やりやがったあの野郎!
というのも、一次試験の中間地点―つまり、地下道からの出口―が見えたタイミングになって、それはもう愉悦極まる笑みを浮かべてヒソカは俺に言ったのだ「リールベルトが本当に立てないのか見てみよう♦」と。まぁ、何が起こったかを端的に言えば、俺はヒソカによって階下へ向かって突き落されました。マジ、アイツ死ね。そんなんだから前回の試験でも不合格になるんだよ、バカか。
「あぶねえ!!」
「ぎゃああああ………」「ぐぇ………」「ってぇ………」
まさに試験開始前の阿鼻叫喚とは比べ物にならないくらいの地獄絵図である。ヒソカの「ごめん、手が滑った♣」という余りにも白々しい一言が全ての発端である。いやさ、階段を前にして俺を車椅子ごと運ぶのを頼んだら、やけに素直に応じたなとは思っていたんだよ。そう、こんなのヒソカじゃないと薄々感じてたんだ。それが、このオチの布石だったのか、ちくしょう。
ありったけの呪詛を内心で吐き捨てながら、俺は、この身体の
「やれやれ、マジで死ぬかと思った」
「うーん、このオチは想定外♣ 楽しくないね、本当にリールベルトは動けないのかい♠」
「疑り深いやつだな、動けたらいつまでも車椅子生活なんかしてねえよ。それと眺めてねえで早くこの
無理矢理にパイプへ引っ掻けた鞭を手繰って移動し、壁際に手をついて一息。オーラで強化された手で壁に指をめり込ませるようにして固定し、この騒動の現況を睨みつける。だいたい、こんな程度の事で折角の『鬼札』を切るようなヘマはしねえんだよ、こんな子供だましに引っ掛かるのは「じゃあ、試してみよう」と意気揚々と嬉々として殺人(結果として未遂)を衆人環視の場で行おうとする名探偵(笑)に乗せられちゃう犯人だけで十分だ。
ヒソカは暫く俺を観察したまま、やがて飽きたのか「仕方がないなぁ。あとで1,000万Jね♥」とマチみたいなことを言って俺を引き上げた。誰が払うか、ハゲ。お前の
そのまま、受験生?と、ヒソカと試験官、それに人面猿とのコントが終わった後、試験は再開されることになり、詐欺師の塒とも呼ばれるヌメーレ湿原を進むことになったのだった。
「リールベルト、ボクは少し遊んでいくつもりだけど、キミはどうするつもりだい♠」
「巻き添えは勘弁だ。俺を巻き込まないなら湿原中で派手に殺るのは構わないが、1人で戻ってこれるのか?」
「うん、他にも頼りになるトモダチが受験しているからね♦ 大丈夫サ♣」
「そうかい。精々、無事に戻ってこれるように祈っておいてやるよ」
俺は、ヒソカと2人だけで残ったシャッターのしまった地下道の入口の前で軽口を叩いて湿原を進み始めた。
「一人称が、また『私』じゃなくて『俺』になっているけど、それはもういいのかい?」
「オマエ相手に取り繕っても意味ねえだろが」
「それもそうか♣」
いや、ホント先程みたいな実害を生まなければ良いヤツ(笑)の筈、なんだどなぁ、などと考えながら俺は放出系の鍛錬(浮き手の応用)がてらオーラを噴出させて二次試験の会場を目指すのだった。というか、この
「おい、こら! んだ、それ汚ねーぞ!!」
「レオリオ、先ほども言ったが………」「わーってるよ、試験は原則持込み自由っていうんだろ? 聞き飽きたぜ」
なんだ、コントか。呑気なヤツらだな。それとも肝が据わっているというべきか。だが、俺は敢えてレオリオと呼ばれた青年?が発した挑発に乗ることした。
「私は足が悪くてな。1人では歩くことは愚か、立つことも儘ならないんだ。そして、すまない。一見すると1人だけ試験でズルをしているように見せてしまい本当にすまない」
「「あ、いや。その、ごめんなさい」」
俺の切り返しに口を揃えて詫びを入れてきたことに内心で笑みを零しながら、そういえば金髪の方はクルタ族の生き残りだったかと階段を車椅子ごとヒソカに持ち上げられ、駆けあがっている最中に聞こえてきた声の持ち主だったとアタリを付けた。クルタ族って、アレだよな? たしか何年か前にクロロ達に殺された一族の――
「レオリオ~、クラピカ~。キルアが遅いって文句言ってるよ~! 早く前に来なよ~!!」
「言ってねえよ!!」
だいぶ前の方から、まだ声変わり前の少年の様な声が響いてきた。レオリオ、クラピカ、キルアとくれば、残りはゴン、か? と考えながら「お友達が前の方から呼んでるみたいだぞ?」と声を掛ければ、レオリオと呼ばれていたおっさんは声を大にして「行けたら、とっくに行ってるわい!!」と叫んでいた。ですよねー。
「ま、行けるなら先頭集団に追いついておいた方が良いのは間違いないな。これからヒソカが試験官ごっこを始めるって、さっき舌なめずりしてたからな」
「「!!」」
俺の言葉にクラピカとレオリオだけじゃなく、近くにいた受験生たちもビクッと肩を竦ませて一瞬立ち止まり、そして後方集団の先頭が、この湿原の詐欺師たちに騙されたのか、阿鼻叫喚の地獄再びという様相を呈し始めた。
「ん~。これはマズいな。とりあえず、私は先に行きますが、お2人が生き残っていたら二次試験の会場で逢いましょう」
それだけ言い残して俺は、ヒソカの殺気が漂ってくる後方を一瞥した後、速度を上げて立ち去るのだった。その後、レオリオの悲鳴が聞こえ、ゴンらしき人物とすれ違いつつ、俺は何のトラブルにも巻き込まれることなく二次試験の会場に到着した。
* * *
「おっさん、なにそれ? スクーター? 俺も乗せてよ、ツレと逸れちゃって暇なんだ」
事前情報が無ければ、猛獣の鳴き声か何かと勘違いしそうな騒音の中で、ぼっちよろしく受験生の集団から離れたところで控えていると銀髪猫目の少年から声を掛けられた。
「私は、こう見えても、まだ20代だ」
「ウッソォ!!」
「嘘とは失礼な。というよりもキミは一体誰だい? 私はリールベルト、見てのとおり足を患っていて満足に動くことも出来ないヘタレさ」
「あ、俺はキルア。へえ、まだ20代なんだ。ってことは、だいたい兄貴と同じくらいか?」
うん。半ば予想通りだったが、この子がキルアか。ってことは、キルアは気づいて無いようだが、俺に視線を投げてきた針男がイルミかね?
どうせ試験を続けていれば何れは分かることだと思い、わざわざ『知識』を漁るようなことはせずにキルアと適当な会話をしながら、俺の電動車椅子に乗せてくれと言う要望を出したキルアには「まぁ、縁があったらな」とだけ答えておく。なんたって天下のゾルディック(それも未来の当主候補)に今の内から恩を売っておくのは悪くないと打算の精神が働いたからだ。それに、なんといってもヒソカとかを謀殺するには、ゾルディックは打ってつけのコマなのだから、と内心でほくそ笑む。
ヒソカに対しても「あ、俺、お前をゾルディックに売っといたから」とでも言っておけば、あの変態の事だ。きっと喜びこそすれ、俺を逆恨みするようなことはないだろう。うん、たぶん、きっと。めいびー。そうと思えば、不労所得は、今まで以上に真剣になって稼がなくてはな。最悪、今回の試験でハンターライセンスを売り払ってでも資金源にしよう。それだ!
何か、言葉にはできない天啓のようなものを得た気がした俺の気分は有頂天になるのだった。ま、そんなウキウキ気分で墓穴を掘るのは4ヵ月前の件で懲りているので、すぐに気は引き締めたが。
そんなこんなで試験が開始されるまでの間をキルアと適当に話しながら過ごすのだった。まぁ、最後はゴン・クラピカ、それと何があったのか知らないが、レオリオを担いで運んできたヒソカの登場によって楽しい時間は有耶無耶のまま幕を閉じたけどな。
――第287期ハンター試験 第一次試験(地獄のフルマラソン)通過者:132名
え? 数が少ない? き、ききき、気のせいじゃないか、な?