小鳥遊ひかりと語りたい   作:まむれ

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夏休みのことを言えば

 男は誰だってふとした拍子に胸へ目が行ってしまう。例えそれが友達でも、だ。

 そうして一瞬見たあと、すぐに目を逸らして罪悪感でいっぱいになる。夏は特にそれ多くなってしまう季節で、去年はともかく今年からは色々困る。具体的にはとある人物の視線が痛い、怖い。

 

 何故春明がこんなことを考えていたのかというと、丁度そのとある人物が目の前にいたからである。しかも下校中に並んで歩いている中でとても答えづらい質問をしてくるのだから、どう答えたものか。

 

 

「胸は大きいのがいいの?」

 

 

 なんて前振りも何もなく聞かれれば、「は?」とマジトーンで返すのも仕方ない。件のとある人物――小鳥遊ひかりの不満そうな顔つきを見ても、自分は悪くないと言い切れる。

 

「だぁってぇ~~」

「何が『だって』なんだ」

 

 どう返事をすればいいのかさっぱり見当が付かない。何を返しても大体同じ結果になりそうとも言う。

 とはいえ、ずっとどうなのどうなの? ねぇねぇどうなの? と言われ続けていれば鬱陶しくなるわけで。

 出来るだけひかりを見るフリをして、その先にあるコンクリートの堀へ焦点を合わせて春明は口を開いた。

 

「まあ、佐竹とかは大きいのが良いって言ってたな」

「サタッケーじゃなくて、春明のこと聞いてるんだけど……」

「ただ俺はそうは思わない。やっぱこう、形が大事なんじゃないか、お椀型? みたいな」

「へ、へぇ~そう、ありがとー……あはは!」

 

 一歩、距離を取られた。

 

「だ~から答えなかったんだよ! そっちから聞いといてそれは理不尽じゃね!?」

「好きか嫌いかで答えてくるかなって思ったらそれ以上だったんだもん! しょーがないじゃん!」

 

 それは俺悪くねぇと叫びたい衝動を、額に手を当てながら必死に抑える。

 ひかりの方は旗色が悪いのを分かっているのかその声は勢いがやや弱く、そう思っているならその開いた一歩の距離を詰めて欲しかった。ひかりの持つ鞄は擦りそうな程堀に近くなっており、鞄のためにも不自然に空いた隙間は埋めるべきだろう。壁に擦れば汚れるし。あと春明の精神的にも。

 

「……で、何で急にそんなことを」

「今日のお昼って私達は準備室に行ったんだけど……そこでマッチーが」

「わかった、過程はわからないけど結果はわかったからそれ以上は言わなくていい」

 

 咄嗟に両手を構えて、念を押す。ひかりはともかく、町の名誉のためにもそこからは言わせない方が良い。

 春明の制止に開いていた口を噤んだひかりは、左肩にかけた鞄の持ち手を右手で持って身体を揺すり、ズレを戻してから大きくため息をついた。

 

「うぅ……頭に栄養が行ってるのに……どうして……」

 

 思わず漏れる。「うわぁ」の吐息。「なーによー!」なんて怒られても、「うわぁ」としか言えない。

 

「ひかりは取ってる栄養が少なすぎるんじゃないか」

「ぬぁにを~~!?」

「頭にも栄養が行ってないもんなぁ……」

「頭に行ってないのはお互いさまじゃん! え? ところで『も』って何? ねぇ!」

 

 きしゃーなんて鳴き声が聞こえてきそうだ。八重歯を剥き出しにして言い返してくるひかりを見て暢気に考える。お互い様なのは春明も耳が痛い。

 だからそっと自分の耳をふさいで知らぬ存ぜぬを押し通す。ついでに別のことも知らんぷり出来たのは嬉しい誤算。

 

「ま、いつか大きくなるんじゃないの?」

「大きくなるかなんてわからないじゃん……」

「何を言えばいいのかわからないんだよ察しろ」

 

 そこまで言って、ひかりから目を逸らして反対側へ顔を向けた。

 胸がどうのなんて話を女の子と、しかも彼女と繰り広げるなど難易度が高い、高すぎる。

 

「えー? ……あ、うん、そう、そうだねー!」

 

 ようやく誰と、何を、話しているのか、考えが至ったひかりがどのような表情をしているか、想像に難くない。

 

 ふと、ここで定番と言えば『好きな人に揉んでもらう』だよなーと浮かんでくる。

 ひかりがトチ狂ってそれを言い出さなくて良かった、と春明は心の底から安堵した。言われてもそれを出来る程の胆力がないからだ。

 

 

「そ、それより今日はほんと暑そうだったな」

「ほ?」

「四限目の時」

「あ、あぁ~……」

 

 ひかりが気付いてから、お互い口を閉じてしまったので春明の方から話題を変えることにした。やはり真っ先に思い返すのが体育の授業だろう。

 日下部と共に日陰でぐったりとしている姿を見たのは初めてだったが、まさかあそこまで元気がないとは春明も思わなかった。

 

「運動した後だから尚更暑くてね~。八月とかでも普通に歩いたり出かけたりする分にはあんなにならないよ~」

「普段からああなったら登校すらままならないよなあ……」

 

 思い返して、自分の状態を客観視したのか苦笑いであの時だけとひかりが笑う。

 もしいつもああだと想像を走らせれば、汗だくになりながらうめき声を漏らしてゆっくりと歩く存在。アメリカならパンデミックが起きたと勘違いされそうな映像だ。

 

「夏休み入ったらいっぱい遊びたいなぁ~」

「その前に宿題終わらせないといけないけどな」

「しゅく……?」

「本気で解らないって顔するのはやめような」

 

 ごく自然に首を傾け、宿題の存在を否定しようとするのは流石にどうかと思う春明。ちゃんと提出しないとテツ先生辺りから監督不行き届きで説教が飛び火してきそうなことを考えると頭が痛い。

 まずは夏の課題を片づけ、憂いを無くしてから遊び倒すのが一番楽しめるだろう。

 

「一緒にやればすぐ終わる。そしたら残りは遊んだってぐうたらしたって誰も文句は言わないだろ?」

「そうだけどぉ……」

「それとも課題放置して新学期にテツせんせーに怒られてガチ泣きする?」

 

 茶化すように言えば、ひかりは予想通りの色に顔を染めて声を高める。

 テストの結果発表後、成績優秀者の名前が張り出された掲示板の前で一人の生徒がマジで泣いていた──という話は一年生なら誰でも知っている噂だ。その正体が誰かは、春明の横に居る存在を見れば察しが付く。

 

「でもせんせーに怒られるのはやだ……」

「じゃーやるしかないな」

 

 何も毎日やれと言う訳ではない。ただ七月からちょっとずつこなして、例えば八月の上旬に終わらせればあとは好き放題出来るじゃないかと、そういうお話。もしくは、合間合間に遊んで適度な息抜きをしつつ、31日に終わるように調整するとか。

 宿題の存在を否定して待っているのは、夏休み最終日にどうしようもない無力感と絶望に苛まれる自分達なのだから。

 

「ひまりさんとか町さんとかいるし、わからないところは教えて貰おう」

「そこで自分に聞けって言わないのはださーい」

「おうおう、俺の中間テストの成績知ってるだろ?」

 

 ひかりは赤点三つ、春明は赤点二つ。成績的に二人とも教えて貰う側である。見栄を張ったとして、いざ聞かれると答えに詰まって呆れた目を向けられる未来が100%。それならば最初から見栄を張らない方がまだ格好悪くない。

 ただ教えて貰うとして、問題は場所だった。男組が三人、女組が四人。場合によっては更に二人が入ってくるから最大九人の大所帯。それだけの人数が集まって周囲を気にせず勉強できるところなどあるのだろうか。

 

「問題はどこでやるか、か」

「流石に皆をってなるとウチの家も狭いからね~……」

「図書館じゃあ静かにしなきゃいけないし、かといってファミレスってのもなあ」

「あ、カラオケとか?」

「集中出来るのかそれ」

 

 確かにカラオケBOXならば騒いでも大丈夫だ。しかし周囲の部屋から聞こえる楽しそうな歌声、普通のより低い机のため姿勢が辛そう、お金がかかるから失敗した時の反動とか。

 他になんか良い場所ないかなーと春明は顎に手を添える。が、全員が集まれる場所となると中々思いつかない。

 

「もーいっそ私達だけでやる? ひまりに頼んで」

「あー、それでもいいかもなあ……でもひまりさん大丈夫かな?」

「へーきへーき! ……多分」

 

 あれこれと質問が飛び交うのは間違いなく、それに忙殺されてひまり自身の宿題が一切進まない光景が容易に想像できる。

 その時は自分だけでも出来る限り教科書で調べてわかるところを埋めようと固く誓うのだった。

 

「そんでー、宿題全部終わらせたら、どこ行こっか!」

「海」

「へんたーい!」

「いやいやいや」

 

 まったくもって、理不尽な謗りだった。海に行きたいと、そう言っただけではないか。

 

「どーせ私の水着が見たいだけじゃん」

「そりゃそーだ、彼女の水着を見たいってのは健全な発想だと思うんだ!」

「開き直るところじゃないよね?」

 

 わかっていないな、と春明はかぶりを振る。

 

「男は、そんなもんだよ」

「はいはい」

 

 聞き流された。けれど、そんなものなのだ。可愛い女の子の水着は見たい。ましてや彼女ともなれば、いや見たくねーしと強がれる男はこの世にいるだろうか。いや、いない。

 やたら視線が冷たいような気もするが、それを気のせいだと切り捨てるくらいに春明はひかりの水着を見たかった。

 そもそも──

 

「ちょっと前に似たような話をして機会があったらって言ってたじゃん」

「……い、言ってたっけ?」

「惚けるなら俺の目を見て言え」

 

 忙しなく視線をあっちこっちへ移すその姿に、我慢しきれなかった笑い声が零れる。

 視線を揺らす割には春明と目を合わせようとしないのだから、あからさま過ぎるのだ。

 

「別に二人でって訳じゃなくて、他の皆とか誘ってさ」

「あ、そうだねー、江ノ島とか行きた~い」

「鎌倉散策もついでに出来るなー」

「中学の時に行ったなー、懐かしいわ」

 

 あの時は決められたところとちょっとの自由時間のみだった。今度は友人達と自由気ままに、というのも悪くない。難点は、海が混んでるくらいだろう。

 

「つっても全員の予定合わせるのはキツそうだよなー」

「う~ん……それなら行ける人だけとか?」

「大人数の方が楽しいのは間違いないけど、ま、その時でいいか」

「うんうん、今から考えてても大分先だしね~~」

「そもそも、課題終わらせるのが先だしな」

「……」

「都合が悪くなるとすぐ目が別のとこ見るよな」

 

 理由はどうあれ、誤魔化す方法が同じなのは喜ぶべきなのか嘆くべきなのか、悩むことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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