俺の幼馴染が超絶ポジティブな件について   作:タジ

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お久しぶりです。




幼馴染はデレデレなのか?

有坂 志恩殿

 

前略

 

 まずは、お手紙ありがとう。

 まさか本当に手紙を送ってくるとは思わなかったわ。あんたのことだからめんどくさがって渋ると思ってたのに、こんなにも(かしこ)まった手紙を送ってくるとはね。少しは大人になったってことかしら。でもね、アメリカにだって四季くらいあるわよ。あんたもう高校生でしょうがそのくらいわかんなさいよ、小学生からやり直せばぁ?

 

 返事が遅くなってごめんなさいね。いろいろ立て込んでて後回しにしてたらすっかり忘れちゃって。それくらい事業は上手くいっています。嬉しい悲鳴ってこういうことを言うんでしょうね。新天地で、未経験で、不可解なことに挑む。先生にご教示されていたし学習してもいたけれど、それだけじゃダメみたい。「子曰く、(ふる)きを温めて新しきを知る。(もっ)師為(した)()し」ってやつかな。馬鹿なあんたにこれがわかる?

 

 あ、そうそう、身籠れって書いてあったけども実はすでに身籠ってます。六ヶ月目です。十月に出産予定です。なんかね、先生が言うには男の子じゃないかってことなんだけども、私の勘では双子な気がするのよね、男女の双子。私的には子供は絶対二人欲しいの。でも二回も出産するなんて面倒くさいでじゃない? だから双子が良いな~。

 

 正月には里帰りします。そのときにお母さんに赤ちゃんを見せるドッキリを仕掛けるから、絶対に言うんじゃないわよ?

 

追伸

 

 お姉ちゃん大好きなあんたのことを想ってオカズになる本を送ったってのに、正気を疑われるとは思わなかったわ。ホントあんたにだけは疑われたくなかった。めっちゃ心外です。姉虐めもいいところです。喧嘩売ってるんですか?

 

 そのことをクリスに話したら「志恩クン、カワイソウ……」とか言いやがったの。アイツアメリカ育ちのくせにジョークもわからないとか、とんだフーリッシュ野郎だわ。あんなのが私の旦那とかガッカリもいいところよ。ドン引きした目で見てきたから、つい一発お見舞いしちゃった。まぁ、ちょっと前までは夜に私の方が散々イジメられてたから、ちょっとくらいいいわよね。あらごめんなさい惚気ちゃったかしら。悔しかったらいい加減妹モノのエロ本なんか集めてないで、あんたもさっさと彼女を作りなさい。あんたなんかを好いている子が、誰かに取られちゃう前にね。タイミングが合えば男と女は寄り添っちゃうものよ。

 

 

 手紙を送ってきてくれたあんたに、心ばかりのプレゼントを進呈します。大いに役立てなさい。

 馬鹿でもマヌケでもダメ人間でもなんでもいいわ。とりあえず元気にやってね。お母さんと美知留ちゃんに宜しく。ついでにお父さんにも。

 

                                          草々

 

                                        有坂 凛音

 

 

 

「ツッコミどころが満載過ぎだろこの手紙」

 

 中間テストを終え早々に帰宅した俺は、先程俺宛に来た荷物を受け取り自室にて姉貴からの手紙を読んでいた。性格を表しているかのような達筆な字と唯我独尊な文体に、ツッコむよりも先に懐かしさにおもわず顔が(ほころ)んでしまう。

 にしても、もう妊婦な身の上だったとは。これを母さんに黙ってろとか冗談きついぜ。ぽろっと口を滑らせなきゃいいが。あの人も案外勘が鋭いからなぁ。ていうかなんだよ『子曰く、故きを温めて新しきを知る。以て師為る可し』って。初めて見たわ、あとで調べよ。

 あと姉貴、『あんたなんかを好いている子が、誰かに取られちゃう前にね』って誰のことだよ。そこはぼかさないでちゃちゃっと教えてくれよ、養ってもらうからさ。知り合いだったらいいけど。

 さてと。

 一旦手紙を机にしまい、床にあぐらをかいて腕を組む。目の前には手紙と一緒に送られてきたダンボール箱が一つ。部屋の中央に置かれたそれを見ながら首を捻り考えを巡らせてみる。

 あの姉が、肉体言語な姉貴が、SOS団の団長なみにエキセントリックなあの姉上様がだ、俺に心ばかりのプレゼントと表してまともな物を送ってくるとは到底考えにくい。正直嫌な予感がプンプンなんですよね。かといってこのまま放置してても、いずれは母さんか美知留がこれの存在に気付くだろう。ほっとくこともできないとか厄介なもん送ってきやがって。

 自然と溜息が吐き出る。鬼が出るか蛇が出るか。まぁこれがパンドラの箱と決まったわけでもないしな、まずもってエロ本が入ってることはないだろう。あんだけお願いしたわけだし。

 意を決し手を伸ばす。封印を解くかのように何重にも張られたガムテープを剥がしていき蓋を開けると。

 そこにはシリーズ物のアメリキャンでエロエーロな姉モノエロ本が隙間なくびっちり。

 わーお。

 

「ですよねえええぇぇぇ!」

 

 青筋を浮かべてたまらず咆哮を上げる。

 ごめん予想できてた、あんたはそういうクソヤロウだよなこのクソ姉貴が!

 マジでなにしてんのあの人、人の話をちゃんと聞いてどころの話じゃないよ、聞いた上で曲解してるだろあの人! それともなに、シリーズ物じゃなきゃ俺が満足できないとでも思ったわけ? 馬鹿にすんなこちとら現役思春期男子高校生だぞ画像一枚でもイケるわ!

 とっさに両手で本を抱え立ち上がり右往左往と隠し場所を求めるものの、部屋の狭さを再確認してその場で狼狽えてしまう。なにせ研磨を重ね究極へと昇りつめた唯一の隠し場所本棚は、カバーを取り変えて参考書に見せ掛けさらにはブックカバーまでした妹モノのエロ本ですでに埋まり尽くしている。

 やばいやばいやばい! 隠さなきゃ、まずもってなによりも先にこれをどうにかして隠さなきゃ! またこんなもの母さんに見られでもしたら!

 

 ガチャリ。

 

「志恩さ~ん、ちょっとわからないことがあって教えてほしいん……だけ……ど」

 

 沈黙。

 神様、俺もうアンタ嫌い……。

 止まった世界で母さんと俺はお互い息を止め顔を見合わせる。例によってノックもなしにドアを開け放ってくる母さんにいつもなら文句の一言や二言を言ってやるところだが、今は内心それどころじゃない。いや、内心どころか状況すらもそれを許せるほど穏やかなものではなく、着々と母さんの周囲に濃厚な氣が集まり始めていた。

 母さんは上から下、下から上へと首を動かし真顔で状況確認したあと、顔を伏せ「ふぅ」と息を吐く。そしておもむろに顔を上げるとそこには、絶対零度のメデューサアイを(たずさ)えた怪物が一匹。

 あっ、オワタ。

 

「志恩さん、今から家族会議を開きます。下に来なさい」

「違うんですコレ僕のじゃないんです!」

「一度ならず二度までも」

「僕のじゃないんです本当です!」

「貴方も年頃の男の子、エロ本くらい許容できる母でありたいとは常々思っています。でも姉モノはダメです。実の姉がいるというのに近親相姦モノに手を出すとかなに考えてるんですか。そこまでダメな子にした覚えはありません」

「待ってお母様ぁ! ホントに僕のじゃないんですうぅ!」

「あと妹モノもやめなさい。なぜ貴方は幼馴染みモノに走らないの」

「おいちょっと待て、なんでお前らは揃いも揃って俺が妹モノのエロ本を隠し持っていることを知ってるんだよおかしいだろ!」

「話は理人さんも交えて下で聞きます。来なさい」

「あっ、あ、やめて引っ張らないで! 待って違うんですぅ、ホントに僕のじゃないんですうううぅぅぅ!」

 

 バタン。

 

 

「てなことがありましてですね」

「……っ! ……ふひ」

「あのさ」

「……っ。くふっ……!」

「笑い過ぎでしょ」

「ダメ……おなか痛い……苦しい……っ!」

「いい加減泣くぞお前」

 

 春も深まり、夏の足音がドンドコと行進し迫り始めた六月初め。教室にて。

 学校に早く登校し日直の仕事を終え暇を持て余していた俺は、昨日起こった大事件を隣の席を陣取る長年の腐れ縁、戸村美知留に話し愚痴を垂らしていた。よほどツボだったのかいつもの馬鹿丸出しの笑い声をクラス中に弾き飛ばすことはなく、腹を抱え机に突っ伏して何度も肩を痙攣(けいれん)させている。ガチ笑いってやつですねわかります。

 ひとしきり笑い満足したのか、過呼吸気味に問いてきた。

 

「ていうか、せっかく錠前を付けたんだから鍵閉めれば良かったのに」

「あの人、ポケットに常時合鍵を忍ばせてるんすよ」

「鍵を付けた意味本当にないね」

「いらない子なんて言わないであげて」

「君のっ手っで~」

「鍵は掛けてるんだよ。でも錠の落ちる音で終わらないんだよ」

「じゃあもう切り裂くしかないね」

「切り裂けたのは静寂だけだよ。見兼ねた父さんが俺と一緒に土下座してくれたくらいだからな。始めようか家族会議で午前二時までやってたよ」

「返事もろくにしなかったの?」

「あのさ、軽い感じで話してるけどもマジで午前二時くらいまでやってたかんな? そのあと飯食って風呂入ってで寝たの三時くらいだよ三時、眠いったらありゃしない」

「よくそれで早起きできたねェ~」

「父さんが『ここは僕に任せて先に行くんだ!』とか無駄な死亡フラグ立てて起こしに来てくれたからな。あの人、俺や母さんとアニメの話がしたいからって最近オタク用語を覚え始めてるんだよ」

「へぇ~、本当におしどり夫婦だよねぇ~。おじさんどんな言葉覚えてた?」

「昨日とかだったら覚醒母さんの姿を見て『大魔王からは、逃げられない……』って言ってたぞ」

「ぶふっ!」

「まーた始まったよ……」

 

 ゴンと勢いよく頭を机に落とし笑いを再開しだす美知留。もうこいつはほっとこう。

 不貞腐れながらも鼻から溜息を出し教室内を見渡すと、時間が経ったためかだいぶ人が増えてきていた。中には半袖姿の人もちらほらと。かくいう俺と美知留も暑さに耐え切れず夏服にスタイルチェンジをしている。

 これから本格的に熱くなるってんだから勘弁してほしい。太陽さんや、「俺はまだ本気出してないだけ」とか言ってないでここいらで手を打ってくれません? この気温でいてくれるなら月額五百円までなら出すよ?

 

「おっ」

 

 教室の入り口に目を向けると、ちょうど見吉が人を掻き分け入ってきていた。髪はぼさぼさ、夏服シャツとベストはよれよれ。ふらふらと身体をメトロノームのように揺らし歩く姿は、もはや寝てるんだか起きてるんだか。危なく近付いてきたので注意喚起の意も込めて挨拶を投げ掛けることにする。

 

「よう見吉、おはようさん」

「んー」

 

 丸めた背を少し上げ薄く目を開かせる見吉。

 これが華の女子高生ねぇ。現実なんてこんなもんだよね。

 

「お前だらしないぞ。なんだよその申し訳程度に付けましたみたいなリボンは」

「んー」

「あとベストも(めく)れてるぞ。サービスシーンがしたいってんならもうちょい頑張れよ、夕方アニメの方がまだ色気があるぞ。髪もぼさぼさだし、鳥の巣かよ」

「んー?」

「ほら、整えてやるから早く座れよ」

「んー」

 

 自分の、つまりは俺の前の席に座るよう促すと見吉は生返事をしてカバンを机に置き、ドカリと音を立てて椅子に身を預ける。見吉の身嗜(みだしな)みを整えやすいよう自分の机を横にどかし椅子を近づけ、さらにカバンからブラシと寝癖直し用のスプレーとスタイリング用のスプレーを取り出す。それらを使いキューティクルが痛まないよう見吉の髪にスプレーを吹きかけ、丁寧に手グシとブラシで髪を()いていった。

 

「痛かったら言えよー」

「んー」

 

 生返事だけど可愛い。けど、華の女子高生が本当にこんなんでいいわけぇ?

 

「……ねぇしーちゃん、しーちゃんは奈央専用のスタイリストだったけ?」

 

 笑いの呪縛から解けた美知留が指摘をしてくる。すかさずと俺は反論した。

 

「はぁ? んなわけないだろ、お前らが見吉係とか言って押し付けてくるから、仕方なく面倒を見てるんだろうが」

「見吉係ってぇ、奈央のことを起こす係のことじゃなかったかな~?」

「……あれ?」

 

 そうだったっけ? そうっだったかな? そうじゃないような、いやそうだったような……?

 俺が首を傾げ過去を思い返していると、

 

「志恩クンは見吉係が板についてきたんダナァ」

 

 隣に来た人物に思考を遮られる。視線を上げ見るとそこには、クラスの友達の自称ぽっちゃり系丸刈り変態男子、三角(みすみ)四郎(しろう)、通称『サンカク』があるんだかないんだかわからない小さな目を細めて笑い掛けてきた。

 

「ようサンカク、おはよう~」

「サンカクくん、おっはよー」

「二人ともおはよう。見吉サンもおはようなんダナァ」

「んー」

「こら見吉、ちゃんとおはようって言わなきゃダメだろ」

「ん~おはよぅ……」

「ったく。すまんなサンカク、見吉にはあとで俺の方から叱っとくわ」

「志恩クンが変な方向に目覚め始めてる……」

「しーちゃんはお母さん似で意外に面倒見がいいですからね~」

 

 はて?

 

「にしてもブラシとスプレーって、それってしーちゃんの自前?」

「おうよ。まずブラシをする前にこのリセットスプレーで寝癖を取って軽くまとめる。これはベタつかず匂いもなくすぐ乾くタイプで、見吉のコシがありまだ若い髪にはこういったもので十分(じゅうぶん)なんだ。そのあとにこの天然毛ブラシでゆっくり優しく梳いていく。これにした決め手としては、やっぱり『静電気が起こりにくい』のと『まとまりやすさ』かな。静電気はキューティクルの敵だし、長髪はまとまりにくい、それらを考慮して当たり方が柔らかく髪にダメージを与えにくい天然毛がベストってわけ。そして仕上げにはこのライトスプレー。艶感が出てさらりとした仕上がり、なによりもオイルベースなのに重くない。まさに見吉みたいなロングストレートヘヤーのために用意されたかのようなスタイリングスプレー。これを軽くやり最後にブラシで整えれば、ほら御覧のとおりの美しい仕上がりに。これでお手入れサボりがちな貴方のぼさぼさ髪もパーフェクトビューティフルスタァイル!」

「なんか通販番組みたいなこと言いだしてきた……」

「志恩クンはどこに向かうつもりなんダナァ……」

 

 はてはて?

 なにが気に入らないのか、ぼやいてくる二人を相手にしながら見吉の服も直していく。そうやって三人いつものなんてない雑談をしていると廊下側が騒がしくなる。気になってそっちに注目すると女子による人だかりができていた。黄色い声援みたいなのが上がっちゃったりしている。なんだ?

 

「なんだあれ」

「なんだろうね~。コスのお披露目会かなぁ?」

「あぁ、あれは一年生三大イケメンの三帝(さんてい)が通ってるんだよ」

「あのお笑い芸人のか?」

「それは三瓶(さんぺい)

「わかった新聞のやつだぁ!」

「それは産経(さんけい)。違うんダナァ、あれを見て」

「あとなにがあったっけ、さんれいとか?」

「もういっそサンセイでいいんじゃないかな?」

「だからなんでお前はパチンコを知ってるんだっておかしいだろ。言え、お前はどこの回し者だ。いくら(ふところ)にしまった」

「もうボケなくていいからあっちを見てほしいんダナァ……」

 

 情けない声で訴えてくるのでじゃれるのを止め、俺と美知留は廊下側に視線を動かす。サンカクが指差した先、女子生徒の群れの中を悠々と辺りをきらめかせながら歩く三人のイケメンの姿を捕らえ、サンカクがわざわざ一人ずつ解説していってくれた。

 

「先頭を歩くのは一年A組、青山(あおやま)麗星(れいせい)クン。通称、『青髪クール』」

 

 なるほど、冷静だからクールと。考えた奴はアホだな。

 そいつを観察してみる。細身の長身に、サラリと流れる肩口まである髪と切れ長の瞳を飾る眼鏡。夏服を乱すことなく背筋を伸ばししゃんと綺麗に歩いていた。在り方がそのまま性格を出している。真面目が服着ましたみたいな奴だな。

 

「その後ろが一年B組、赤崎(あかざき)保歩羅(ぽぷら)クン。通称、『赤髪ポップ』」

 

 ポプラだからポップと。もうちょっと捻りません?

 ザンバラ切りのようなツンツン短髪が特徴的なそいつは青山の次に背が高く、好奇心からか忙しなく顔を動かす(さま)は快活そのもの。青山とは違い、ネクタイを取り第一ボタンを外しシャツをズボンから出すなど、制服をかなり着崩していた。

 

「最後に一年D組、茶沢(ちゃざわ)貫美(かんみ)クン。通称、『茶髪スイート』」

 

 通称って言うけど誰なの考えた奴は。甘味だからスイートと、いや、もうなにも言うまい。

 赤崎よりも背が低く、そして赤崎よりも長いクセ毛をいじり鏡でキメ顔を作ってる姿はなんとなくチャラい。制服の乱れも二人の間くらいで適度に着崩している。 女子からの挨拶に対しウインクや手を振るなど、コイツが一番社交性が高そうだ。青山に至ってはなにも言わずに軽く会釈(えしゃく)をするだけだもんな。それと比べれば、チャラいかもしれないが協調性があると言える。

 

「以上が一年校舎代表とまで言われている三大イケメン、三帝たちなんダナァ。しかも全員高校からの外部生徒」

「ふーん」

 

 外部生徒。

 エスカレーターによる内部進学ではなく、入学受験をして入ってきた人たちをそう呼んでいる。ここ私立聖櫻学園は意外にも偏差値が高いため入学試験はかなり難しいともっぱらの噂だ。つまりこいつら三帝は全員頭脳明晰(めいせき)ってことか。

 ドイツもコイツもキラキラネームみたいな面白い名前しやがって。逆に覚えられないっつーの。

 

「ちなみに志恩くんも有名人の一人なんダナ」

 

 ……えっ?

 

「な、なんだよおい、おいおいおい照れるなぁいやーやっぱりわかっちゃう? わかっちゃうよね~抑えてても溢れ出ちゃうのかな俺のこの魅力ってーのがさぁ」

「一年校舎の三大問題児の一人だって」

「おいちょっと待て誰だよそんなことは言った奴は俺が直々にぶっ飛ばしてやらぁ!」

「わりと皆から言われてるんダナァ」

「クソが! 誰だよ言い始めた奴は見つけたらタダじゃおかねぇ。具体的には上履きの爪先部分に練り混ぜた納豆をブチ込んで、そんでもって置き手紙に『お茶碗についた納豆のネバネバって、寿司とかについてくるバランで拭くと綺麗に取れるよ。これ豆知識。豆だけにね!』って書いて納豆博士にしてやる!」

「そういうことばっかり言うから問題児扱いされるんだよ」

「当然の報いなんダナァ」

「お前ら……」

 

 くそぅ、俺がなにしたっていうんだ。

 やたらと俺にイタズラをして脅かしてくる子に言葉責めで容赦なくイジメ抜いて泣かしちゃったから? それともサッカー部に入らないかとしつこく勧誘してきた子に野球の面白さを逃げるまで語ったから? あっ、もしかして忍者ごっこして茂みに隠れていた子の背中に『私が忍者です。ここにいます』と目立つよう蛍光ペンで書いた紙を張ったから?

 うん、どれもちょっとしたおちゃめな部類で問題児扱いされるようなものじゃないな。まったく、どう見ても一般優良生の志恩さんにそんなことを言い始めた奴には本当に困ったもんだぜ。

 ふと視界の端でカバンを枕にし本格的に寝る体勢に入った見吉を見つけ。

 

「んー」

「こら見吉、寝るんなら下にハンカチ敷きなさい。お前案外よだれが出るんだから」

「んー」

「十五分後に先生来るから、そんときに起こすからそれまで大人しく寝てるんだぞ?」

「はぁい」

「「……」」

 

 なんだろう、見吉に注意をしただけなのに暖かい目で見られてる気がする。

 二人のことを無視をしブラシなどを片して机を戻していると、不意に視線を感じてその方に顔を向ける。見ると赤崎がなにやら俺に手を振って、いや、どうやらそれは美知留に向けたものらしく隣で美知留が手を振り返していた。

 ていうかあのイケメン共、なぜうちのクラスの前でたむろってる。

 

「なに、お前知り合いなの?」

「うん。なんか最近よく声を掛けられるんだ~」

「ふーん」

「……志恩クン志恩クン」

「ん?」

 

 小声で呼ばれ片肘で(つつ)かれる。何事かとサンカクに反応すると顔を近づけ耳打ちしてきた。

 

「これは大変なことになったね志恩クン」

「なにが?」

「きっと赤崎クンは戸村サンのことを狙ってるんダナァ」

「狙ってる……?」

 

 狙ってるって……倒すべき相手、敵同士ってことか?

 横目で覗くと美知留と赤崎が顔芸でなにかサインを送り合っている。あれはつまり仲良く遊んでるんじゃなくて、舐められないように牽制(けんせい)し合ってるってこと?

 ふむ。

 

「なぁ美知留」

「ん、なに?」

「戦いの準備ができたときには俺も呼べよ」

「は?」

「偉大な先人はこう言った。『戦いは数だよ兄貴!』」

「なんのこと?」

「白兵戦は任せろ。志恩ちゃんパンチでジェットピストルかますから。ギアセカンドだから」

「なんかよくわかんないけど、しーちゃんに肉弾戦は欠片も期待してないし、なんなら別の男子に頼るから気持ちだけ頂戴するね」

「お、おいおい。志恩ちゃんパンチ凄いよ? 苦節十五年のなんかいろいろ凄いパゥワーあるから期待していいんだよ?」

「そうだね。自転車置き場で倒れてる女子にパンチお見舞いするくらいの外道さはあるよね」

「やめろぉ! 誰かが聞いてそれが広まって本人の耳に入ったらどうするつもりだ!?」

「まだ謝ってないの?」

「謝ったよ、事情は話してないけど」

「この男……」

 

 コイツの顔のレパートリーとしては珍しく、目を細め呆れたように溜息を向けてきた。

 おっと、ゴミを見る目ですね。

 そんなことをやっていると朝礼が始まる五分前を知らせる予鈴が鳴り響く。それを聞きつけ三帝が動き、蜘蛛の子が散るように女子による人だかりも崩れ四方へと消えていった。

 

「予鈴が鳴ったわよー。皆席に着いてー」

 

 仕事だとばかりに委員長が手を叩き俺たちに促す。それを聞いても未だに動く気配がなく、俺になんとも形容しがたい顔を向けてくるサンカクへと。

 

「どうしたサンカク。委員長に目を付けられるぞ、早く席に戻れよ」

「志恩クン……さっきのはそういう意味で言ったんじゃないんダナァ……」

「あい?」

 

 可哀想な人を見るような目でそう言い残し、サンカクは自分の席へと戻っていった。

 はてはてはて?

 

 

「はい、それではこれで終わりにします。日直の方、お願いします」

 

 担任の橘先生の呼び掛けを合図に俺が終礼の号令を掛ける。全員できっかり礼をし終え各々(おのおの)解散の運びとなった。これにて放課後に突入する。

 

「んじゃあ今日はバイトなので失敬するよ。いや~ほんとごめんね~この埋め合わせはあとでするから~精神的に、ね? んじゃ、よろしくぅ!」

「待てやオラァ!」

「ぐえ」

 

 (まく)し立て逃げようとする美知留の首袖を掴む。カエルの鳴き声みたいな声を出し(うずくま)る美知留の咳込みが落ち着くまで待っていると、俺の手を払いのけ涙目で噛みついてきた。

 

「痛いよしーちゃんなにするの!」

「おいおいおい美知留ちゃんよぉ。この前もそんなこと言って日直サボっただろうが。今日はちゃんと一緒にやってもらうからな」

「いやいやいや、今日はバイトがあるからさぁ。遅刻したらまずいよぉ、ね? おねがい」

「お前昼休みに『今日のバイトは七時からだからゆったりできるんだよね~』って言ってたよな?」

「チッ」

「今舌打ちしたかお前」

「してないよー」

「したよな」

「してませんよーだ」

「なに夫婦漫才やってるのよ」

 

 そうツッコみながら睨み合う俺たちの隣に立ち止まる影。横を向くとそれは我らがクラスの委員長こと八束(やつか)由紀恵(ゆきえ)その人で、チャームポイントの三つ編みおさげを揺らし腰に手を当て仁王立ちで俺たちと対峙する。

 

「これが漫才やってるように見えんのかよ」

「どう見てもそうにしか見えないから言ってるんじゃない。馬鹿なことやってないで、ちゃんと二人で手分けして日誌を書いてあのノートを持っていくのよ?」

 

 指差された先を美知留と一緒に見やると、教卓の上に山のように積み上げられたノートの山。日直の仕事として日誌を書くだけでなく、時折こんなふうにクラスの提出物を職員室に運ばなければならない。

 二人して辟易(へきえき)した顔をしていると、追い打ちのように委員長が俺に紙を寄こしてくる。

 

「それはそうと有坂くん。ほら、この前の進路調査のプリント。君、結局まだ出してないでしょう?」

「なに言ってんだ、ちゃんと俺は出したぞ」

「あれを進路として学校側が承諾するわけないでしょう。書き直しよ」

「え~あれ以上の進路なんて今は考えられないぞ」

「ダメだよ有坂君。ちゃんと真面目にやろ、ね?」

 

 後ろから声が掛かる。とても教師とは思えない童顔を困ったように歪ませ、ロリ先生こと(たちばな)響子(きょうこ)先生が話に加わってきた。身長が低いということもあり、大きな瞳を上目遣いにし俺へと申し上げてくる。

 

「いや真面目に書きましたって。第一希望がヒモ、第二希望がニート、第三希望が橘先生のお婿さんのなにがダメだっていうんですか」

「ダメだよ、その考え方が」

「それにですね、まだ高校生にもなって間もないというのに進路調査とか、進路が決まってて当たり前みたいなことやられましてもね。それってある意味、生徒の可能性を踏みつぶしてません? 先生がそんなことしていいんですか?」

「えっ!? そ、そんなことないよぉ! 今から少しずつ将来への関心を持たせることでなりたい自分というものを意識させるという、ちゃんとした意味のある計らいなんだから」

「だとしたら俺のなりたいものはただ一つ! 貴女のお婿さんです、一生養ってください老後まで一緒にいますんで!」

「求婚されちゃった!? でもでも、先生と有坂君とじゃ歳の差があるし」

「歳の差とかそんなの関係ねぇ! 先生への想いは天を突く! 墓穴掘っても掘り抜いて、突き抜けたなら俺の勝ちぃ!」

「有坂くぅん……そこまで私のこと……」

 

 小さな先生の手を両手で包み、視点が合うよう膝を折る。たったそれだけでとろんと目を(ゆる)ませ、耳まで赤く染め上げちゃうんだから先生チョロ過ぎっす。もしかしてこのまま本当に先生のお婿さんになれるのでは?

 突如、美知留のチョップが俺の手を(はた)き、委員長が橘先生を抱き寄せ俺との間に割って入り距離を作る。

 

「落ち着いて先生。これはしーちゃんの罠です、こうやって(けむ)に巻くつもりなんです」

「そうです先生落ち着いてください。これが有坂くんの常套(じょうとう)手段です、惑わされないでください。あとこの男、正直なに言ってるのかわからないです」

「はっ! あ、危ない危ない騙されるとこだった……」

「チッ」

 

 くそぅ、もう少しだったのに! やはり勢いだけじゃ押し切れなかったか。

 ビラりと。

 進路調査表を俺の顔に突きつけ、眉尻を上げ釣り目をさらに細めながら委員長が冷たい声色で放ってくる。

 

「はい、そういうことだからさっさと書くのよこのダメ男」

「うぅ……。さっきといい今といい、俺への当たりが強くないか? 怖いんだけど……」

「二ヵ月も君と同じクラスにいれば、嫌でも君のことがわかってくるものよ」

「え、なに。たったの二ヶ月程度で志恩さんのことわかった気でいるわけ? なにお前俺に惚れてるのそういうことなの? それならそうと、もうちょっとわかりやすいようにそれなりの態度ってものがゴプァ!」

「ごめんなさい殴っていいかしら?」

「い、今殴ったよね!? ボディに入れたよね!?」

「あれ? 痛くないのかしら」

「いやいや、俺が殴られ慣れてるから対処できたってだけで、結構なパンチ貰いましたからね!?」

「殴られ慣れてるっていうワード凄いインパクトだよね」

「ごめんなさい戸村さん、君の幼馴染もう一発殴っていい?」

「なんなら捕まえようか?」

「おねがい」

「ちょっ!?」

 

 一瞬の隙をついて美知留が俺の背後に回り込み羽交い絞めをキメる。ケタケタと、サンドバックを前に楽しそうに笑う委員長、もとい悪魔の顔が、一歩一歩着実に近付いてきた。

 

「じゃあ先生はちょっと弓道場に用事があって行かなきゃだから。八束さん、あとのことはお願いしてもいい?」

「えぇ、任せてください」

「ちょっ、先生! 先生の目の前で生徒による暴行事件が起きようとしてますよ!? これどう見ても大問題ですよ、翌日の新聞の見出しを飾っちゃいますよ!?」

「有坂君。先生、有坂君が進路調査表を持ってきてくれること、信じて待ってるから」

「あーーーそんな純粋な瞳で見つめられたらなにも言い返せないじゃないですか! あ、ちょ、せん、おい行くなロリー!」

「覚悟はいいかしら?」

 

 悪魔が一歩近づく。悪魔が笑い、悪魔が手を慣らし、そして悪魔が囁いてくる。

 死ぬ覚悟はできたかしら、と。

 

「待て待て委員長お前はクラスの見本だろ? 見本が皆の前でこんなことしちゃっていいわけ!?」

「いい見せしめになるわ」

「極道かお前は! 美知留ちょっと交渉しないか? 今離してくれるんならそうだな、駅前に美味しい塩ラーメン専門の店ができたらしいから一杯奢ってやるよ」

「五杯じゃなきゃ手を打たない」

「吹っ掛け過ぎだろ! オメェそんなんだからブクブク太るんだろうが! あっ、嘘、ウソウソ嘘だから絞め上げないで! ち、近付くな委員長! やめろぉ、ジョッカー! ぶっとばすぞぉ! あっ、ダメ、ダメだから、ダメだって、ダメなのおおおぉぉぉ!」

 

 

「なんか最近、理不尽な目によく遭う気がする」

「インガオホー! イヤー!」

「ミチルニンジャ久々に見たな」

 

 第二校舎、二年校舎とも呼ばれている校舎の廊下を、俺たちはノートを持ち並んで歩いている。職員室へと続くこの廊下には人の影がなく、普段一年校舎しか通らないことから、知らないはずなのに見慣れているという光景が広がっており、不思議な静けさと言い様のない冷たさが辺りを支配していた。

 第一から第三と区別されているだけあって各校舎にそれぞれ理科室や音楽室などが設けられているものの、職員室だけは第二校舎にしかない。他にも第二校舎にしか用意されていない(しつ)などがあり、必然的に人通りが多くなるので第二校舎は他の校舎よりも広く作られているらしい。なにが言いたいかというと、余分に歩かなきゃならないので余計に疲れるということ。

 

「はぁ~だる」

「まぁまぁそう言わずにぃ。終わったらその駅前の美味しい塩ラーメン屋にでも一緒に行こう?」

「奢らないからな」

「わかってますって~」

 

 さっきまで俺と一緒に文句を垂れていたくせに、今じゃ鼻歌を響かせご機嫌に笑っている。皆が皆コイツくらい扱いやすかったら楽だというのに。

 

「志恩ク~ン」

 

 呼ばれ後ろを向くと走ってきていたサンカクが俺たちの(もと)へと合流してくる。

 

「ようサンカク、どうした?」

「オラも一緒に行くんダナァ。進路調査表を持ってかなきゃいけなくて」

「なにお前も? どうせろくなこと書かなかったんだろ」

「そんなことないんダナァ。オラは志恩クンと違ってちゃんとした進路希望を書いたんだけども、思い直せと言われての再提出なんダナァ」

「ほう。ちなみになんて書いて再提出食らったんだよ」

「ちょっと口にするのは恥ずかしいからぼかすけども、第一希望が女の子に罵られる仕事、第二希望が女の子に踏まれる仕事、そして第三希望が女の子の下僕になることなんダナァ」

「最後のは進路希望じゃなくお前の切実な願望だよな?」

「それを委員長に見られたときのあの目。サイコーだったんダナァ……」

「お前さ、俺のこと『一年校舎の三大問題児の一人』って言ってたけども、そのうちの一人って絶対お前だろ」

「はぉ……」

「……なんだよ、これ見よがしに溜息なんて吐きやがって」

「いくら罵倒されても相手が女の子じゃないと全然気持ちが高ぶらないんダナァ」

「おいデブ、人生悔い改めろ」

「はぉ……。志恩クンが女の子だったら……」

「おいやめろぉ! 不意に視線を感じて向いた先にお前がいたら、俺を脳内で性転換してるとみなして迷わずドロップキックしに行ってやるからな覚悟しろよ!」

 

 まあそんなこんなで。

 クソド変態も加わり粛然(しゅくぜん)たる廊下に三人の音が飛び交う。設立百年以上の名門校という肩書の作り出す廊下は、歴史たる所以(ゆえん)を感じる箇所がそこかしこに見え、窓から落ちる斜陽が廊下をさらに照らし濃く俺たちの影を伸ばしていった。

 ふと、

 

「しーちゃんあれ」

「ん?」

 

 雑談の途中で呼び掛けられる。前方を視界に収めると、ノートを頭上よりも高く積み上げ歩き辛そうに足を進ませている男の後ろ姿が。

 アレは確か……青山?

 

「なんか危ないな」

「そうだね、ちょっと声掛けてみよっか」

「おう」

 

 近付きながら様子を見ていると、少し進んでは首を傾け前を見、また少し進んではノートを整えと、なんだか要領の悪い運び方をしている。一応驚かせないよう気を遣って横に並び、青山の視界に入るようにしてから美知留が声を掛けた。

 

「やぁやぁ青山くん、大丈夫?」

 

 首だけ動かし青山が応答する。クールと通称されていることからイカした反応でも見せるかと思いきや、頬を弛ませ静かな笑みを向けて。

 

「戸村さん。大丈夫だよ、ちょっと時間が掛かるってだけで」

「いや~、あんまり大丈夫そうには見えないな~」

「あはは……」

 

 うん。普通、平坦、平凡な会話だ。三帝っていうくらいだからもっとキャラの濃い返しをしてくると思ったのに。

 

「なにお前、青山とも知り合いだったのか?」

「うん、この前一回挨拶したよ~」

 

 あっけらかんと言ってみせる超絶ポジティブガール。よく一回だけの挨拶でここまでフレンドリーに接することができるよ、流石のコミュ力だぜ。

 

「青山クン、なんならオラが半分持つんダナァ」

「三角くん。大丈夫だよ、日直の仕事だから三角くんには迷惑掛けられないよ」

「オラも職員室に行く用事があるからそのついでだし、任せるんダナァ」

「三角くん……ありがとう。それじゃあお言葉に甘えてもいいかな?」

「ダナァ」

 

 肯定の意を示し青山からノートを半分受け取る。

 サンカクすら青山と交流を持っていたとは。この場合、サンカクと交流できている青山に驚くべきか?

 コイツなら案外俺とも普通に会話をしてくれるかもしれない。青山という人間に興味本位で俺も声を掛けてみることにした。

 

「よくそんな状態でここまで来れたなお前」

「あ、有坂志恩……」

 

 ……あれ、なんか俺のときだけ態度違くない?

 

「……なに?」

「い、いやなんでもない、よ?」

「疑問形で終わらせるなよ。なんでもないって、明らかに今一歩引いたよね?」

「……引いてないよ?」

「おい、俺の顔を見て言え。そんな態度してると志恩ちゃんパンチでギガントピストルかますぞ、ギアサードだぞオラ」

「ひぃ」

 

 今コイツ悲鳴を上げたか? そこまで怖かった?

 目に余ると判断してか「しーちゃん」と美知留が目を鋭くさせ見咎(みとが)めてくる。

 

「いやそこまで脅すつもりは……。青山ごめん、ほんの冗談だって悪かったよ」

「……なにもしない?」

「しないしない」

「ホントに?」

「ホントホント」

「それじゃあ……」

 

 警戒心のすべてを解いたわけではないものの、おずおずと顔をこちらへと向ける青山。

 正面から捕らえるとホントにイケメンだな~コイツ。この素晴らしい造形で何人の女を魅了してきたんだ?

 

「改めてごめんな。相手が男だとつい気が弛んで口が悪くなっちゃってな~、さーせん」

「ううん、僕の方こそごめん。初対面の人に取る態度じゃなかったよね、ごめんなさい」

「いや、俺の方が悪かったわけだしそんなに気にしなくていいぜ? だからお前ももう気にすんなよ」

「有坂くん……ありがとう。その、なんだか君のことを勘違いしてたみたいだ。良かったらなんだけど、友達になってくれると嬉しいな」

 

 そう言い首を傾げ、長い髪を揺らし微笑む姿はまさにイケメンそのもの。

 こ、コイツ初対面の俺にここまで心をオープンできるとか、性格すらイケメンかよぉ。神様、二物までならわかるけど二物以上与えるのはズルくありません?

 

「ところで勘違いってなに? 俺お前になんかしたっけ?」

「え。あ、いや、そのぅ……人から聞いた話で、有坂くんはえーと……危ない人だって聞いたから」

 

 羽切が悪く聞き返しにくい、しかし聞き流せないことを言ってくる青山美男子。

 意を決して尋ねる。

 

「……た、例えば?」

「例えば『視姦が得意』だとか『ベンチで常に獲物を狙ってる』だとか『相手が男ですらホイホイ食っちまう』だとか」

「俺は阿部さんか! 誰だよそんな根も葉もない悪評を広めやがった奴は!」

「三角くんから聞いた」

「おいデブ」

「ちちち違うんダナ! オラは学校での志恩クンの評判をちょっと捻じ曲げて伝えたってだけで悪意があってのことじゃないんダナ!」

「捻じ曲げた時点で悪意しかないわこのボンレスハムがぁ! 次お前の口から俺の悪評を広めてみろ、その走るよりも転がった方が早い丸い身体を縛ってダルマのように桜坂から突き落としてやるからなこの家畜!」

「うっく……流石は志恩クンなんダナァ。言葉責めだけでオラをここまで感じさせるとは。ハァハァ」

 

 救いようがねぇなコイツ。

 

「……本当になにもしてこない?」

「大丈夫ですって~。もししーちゃんのことでなにかあったら、この美知留さんを頼りたまえよ少年」

「うん……」

 

 こっちはこっちでなんか結託してるし。

 俺の罵倒に青山が一歩引き身体を震え上がらせている。温厚な性格とあいまってか若干行動傾向が女々しいように感じる。今朝女子共に囲まれて一言も喋らずにクールに対応していた人間と同じには見えない。

 

「麗星君!」

 

 呼び声。

 廊下の奥、それこそ職員室がある先から大きなそれが聞こえてくる。俺たちが振り向くよりも早くその人物が青山の前に立ち、意志の強そうな瞳で青山を睨みつけていた。

 

「るいちゃん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ、教室で待っててって言ったじゃない!」

「えっと、でもるいちゃん弓道部のことで忙しそうだったし」

「だから、ちょっとした集まりで連絡事項聞くだけだから、終わってから日直の仕事するって言ったじゃない! 覚えてないの?」

「覚えてたけども……あはは……」

「もう! なに、なんなの!?」

 

 んーと。

 ついに話したことなければ会ったこともない人に出くわし、いきなり目の前で痴話喧嘩をし始めたわけだが。

 

「誰?」

「さぁ」

「あの人は上条るいサンなんダナァ」

 

 意外にも女子の美知留よりも男子のサンカクから解答がくる。

 

「知り合いか?」

「知ってるけど知り合いではないんダナ」

「どういう意味だよ」

「オラはこの学園の全女子生徒のデータを脳内でプロファイルしてるんダナァ。だから当然、上条サンのこともインプット済みなんダナ」

「「うわぁ……」」

 

 聞きたくなかったそんなこと……。美知留ですら引いたのか珍しく俺に隠れるようにして身を寄せてきた。

 それに気にした様子もなく、サンカクが得意気に口を回らせる。

 

「彼女は上条るいサン。目測で身長は百五十八センチ、体重四十四キロなんダナァ」

「そこまで俺は聞いてない」

「好きな食べ物はたこ焼き、嫌いな飲み物はジャスミン茶。スリーサイズは上からおよそ七十・五十・七十三なんダナァ」

「そこまで言えとも言ってない」

「流石に気持ち悪いかな」

「うっ……戸村サン、ありがとうございます!」

「……」

「お前さ、美知留を黙らせるってなかなかなもんだぜ? もういいからちょっと黙ってるか学校の屋上から飛び降りてこいよ」

「はぁ……志恩クンが女の子だったら……」

「また言ったなお前! いいか次はないからな!」

 

 俺の怒声も空しく、サンカクはただただ溜息を吐くばかり。

 もういいコイツはほっとく。こんな奴よりも目の前で喧嘩をしてる二人の方をどうにかしよう。

 

「おーいそこのお二人さん。喧嘩するのは別にいいけども、道を塞がれちゃうと困るんですがー」

「あっ、ごめんね」

「え? あっ、ごめんなさい」

 

 青山がすぐに反応する。それに(なら)い上条も身体を動かすものの、やっと俺たちの存在を認知したといった感じで(ほう)けた顔を向けてきた。

 

「話の流れ的に上条、失礼、上条さんは青山と一緒で日直なんですよね?」

「別に呼び捨てでいいわよ。上履(うわば)きの色で察するに同じ一年生よね? 敬語もいらないわ」

「そう? んでさ、そこにいる変態が青山の手伝いでノートを持ってるんだ。受け取ってやってくれよ」

「え!? ごめんなさい、えっと」

「変態じゃなくて三角なんダナ。はいコレ」

「ごめんなさい三角君、ありがとう」

「さっき持ったばっかりだったから大したことしてないよ。だから大丈夫なんダナァ」

「そんなことないよ、ありがとう。……それで麗星君、これはどういうこと!」

「え? な、なにが?」

「なにがじゃないわよ! なによ、そんなに私と一緒に日直するのが嫌なの!?」

「えー!? そんなこと思ってもないよ! ただ僕はるいちゃんが忙しそうだったから楽できるようにと」

「嘘! キミはホント、昔っからホント……もう!」

「るいちゃん!」

「知らない!」

 

 まーた始まったよ、仲悪過ぎだろこの二人。

 ていうか。

 

「なに、あの二人は腐れ縁かなんか?」

「うん、志恩クンと戸村サンの関係と一緒であの二人は幼馴染なんダナァ」

「さも自分が知ってて当たり前のように答えやがったなお前。ふーん、幼馴染ね。にしては仲が悪いよなアイツら」

「「……は?」」

「ん?」

 

 奇妙なこともあるもんで、サンカクと美知留が声を揃えて俺を見てくる。その顔はなんだろう……「なに言ってんだコイツ」みたいな懐疑の目で。

 

「志恩クン、それは本気で言ってるんダナ?」

「はぁ? いやどう見たって仲が良いようには見えないだろ」

「ここまでだったかぁ……」

「おいなんだよ美知留、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」

「……」

「あ、あれ? おーい美知留さんやぁ?」

 

 遠くを、それこそあるはずのない山の天辺(てっぺん)を見るかのように窓の外の景色を眺め始める幼馴染。

 

「志恩クン、戸村サンを黙らせるってなかなかなもんなんダヨね?」

「ち、違う! 俺はお前と一緒なんかじゃない! お前みたいな変態なんかと!」

「でも同じ『一年校舎の三大問題児の一人』なわけダシ」

「やっぱりお前もなんじゃねぇか!」

 

 ここまで来ると残りの一人が気になるところだよクソッタレが!

 俺の怒声が鳴り止むと廊下に静けさが戻ってくる。どうやらさっきまで喧嘩していた上条たちも、俺たちがやり取りをしている間に落ち着きを取り戻したらしく……落ち着きを取り戻し……あ、あれ?

 上条が信じられないといったような目で俺を見ている。状況的にそれはまるで喧嘩が終わったのではなく、なにかによって中断されたかのような体勢で、ギョッとした顔で。

 

「き、キミが……『一年校舎の三大問題児の一人』、有坂志恩?」

 

 ……あれ~? この反応デジャブ感じるんですけど。

 

「そうだけど……な、なに?」

「キミが……男食らいの有坂志恩……!」

「違うよ? 僕ノンケなんで、ノーマルなんで」

「『やらないかの人』!」

「やらねぇよ! オメェ初対面の女だけどもしばくぞ!」

「女性にも構わず手を上げるという!」

「あーどうしよそれは否定しにくい!」

「れ、麗星君」

 

 バッと長い黒髪を(ひるがえ)し、青山を背に俺の前に立ちはだかる上条。猫のような意志の強い目は形を変え、さらなる想いの強い目に変わり。

 

「麗星君の貞操は私が守る!」

「いらねぇよそんなもん馬鹿じゃねぇの!」

「なっ、麗星君貞操に価値がないとでも言いたいの!」

「るいちゃん落ち着いて」

「どっちなんだよお前は! 俺に奪ってもらいたいわけ!? いやもしかしたら、奪われる方じゃなくソイツが俺の貞操を奪う方かもしれんないだろ!」

「有坂くんも落ち着いて」

「そんなわけないじゃないなに言ってんのよ! だってずっと一緒にいるけども、私手を出されたことないもん!」

「るいちゃん!?」

「え……ずっと一緒にって、え? あ、青山、お前もしかして本当にこんな可愛い女の子よりも男の子の方が……」

「え!? ち、ちが」

「そうなの麗星君!? 男の子の方が良いの!?」

「なんで僕の方に飛び火が!?」

「まさか、さっき俺にいきなり仲良くしようって言ってきたのはそういうことだからか! あっぶねーえんがちょ!」

「ちょっ!? 違うよ! 僕の、僕の好きな人は」

「麗星君のバカァ! なんで、なんでなの? 女の子はダメ?」

「聞いてるいちゃん! 僕の好きな人は」

「あーあーキコエナイー! その好きな人ってあ行から始まったりしないよな? いや、し行でもないよな!?」

「麗星君……! そんな、そんなことって!」

「違うんだあああぁぁぁ!」

「カオスなんダナァ……」

 

 なんて的確なことを言うんだよサンカク。それじゃまるでお前がまともな人みたいに見えるじゃないかよこのド変態ボンレス。

 

「とにかく!」

 

 一歩、上条が大きく俺の前に近付いてくる。釣り目をキッと睨めつけながら。

 

「今後、キミは麗星君に絶対近付いて来ないで!」

「いやだから、別に俺は男が好きなわけじゃ」

「だってだって、『一年校舎の三大問題児の一人』なんでしょ? たとえ『やらないかの人』じゃないとしてもなにかしら問題があるに決まってるわ! どうせろくな人じゃないんでしょ!?」

 

 く、クッソー! だからなんて的確なことを言うんだよ、否定しにくいだろうが!

 俺が手をこまねき考えを巡らせていると、

 

「む」

 

 という俺とサンカクのじゃない声が隣から聞こえる。視線だけそっちに向けると、美知留が上条に物申したげに唇を尖らせている。それが皮切りだったのか上条と美知留の睨み合いのゴングが鳴る。

 ふーむ。

 俺が口汚くアレコレ言われるのは慣れてるし別に気にしないのだが、美知留がその戦いに身を置いてしまうのは流石になぁ。しょうがない、俺のダメさ加減でもお見舞いしていっちょ相手を困惑させてくるか。

 そこまで考え口を開こうとすると、

 

「るいちゃん」

「え、麗星君?」

 

 青山の手が上条の肩に置かれる。温厚な彼にしては先程と雰囲気が違い少しだけ怒気を孕んでいるようにも見える。いや、怒気じゃないのか? よくわからない。でもその顔は真剣そのもので、ただまっすぐ上条にだけに視線を向けていた。

 

「そんな言い方は酷いよ。噂だけで人を判断するだなんてるいちゃんらしくない」

「でも麗星君、彼は」

「なにより僕は、そんなことを平然として相手を傷付けるるいちゃんなんて見たくないんだ」

「麗星君……」

 

 ……ん?

 

「彼はノートを運ぶのに四苦八苦してる僕に声を掛けてくれたんだ」

「え?」

 

 声を掛けたのは美知留だけどね。

 

「そのノートだって半分持ってくれた」

 

 持ったのはサンカクなんですけど。

 

「そして、僕が誤解して彼に酷い態度を取ったにも(かかわ)らず彼は笑って許してくれたんだ。自分は気にしてないからお前も気にするなって。そんなこと言う人が、僕は噂どおりの問題児のようには思えない」

「麗星君」

 

 い、いや、そんな大事(おおごと)じゃなかったよね? そこまで大事な話じゃなかったような……?

 

「僕は彼を信じてる。だからってわけじゃないけども、るいちゃんも彼のことを、有坂くんのことをそんなに悪く思わないでほしいな」

「うぅ……でも」

「るいちゃんが誰かの悪口を言うのを見たくないように、誰かがるいちゃんの悪口を言うのを、僕は見たくないんだ。だから、仲直りしてほしい」

「麗星君……」

「るいちゃん……」

 

 イケメンかよコイツぅ……。あっ、イケメンだったわ。

 な、なにこのラブコメの波動を感じるみたいなデレデレ展開は……。えーっと。

 

「なぁサンカク。もしかしてなんだが、コイツらってただの幼馴染じゃない? 仲悪くない?」

「気付くのがおっせーんダナァ」

「しーちゃんちょっと黙っててね~、今良いところだから」

 

 はてはてはてはて?

 もう何度目かもわからない首傾げをやり状況を見守っていると、上条が申し訳なさそうな顔をして前に出てくる。その背中を青山が優しく見守っていた。「さぁ、謝ってこようか」「うん」みたいな雰囲気。声には出してないけど、二人の表情はそんな感じ。なんか繋がり合ってるみたいなそんな感じ。

 

「その、ごめんなさい。私なんだか頭に血が昇って、ううん、言い訳は良くないわね。酷いこと言ってごめんなさい。虫が良いとは思うけども許してください」

 

 そう言い、上条は礼儀正しくも背を伸ばし丁寧に腰を折った。

 あれか? 類は友を呼ぶ的な感じで、幼馴染は類を呼ぶのか? 良い子ちゃん過ぎるだろコイツら。

 俺としては女の子にこんな顔させて頭下げさせるつもりなんてなかったんだけどなぁ。だからまぁ、俺も腹割って話すとしますか。

 

「あのさぁ、さっきから酷いこと言ったとか酷い態度取ったとか、なんのこと?」

「「え?」」

 

 声を揃える幼馴染共。なんだか、その顔に笑いが込み上げてくる。

 

「いや確かにさ、ちょっとだけイラっとする様なことを言われたりされたりしたよ? それで言い返したりもしたさ。でもそこまで思い詰めるようなことじゃないし、そもそも俺、酷いことされたなんて思ってないから。あんなもん、高校生ならどこでもやるようななんてない会話だったろう?」

「なんてない、のかな?」

「いやなんてないだろ。少なくとも俺は気にしてないよ。だからさ、そんな顔して頭なんて下げなくていいんだぜ? もっとさ、気楽にやろうよ。気楽にやって気楽に生きて気楽に親のスネかじって皆でニートでもやろうぜ」

「やるわけないでしょなに言ってんのよキミは」

「皆でやれば怖くない」

「日本の将来が怖いわね」

「お前そんな歳で日本の未来とか考えちゃうわけ? ご立派過ぎるだろ。だから気楽にやろうって」

「あのねぇ、もう」

 

 そこまで言って上条が突然吹き出す。キツイ顔と性格な奴かと思ったが存外笑顔は可愛いらしく、その顔に青山が見惚れているのも納得である。さっきまでは気付かなかったけども、気付いた今だから思う。青山お前さ、表情に感情が出過ぎでしょ。お前の好きな人って絶対コイツのことだろ?

 

「もう、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。でもそれでも謝らせてね。改めてごめんなさい」

「まだ言ってるのかよ。わかったよ許すよ。許して全部解決するなら今もって貴女の罪を全部許しましょう。アーメン」

「なによ、聖職者にでもなったつもり?」

「あ、そうそう。そのくらい軽口にしてくれていいよ。その方が俺も楽だし」

「じゃあそうするね。そういえば言ってなかったけども、上条るいよ。よろしくね有坂君」

「よろしくしていいのか~? 俺は『一年校舎の三大問題児の一人』らしいしな」

「あら、警戒してないわけじゃないわよ? でもまぁ、よろしくやるくらいなら別に良いかなって思っただけ」

 

 青山の元に戻り、振り向きざまにそう言ってくる上条は紛れもない美少女だ。気軽で気さくでハッキリと物事を言える、案外コイツは良い女ってやつなのかもしれない。あ、いや、良い嫁か?

 こんな奴が幼馴染とか青山が羨ましすぎるぜ~。くそぅ、姉貴の言う『あんたなんかを好いている子が』って奴に早く会いたいなぁ。甘やかしてくれて養ってくれる子だったらマジ最高なんですけど。

 

「ほら早く行きましょ? ここで騒いでた私が言うのもなんだけど、早く部活に行かなきゃなんだから」

「そうだねるいちゃん」

「あっ、そうだった忘れてた」

「いやなんで忘れるんだよ。お前がいまだに抱えているノートの山をなんで忘れられるんだよ」

「いや~、イイハナシダッタナーって見てたら感動しちゃいまして」

「イイハナシダッタカナー?」

 

 なんだろうか。もしかしてこれは青い春ってやつなのだろうか。季節はもう夏に差し掛かってるんだぜ? 青春さんは所構わないんだなホント。まぁこういうのも結構良いものなのかもしれない。ただ廊下で騒いでたってだけの話なんだけども。

 そうして俺たちは歩の速度を合わせ、まるで示し合わせたかのように職員室へと向かう。それでこの話は終わりのはずだった。

 ただ一つ、コイツの余計な一言さへなければ。

 

「まぁ確かに志恩クンは女子にも容易く殴り掛かれる人だから、警戒するに越したことはないんダナァ」

 

『……えっ?』

 

 サンカク以外の四人の声が重なる。一番に応答してみせたのは上条だった。

 

「ね、ねぇ三角くん、それってどういうこと?」

「ん? そのままの意味なんダナァ。気絶して倒れてる女子に右と左を一発ずつ容赦なくパンチを入れる人、それが志恩クンなんダナァ」

 

 ちょっ!

 しまった、ガン〇ムの友との和解シーンなみに美しい展開で油断した所為か、反応できずにツッコむのがワンテンポ遅れちまった!

 だから、

 

「おい待てサンカク! 誰にも言ってないのに、なぜお前がそれを知っている!」

 

 まさか失言するとは思わなかった。

 

「え……。だ、誰にも言ってないって、じゃあ本当のことなのね!?」

「あっ、いやいや、違うんだ上条これにはちゃんと訳が」

「三角くん、他にもあるなら教えて! 今すぐ!」

「おいサンカク! 言うなよ、絶対言うなよ! フリじゃないからな!」

「そういえば、サッカー部マネージャーの川淵サンが志恩クンを勧誘した際、永遠野球の話をして困らせたあげく、逃げているにも拘わらずそのあとも追い回したってのは本当?」

「サンカクウウウゥ!」

「有坂君!」

「ち、ちが、いやそうだけど! 本当のことだけど! 違うんだ、アイツが俺のこと勧誘するときに『貧弱な身体だけどサッカーで鍛えない? サッカーやれば君もモテるよ!』とか俺の身なりを見て失礼なこと言ってきたもんだからちょっとした仕返しでやっただけなんだよ! 追い回したのだって、その人がハンカチ落としたから届けようとしただけで! なぜか逃げられたけど」

「あと、イタズラ好きの岸田サンを言葉責めで泣かすだけに飽きたらず、謝ってるのに女子トイレの中まで追い詰めて痛い目にあわせたってのは?」

「有坂くぅん!」

「お前絶対わざとだろ! ちちち違うんだって! アイツのイタズラで顔面クリームまみれにされたから、クリームまみれにされた人間の心の痛みを知ってもらうために説教してただけなんだって! なのにアイツときたら嘘泣きして舐めた口叩いて逃げるときたもんだから、そこで俺も『もう容赦しねぇ本気で泣かしたらぁ!』って思っちゃったりしちゃうわけじゃん? そしたらアイツあろうことか女子トイレに逃げ込みやがんの。入り口で歯噛みしてる俺を見て煽ってくるアイツにもうプッツンきちゃった志恩さんは」

「入ったのね!」

「入ったさ! あーあー白昼堂々入ってやったさ! そしたらアイツどんな顔したと思う? バカ面から一転、顔を青ざめてウロウロと逃げ場所を探してやんの。自分から密室空間に入ったってのによぉ、マジ傑作だったわぁ! 追い詰めたときのアイツの泣き顔ときたら、今思い出すだけでも笑いがとまらないぜぇ!」

「しーちゃん落ち着いて。それ絶対誤解を与えるやつだから」

「この男、鬼畜過ぎる!」

「ほらね?」

 

 ふらふらと後ずさる上条。その瞳にはもう先程の優し気な色は見えなかった。

 

「あと最近のやつだと、ただかくれんぼして遊んでただけの前田サンに『忍者ごっこして楽しい?』と訊いてきて邪魔するだけに飽き足らず、茂みに隠れていた前田サンの背中に『私が忍者です。ここにいます』と目立つよう蛍光ペンで書いた紙を張って虐めて、最後には一言なにか言って泣かしたってのは?」

「有坂くうううぅん!」

「お前あとで絶対覚えてろよ! 違うんだってば! 確かに遊びの邪魔したのは本当だけども、かくれんぼをしてるとは思わなかったんだよ。だってアイツいっつも同じような場所に隠れて一人だったからさ、だから俺なりに気を遣って言葉を選んで話し掛けてみたんだよ。『忍者ごっこして楽しい?』って」

「言葉のチョイスが酷いんダナァ……」

「そしたらアイツ怒っちゃって」

「せやろな」

「んで、なんで怒っちゃったのかはわからないけども、とりあえず謝ろうと思って探すわけよ。中庭の茂み、自転車置き場の屋根上、男子トイレの掃除用具の中、ゴミ箱、人体模型の中、他にもいろいろあったけども隠れている場所すべて見つけだしたわけ」

「全部見つけだす執念……」

「それでも見つけだした途端にアイツことごとく逃げやがんの。そこまでして俺は閃いたわけよ。もしかして友達がいないから見つけてもらうのが楽しくなっちゃったのかなって。んで例の紙を片手に俺は決意するわけ。『もう付き合ってらんね』って」

「まさに前田サンが言いたかった言葉だと思うんダナァ」

「そして見事見つけ出し背中に張りつけることに成功した俺氏! そのときの写真を撮ったんだけども見る?」

「写真を撮るという発想……」

「なんかそしたらさ、アイツいきなり『どうしてそれがしにそこまで付きまとう。なにゆえそれがしを見つけ出してくれるのだ。もしや、お主がそれがしの仕えるべき主君なのか……?』とか言って俺を忍者ごっこに巻き込もうとしてくるわけよ」

「あーやっちゃったんダナァこの男……」

「だから、以前泣かしちゃった経緯もあるし俺なりに細心の注意を払い言葉を選んで『忍者じゃないよ。主君なんていないよ』という想いを込めた言葉を、あるある探検隊のリズムに乗せて伝えたら泣いちゃったんだよね。まぁたぶん、感動してくれたんだと思うけど」

「……ちなみに、なんて言ったんダナァ?」

「『お前の主君はドブの中』」

「言葉のチョイスが本当に酷いんダナァ……」

「ね? 俺は悪くないでしょ?」

「「「悪いわ!」」」

「うおぅ」

 

 青山以外の三人から声が飛ぶ。上条に至ってはもう目がヤバい。うん、でも大丈夫、あの目には覚えがあるから。あれでしょ、ゴミを見る目でしょ? でもだからこそ大丈夫。ああなった人間の対処法なら俺はちゃんと(わきま)えて、

 

「逃げるわよ! さぁ早く、麗星君早く! 逃げて、逃げるの!」

「るいちゃん落ち着いて、これもきっとなにかの勘違いで」

「ダメ! 麗星君はあんな人間に関わっちゃダメよ! だから逃げるの、一刻も早く!」

「るいちゃん泣いてるの? え、るいちゃん大丈夫!?」

 

 ……あれ?

 

「お、おい上条。大じょ」

「ひいいいぃぃぃ」

「え」

「ごめんなさいごめんなさいまさかキミがここまで鬼畜外道だとは思わなかったの本当よだからお願いなにもしてこないでさっきのことは謝りますからぁ!」

「あ、あの上」

「うわあああぁぁぁん!」

「るいちゃあああぁぁぁん!」

 

 遠く響く泣き声を引き連れ、二人の背中は俺へと離れていった。全力ダッシュで。

 沈黙。

 昨日も味わった沈黙を、されど味わったことのない感情が胸の中に渦巻く。

 

「俺さ」

 

 誰に言うでもなく口が勝手に動く。

 

「ダメ人間の自覚はあるよ? 相手が悪いことやったらさ、やり返して泣かしちゃうときもある。でもやられたらやり返すは俺のポリシーだからさ、それがたとえ女であっても。泣かしちゃうのだって一時的なもので相手にトラウマを植え付けるような、そこまでのものじゃないって思ってたんだ。これくらいなら全然許容範囲だろって心に余裕作ってさ。でもさ……あんなさ……あんな怯えた目でさ……」

 

 知らず膝から崩れ落ち四つん這いになる。

 なんだろうこの気持ち。この感情。この得体の知れないやっちまった感。

 あ、そっかぁ。これが。

 虚しさかぁ…………。

 

「………………グズッ」

「まぁほら、こういうのって日頃の行いって言うじゃん? だからしょうがないっていうか、まぁそんなときもあるよドンマイドンマイ。ほら元気出して! よーし、じゃあ今日はこのトムトムが帰りに駅前のラーメンを一杯奢ってあげよう! だからしーちゃん泣かないで、ね?」

「そうだよ志恩クン。志恩クンの良さはわかる人がわかればゲハァ! な、なにをブフォ! 痛いよやめエバラァ! 殴らないデヘェ! あぁん、イイ、もっとぉ、もっと強くぅ!」

 

 

 

 後日。

 俺の所業や噂が広まり正岡先輩本人の耳にあの話が入ることを懸念した俺は、再度正岡先輩の下に訪れ正直に事情を話し、許しを請うために土下座をしたことは、もう語るまでもない。

 





見吉さんがマスコット化してる……。


言い訳臭くなるので事情は離さないようにしますが。ちょっとパソコンが開けない状況が続いて投稿できませんでした。お待ちしてた方々すみませんでした、お騒がせしました。
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