リールベルトに成り代わった男の物語   作:冷やかし中華

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成り代わって15日目

 ――時折、冷徹になりきれない自分が嫌になる。これが『俺』本来の性なのか、それとも、この身体の持ち主だった者の名残なのか、それは分からない。一度、やると決めておきながら、何故、あのような甘い裁定を下すのか。それが自分自身でも理解できなかった。

 

 

 * * *

 

 

 ぼんやりとした頭で先ほど43番のプレートを持つ車椅子に乗っていた男から与えられた情報について考える。ある日、突然、流星街から使わされてきたという『賊』によって私たちの一族(クルタ族)が虐殺されたのは自業自得の結果だったという趣向の言葉を告げられたことで思考に空白が生まれ、意図せずに慟哭の様な叫び声を上げてしまった。その私が上げてしまった叫び声に、ここに至るまでに共に過ごすことの多かった仲間たち(ゴン・キルア・レオリオ)が駆けつけてくれ、第4次試験が始まる直前まで傍にいてくれたものの、時間が経つにつれ様々な思考が綯い交ぜになったことで、余計に自分が何をしているのか、何をしていたのか、それすらも分からなくなりつつあることだけは自覚できた。

 

 ――なんて、無様。そう自嘲することしか出来なかった。

 

「404番の方! スタート時間ですよ!!」

 

 ナビゲーターの少し強めに発せられた声にハッと我に返って自分がスタートする番だと気付いた。後には、自分よりも遅く第3次試験をクリアしたと判定されたレオリオと、今しがたスタートを急かされた私自身しか受験生は残っていなかった。

 

「おい、大丈夫か? まだ、どこか調子悪いんじゃないのか?」

 

 そう此方を気遣うように声を掛けてくるレオリオに対し軽く首を振って「私は大丈夫だ。少し考え事に没頭していたようだ、すまないな」と言葉を返して私は下船し、辺りを警戒しながら森の奥へ進んでいく。もう試験は始まっているのだ。このままではダメだと分かっていても、どうしても思考が纏まらない。これまでは唯只管に優しかった両親、お世話になった親戚、厳しいが暖かく自分を見守ってくれていたであろう長老(ジイサマ)、そして無二の親友(パイロ)、他にも多くいた同胞たち。それらの仇である幻影旅団を討ち、無念のうちに世に散らばることになった同胞たちの眼を欲に塗れた畜生にも劣る奴ら(人体収集家)の手から取り戻すことだけに心血を注いで生きてきた。

 

 その為に、集落で静かに暮らしていたとき以上に勉強に身を費やした。必要なことだと自分に言い聞かせて厳しい戦闘訓練の手ほどきも受けた。齢12,3でしかなった何処の誰とも知れぬ流浪の子でしかなかった自分に親切に接してくれた人々にも助けられて、直接、私の引き受けてとなって面倒を見てくれた女性(ひと)以外には誰にも打ち明けることの出来ない己の秘密を抱えたまま、いずれ果たすと誓った目標に向かい一心不乱になって過ごしてきた4年間。今でも瞳を閉じれば、うち捨てられた同胞の、抉られた後に残った彼らの暗い瞳が『無念だ……』と語りかけてくる幻聴が聞こえ、眠れば悪夢となって私自身を苛み、それに酷く魘されて飛び起きるような日々だった。

 

 そんな全てを失って途方に暮れるしかなかった私を温かく包み、親身になって献身的に手を焼いてくれた女性(ひと)の言葉が、ふと脳裏を過ぎった。

 

「クラピカ。どんなに辛くても、苦しくても、抑え切れないほどの怒りだけが残ったとしても、ここに眠ることを余儀なくされた同胞たちを理由にして『復讐』することにだけは走っちゃダメよ」

 

 そう諭されて、感情を剥き出しにして「何故だ!!」と声を大にして叫んだことがある。多感だった年少時代に突然全てを奪われて天涯孤独となった私を最優先にして面倒を見てくれたアマチュアのハンターでもあった彼女。そんな彼女が、何故『復讐に走ることがダメなのか』を今以上に精神的に未熟だった私に丁寧に、普段以上に親身になって説明してくれた気もするが、その内容が全く思い出せなかった。もちろん他ならぬ私自身が、私の抱えることになった苦しみや悲しみ、そして煮えたぎる怒りのことなど完全には理解できるはずもない他人からの言葉(キレイごと)など受け入れて堪るものかと聞く耳を持たなかったというのも理由の1つだろうが、あの時、彼女は何と言っていただろうか。思い出せない。――えっと、なんだっけ?

 

「お願い、クラピカ。これだけは聞いておいて。『復讐』という行為はね―――――」

 

 思い出せない。思い出せないよ、シーラ。キミは一体、何を自分に伝えようとしてくれたんだ?

 

クルタ族虐殺(あの事件)は、シーラには何の関係もないからな。だから、そんな勝手なことが言えるのだよ!」

 

 私のことを第一に考えて常に親身になって接してくれた彼女(シーラ)に対して返した言葉だけが思い出せた。その言葉に彼女は僅かに瞠目したが、やがて首をゆるりと振ってから哀しそうな表情をしていった「………そうね」と。それから彼女には逢っていない。そんなことがあったからか、暫くして私は一人で荷物を纏めて、ずっと世話になっていた場所を自ら捨てて飛び出してしまったのだから。今年のハンター試験を受けることを決めたのは、それから少ししてからのことだった。

 

「なんだ。もう試験は始まっているというのに随分と余裕そうじゃないか?」

 

 また周囲に気を配らずに物思いに耽っていた時に、余りにも聞き覚えのある声が背後から聞こえてきて私は振り返る。その声のした方、向けた視線の先に私がターゲットだと船上で告げてきた車椅子の男の姿があった。

 

「なんだ、その腑抜けた面は。隙だらけにも程があるだろ。さすがに()()キミ程度じゃ、俺には叶わないと本能が理解していたとしても抵抗の兆しはあると踏んでいたんだが……少し見ない間に随分と萎れたな?

 『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは言ったものだが、これは何というか悪い意味で拍子抜けだな」

 

 眼前に佇む男が発する雑音が耳に入ってくる。

 

「そんなことで本当に一族郎党を虐殺されたことへの『復讐』とやらが成し遂げられるとでも思っていたのか?

 まぁ、とはいえ、だ。どんな理由であろうと俺としては未来(さき)の無い道を邁進されるよりは、たとえ今のように腑抜けていたとしても、まだ好ましいけどな」

 

 その言葉に再び己の中の絶対に譲らないと決めていたはずの何かが刺激されて視界が赤く染まっていく。気付けば私は手荷物から愛用となった双剣(ぼくとう)を取り出し、自身の障害として立ちはだかる男に対して飛び掛っていた。

 

 ――ガッ

 

 けれど、男は、その場から椅子に座したまま一歩たりとも動くことなく振るった武器を素手で受け止めると、そのまま反動を利用するようにして私を投げ飛ばした。

 

「ふむ。己を失っていても、やはりその『才能』は本物か。本当に惜しいな。だけど、キミが『復讐』を諦めることができないなら、残念だけどコレは貰っておく。まぁ、それで今期の試験でハンターになるチャンスが潰えるわけではないし、来年度以降にも挑戦できるのだから落ちたところで気を落とすな。今回は運が無かったと思って諦めろよ、お疲れさん」

 

 私が体勢を立て直すと同時に鞄を投げ渡され、続く挑発とも取れる言葉に苛立ちを隠せずにいると男の手に持っている自分のプレートが見えた。

 

 ――何時の間に!?

 

 そう思うと同時に「返せ!!」と叫んでいた。

 

「いや、それは無理だな。なんたって()()は俺に必要なものだ。まぁ、そうでなかったとしても彼我の実力差はキミ自身が一番痛感しているはずだろ?」

 

 その言葉に「ふざけるな!!」と憤りたくなる感情がある半面で、「その通りだ……」と納得してしまう自分がいることに歯噛みする。先の船上であった一件で、自分の一番触れて欲しくない部分に手を伸ばされ、思わず周りの目を気にも留めずに掴みかかってしまった時に感じた悪寒。アレの正体が何なのかは不明なままだが、少なくとも()()私には使えずに、43番には使える秘密(ナニカ)があるのは間違いない。それが私の持つ特徴(緋の眼)のような生まれ持ったものなのか、それとも方法さえ掴めれば私でも身に付けられるようなものなのかは分からないが、確実に分かっている情報としてあるのは『現時点で私に勝ち目などない』ということくらいだった。

 

 けれど、だからといって諦めるわけには行かない。43番から一方的に与えられた情報の真偽など今は確かめようが無い。確かめたくも無い。確かめたところで情報(それ)が真実とは限らないし、たとえ真実だっとしても私は、私から全てを奪った奴らを赦す事は出来ないし、そもそも赦すつもりもない。私の中に確かに息づく幻影旅団(クモ)への憎悪を忘れることなど出来るはずも無いからだ。――そう考えればこそ、落ち着きを取り戻しかけていた視界の色が再び赤く染まり、私を43番へと駆り立てた。

 

 ――ぴき

 

「くっ、ぁ………」

 

 だが、それを軽く往なされ、その最中に急所(こめかみ)を軽く触れられただけのはずが、地面を転がされたところから身体の自由が全くと言っていいほど利かなくなっていたのが分かった。一体、私は何をされたのか。――毒か?

 

「本来であれば一度決めた以上、こういう中途半端な対応はすべきではないと思う。恨まれても構わないという覚悟で四肢をへし折ってでも脱落させた方が確実だからね。でも、その見惚れるほどの才能が稀有なものであることも理解している。だからチャンスをあげよう。もし、万が一にもキミが()()()()から脱することが出来、かつ、自身のプレートを奪われたという不利を補って、尚、この試験を突破できるような星の下にあるのだとしたら……そのときは俺の完敗だろう。未来(さき)の無いものに固執する若人を止めるのは大人の役目ではあるという自負はあるが、とはいえ誰しも譲れないことの1つや2つはあるものだということも十分に理解しているつもりだ。それに、何よりハンターライセンスはキミが『復讐』することを諦めてくれた後でも便利な使い道は数え切れないほどあるからな」

 

 次々と勝手なことを述べていく男に今度こそ「ふざけるな!!」と声を大にして叫びたかった。「貴様に、貴様に私の何が分かる! ある日、突然、拠り所の全てを奪われた私の一体何が!!」と。

 

 けれど、意識はあるのに指の一本たりとも動かせないどころか、口を利く事の自由を奪われるという不可思議を体験させられていることで、それすらも叶わなかった。

 

「それじゃあ、()()()?」

 

 そう最後に言葉を残して43番は私の元から去っていった。その後、私が再び身体の自由を取り戻したのは、トンパと組んでいた受験生(細身の猿使い)の2人にまんまと出し抜かれ、同じように自身のプレートを喪失したというレオリオに倒れている所を発見されて介抱される時まで続いたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 43番の手によって無様に地を転がされて身動き1つ取れない状態だったところから回復して暫く、一息ついたところで私はレオリオに提案していた。「試験の残り期間中、私と組まないか」と。その提案はレオリオによって快諾された。

 

「それで、俺もクラピカも大事なプレートは奪われちまったわけだが、この後はどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも無い。無論、試験は続けるさ。幸い、この試験のポイントは自分のプレートが奪われても期間中であれば奪い返すこともが可能なところだ」

「それはそうだけどよ。俺のはともかく、お前のプレートを持っているのは、あのヒソカと談笑できるほどの化物なんだろ?」

「あぁ。だから43番のことは捨て置く。そちらについては後回しにして、まずはレオリオのプレートを奪った二人組みをどうにかしよう。幸いなことにトンパは私のターゲットでもあるから、私としてもトンパ(ヤツ)には用があったからな」

 

 そういうと「なるほど!」と手を打って頷いたレオリオを見て私も頷く。問題は、この狭くない島で無事に私の獲物(トンパ)を見つけることが出来るのか、ということだが。そういう意味では、43番は、よく私を見つけることが出来たなと疑問が脳裏を掠めた。あの様子だとスタート地点から自分の獲物である私を付け狙っていたという感じはしなかったのだが……それも、あの船上で味わった薄気味悪い気配と何か関係があるのだろうか。そこまで考えたところで「なんにせよ、お互いにマイナスから始まることになっちまったが、何時もの冷静な感じに戻ってくれて良かったぜ。船上にいたときは顔色も悪かったしな」と声を掛けられて私は苦笑いを零した。まだ43番(ヤツ)に言われたことに対する気持ちの整理は完全に着いていないが、それでも他の事に執着しながらクリアできるほど、この試験は甘くないのだと気を引き締めた。

 

 だが、何故、43番が私の恩人でもある彼女(シーラ)と同じ事を言ったのか、それは私とは意味合いが違えども人生の大きな転換には違いないヤツの半身不随(その身体)と何らかの関係があるのか。そういったことも含めて、必ず、この試験を突破して問い質してやろうと私は心に誓ったのだった。




ちなみにクラピカの身体の自由を奪ったのは念能力ではありません。

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