遊馬とアタランテの話です。
遊馬はヘラクレスとの決戦前夜に海辺で散歩をしていると岩の上で座るアタランテを見つけると、軽やかに岩に登ってアタランテの隣に座る。
「随分鍛えているようだな……十三とは思えないな」
「はっはっは!見事なマッスルボディのサーヴァントに鍛えてもらってるからな!」
「いやいや、子供のうちからそんなに鍛えてどうする……」
きっと暑苦しいサーヴァントから教わっているのだろうとか想像しながらアタランテがツッコミを入れるが、まさにその通りである。
「うーん、せっかくだから大人になるぐらいには父ちゃんぐらいの肉体になりたいな!」
「……どうやらお前は父に愛されているようだな」
「ああ。父ちゃんは俺を大切にしてくれてーーあっ!?アタランテ、ごめん……!」
アタランテが父親に捨てられたことを思い出し、自分が父に大切にされていることを口にしたことをすぐに謝った。
申し訳なさそうな表情をする遊馬にアタランテは優しい笑みを浮かべて頭を撫でた。
「気にするな。お前が父から……両親から愛されているのなら私はそれが嬉しい」
「えっと……どうして?」
「……私の願いは『この世全ての子供たちが愛される世界』だからだ。例え世界が異なる子でも、その気持ちは同じだ」
それはこの世に生を受けた子供は皆、両親からも周囲の人々からも愛され、そうして育った子供たちが新たに生まれた命を愛するという世界の循環……それがアタランテの思い描く願いである。
「全ての子供が愛される世界か……うん、素敵な願いだと思うぜ」
「そうか……わかってくれるか……ユウマ!頼みがある!」
アタランテは何かを決心したような様子で遊馬の肩を掴んでグイッと顔を近づけた。
「え?な、何?」
「頼む、私に……私にヌメロン・コードを貸してくれ!!」
「…………はぁ!?ヌメロン・コードを!?」
「私に出来ることなら何でもする!!この身を……いや、この存在の全てを捧げても構わない!!だから!!」
あまりにも必死に頼むアタランテに遊馬は戸惑いや疑問から圧倒されている。
「いやいや、ちょっと待てよ!なんでヌメロン・コードが必要なんだよ!?」
「私は……全ての子供を幸せにしたい。だから、ヌメロン・コードを使って過去から現在、そして未来の全ての子供を幸せにする!」
それは自身の父親から捨てられた経験から導き出したアタランテの願い。
全てを創造し、世界の全ての命運を決めることができるヌメロン・コードなら聖杯よりも確実に行えると確信して遊馬に頼み込んでいる。
「だから、頼む……私に、ヌメロン・コードを……!!」
「アタランテ……」
アタランテの必死な気持ちは遊馬によく伝わった。
遊馬自身も幼い頃に両親が行方不明となり、寂しく辛い日々を送った。
そして世界には遊馬よりも辛い日々を送った子供達が数えきれないほどたくさんいる。
それをとても理解し、その気持ちに賛同したいと思った。
「アタランテ……ダメだ。ヌメロン・コードは絶対に貸せない」
しかし、遊馬はその気持ちに応えなかった。
遊馬に断られ、アタランテは絶望したように酷く悲しい表情した。
「な、何故だ……お前なら分かってくれると……」
「アタランテの気持ちは痛いほどよくわかるよ。でも、世界はそう簡単じゃねえよ。前になんかで聞いたことあるけど、世界は……誰かの幸福が、誰かの不幸で出来てるって……」
「私はそんなことを認めない!!」
遊馬の悲しい言葉にアタランテは真っ向から否定したが、それは遊馬自身が経験したからこそそう言えたのだ。
「……俺は実際にそういう経験をしたからさ。俺の不幸が誰かの幸福になったから……」
「何……!?それはどういうことだ!?」
「……俺の父ちゃんは異世界の研究をしているDr.フェイカーって男に協力していたけど……異世界の扉を開くために父ちゃんと友人のトロンを生贄にされたんだ」
あまりにも衝撃的な内容にアタランテは耳を疑い、思わず遊馬の両肩を掴んでしまった
「い、異世界の扉を……?何故だ!?何故そんなことにユウマの父が!?」
「Dr.フェイカーには病気で生死をさまよっていたハルトって息子がいたんだ。ハルトを救うためには異世界の力が必要だったんだ……結果、異世界の力を手に入れたDr.フェイカーはハルトを治すことはできなかったが、延命は出来た……」
「自分の子供を救うために……異世界の力を……だがそれでユウマの父とそのトロンという者が……」
「トロンには三人の子供がいたんだ。でもトロンが行方不明になり、三人は辛い人生を送ることになったんだ。でも、辛いのはその後だった。トロンは異世界から帰ってきたけど、その姿が子供になって顔の半分を失ってしまったんだ……」
「そ、そんな……」
「トロンは復讐者になり、三人の子供と共にDr.フェイカー達に復讐しようとしたんだ」
「子供と共に復讐だと……!?」
自ら復讐者になるだけでなく自分の子供まで巻き込んだことにアタランテは怒りを爆発させそうになった。
しかし、遊馬はアタランテを安心させるように笑顔を見せた。
「でも心配するな。俺とアストラル、そしてシャークとカイトって言う頼もしい仲間のお陰でDr.フェイカーとトロンを倒して優しい心を取り戻してやったからさ。Dr.フェイカーの方はハルトの病気も無事に治ったし、トロンは家族の絆を取り戻して仲良く暮らしているからさ!」
一見、解決したかに思えた話だったが、それでも遊馬の父は帰っていないことにアタランテは声を震わせる。
「ユウマは……」
「ん?」
「ユウマは……復讐しなかったのか?父は行方不明のままだったのだろ……?」
似たような質問を第二特異点のローマでブーディカに尋ねられた時と同じように遊馬は語る。
「……前にブーディカって言う俺の仲間のサーヴァントにも言ったんだけど、Dr.フェイカーの事は確かに憎いさ。でも、Dr.フェイカーは自分を犠牲にしてでもハルトを助けたかったんだ。多分父ちゃんなら、仕方ないって笑うと思うからさ。そう思ったら、憎しみの心も復讐の心も消えちまったよ……」
「受け入れたと言うのか……?己の不幸を……他人の幸福のために……」
結果的に遊馬が不幸を受け入れた事でハルトは救われ、幸福となった。
もし仮にハルトが異世界の力で延命しなかったらハルトは病に伏し、Dr.フェイカーとカイトは不幸となり、遊馬は父と離れ離れにならずに家族と幸福な日々を過ごしていたことになっただろう。
正しく誰かの幸福が誰かの不幸と言う言葉の通りだった。
「世界は簡単じゃないんだよ。人の心は複雑だし……『運命』は……『未来』は何が起こるか分からない。人は誰しもいつも幸福じゃないし、不幸な事ばかり起きることもある。ヌメロン・コードは使った事はないけど、すげぇ力が秘められているのは分かってる。でも、仮にヌメロン・コードの力を使ってもアタランテの望む世界は実現するとは限らない……もしかしたら、別の形で子供達が不幸になるかもしれない」
「だが、だからと言って子供が不幸になっていい理由にならない!!」
「……確かに世界には子供を平気で傷つけたり、その命を奪う奴らは沢山いる。だけどな、そんな世界にも子供達のために必死で戦っている人たちは沢山いるんだ。俺の仲間にも子供達のために戦う人たちがいるからさ……」
それは遊馬の敵だったが、遊馬のデュエルに惹かれて仲間になった二人、ゴーシュとドロワである。
ゴーシュはプロデュエリスト、ドロワはゴーシュのマネージャーとして世界を飛び回り、デュエルで子供達の希望の光となるために戦い続けているのだ。
「アタランテの願いは確かに正しいのかもしれないけど、仮にその願いを叶えようとしたら子供達の為に必死に戦っている全ての人たちの想いが無駄になるかもしれないんだ……」
「私の願いはヌメロン・コードでも叶わないのか……」
アタランテの願いはヌメロン・コードの力を使っても叶う事はない。
遊馬に諭され、アタランテに宿る希望の光が打ち砕かれて項垂れてしまう。
「それもそうか……目の前にいる一人の子供が不幸にいるのに、何も出来ない私が何をしても無駄ということか……」
子供の幸せを願いながらも目の前にいる子供である遊馬に対して何も出来ないことにアタランテは更なる自責の念を抱いた。
「誰が不幸なんだ?」
「決まっているだろ……ユウマ、お前の事だ……」
「俺、別に不幸と思ってないけど……」
「嘘をつくな……邪神を倒して平和になった世界で日常を取り戻したと言うのに異世界の未来を守る戦いに巻き込まれて不幸以外に何がある……」
大人でも震えるであろう人類と世界の未来を救う旅を小さな子供がやらなければならないことは不幸と考えるのが普通である。
「不幸か……確かにカルデアのマスターとして、人類と世界の未来を救う最後の希望として俺は戦うことになった……」
遊馬は自分の令呪とデッキケースからフェイトナンバーズを見てそう呟く。
しかし、遊馬は令呪とフェイトナンバーズを愛おしそうに自分の額に持っていくと今の気持ちを正直に話した。
「でも、俺は今結構幸せなんだぜ?こいつのおかげでたくさんの大切なものが出来たからさ」
「大切なもの……?」
「ああ。マシュ、フォウ、オルガマリー所長、ロマン先生、ダ・ヴィンチちゃん、カルデアの職員のみんな……そして、特異点で出会い、俺の仲間になってくれた全てのサーヴァント達……みんなに出会えて本当に幸せなんだ」
「出会えたことが幸せなのか……?」
「もちろん!マシュは俺のもう一人の大切な相棒だし、フォウは俺たちを癒やしてくれるし、オルガマリー所長は姉ちゃんみたいに厳しいけど意外に優しいし、ロマン先生は楽しくて面白いし、ダ・ヴィンチちゃんはいつも凄い発明をしてくれる!それに……サーヴァントのみんなは歴史に名を残す人物、神話や物語の登場人物なんだぜ?興奮するし、最高に嬉しいに決まってるじゃないか!」
冒険家の両親を持つ遊馬にとって英霊に出会える事は最高に嬉しいことである。
歴史に存在した人物のみならず空想と思われた神話や物語の人物まで出会えるのなら、なお嬉しさが倍増である。
「もちろん、アタランテにも出会えたことは嬉しいぜ!」
「私、もか……?」
「ああ!だってギリシャ神話最高峰の狩人だぜ!弓矢を使うところとかカッコいいし、鮮やかで綺麗だったからさ!」
アーチャーのクラスにふさわしいアタランテの弓矢の扱いに遊馬は感動し、共に戦えることを誇りに思った。
アタランテは月と星の光で輝く遊馬の目を見て思った。
なんて純粋で心優しい子供なのだろう……と。
人は成長すれば色々なものを目にして純粋な心が少しずつ穢れていくものだ。
しかし、遊馬は数多の生死を賭けた戦いを潜り抜け、人々には知られていないが、人類と三つの世界を救った英雄となった。
そんな遊馬の心は穢れず、他人を思いやるほどの優しく純粋でいられている。
アタランテはそんな遊馬を見てあることを決めた。
(守りたい。マスターを守るサーヴァントとしてではなく、一人の英霊として……この子の歩む未来を守るために戦う……!!この子の未来が、全ての人の未来に繋がると信じて……!!!)
未来を守るため、人類を守るためにアタランテは遊馬を守ると決めた。
「ユウマ……私は決めた。お前を守るために全力で戦おう。お前……いや、あなたの望む未来を信じる」
「おう!よろしくな、アタランテ!!」
「ああ。よろしく頼む、ユウマ」
遊馬はアタランテと握手を交わし、契約を結んだ。
二人の結ばれた強い絆で第一特異点のフランスでアタランテを倒した時に残したフェイトナンバーズに絵と真名が浮かび上がった。
太陽と月をバックに『天穹の弓』を構えたアルテミスが描かれている。
真名は『FNo.102 純潔の狩人 アタランテ』。
ここにまた新たなフェイトナンバーズが誕生し、明朝……遂にギリシャ神話最高にして最強の大英雄・ヘラクレスとの決戦が待ち構えるのだった。
それは遊馬とアストラル、限界を超えた新たな境地へと向かう戦いとなる。
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ヌメロン・コードならアタランテの願いも叶えられそうな気がしますが、やっぱり難しいと思いますよね。
そもそもヌメロン・コードは異世界で使えるかわからないし、アストラル世界で封印されているので物理的に使えないかもしれないですが、遊馬はあえてそれを話さずにアタランテに諦めて欲しかったわけです。
アタランテが102なのは……察してください(笑)
次回はいよいよヘラクレスとの対決です。
遊馬とアストラルの限界を超えた戦いが始まります!