幼女ルーデル戦記   作:com211

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今月中書く暇がなさそうなので既に書き上がっている一話分の前半部分だけ先に投下します。
最低限、月一回くらいは投稿していきたいです


7:ラインラントへ

ラインラント

 

ライン川がフランス=ドイツ国境となっているエルザス=ロートリンゲン地方、フランス語で言う所のアルザス=ロレーヌ地方より北方下流。

国境からライン川までの地域をそう呼ぶ。

 

この地域は所謂「ルール工業地帯」を含んでおり、ドイツの工業において中心的な役割を果たす。

 

その辺りは、ドイツであろうと"帝国"であろうと変わらないらしい。

 

 

 

共和国は騎兵主体の機動戦による低地地方奪還に失敗した後、

歩兵を主体にした火力戦に移行、その攻勢正面をこのラインラント方面に定めた。

 

エルザス=ロートリンゲンは国境がライン川そのものであるが

防衛陣地を構築している帝国陸軍の前での渡河を強いられるためにここからの攻勢は不可能に近い。

 

低地地方はブリュッセルやアントワープ、私の知る所の”ベルギー”に相当する地域までの侵攻は難しくないが、

そこから先は湿地が多く道路や鉄道整備が進んでおらず、川幅もかなりあるためライン川を渡るのは困難。

 

となると、残る選択肢はラインラント方面からの攻勢である。

 

 

しかし帝国は共和国よりも早期に動員を完了、防衛陣地を構築して待ち構えていた。

そこに共和国が攻勢を仕掛け、多大な損害を蒙りながらも少しずつ確実に帝国に食い込んでいった。

 

双方が攻勢を諦めているエルザス・ロートリンゲンや、

帝国本土方面への突破が困難ゆえにまともに戦闘が起きない低地地方と異なり、

ラインラント戦線は文字通りの地獄、私と奴がよく知る地獄の塹壕戦そのものと化していた。

 

我々第七戦闘団が低地から引き抜かれてラインラント戦線に配置されたのも

ラインラント地域の戦力増強が目的であることに他ならない。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

9月半ば 夕刻

 

眼下に広がるのは度重なる砲撃により茶色になった大地、その中をうごめく無数の影、

遠くには複雑に張り巡らされた塹壕、飛び交う曳光弾と発砲炎、着弾の閃光。

 

いつか映像で見た一次大戦の景色によく似ている。

 

違うのはそれを上から見下ろし、我々はただの小銃を手に持って戦闘ヘリまがいのことをしていること、

そして適切に運用すれば塹壕など突破できるはずの戦車たちの残骸。

共和国軍の戦車はどことなくルノーB1bisに似ている。大規模塹壕戦の経験など無いはずだが、

あの手の戦車を作れる理由が未だによくわからない。

 

「規程射数終了」

 

「射撃効力を確認。継続せよ」

 

「了解」

 

 

現在、我々第205中隊第三小隊に与えられた任務は敵歩兵部隊の塹壕突破を阻止すること。

 

制空戦闘に不安が残る新兵を三人も引き連れていてはこんな的撃ちレベルの任務しか回ってこない。

もっとも、そんな配慮をしてくれるということは帝国軍全体はともかく、我々の地域では余裕があるということ。

本来なら喜ぶべきことなのだが、とある一人はそう思ってないらしい。

 

「つまらん。敵魔導師も居ない、味方砲兵は魔導師が観測もしてないのに正確に阻止砲撃を撃ち込んでる、

機関銃の配置に不備はない、敵戦車は既に鉄クズ。敵は何がやりたいんだ?」

 

中隊の副隊長殿がぼやく。もはや引き金を引いてすらいない。

 

ちなみに今日の副隊長の任務は第三小隊が魔導師と交戦した場合の殿(しんがり)、時間稼ぎ要員だ

…まあ稼ぎ出す時間は10分もあれば十分すぎるのに"無限"の時間的猶予をいとも簡単に稼いでしまうのだが。

 

ハンナにとってこの手の微妙すぎる対地攻撃任務はもはや作業と変わらず、退屈この上ないらしい。

そのため敵魔導師を捕捉すると真っ先に飛んでいき、30分くらいすると

"つまらん相手だ"などと愚痴りながら帰ってくる。というのがここ二週間くらいのパターンと化している。

 

そして帰還して撃墜数を報告するのだが大抵1か2くらいで、新兵共はそれを本気で信じているらしい。

 

まあいくらハンナがエースだとは言え相手は最低でも小隊規模になり、

少数落としたら敵が撤退するというのが常識の範囲ではある。

 

ただし本当に常識が通用するならばの話だ。

 

実際はどうか?

ハンス=ウルリッヒ・ルーデルがどういう人物か知っていれば言うまでもあるまい。

 

「大方、地上部隊と航空部隊の連携がうまく行っていないのだろう」

かつてのフランス軍のようにな。

 

「この前の低地地方への機動戦は見事なものだったが、同じ国の軍とは到底思えんな」

ハンナは向こう側の塹壕を憐れむような目で見下ろしながら言う。

あの作戦を実施した将校は陸軍だけでなく空軍にも顔が利く人物だったのだろうか。

 

今のところ、あれにド・ルーゴが関わっていたという情報はないが

関わっていないという情報もない。

 

 

 

 

このように時間を持て余し愚痴をこぼす暇があるのは我々第205中隊が属する第七戦闘団ぐらいのもの。

 

基本的に、戦線の数からして魔導師の数が絶対的に足りていないうえ、

共和国の演算宝珠はその特性から訓練が容易ということもあり、数的には優位にある。

当然このラインラントでも帝国は数的な劣位に甘んじる他無い。

 

確かに、帝国の魔導師の練度というのは共和国よりは高い。

だが絶対数の不足を補える状態ではなく、殆どの戦闘団に幼年学校卒の新兵が次々送り込まれてきている。

 

しかし我々第七戦闘団は北方で多大な戦果を上げ、その戦果に対し損害の非常に少なく、全体的な練度も高い。

何せ他の戦闘団では最低でも2割が幼年学校卒の新兵という状況の中においても

第七戦闘団の新兵は私が抱える205の第三小隊の3人だけなのだ。

 

同じ戦闘団に属する第201から209中隊は周囲の戦闘団への増援に回されることも多く、

最早ラインラント戦線を支えているのは第七戦闘団と言っても過言ではない。

 

「うおっ!」

至近で炸裂音。

クルスト伍長に野砲の砲弾が直撃したらしい。砲兵による対空射撃。

榴弾だったからか防げてはいるようだが…

 

「くそっ、あの野砲を潰さないとまともに対地攻撃なんてできん! 攻撃する、付いてこいハラルド!」

「了解!」

クスルト伍長とハラルド伍長は敵砲兵陣地の方に向かって飛んでいく。

 

「両伍長、命令違反だ。我々の任務は敵の突破攻撃を阻止することで野砲攻撃ではない」

「砲兵射撃も立派な突破攻撃です!」

「命令違反だ! 戻ってこい!」

 

低地の頃から幾分熱意と憎悪が先行しているフシはあったが、これは駄目だ。

 

「ダメな犬だ、命令の一つも聞けんとは」

ハンナも同じことを考えていたらしい

――むかし、最高指揮官の命令を拒否していたのは誰だったかなぁ?

 

「ヴィーシャはああいう真似はしないでくれよ? 多分早死にする」

「は、はいっ!」

第三小隊のもう一人の新兵、

ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ伍長はハンナの緊張感のない一言に真面目に答える。

 

その少女は国家的指導者と対面し、その際に言い渡された命令に対して正面からNOを突きつけた経験を持つ

ということは言うべきではないだろうし、そもそも言ったとしても意味不明である。

 

ただまあ、結局総統は命令を撤回したから命令違反ではないのか

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

「ハラルド伍長、クルスト伍長は強制送還とする」

「納得いきません! ルーデル中尉だって中隊長の命令に反することが多々あるではないですか!」

あー、やっぱりアレが原因の一部だったか。

だがアイツの場合は命令に完全に従わせるよりも、ある程度自由に飛ばせたほうがよっぽど役に立つ。

それはシュワルコフ大尉も承知している。

 

「あれは中隊長が認めた範囲での行動だ。そういう立場になりたければ一度後方で頭を冷やしてくるんだな」

「ですが!」

まだ言うかこの駄犬は。抗命で強制送還だけで済むだけマシだというのに、銃殺されたいのか?

だったら…

 

「だったらしばらくルーデル中尉に随伴して飛んで、生き残ったらこの処分を撤回してやろう」

「本当ですか!?」

まあ、仮に死ななくとも、ある程度反省するだろう。

 

「お前たちがアレの本気について行けるならな」

 

 

「ただいまー、あいつら屠ってきたよー」

哨戒とか言って単独出撃していた少女精神化したハンナが戻ってきた。

他の言動に似つかわしくない物騒な言葉が含まれるが。

 

「んー? どうしたの姉様」

あーもうスイッチのオンオフが激しすぎて調子が狂うぞこの爺様。

 

「いや何、こいつらに処分を言い渡していたところだ」

「そうかー」

頭止めてるな、これは。寝ぼけてるといった感じだ。

とりあえず、処分の内容を話すか。

 

「ルーデル中尉」

「んー?」

「次の出撃、この2人を引き連れて飛んでくれ。遠慮はしなくていい」

 

「いいよー、遠慮はいらないんだね?」

 

「そうだ、"遠慮は要らない"」

 

「じゃあ今すぐ出ようかー、二人共ついてきて」

「はい!」

帰還してすぐ出撃。これぞルーデル。因みにいつも通り無断出撃。

処分対象の2人は勇んで中隊本部テントを出ていった

 

まあ今回に関しては事後ではあるが中隊長に話をつけておこう。

そもそも無断出撃に関しても中隊長が明らかに黙認しているから報告する意味もないとは思うが。

 

―――――――――――――――――――――――――

 

僅かながら明かりが見え、目を凝らせば少数の歩兵が寝ずに警戒しているのが見える。

昼間なら聞こえないような遠くから砲撃の音が夜も途絶えずに聞こえ、

視力が良い者なら曳光弾や砲撃の閃光を見ることができる。

それがラインラントという戦場の眠れない、眠らない夜である。

 

魔導師も砲兵も、歩兵も安心して寝ることは平等に許されない。

 

夜間戦闘は砲兵による嫌がらせのような散発的な砲撃、

魔導師による対砲列射撃、その迎撃戦闘、歩兵による夜襲などに分けられる。

魔導師と言えど夜間は余り見えないので対地攻撃の効果も、迎撃の効果も限定的だが。

 

 

「ようこそ夜間飛行へ。新兵共」

ハンナは空に戻るとスイッチを切り替えた。

 

 

「本日の再研修は砲列射撃だ。好きに撃ってこい」

「「了解!」」

威勢のいい返事を聞いて、新兵2人が飛んでいった後に続けた。

 

「ただし、反撃には十分注意しろよ…」

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 




そういえば今更なんですけど、ハンナって警告タグで言う所のオリ主なんでしょうか
一応モチーフありですけど、
人生を通常の形で終了してしまっているために人格の変化が激しいですし…

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