幼女ルーデル戦記   作:com211

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15:ノルデンI

1924年2月20日

 

ダキアが降伏してから一ヶ月、

訓練期間を終えた直後、転線命令が出た。次は北方方面軍。相手は当然、協商連合である。

 

この一ヶ月間は"古い常識を排除し新しい常識を植え付ける"と共に、

ルーデルが直伝の回避理論を徹底的に、実弾を使って教え込んだ。

教官本人曰く、"敵味方の立体的な配置、飛行方向、速度さえ把握してればあとは本能が避けるようになる"らしい。

実際どうなのかは実戦にならない限りは未知数である

 

 

さて、北方の戦況はラインに戦力が分散されて以降はろくな攻撃作戦も組めず、

こちらも延々と塹壕戦を継続していた。

 

「やっと雑魚のカエル野郎とおさらばだ!」

「楽しそうだな」

「的撃ち程度の奴しか居ないからな共和国は」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

同日0900

 

「大隊傾注!」

「既に伝えたとおり、我々601大隊は転属命令が出た。ノルデンで北方方面軍司令部の下に入る。」

この一ヶ月でだいぶまともになったとはいえ、やはり実戦不足の感は否めない。

統率と士気に関して言えば自信を持てる水準になったのだが…

 

「ノルデンまでの移動だが、訓練の延長として長距離行軍を実施し、

ノルデン地域に敵魔導師などが展開していた場合はそのまま交戦する」

 

「少佐、我が隊には長距離機動の経験が無いものが多数おります。

1000kmもの距離を移動して交戦までするというのはいささか危険ではないでしょうか」

 

ヴァイス中尉の意見具申。

 

「確かにもっともな意見だが、先程も言った通りあくまで訓練の延長だ。我々には長距離機動の訓練をする時間は無い。ここで付いてこれないようなら今後大隊の機動に付いてこられない」

 

ハンナが更に説明を入れる。

「大気干渉術式なら大した距離じゃない。他の魔術師なら8時間以上かかるもしれんが、我々にはたかが3時間程度だ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

同日1041

北方ノルデン地方 ハルムスタード上空4000ft

 

 

『こちらノルデンコントロール、ヴァイパー大隊の北西より接近する魔導師1個大隊を捕捉』

「クソッ協商連合め、どれだけ"志願兵"を集めてやがる」

 

1923年12月、魔導師戦力を日に日にすり減らし人的資源の限界が見えてきた協商連合を"延命"させるため

連合王国は表向き参戦をせず、

"協商連合に国外からの志願義勇兵"という名目で魔導師部隊を協商連合に送り込んでおり、

共和国も同様の考えで魔導師を派遣していたのである

 

 

「今日これで何大隊来たんだ」

「もう数えてねえ」

 

大量の"志願兵"投入により一ヶ月で北方戦線の帝国軍魔導戦力も消耗していた。

 

『ヴァイパー大隊へ、悪い知らせだ。敵2個魔導大隊の接近の報告あり。北東10kmの地点』

「2個大隊だと!?」

 

大隊全体が疲弊しているところに合計3個大隊など来られたら耐えられるはずがない。

だが、不幸にもそれだけでは終わらなかった。雲の切れ間に影が見えたのだ。

 

「CP!爆撃機が接近!数20!」

『迎撃機が間に合いそうもない、迎撃は可能か?』

「高度が高すぎる!敵魔導師にまとわりつかれてるうちは無理だ!」

『集積地を爆撃されれば、物資不足で前線が崩壊しかねん』

 

「…了解、帝国に栄光あれ」

『いや待て、おい、それは本当か?』

「CP、どうした?」

『CPよりヴァイパー大隊へ、増援が来た。撤退を許可する』

 

「増援?一体どこにそんな戦力が」

『中央からの派遣だ。コールサインは"アドラー"」

「アドラー?…まさか!?」

 

『喜べ、我らが守護天使様のご帰還だ!』

 

開戦からの2ヶ月間で当時前線に配置されていた敵魔導師を尽く撃墜し、

空を高速で駆け抜けるルーデルの姿に、北方方面軍の中では"銀翼の守護天使"の二つ名がついていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

ハルムスタードより南方10km

 

 

「ノルデンコントロールより入電、敵三個魔導大隊に爆撃機20」

「かなり多いな」

 

「よし、爆撃機は私一人で良い。そのまま最寄りの一個大隊を潰す。残る2個大隊はそっちで仲良くはんぶんこしてろ。但し時間がかかるようなら全部いただくからな」

 

ハンナが早速割当を決めた。

 

ハンナの手にかかればデカいうえに遅く、回避すらままならない爆撃機などというのは"一航過で全滅させられる"程度の存在でしか無い。20機なら60秒持てば良いほうだろう。

あれが相手にいる場合、爆撃機は編隊を組まないほうが良い。

後部機銃の射撃は当たらないか、通らない。彼らが知るはずもないが。

 

「ルーデル中佐!?何言ってるんですか!?相手は大隊ですよ!」

 

ヴァイス中尉が理解できなかったらしい。

そりゃいくらハンナとはいえ実際に見てみないとあの異常な空戦性能は分からん。

目前にして初めて理解できる類のものだ。書類に書いてあったり人から聞いた話で信じられる範囲に無い。

 

「ヴァイス中尉、大丈夫ですよ。ルーデル中佐なら問題ないですって」

流石にセレブリャコーフ少尉は慣れたらしい。

 

「ノルデンコントロールより続報、要撃機を上げるそうです」

「断れ、要撃機のほうが遅い」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

北方方面軍空域司令部 "ノルデンコントロール"

 

「601より入電、"手出し無用"とのこと」

「いくら"天使"でも相手は爆撃機だぞ、高度と速度が足りないのではないか?」

「それが…巡航速度で300、高度は8000を維持しながら接近してきています」

「何?それは小隊ではなく大隊全体でその速度と高度なのか?」

 

彼らはルーデルの飛び方を熟知している。ルーデルだけならむしろ多少遅いくらいだが、

大隊全体が高度8000、巡航速度で300となると魔導師が手を出せる高度と速度ではない。

 

「大隊全体で間違いありません。数50です」

「601の話は噂には聞いていたが、本当に全員がルーデル中佐のように飛んでいたら

協商連合は遠くないうちに魔導師を枯渇させるだろうな…」

 

突然、601を示す光点群から一つが急に加速して突出した

「速度500、高度、1万、1万1000、1万2000…まだ上昇しています!」

「本当にそれは魔導師なのか!?」

「わかりません。故障や誤検知の可能性もありますが、こんな事できるのは…」

「ルーデル中佐か…」

 

「アドラー1、高度1万5000、速度500で敵爆撃機と接触します」

「観測班によく見張らせろ。魔導観測では爆撃機がどうなった分からないからな」

その数十秒後、早速入電があった

 

「観測班からです!」

「早いな」

「敵爆撃機は1航過で全滅!」

「本来は驚くべきなのだろうが…流石にもう慣れてしまったな」

「アドラー1、魔導観測から消失しました!」

「なんだと!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

進行方向前方上方にて、突然連続して爆発が発生した。

 

「な、なんだ!?」

 

ヴァイス中尉が驚いている。

いや、アレを見慣れていないセレブリャコーフ少尉以外の隊員全員が驚いている

 

「ルーデル中佐ですね。敵爆撃機は全滅したようです」

 

双眼鏡を覗き込みながらセレブリャコーフ少尉が観測結果を報告した

 

「あれが…ラインの魔女…」

 

隊員の誰かがそう呟いた

 

『アドラー1からアドラー2、このまま敵魔導大隊に食いつく』

『アドラー2了解』

 

『アドラー1から全隊へ、隊員諸君聞こえるか?

急がないと全部もらうからな。一発も撃てなかった隊員は一ヶ月酒抜きだ』

 

ちなみに601では基本的に禁煙である。呼吸器系に問題を抱えた場合には高高度適性が低下するためだ。

喫煙行為は命令違反なので、最悪銃殺にしている。性能維持のためには軍事上必要なのだ。

 

そもそも選別時点で喫煙者がほぼ弾かれていたのだが。

人事局には「魔導師は禁煙に務めるべきである」という報告書を投げた。

 

 

「だ、そうだ。各中隊は襲撃隊形に移行して高度と速度を上げろ。10000で350だ」

「了解!」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

ほぼ同時刻 連合王国 派遣義勇軍前線司令部

 

「敵1個大隊と交代するように増援が現れました。同じく1個大隊規模…ですが」

「どうした」

「…高度1万、速度350です」

「何?間違いないのか?」

「故障していなければ…」

「例の新型宝珠を装備した大隊だろう。まさかラインよりも前にノルデンに出てくるとはな」

「だが我が方は6500が限界これでは全く手出しができない上、

速力でも追いつけないとなると、戦闘の主導権を握ることすら出来なくなってしまう」

「量産されて広く配備される前に早急に多核宝珠を完成させてくれればいいが…」

 

この新型宝珠ならば敵は、その高度差と速度差によって

"安全な高度から好きなタイミングで攻撃でき、迎撃は困難、追撃は不可能"という圧倒的なアドバンテージを得る

 

これは、仮に他国の魔導師が高度8000が飛べたとして、601大隊を迎撃しようとしても、

魔導観測管制から比例航法による精密な誘導を受けたとして、

ヘッドオン状態では1回のみ攻撃機会が発生するのみであり

進行方向から左右45度の範囲外では迎撃自体が不可能である事を示す。

誘導無しでは恐らく発見することすら出来ない。

 

その上仮に攻撃が当たったとしても選別された魔導師と九七式による防殻が抜けるかといえば…

まあ、そういうことである。

 

これらの要素が重なった結果

 

"前線に敵魔導師がどう配置されていようと敵前を悠々飛び越え、後方の任意の地域に対して攻撃が可能"

 

という状態になる。魔導師の対処には戦闘機は使えなくもないのだが、

やはり魔導師を排除するには魔導師が適しているため、後方にも魔導師を配置する必要が生じてしまう。

 

ちなみに今の所、大気干渉術式は共和国や連合王国側には存在を察知されていない。

新型宝珠の投入と時期が被ったせいでそのように解釈されたのである。

 

 

「開発が間に合わなければ戦闘機で叩くか、爆撃機に魔導師を乗せる必要がある…」

と、その時

 

「エイブル大隊の報告、友軍爆撃機編隊が一瞬で消滅と」

「なんだそれは、編隊が一瞬で消し飛ぶわけ無いだろう、問い直せ」

 

もちろん、普通であればありえない。

爆撃機編隊の機銃攻撃を受けながら襲撃し

編隊機すべてに瞬時に当てるなど何者がなし得ようか。

 

「…エイブル大隊、応答ありません。交戦報告もなかったのですが突然無線が切断されました」

「ど、どういうことだ!?、観測機ではどうなっている」

「観測機からはエイブル大隊の反応が次々消失しています」

「敵魔導師の反応はあるか!?」

「ありません」

「何がどうなっている… 光学観測班を呼び出して状況確認を」

「それが…そちらも繋がりません」

「電波妨害の類か?」

「そういうわけではないはずですが」

 

「敵大隊がベーカー大隊及びチャーリー大隊と接敵、交戦を開始しました」

 

観測機の光点は2大隊と1大隊の交戦を映していたが、連合王国側の宝珠反応だけが一方的に消えていく

 

「高度差がきつすぎるな…。ネームドの魔導反応はあるか?」

「いえ、該当データはありません…ですがこの高速運動は…」

「"ラインの魔女"か?」

「恐らくは」

「…撤収の準備をしておけ。敵魔導師が接近してきたら即時退避だ」

 

連合王国にも"ラインの魔女"の存在は認識されていたものの、

その正体は相変わらず不明で、未だ共和国及び連合王国の魔導照合データベース上には存在しない。

何せ共和国では交戦した部隊が何らかの理由で報告できず、

魔導観測にすらほぼ引っかからずに接近してきて、仮に記録できても

()()()()()()()()()()()()()事が多く、

運良く残っていても残っているのはあまりにも断片的で十分な記録時間が得られないため

 

"記録不能""照合不能"扱いされる。

 

「噂によれば魔女は二人組、姉妹だったな」

「共和国の記録によれば最近は一人でライン戦線に出てくるそうです」

「…この場にいるのも、一人であってほしいものだ」

 

その瞬間、観測機に突如光点が現れた。帝国の、それも多核宝珠反応だ。

 

「敵、直近!」

「どこだ!?」

「高度0、距離…ほぼありません」

 

空気が凍りついた。

 

退避どころか魔導師が観測網を無視し突然出現、

 

建物に張り付いた。

 

 

死んだ。この場にいる誰もがそう思った。

 

彼らにとって一年よりも長く思えた10秒が経過した。

 

「…」

 

 

 

 

誰もしゃべらない。喋れない。喋りようがない。

 

だが攻撃は来ない。

 

 

その凍結した空気を壊すように、何者かがドアを叩いた。

 

「…わ、私が出よう」

 

情報将校が席を立ち、ドアに向かった

 

開ける前に外にいるのが誰なのか確認したいが、

本当に敵魔導師なら攻撃行動に移るかドアを破壊してくるであろうし、

そもそもドアを叩いてくる時点で敵対以外の意志があると見るべきだ。

 

最早確認することすら不要に思え、そのままドアを開けた。

 

そこには…  少女がいた。

 

だがその少女は普通ではなかった。

軍服を着て、飛行補助具と新型と思わしき宝珠を身に着け、

背中には帝国軍の魔導師用制式小銃。

 

見た目からすれば明らかに軍人であるが、少女だという一点がその認識を阻んでいた。

 

「おじさん、ここで何してるの?」

 

ダキアでの生存者がここに居たら、この時点で発狂して失禁していたかもしれない。

 

「き、君は?だれ?」

「私はハンス=ウルリカ・ルーデル中佐!」

「ちゅ、中佐?」

 

少女は名前と階級を名乗った。それも中佐。

 

「き、君はどうしてここに?」

「あのねあのね、双眼鏡を使ってのぞき見してた人を潰したんだけど、

ここものぞき見してるんじゃないかなーって」

 

「えっ」

 

「ちらちら光ってうるさいから、何人か居たけど全員ころしちゃった」

 

「光学観測班をやったのは君か…」

 

「やっぱりおじさんの仲間なの?」

 

「そ、それは」

 

「じゃあ、邪魔だから死んで?」

「なっ!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

『アドラー2からアドラー1、覗き見している奴らが消えたようだが』

 

 

『ああ、ちゃんとドアを開けて中身確認してからふっ飛ばしたぞ』

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

用語解説:比例航法

 

追尾するべき目標の方向を単純に追尾する(単純追尾)のではなく、目標の移動方向を加算した上で追尾する方法。

「追尾者から見て追尾する目標が常に同じ方向に見える」のが理想。

 

高速な目標に対して単純追尾を行うと一度真後ろに付く事になるため、

速力が劣っている場合は絶対に目標と接触できない。

 

だが比例航法ならば速度的に劣っていても(条件にもよるが)一度は目標と接触できる。

ただし交差点での一瞬しか攻撃タイミングがないため、

近接信管付きの術弾でもないと有効な攻撃が当てられないだろう。




次回嘘予告
「敵の潜水艦を発見!」「駄目だ!」
「まじかる☆SSGN」
「頼むから伊400にしてくれ」

なんか地味に不評だった"お買い物帝国"シリーズ、
あと2本くらいやる予定なんですけど、残りはどうしようかちょっと悩み中。

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