幼女ルーデル戦記   作:com211

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13:ダキアⅡ

三個師団。出撃前に確かにその額面上の兵力よりも実戦力をかなり低めに見積もった。

だが…

 

「…なんだろうな、これは」

ハンナが眼下の敵を見ながら呆れている。

 

「派手な軍装、隊の機動基準になる隊旗…」

今の所はやってないだけで、この分だと行軍統制用の軍楽隊も居るだろうな。

 

分かる人はこの時点でもう分かる。

そう、眼前に居るのは立派な戦列歩兵であった。

 

恐らくダキアには連隊単位で使える無線機などの通信設備がないのだ。

あったとしてももう少し大きい単位、下手すると師団規模。

もしかしたら師団本部でも電話を使っているかもしれない。

 

「なあターニャ。昔のことはよく知らないんだが、これが戦列歩兵ってやつか?」

「あ、ああ。間違いない」

流石にここまで酷いとは思ってなかった。

ダキアのさらに向こうには『瀕死の病人』というあだ名が付いた国が居るが

そこでも多分これよりはマシだろうに…

 

本当はこの国家規模で行われる渾身のギャグに大爆笑するのが礼儀なのかもしれないが、

残念なことに想定以下すぎる実態に動揺していた。

 

「帰っていいよな」

やっぱり言い出した。確かにハンナの出る幕は一切ない。見ることしか出来ない。

 

「せめて課せられた任務を完遂して眼下の三個師団が壊滅したことを見届けてからにしてくれ…」

「暇だ…」

「だったらせめて映像記録を頼む」

「そうする」

ハンナはセレブリャコーフ少尉からカメラを受け取ると敵集団直上へ飛んでいった。

 

「大隊各位、最初の敵師団には通常の野戦対地襲撃を実施せよ」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

第一中隊以外は対地攻撃を開始した。

襲撃陣形を取って対地攻撃を行っている。

 

「参ったな副官。我々もやることがないぞ」

対地襲撃というのは増強大隊の場合、最大3中隊で実施され

最低でも残りの1中隊が制空権確保を行う…が

 

戦列歩兵の援護に航空魔導師や戦闘機が現れるはずもなく、第一中隊は暇を持て余していた。

「私は難戦する羽目になると覚悟していたのですが」

「たった三個師団、4-5万人程度の装備も腐ってて統率もろくに取れなくて、

100年遅れにもかかわらず仕方なく戦列歩兵を続けてるような連中相手に悲愴になるとは。

とてもライン帰りとは思えん発言だな少尉」

 

「少佐殿、三個師団ですよ?ラインみたいに重砲の支援もありませんし…」

「それは相手も同じだ。そもそも、ろくに対空防御も出来ないのだから」

「いえそういうわけではなくて」

 

ん?

ああ、いや確かに私は間違っていたかもしれない。

 

「セレブリャコーフ少尉、私が間違っていたようだ」

「へ?」

「腐りすぎていてろくな戦闘能力も持たない、統率もまともに取れない人間の集団を師団というのもおかしいな」

「えっあの」

「正確には三個師団ではなく5万人くらいの群衆ないしは暴徒、贔屓目に見ても軍隊以下の存在、武装市民といったところだ。

ユーゴスラビアの領土防衛軍が非常に優秀に見えるくらいには酷い」

「ゆ、ゆーご?」

「なんでもない」

ユーゴスラビアはちゃんと教育された士官が十分な数いて、二線級とはいえ周辺国の正規軍勢力と組織的な交戦可能な程度に装備も充足していて、ドクトリンも良くできていた。比べるのは失礼だ。

 

「ルーマニア人は世界が変わってすら同じことを繰り返す…いや、こっちのほうが酷いな」

愚痴を言いながらルーデルが戻ってきた。

 

「お前はついにカメラにすら飽きるか…ここまで統率が取れないとちっとも参考にならん。

カメラは止めていいぞ。フィルムがもったいない」

 

訓練用標的としてもフィルムよりも価値がない。なんなんだこの時代遅れ共は。

ダキアの弱さからして、訓練を中断させられたのではなく、

訓練の延長として、実弾で対地攻撃する訓練が出来ると認識していたが、これでは訓練にもならん。

若しくはライン戦線で木馬に縛り付けられたカエル魔導師共と楽しく訓練(ピクニック)してたほうがマシだったか…?

 

「見ろ、逃げていく方向がバラバラだ。スターリングラードじゃ一応逃げる方向が一定だったから再編成してなんとか防衛に使えたが、あれじゃ再編成どころか集合なんてできん。この師団は終わったな」

ハンナが明らかに軽蔑の眼差しを向けている。

 

 

「後方の陸軍には謝罪が必要かもしれないな…周辺住民が襲われないように逃亡兵共を掃討してもらわなければ…

司令部に報告しておけ。"601は敵先鋒集団を撃滅せり。陸上戦力による残敵掃討を求む"」

 

敵に再編成されるのは悪いことばかりではない。なんせ統率を持った集合した部隊だから、後々面倒が少ない。

部隊として投降してくれると非常に助かるのだ。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「隊長、あれはなんでしょう?」

セレブリャコーフ少尉が指差す先には敵の連隊が行進を停止して、

中央部を開けて四角い陣形を作っていた

「は?方陣?」

「友軍に騎兵はいません…よね…?」

「ポーランド辺りに機動戦大好きな騎兵師団がいくつか居るが南東方面には来ていない」

「ぽーらん…?」

「忘れろ」

…奴ら、もしかしてドイツ第二、第三帝国とかではなくプロイセン軍と戦いに来たのではなかろうな。

若しくはオーストリア大公国…?下手すると士気の低さと練度不足でそれにすら勝てないな。

せめて伏せて射撃する訓練くらいしないと、せっかく買った後装式も意味がないという。

ドライゼ銃を装備したプロイセン軍にはまず間違いなく勝てない。

 

"開いた口が塞がらない"にも程がある。

 

「あの場で簡易でも塹壕を掘っておけば多少は被害を防げるでしょうけどね…」

他の隊員も流石に呆れている。

「いやいくらなんでも時代錯誤が過ぎる。我々には戦列歩兵に見えただけで

何かしらの仕掛けがあるかもしれん。一応、少し試してみるべきかもしれんな」

 

「アドラー2からアドラー1、聞こえるか」

無線でハンナを呼び出そうとした次の瞬間

第二中隊が突撃陣形を崩して敵射程外に離脱した。

 

「何考えてるんだ第二中隊は!」

「少佐殿!?」

「セレブリャコーフ少尉、第二中隊に攻撃停止命令、ヴァイス中尉をここまで連行しろ。抵抗したら射殺していい」

「りょ、了解…」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「で、中尉。弁明を聞こうか」

「あの少佐殿、弁明とは一体」

「敵前逃亡の疑いだ。なぜ突撃陣形を崩して反転し、距離をとった?

説明に納得できなければ貴様をこの世から永遠に解任する」

 

「はっ、敵歩兵が対空射撃隊列を形成しましたので

"教範どおり"射程限界に離脱し各個にて機体列への牽制射撃を命じました」

 

「は?教範?」

「第二十二野戦航空魔導戦技教範規定であります」

…そういえばハンナが士官学校時代、飛行指導を依頼された時に

"まずその前にこのふざけた教範を直せ"と怒りながら教官共に怒鳴っていた部分だ…

 

東部ではまだ使われていたのか。あれは。

 

「"対空陣地の迂回を推奨する"というやつか」

「は、はい」

「いいか中尉。あれはなんだ?」

最寄りの方陣を指さした。

「対空射撃陣形であります」

「だが重機関銃すら無い、ただの歩兵の隊列だぞ」

「密集歩兵隊の戦列射撃陣形ですので、教範どおりに迂回を命じました」

 

…再教育が必要だな。こんなゴミどもが相手の時に気づけて良かった。

 

「教範どおり…と?」

「はい」

「貴様は一体何を見ていた、貴様は高速飛行時はどの高度をどの程度の速度で、何を使って飛ぶ!」

「はい!我が隊の規定では高度8000を速度300-350にて、大気干渉術式を用いて飛行します!」

「で、それは教範のどこに書いてあるんだ?」

「いえ、高度6000以上は原則飛行禁止とされています。大気干渉術式は影も形もありません」

「そうだな。そして、飛び方が変われば戦闘術も変わる。我々は旧来の常識を破壊した事を上層部に証明せねばならない。

お前は下で見苦しく足掻いてる旧時代の遺物と同じ、古くて腐った常識に囚われている」

「申し訳ありません」

「もういい、手本を見せてやる。ルーデル中佐、敵の目の前に出ていってみてくれ」

 

「あい」

 

 

 

ハンナは敵方陣のすぐ近くまで高度を下げると防殻を展開したまま空中で静止した

 

 

「なんのつもりだ!撃て撃て撃て!」

 

将校が射撃を指示する…が

ダキア軍歩兵は四方八方からハンナに対して射撃をするものの、当たり前だが一切通らない。

 

 

「効いてない…?」

 

そう何者かが呟いた途端、小銃の射撃はまばらになり、最後には止まった

「貴様ら何をしている!撃て!撃ち続けんか!」

戦列を率いていた将校が拳銃を片手に怒鳴る。

 

「無理だ…こんなの相手に勝てるわけがない…」

 

そして、組織が崩壊した。ハンナに対して射撃していた歩兵は陣形を崩し散り散りになって崩れ始めたのだ

「逃げるな!逃げるやつは敵前逃亡で銃殺だぞ!」

将校は威勢のいいことを言っているが足が震えている。

 

 

ハンナはかつて見た風景と重なったのか非常に不機嫌なご様子。

 

『貴様ら腰抜けのせいでスターリングラードで同胞が大勢死んだ…

今度こそお前らルーマニア人は敵だ。今度こそ逃さない。殺してやる』

 

無線越しに物騒な言葉が聞こえた直後、ハンナによる怒りの爆撃が始まった。

敵方からは悲鳴すら聞こえなかった。

 

術弾射撃を始めて1分もしないうちに崩れて逃げ始めていた敵四個連隊が地上から消えた。

 

「面白いものが見れたな。まさか一発も打たずに敵が敗走するとは、中々見られない。撮影しておけばよかった」

「少佐殿、私は」

「まあ、ああやって全方位から射撃を受けて何分も平気でいられるやつもそう多くない。

だが十分な速度で飛行していればあんなに当たることもなけば脅威でも何でも無い」

「少佐殿、大変申し訳ありませんでした」

「ヴァイス中尉、今回は教範を庭で燃やして全て忘れろと命令していない私の責任も大きい。

訓練に問題ありということだ。なので、今回は"ちょっとした事"をしてもらえば不問とする」

「ちょっとしたこと…ですか」

「そうだ、あそこの歩兵連隊に単独で高速突入して一発以上射撃してこい」

「一人ででありますか!?」

「死にはしない。ちなみに断ったら命令違反、敵前逃亡なので当然この場で銃殺だ」

「りょ、了解しました!」

 

ヴァイス中尉は敵連隊に突撃し、弾倉にあるだけの術弾をぶっ放して戻ってきた。

 

「敵はどうなった?」

「吹き飛びました」

「当然だな。しかし貴官だけではなく他の連中も同じような状態かもしれん。

任務が終わったら古い常識を焼き払った上で全員にみっちり新しい常識を叩き込んでやる」

 

全く、歩兵相手に実弾演習をして正解だったな。

こんな状態ではライン戦線でカエル共相手に制空訓練したらどんな損害が出たことか…

参謀本部が訓練をやりすぎというのは勘違いも甚だしい。まだ足りない。

…正確には選別と体力系の訓練を中心にしすぎただけの事だ。部隊としては全然未完成。

 

教範のことも含めて参謀本部には分厚い報告書をぶん投げておこう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

用語解説:ユーゴスラビアの領土防衛軍

 

冷戦期に西側とも東側とも同盟を組まず、

地理的に東西勢力の中間においてユーゴスラビアを存在させるために考案されたある意味、"苦肉の策"

ちなみに正規軍は領土防衛軍と別に存在する。

 

ユーゴスラビアにおいては高校に"軍事訓練"の科目が存在し、

ここで予備役相当の訓練を受け、国民全てが男女を問わず国土を防衛するために武器を取る、

全民衆防衛、トータルナショナルディフェンスというドクトリンが採用された。

 

領土防衛軍は各連邦加盟国が別個に管理しており、連邦全土に広く武器弾薬庫を分散させ秘匿、

更に武器弾薬の製造設備も各連邦加盟国に一つづつ配置されることとなった。

 

冷戦後、

"以前より存在した民族間問題"

"民族間問題の調整をしていたチトーの死去"

"各連邦加盟国が領土防衛軍を別個に運用できる体制"

"国民全てが予備役相当の民兵となりうること"

"冷戦終結によるユーゴスラビアという寄り合い所帯の存在価値の消滅"

等の「何故今まで内戦にならなかったのか不思議なくらいの条件」が重なり、

ユーゴスラビア紛争が勃発。

 

結果として領土防衛軍が各連邦加盟国の国軍となり、ユーゴスラビア連邦は崩壊し現在に至っている。

 

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用語解説:ポーランド騎兵

史実ポーランドのポーランド=ソビエト戦争において、

一次大戦直後だというのに大胆な機動戦を実施し

圧倒的に装備と兵力で勝るソビエト軍を追い返した連中。

 

二次大戦においても騎兵旅団11を保有し、ドイツ軍と交戦したがその戦果はよくわからない。

ただ半自動車化されていたと思われるので、ある程度は効果があったのではなかろうか。

 

"帝国"においても何故か半自動車化された騎兵がポーランドあたりに配置されている模様。

 

 

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用語解説:ドライゼ銃(Dreyse Zündnadelgewehr)

 

1836年から量産された我々がよく知るボルトアクション小銃の始祖であり、

最初期の後装式小銃である。薬莢は現代のように金属ではなく紙。

 

火縄銃のような前装式から、後ろから装填できるという利点があり、

伏せたまま再装填できるようになった事で弾が当たりにくくなるという利点がある

 




前回のアンケート、「好きにしろ」は置いておくとして、
飛ばすべきと飛ばさないべきがほぼ拮抗しているのでどうしたものかと…
まあもう少し考えてみます。

更に用語解説を拡充しています。
たまーに読み返すと用語解説だけ増えてるかも…?
(というUA稼ぎ)

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