幼女ルーデル戦記   作:com211

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14:ダキアⅢ

第一中隊は小隊に分かれて周辺の偵察を命じていた。

 

『第1小隊から大隊本部へ』

そんな中、セレブリャコーフ少尉から無線連絡があった。

この場合の大隊本部とはハンナと私二人の本部小隊のことだ。

「こちら本部。どうした」

『軍団本部らしきものを捕捉しました』

「何?FCP(前線指揮所)や師団本部ではないのか?」

『いえ、これ以外に本部、指揮所、司令部らしきものは見当たりません。

無線を発しているのもこの一箇所のみです』

 

まさかだった。

無線機が少ないのではないかという予想はしていたが、斜め上に来やがった。

師団単位ですら無線機を持っていないのだ。そういえば野戦電話も見かけていない。

奴ら、本当に18世紀水準の軍隊に少し新し目の装備を与えただけ、なのか……

 

「分かった。すぐ向かう。第一中隊は次の地点へ集合せよ」

「かえりたーい」

ついにストレスが上限に達したのかハンナは飛行中だと言うのに幼児退行し始めた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「えーと、軍団本部…だよな?」

セレブリャコーフ少尉が発見したという軍団本部は、馬車の列だった。

…馬車。

 

一次大戦の基準で言えば、馬は大事だ。

鉄道から降ろされた物資は馬が前線集積地まで運ぶ。

いや二次大戦でも使える自動車があまり多くなかったり気候や地形、インフラの都合で自動車ではなく

あえて馬を使うことはよくあった。

 

だがここ、トランシルヴァニア地方はそんなことはない。

比較的乾燥していて別に自動車の使用を妨げるようなものもない。

極端に道路の整備が遅れているわけでもない。

 

が、馬車。

 

馬車なのだ。馬車。帝国や合州国では国民車という概念が出現したというのに、

 

馬車。

 

これ、どうやって無線の電源取るんだ。

 

「通信内容からすると、本国の総司令部との交信みたいなので恐らくは…」

「平文なのか?偽電を使った偽装の可能性は?」

「ありません。この地域では平文の通信しか行われていません」

「うーむ…」

あまりにも酷い状態だが、

英仏の支援があるなら軍事顧問が派遣されていて何か仕掛けているかもしれない…?

 

「面倒くさい!直接確かめる!」

ハンナが軍団本部にすっ飛んでいった。

「お、おい待て!」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「こんにちはー」

「な、何だお前は!?」

移動中の軍団司令部の目前に、

宝珠と補助具を付け、軍服と思わしき服を着て小銃を背負った黒髪の少女が前方を塞ぐように降り立った。

「おじさんたち。ここで何してるの?」

「お前が一体何なんだ!」

司令部の面々は一斉に小銃を向ける。

 

不気味すぎる。

至って普通の少女が普通に話しかけてきているが、その服装は軍人そのもの。

 

普通の成人男性の軍人が相手であればこのような恐怖感は無い。

あまりにも存在が異質すぎて撃って良いのかもわからないのだ。

「ねえ何してるの?」

「来るな!近寄るな!それ以上近づくと撃つぞ!」

「ほんと?撃ってみてよー」

 

さらに近寄ってくる。

 

「う、撃て!すぐ撃て!」

将校は兵に射撃を命じる…が当然通らない。

そこらへんの小銃の一斉射撃が魔導師相手には通らない事すら知らないのだ。

「ねえ、それ本当に銃なの?ちっとも当たらないよ?」

 

今度は同じような風貌の金髪少女と、いかにも軍人という連中が降りてきた。

「この度はうちの上官がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。

お恥ずかしいことに、我が国の国境警備隊が皆様を軍隊だと誤認してしまったのです

改めまして、入国審査を行わせていただきたいと思います。

帝国へようこそ!パスポートかビザはお持ちですか!?」

 

「ふざけるなぁ!」

将校が拳銃を撃つが、やはり効果はない。

「ビザはお持ちではない?

残りの皆様は?ご旅行の目的は?捕虜としてであればビザもパスポートもなく入国できますが」

「やかましい!撃て!」

一斉射撃をするが、一人相手に効果がなかったものが多人数相手に効果があるわけがなかった。

 

―――――――――――――――――――――――――

ここまで射撃の効果がないのに多人数で乗り込んでも

さっきの下っ端連中と違って逃げださない辺り、

この軍団本部の周辺に配置されている連隊は精鋭なのだろうが…

いくら士気と練度があっても時代遅れでは意味がないな。

「面倒だ。将官以外は殺せ」

 

中隊に一斉射撃を命じると、数秒で周辺の敵兵が全滅した。

 

まあ、これだけ荒らし回れば残敵掃討など我々がやる意味もない。

此処から先は歩兵の仕事だ。

「セレブリャコーフ少尉、方面軍本部に"敵軍は組織的抵抗力を喪失"と報告して友軍の状態を確認せよ」

「了解」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「確認しました。第81師団がこちらに向かっており、

他方面の師団も反転、第七航空艦隊と第11魔導戦闘団が先行し国境線に戻っているそうです」

「まあ魔導師と航空艦隊が付いているなら心配する必要はないか」

「我々も残敵掃討を行いますか?」

「歩兵の仕事だ。我々にはまだ出来ることがある。首都だ」

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

同日深夜

ダキア公国 首都ブカレスト郊外上空

 

イヤーなものが見える。

"国民の館"だ。

 

ルーマニアの独裁者が作り上げた"宮殿"だが、ある意味チャウシェスクの墓標。

政権が倒れた後は国会議事堂として使われていたが、

なんでこれがこんな時代にあるんだ?あれ作ったの1980年代だろう。

建築自体が困難だと思うんだが…まあいい。

 

 

 

首尾よく事前に聞いていた兵器工場を発見。

先程は国民の館と煙突がかぶっていたのでまさかとは思ったが流石に違った。

「兵器工場が対空防護されていないというのがにわかには信じられませんが」

「奴ら、自分たちが使わないものは相手も使わないとでも思ってるのかもしれない。

それよりも時代遅れの連中の割にはこんな時間でも工場を動かせてることが驚きだ。

まさか24時間営業しているのか?」

確か工場を24/7で常時運転すると故障が頻発して生産効率が低下するというソ連の5曜日制の教訓があったな。

このまま放置しておけばそのうち効率低下してそういう教訓を生むだろう。

 

「私たちには好機です!敵国首都に奇襲を掛けますか!?」

違法行為を進言するセレブリャコーフ少尉。寝不足か?

戦争の仕方しか教えてなかった…が、士官学校で覚えさせられると思うのだが。

 

「セレブリャコーフ少尉、我々は戦時国際法を無視する野蛮な集団ではない。

市民への無差別爆撃や軍とは無関係の施設を攻撃してはいけない」

まあ、それが文字通り守られるかといえば…

 

「失礼しました!」

「全部隊に徹底させろ。目標は軍需工場のみ、それ以外は誤射も許さん。

避難勧告も出せ。規定通り、国際救難チャンネルでだ」

「しかしそれでは奇襲効果が無くなるのでは」

「人員の退避は出来るだろうが、退避できるのは人員だけ、重要なのは生産設備そのものだ」

人員も纏めて"事故死"させられるとなお良い…いや?ちょっと待てよ。

 

「これだけ弱いと最早、首都攻撃すらあまり意味がない」

ハンナが私の脳内を覗いたのか、思ったことを横取りして口にした。

 

「中佐殿、それはどういう事でしょうか」

ヴァイス中尉が尋ねる。

「いや何、よく考えてみろ。

ダキアの鉄道の貧弱からすれば、あそこで何かしら生産されたとして前線に届くまでに結構な時間がかかる。

そして、そう遠くないうちにこの国は帝国の占領下に置かれるだろう。

その時は工場は無いよりはあったほうが良い。

ただでさえ粗末な工業力を何もゼロにしてやる必要はない」

「では我々はどうしましょうか」

「鉄道だ。鉄道の橋梁、なければ路盤ごとふっ飛ばして、工場向けの送電網を破壊すれば十分」

まさに気づいたことを代弁された。

 

 

 

「目標を変更する。鉄道施設と工場の送電系周辺施設。

セレブリャコーフ少尉、警告を発しろ。規定通り退避を命じると」

「私やる!」

本当についさっきまで真面目に攻撃目標を語っていたハンナが無線機に飛びついた。

 

「…まあルーデル中佐がやるほうが嘘っぽくて奇襲効果が保たれるかもしれないな」

「わーい」

そもそも深夜の鉄道と送電網など、

反撃もなければ防護のしようもない相手にやるなら奇襲効果なんてあってないようなものなのだが。

 

 

 

 

 

「けいこくします」

 

「わたしたちていこくぐんは、これよりぐんじしせつと、てつどうをこうげきします!

わたしたちは、さんじゅっぷんごにこうげきします!」

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

…確かに送信されたはずだが、5分経っても警報の一つもならない。

奴らにとっては一体何だと思われてるんだろうか。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

…30分経過。反応なし。

 

「よし、中隊に分かれて攻撃を開始する。第一中隊は工場周辺の送電施設を攻撃、

それ以外は鉄道路線沿いに飛行し崩れやすそうな所があれば攻撃する」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「これは…どういうことだ」

第81歩兵師団は南東方面軍司令部から"ダキア国境へ戻り敵歩兵師団と交戦せよ"との司令を受け

翌日の朝に国境地帯へ戻ったが

そこにあったのは敵師団ではなく、硝煙の匂いと血の鉄臭さが混じり合った赤い大地。

あちこちに落ちている死体が、そこに師団が存在した事を物語っている。

 

「まさか、601がやったのか?」

「殲滅って…文字通りじゃないか」

 

誰一人として生きていない。死体回収すら行われていない。

つまり、組織として機能する軍隊はこの場に残っていないという事だ。

そして撤退したわけではなさそうだ。敵の司令部テントらしきものがそのまま残っている。

 

『こちら601MB、81InfDiv、聞こえますか』

『こちら81、どうぞ』

『こちらの不手際で敵師団を適切に殲滅できず、敵兵が散り散りに逃げてしまった。

住民に危害を加える前に周辺の村の防衛と逃亡兵の掃討をお願いしたい』

『…了解した』

『感謝する』

 

『601、貴隊はこれからどうするのか』

『こちらは敵首都攻撃を完了した。任務を完了したので帰投する』

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

ダキア開戦より数日後

 

 

 

 

おかしい、何かがおかしい。

英国が手を回し、圧力をかけまくって貿易を妨害しまくり、帝国への物資流入はかなり低下しているはず。

ルーシー連邦も帝国への食料輸出を停止している。

 

まともに貿易できているのはイタリア代わりのイルドアくらいのものだ。

 

だというのに食糧事情の悪化が遅い。

これが一次大戦基準なら既にじゃがいもすら足りなくなってきていてもおかしくない頃だ。

 

当然、ここは前世とは色んな所が微妙に違う異世界だ。

前世のドイツと同じに考えるべきではない。

だがそれでも一般的な市民の食事がK-Brot止まりどころか、

小麦が普通に手に入ってしまうのはいささか違和感がある。

 

遅くとも、もうそろそろKK-Brotが出てきても良い頃だ。

 

 

 

そこで、ふと気になって図書館でここ十数年における帝国の政治と農政情報を確認した。

 

だが調べる前に以前新聞で読んで少し違和感があった名前、それも聞き覚えのある名前を一つ思い出した。

それは 現財務大臣の"ヒャルマル・シャハト"

 

確かナチス党政権下で開戦の数年前まで経済大臣だった男だ。

あまり記憶に無いのだか確かメフォ手形とかに関わっていた気がする。

 

更にもうひとり。"ヴァルター・フンク"

二人揃って前政権から引き継ぎ8年という長期間、

シャハトは財務大臣、フンクは財務副大臣とライヒスバンク総裁を兼任している。

名前は聞いたことが有ったが軍人でもなければ脅威にもならないので、

別に気にすることでもないと思い調べずに居た。

 

そしてその経歴と政策を調べ直した結果、一つの結論に至った。

 

「こいつは、転生者だ」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

用語解説:国民の館

概ね作中の説明通り。

何故か漫画版では"ダキアの兵器工場"として登場したので登場。

あんなクソデカブツが工場とか勘弁してくれ

 

xxxxxxxxxxxxx

 

用語解説:ライヒスバンク

ドイツ帝国の中央銀行のこと。

 

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用語解説:メフォ手形

軍事予算の水増しのために用意された偽装企業"MEFO"が振り出した有価証券。

国債ではなく手形にしておくことで現金の移動を無くし、

インフレを防ぐ(実際には後回しにする)目的で作られた。

"1939年"から償還が開始されたが、償還のための予算は

ユダヤ人資産をいじくり回して最終的に"アーリア化"もとい没収したり、

国外にある分は"償還の無期限延期"したり、ドイツ軍占領地域にある分は回収して無効化した。

 

が、結局はかなりの額を国債よろしくライヒスバンクが抱えることになり

戦争になって有耶無耶に。

(一応終戦まで償還は実施されたがそれでも半分近く残っていた)

 

xxxxxxxxxxxxx

 

用語解説:KK-Brot

原作でもよく出てくるアレがより凶悪になったブツ。

ライ麦パンを、ライ麦の代用品として、ジャガイモを粉にしたものを10%使うパンがK-brot。

ジャガイモ粉の比率がだいたい20%前後になるものがKK-Brotと呼ばれる。

KKK-Brotは流石に聞いたことがない。が、存在したとは思う。

そもそもパンの体をなしているのか分からないけど。

 

そもそもK-brotというのはジャガイモ粉以外を混ぜたものもあったようで、

とうもろこし粉、豆類粉、ルタバガ(カブに似たモノ)粉等も混ぜられていた。

 

 

 

 

 




ダキアって1話6000字くらいでさくっと終わる予定だったのに
地味に思いついた要素を適当にねじ込んだらなんか増えた…?
しかも終盤ぐだぐだで露骨に手抜き。でもここで長々と悩むのもおかしいのでさくっと次に行きましょう。
どうせダキアなんて吹けば飛ぶどころか国ごと消えるような連中ですし
そんなのに時間と思考力割いてもなぁ…
まあ、ここで出来が悪いからと思考停止してエタるよりはマシだ
ずっとずっとマシだ…と自分に言い聞かせつつ…

ちなみにこんな引きですが次回はちょっと時間かかるかもしれません。
かからないかもしれませんが。

ボツ案
ターニャが
「ダキアの敗北までにかかる時間を予測し、正解したものには豪華景品として好きな官給嗜好品を一年分」
という事を言い出し、ルーデルがそれに反応して「7日」と"宣言"

ルーデルは7日間不眠でダキアの戦力を限界まで容赦なく殴りまくり、
ダキア政府は7日目に戦闘停止命令を出し、条件付き降伏。
後にダキア史では"火の7日間"と呼ばれるというネタ

ルーデルがそこまで執着するモノが思いつかずにボツ。
リアル戦中も酒が不足しても牛乳だけは比較的簡単に手に入った模様なので。



次回予告:

「正しいパピエルマルクの押し付け方」
「ディスカウントストア欧州」
「楽しく愉快なお買い物戦略」
「ルーデル中佐、怒りの強制休暇」
おたのしみに!

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