リールベルトに成り代わった男の物語   作:冷やかし中華

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成り代わって10日目

 メンチの顔が赤いのは、きっとニギリズシ食することを自ら招いた結果だろう。つまり見た目は完全にニギリズシ、しかしその味は………という劇物を口にしたからにほかならない。ちなみに、その爆弾ニギリズシを持っていったイルミは「そんなに辛いのかな? リールベルト、俺にも作ってよ」と言ってきたので、ご所望通りの品を用意してやったのだが、それについてイルミから貰った感想は「これで辛いとか、美食ハンター失格なんじゃないの?」とケロッとした顔で言い切られたのだった。正直、俺から言わせれば、「いやいやいや、その感想はおかしい」となり、控えめに言ってもメンチの取ったリアクションの方が正しいと思うのだが、そういえばイルミやキルアの生い立ちが暗殺一家のサラブレットであることを鑑みれば、たしかにその通りなのかもしれない。ちなみにヒソカも食わせてやった。メンチほどのリアクションは取らなかったが、暫く固まっていたところを見るに、どうやら多少は効果があるようだと結論付ける。俺? 食べるわけがない。毒を毒と分かっていて食らうなど、それを回避できない状況に追い込まれたときだけで十分だ。

 

 そして、メンチが爆弾ニギリズシによって負ったダメージから回復しきった後に漏らした一言によって俺たち全員の不合格が決定した。

 

「お腹の調子が悪くなったから試験はこれまでよ。合格者は、ゼロ!!」

 

 隣で何かが罅割れるような『ピキッ』という音が聞こえた気がするが、それについては無視する。周囲の空気が歪むような錯覚を覚えつつも、それに当てられそうになった他の受験生連中が俺たちとも距離を取り、やがてブタラ?ほどではないが、デブな将来ハゲそうな男が一人、料理台の一部を叩き壊しながら試験官にキレる。まぁ、納得いかないのは分かるし、今の段階だからこそ言えるようになったが、明らかに審査の選考基準がおかしい(審査員に「おいしい」と言わせるなんていう時点で、お察しである)という落ち度には全く無視を決め込むというのも変な話である。義務と権利を履き違えているとしか思えないが、この場では審査員の決定が『絶対』なので、あえて口を挟まない。やがて大声を上げて向かっていった男は、メンチの後ろに控えていたブタラ?の張り手が一閃して場外まで飛ばされていった。死んだ?

 

「ブハラ、余計なマネしないでよ」

「だってさ―――俺が手ェ出さなきゃメンチ、アイツを殺ってたろ?」

 

 あ、ブタじゃなくて、ブハだった。すまん。あまりにも共食いのイメージが強くて素でブハラという名前をブタラと間違えていたようだ。「すまない。名前を間違って覚えていて本当にすまない」と心中で詫びる。しかし殺さずとも、あんな有象無象くらい制するだけのチカラを持ちながら、それでも敢えて「気に入らない」という程度の理由で殺しに行こうとするあたり、ハンターというのは本当に誉れ高き職業なのだろうかという疑問を覚える。まぁ、ヒソカやイルミなんていう物騒な連中まで、その資格を取得しようとしているのだし、そんなものなのかもしれない。

 

 二進(にっち)三進(さっち)もいかなくなったところで、結局のところ自分たちの不合格というのが覆らないとしても、このまま審査員の指示なしではどうしたら良いのか分からないのが俺たちの置かれた立場だ。仮に、このまま自由解散の流れだったとしても、せめて最寄の空港には如何進んだら辿り着けるのかくらいの段取りはしてほしいと思いながら、この気まずい空気が辺りを支配しかけたところで上空遥か高くから大音量のアナウンスが響くことになった。

 

<それにしても、合格者ゼロはちと厳しすぎやせんか>

 

 そのアナウンスに釣られるようにして室内にいたほぼ全員が外に出ると、そこにはハンター協会のマークを貼り付けた飛行船が浮かんでいた。やがて、その飛行船の扉が開いたかと思うと一人の人間がこちらに向かって落ちてくる。

 

『親方、空から爺さんが!』

『放っておきなぁ!!』

『『ひでぇ……』』

 

 そんな何処かで聞いたようなフレーズのネタが脳内を駆け巡るが、まぁ、それは良いだろう。その空か降ってきた爺さんことハンター協会の会長を務めているアイザック=ネテロによりメンチは説得され、ブハラの行った一次審査に合格した者のみによる二次審査、クモワシのタマゴ取りが執り行われることになった。

 

「リールベルトは、その身体でどうやってタマゴ取るつもり?」

 

 おそらく、嫌味でも何でもなく純粋な疑問を持って聞いてきたのだろうイルミに対し、俺は気兼ねなく答えた「ギタラクルには、さっきニギリズシ作ってやったろ? だから、ここはギブ アンド テイクといこうじゃないか?」と。すると僅かに目を見開いたイルミは、注意深く見ても分かるか分からないか程度に口角を上げながら「俺をアゴで使おうなんて良い性格してるよね。本当なら、有料って言いたいところだけど……ま、いいか」そういってイルミは谷底へ飛び降り、俺の分のクモワシのタマゴもゲットしてきてくれたのだった。もちろん審査員から睨まれた様な気がしないでもないが、それはそれ、こういう人脈?を駆使した試験突破も醍醐味みたいなものだろうと勝手に解釈して無視することにした。本当に己一人の力で切り抜けさせたかったら、完全個室の中で、かつ試験内容はペーパーテストで縛るくらいするべきである。

 

 その後は、今回の試験を諦めた連中からナンバープレートを適当に掠め取って懐に忍ばせて俺は、このハンター試験二次試験を突破した。最初はヒソカを頼るつもりだったけど、また新しい保護者(笑)を得られたようで何だかんだいっても大変充実した二次試験だったなと一人ごちたのだった。

 

(むしろ、すべて(カネ)で解決できる淡白な関係だけに信頼はしやすいしな……また、困ったら助けてもらおう)

 

 ――第287期ハンター試験 第二次試験(料理で審査員を満足させろ)通過者:43名

 

 

 * * *

 

 

 さて、そのまま俺たち二次試験の通過者はハンター協会の会長が乗ってきた飛行船に案内されて現在は空中遊泳中である。ハンター試験は、とりあえず今日実施予定分は全て終了とのことで、三次試験は明日の朝8時。それまでは自由時間とのこと。

 

「飛行船内の部屋は基本的に何処を使用しても良いのですか?」

「スタッフオンリーと張り紙されている場所以外は何処を使って休んでくれても良いぞよ」

「わかりました」

 

 審査員トップの発言を受けて俺は内心でガッツポーズを取りつつ、散会の合図が出されたので適当に車椅子を操作して空き部屋を見つけて中へ入った。鍵は……掛けられない、だと!?

 

(もともと客船という扱いではないからか? それとも偶々か? まぁ、今更言っても詮無いことか……)

 

 そう呟いて俺は車椅子から降りた。誰の目にも触れないのであれば別に何時までも乗っている必要も無いからだ。ただし、扉の鍵が掛けられない以上、外側には最新の注意を払わなくちゃいけないし、そうでなくとも、ありえないとは思うが他者の "円" にも注意しなくてはならない。 "円" の使い手のレベルにも依るが、おそらく平時からオーラを込めて乗っているこの電動車椅子には、俺が離れても暫くはオーラが残留しているはずだから、傍に立っている人間と空いている車椅子という関係性から、()()()()()()()()()()()()()ということに気付かれる可能性もある。そして気付かれては、この『鬼札』の意味が無くなってしまうからだ。ゆえに、俺が立っている姿を記憶に残すものは『殺す』。実は「立てるのではないか?」という疑義を抱かせるくらいは仕方が無いが、実際に立って闊達に活動するところを見られるわけには行かないのだ。

 

 とはいえ立っている時間は、そう長くない。自身の不完全ではあるが断絶した神経の再生は叶わずとも、日ごろから鍛えることで人間は下半身不随から念能力など用いずとも回復した事例も確かに存在するがゆえに。だから俺はイメージする。もうページが擦り切れるほど読み込んだ人間の身体構造を図解した資料の内容を、それに己の中に存在する『知識』と『経験』を引き出し、総動員するつもりで鍛錬し続ける。

 

「ちっ………ヒソカ、か?」

 

 俺は適当に加減した "陰" と "円" で周囲5m程度の様子を探りながら下肢の鍛錬を繰り返し、近づいてくる気配に舌打ちを一つして下半身が動けないように振舞う。もちろん俺は『念能力』による補助もあるので、今ではスイッチを落とすように意識すれば、本当に下半身不随に戻る。隣り合う系統が操作系で良かったと思う瞬間である。

 

「こんなところにいたのかい♠」

「入室するならノックくらいしたらどうだ?」

 

 俺は引き戸式の扉を音を立てながら開いた予想通りの人物に悪態を吐くようにして、()()()()()()()()()()下肢に血流を流すようにして身体を動かしながら、その人物に声を掛けた。

 

「おっと、忘れていたよ♦」

「嘘ばっかり」

「♣」

 

 俺の言葉にニヤっと笑みを浮かべて「手伝おうか♥」と言ってきた男に対し、俺は「結構だ。お前に人助けの才能は無いだろ。あるのは "壊す" ことに特化した方向性だろうに」と答えるとヒソカは何も言わずに喉を鳴らしながら「助けがほしかったら何時でも言ってくれよ、キミが()()()()()()()()のはボク自身の望みでもあるんだ♠」と口にする。

 

「それは、いずれ俺と全力で殺しあうためにと考えていいのか?」

「もちろん♥」

 

 俺の既に確証を得ていながら、折角なので本人の口から答えを聞いておきたいと質問を投げかければ即答される。まったく、本当に面倒くさいやつだと俺は嘆息した。

 

「ところで、ボクに『壊す』才能しかないっていうのは、どういう意味だい♣」

「そのままだろ……」

 

 そう答えるとヒソカは俺が質問に答えなかったことに珍しく不満気な表情をしたが、おれはそれも無視することにした。やがて「ま、いいか♦ 気が向いたら、今度、その詳細を教えてくれよ♠」と言い遺して部屋から去っていった。

 

「……今日は、やけにあっさりと引き下がったな。今日は気分じゃなかったとか、か?

 まぁ、それに助かったのは間違いないが……どうにもやる気を削がれたな。今日は、ここまでにしよう」

 

 そう呟きながら、俺は周囲に意識を払いながらもスイッチを入れると備え付けのタオルなどを拝借し、一日の汗を拭うのだった。

 

 ヒソカに言い掛けたこと、それは――人間は須らく2系統2属性に分類されるということ。系統とは『創る』と『探す』、属性とは『使う』と『壊す』だ。それ以外は「ない」らしい。

 

 ヒソカは常に新しい玩具を『探し』ている。そして見つけた玩具、あるいは玩具の候補を見つけると刈りいれる日が来る、その瞬間まで只管息を潜めて待ち、その機が訪れた瞬間を見計らって『壊す(狩る)』。本当に良い趣味をしていると思う、そして俺はそんな変態(モノ)に目を付けられてしまった自分を嘆くように大きなため息を吐くのだった。


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