小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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日下部春明は見逃さない

「なあ」

「ん?」

「もうすぐ夏だな」

「だねー」

 

 日の光が容赦なく降り注ぐこの頃、今日も今日とて二人と無駄話に精を出していた。話題と言えばやはり暑くなってきた最近のこと。どちらかと言うと『もうすぐ』ではなく『もう』なのだが。

 机に(あご)を乗せて溶けている佐竹、この暑さの中でも制服をきっちり着こなす太田。春明はと言うとシャツの裾を両手で舞わせ、身体に風を送って少しでも涼しくしようと奮戦していた。

 

「夏と言えばよー、水着だよな!」

「誰かこいつをひっ捕らえろ」

 

 夏と言えば、海。海と言えば水着。ノートで軽く叩いて(なだ)めてはいるが、佐竹の言葉に同意はできる。制服姿しか見ていない女友達の特別な姿、それを想像してしまう気持ちには。

 ましてや容姿端麗に亜人(デミ)と言う個性がプラスされた存在が、三人程籍を置く柴崎高等学校一年生である。亜人(デミ)でなくとも、交友関係がある中でぱっと浮かぶのは亜人(デミ)の双子の妹、ヤンキーっぽい二人組だっているのだ。

 ただ惜しむらくは――

 

「でも水着を見る機会なんてなくない? 僕達、遊びに行く予定もないでしょ」

「そもそも海に行こうぜって言って頷いてくれるかどうかわからないだろ。特に井森と木村」

 

 友達であるのは間違いない。しかし海に行こうぜと男から誘うには、見え見えな下心が悩みの種だった。佐竹は論外として、春明もつい最近プール関係で失言をしてしまい、ひかりに睨まれたばかり。太田が誘ってもその背後にいる存在を見抜けない程女は甘くない、と春明は思っていた。

 詰んでいる状況だった。――いや、春明だけは、彼女達が今度の土曜日、学校のプールで遊ぶことを知っている。

 しかしそれをこの場で言えばどうなるか。目の前の佐竹(バカ)は間違いなく覗き魔に転職すると、そんな確信が春明にはあった。

 だから太田に同調して口を(つぐ)んだのに――

 

「だがしかぁし! 俺は職員室でたまたま聞いちまったんだよ!」

「え?」

「あれは佐藤先生の新たな一面を見れないかと何気なく職員室を通った時だった」

 

 駄目だこいつ早く何とかしないと。漏れ出そうになった言葉を寸でのところで飲みこむ。

 

「テツ先生が校長先生にプール使えますかって聞いてるところを! これは間違いなく亜人(デミ)ちゃん関係!」

「あの先生が動くときって大体亜人(デミ)関係だもんねー」

 

 テツ先生もタイミングが悪い。目を輝かせる佐竹に自然とため息が出る。それを目ざとく見つけた佐竹に「お前もしかして知ってたか」と突っ込まれ、「知ってたぞ」と肯定すれば軽いジャブの一撃。

 

「お前に教えると覗きに行こうとするから教えたくなかったんだよ……」

「いやだって、逆に聞くけどオメーの彼女もきっと来るぞ、見たくないのか?」

「見たい」

「春明……」

 

 一瞬も間がなかった。それくらいには問われれば見たいもので、見たくないと取り繕ろうことなど出来ない。太田の声は聞こえないふりだ。

 机の上で暑さにやられていた佐竹が一気に復活する。拳を作り、それを天に突き出し一言。

 

「だから覗きに行こうぜ!」

「佐竹よぉ、流石にそれは不味いぞ」

「先生に見つかったら大変だし、やめておくべきだと思うよ」

 

 遂に危惧した事態になってしまった。太田と春明、両名からの制止が飛ぶもどこ吹く風、桃源郷だの理想郷だのとやる気満々だった。

 覗きである。盗み見である。バレたらお説教と反省文、オマケに覗かれた女子の好感度がマイナスを振り切ってしまう。理解はできてもリスクとリターンを考えれば、とても実行に移す気にはなれなかった。

 

「なあ太田」

「僕は行かないからね」

「一緒に覗けとは言わねー。ただちょっと周囲の警戒をしてほしいだけなんだよ。お前は偶然学校に来て、そこにいたって、それだけだ」

「……まあ、それくらいなら」

 

 おい太田。

 

「春明よぉ」

「俺は行かないからな?」

「まあ聞け」

 

 悪魔の顔、だった。

 

「先生に先に見られてもいいのか? んん?」

「……一理ある」

 

 言われてみれば。なるほど恋人になって丁度夏がやってきて、それで水着の披露が彼氏以外の人間にとは……と思わなくもない。

 が、その相手は先生となれば気にするだけ無駄かなと逆に清々しい気持ちになるのだ。ハグだって(頬に)ちゅーだって先にやられてしまっている。そもそも先生って立場だし。

 そう考えると今度は佐竹がひかりの水着を見るという事実に辿り着く。しかも非合法な手段で、だ。

 

「なあ佐竹、逆に考えるんだ」

「お、おう?」

「先生は先生だ。だがな、佐竹、お前が覗き見するのは、違うよなぁ?」

「いやお前も来ればいいじゃねぇか」

「覗かなくても夏休み中には見れるだろうし」

 

 腕を組み、勝ち誇った表情を佐竹に向ける。見ようと思えば見れる、この事実は大きい。

 ひかりと両想いでなければ覗き魔に加担していたろうと駄目な自信がある。けどそれは昔の話で、今は違う。わざわざリスクを冒してまですぐに見たい、とはならない。

 

「さりげなく自慢すんじゃねーよ!」

「ふん、ってなわけで俺はむしろお前を阻止しなくちゃな」

「こ、これは予想外だぜ……」

「諦めなよ佐竹」

「彼女が出来るとこうも変わるのか……」

 

 偉く失礼な反応だ。あながち間違いではないが。

 単純に、他の女友達の水着に大きな興味を持たなくなった。もちろん、見たいかと言われれば見たい。しかしとにかく見たい相手がいて、それを見れる保証がされているのならそうでもないかなと。

 

「目の前に、目の前に天国があるんだ!」

「頼む佐竹、俺はお前を学校から消したくないんだ」

「こうなると僕も見張りする必要はなさそうだね」

「か、隠れて見つからなければどうにでも……」

 

 どこまでも諦めの悪い佐竹に春明は逆に感心する。駄目な方ではあるがその執念には尊敬できる。

 孤立無援でも実行しようとするその気力は褒めるが、それとこれとは違う話だ。

 

「じゃ、次の土曜は三人でどっか遊びに行くか」

「なん……だと」

「あー、いいねそれ」

「お前も乗り気なのかよ」

 

 そこまでの決意があるならば仕方ない。いっそ拘束してしまえばいい。丁度、三人でぱーっと遊びに行きたいと思っていたところだった。

 普段ぐうたらしている休日だが、たまには野郎達で一日を潰してもいいだろう。

 

「来なかったら、わかるよな?」

「よ、用事があったりすんだよなーこれが」

「確認を取りたいなぁ?」

「ぐ、ぐ、あー! わかった! くっそー!」

 

 大きな音を立てて、復活していた佐竹が再び机の上に沈む。同情を覚えないわけではないが、これは譲れないことだった。

 突っ伏した佐竹が顔だけをぐりんと春明へ向けて「そんかわし昼飯奢ってくれ」と切ない声で頼んでくるものだから、「それくらいなら」と首を縦に振る。佐竹の変態的視線から守るのが昼飯代だけなら安いもの。

 

「まあまあ、友達と遊びに行く方が楽しいよきっと」

「水着……水着……」

「そんなに水着が見たいなら俺らで夏中に海でも行くか」

「勘弁してくれよお゛! 俺の理想郷がぁ!」

 

 亜人(デミ)ちゃん達の水着姿は拝めず、見られたのは非情な現実だけだった。哀れ、佐竹。

 

 

――

 

 

 土曜日。雲が少し見えるくらいでほとんどが青く染まっている。気温も高く絶好のプール日和と言えるだろう。

 プール使えるぞーと先生から伝えられて、それにはしゃいで皆を誘ってやっとこの日が来た。

 

「あれ? ひかりも学校指定の水着なんだ」

 

 ユッキーの言葉が更衣室からプールサイドに向かう途中の道に広がる。

 

「え、え? なんかおかしーかな?」

「おかしくはないけど、意外というか。ひかりってこういう時は自前の水着持ってくるかなって」

「あ、確かに……」

 

 マッチーもふんふんと首を上下に振って同意していて、誤魔化してはいるけどなかなか痛いところを突かれてしまった。

 

「それならユッキーだってがっこーの水着じゃん!」

「言うのが遅すぎなの! 水着を買いに行く余裕なんてなかったんだから!」

 

 そんなに余裕はないのかな? 「次の土曜日はプールだー!」って言ったのが三日前。放課後に買いに行けば一つくらいなんとかなる。

 どうやら「色々悩みすぎて結局買わずじまい……」と頭を抱えているユッキーを見る限り「自分は悪くないじゃん」の結論に辿りつく。うん、私は悪くない。

 

「地元で『雪女だから夏はプール入らなくても涼しいしー』なんて言ってなければ良かった……」

「雪ちゃん……」

 

 顔を覆うユッキーの肩をマッチーが慰めるように叩く。

 

「マッチーは競泳水着なんだねー」

「うん、お洒落な水着を着た時に万が一上が流されてもすぐには気付けないから」

「海とかで起きると致命的だね~それ……」

 

 どこか遠くを見るマッチー。確かに、海に行くと頭は置いて目に見える範囲に身体があるけど、水面の下はどうかわからない。強い波のあとで身体を水面から出したら上が流されてました、ってこともありえる。

 

「でもひかりちゃんはそういうのないでしょ? お洒落な水着とか、持ってるよね?」

 

 さてどう返そう。確かにマッチーの言う通りビキニが家にある。しかもプールが決まった後に買った新品が。

 ただ今日持ってこようと思って、そこでちょっと考え事をしちゃって、それで結局飾らない水着をバッグに突っ込んだ。

 日焼けするから、なんて言ってしまえば色々気付かれちゃうし……と悩んでいる間に通路の先から光が差し込んでくる。どうやら、プールサイドに着いたらしい。

 

「ん~……それはそれとして、プール始まるよー! 飛び込むぞー!!」

「私も一緒にやる~!」

「あ、二人ともー!」

 

 丁度良かった。笑いながら通路から出て、そのまま地面を蹴って飛びこむ。授業でやれば怒られることも、センセーはちょっとくらい見逃してくれる。

 三人分の派手な音と、水飛沫があがって太陽のひかりを反射して輝いて、綺麗だった。

 

「頭から飛び込むのだけは駄目だからなー」

「はーい!」

 

 水中を蹴ってちょっと泳いで、それから浮かんで顔を出す。センセーの注意には素直に頷いて空気を吸う。

 

「で? 結局ひかりはどうして――きゃっ! こぉのー!」

 

 問い詰められる前にユッキーへ両手で救った水を投げつける。丁度口を開けていたせいで、それが口に入って慌てて吐き出したあと、怒ったように水を投げ返された。

 それからはマッチーにもやろうとして、頭が別の場所に合って歯がみして、ビーチボールを持ち出してこれならと思ったら、それすらもマッチーは手慣れた動作で打ち返して、「すごーい!」ってユッキーと褒めたり。

 

 一度遊びが始まっちゃえばすぐに忘れてくれたみたいだ。

 良かった。

 「これを一番に見せるのはやっぱり春明かなー」なんて理由、とてもじゃないけど素じゃあ言えない。

 

 

 

 

 

 

 




どうしても覗きに行く理由が思いつかなかったのでアニメとは別展開になりました
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