秋風が吹く頃、鴬が啼いた。
擱座したレッドホーンのコクピットで、千切れた軍服がはためいている。赤黒く染まった裾は、夕日の色ではない。
イグアンが、ライジャーが、サーベルタイガーが、塹壕の周囲にゾイドの残骸が堆く重なる。どれもが一様に天を睨み、肢体を横たえていた。目を凝らせば、その下に人間の骸が幾つも遺棄されているはずだ。
我々は噎せ返るような血の匂いと、腐敗臭の中に取り残されていた。
「味方部隊の到着はまだか」
「マイケル・ホバート少佐のデスファイターが旧首都に到着予定との報告を受けました」
「それだけか。他に増援は」
「敵の中央山脈山岳軍部隊包囲のため、暫時待てとのことです」
通信兵と指揮官の同じ会話を、何度も聞いた。苦し紛れに改造ゾイドを投入しても、戦局を打開できないのは誰もが知っている。
愛機ブラックライモスを仰ぎ見る。埃と硝煙に塗れ、装甲はボロボロ。片方の耳が失われ、電磁砲は回路が焼き切れ発射出来ない。突撃戦用超硬度ドリルも先端が欠損している。弾の直撃を避ける為に蹲る姿は惨めだった。
日没を境に敵の砲火が止む。韻々と響いていたゴジュラスのバスターキャノンは、焦熱によって赤い残光を放つ。未だに燻るコマンドウルフの残骸の背後では、カノントータスらしき小型ゾイドがガシャガシャと後退していく。
敵は焦っていた。旧共和国首都ヘリックシティー奪還の為に、何度も何度もこの要塞に攻撃を仕掛けてきた。同時に中央山脈に孤立した敵山岳軍部隊を支援する為に、連日航空戦力を総動員して物資の補給に勤めている。その中には敵空軍の主力サラマンダーが多数含まれており、その分この要塞への空襲が漸減されたのは幸いだった。
幸い? 何を以て幸いと言う。
旧共和国首都へ続く道に設けられたこの要塞は、帝国軍による共和国首都占領部隊の北の守りである。ここを落とされれば、ヘリックシティーに駐屯する帝国軍部隊は要を失って瓦解する。同時に豊かな旧共和国領に一斉に入植した帝国臣民も脱出しなければならない。その為にも、この要塞は守備隊の全力を挙げて支えなければならなかったのだが、代償として我が部隊は多くの犠牲を強いられていた。
仰ぎ見る塔の上に、ミサイルランチャーを構えたアイアンコングMk-Ⅱが
季節は巡り、夏が終わっていた。火傷する程熱かったブラックライモスの黒い装甲が、今は冷たさ故に触る事を
城壁の向こう側、風に混じって何か聞こえた。
最初は幻聴だと思った。
戦場には場違いな曲が聞こえて来る。幼い少女の声、『初秋の香り』という歌だ。同志達の当惑する表情から、幻聴ではない事に気付く。歌声は着実に音量を上げていく。曲は対峙する敵陣から流れていた。
懐かしい調べだった。大陸の南、遠く離れた故郷を
総力戦にはありがちな、敵のプロパガンダ放送だと判る頃、曲は終わった。刹那の静寂の後、成人女性の澄んだ声が聞こえてくる。
〝勇敢に戦っている帝国兵士の皆さん、こんばんは。「青の時間」の開始となりました。最初の曲『初秋の香り』はいかがでしたか。
今宵皆さんに、懐かしい故郷の曲をお送りいたします。ご安心ください。この放送が流れている間は、共和国軍は攻撃をしません。
荒んだ戦場での憩いの一時を、この放送と共にお過ごしください〟
「青い鴬だ」
誰かが呟く。共和国プロパガンダ放送担当女性アナウンサーを、我々は一様にそう呼んでいた。「青の時間」とは、共和国自らが名付けたラジオ放送である。内容は反戦歌や共和国に都合の良い戦況報告、そして帝国戦死者の名前の羅列といったもので、最前線で戦う帝国兵士を厭戦気分に誘うため流されるものだ。そしてその放送を担当する女性アナウンサーを「青の時間」に因んで、いつの間にか「青い鴬」と呼ぶようになっていた。
この惑星では、慣用的に地球の表現を受け継いでいる場合が多い。ウグイスは春を告げるという地球の小鳥で、殆どの兵士は本物を見たことも、啼き声を聞いたこともない。誰もが唯漠然と、きっとあの女性の様に美しい声の鳥に違いないと想像していた。
内容にも関わらず、彼女の声は多くの帝国兵士を惹きつけると言われていたが、実際に聞いて理由がわかった気がした。
鈴の音が響く様な美しい声だ。きっと美しい女性が話しているのだと思った。自分の脳裏に想い描くのは、以前撃破したシールドライガーのコクピットに残されていた雑誌の女性だ。共和国軍の兵士募集の広報に、目鼻立ちがはっきりとした褐色の肌の女性が掲載されていて、なぜかその女性の姿が離れなかった。
帝国領内であれば都市に設置された妨害電波発生装置で受信を妨げることは可能だろう。だがこの逼迫した戦場では、突撃砲の上に巨大なスピーカーを背負ったカノントータスからの直接放送音声を防ぐことなど出来なかった。
気が付けば、小隊の無線機からも音楽が流れている。強力な指向性電波による放送機器ジャックだ。電源を切っても極超短波を以て直接スピーカーを振動させている。無線機を叩き壊せば解決するが、そんなことは出来ない。
〝中央山脈南方のゼネバス帝国軍は敗走しました。帝国軍の損耗率は既に七割を越え、実質的にヘリック共和国領内の帝国軍部隊は崩壊しています。いずれヘリックシティー南方から、共和国軍の大部隊が大攻勢を開始し、首都を奪還します。みなさんは捨石となるのです。ここを守っても、もう勝算はありません。乏しい武器に、乏しい食糧。このまま戦い続けても全滅するだけです。
みなさんは誇り高く戦いました。だからもう、終わりにしましょう。無駄な犠牲はもういりません。それでは今宵も、判明した帝国の勇敢な兵士方々のお名前を読み上げます……〟
放送は帝国軍兵士の名前と階級を延々と読み上げだした。聞き覚えのある部隊名や、知り合いの兵士の名が聞こえると、味方の陣内ではその度に呻き声が上がる。信じるに足りないものだと思う一方で、具体的に個人名が判明していることは、斃れた骸の認識票を手掛かりにしているに違いない。それはどんな銃弾よりも、我々の胸の奥底まで抉り取る攻撃だった。
恐らくは百名程の名前を呼んでいただろうか。
〝……勇敢なる帝国兵のみなさんの御冥福を祈念します。では次に、ゼネバス帝国南西地方で歌い継がれている曲、『海に沈む月』をお聴き下さい〟
『海に沈む月』は、大洋デルダロスに没していく夕日を朗々と謳い上げた歌詞で、歌う老齢らしき女性歌手も決して熟達した者ではない。その曲を聞いたのは初めてであったが、なぜか懐かしかった。時折僅かに音程が外れる毎に、反って郷愁を誘う。
物悲しい調べは、永遠にも感じる長さで、忽ちの内に終わった。
〝『海に沈む月』、いかがでしたか。
帝国兵士のみなさん。戦争が終われば故郷に帰れます。もとは同じ大陸に住む仲間です。きっと判りあえます。戦争は間もなく終わります。皆さんが降伏しても、責める者はいません。さあ、武器を捨て、仲間になりましょう。新しい仲間と出会うために、私達はいつでもお待ちしています。
今宵の「青の時間」は終了となります。明日は放送ではなく、直接手を取り合ってお会い出来ることを望みます。帝国のみなさんとお話しできることを楽しみにしています。おやすみなさい〟
周囲は静寂に包まれた。空には塔に
アイアンコングの影が月光を切り取って浮かび上がる。
砲火は絶えたままだ。この明るさでは、味方も敵も夜襲は不可能だろう。
塹壕に横になる。時折味方陣地から、傷の痛みに喘ぐ声が聞こえて来る。
静寂は、不必要な考えを呼び起こした。
この篭城はいつまで続く。防衛戦は既に一週間だ。もしかすると我々の部隊しか残っていないのかもしれない。
思わず自分の頭を拳で殴った。
敵の心理戦にまんまと嵌っている。
駄目じゃないか。
青い月光に浮かび上がるブラックライモスは、故郷を思っているかのようだ。だがそれがゾイドの心ではなく、自分の感情の投影に過ぎないことも知っていた。
その夜は静かに更けていった。