4年経過し、私は6歳。
姉達は私のことを哀れんだ眼で見てくる。
が、なにもしてこない。
姉妹でありながら、私と姉達で会話した回数など両手で数えられる程しかない。
「ええい!!まだできないのか!!」
「申し訳ございません!!」
「豆タンクぐらい操れるようにしろ!!」
私は九七式軽装甲車テケを操る。
テケは大日本帝国だったときに造られた軽戦車に近い豆戦車で定員は2名・・・なので相方がいる。
「・・・本家の3女はこれか。」
西住分家の島津家師範の次女島津とみ
私より1つ上で、みほと去年パートナーだった。
そのため私の平凡な指揮は彼女からしたら不満であり、子供だから思ったことをすぐに口に出す。
(泣きたい。)
だが、泣けないのがほむの顔であり、無反応が余計にとみを苛つかせる。
「15発中・・・命中弾3発・・・。」
グ
「舐めてるのか!!この西住の面汚しが!!」
ドサ
分家の教官が私を怒鳴る。
豆タンクから引きずり出され、胸ぐらを掴まれる。
「何か言ってみろよ!!」
サングラスをかけているのでメチャクチャ怖い
「・・・闘志もないのか・・・はぁ。ダメだこれは。・・・とき、明日以降こいつに付き合わなくて良いぞ。結果がわかった。」
「はい。わかりました。」
(私だって頑張ってるのに・・・何で当たらない。何で装填の穴に入らない・・・。)
小学生低学年タンケッテ大会・・・豆タンクと制限されている車両で1対1の戦いをし、勝敗を決めるトーナメント戦。
64両128名の大会・・・私の姉達もこの大会に前に出て、優勝している。
(・・・)
私は大会開始から無言であった。
周りは
「流石西住の娘だ、集中してらっしゃる。」
と言うが、とみはこの無言は別の意味が有ると感じていた。
ほむはじっと試合を観ている。
相手から何か技術を盗もうという貪欲な姿勢ではなく、別の視点であった。
(実力差がはっきりしていて勝てる可能性は皆無。先生が匙を投げるほど才能がないのもわかった。・・・だけど西住に産まれてしまったのだからどこへ行けども西住本家の名が付いてくる。30年後、40年後を見通して行動するしか見返せない。・・・私を馬鹿にして、哀れんだ眼で見てくる家族に。正月の分家の師範達の姉達と比べられる目線・・・。)
ジーーー
豆タンクなら豆タンクの役割がある。
自分の将来の為に・・・。
「ボロ負けか。・・・。」
(常夫さんの話が現実味を帯びてきた。)
常夫はほむを常夫の実家に預けて欲しいと頼んでいた。
常夫の実家は本州にある自動車会社の幹部であり、本人はただの自動車整備士と言っているが、戦車の修理や戦車道用に復元、改造を行っているため、戦車道の縁の下の力持ちである。
(・・・)
しほは辛い決断をしなければならなかった。