時の庭園に女性の慟哭が響く。
それは嘗て稀代の科学者だった女性の声。
それは嘗て自らの愛娘をただ愛した女性の声。
それは嘗てただただ普通の母親だった女性の声。
「私は取り戻す。私とアリシアの過去と未来を! 取り戻すのよ。こんなはずじゃなかった世界の全てを!!」
だけど今はもうその片鱗は何処にも存在しなかった。
そこに居るのはただただ狂気に侵された女性。
愛に狂った嘗ての母親の姿。
その目の先にあるのは現実ではなく。
その声の先にあるのは失った過去のみであった。
「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!! こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!」
其処に響いたのは若い少年の声。
その声には力があった。
けれどその声の持ち主にも隠し切れない悲しみがあった。
それでもその目の先にあるのはいつだって現実で。
その声の先にあるのはいつだって未来の姿だった。
二人の間には大きな明暗が分かれている。
もしもその愛に狂った女性も、もう少し、後ほんの少しだけこの少年のように現実を見据え未来を夢見ることが出来たのら。
きっとその少年のように悲しみに打ち勝つことも出来たのだろう。
けれども、この場においてはもう少年の声はその女性には届きはしなかった。
女性の意識にあるのはたった一人だけ。
ポットの中に浮いている金色の髪を持つ少女。
その少女にのみ彼女は目を向ける。
自らが過去に失った愛の形。
自らが過去に犯した罪の象徴。
自らの命を投げ打ってでもどうしてももう一度会いたった愛娘。
アリシア・テスタロッサのみが今の彼女のプレシア・テスタロッサの全てであった。
そしてこの世界での終焉を迎える為に彼女は杖を振るう。
もう一度過去に戻る為に。
失った愛を取り戻す為に。
「母さん!」
けれども其処に声が響いた。
心から心配をしている声と共に。
彼女の目の先にあるアリシアと同じ顔を持つ少女。
綺麗で流れるような金髪を持つフェイト・テスタロッサ。
何度も挫けそうになり。一度は完全に心が折れそうになりながらも立ち上がった少女。
その声には、確かな力があった。
自らの母親に拒絶されたという過去があったとしても。
それでも少女の目には確かに現実とそしてその先にある未来が映し出されていた。
そんな少女が自らの母だと信じるプレシアに声を懸ける。
「消えなさい。もう貴方に用はないわ」
けれどもプレシアはそんな少女に目を向けようとはしなかった。
一度は娘だと思うおうとした少女。
何とかしてどうにかして自らの娘だと思うとしてそれでも目の前の少女を自らの娘だと――アリシアだと思うことは出来なかった。
利き手がアリシアと違った。
魔力資質がアリシアと違った。
そんな違いがプレシアをどうしようもなく苦しめた。
だから彼女は狂った。
狂うしかなかったのだ。
狂気をもって少女と、アリシアと違うフェイトと名付けた少女と相対するしかなかった。
そして本物のアリシアを。
自らが望む本物の愛娘を蘇らせることにのみ考えることにしたのだ。
それでも少女――フェイトは声を出す。
瞳を揺らしながらも、それでも懸命な口調で伝える。
自らの想いを母へと届ける為に。
「貴方に言いたいことがあってきました。私はただの失敗作で偽物なのかもしれません。。アリシアになれなかった人形なのかもしれません。居なくなれって言うなら遠くに行きます。だけど生み出してもらってからずっと、今もきっと母さんに笑って欲しい幸せになってほしいという気持ちだけは本物です。私のフェイト・テスタロッサの本当の気持ちです」
精一杯の想いを乗せて。
愛してる母へと。
例え偽物かもしれないけれども思い出の中にある自分に笑ってくれた優しい母へ届けと。
ほんの僅かでも良いから、私の声が母へと届けと念じながら言葉を結ぶ。
「フン……くださらないわ」
「……っ!」
けれどその言葉がプレシアに届くことはなかった。
もう何もかもが遅すぎた。
フェイトの言葉に耳を傾けるにはもうプレシアは狂気に侵され過ぎていたのだ。
「私は向かうのよ。失われた都アルハザードへ。アリシアとの過去を取り戻す為に!」
既に時の庭園はジュエルシードが起こした次元震で崩壊寸前となっている
そして彼女は旅立つ為にその崩れ去る地面に穴をあける為杖を――デバイスを振るう。
現実を捨て過去に向かう為に。
自らの、本物の愛娘を取り戻す為に。
プレシアは、杖を振るおうとした。
そしてその杖が地面へと触れるほんの瞬間にそれは起った。
パリンッ……
何かが割れる音。
いや、正確に言うならばそれはガラスが割れる音だろう。
その音が響いた瞬間その場に居る全ての人間の動きが止まった。
母に呼びかけていたフェイト。
プレシアの動きを警戒して自らのデバイスを掲げて居た黒いバリアジャケットを纏ったクロノも。
そしてプレシアも。
この場に居た全ての人間がその動きの全てを静止した。
パリンッ……
そして音はなおも続く。いや、音だけでなく。
実際に生体ポットにヒビが入り。割れていく。
それはアリシアが入っているポット。
アリシアが眠りについている生体ポットである。
それは止まることなくポットの全てに広がっていく。
そして遂にそこにあったガラスが全て砕け散っていった。
「何が……起きていると言うの……」
掠れる声でプレシアが問い掛ける。
けれどそれに答えられるものは此処には誰一人居なかった。
いや、此処に居るものだけでなく事の推移をサーチャーで見守っていたアースラ乗組員も誰一人声を出すことなくそれを見続けていた。
それはあり得ない光景。
決して現実に起こりえない光景だからこそ誰一人動くことが出来なくなったのだ。
なぜ、ポットにヒビが入ったのか。
なぜ、ガラスが全て砕け散ったのか。
それは決して外部からの圧力によって割れたのではなかった。
ならば何が起こったのか。
答えはたった一つであろう。
「おはよう! ママ」
それはまさに長い長い眠りからアリシア・テスタロッサが目覚めたことを意味しているのだから。
アリシアはポットから体を出すとしっかりとした足取りで地面へと立ち。
揺れることのない瞳でプレシアを見つめ。
はっきりとした声で目覚めの挨拶をする。
「あ……あ……ほ、ほんとうに……あ、アリシアなの……?」
プレシアが問いかける。
震える声で、目の前で起きていることがまるで信じられずに。
フラフラと壊れたマリオネットのように手が揺れながらも懸命に手を伸ばそうとする。
けれど、その手がアリシアへと届く前に彼女は一歩後ろに下がってしまった。
「あ……アリシア?」
「ううんママ…………いいえ、お母さん。私は貴方の知っているアリシアではないわ。いえ、正確に言えば嘗てはアリシアだったと言えばいいのかしら」
そう呟いたアリシアはしっかりとプレシアを見ながらもその目には先ほどまでにない強い悲しみが浮かんでいた。
「な、何を言っているのアリシア! 貴方はアリシアでしょう!! 私の愛しいアリシアなのでしょう!?」
プレシアは目の前でアリシアが言っていることが理解できなかった。
何が起きているのかなど何一つ分からない。
けれども、それでも、やっと、やっとアリシアが目が覚めたのだ。
確かにアリシアと会話しているのに。
なのに目の前に居るアリシアはそれを否定する。
「確かに私は嘗てはアリシアだった。いえ今も確かにアリシアだわ。でも、母さんの知っているアリシアと今、母さんの目の前に居る私は別人と言ってもいいわ」
「な、なにをっ!!」
プレシアがなおも叫ぼうとするのを遮りアリシアはさらに言葉を重ねる。
「ねえ母さん。魂ってあると思う?」
「た、魂?」
「そう魂。もちろん言い方は色々あるわ。ゴースト。幽霊。霊魂。アストラル体……は少し違うわね。まあとにかくそう言った肉体とは別次元にある者のことよ」
「そ、そんなものあるはずないわっ!!」
プレシアはもう何が現実なのかほとんど分からなくなっていた。
それでも懸命にアリシアの問いに答える。
まるでそうしなければ自我がもう保てないかのように。
「そう……だよね。ミッド世界における常識では魂という存在は完全に否定されている。生命の生死は肉体活動の有無のみで決められている。でもね……お母さん、魂と言うものは本当にあるんだよ」
そこでアリシアは一度言葉を区切る。
そして母親の瞳としっかりと目を合わせる。
自らが話していることに僅かたりとも嘘偽りがないと訴えるかのように。
そんな二人のやり取りをアリシアと同じ顔を持つフェイトは信じられずに茫然と見つめる。
一体何が起きているというのか。
彼女はともすればその場から逃げだしそうになるのを懸命に堪えながら目の前の二人を見つめ続ける。
そしてそんな少女を彼女の使い魔であるオレンジの髪を持つアルフが肩を持ち支えている。
「人は死ぬと肉体から魂が離れるの。そして離れた魂は流れ流れて世界を巡り、そして新たな肉体へと宿っていく。そうやってこの世界は廻っているの。でもね、私の魂はそうはならなかった。ヒュードラの事故の時、私の魂は肉体から分離したの。でもね、完全に離れはしなかった。言ってしまえば魂の片足のみが肉体から抜けなかったようなもの。まあ……正確に言えば肉体からはある程度分離出来たいたから肉体の近くなら少し離れて居ても移動することは出来ていたんだけどね」
「な……なにをっ……なにを言っているのアリシアっっ!!!」
プレシアが絶叫してアリシアに手を伸ばそうとするが、それでもなおアリシアは淡々と説明を続ける。
「でもね本来はそんなことはありえはしないの。体から離れた魂は流れに乗り世界を巡る。そういう風に世界は出来ているわ。けれど私はそうはならなかった。言ってしまえば生き霊みたいなものになっていたの。どうしてそうなったのか詳しいことは分からない。けれどそれもこの肉体が滅びれば終わるはずだったの……そうすれば、私の魂も世界の流れに乗るはずだった」
そして一度言葉を止めるとアリシアは左手を胸に添えた。
「けれどこの体が完全に滅びることはなかった。母さんがいつまでもそれを保とうとしたから」
それは決して体が滅びなかったことを喜んでいる声色ではなかった。
ただ淡々と事実を述べるようにアリシアは話続けた。
「け、けれどっ!! そうだったからアリシアは蘇ることが出来たのでしょう!? なら何も悪くないじゃない!!!」
プレシアはそう叫ぶように問いかける。
けれど問いかけながらもプレシアの胸には予感があった。
聞いてはいけない。
その答えを聞いてはいけない。
聞けば必ず後悔をする。
どれほどの狂気に侵されていようともその答えを聞かば堪えられなくなる。
だから耳を塞ぎたい。
何も知りたくない。
もう止めてっ! 何も話さないでっ! そう絶叫しようとしたけれど、それよりも早くアリシアが話し始めてしまった。
「始めに言ったでしょう? 私は嘗てのアリシアではないと……」
「止めてっ!! それ以上言わないでっ!!!」
プレシアが今度こそ耐えらずに叫ぶけれども、それを悲しげな瞳で見つめるけれどアリシアの語らいは止まらなかった。
「あのね、世界の摂理に反する存在が無事で居られるはずがないの。魂とは本来は流れていくもの。けれど私の魂は一ヵ所に留まり続けてしまった。するとね…………淀むのよ。淀みくすむ。汚れ穢れていくの。まるで何もしなければ死体が腐敗していくかのように、私の魂は腐敗していったの。意識がありながら魂が……人間にとって最も大切な部分が腐っていく感覚は最悪だったわ……自分が人で無くなっていくのが分かる、自分が化け物になっていくのが分かるのよ……」
「あ……あぁ……あああぁああ……あああああああああああああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁああああああ」
アリシアが言葉を終わると、プレシアは髪を振り乱して絶叫を上げる。
聞いた。
それを聞いてしまった。
絶対に聞いてはいけなかったのに。
「わ、私はっ……死んでもアリシアを苦しめたというのっ!? 私がっ望んだから! 貴方が生き返って欲しいと思ったからっ……! それがっ……その行いがまた貴方を苦しめたの!!!?」
プレシアは涙を流して言葉を紡ぐ。
それはプレシアが狂気に侵されてから初めて流す涙。
どのよう非道を行おうともアリシアを蘇らせようと決意を行ってからは決して流さなかった涙を彼女は流す。
アリシアの言葉をそれほどまに彼女にとって耐えられないものであったから。
そして時の庭園には愛に狂った魔女の慟哭と世界が壊れていく音のみが響いた。
けれどその時になって、初めてアリシアは一歩プレシアのほうに近づいた。
「ねぇお母さん。私の魂は確かに穢れているわ。魂の大部分は確かに化け物、悪魔、悪霊と呼ばれるようなものとなっているわ。詳しいことは分からないけれど……もう一度この体に魂が戻ってこれたとしてもそれは変わらない。体がどれほど人間であろうとも魂はもう……人間ではないわ…………でもね…………お母さん――!」
そう言うとアリシアは、背伸びをしプレシアの頬を両手ではさみしっかりとその瞳を合わせた。
涙に濡れ、焦点が合っていないかのようなプレシアの瞳を見ながらアリシアは続けた。
「私を蘇らせよとしてくれてありがとう」
そう優しく微笑みながら言った。
「あ…………」
そう言われてプレシアは、ただ呟くことしか出来なかった。
ただ呆然とアリシアの顔を見つめ続ける。
「お母さんが私の体を保っていてくれたおかげで私はもう一度、こうして自分の体を手に入れることが出来た。
それにね確かに私の魂は人間では無いわ。でもね完全に化け物と言うわけでもないの」
「どういうことなの……?」
アリシアの手の温かみのおかげだろうか。
それとも目の前で見える優しい微笑みのおかげだろうか。
プレシアは僅かに落ち着きを取り戻すことができた。
「あのね、一度は本当に化け物になりそうになったの……お母さんが私のせいで寂しい思いをするのが悲しかった……お母さんが私のせいで悲しい思いをするのが耐えられなかった……お母さんが私のせいで狂気に侵されていくのを見て自分が許せなくなってしまった……そうして、気が付つくうちに私はどんどんと化け物になっていってしまったの。世界を呪い、自分を呪い、ただただ穢れを撒き散らす存在になっていった……でもね、そんな私を救ってくれた存在がいたのよ」
「それは……?」
プレシアは再びどうしようもないほどの自責の念に囚われながらも問いかける。
一体何がアリシアを救ってくれたのか。
それを知るために。
「それはね、フェイトよっ!」
満面の笑みと共にアリシアは答える。
「……えっ……えっ!!」
それまで二人のやり取りをただただ呆然と見つめていたフェイトは、急に自分の名前が出てきて驚きの声を上げる。
まさか、此処で自分の名前が呼ばれるなど思いもしなかったのだ。
「どういうこなの!?」
プレシアは、叫ぶように問いかける。
プレシアにとってフェイトはただアリシアになれなった偽物だったのだだの。
もはやアリシアを蘇らせるために使う駒でしかなった。
そんなフェイトが何故アリシアの救いになったと言うのか。
その問いに一度フェイトのほうを振り向いてから笑みを浮かべたままアリシアは答える。
「私がね完全に化け物になってしまいそうになってしまった日の夜、私はフェイトの部屋に行ったの。どうしてその日フェイトの部屋に行ったのかは覚えていないわ……けれど、最後に残った僅かな理性で私はフェイトが眠っている部屋に行ったの。それでね……部屋に入った後しばらくの間フェイトの寝顔を見て居たんだけど、あの子ったら急に起きちゃったの。そしてね私が居る方を見つめて来たのよ。魂とは本来生きている人間には決して見えはしないのに。だというのに、フェイトったらしっかりとこちらを見つめて嬉しそうに呟くのよ」
アリシアは語る。
プレシアとフェイトを交互に見つめながら。
そしてそんなアリシアを二人はただ黙って見つめ続ける。
「お姉ちゃんって」
とても嬉しそうに最高の笑顔と共にアシリアはそう話す。
「あ…………あぁ…………」
その答えを聞いてプレシアは遂に耐え切れなくなり再び涙を流し始めた。
そしてそんなプレシアをアリシアは優しく抱きしめる。
「その言葉を聞いてね、私は理解したわ。私がずっと、ずっと欲しかった妹が目の前に居るんだと。そしたらね、急に意識がはっきりとしたの。化け物になりかけて居た私は、その瞬間確かに人の心を取り戻したわ。それでね、私は思ったわ。世界に負けるわけにいかないと。そして私は決意したわ。化け物になんかなるわけにはいかないと。だって私は――――この子の姉なんですものってね」
「うぅ……うぅぅ……おねぇ……ちゃん!!」
アリシアがフェイトのことを語り始めてから涙を流していたフェイトは、遂に耐え切れなくアリシアの元へと駆け出して抱き着いていた。
そして、アリシアに抱き着きながら姉を呼ぶフェイトをアリシアは優しく抱きしめ続けた。
「だから私は、世界に抗ったわ。少しでも魂が穢れていかないように。何度も化け物になりそうになったわ。それでも、私はそれに耐え続けた。決して人の心を忘れないように。だって人の心を無くしてしまったらフェイトのことを見守れないもの。大切な大切な私の妹を忘れてしまうことなんて出来ないわ。だからね、今までずっとそうやって思ってきたからこうやって今も人の心を無くさずいられたんだと思うわ」
「お姉ちゃんっ! お姉ちゃんっっ!!」
フェイトはぽろぽろと涙を流しながら姉を何度も呼んだ。。
そしてそんな妹をアリシアは優しく優しく撫でながら抱きしめ続けた。
フェイトが抱き着いたことで一歩下がって二人のやりとりを見ていたプレシアは、そんな二人のやりとりをただ呆然と見つめていた。
アリシアの偽物だと思っていたフェイトがアリシアの救いになっていたなどどうして思えようか。
けれど。
ああ、そういえばとプレシアは思う。
嘗てアリシアとした約束がその時になって思い出された。
それは二人でピクニックに行った日だ。
アリシアにお願いをされたのだ。
『ねえ、ママ! 私ね妹が欲しいの!』
思い返せば間違いだらけの人生であったとプレシアは思う。
アリシアには寂しい思いばかりをさせてしまっていた。
挙句の果てには自らの研究がアリシアを殺してしまった。
そして、アリシアを蘇らせようと思い造りあげたフェイトは決してアリシアではなかった。
だから何度も何度も彼女に酷い仕打ちを行ってきた。
少しでもは早くアリシアを蘇らせるために。
けれど、その行いはただアリシアを苦しめる結果でしなかったのだ。
そしてそんなアリシアを救ってくれたのがフェイトだと言う。
「(本当に……私は間違いばかりで酷い母親だわ……)」
プレシアは深く深く溜息を吐く。
今までの人生を振り返り、拭いきれぬ後悔を吐き出すかのように。
けれど、とも思う。
けれどどれほど間違いばかりであったとしても。
それでも目の前には抱き合って居る二人の姉妹が居る。
それだけはきっと間違いではなかったのかもしれないと。
「(本当に都合の良い話だわね……)」
そんな思考と共にプレシアは、もう一度溜息を吐きだす。
そして、今までよりほんの少しだけ憑きものが落ちたような顔で抱き合って居る二人の姉妹へと手を伸ばそうと――――。
「…………え?」
けれどその手が届くことは永遠になかった。
それはただの偶然か、それとも神の悪戯か。
プレシアが立っていた部分の床が、遂に次元震に耐え切れずに崩れ去ったのだ。
「母さん!!!」
「お、お母さん!!!」
それに気づいたフェイトとアリシアは懸命に手を伸ばそうとする。
けれど二人の手は届くことが無く。
プレシアは、次元の狭間の奥へと無情にも落ちていく。
魔法の使えないこの空間ではもはや助けることなど出来はしない。
そんなことは二人とも既に分かっている。
それでも、それでも届けと。
落ちていく母親にこの手が届けと手を伸ばす。
そして、そんな二人の姉妹をプレシアは落ちてく最後の時間で確かに見ることが出来た。
懸命にこちらへと手を伸ばし来るアリシアとフェイト。
二人の姿をプレシアは目に焼き付けながら落ちていく。
そんなプレシアの表情は、決して狂気に侵された顔では無くて。とても穏やかな顔をしていた。
「さようならアリシア………………フェイト……」
その最後の呟きと共にプレシアの姿は、次元の狭間に消え去っていった。
「母さんっっ!!!」
フェイトは遂に耐え切れずにプレシアの後を追おうと次元の狭間へと飛びこもうとする。
けれどそんなフェイトをアリシアは両手で支えて引き留める。
「だめよフェイト! 貴方まで行ってはいけない!!」
「でもお姉ちゃん!! 母さんがっ! 母さんがっっ!!」
「分かっいるわ! お母さんは確かに行ってしまった。出来ることなら追いかけたい! でもね、ここに飛び込めば間違いなく死ぬわ。私は、そんな場所にフェイトを連れて行くわけには行かないの! お願いフェイト! 貴方はまだ生きなくちゃいけないの!! フェイト、後ろを振り返りなさい!!! 」
そう言われて、フェイトは後ろを振り返る。
「フェイト!!」
アルフがこちらへ泣きそうな顔で駆けてくるのが見える。
「フェイト・テスタロッサ!!」
クロノ・ハラオウンの呼びかけが聞こえた。
そして――。
「フェイトちゃん!」
「………………なのは」
暗闇から救ってくれた白い魔導師高町なのはが見えた。
本当に心から心配している目でこちらを見つめているのが分かった。
「分かったでしょう? 貴方のことを心配してくれている人達が居るのよ。そんな人達を無視して貴方は向こうに行こうと言うの?」
「お姉……ちゃん」
「それになにより。こうして私がこちらの世界に帰ってこれたというのに、貴方が向こうの世界に行ってしまったら私は今度こそ耐えられないわ。だからフェイト…………私をもう一人にしないで」
そう言うとアリシアは一筋だけ涙を流した。
「うん…………ごめんね…………お姉ちゃん」
「ううん、良いわ……さぁ行きましょうフェイト」
そうして最後に涙を拭うとアリシアはフェイトへと手を伸ばした。
フェイトはその伸ばされた手をしっかりと取ると二人はその場から駆け出した。
しっかりと手を結び、決して離れることがないように。
崩れ行く時の庭園の出口を目指し。
光の先へ。
二人の未来に向かって駆けていく。
作者のメンタルは豆腐よりもへにゃいです。
批評批判は大歓迎なのですが、バファリン程度で良いので優しさも頂けると嬉しいです。