病院の一室、其処に勇気の姿が有った。ベッドの上で眠っているのは、眠り続けてからそろそろ一年にもなる幼馴染の少女。
「また来たよ、千莉」
語りかけても彼女は何も話してくれない。……高校に入学してから部活にも所属せずに毎日こうして彼女のお見舞いに訪れている。……何時でも彼女が目覚めても良い様に。
「千莉は望まないだろう……オレが君の為に罪のない女の子を一人……殺すなんてマネは」
例えそれが彼女を目覚めさせる唯一の手段であっても、勇気にそれを選ぶ事はできず、また目の前で眠り続けている彼女もそれを望みはしないだろう。それが分かっているからこそ、勇気は迷っている。
「髪……伸びてないよな。切っている訳でもないのに」
ゆっくりと髪を撫でる。彼女が入院した時から伸びた様子もなく、手足も衰えている様子もない。……衰えや成長も見せない彼女の姿は、時の流れから取り残されたようにも見える。
それこそが彼女の眠りが奇病と呼ばれる由縁だ。本来なら面会謝絶になりそうな物だが、勇気がお見舞いできるのは、彼女の症状が他者に感染する危険がない事や、ソーナ会長の力を借りている為だ。
自分は彼女が眠り始めた頃よりも成長しているのに、彼女はあの時のまま眠り続けている。時の流れから取り残された彼女をこのままにはしておけない。手段は有る。だが……決断するのは早い方が良い……悩みすぎては彼女はこのまま永遠に……。
勇気の腕に浮かび上がるゴッドフェザー状の痣。それが四季がライディーンである証だ。彼女がこうなった理由は知っているが、何も出来ない……。
「話したい事は沢山有るけど……また来るよ」
学校で渡されたプリントを彼女の枕元へ遠く。そこでふと、そろそろ授業参観が有るのかと思う。
(オレには関係ない話だよな)
両親は仕事の都合で海外に行っている為に連絡はしていない。自分にとって両親よりも長い付き合いの相手である千莉が眠り続けている事での孤独を感じずには居られない。…………筈なのだが、
「って、そう言えば最近は騒がしくなったな」
後天的にライディーンになったゼノヴィアの存在である。千莉が目を醒ましたら良い友達になってくれるなと思うと自然と微笑が浮かぶ。
(……まあ、オレも少しは救われているって事か)
勇気もライディーンの仲間が増えたという事で少しだけ心が軽くなった事を感じている。神を裏切り、かつての仲間が賛同者として加わってくれた時のイーグルはこんな気持ちだったのかと思う一方、イーグル達五人のライディーンと刃を交えたクロウを中心とした五人の『ハーツライディーン』と呼ばれていたチーム。そんな二組のライディーン達が刃を交えている姿が脳裏に浮かぶ。
それが、一誠がアーシアとリアスに挟まれて鼻血を出したりしている頃の勇気の姿だった。
「冗談じゃないわ!」
今日も千莉のお見舞いに行こうとした勇気が一誠達に捕まり、オカルト研究部に連れてこられた日、リアスが机に両手を叩きつけながらそう叫ぶ。
「堕天使の総督が私の縄張りに侵入し、私の眷属に接触していたなんて……!」
一誠が言うには、此処最近連日召喚してくれている人が居て、大した事のない願いに反して大きな対価をくれる上客だったらしい……。
先日……最も新しく呼ばれた時、ゲームの相手として呼び出された際にその正体を……堕天使総督の『アザゼル』と名乗ったそうだ。
(単なる悪戯なんだろうな……)
コカビエルを勇気が変身したイーグルが討ち、その羽を白龍皇が持ち帰った後……念の為にイーグルの知識の中に有る『アザゼル』と言う相手の事を調べてみたが……悪戯のような事はするが、コカビエルのような事はしない男だと言う事が分かった。
イーグルも大戦を戦い抜いた戦闘天使のリーダーで有り、その記憶の中にはアザゼルと言う相手の情報もあった。
「大丈夫よ、私が絶対守ってあげるわ」
リアスが一誠の肩に手を置いてそう言っているが、
「……オレに何の用なんだよ?」
放っておいたら何時まで経っても話が進まないと思い、多少空気を読めない発現をしてみた。
「ええ、残念だけどコカビエルに勝てなかった私達ではアザゼルには絶対に勝てないわ、白龍皇にもね」
「それで、オレに何の関係が有るんだ?」
大体リアスが何のために呼んだのか分かってきたが、ここは一応そう聞き返しておく。
「アザゼルも白龍皇も一誠を狙って私達の前に現れる可能性が高いわ。だから……その時は私達に貴方とゼノヴィアの手を貸して貰えないかしら?」
対アザゼル・白龍皇対策として、彼らに勝てるであろう力を持った……最低でもコカビエル以上の実力を持った勇気の力を貸してもらいたいと言う事だ。
白龍皇は赤龍帝との間に有る因縁ゆえに……アザゼルは、
「アザゼルは
「やっぱ、オレの
木場の言葉に一誠は己の手を見ながらそう呟く。リアスが危惧しているのはアザゼルが一誠の神器を狙っていると言う可能性だ。
「それに貴方の物もそうよ」
「確かに……オレのは神以外が作った始めての神器だからな」
神器マニアとしては是非とも研究してみたいのだろう。恐らくだが、勇気の神器と通常の神器を比較すれば、人工的に神器を新造できる可能性も出てくるだろう。そう考えるとリアスの言葉も満更冗談には聞こえない。
「そう言う訳で、貴方も私達と協力した方がいいと思うわよ」
「そう言う事か」
互いの利益の一致から同盟……協力関係を築こうと言う事だ。確かに元々ソーナ達シトリー眷属と同盟に近い間柄を結んでいる勇気にとって悪い話ではなかった。天使だとか悪魔だとか言う事に拘りは最初から持っていないのだし。
「別に良いぞ」
「良いのか?」
「アザゼルだけなら二人掛かりなら戦えるだろうけど、流石に其処に白龍皇がセットとなるとな」
「確かに」
勇気の判断に疑問を浮べるゼノヴィアだが、流石に今の勇気は先代のイーグル程力を使いこなしていると思っていない。それでも、ゼノヴィアと一緒に戦えば戦えはするだろう。だが、そこに白龍皇が加わるとなると話しは別だ。
(『白い龍《バニシング・ドラゴン》』……既に完全な
「確実に死んで終わりだろうな」
一誠が己の宿敵となるべき相手の事を考えていると、そんな彼の考えを呼んでいる様に勇気がそう呟く。
「って、おい!」
「分かり易いぞ、考えてる事。ところで、アルビオンは堕天使側なのか?」
一誠の言葉に答えつつ勇気はゼノヴィアに問いかける。元々天使側の所属だった彼女なら、少しはアルビオンの事を知っているかと思ったからだ。
オリジナルの白龍皇アルビオンの事も残念ながら勇気の中にある先代イーグルの記憶の中にも詳しくは存在して居ない。そもそも、アルビオンと戦ったのはイーグルではなく『ライディーン・クロウ』の方だ。
「そうだ。アザゼルは
「最低でも五番目か……」
「だが、伝説の戦闘天使のリーダー……その中でも一騎打ちで二天龍を倒したといわれる君なら負けないだろう?」
「いや、流石に先代と同等、なんて言えないからな。まあ、情報だけでも白龍皇は確実に今の一誠じゃ負けるレベルか」
内心で戦闘狂いみたいな事を言っていたから、興味は自分に移っているだろうと思っているが、一応そう忠告しておく。……神器所有者としての経験の差も有るだろうが、あの時出会った白龍皇にはまだ何か、一誠との間にある大きな差と言うべき“才能”の根底にある物が有ると思えてならない。
そもそも、コカビエル回収に送り込まれたのなら、白龍皇の実力はコカビエル以上と言う事になる。グレモリー眷属全員でコカビエルに手も足も出なかった一誠では、先ず勝ち目は無い。
「なんか……お前がそう言うと本気で不安になるな」
「大丈夫だよ」
「えっ?」
目の前でコカビエルを倒した勇気が弱気な発言をしていると本気で不安を覚える一誠。だが、そんな彼に木場が声を掛ける。
「僕がイッセーくんを守るからね」
「うわぁ……」
胸を叩きながらの木場の発言に引き気味の勇気……。普通は異性に言うべき台詞だろうと思うが……何時だったか、クラスの女子の間でこの二人の同性愛疑惑が持ち上がっていたのが思い出される。
「いや、あの、うれしいけどさ……。なんて言うか、真顔でそんな事を男に言われると反応に困るぞ……」
「笑えば良いと思うよ」
「なんでだよ!」
とりあえず、適当な事を言って視線をそらす勇気。誰だってそんな物に巻き込まれたくない。自分に矛先が向く前に、さっさと収まるべき所に収まってくれと思う。
「あはは、酷いな。イッセー君は僕を助けてくれた僕の大事な仲間だ。仲間の危機を救わないでグレモリー眷属の『
(なるほど、そう言う事か)
木場の言葉を聞きながら先ほどの考えを心の中で謝罪する。
「……ふふ、少し前まではこんな暑苦しい事を口にするタイプではなかったのに。君と付き合っていると心構えも変わってしまう。けれど、それがイヤじゃないのは何故だろう」
―ゾク―
―ピシッ―
頬を赤らめてそう言う木場に背筋に寒いものが奔る一誠と、直接言葉を向けられているわけでは無いが明らかに同性愛な発言に石化する勇気。そして、思いっきり心の中の考えを撤回する。
「胸の辺りが熱いんだ」
全力で木場から距離を取る勇気。……そんな感情を向けられているのが自分では無く一誠だが、流石に引く。
「……き、キモいぞ、お前……。ち、近寄るな!」
「そ、そんな、イッセーくん」
そう言って逃げる一誠の進行方向には勇気の姿が。
「そ、そんなこというものじゃないぞ。仲間なんだからさー」
思いっきり棒読みな言葉で一誠を木場の方へと押し返す勇気。……流石に同性愛疑惑が湧きそうな台詞を言うのは当人同士の勝手だが、なるべく近くで言わないでほしい。……巻き込まれそうで怖い。
「しかし、どうしたものかしら……あちらの動きが分からない以上、此方も動きづらいわ」
「だったら部長さん、偶然を装ってオレが接触しようか?」
「確かに貴方なら十分に対応できるかもしれないけど、相手は堕天使の総督、下手に接する事も出来ないわね」
それだけではなく、流石に自分達の領土で協力関係とは言え、他勢力の者に対応させたとなってはこの地の管理を任されているものとしてどうかと思うが。
どうも先代イーグルの記憶の中にあるアザゼルの性格を考えると、特別此方を害する事を考えていると言う訳では無さそうだが、
『アザゼルは昔からああいう男だよ、リアス』
そんな第三者の声が響いた。その声に反応して全員の視線が其方へと向かう。その中でも、リアス、朱乃、木場、小猫と言った一誠よりも前に眷属になった者性質の表情には驚愕の感情が浮かんでいる。
「アザゼルはコカビエルの様な事はしないよ。今回みたいな悪戯はするだろうけどね。しかし、総督殿は予定よりも早い来日だな」
(予定?)
其処に居たのは銀髪のメイドさんを従えた赤い髪の男性……。
(わっ、スゲー美人。それにしても、赤い髪か……部長さんの身内か?)
流石に男の子、男性よりも美人な女性に視線が行くのは男の性だろう……。だが、直ぐに意識を声の主へと切り替える。そんな勇気に微かに不機嫌な色を見せるゼノヴィアと……病院で眠っているはずの歌姫様。
「お、お兄様!?」
「お兄様って事は……この人が四大魔王の一角、『サーゼクス・ルシファー』」
リアスの眷属一同が慌てて頭を下げる。それに対して勇気とゼノヴィアには緊張が走る。ライディーンが今の天界とは関係ないとは言え、元は天使……仮にも悪魔のトップを目の前にすれば警戒せずには居られない。
「君があのライディーン・イーグルの後継者かい?」
「ええ、始めまして、魔王様。一応『二代目ライディーン・イーグル』となる、鳳勇気と言います」
そう言って一礼する。流石に敵対しても勝てるかと疑問に思える相手を前にしては警戒するだけ馬鹿らしいと割り切ってしまう。
「なるほど……どこか、あの時に見た彼の面影が有る」
そんな勇気の顔を見ながらサーゼクスは何処か懐かしむように呟く。
赤龍帝ドライグとの壮絶な一騎打ちを制し、神による封印へと導いた二組の戦闘天使達のリーダーの一人。天界の勇者と謡われたほどの戦士の後継者の姿に対し、かつての戦争に参加したモノとして、何か思うところが有るのだろう。
「出来れば、彼とも平和な時に話してみたかったものだ」
誰にも聞こえないほど小さく、サーゼクスはそう小さく呟くのだった。