魔女の子たち   作:暗黒わらび

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#5

 

「こんな小さな子を連れて行くの? 魔物の情報もあるのに」

「騎士見習いなら演習を始めている年頃だろ。いいとこのおぼっちゃんとかとは違って、こういうとこでは早熟なモンさ。なんだって、魔物が出た?」

 昔話だと、勇敢な騎士は男で、わるい魔法使いだの巨人だのから助け出されるのは姫、女の人だ。子供は大人がしてくれるそういった話が大好きで、スオルも例外ではない。だから騎士は男、という先入観があったのだが。

 兜を小脇に抱えたその女性は、全身鎧(フルプレート)で平然と振る舞い、大型の肉食動物に通じる迫力があった。幸いなことに気難しい性格ではなさそうだが、満面の笑みで片手にのせた林檎を握り潰したりしそうだ、と思った。そんな彼女からすれば、スオルなどは確かに子だぬきかその程度かもしれない。

「リカードがさっき帰ってきてね」

「それは知ってる。少年、おまえも魔物に遭ったのか?」

「ちょうど話してるときに、上をばーっと飛んでったよ。リカードって、迷子のお兄さんのこと?」

「そうそう。ああ、俺はフォスっていうのよ。よろしく」

 女騎士はなにやら物申したい顔をしたが、リティスと名乗った。そして腰をかがめ、スオルの顔を覗き込むようにして訊ねる。

「村長夫妻に尋ねてみたのだけど、ばけ物鳥はずっと昔からいると、そのくらいしか分からないの。スオル君、何か知ってる?」

 ラスラルを越す高さから声をかけられるのと、屈んで話しかけられるのとどちらが良いかは難問である。スオルは子ども扱いには頓着せず、後ろ手に指を組んで滔々と並べたてた。

「うーん、とても大きいよ、普通の家くらい。大抵、『先人の上り坂』より向こう……ここから東へ二日くらい歩いたところを飛んでる。鳴き声は、聞いたことない。仲間がいたこともない。狩をしているようすもないし。案外草食なのかも。あ、足はいっぱいあるんだよ、木の根みたいな」

 スオルにとって森の「同居者」たちについて詳しいのは隣人の氏名を覚えているのと同じくらい当然のことだ。好物に、棲み処に、力関係といった。彼らとは同じ空間を分かち合う関係なのだから。

 それなのにあの怪鳥ときたら、わからない。生活しているという事実が、他生物との関係が、見えない。それが異質で、魔であるのは、スオルも知っていた。

 怪鳥のことを思い煩うのは、空が落ちてくるのではと心配するようなものだ。一昨日も大丈夫だったし、昨日も大丈夫だった、父の父の父の代から大丈夫だったのだから、明日も空は天井に架かってるし、怪鳥は遠くにいるだけ。今回擦れ違うほど接近したのはびっくりしたが、結局なんともなかったのだから。

 そのようなので、騎士たちの多くは怪鳥に対する危機意識を地元民と共有することができなかった。特に騎士リティスは魔物について真剣に検討しようとして、ほかの二人が能天気だったので――騎士フォスを含めてだ――ずいぶんと心労を溜めてしまったようだった。

 

 

 

 森の中にぼつんと馬車があった。その周りで作業していた男たちは、騎士の登場に驚いた。なかでもラスラルは騎士の馬に同乗したスオルに手を振られてもっとびっくりした。

「面白そうなことしてるねー」

「むしろこっちの台詞だろ。俺達はただ、車を直しててさ」

 騎士の一人が馬車の持ち主は誰かと問うた。下馬して話しかけてもらったのに、小市民なラスラルは顔も上げられない。あっち、と指した方へ移動する後姿を、彼は口開いたまま眺めた。その隣にスオルが並ぶ。

「すげーなあ。誰?」

「騎士だってー」

「へーそうかー。すごいんだなあ」

 うすぼんやりした会話の他方で、馬車の周囲はやや騒然としていた。蒼い鎧たちの中でひとり黒い鎧の偉丈夫に相対するのは、痩せぎすの商人だ。彼も周りに負けないくらい慌てている。

 馬車は一頭立てで狭い森を行く対策はなされているのだろう。それでも道のりは楽なものではなかったはずだ。その道というのも、スオルの記憶ではあまり使われていない街道で、ほとんど森に呑まれていた。確かに山賊などの被害はないが、それは通行量が(すく)ないことの裏返しである。いったいぜんたいこの商人は何を急いでいたのか。

「村にあのおっさんが来てさ、馬車を直してくれっていうんで、ぞろっと付いてったんだよ」

「ラスラル、直せるの?」

「いや、持ち上げてただけ」

 この場には村の若衆の半分近くが集まっているが、その中で修繕技術を持つのは鍛冶屋のシーダだけである。村の暮らしは少々、退屈しやすいのだ。

 商人は特徴的な布の多い服装で、騎士たちと合わせてそこだけ異国のようだった。とくに身振り手振りの激しい商人はますます珍妙に思えた。

 遠巻きに観察していると、呼ばれた気がしてスオルはきょろきょろした。

「どうしたよ」

「誰か、呼んでた?」

「うん? そんなことないと思うけど」

 自分が呼ばれたのはまちがいない、と思った。けれども呼んだ声も言葉も記憶になく、とつぜん名指しされた、水を浴びたような気分だけが残った。

 きょろきょろしていて真っ黒い毛玉と目が合う。すぐにそれが生きた存在でないことが知れた。といっても死んでいるというわけではない。生き物とは違うと感じるだけだ。それらは、生き物として与えられる始まりと終わりを持たない。そういう存在なのだとイーシアが教えてくれた。スオルはかれらが発する独特の雰囲気をすぐに覚えて、岩陰や崖の下、姉が言うよりももっとたくさん、影のようにうずくまっているのを知っている。

 それらは身を隠しているというより、影そのものだった。森、川、洞窟含めて、人間が生活する場なら影は普通だった。近寄れない、気付かない、そんな場所にかれらはいた。

 その毛玉は影よりもくっきりしているし、足下に沢山人がいる木の枝に乗っていたが、生きていない雰囲気は持っていた。フーッと膨らんでひょいと姿を消した様子は、まるで猫のようだったが。

 重たい布がはためくような音がして、日が急に陰った。おそらくはあの怪鳥も、同じ類だろう。二十本足に続き新たな発見である。なにかを観察するには、やはり十分近寄ることが大事なようだとスオルは思った。

 

 

 

 騎士隊が一斉に得物を抜いた。充分な訓練を受けた、洗練された動き。剣に戦棍(メイス)に弓に槍、種類に富んだ武器が、空を覆う巨影をねらう。知った姿でありながら、滞空し、初めてこちらに意識を向けた怪鳥は、おそろしく威圧的だった。

「う、うわ、わっ」

 ラスラルは手足を振り回して後退った。かろうじて側にいるスオルの存在が、小鹿のようにがくつく足を支えた。普段彼以上に胆の据わっている少年は、どうしたことか何の行動も起こしていなかった。

 それまで一度も顔を出したことのなかった勇気と責任感がラスラルの体躯(からだ)に芯を入れた。彼は神妙なスオルを横抱きにして脱兎のごとく駆けた。倒木を越え、小川を跳び越し、泥を蹴散らして。火事場のなんとやら。

「だいじょうぶ? もう降ろしていいんじゃないかな」

 ラスラルはようやく止まることができた。呆れるほど呑気な声に脱力して、緩やかな斜面を転がり落ちた。放り出されたスオルはすぐに起き上がって、羊歯の茂みに沈んだ友人に近寄った。

「すごかったねー。かっこ良かったよ」

「み、水……」

「うんうん」

 スオルは腰紐から水筒を外して、震える手に持たせてやった。

「一体なんだったんだ」

「さあ。でも、害意がある感じじゃなかったよ」

「どーしてわかるよ。それも魔法使いの家系ってやつ? それはそうと、棒立ちだったじゃん、お前」

 まったくそのとおり、何をやっていたのだろうと、スオルは首をひねった。

「慌てすぎて、慌てるのをうっかり」

「なんだそりゃ」

 ラスラルはからからと笑った。

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