「兵藤さん。そろそろ限界が近いかと」
「……そうですか」
「息子さんには」
「…………あの子が家を出るまで頑張る気だったんですけど……限界ですか」
「ん。検査は終了だ」
体中に取り付けられた検査機のようなものを堕天使のスタッフが一つ一つ、
丁寧に取り除いていく。
俺―――――兵藤一誠はあの暴走によるダメージを検査するために、
堕天使の中枢ともいえる組織、グリゴリに出向いていた。
「…………」
「まだ気にしているのか」
アザゼルの問いには俺は何も反応しなかった。
以前の暴走により、俺の推測ではあるがあの場にシャルバがいなかったことから、
シャルバは俺が片づけ、さらにあの場にいた奴らの中でアザゼル、木場に重傷を負わせた。
二人は頑なに否定しているがそれ以外に理由が思い当たらず、
さらに部員達の接し方からも容易にそれが事実であることを叩きつけられた。
俺を見る目に……恐怖の色を感じるようになった。
それが顕著なのはギャスパーで他の奴らとの接し方はいつもの通りなんだが、
俺と喋っているときだけ、若干、違っていた。
本人は出ていないと思っているみたいだが……俺と目を合わそうとしなかった。
要するに朱乃とアーシア以外の雰囲気が変わっていた。
逆にアーシアは以前にも増して俺から離れないようになった。
限度を超えているとは思わないが、俺が教室に入ればクラスメイトと話しているのも途中で、
切り上げ、俺の方に走ってくる。
「あれはお前じゃない」
「……逆にそういう態度が怪しいと思うんだよ」
『テレポート、プリーズ』
俺はそう言い残して、転移先を自宅へと設定した魔法陣を展開して自宅へと転移した。
「ただいま……誰も居ないのか……というよりまだ学校か」
転移が完了し、自室から一階へと降りながらそう言うが誰の声も聞こえてこなかった。
俺が家についた時間はまだ二時半。普通、
十七ならば高校に行っているか行っていなくても何かしらの理由をつけて家を出ているだろ。
それに今日は母さんが俺に話があると言っていた。
「母さん?」
母さんを呼んでみるが声が返ってこなかった。
二階へ上がろうとしたとき、ふと視界に車いすが移った。
「母……母さん!」
台所へと視線を移した先には口から血を流して車いすから落ちて、
床に倒れている母さんの姿だった!
「母さん! 母さん!」
何度も声をかけて体をゆすってみるが全く応答がなかったのを見て、
俺はすぐさま119番をして、救急車を呼んだ。
幸いにもすぐに受け入れ先の病院が見つかり、
母さんはすぐさまその病院へ運び込まれて緊急に検査が行われた。
検査室の前で待っていた俺は部員のみんなに連絡するようにガルーダたちに云いつけて、
外へと飛ばした。
十五分ほどで慌てたように部員達が集まった。
「イッセー君!」
「お母さんは!?」
朱乃とアーシアが俺に駆け寄ってそう言うが、
俺が首を左右に振ったのを見て設置されているベンチに座った。
その後、生きている心地がしない時間を三十分ほど体感したところで扉が開き、
白衣を着た医者が出てきた。
「兵藤一誠さんは」
「俺です」
先生は手招きをして母さんが運び込まれた場所の向かいにある部屋に俺を入れた。
部屋に入ると、簡易的なベッドと明かりに照らされたレントゲン写真、
そして体内の内臓模型が置かれた机があった。
「あ、あの母さんは」
「…………その様子だと本当に何も聞いてないのですね」
先生の言い放った言葉に俺は一瞬、頭が真っ白になった。
「な、何か母さんは」
「貴方のお母様は…………癌です」
「…………」
もう頭が真っ白になるどころか言葉を失った。
癌? ……あんなに元気そうな母さんが?
「貴方のお母様は数年前から癌を患っていました。発見した時には既に、
手術ができないほど進行していましたので薬での延命治療をずっと続けてきたんです。
その時は持って半年と診断したのですが……正直、末期のがんで、
ここまで生きられた方は初めてです」
そう言われ、思い当たる節が頭の中に浮かんできた。
そう言えば数年前、母さんは長くのばしていた髪を急にバッサリと切ってきたことがあった。
まさか、副作用で髪が抜けるのを悟らせないために?
リハビリステーションに行く回数が増えたのも通院を悟らせないため?
あれよこれよと頭の中に母さんが闘病を続けてきたことの、
証拠になる出来事が浮かび上がってきた。
「じゃ、じゃあ母さんは」
「…………今日が限界かと」
その後のことはよく覚えていない。
部屋から出てきた俺に部員達が詰め寄ってくるが、
それらを全部無視して母さんが眠っている病室へと足を運んだ……気がする。
かれこれ三時間くらいか……母さんの手を握って隣にずっといる。
以前のように俺のことを優しく呼んでくれる母さんの声は聞こえてこなかった。
……俺が……俺が頼りなかったから母さんは俺に話そうとしなかったんだ。
俺がもっと大人だったら……。
「イッ……セー」
「母さん? 母さん!?」
小さく母さんの声が聞こえ、母さんを呼び続けると目を開き、視界に俺を写した。
でも、その瞳は非常に弱弱しかった。
俺の手を握り締める力も、以前の力強さが嘘のように弱くなっている。
もう、母さんは長くは続かない―――――そう思わせるような事実が、
俺に次々と叩きつけられていく。
「見て……イッ……セー」
母さんに言われ、外を見てみると季節違いにも程があるだろうと思わざるを得ない、
雪がチラチラと降っていた。
俺は母さんの顔を見て何を言わんとしているかを理解して、母さんを車いすに乗せ、
なるべく温かい格好をさせて屋上へと向かった。
思ったとおり雪は自然界の物ではなかった……でも、
部長達が何かをしたわけじゃない。屋上にだけ雪が降っていた。
「綺麗ね……」
母さんは雪を拾おうと手を上げようとする……しかし、
もう腕にも力が入らないのか腕が力なくだらんと垂れさがった。
「………母さん……俺は」
俺は隠していた悪魔の翼を広げると母さんは今にも落ちそうな手で手を後ろにやり、
俺の悪魔の翼に軽く触れた。
「知って……た。正確に……は知らなかっ……たけど」
少しづつ、母さんの声が小さくなっていく。
俺は母さんの声が小さくなっていくたびに目から涙が溢れて来て、
母さんを強く抱きしめた。
「母さん! 離れたくない!」
「イッセー…………母さん……ずっと、貴方の……こと見て……るから。
……………………リアスさん達……と仲良…………く…………………」
俺の翼に触れていた母さんの手が唐突に下にだらんと落ちた。
「母さんっっ……母さんっっ!」
俺の心を支えていたものが無くなり、俺の心がガラガラと崩壊していく。
どんなに強く母さんを抱きしめてもあの優しい声は聞こえず、
ただ俺はひたすらに涙を流し、母さんが死んだという事実に目を向けず、
逃避し続けた。
『いや~悪いね~。ドライグ君!』
イッセーの精神世界――――――ドライグが普段、住んでいる階層と魔力が生産されている階層の間に、
位置する階層にフードを被った人物が誰も居ないところで楽しそうに声を上げていた。
ドライグのようにセイグリッドギアに魂が封印されているものを宿している人間の魔力は、
それ自身が生産している……だが、それ自身に肉体は存在しないため正確には、
それ自身が封印されているセイグリッドギアが魔力を生産している。
イッセーを白と表すならばフードを被っている人物は黒。
彼の黒い部分が集合し、出来上がった人格が黒。
黒が一時的に表の世界へ出たのが以前の暴走。
『こいつが絶望した今! こいつの身体は俺が貰う。
てめえは永遠にも長い時間、俺の奴隷だ』
そう言いながらフードを取った人物の顔は―――――兵藤一誠そのものだった。
『さあ、始まるぜ。俺のショータイムが』
今日はいつも以上に更新します!