アースラ艦内にある窓の無い一つの小部屋。
其処は他の部屋とは隔離された艦の奥にある。
本来は使われることのないこの部屋には一人の少女がいる。
此度の事件における重要参考人として監視部屋への入室を言い渡されたフェイト・テスタロッサ。
そんな少女がこの暗く狭い部屋でたった一人。
ベッドに顔を埋め枕を涙で濡らしている。
「ぅ…………うぅ…………うぅぅ………」
必死で声を抑えようとしているけれど、それでも耐え切れずに嗚咽が喉から漏れ出ている。
少女はこの暗い部屋で涙を流し続けていた。
彼女は自分がどうして一人でこの部屋に居なければいけないのかは確かに理解している。
それでも寂しいのだ。
どうしようも無く寂しいのだ。
一人ではどうしても涙が抑えきれないほどに。
「あるふぅ…………」
少女は使い魔の名前を呼ぶ。
いつも自分と一緒に居てくれる最愛の使い魔。
自らのことを常に一番に考えてくれる大切な大切な使い魔。
そんな彼女も今は一緒に居ない。
彼女もまた取り調べや監視の為に別の部屋へと連れて行かれいる。
「なのはぁ…………」
少女は自分に光を与えてくれた女の子の名前を呼ぶ。
何度倒してもその度に自らの前に立ち塞がり友達になりと言ってくれた子。
けれどフェイトの心を救ってくれた女の子も今は此処に居ない。
彼女もまた自らの星に、地球に帰っているのだから。
「……おねぇ……ちゃん……」
そして少女は最後に姉の名前を呼ぶ。
会ってからまだ一日しかたっていない姉。
死んだと思われて居たのに目の前でその復活を果たした少女。
そして、自分と同じ遺伝子を持つ存在。
フェイトは理解している。
自らは彼女の遺伝子によって作られた存在であるということを。
そして彼女の代わりに生み出された存在であるというこを。
複雑な関係。複雑な思いがそこには確かにある。
しかしフェイトは素直に思うことが出来たのだ。
彼女こそが――アリシア・テスタロッサこそが自らの姉であると。
そこには理由も理屈も存在しなかった。
ただそう思ったのだ。
触れ合った時間は確かに短いけれども。
それでも彼女は自らの姉なのだと。
そう思ったのだ。
「会いたいよ……おねぇちゃん……一人は……寂しいよ……」
「あら、私は此処に居るわよフェイト」
「えっ!?」
決して帰ってくると思って居なかった呟きに自分のすぐそばから返事が返ってきてフェイトは慌てて起き上がった。
けれど涙を拭う時間は無かったのか未だその目には多くの涙が溜まっていた。
「お、お姉ちゃん! ど、どうして此処にいるの!?」
そんな妹の様子を見て、アリシアは彼女を抱きしめると優しくその涙を拭ってやった。
「リンディ艦長に頼んだのよ。貴方と同じ部屋にしてくださいって」
フェイトの耳元でアリシアは優しくそう呟く。
「そ、そうなんだ……。で、でもどうしてそう言ったの?」
「あら、そんなこと決まっているわ。一人だとフェイトが寂しい思いをすると思ったからよ」
「あぅ……うぅ……」
アリシアは優しく微笑みながらそう言ったのだが、フェイトは先ほどの呟きを姉に聞かれたことを理解して顔を赤らめてしまった。
「あ、あのね……一人は確かに寂しいけど、私は大丈夫だよ。一人でもちゃんと――」
フェイトは懸命にそう言おうとしたのだけれど、そのよりも前にアリシアが彼女をしっかりと抱きしめてその続きを言わせなかった。
「フェイト、貴方が一人で頑張る必要なんて何処にも無いわ。これから先はずっと私が貴方のそばに居る。貴方が悲しい時は私が支えてあげる。貴方が嬉しい時は共に笑ってあげる。だからフェイト。今は私のことを頼って良いのよ……ううん、頼って欲しいの。だからフェイト……今はどうか私の胸で泣いて」
アリシアの腕はフェイトより確かに短い。
けれど今はその腕を懸命に伸ばしフェイトを全身で抱きしめる。
姉が妹を守るように。
強くけれどどこまでも優しく。
「お姉ちゃんっ!……おねえちゃんっっ!!……うぅ……ううぅぅ……うぅあぁぁぁぁ」
そしてフェイトはその胸の中で泣きじゃくった。
抱きしめられている腕があまりにも温かかったから。
かけてくれた言葉があまりにも優しかったから。
そしてその胸の中がとても安心できたから。
フェイトは今まで溜まって居た涙を全て流しだすかのように泣き続けた。
そしてそんな妹をアリシアはただただ優しく抱きしめてその頭を撫で続けた。
それからどれほどの時が経ったであろうか。
本当に全ての涙を流し尽すかのように泣いたフェイトはやっと少し落ち着きを取り戻していた。
けれどアリシアはフェイトが泣き止んだ後もベットの上で彼女を抱きしめ続けている。
「少し……落ち着いた?」
「うん……ごめんね……一杯泣いて……」
「そんなこと気にして良いのよ。むしろ妹に泣きついて貰えるなんて姉としてこんなに嬉しいことはないわ」
「あぅ……」
アリシアは、本当に嬉しそうに言うのだけれどフェイトは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
それでも抱きしめられている手を払いのけようとは決してしないのだけれど。
そしてそんなフェイトの様子をもう一度嬉しそうに見てからアリシアは、少しだけ真剣な表情をした。
「ねぇフェイト。少しだけ私の話を聞いてくれるかしら」
「……うん」
声色と表情から真面目な話だろうと察したフェイトは、彼女もまた真剣な表情でアリシアは見つめ返した。
「まずは……貴方に謝罪しなければいけないわね……本当に……ごめんなさい」
「……え?」
それはあまりに唐突な謝罪であった。
真剣な声色で。
そしてとても悲しげな表情でアリシアはフェイトに謝罪を行った。
「お母さんがあんな風になってしまったのは全部私のせいだわ……。私の存在がお母さんを苦しめてしまった……。私の存在がお母さんにどうしようもないほどの呪縛を与えてしまった……だから……だから……私のせいでフェイトにも沢山苦しい思いをさせてしまった。本当に……本当に……ごめんなさい……フェイト……」
最後のほうは涙交じりになってしまった懺悔の声。
自分という存在のせいで家族を苦しめてしまったという思い。
そんな思いがずっとアリシアを苦しめ続けて居たのだ。
魂であった時から。
そしてこの肉体を再び得てからも。
だから、彼女はどうしてもフェイトに謝りたかったのだ。
そんな謝罪をしてもきっと逆にフェイトを傷つけるだけかもしれないけれど。
それでもアリシアはその謝罪を口にせずにはいられなかったのだ。
「ちがっ! 違うよお姉ちゃん! お姉ちゃんは何も……悪くない。悪くなんか……ないよぉ。だから……泣かないで……泣かないでお姉ちゃん……」
そして慰めようととしたフェイトもまた再び涙を流してしまった。
先ほど全て流し尽したと思ったのにまたその目には幾つもの涙があふれ出ていた。
「ありがとう……フェイト。それとごめんね。貴方を支えるなんて言ってたのに私の方が泣き出しちゃったして」
「ううん大丈夫だよ。私もお姉ちゃんと一緒でお姉ちゃんのこと支えたいと思ってるから」
「そう……ありがとうフェイト」
涙で濡れながらもしっかりとした意志をのせてアリシアを見つてくるフェイトをアリシアは嬉しそうに抱きしめる。
そして、お互いが落ちつまで抱き合った後にアリシアは再び口を開いた。
「それでもお母さんが貴方に酷いことを言った過去は消えない。確かにお母さんは貴方に許されざるほどのことを言ってしまった」
「…………うん」
そしてアリシアは話の続きを始めた。
アリシアは出来るだけ淡々と話すように心がけたのだが、それでもフェイトは改めてそう言われて色々なことが思い出されてしまった。
まさにフラッシュバックの如くプレシアに言われた言葉が脳裏に響いてきたのだった。
『貴方はアリシアの出来損ない』
『貴方はアリシアの偽物』
『貴方は何もできないお人形』
「……うぅ……ううぅ」
そして思い出せば思い出すほどその言葉はフェイトの中へと浸透してくる。
どうしようもなく手が震え。
体中から冷たい汗が止まらない。
フェイトは心が……どんどんと冷え来るのが分かったのだった。
「わ……たし…は……」
フェイトは擦れるように声をだす。
そして目の焦点がぶれそうになったとき急にフェイトは顔を両手で挟まれて上を向かされた。
「こちらを見なさいフェイト! 確かにお母さんの言った言葉は消えないわ……でもね、私はその言葉をこの場で全て否定するわ」
「否定……?」
アリシアの言葉におうむ返しのようにフェイトは聞き返した。
「ええ否定するわ。いいフェイト、貴方は決して私の代わりなんかではない。何も出来ないお人形なんかでは決してない。ううん、フェイト貴方はね私なんかよりもずっとずっと素晴らしい人間なのよ。だって、貴方は私なんかよりもずっと強いわ。私はねずっと貴方のことを見て居たのよ。フェイトが必死で頑張ってきたのも。どれだけお母さんに酷いことをされようよも、それでもお母さんのことを心から心配していた優しい心を持っていたのも。貴方の行いも、貴方の想いも全て見ていたわ。だからね、そんな私が貴方に伝えわ…………貴方は誰よりも立派な人間よ。フェイト」
「お姉ちゃん……」
アリシアは懸命に言葉にする。
少しでもフェイトに言葉が届くようにと。
優しく言い聞かせるよ。
一言一言しっかりと言葉にするのだった。
そして気が付けばフェイトの手の震えは止まっていた。
冷えていた心にも温かさが戻っていた。
まるでアリシアの手から感じる温もりが全身に行きわたるかのように。
彼女言った言葉が胸に温もりを点すかのように。
「そして何よりも貴方は私のことを本当に救ってくれたのよ…………ねえフェイト。私が貴方という存在にどれほど救われたか貴方には分からないでしょう? 絶望の淵に立っていた私が貴方に姉と呼ばれてどれほど嬉しかったか。どれほど感謝の言葉を言っても足りないほどなのよ? だからね、フェイト――――」
そこでアリシアは一度息を吐きフェイトをみつめる。
しっかりとフェイトの瞳をみつめてそして、心からの笑みを浮かべて彼女に自らの言葉を伝えるのだった。
「生まれてきてくれてありがとう、フェイト」
それはフェイトの存在を全て肯定する言葉。
その誕生を心から喜ぶ祝福の言葉。
込められる最大限の慈愛の心を込めて。
アリシアはそうフェイトに伝えたのだった。
ずっと伝えたかったのだ。
彼女に姉と呼ばれた時から。
ずっとずっと彼女に感謝の言葉を伝えたかった。
そしてやっとそれを果たすことが出来たのだ。
母の代わりに、アリシア・テスタロッサは姉として妹が生まれ来てくれて本当に嬉しいとそう伝えることが出来たのだった。
「その……言葉は……ずるいよ……おねえちゃん。私……嬉しすぎて……涙……止まらないよ」
フェイトはぽろぽろと涙を流しながらも、それでも顔には笑みを浮かべてそう伝える。
そしてアリシアもまた目に涙を浮かべながら妹を見つめ返す。
「フェイトは私の妹よ。私の誇りで私の幸せ。貴方は私の全てだわ。ねえ……フェイト。これからも貴方は私のことを姉と呼んでくれるからしら?」
その姉の問いかけにフェイトは迷うことなく即答をした。
「もちろんっ! もちろんだよお姉ちゃん!!」
「ありがとうフェイト。ああ、愛しているわフェイト。この広い次元世界の誰よりも貴方のことを愛している」
「わたしもっ……私も大好きだよお姉ちゃん!」
「ええ。ありがとうフェイト」
その日。
二人の姉妹は一つでベットで抱き合って眠りついた。
そしてその寝顔は。
二人とも心から幸せそうであったのだった。