お前の考える全ては、今誰かが知るものだ。
まず、熱に襲われた。
厚さ2mを越える外壁を貫通した熱波にコールドスリープが悲鳴を上げ、私を叩き起こしたのだ。そう気付くまでに少しかかった。
そこかしこで上がる火花は最早、火事と言って差し支えない。体感で50度を超えている気温はしかし、役立たずのメーターのせいで分かったものじゃなかった。
“移民船:天橋立 就航13,835日”
なんて表示された画面はエマージェンシーのレイヤーが重ねられ、いくらも立たず割れ飛んだ。
「ユキ!」
冬眠から頭が覚め始めると、今度はすぐ横から私を呼ぶ声に気が付いた。続いてその姿。これはもしかすると、懐かしい、と言うことになるのかもしれない。
「ユキ!大丈夫!?怪我ない!?」
「ナ、ツ……姉?だいじょぶだと思うけど……」
「ほんと!?よかったぁ……じゃない!早く立って!脱出するよ!」
ぐ、と手を引かれて、まだ動きの悪い体がみしみしと音を立てた。
「いたっ……ナツ姉!まだっ!」
「えっ?あっ、ご、ごめん!」
ナツ姉はそのまま私を抱え上げて、船尾に走る。脱出艇のある方向だと分かったとき、どうしようもなく寒気に襲われた。この船が落ちるってことだから。
しかもナツ姉以外誰にも会っていない。この船には三十人が乗っていたはずなのに。それとも、みんな先に行ってるんだろうか。
船の真ん中辺りから走って一分で、船尾のポッド室にたどり着く。この先にはエンジンがあって、僅かばかりのスペースがメンテナンス用に割り振られているのだ。つまりそれだけ、後ろの方ってこと。
「星は目の前!二隻ならどれ!」
「えっと……ラーニングとプラント!プラントは私が入るから!」
「オッケー!さすがユキ!」
ちょうどラーニングの近くにいたナツ姉に叫びながら、私もプラントに向かう。脱出艇は一人一隻。そのくせ種類だけやたら多い。
プラント、ラーニング。他にマイニング、ファーミング、ハンティング、ブリーディング、ビルディング、ダイナモ、セラピー、フィルター、ガーディアン、トレーサー、ビークル、ファクトリー、ハウス……。
別に、どれもいらないと言っているわけじゃない。というか本来なら全部必要。一緒くたにすると大きすぎるから、なんて理由と、脱出艇としての個数確保のためにやたらめったら細分化されているだけなのだ。
だけど今、二人しかいない。
「ナツ姉!みんなは!」
三十人いたのに。
「ねえ!」
「次の一年がユキだったんだよ。スリーパーが壊れる前に開いたの、ユキだけだった」
「嘘っ!」
「本当だよ。もう起こす準備に入ってたから、間に合った」
ずっと、本当にずっとナツ姉の声や顔と一緒に生きてきたのに、今のナツ姉を見るのは初めてだ。奥歯を噛みしめて、肩をぶるぶる震わせて、顔を真っ青にして、私と目も合わせない。こんなナツ姉は、初めてだ。
その初めての姉をどこか堪能している。28人がいなくなった今現在、このナツ姉は私しか見ることの出来ない人なんだと思うと、何だかこそばゆかった。
けれどそれも一瞬のこと。エンジンと逆側、私たちが来た方向からボン、ボン、と爆発音が聞こえてきて、手を早める。
「ごめん!話は後で!」
「うん!」
脱出艇が動き出したのと、ポッド室に火の手が回ったのはどちらが早かっただろう。
ともかく私たちは、自分の乗り込んだ脱出艇と、バラバラにならない最低限の準備と共に、マイナス273度の空間に放り出された。
小さなモニターに映る外の景色は、主に爆発する移民船で埋め尽くされ、片隅の僅かな範囲に大きな球体が転がっている。音もなく炎が広がり、その中からはいくつかの小さな光が、私達と同じように落ちていった。脱出艇と、炎の塊。
小惑星の中にでも突っ込んだのか、と思うほど、どの船もボロボロだった。
「あの星に行くの?」
通信機に声をかける。連結された脱出艇同士で行う振動通信。
ほんの少しだけ答えが返ってくるか不安で、だけどすぐ返事があって、胸を撫でおろした。
「うん。見える?緑もあって、水もある。磁器嵐は少し強そうだけど、気にするほどじゃない」
「見えないよ。カメラが向いてない」
「あー……そっか。こっちからは見えるんだけどね」
ナツ姉の声は、これまた初めて聞く声だった。
Tips
○笠間 小雪
18歳。女。主人公。
千夏の双子の妹。千夏をナツ姉と呼び慕っている。姉と比べると性格はやや穏やかでお姉ちゃんっ子。
どちらかと言えば内向的で、物事に対し常に思慮深い。学びに対しても積極的。
反面人との付き合いは苦手であり、お姉ちゃんっ子の原因がそこにあったりもする。
○笠間 千夏
18歳。女。
小雪の双子の姉。小雪をユキと呼び、姉として頑張っている。性格は快活。
ちなみに勉強は嫌い。体を動かして実践演習から覚え込むタイプ。