東方夢喰録 〜 Have a sweet nightmare!! 〜 作:ODA兵士長
––––今から2年ほど前。
少女は、ある場所へと忍び込む。
そこはハジマリのユメクイ––––始祖体の眠る場所。
「––––これが、始祖体……」
そこには何かしらの液体の中に保存された脳がある。
隣には遺体を保存してある冷凍庫。
少女はここに、こういったものがあることを知っていた。
しかし、見るのは初めてだった。
少し興味を惹かれ、見とれてしまう。
「ダメだ、早く探さないと」
少女の目的は、ある薬だった。
普通、薬を作る際、きっちり1人分を作ることはない。
多少多めにできてしまう。
それは、この薬についても同様だった。
「……よし、意外と分かりやすいところにあってよかった」
暗い部屋の中、小さな薬の入ったケースを手探りで探し当てた少女––––鈴仙・優曇華院・イナバは、その薬を即座に服用した。
「––––誰かいるの?」
突然、後ろから声がする。
身体をビクッと反応させながら、鈴仙は振り返る。
「優曇華……?」
「し、師匠……ッ!」
「貴女何やって––––」
そこにいたのは、彼女が師匠と慕う––––そして今、最も会いたくない人物––––八意永琳が立っていた。
それは、とっさの判断だった。
鈴仙は永琳に"狂気の瞳"を向けた。
「––––誰かいた気がするのだけど、気のせいみたいね。私も歳かしら」
永琳は部屋に入るが、その目は鈴仙を捉えていない。
そして、鈴仙が居たことすらも覚えていない。
永琳は始祖体を眺める。
「もしかして、貴女が動いたの?」
永琳は冗談を言うと、少し微笑む。
そのとき、扉が"ひとりでに"閉められた。
『Ym-ki』型のユメクイと『Dm-ki』型のユメクイとの相違点は多々存在するが、その中でも最も大きな相違点は"現実世界で能力を使用できる"ことだった。
これにより、八意永琳は現実世界で、"あらゆる薬を作る"医者として名声を手にしたのは言うまでもない。
永琳は能力を得るために『Ym-ki』型のユメクイになる薬を作り服用したが、鈴仙の目的は能力を得ることではない。
これは、本当の目的を達成するための手段であった。
『Ym-ki』型のユメクイが『Ym-ki』型のユメクイを捕食すること––––共喰い––––には非常に大きな意味がある。
それは、能力の転移。
喰われた者から喰った者への一方的な転移だ。
鈴仙は、始祖体の夢の中で、始祖体を喰うことが目的だった。
そうすれば鈴仙は始祖体の能力、"夢を操る程度の能力"を手に入れることができる。
この力があれば、世界の全ては意のままになる。
とはいえ、彼女がこの能力を欲するのは己の為ではなかった。
––––この力があれば、私は師匠のお役に……!
私が師匠と出会ったのは、今から8年前。
まだ小学生だった私は、患者として師匠の元へと運ばれた––––
「…………?」
気づくとそこは、知らないベッドの上だった。
私の頭には包帯が巻かれている。
ふとベッドの脇を見ると、母であろう女性が私の手を握り、祈るように俯いていた。
「お母さん……?」
「ッ!鈴仙!?目が覚めたのね!?」
私が声をかけると、彼女は顔を上げ、驚きながらも喜びを露わにしていた。
その瞳には涙が浮かんでいる。
「良かった……!」
彼女は、私に抱きつく。
力強く、だけど弱々しい腕が私を包んだ。
私は状況が理解できない。
「……先生を呼んでくるわ。少し1人で待っていて」
「え?う、うん」
彼女は私の頭を軽く撫でると、部屋を後にした。
「––––ここ、どこ?」
白を基調とした無機質なその空間に、私は不安を覚える。
私の呟きは白い闇の中に溶けていった。
少しして、扉が開く。
先ほどの彼女と共に、1人の背の高い女性が入ってきた。
「よかったわ。目が覚めたのね」
「先生のおかげです」
そう言って彼女は、その女性に頭を下げていた。
「鈴仙、貴女もお礼を「あのっ!」
言葉を遮り、私は問う。
ずっと……思っていたことだ。
「その……"レイセン"って、私のこと……ですか?」
「…………え?」
私の目の前で目を見開き、驚きを隠せていないこの女性が、私の母であるということは分かる。
分かるし、実際そうなのだろう……しかし、実感はない。
私は、母であろうこの人に、母への思念を向けることができない。
言葉の出ない彼女に代わり、医者らしき女性が私に問う。
「貴女、名前は?」
「––––分からない」
「この人は、貴女の何?」
「……たぶん、お母さん?」
「生年月日と自分の年齢は?」
「––––分からない」
母らしき人が頭をおさえながら、しゃがみ込んだ。
私に質問をしていた女性が慌てて支える。
そして彼女に告げた。
「記憶喪失、でしょうね」
「きおく、そうしつ……?」
彼女は呂律が回らないほど落ち込んでいた。
「ええ。どの程度かは、詳しく調べてみなければ分かりませんが」
「そんな…………」
記憶喪失。
––––私が?
私は2人の会話を聞いていたが、よく……分からなかった。
俯いていた女性が、顔を上げる。
悲しみに暮れている顔…………ではなかった。
目には涙を浮かべているが、その表情には怒りが現れている。
「私のこと、覚えてないの?」
「え……?」
「今まで貴女を育てたのは誰だと思ってるのよ?」
「お、お母さん……?」
「私の名前は?」
「––––ごめんなさい」
「信じられない……今まで私1人で、苦労してきたのに、全部忘れたというの!?」
「ごめんなさい……」
「ふざけないでよ!!!」
私の肩が掴まれる。
これは後で分かったことなのだが、母は私が生まれる前に、おそらく父であろう男と別れたそうだ。
結婚すらしていなかったらしい。
彼女は、その男と結婚するための材料としてしか、私を見ていなかったのだ。
結局、結婚も出来ず、既に成長してしまった私を堕ろすこともできず、今まで育ててきたそうだ。
自分が腹を痛めて産んだ子に愛情がないわけではなかったのだろう。
しかし、自分に育てられた記憶を無くしたことを許せるほどの愛情はなかった。
そんな彼女は、私の前から消えた。
入院してから半月ほど経った。
私の母である女性との連絡が絶え、私は未だ何も思い出せていない。
あれから一度だけ、小学校の友達らしい人たちが見舞いに来たが、それっきり私を訪れる者はいなかった。
見舞いに来られたところで、思い出せる気はしなかったが……
「傷口も完全に塞がったし、もう大丈夫そうね」
私は遊具から転落したらしい。
頭を打ち、かなりの出血と切り傷を負ったらしい。
––––傷を負った部分の皮膚が剥がれたせいか、髪の毛がその部分だけ抜け落ちてしまっていた。
もう、その部分の髪の毛が生えることはないらしい。
「ありがとうございます」
手術で傷口は縫い合わされ、抜糸も終えている。
私は退院の日を迎えた。
だが、私の帰る場所なんて––––
「ごめんなさいね。貴女のお母さんと、連絡取れなくて」
「いいです。あの人が母であるという意識はあまりないので」
「そう……貴女、これからどうするつもり?」
「え、そ、それは…………分かりません」
「頼る人なんているの?そもそも、居たとしても覚えてるのかしら?」
「う……」
ハッキリ言われると少し辛いが、その通りだった。
死にたいとは思わないが、生きたいとも思わない。
生きる意味を完全に見失っていた。
––––私は、何がしたいんだろう?
この半月間、小学生ながら生きる意味を探していた。
誰も知らないこの世界で私の存在意義を求めた。
––––私は、どうして生きてるの?
私に生を授けてくれたのは、母であるあの女性であり、私の知らない父親なのだろう。
だが、そんなものは今の私に意味はない。
––––私は、誰に生かされている?
答えはすぐ近くに"いた"。
朝になると私の部屋に訪れる女性。
彼女が私の傷を縫合し、命を救ってくれた。
この命は、彼女なしでは途切れていたのだ。
––––そうだ、私もこの人みたいに…………
「––––大丈夫?」
「……!」
気がつくと、その彼女の顔が目の前にあった。
「ボーッとしていたみたいだけど、体調が優れないのかしら?」
「……いえ、大丈夫です」
「そう。ならいいのだけど……」
彼女は私から顔を離す。
少し、申し訳なさそうな表情だ。
「病室やベッドには限りがあるわ。貴女の境遇には同情するし、ここに置いてあげたいけど…………悪いわね」
「謝らないで下さい。私が今生きていられるのは、先生のおかげなんですから」
「……小学生なのに、随分としっかりしてるのね」
少し、彼女の表情は和らいだ。
「養護施設の紹介くらいならしてあげられるわ。ちょうど近くにあるから」
「ありがとうございます」
「何かあれば、いつでもここにいらっしゃい。出来ることならしてあげるわ」
「…………あ、あのっ」
「何かしら?」
「わ、私も…………先生みたいに…………」
私は俯く。
「…………人の役に立てるでしょうか?人を救うことが、出来るでしょうか?」
「それは…………貴女次第よ」
「……私はッ!」
私は布団を、固く握り締めていた。
そして、顔を上げる。
「先生の、お役に立ちたい…………です。だから……だから……その………………」
「……そう」
口ごもる私に、彼女は少し考えた後に、冷たく言い放つ。
「荷物をまとめなさい。昼前にはここを出てもらうわ」
「そんな、まだ何処に行くか……」
「この病院の裏に、私の家があるわ」
「……え?」
「私の家に来なさい。私の役に立ちたいのでしょう?」
「は……はいっ!」
「ちょうど、助手が欲しかったのよ。記憶を失っている貴女なら無駄な事も考えなそうだし、信頼に足ると判断したわ」
私を見る彼女の目は、感情が伺えない、冷たい目だった。
「要するに私は、色々と都合のいい貴女を利用したいだけ。それでも来る?」
「はい!命の恩人である、貴女の為なら!」
「……ふふっ」
彼女は先ほどとは表情を一転させ、私に笑いかける。
そして、私の頭を撫でる。
「ごめんなさいね。少し脅かすような真似をして」
彼女の手は、私の傷口に触れる。
そこには髪の毛が生えておらず、地肌に直接触れていた。
「本当に申し訳ないけれど……どうしてもこの傷のせいで、ここの髪の毛は戻りそうにないのよ」
「……大丈夫です。死ぬよりはマシですから」
「でも、髪は女の命でしょう?」
「……」
「そこで、私考えたのよ。これ、付けてみたらどうかしら?」
彼女が取り出して私に見せたのは、ウサギの耳のような謎の何かだった。
「これなら傷を隠すこともできるし、可愛いでしょう?貴女に似合うと思ったのだけど……嫌かしら?」
彼女のセンスはどうかと思った。
しかし、私を救ってくれた命の恩人である彼女が私の為に考えてくれたのだ。
それだけで私は嬉しかった。
「嫌じゃないです!ありがとうございます!」
「ならよかったわ」
そう言いながら、彼女は私の頭にウサ耳を付けた。
「……うん、やっぱり似合ってる。可愛いわよ」
「ありがとうございます」
私は、本心から言っていた。
それを聞いた彼女は笑っていた。
「一生着いて行きます!師匠!」
「…………し、師匠?」
師匠は、この先もう見ることは出来ないであろうほどに、間の抜けた表情をしていた。
––––そして私は、師匠の助手として、夢喰研究に携わることになった。
携わる、とは言っても、ほとんど関わらせては貰えてない状態だった。
役に立てているとは、思えなかった。
だから……
––––だから私は、この力で……!
––––もう少し……もう少しなんだッ!
「––––待ちなさい!」
––––だからこんなところで、邪魔しないでよ……ッ!
「始祖体を手に入れるのは、この私よ!」
*キャラ設定(追記なし)
○八意永琳
「また、やり直しましょう。私にはそれを手伝い、見届ける責任がある」
37歳になる程度の年齢。(現在)
若くして名声を獲得した医師。
色んな薬を作っている(らしい)。
彼女の人柄に惹かれて病院を訪れる者も多い。
【能力 : あらゆる薬を作る程度の能力】
簡単な材料から不思議な薬を作ることが可能。
○鈴仙・優曇華院・イナバ
「ひ、酷いです師匠!私が師匠を裏切るわけありません!!」
18歳になる程度の年齢。(現在)
永琳を師匠と慕う少女。
真面目で陽気な性格。
本来は臆病者だがユメクイ化の影響で少し強気になった。
人は力を手に入れると変わるのである()
【能力 : 波長を操る程度の能力】
光や音の波長を操ることで幻覚や幻聴を起こす。
相手の五感に干渉できる。
武器として弾丸を発射することができる。
自らの手で拳銃のような形を作り、発射する。