車輪の下のC   作:一ノ原曲利

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 仁義礼智

 忠信孝悌

 任侠、その心は




車椅子改造計画

 

 

 

「おおシンヤ」

「ん?」

 

 施設内の廊下を車椅子でゆっくり滑りながら進んでいたら、シンヤの背後から声が掛かり振り向いた。

 言ってしまえば餓鬼と侮られる、だが手を掛けると手痛い反撃を喰らうに足る獰猛さを秘めた、野心ある眼に一瞬逡巡した。特に敵対しているわけでも不仲な訳では無い。ただ、野生の狼を匂わせるその風体は到底一組織の下っ端に据えられるには余る身分だと思えてシンヤは仕方がなかった。

 

「やぁオルガ。社長から話は聞いたかい?」

「あぁ、ミカを寄越してくれてありがとうな。危うく夜まで寝ちまう所だった」

「あはは、そんなことしたらまた壱番組の人たちにぽてくりこかされるぞ」

「ぽて…なんだって?」

「ぶっとばされるぞって意味」

「あぁ、違ぇねぇ」

 

 はっはっはと笑い合う。どちらも第三者から見れば自然体に違いない。オルガは本当に気心の知れた友人のように話し掛けるし、シンヤもそこは同様である。

 だがシンヤは未だに三日月に続いて眉一つ動かすことなく阿頼耶識の手術を受けたオルガのことが記憶に新しい。相手が年下だというのに、何一つ安心できない。

 無論、信用していないというわけではない。ただ、いざ対峙すると首の後ろの手術痕から走る痛みが看過できないのである。所謂、条件反射というものだろうか。

 

「これからおやっさんのところに行って持ってく装備の確認と手続きをしてこようと思うんだが」

「それはそれは。奇遇だね、私もちょっと雪之丞さんに用事があったんだ」

「そりゃよかった。押してやるから一緒に行こうぜ」

「身に余る光栄だね、よしなに頼むよ」

 

 シンヤはにこやかに答えるとオルガも苦笑して車椅子のハンドルを握る。MWの待機倉庫へ、オルガは車椅子を押し、シンヤは力を抜いた両手を膝に乗せて進む。

 

「…なぁ、シンヤ」

「なにかな?」

「なんでシンヤはもう阿頼耶識の手術をしなくなったんだ? いや、その身体になっちまったからってのはわかるけどよ…」

「ふむ」

 

 そう、一息ついてシンヤは思案する。

 それは真実を伝えるか、適当に誤魔化すか。

 シンヤは別段下半身が麻痺したところで手術が行えないわけではない。確かに立位を取ることは出来ないが手術台を一般よりも低い高さに設定すれば問題は無いし、助手も叩き上げのお手伝いが二、三人もいれば問題ない。

 

 だがそれはそれとして、阿頼耶識の手術を辞めたことはまた別にある。

 

「ま、流石にもう手術できないと言うには無理があるかな。現に私は現役だ」

「じゃあ何で」

「単純に〝もう充分だ〟と私が判断したからだよ。いや、もう辞めるべきだ、かな?」

 

 実のところ、阿頼耶識の手術を請け負わず、かつCGS内において阿頼耶識手術の禁止令を発布してマルバからは猛反発を食らっている。それが原因でマルバは今もシンヤと顔を合わせようとはしない。それでもまだCGSに留まらせているのは、一重に『医療費の削減』という使い勝手のいいヤブ医者扱いが出来るからだろう。

 マルバからすればうら若き青少年などという労働力は死んでしまっても使い潰しと補充が効く便利な人的資源だ。だが人を買うにも人を雇うにも金が掛かる。ならばくたばってしまうよりも治療という手段で少しでも長く使い回した方がまだ利益が生まれる。

 力のない餓鬼どもが歯車であれば、シンヤはその歯車を削り消えるまで直す整備士といったところだろうか。

 

「辞めるべき?」

「別にね、手術なんてしなくても人というのは真っ当に生きていくことができるものなのだよ。ただ、人は産んでくれる親を選んでくれなければ生まれる場所も選べない。そして力がない弱者は虐げられ、強い者に利用され、使い潰されてしまうのがオチだ」

「………」

「昔は阿頼耶識の空間認識能力の拡張が通常のMW(モビルワーカー)に対する戦術的な優先権の確保として、一人当たり十人分の働きをするからこそ重宝していた。でも人員としては恐らくこれ以上はいいんだ。それに」

「それに?」

「これからの子供達には、痛い思いをして異物を体外から埋め込まなければ生きていけない…そんな考えを、持って欲しくない。ま、執刀医の私が言うのもなんだがね」

 

 この言葉に偽りがないとするならば、シンヤが行なっている行為は偽善に他ならない。

 だがやらない善よりやる偽善。どうせ一度しかない人生を偽善一つで自己満足できるならば、少なくとも偽善一つで報われた気持ちになるなるば、その行いに善悪が問われようとも構わない。シンヤはそういうスタンスになったことによって手術の禁止令を発布した理由を伝えた。

 

「……シンヤは、よく考えてるな」

「思考を停止することが好きじゃないだけだよ。それに、案外何人も阿頼耶識の手術に手を掛けた仕打ちとしてこんな体になってしまったことにビビってやめたのかもしれないよ?」

「それこそ有り得ないな、シンヤはそこまで短慮でもねぇだろ」

「高評価に過ぎるかな? でも褒め言葉として受け取っておくよ」

「…俺も、もっと考えなきゃいけねぇかな」

「何を?」

「……いや、このままでいいのかと思ってな」

 

 心の中ではこのままでいいわけが無いと、分かりきっているにも関わらずオルガはその先の悩みを覆い隠すように前段階の疑問を口にした。だがシンヤは鋭かった。

 

()()()()()()()()()()()()…それはもうオルガの中で答えが出ている筈だよ」

「それは…」

「ま、具体的に何をするかとか、そういう危険な考えを摘発するとかはしないし聞かないから安心していいよ」

 

 民衆という生き物は例え組織や国政のトップが変わろうとも基本的に我関せずを貫くケイスが多い。何故ならばいくら頭が変わったところで自分たちの生活になんの影響もなければ、反対も賛成も存在しないからだ。関心がない―――所謂、無関心に該当する。

 

 だがここ(CGS)で、頭が変わることには大きな意味を持つ。はたから見ればクーデターと蔑まれようとも仕方のない蛮行だが、組織の一員をどう思っているかによっては天と地ほどの差が生まれる。

 

「願わくば、我等の未来に幸多からんことを」

「なんだそりゃ」

「幸せであることを願っている、ということさ。気休めだよ、真の幸福とは己が手で掴み取るものだ」

「…そうやってアンタも、何かを変えようとしているのか」

「私では力不足、いや役不足だね。ヤブ医者らしくカウンセリングはしているが結局のところお悩み相談が限界だ。でも万が一ここCGSの情勢が変化するとなれば、迅速に動けるよう準備はしているかな」

「そんときゃ、シンヤはどっちに付くんだ?」

「それは勿論」

 

 オルガの眼下で見えていたシンヤの頭がぐるりと回った。ミカに負けず劣らず無機質な瞳の奥で、妖しい光を瞬かせながら好戦的な笑みを浮かべている。

 

「私はいつでも力無き者の味方だ。弱者を虐げる強者に阿る心ほど人間として卑劣な事はない。強者を挫き弱者を扶くるを任侠という。人間の美徳である…昔の人の言葉だね」

「任侠ってなんだ?」

「困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるためなら何だってする考え方だね。そういうのは往々にしてメリットデメリットを考えない。有りの侭、心の赴くままに動こうとするものだよ」

「そいつは…いいな」

 

 任侠か、と。オルガは大事なものを貰ったかのようにもう一度その単語を呟く。その真意はシンヤにはわからない。分かろうとも思わない。理解する必要性がないからだ。

疾うにオルガの根底にある渇望は見抜いている。であるならば、これ以上の追求は無用というものだろう。

 

「おお、変わった面子だな」

「ヤァ、雪之丞さん」

「おやっさん」

 

 格納庫に着けば、金属製特有の甲高い音が足の動きと共に響いた。CGSの整備担当ナディ・雪之丞・カッサパである。

 変わった面子、というのは雪之丞の主観的視点限定という訳ではない。端から見れば理性的かつ利己的なシンヤと、度々壱番組から反感を買い反発を繰り返すオルガが並んで歩くというのは想像し難い。組織内における彼らの立ち位置は隔絶している。片や宇宙ネズミの下っ端、片や医師兼会計補助士。下肢の麻痺という欠陥持ちではあれど、後者が決して軽んじられていい立場でないことは明白である。

 それは両名本人とも思っている疑問ではあるが、別段本人同士特に啀み合う意味が見出せない以上、それを公言することは無粋である。

 年齢こそ上ではあるシンヤは、壱番組だろうと参番組だろうと態度に変化は存在しない。皆等しく平等に接している。オルガも、口先だけの目の敵にされている壱番組は気に入らないが、これと言って被害や危害、蔑ろにされている訳ではないのだから態々シンヤと敵対する必要性も存在しない。

 口で言うには易い関係だが、双方の心理的な食い違いから成り立つバランスは筆舌し難い。

 

「オルガは今度の仕事の手続きだよな。んでシンヤは…」

「ちょっと雪之丞さんに許可と手伝いをお願いしたいんだ」

「んん?」

「マァ、私の用事は後でいいから先にオルガの用事を片付けておくれよ」

「だとよ、んじゃ頼むぜ」

 

 

 

 

 

「あーあったあった。コレコレ」

「あぁ?」

 

 シンヤの平坦な声が響き、アイツ禁煙家だったなと思い至った雪之丞は止む無く義足で吸っていた煙草を踏み潰した。ヤブではあれど医師という立場上、百害あって一利なし、語るとなれば一晩明けるまで延々と垂れ流される煙草の悪質性を説くシンヤの心理はわからなくもない。

 

 だが大いに結構。

 

 好きなものは好きなもの。飲まず食わずでどうせ死ぬなら、多少の障害を抱えても死ぬまで好き勝手にさせろというのが喫煙者である雪之丞の弁である。

 

「おや、オルガはまだ居たのかい」

「もう確認は終わったから俺は一足先に帰るぜ、じゃあな」

「おう」

「おやすみ」

 

 聞かれたところで困ることでは無いだろうが、あえて席を外すのはオルガなりの気遣いだった。格納庫からオルガの姿が消えたのを確認して、雪之丞は改めてシンヤを見る。

 その、車椅子の後ろに括り付けてあるものを。

 

「シンヤ、おいそりゃあ」

「前に壊れたMWの一つ。これ貰っていいかな?」

 

 普通であれば多少の破損ならばパーツを交換する方が経費が浮く。だが各パーツにも時として需要次第では高騰するし、今回壊れたMWは以前の仕事で運悪く落盤事故に遭遇してしまい交換は不可、直すくらいであれば新しいMWを仕入れた方がまだマシなものであった。ちなみに中の乗組員であったシノはなんとかシンヤの手により一命は取り留めた。後遺症もなく、療養に一月は掛かると診断したものの一週間後には元気に飛び回っていたという。ヤマギ曰く軽いホラーを見た気分だったらしい。

 

「それ次の廃棄日に捨てようとしてたやつじゃねえか」

「そう。まぁ念のため差し押さえておいたものなんだけれど、一応ね」

「なんだってそんなものを」

 

 そんなものを――は、MWの本体全てを指しているのでは無い。先述車椅子にMWが括り付けてあると書かれていたが、より詳しく説明するならばMWの座席部分である。正確には壊れたMWの座席部分丸々一つをキャリーに乗せて牽引していた。

 その意図が、雪之丞には朧げながら読み取れた。

 

「…お前さんの阿頼耶識は使い物にならねぇって聞いたハズだが」

「まぁね。普通の阿頼耶識であれば適合年齢を過ぎてしまうと殆どの場合は失敗するし、私もよく足だけで済んだと自分の幸運に感謝してるよ」

「言ってろ…待て、普通の阿頼耶識だと?」

「おっと」

 

 思わず口走ってしまった単語を隠すように口を抑える。訝しげに睨む雪之丞をシンヤは猛獣を宥めるように手を振った。

 

「…社長には言ってないし、まだ憶測段階だけど私は阿頼耶識の力が使えない訳では無いんだ」

「…どういうこった」

「マァそれは追い追い話すとして、そんな訳だからこれMW貰ってもいいかな? そろそろいい加減手で動かすのは不便になってきたんだ」

「…あー、成る程な。別に構わんぞ」

 

 段々意図は読めた、雪之丞は半ば確信めいたものを抱く。そして、シンヤの口から飛び出た言葉は雪之丞の予測通りのものであった。

 残念なことに、とてもではないがまともな考えではないが。

 

「…ま、不可能じゃねぇなぁ。それで手伝い、か」

「話が早くて助かる。私一人でやるには時間がなくてね、出来ればヤマギにも手伝ってもらいたいところだけど流石に時間外勤務、雪之丞さんだと気兼ねなく頼める」

「俺には手当なしかよ」

「単純にヤマギよりも手際がいいから時間も短く支払う夜勤手当も少なくなるという打算」

「おめぇさん、見た目以上に腹黒いよな」

「お褒めに預かり恐悦至極にござい」

「褒めてねぇよ」

 

 ちょいちょいと手を招き、雪之丞が先導して作業場へ案内をする。同意を得たことを確認し胸中で小さくガッツポーズをしてから車椅子を動かした。

 

「そういやなんで急にそんな改造を?」

「前から不便だったことは愚痴ってましたよ?」

「その如何にも人間の体はパーツに過ぎないってスタンスの返答嫌いじゃねぇぜ…ってそうじゃねーよ。別に時間は掛かるかもしれんが阿頼耶識への理解はあり、且つそれなりに機械の扱いはお手の物のお前さんなら一人でもできるじゃねえか」

「ああ…ホラ、例のオルガの仕事で同行することになったものでね、なるべく両の手が空いていた方が仕事もしやすい。だから出来れば明日の晩までに完成を急ぎたいもので」

「同行って…こっちでの仕事は」

「この時期ならそこまで数来ることはないだろうってことでデクスターさんへ一任を」

「本当は?」

「社長曰く『視界の端に入って来るのがウザいから、暫く地球への護衛任務に着いてけ。一月も見かけなくなれば直視しても蕁麻疹は出なくなるだろう』」

「左遷じゃねぇか」

「そうとも言う、全く傑作」

 

 

 

 

 

 

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