『青い鶯』   作:城元太

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 篭城戦は2週間を越えた。食糧に続き飲料水も配給制となった。

 夜が来る。そしてあの声が響く。十日も経つと、それは殺伐とした篭城戦の中、唯一の愉しみになっていた。

 敵にとって、夕刻からの攻撃中止は適切なものではないのかもしれない。それでも精神的にゆさぶりをかけるには有効だ。心の中を侵食するあの声は、悔しいほどに着実に、味方の戦意を奪い続けていた。

 

〝長い月日を荒れ果てた共和国の前線に苦闘されるゼネバス帝国兵のみなさんに、私たちは哀心より同情します。私たち共和国政府は1日も早く中央大陸が平和に甦り、みなさんが再び郷土に帰って一家団欒の楽しい生活を送れる日々が訪れることを切に望んでいます。陣中見舞いを兼ねて、帝国軍兵士のみなさんの御多幸をお祈りしています。

 今宵は古い地球の童謡をお届けします。『あめふりお月さん』と『赤とんぼ』です。二曲続けてお聴きください〟

 

 あめふりお月さん雲の上

 お嫁に行くときゃ誰と行く

 一人で唐傘さして行く……

 

 戦争に意味などなく、ただ命令に従って命を捨てても戦うことだ。

 

 夕焼け小焼けの赤とんぼ

 負われて見たのはいつの日か……

 

 帰りたい。あの故郷へ。

 帰りたい。殺し合いの無い世界へ。

 

 曲が終わった。いや、むしろ曲の音量をフェードアウトして、「青い鴬」が放送に割り込んで来たかの様にも聞こえた。少し声が上ずっていた。

 

〝帝国軍人のみなさん。これ以上戦っても、無駄に命を落とすだけです。

 少しでも犠牲を無くすために、もう戦争を終わりにしましょう。

 争いはお互いを不幸にします。みなさんは充分戦いました。帝国兵士としての名誉は守られました。どうか、一刻も早い戦闘の終結を祈っています。

 今宵はここでお別れです。

 明日の無事を願っています〟

 

 普段より感情が入っている気がした。「青い鴬」が、鳥籠の中で蒼穹(そら)を求めて(もが)くように。

 赤い月が昇ったのは、払暁の頃だった。

 

 翌日は未明から夜まで、間断なく敵の砲撃が続いた。

 城壁の一部が崩壊し、立て篭もるハンマーロックが砲撃に巻き込まれた。目の前に千切れたゾイドの首や足が舞って行く。上半身と下半身に切断され、剥き出しのゾイドコアを引き摺るイグアンがある。エネルギーも弾薬も尽き、抜け殻になったモルガが壁に凭れ掛かっている。どす黒い潤滑油を滴らせ、陣地の中を這うサーベルタイガーがいる。そしてそれと似たような姿の、生身の人間が在った。

 顔面を鮮血で染め、幽鬼の如く彷徨する兵士がライモスの右前肢にぶつかり、そのまま(もた)れ掛かる。真上のコクピットから「そこをどけ」と叫んでみても、鼓膜が破れているのか一切動こうとしない。味方を踏み潰すのも躊躇(ためら)われ、敵の砲撃の合間を縫って機外に降り立ち、その兵士を引き剥がそうとした。

「目が見えません。誰か軍医を呼んでください」

 それはあの時の学徒整備兵であった。鮮血の中、二つの肉塊が眼窩から垂れ下がっている。恐らくは顔面近くに飛来した弾丸の通過弾道で生じた真空帯によって眼球が吸い出されたのだ。右腕は手首から無くなり、脇腹からは白い臓物がはみ出ている。軍医を呼んでも助からないのは明らかだった。

「誰か助けて下さい。軍医を、軍医を」

 早く楽にさせてやりたい。自分の腰の拳銃を整備兵の下顎に押し付け、引き金を引く。脳天から噴水の様に脳漿が噴き出し、鼻腔からは僅かな血を流して、学徒は事切れた。認識票を探ったが見当たらなかった。拳銃に着いた鮮血を学徒の服で拭うと、自分は素早くライモスのコクピットに戻り、突き上げる吐き気を堪え電磁砲を発射していた。

 夜通しの攻撃だった。「青の時間」は来なかった。我々の篭城に業を煮やした敵は、一気呵成に止めを刺しにきたのだろうか。終日の爆発音のため、鼓膜は限界を迎え、互いに怒鳴り合って会話をしていた。喉が痛かった。

 コックピットからライモスの足元を見ると、あの学徒の鮮血が付着した右前肢装甲板は戦いの最中に吹き飛んでいた。散発的な砲撃を挟み、攻撃は40時間近く続いた。

 

〝みなさん、なぜまだ戦うのですか〟

 

 丸二日間継続した戦闘の後、やっと「青い鴬」の声が聞こえてきた。

 口調が少し違う。ただ、所詮敵のプロパガンダだ。語りかける方法を変えて来たのかもしれない。真剣に聞く必要はない。ブラックライモスの左の電磁砲に跨り、ハンマーで甲高い音を立てて、放送を聞かないように努めた。皮肉にも、それは逆に放送へと心を傾ける事にも繋がってしまっていた。

 

〝自分の心で考えてください、戦争という殺し合いの意味を。国の名誉や領土の獲得が、人の命と引き換えにするほど大切なのでしょうか〟

 

 原稿を読まされている語り口ではない。「青い鴬」が鳥籠から飛び立とうとしているように。

 

〝私の故郷が燃えました。家族も、親類も、友人も、思い出の詰まった物や懐かしい山野も消え去っていました。デスザウラーが放った荷電粒子砲が逸れて全てを焼き払ったのです〟

 

 事実だとしても、よくある話だった。格闘戦の途中で放たれた荷電粒子砲が、周囲の非軍事施設を巻き添えにすることなど珍しくはない。

 

〝私は家族が一刻も早く平穏に過し、出征していった弟が無事で帰る事を願って「青の時間」を担当する決意をしました。でも、家族は消滅し、弟も行方不明となりました。それもこれも、戦争が続いて……〟

 

 音声が切断された。だが、間もなく再開された。

 

〝非常回線を使って放送をしています。いつ切断されるかわかりません。だから私の話を聞いて下さい。共和国の宣伝でも陰謀でもありません。これは私の本心です。戦闘を止めてください。これ以上の犠牲は無駄です。戦いなんて無意味です。間もなく共和国軍の新型ゾイドの攻撃があります。殺し合いをして、また新たな殺し合いを生む、殺戮の連鎖に陥るだけです。お願いです、戦争を止めてください。もうこれ以上、私のような思いをする事なんて――〟

 

 放送が途切れた。

 鬼気迫っていた。放送内容通りの事があったのだろうか。だがこれも敵の策略かも知れない。「自分の心」で考えることは兵士にとっては有害だ。軍組織という巨大機械の部品であり、消耗品だ。唯一の気掛かりは、話にあった「共和国軍新型ゾイドの攻撃」という部分であった。

 司令部でも意見が錯綜したらしい。放送の通り、新型ゾイドによる攻撃が行われるとすれば、古い地球の言葉で「玉砕」覚悟で抵抗を試みるか、それともあの放送は単なる敵の謀略で、我が軍を降伏に導くための脅しに過ぎないと見るかということである。更に、万が一「青い鴬」が軍の情報を洩らしてしまったとしたら、漏洩してしまった作戦通りに敵が行動をするとは考えられないということだ。

 出た結論は「現状維持」。状況を打破しようという建設的な意見が何一つ纏まることは無かった。

 

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