魔女の子たち   作:暗黒わらび

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#1

 鬱蒼とした木々が途切れ、ぽっかりと開けた野原、土を覆う緑は太陽光を浴びて輝く。細い茎のさきで首を揺らしている花々は、小ぶりでも色鮮やかだった。四季に心があるとすればそれは微笑んでおり、風は撫でる者を歓迎して去っていくのだ。

 緑の絨毯の上で、子供が跳ね回っていた。一頭の馬が草花を踏みしめて歩く。まるで妖精(フェアリ)のような無邪気さで、その光景は遠い不思議の国を垣間見てしまった話を思い出させた。

 あの子はすっかりこの土地になじむだろう。老クレイサルは目を細め、考えた。根無し草の放浪者だった記憶はすぐに消えてなくなるに違いない。

 そのスオルは、馬のバルバが下ろした大きな頭の辺りに身を寄せて、やおら手を伸ばして撫でた。お返しに頭を()まれて悲鳴を上げる。

 老人はそれまでいた木陰からひだまりの中へ歩いて行った。口笛を吹くと、馬は即ぐに呼びかけに応じ、髪がぼさぼさの少年が尻餅をついたまま残された。

「いい場所だろう、ここは。俺たちしか知らない」

 バルバの栗毛に包まれた逞しい首筋に触れながら、クレイサルは静かに言った。

 朝、家を出てから斜面を上がり、下がり、マツやスギの林を抜けて、おおよそ道のない道のりを来た。この人里離れた山は、クレイサルとバルバの庭であった。長らく彼らだけで過ごしてきて、これからは少しばかり家族が加わる。

 スオルは辺りを囲む木々の陰、眩しい空と彼方の山脈をぐるりと眺めて、その澄んだ目を老人に向けた。

「ここいらみんな、クレイサルのものなの?」

「だれの土地でもない。だが今は俺らのもんだ」

 謎かけのような返答に小首を傾げたが、じきに忘れてしまった。草むらの間をしっぽの鮮やかな蜥蜴が走っていって、追いかけるのに忙しくなったからだ。

 

 

 

 ふと目が覚めると、辺りはまだ暗かった。煤けた木の梁が薄暗がりのなかにぼんやりと見え、寝返りを打つと、光の球が頼りなげに浮遊していた。魔法の灯りだ。椅子に座る女の姿が、明かりの下にあった。

 流れる時間を刻むようにめくられる、しっとりと重たい紙の音。そのうちに、彼の目は冴えてきた。

「まだ夜よ。起こしてしまった?」

 女はそっと椅子を動かし、枕元に顔を寄せた。一緒についてきた光球を、少年が眩しそうにするので、片手で追いやる。

「なにを読んでるの?」

「これは………魔法使いの本。母さんのね」

 俄然興味が湧いたようすの少年に、彼女は布を掛け直して横にさせた。

「いつか読み方を教えてあげる。お勉強の本だから、読んでもあまり面白いものじゃないよ」

 けれども、期待するように透きとおった瞳が輝いていた。睡魔は彼方にとんでしまったらしい。

「じゃあね、おののけ山のお犬大将の話、してあげよう」

 寝床の中から、口を尖らせた。

「そのはなし知ってるよ。それにねえちゃん、おはなし下手だもん」

「おや、言ってくれるね」

 ひとつ睨まれて、掛け物に頭まで潜った。

 そのまま時が過ぎた。彼は眠ったわけではなく、もう構ってくれないのだろうかと、布から目を覗かせた。

 女は、まだ弟のほうを見ていた。いや、向こうの壁だろうか。それさえも透り抜けて、瞳は遥かを映していた。

「おねえちゃん………?」

「そうだ………こんな話はどうかな」

 浮いていた視線が帰ってきても、不思議な表情は去らなかった。

 悲しそうな、嬉しそうな。そうか、優しいんだ、彼は思った。

「魔王をたおす、女の人のはなし。私のは、ちょっと珍しいのよ。でも、すこし悲しいおはなしになるの」

「かなしいの?」

「ん、男の子には面白くないかもね」

 姉はすこし意地悪そうに言った。

 返答は真摯なものだった。

「ききたい。聞く」

 

 

 

「ある町にね、夫婦がいました」

 それは物語によくあるように、ある、で始まった。そしてそれは、それまでよく聞かされた英雄譚ではなかった。

「男は、時計職人でした。女は、魔法使いでした。二人は概ね仲良しでしたが、喧嘩することもたびたびでした………」

「ねえ、トケイショクニってなに?」

 すかさず入れられた質問に言葉をつまらせて、姉は苦笑した。

「ここだと、時間は影の具合ではかるよね。でも大きな町になると、時間が窮屈になって、細かい時間が大事になるの。職人はだから、秒まで示す精密な……ええと、とても細かい機械を作るの」

 ほとんど了解できたところはなかったが、黙っていることにした。彼は広大な森を思うままに駆け回って育った子供だった。

 物語りは続く。

「二人は、大きな町に住んでいたのです。沢山の人がいました。才能のある人や、名声のある人、なにより誇り高かったのでしょう、多くの人が戦いに出ました。夫婦は、男は手先の器用な人だけど、剣のような重いものを持って走るような体力はありませんでした。女のほうが、いろいろな魔法の使える、戦いに欲しい人でした。女は行きたくなかったのですが、共に戦ってくれるのを待っている人達がいました。だから、子供を男に任せて、旅立ちました。本当はお腹にも子供がいたのだけど、そのときは知りませんでした」

 光球は相変わらず所在無げに浮いていた。それが位置を移すたびに、顔に落ちる陰影も揺らめく。

「女が決意したのも、もう戦のおわり頃でした。彼女はそれまで、逃げていたのです。それを悪く言う人もいました。でも結局、女は英雄と称えられました。妖精族に味方していて、いちばんに恐れられていたマモノを、女は封印してみせたのです」

 考えながら喋っているせいか、語りは訥々としていた。

「それで、どうなったの?」

「……戦場から生還した女は、すぐには家族のもとへ帰れませんでした。一年たって赤ん坊を抱いて帰ってみると、待っていたのは両親から捨てられたと思い込んだ子供だけだった。男は女が旅立った後、新たな徴兵で戦場に駆り出されていたの。そして、帰ってこなかった」

「…かわいそう」

「そうね。生き残ったことを恨んだかもしれない。でもふたりの子供がいて、王様からのお誘いもあったのだけど、女は子供たちと一緒に暮らしたかったので、ずっとただの魔法使いでいたの。小さな家、三人だけで、庭に花を、育てながら…………」

「それで、しあわせに暮らしたんだね」

 彼女は静かに微笑んだ。

 短い命令の言葉が放たれると、光がはじけて消えた。

 戻ってきた暗闇のむこうから声が届く。

「おやすみ。また明日ね、スオル」




良かったら続きも。よろしくおねがいします。
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