくていい、この空気を換えればいいんだから!
「先輩」
「はい?」
目を開ける。行くぜ志恩、お前の本性を見せてやれ。
「今まで黙っててたんですが、俺、先輩が思うような良い人間なんかじゃないんですよ。むしろダメな奴です、ダメ人間って奴です」
「は、はぁ……?」
「そんなダメ人間の俺から先輩へ、気分も一掃する素晴らしい教義お教えしたいと思います。俺がここ最近で一番気に入っているやつです、聞いてください」
「えっと、なにを?」
さりげなく正岡先輩の手に触れる。びくりと肩を震わせるがそんなのお構いなしだ。
イクぜぇ! セントマイハート!
「『上手くいかなくてもそれは貴方のせいじゃない。上手く行かないのは世間が悪い』」
「……えっと、それって絶対ダメな教義ですよね?」
「いたく感動した俺はこれを自分流に変換することにしました」
「感動してしまったんですね……。どう変えたんでしょうか?」
「『俺が悪いと思ったものはすべて悪い』とね」
「あぁ……ダメ人間という人種を初めて見ましたが、ここまでダメだったとは……」
「まだあります、聞いてください」
「い、いえ。なんだか嫌な予感がしますのでもう遠慮したいです」
「『迷った末に出した答えはどちらを選んでも後悔するもの。どうせ後悔するのなら今は楽ちんな方を選びなさい』」
「ダメだぁ……。ダメですねそれは……。あの、この話もう止めませんか? あの、手を離してください」
「いたく感動した俺はこれを自分流に変換することにしました」
「この人話を聞いてくれない……」
「『楽ちんな方を行くんじゃない。楽ちんが俺の所に来い』とね」
「病院に行きましょう? 私いくつか良いところを知ってますので紹介しますから、ね?」
気遣いからか手を重ねてき、心配そうに見つめてくる。
「大丈夫ですよ先輩」
「あぁ、良かった……大丈夫なんですね」
「まだ俺のターンは終わっちゃいないぜ!」
「全然大丈夫じゃなかった!」
「聞いてください、俺の感動ワードを」
「あ、あの、手を。手を離してください!」
「『汝、老後を恐れるなかれ。未来の貴方がわらっているかそれは神ですらもわからない。なら今だけでも笑いなさい』」
「あのですね、何度も言いますがそれは……あれ、それいい。それ凄く良い教義ですよ!」
「感動した俺は自分流に」
「ぜひ変えないでください! そのままで!」
「変えることにしました」
「どうかそのままで!」
「『俺を笑わせろ、今すぐにだ』」
「何様なんですか!? もっと歩み寄る努力をしましょう? ね?」
「そして最後に」
「まだあるんですか!?」
「これは自分で調べてみてください。この教義最大と言ってもいい感動ワードです」
「……調べると言ったらこの手を離してくれますか?」
「離しましょう」
「わかりました……」
細く、けれど女性らしい柔らかみのある手が離れていく。しかし待っていても一向にスマホを取る気配はなく、非難めいた横目でチラチラとこちらを
「先輩そんな目で見てないで早くスマホ出さないともう一回手を繋ぎますよ? 嫌と言っても永遠とネットスラング聞かせますよ? 逃がしませんよ?」
「わ、わかりました、わかりましたからぁ!」
「いきますよ~。『エリスの胸はパッド入り』です。では検索しちゃって、どうぞ」
「はい……。えーっと、えりすのむねはぱっどなんてこと検索させようとするんですか! こんなの、教義なわけないじゃないですか!」
「いや教義ですよ。たぶん」
「そんな頭から爪先までおかしな教義があってたまるもんですか!」
「パッドでも構いませんよ?」
「ふざけてますよね有坂くん……」
「え? 八割ぐらいは本気ですよ? ダメ人間なんで」
「救いようはないのでしょうか……? うぅん」
突如頭を支えだすエリス胸もとい正岡先輩。
「ちょっ、先輩大丈夫ですか?」
「い、いえその、人生でこんなに叫んだことがなかったもので……なんだかクラクラします」
「はぁ。貧弱なんですねぇ」
「誰の所為だと……! うぅん」
再び頭を支える。なんとなく、最後の言葉にはトゲがあったような気がする。
うん、あれかな。もしかしてやり過ぎたか?
好かれるのは慣れてないけど嫌われるのも慣れてないんだよな~どうしようかな~っと考えて見ていると、正岡先輩は頭を沈め顔を完全にベットのシーツで覆う。しばらくすると、大きく肩を震わせケタケタと笑い始めた。
「もうなんなんですかその自己流教義は。おかしいですよ~、もぅ」
よっぽどおかしかったのか、腹を抱えて苦しそうにしている。耳まで赤くしちゃって大丈夫かなこの人、具合悪くなったりしない?
頭を掻いていると、顔を上げ笑い過ぎて生まれた涙を拭きながら微笑んでくる。
「有坂くんは変わった人ですね」
「えぇ、まぁ、よく言われます」
「もう本当に……変わった人」
美少女に蔑まされながらおかしな奴と言われた回数は数知れないが、満面の笑みで言われたのは初めてですよ。
正岡先輩、貴女はやっぱり天使です。後光が射してます。いやていうか貴女が光です、僕の輝きです、はい。
「よいしょ」
「え!? ちょっ」
正岡先輩がいきなりベットから出て立ち上がるものの、まだ本調子じゃないのか揺れる体をすぐに支えに入る。上手いこと正面で俺の腕の中で受け止めることができた。軽いな~この人。
「大丈夫かなと思ったんですが、まだダメみたいですね~」
「いきなり無茶しないでくださいよ、ビックリしました」
「ふふっ、ダメダメですね。わたしもダメ人間みたいです」
「ダメ人間というには先輩はまだまだレベルが足りないですよ、出直してきてください」
「まぁ。では有坂くんはわたしの師匠ですね。よろしくお願いします師匠」
「弟子は取らん主義でな」
「あら、フラれちゃいました」
なんだかな、つい俺もおかしくなって二人して笑ってしまった。
あんなネガティブなことを言う人だけども、結構おちゃめなところがあるんだなと思うと心底安心してしまう。それこそ本当に、俺はこの人のなんでもないっていうのに何様なんだろうか。
俺と俺の幼馴染のポジティブさを正岡先輩に分けてやりたいくらいですよ。楽しそうに笑う貴女の笑顔はとても素敵です。
そんなふうに思っていると。
ガラリと。
唐突に保健室のドアが開かれる。二人して顔を向けると、金髪グラマラス美女こと美人保健医、
……ちょっと状況を整理しよう。
見ようによっては抱き合っている男女。保健室には二人きりの男女。ベットの近くで見つめ合っていた男女。
それらを傍観し理解したかのように頷く神崎先生はいかにも楽しそうな笑顔で。
「若さって良いわよね~。もうね、『若い』ってだけでキラキラ輝いちゃってさ。惹かれ合う男女の熱って真夏を呼ぶわよね~。あーなんか先生熱くなってきちゃったわぁ。それじゃあ先生は涼めるよう見回りという名の散歩に行ってくるから、二人はゆっくり休むのよ~。あっ、イチャイチャするのは良いけども、グチャグチャすることはダメだからね? ベットは汚しちゃダメよ? 少年、上手くやりなさいね! じゃあごゆっくり~」
「「先生違うんです誤解です!」」
その後、正岡先輩は具合が良くなり付き添いの任で教室まで送り届けることになったものの、恥ずかしさのあまりお互い顔を合わせられず教室に着くまで終始無言のままだった。
病弱ちゃん可愛い。病弱ちゃん可愛くない?
結局また長くなってしまった……。
楽しんでもらえてたら嬉しいです。