小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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招かれざる客

 風邪をひいた。

 夏風邪、というやつなのだろう。常に喉に違和感が付き纏い、喋ればそれが声で大きくなって不快感が増す。身体は動きたくないと全力で主張していて、意思表示の手段としていつもより体温を上げる暴挙にでていた。

 

「あ゙ーきっつい……」

 

 俺は対風邪戦闘に黒星を付け、学校もお休みと相成った。黒星ではあるが、この場合白星の方が身体的にはブラックとはこれ如何に。

 それはともかく、こうして普段学校に行ってるであろう時間に家でのんびりしていると優越感が沸いてくる。問題点があるならば、その優越感を示せる相手がいないことと、快調ではないこと。

 親は二人とも仕事だし、一人っ子なので上にも下にも家族は家族はいない。必然、自宅には自分以外誰もいなかった。

 

「……話し相手が欲しい」

 

 そうなると次に出てくるのが孤独感だ。風邪で体力を消耗しているのもあるけれど、それ以上に弱っている中で一人でいるというのは心にクる。目に見える範囲は見慣れた自分の部屋のみ、それらをじっくりと見るのは寝込んで数秒程度で飽きた。

 布団の上にいるからそこで動く時以外には無音で、今こうして玄関から呼び鈴の音が鳴ってようやく地球に自分以外の誰かがいることを思い出す……とは言い過ぎだが。

 

「うん?」

 

 そう、呼び鈴だ。まさかの来客である。だが家主は仕事、唯一いるのが風邪でダウン中の自分のみともなれば取るべき手段はただ一つ。

 

「どーせ新聞か訪問販売だしな」

 

 無視。お仕事への熱意は尊敬してもそれを汲み取る意思はこちら次第。更にバッドステータスの風邪持ちともなれば尚更。応対して風邪を移してしまっては申し訳ないと言う建前もある。

 第一、身体が動かないし動いてくれない。冬の寒い朝の日は布団が身体を離してくれないが、風邪は身体が布団を離してくれない。

 話題は戻って寂しいってところ、佐竹辺りならば風邪とは無縁なので呼んでも罪悪感が無い。それに、馬鹿は風邪をひかないとも言う。正面でゲホゲホと咳をしたって問題はないだろう。

 

 呼び鈴は二度目の来客通知を奏でる。

 

 もぞもぞと動かない身体を叱咤し、起き上がる。佐竹を呼ぶにしてもまずはスマホを取らねばならず、それは布団から数歩先にある机の上に置いてある。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ動いてくれればそれで良い。その後はまた布団と身体をズッ友に戻してあげるから。

 

 三度目、四度目、五度目と鳴り終わる前に連続して押され、ドア向こうの存在にはよ出んかいと非難された気がした。

 

 まさか、呼ぶ前に佐竹や太田でも来たのだろうか。それならば呼ぶ手間が省けた。早く開けなければいけない。

 話が違う、机までの数歩だけじゃないか! そんな身体の抗議もなんのその、のそのそと廊下を踏破し、閉まっていた鍵をわざとらしく大きな音をたてて解除する。これは何度も呼び鈴を鳴らしたことへの嫌味的なアレで、他意はない。

 ドアノブを倒してそのまま押してやれば、薄暗い廊下に外の光が差し込む。

 

「そんな何度も押さなくてもいいだ……ろ……?」

 

 開口一番、繰り返されたチャイムに抗議をしながら佐竹を迎えようとすれば、そこにいたのは男友達ではなく──

 

「開けるのおっそ~~い!」

 

 いやなんでやねん。

 がさりと道すがらに買ったであろう商品の入ったビニール袋を揺らしながら、小鳥遊ひかりが頬を膨らましてそこにいた。

 

 

──────

 

 

「俺風邪なんだけど」

「知ってるよ~学校休んでたんだし」

「うつるぞ」

「だいじょ~ぶ! 春明が一人で寂しいかなと思って、この私が看病に来たんだから!」

 

 わざわざ来てくれたのに追い返すのも気が引けるため、仕方なく家に招き入れる。とは言えいい加減に戻らないと身体が反旗を翻しそうなので、不本意ながら自分は壁に背を預けて掛け布団を肩に引っ掛けながらひかりと話す。

 会話が噛み合っていない。さては既に病魔に犯されてしまったか。そんな心配が顔に現れてしまったのか、ひかりが不満げに眉を寄せる。

 

「来ない方が良かった?」

「いや」

 

 間をおかず、頭に響かないようにゆっくりと首を振る

 

「丁度寂しいなって思ってたところだったから、来たのがひかりで凄く嬉しい」

「……そ、そう?」

 

 慌ただしく漁られるビニール袋。動揺しているのが一目でわかる。

 風邪と言うのは身体以上に精神を摩耗させる。ましてや家に一人しかいなく、例えば不意に悪化して苦しさから助けを求めても誰も応える人がいないともなれば。有り得ない事だと解っていても不安は徐々に苛んでいく。

 現在進行形でそうなっていた今、「いや寂しくねーし」などと言える程の余裕など持ち合わせていなかった。

 

「一応連絡は入れといたんだよ~」

「え、まじか」

 

 ひかりを連れてきたついでにと机の上から持ってきたスマホを見ればメッセージアプリに新着通知が来ており、確かにそんな感じのメッセージが昼に表示されていた。

 ただ、昼頃は丁度寝ていた時間だ。起きても気怠でスマホを取ろうという気にもなれなかったのだから気付かなかったのは仕方ない。

 

「既読付いてないのに良く来たなぁ」

「あー、その、ほら! 私彼女だし!」

「お、おう」

「こーゆー時は看病しに行くんだって漫画でね! 病院行ってていないとか寝てるかもーとか考えたんだけど!」

「漫画」

「で! 心配だったし、行かなかったらずっと頭に残っちゃいそうだったからとりあえず行こっかなーって」

 

 うーん可愛い。それ以外の言葉が思い浮かばない。

 着ているのが制服な辺り、本当に学校が終わってそのまま来たであろうことが伺える。しかも差し入れのオマケ付き。

 さっきまでの孤独感がそっくりそのまま幸福に置き換わり、ただでさえ風邪でやられた頭が余計に悪化する。

 

「というか俺の家はどうやって知ったんだ」

「サッタケーが教えてくれたー。ちょっと様子が変だったけど」

 

 あぁ、こういう状態って佐竹も好きそうだからな、悔しがる顔を容易に想像できる。……ジュースでも奢ってやるか。 

 

「色々買ってきてくれたみたいで、あとで金払うよ」

「あはは、いーのいーの! ご飯は食べたの?」

「ん、軽いもんだけど済ませた」

 

 そっかーと短く返したひかりが取り出したるはプリン。右手にスプーンを左手にプリンを。

 鼻歌交じりに蓋を剥がしたひかりが、気持ち小さめにプリンを掬ったスプーンをこちらに剥けるまで都合15秒。

 何をする気だ。いや解ってはいるが、確認的な意味で確かめる。

 

「あの?」

「なに?」

「自分で食べられるんだけど」

「ふ~ん、で?」

 

 いや、「で?」じゃない。わざとらしくほんの少しだけ傾けられた首がそんな問答を意図的にしているのだと如実に語っている。

 自分で食べられると言っても、だからどうしたと言わんばかりに小さく揺れるスプーン。

 これはもしかしなくても、所謂、『あ~ん』というやつだろう。

 

「ほらほら」

「恥ずかしい」

「誰も見てないよ?」

「そうじゃなくてだな」

 

 誰が見ていようと見ていまいと、『あーんして食べさせてもらう』という行為事体に気恥ずかしさを感じてしまうものなのだ。

 お互いの距離も近くなるし、される側からすればスプーンの先にはひかりの手と腕があって、それだけでも眼福なのは間違いないのだが視界のほとんどをひかりが占めることになるのは幸せであり、主導権を握られているから下手に動けず向こうがスプーンを引いてくれるのを待つしかない。

 普段自分で出来ることを誰かに、ましてや彼女にしてもらうのは全幅の信頼をおいてますと宣言しているようなもので、する側は弱っている相手の手伝いになりたい、ちょっとでも楽させてあげたいと思ってますよと表明しているようなもの。

 そんな思いが嬉しくもあり、同時に好意をぶつけられたようで恥ずかしくもなる。

 と、そんなことを懇切丁寧に説明したところ、余裕ぶっていたひかりがスプーンをプリンの上に戻して目を逸らした

 

「そ、そう言われると私もなんだか恥ずかしくなってきたよう、な……」

「よしばっちこい」

「なんでぇ!?」

 

 もちろんそんな力説は八割がたそれっぽいことを言っただけだ。なんで恥ずかしくなるんだろうなぁ。

 そんな下らないことを言ったのはあれだ、自分だけ恥ずかしいのが気に食わなかっただけなのだ。ひかりが羞恥を覚えた今ならばイケる。

 彼女に看病されながらオマケに食べ物を食べさせてもらえるとは、なんと彼氏冥利に尽きることだろうか。

 

「……もぉ!」

「いてっ」

 

 ぺちんと頭を一回叩かれる。反射的に「痛い」なんて台詞が飛び出したが、まったく痛くない優しい一撃だった。

 深く吐かれた溜息の後に、置かれたスプーンを持ち直したひかり。

 

「はい、早く食べてよね」

 

 さっきより控えめに向けられたスプーンと逸らされた目。その様子は贔屓目抜きに可愛い。

 悪戯心が働いてそのまま見ていると、ちらちらと目がこちらを見始めて早く食えとスプーンが数センチ近づく。それもまた素晴らしい。

 

「ありがとう」

 

 あまり待ち過ぎると怒られてしまうだろう。忘れてはならないお礼の言葉を伝えて、スプーンを口に含む。

 市販のプリンと言えばそれまでだが、今までで一番美味しく感じられる。

 

「ん、次」

 

 二口目。すぐに受け入れればゆっくりとスプーンが引かれる。

 それをお互い無言のまま十数回繰り返せば、容器はあっという間に空になる。

 

「ゴミはどうしよ?」

「あー、そこに捨てといていいよ」

 

 役目を終えた容器とスプーンはゴミ箱の中へ。

 いざ食べ終わってしまうと、さっきまでの無言が名残惜しい。

 

 なんというか二重の意味で美味しく、甘かった。

 

 

 

 

 

 




リアルで風邪引きましたが当然彼女の看病はありませんでした(自分語り)
感想やお気に入りありがとうございますっ

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