我がゼネバス帝国軍は、デスザウラーを前面に押し立てて敵ヘリック共和国領に進攻し、その首都ヘリックシティーを陥落させた。その後散発的な戦闘はあったが、依然旧共和国首都を制圧している状況に変化はない。しかし、各地で兵力を蓄積し、反攻の狼煙を上げていく共和国軍とは対照的に、帝国領から遠く離れ、補給線の維持も儘ならない我が軍は、次第に共和国軍の包囲網に捉えられ、各部隊も分断されがちであった。補給線の寸断によって弾薬も尽きていく。ミサイル等の火器を主兵装としている我が軍のゾイドにとって、弾薬の欠乏は致命的である。それでもいま立て篭もる要塞が陥落しないのは、偏に我々の精神力の為せる業だと言い聞かせて来た。裏を返せば、敵が持久戦へと誘導しているということなのだが。
深夜。ブラックライモスの背中によじ登った整備兵が、破断した電磁砲の配線を修理している。
整備場の片隅に無造作に置かれた古びた扁額を見つけ、そこに刻まれた古代ゾイド文字を呟いていた。
「『風の城』か」
「何か仰いましたか、曹長」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
この要塞は、もとはヘリックⅠ世国王が築いた古城であった。その後共和国成立時にヘリックⅡ世が首都の北の守りとして近代戦にも耐えうる施設へと変貌させた。首都陥落後はそのまま帝国軍が接収し防備を固めたのだ。共和国軍にとっては、自分達が整備した防衛施設が、逆に自分達の首都奪還を妨げている状況に歯噛みする思いであったろう。
「曹長、御伺いしても宜しいでしょうか」
電磁砲の配電盤を開き、頻りに断線部分を捜しながら、その若い整備兵が問いかけて来た。
「敵はなぜ、正面切ってこの要塞を狙って来るのでしょうか。東の断崖絶壁を越えられないのはわかりますが、西の密林地帯であれば迂回して進むことも可能と思うのですが」
少年の面影を残す整備兵は、共和国領に入植した臣民の中から動員された学徒で、戦況を充分に把握していない。月光を浴びる塔の上のアイアンコングが光っている。
「西の密林には、この星特有の金属成分を多量に含んだ樹木が密生している。その上密林内には、共和国軍自身が敷設した地雷原と、何重にも張られた防ゾイド網が設置され、デスザウラー並みの破壊力が無ければ突破できないのだ。ここを越えるには、“共和国への道”と称されるこの要塞を抜ける他にないのだ」
光が漏れるのを避けるために、片方を黒い反射板で覆ったカンテラを持ち上げ、整備兵は顔を上げた。
「此処を守る事は帝国にとって重要な役割を持っているのですね。だからこそ、共和国の奴らは、あんな姑息な放送を使って私達を惑わそうとしてきたのか。私はシティーに母と妹、そして生涯を共にすると約束した幼馴染を残して来ました。絶対にこの要塞を守り抜き、ゼネバス・ムーロア皇帝陛下と私の家族を、共和国の連中から守ってやりたいと思います。
電磁砲直りました。部品が足りないので磁界発生用のサーキットブレーカーが代替品ですから、射撃は1分毎にしてください。
今日は色々と教えて頂き、ありがとうございました。武運長久をお祈りしています」
ライモスの背中の不安定な足場に直立し、ぎごちない敬礼を残して整備兵は去って行った。月光を映したその若い瞳には一点の曇も無い。信じているのだ、帝国の正義を。
気付けば、棚引く薄雲が、月光を半分ほど隠していた。
我々が
共和国が採ったトンネル脱出作戦により、
ゼネバス皇帝が偉大な方であるのは否定しない。だが、ヘリックⅠ世の時代であれば兎も角、巨大化した行政を個人のディスポティズムで管理し切れるほど国家は平易なものではない。
東の崖の端が、金色に縁取られていた。朝が来る。また硝煙に塗れた一日が来たのだ。
日が昇る頃、砲火の洗礼が始まる。塔の上のアイアンコングは鬼神の如くミサイルを撃ち下ろし、殺到する眼下の敵を薙ぎ倒し、白や青のゾイドの残骸を累々と積み上げていく。絶対防衛線として築いた分厚い壁は頑強に要塞の陥落を押し留めていたが、それでも日に日に装備は擦り減っていった。
累積する傷病兵、不足する医薬品。戦闘不可能と見做された重症者は担架に乗せられ、血塗れの白衣を着た軍医の指示で旧共和国首都へ去って行く姿を何度も見るうち、誰もがいつか「俺も怪我をして戦線を離脱したい」と思うようになってくる。
しばしば城壁の向こう側から香ばしい薫りが漂ってくることがあった。スネークスに牽引された小型トレーラーの上で、臭いの強い燻製食品を燻っているのだ。空腹に胃がのたうち回る。配給されている日に一つのレーションでは、体力も精神力もギリギリだ。苦し紛れに、城壁の上からブラックライモスの電磁砲を発射したことがあるが、姿勢が低く、その上退避行動も素早いスネークスに命中することもなく、ただ無駄にエネルギーを空費しただけだった。
上空で大気を切り裂く金属音が轟く。サラマンダーが飛来した。恐らくは中央山脈部隊攻略戦の合間を縫ってやってきているのだろう。週に二回の定期便は律義に配達の日取りと時間を遵守し、大量の爆弾を投下していく。クラスター、ナパーム、時限信管。まるで軍事技術の見本市のように様々な爆弾が炸裂した。その間だけはライモスを掩体壕に隠してやり過ごすしかない。地上に花開く爆炎を、心を切り離して見つめていた。
血塗られた一日が終わり、そして日没を迎える。
故郷の曲が聞こえて来る。曲の名前はわからない。しかし、どこかで聞いた曲だ。
〝帝国軍の勇敢な兵士のみなさん、こんばんは。ご安心ください。今宵もこの時間に共和国軍の攻撃はありません。
ゼネバス帝国兵士のみなさん。今夜はどんな夢を見ますか。可愛い可愛い子どもの夢ですか。父さん母さんの事ですか。それとも故郷のことですか。長い長い共和国の夜。長い長い共和国の戦い。ああ、いつ明け来るのか共和国の夜〟
忌々しくもあった。だが、その放送を心待ちにしている自分がいた。
放送による味方の心理的な動揺を抑える為、部隊指揮官は放送中にゾイドの一斉稼働を命じた。愛機ブラックライモスのドリルも無為に回転し、軋む歯車の雑音を響かせる。イグアンが空砲を一発ずつ発射し、ゲーターが轟音を立ててホバー移動をする。それでもいつまでも音を出し続けることはできない。空虚な稼働を終えて疲れ果て、故郷に繋がる空を見上げる。何処からか男泣きに噎ぶ声が聞こえて来る。感傷を呑み込み、もう一度ライモスのドリルを回転させた。
自分は何をしているのだろう。
応える者のない問い掛けを心の中で何度も何度も繰り返し、挙句、敵の放送に耳を
〝みなさんに憩いをお届けするため、故郷の曲、昔から歌い継がれてきた曲をお届けします。曲は『母さんの思い出』です。無事帰還することを願う母親の想いをお聴きください〟
今更口に出さずとも、誰もが戦場に身を委ねている子への親の悲哀を知っている。それを敢えて口に出して語る敵の嫌らしさを感じた。
「青い鴬」は巧みに語りかけ、我々の士気を奪って行く。彼女は兵士ではないだろう。劇団員やアナウンサーなどのプロの語り口だ。軍人、民間人に拘らず、有用な人物は迷わず任用する共和国軍特有のリベラルさが妬ましかった。
〝今宵の曲はいかがでしたか。戦場での束の間の憩いをお届けできたでしょうか。私たちは仲間です。武器を捨て、今すぐ手を取り合いましょう。私たちは待っています。それではまた明日の夕刻に。おやすみなさい〟
放送が終わり、再び静寂が訪れる。「青い鴬」の声は、包囲されている兵士達の心に憧れの女性像を描かせている。立て篭もる兵に女性兵士はいない。従軍看護師に二人いたが、軍医の判断で早々に退去させてしまった。
妄想の中で、女への憧れは次第に膨らんで行く。性的なもの以外では、女神のような優しい、美しい、神々しい輝きを纏った存在として。
「俺はこのままここで死ぬのか」
涙が流れた。自分を誤魔化す為、思いきり両目を掌で擦る。ライモスのコクピットの中、誰にも見られることもないのに。