俺、佐藤和真は現実を受け止められない。
見覚えはないが見ればここがどんなところであるかわかる大きな建物、やや砂埃が舞うだだっ広い地面。
……………。
紺色の上着や真っ白なシャツを着ている男子たち、クリーム色のブレザーにスカートを履いた女子たちが自分の側を通りすぎる。
………………………………。
もう随分前から聞いていなかった鐘の音があの建物から鳴り、そして隣からは先ほど言い争った女神が女神とは思えない声を上げている。
俺は一度目を閉じて深呼吸をし、
「チェンジ」
と思わず呟いてしまった。
「こんのクソニートなんてことしてくれたのよ⁉︎私帰れないじゃない!どうしてくれんのよ?ねぇ、どうしたら良い?」
女神ことアクアは泣きながら取り乱し、頭を抱えてバタバタしていた。
「そんなことどうでもいい、それよりここなんだよ?どこが異世界だ?魔王軍のまの字もないぞ?」
そう、ここは明らかにここは学校だ。どう考えても魔法なんかなく異世界でもなさそうで長い間引きこもっていた俺にとってはいること自体つらい場所である。
「そんなことって言ったー!いやよ!こんなとこにこんなのと一緒だなんて、ってここどこ?」
アクアは掴みかかろうとした手を止め周りを見渡している。どうやら少しは落ち着いたらしい。
「お前女神だろ?ここがどこかわかんないのか?とりあえずお前のいう異世界ではないんだな?」
「えぇ、でもあっちの世界のこともあまり知ってる訳じゃないわよ。もちろんこの世界のこともね。大量にある異世界の1つや2ついちいち覚える訳ないじゃない。」
……あれ?
「…おい女神、とりあえず移動するぞ。というかなんでお前だけ制服を着てるんだ?」
アクアは周りの人と同じクリーム色のブレザーにさっきの部屋で羽織っていた羽衣に身につけているが、俺は死んだときと同じ緑のジャージを着ていた。そのためか通り過ぎる人々の目線を集めてしまっている。
「なによこの格好。あ、私のことはアクアって呼んで。きっとこの世界にも私の熱心な信者がいるから女神様なんて呼んだら人だかりができちゃうからね。あなたのこともカズマって呼ぶから。」
そう言いながらアクアは俺の後ろをパタパタとついてきた。
「ねぇ、随分歩くけどどこに向かっているの?私疲れてきたんですけどー。」
後ろを振り向きアクアが不思議そうな顔をしているのを見るとやはりこいつは女神なんだなということを再確認する。整った顔立ちや透き通った水色の長い髪。黙っていれば美少女なのだろう。
「ここはもといた世界でもお前のいう異世界でもないんだろ?異世界転生で学園ってきたらきっとここはギャルゲーか少なくともハーレム展開になる世界のはずだ。だから歩いていればいつかあっちからフラグでも立てにきてくれんだろ。」
そんな世界だったらもう一度学校に通うのも悪くない。大人な雰囲気を醸し出す先輩に勉強を教えてもらったり、甘えてくる後輩と放課後デートなんかしちゃったり。これからの未来に胸が高鳴る。
こんな世界ふざけるなとは思ったけどもし俺の想像通りの世界ならチェンジの必要もないな。
「うわあ、あなた自分の欲望を垂れ流し過ぎなんじゃないの?だいたい長い間引きこもってた人が女の子といちゃいちゃだなんてできるわけないじゃない。」
「う、うるさい!この堕女神が!」
「堕女神って言ったー!このヒキニート調子に乗ってんじゃないわよ!」
「二、ニートじゃないし、まだ学生だし。」
掴みかかってきたアクアを振りほどこうとすると背中が誰かとぶつかってしまった。
ほらきた、言った通りじゃないか。ここから俺の新しい人生が始まるん…「Ouch,sorry」
ぶつかった方に目を向けると背が高く赤いバンダナを頭につけているのが印象的な男子生徒がいた。
……男か。とりあえず謝っとくか。
「あ、すいま「Hey, you! come on! Let's dance!!」
…なんだこいつ。
そいつは謎の言葉を発しながらキレのあるダンスを披露している。着ている制服も周りとだいぶ違っていた。ぶつかったのが女の子でなかった失望よりもこの場から立ち去りたいという思いがだんだんと強くなる。
アクアの方を見るとアクアはこの状況に構うことなく自分の制服姿に気に入っているのかクルクルと回りスカートにひらつかせている。
…どうしよう。
とりあえずこの世界のことについて何かきいてみることにした。
「えっと、あなたはこの学校の生徒ですか?」
と、その時遠くから声が聴こえてくる。
「おーい、TKさがしたぜ。」
「ゆりっぺが一旦体制を整えるから集合しろってさ。」
近づいてくるのはTKというらしいやつと同じ服装をした2人の男子生徒。1人ははなにやら棒状の物を持ったヤンキー風の男。もう1人はこれといった特徴のない小柄な男子で手にーー
ってそれ拳銃か⁉︎ここ学校だろ⁉︎なんでそんなもの持ってんだ⁉︎じゃあヤンキー風の男が持ってるのは刀か?それに気づかなかったけど目の前で踊っているやつも腰につけてるのは拳銃だよな?
「珍しい格好してんな。TK、知り合いか?」
「ほんとうだ。こんな格好の人初めてみたよ。ひょっとして僕たちが探してる、人間なのかな?」
そういってジロジロと俺のことを観察してくる。俺が2人の風貌に恐怖しているさなか隣にいたアクアから肩を叩かれた。
「カズマさん、あの人なかなかテクニックもってるわよ。私の見る目に間違いないわ。」
「もういい、お前は黙ってろ。」
みるとアクアの手拍子に合わせてバンダナの男が踊っている。
神様、こいつ本当に女神なんですよね?いますぐ交換とかできないですか?
この堕女神を囮にしてここから逃げてやろうかと考えていると片方の青年が刀に手をかけ俺を睨みながら声をかけてきた。
「おいお前、名前は?」
「ひっ!カ、カズマです!佐藤カズマっていいます!」
「カズマか、俺は藤巻。隣の嬢ちゃんもお前の連れだな?そっちは?」
そう言われて振り返ったアクアは自信たっぷりに胸を張り高らかに声をあげた。
「私はアクア。そう、アクシズ教団の崇めるご神体、女神アクアよ!さぁ、私を称えなさい!ほらはやくっ!」
場がしんと静まりかえる。アクアは満足したのかこの空気にも動じず胸を張り続けている。沈黙を破ったのは意外にもあのダンサーだった。
「Oh…Crazy baby…」
ここまでずっと陽気に踊り続けいたが今は表情を引きつらせアクアから一歩後ずさる。
「あのTKがこんな反応を⁉︎」
「あぁ、こいつはとんだ大物だぜ。ん?まてよ、女神?」
あの2人も突然の女神発言に若干困惑の表情を浮かべている。
そりゃそうだ。アクシズ教なんて聞いたことないし。どこの世界の宗教だよ。
もうどうなってんだ。いろいろ状況が理解できない。
そんな混沌とした場に透き通った声がかけられた。
「あなたたちなにしてるの?」
そこに現れたのは銀髪で髪の長い少女。俺はその子を見て絶句した。
……かわいい。それもいままで会ってきた人の中で一番とも思えるくらいに。
その美少女が静かに近づいてくる。あまりのかわいさに思わず固まっていたが周りの反応は全く異なっていた。
「天使⁉︎逃げるぞ大山‼︎TKも早く来い!」
3人は近寄ってくる美少女をみると表情を変えすぐさま走り去っていった。
「あれ?ちょっとどこ行くのよ?まだ私貢物の1つももらってないんですけどー?」
「なんだってんだ?」
なんで逃げたんだ?男3人でしかも銃まで持っているのに。
あまりの変わりようになぜ、と思う気持ちも大いにあったがその疑問も自分の目の前で止まった少女を見て吹き飛ぶ。
「あなた制服はどうしたの?」
彼女は俺を上から下まで見てたずねてきた。
「お、俺らは今日ここに転校してきたんだ。けど俺だけ制服が間に合わなかったみたいでさ。」
若干上擦った声になってしまった。これも長い引きこもり生活の弊害だ。けれどとっさに思いついた嘘にしてはなかなかのものであると思う。ここにいる女神様とさっきこの世界に転生してきました、だなんて正直に言っても先ほどのアクアのように何言ってんだこいつ?という状況になるわけで言えるわけがない。
少女は俺の言葉を聞いて首を傾げた。そんな姿にもつい見とれてしまう。
「まぁいいわ、ついてきて。」
とそんな俺に一言告げ、校舎と思われる建物とは違った建物の方へ歩いていった。
真っ白な部屋の中、背中から羽の生やした女性は先ほどの騒々しさを思い出していた。
「いやよ、いやあああああ!」
「アクア様!落ち着いてください。そんなに暴れますと転送がーーっ」
魔法陣から生じた障壁を泣きながら叩き続ける女神とその横でその女神を自らの異世界転生への特典とした青年が高笑いをしている。
私は表面上は笑顔を貫いているが、内心ひどく焦っている。自分程度の力ではこの2人を転送させることは十分可能であるが、私より格上の女神様にここまで抵抗されると非常にしんどい。
「ーー、さぁ旅立ちなさい!」
お決まりのセリフを言ったはいいが、抵抗がさらに激しくなって魔法陣の維持も困難になってきた。
天界のルールがある以上一度了承したものを覆すのは容易ではない。なので一旦転送を取りやめ、女神様を説得しようかと考えていると少しだけ女神様の抵抗が弱まった。どうやら青年に掴みかかっているようだ。
この機を逃すわけには…と思い全身の力を振り絞る。
徐々に2人の姿が見えなくなっていき、部屋中に響き渡っていた大声も小さくなっていく。
「よかった…、なんとか成功したみたい…いっ⁉︎」
気が緩んだわけではない。だが最後の最後でアクアが小さな子供のように手足をジタバタさせ女神としての力を最大限に発揮したらしい。そしてーー
そんなこんなで今に至るが、手応えとしては2人は無事に転送された。しかし、それがどこにであるかは見当もつかない。
この失態をどうしたらいいかと思案しているとあの優しげな笑顔が頭に思い浮かんだ。
あの方ならばなんとかしてくださるかもしれない。というか泣きついて頼めば絶対なんとかしてくれるよね。
そんなことを考えながらわたしは天界でもちょろ…優しいと有名なあの女神様のもとへと向かうことにした。