車輪の下のC   作:一ノ原曲利

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このごろはやりの

噂のあの子





〝Male〟branche

 

 

 

「フ――ッ」

「なんとか…できたな…」

「ありがとうダンテ、臨時収入として振り込んでおくよ」

「よっしゃ!」

 

 正午――太陽が丁度真上を向いた頃、シンヤの個室の一角でダンテは胡座をかきながらガッツポーズしていた。望外の臨時収入に小さな歓喜を隠せない、といったところだ。その周囲には基盤や工具などが散乱している。幸い、作業前に室内にビニールシートを敷いていたおかげで部屋そのものが汚れることはない。

 

「午前にダンテの手が空いていて助かった」

「いやまぁ師匠の頼みとあっちゃあ断れねぇよ」

「師匠とはまた大仰な」

 

 結局、昨晩は雪之丞と共同で車椅子の改造を終えることは叶わなかった。基本的に短時間の睡眠で全快するシンヤと異なり、主に肉体労働に従事する雪之丞にはある程度の十分な睡眠が必要不可欠。よって完成には至らなかったが、それでも車椅子とMW(モビルワーカー)の融合のおおよそは形になっていた。あとは力を必要としない電子系の調整と阿頼耶識との接続だったため、CGSの中でも技術者としての腕は保証されたダンテに仕事として依頼した。

 

「しかし師匠、実は阿頼耶識使えたのか」

「本当に使えると分かったのは最近だがね。それでもどこまで使えるかは、もう少し実験データが欲しかったんだが」

 

 師匠、というのはダンテが勝手に付けた敬称である。CGSの中でも、元々年上であることを気にしていた一人であるダンテはシンヤをどう呼んだらいいか答えあぐねてきた。そこで、電子系列に興味を示していたダンテに機器系統の手解きをし始めて以来、ダンテはシンヤのことを師匠と呼ぶようになった。シンヤが強要した訳ではないし、ダンテ本人が好き好んで呼びたがっている以上は無下にはできない。

 そもそも、シンヤに名前程度で恥じらいを感じるほどの繊細さは持ち合わせておらず、ただ〝匠の師〟と呼ばれるには過ぎた身だと感じているのみ。

 

「肩貸すぜ」

「すまないね」

 

 工具を纏めて片付けていたシンヤは私室に置いてある普通の椅子に腰掛けていた。肝心の車椅子は改造に出しているため座れない。そのため、昨晩は雪之丞に担がれて私室へ投げ込まれていた。

 シンヤはダンテの肩を借り、作業していたデスクに手をついて漸く立ち上がる。だが当然、手術の障害として患った下肢の麻痺により十分な直立はままならない。そんなバランスのまま、危なげなく車椅子へ乗り移り二人は息をついた。そしてダンテの視線がシンヤの手元にある機器に移る。

 

「それがさっき作ってた」

「そうだね、キミらがよく使うピアスの、少し作り変えたものだ」

 

 それは従来のMWに乗る際につけるピアスの、小さなサイズに縮めたものだった。だが唯一異なるのは、ピアスに1mに満たない長さのケーブルが繋がれていることである。

 

「本来であればMWにこのピアスと接続するためのプラグが備え付けられているはずだけど、見た目だけでも一般の車椅子に見せたいがためにそのコードは取り外してしまった。でも車椅子の背もたれをわざわざ長くしてまで首元の阿頼耶識に届かせるくらいであれば、備品として別にプラグを用意してしまえば事足りる」

「師匠お得意の縮小化ってやつか」

 

 こと、シンヤには無駄の排除に尽力している。その一環として既存の機器の縮小化による利便性の向上が挙げられる。無論、何でもかんでも小さく作ればいいという訳ではないが、今回の車椅子の場合は人目に晒される機会が多いため、なるべく阿頼耶識による操作で動いていることは隠しておきたい。

 CGSのメンバーは知らないが、阿頼耶識という技術はこれから向かうであろう地球では否定された技術である。人徳や倫理観に囚われ保守的な思想を守ろうとする彼かの星では、生理的に阿頼耶識の技術を受け付けない風潮があることを知っている。よって、一般的な車椅子とはあまり変わらない形で仕上げることとなった。

 

「まぁ私の髪は長い上にケーブルは黒だから、早々バレることはない。それに、ほらこの通り」

「うわっ動いた!」

 

 首元の阿頼耶識に取り付けた瞬間ケーブルが一瞬生き物のように震え、それから蛇のようにグネグネと蠢いた。先端の端子が様々な角度から浴びた光が反射して鈍色に輝く。

 

「阿頼耶識とは凄い技術だな、間違いなく頭おかしい科学者が一周回って生み出したキチガイテクノロジー」

「それは否定しねぇけど、その技術のおかげで俺たちは食っていけるんだぜ」

「ま、キチガイテクノロジーも使いよう、か」

 

 技術によって被害を被る人がいれば、技術によって助けられる人もいる。どんな技術も適切な人に与え適切に使うことが肝要ということだ。それが技術を生み出して逝った者への最大限の礼儀である。

 

「よし、繋げるか」

 

 プラグの金属部分に触れないように掴み、MWの仕組みが搭載された車椅子の窪みへ差し込む。一応プラグは動かすことができるがまだ始めてでありある程度の〝慣れ〟が必要だった。そのため、最初である今回は目視で挿入する他なかった。

 接続した瞬間、プラグを伝い脊髄に痺れが走る。それはそのままダイレクトに脳に送られ、車椅子の機構の情報が一気に流れ込む。

 だが、其処まで苦しみは少ない。寧ろ詳らかになる機構の情報量が少なく感じられ、シンヤにはやや物足りなさが募る。

 

「師匠? 大丈夫か?」

「―――はっ」

 

 ダンテに声掛けられてシンヤの意識が現実に引き戻される。車椅子に深く腰掛け、首がやや前傾姿勢に折れ曲がっていたことから漸く己の意識が少しばかりトんでいたことに気付く。だがふらつきや意識の混濁は皆無であった。

 

「大丈夫だ」

「ホントかよ…って、おお! 動いてるぜ師匠!」

「ん? オォ―――」

 

 車椅子が、手を使わずして勝手に動いていた。依然として両足に動けるという確信は抱けないが、車椅子の車輪は確かにシンヤの意思の通りに、阿頼耶識を伝い動いていた。

 元来、MWは四つの車輪に二つの銃口を阿頼耶識を介して操っている。ならばその簡易版であり、かつMWと酷似している車椅子ならばできるのではと推測していたシンヤの考えは正しかった。脳への負荷もなく、わざわざ手で車輪を動かすことなく自由自在に私室内を走り回れる。

 

「どうやら、成功のようだ」

「やったじゃねぇか師匠!」

「これで自由に両手を使えて助かる―――そうだ、ダンテ。これの名前を付けてみないか?」

「名前?」

「本来なら雪之丞さんにも意見を請いたいところであるけど、生憎彼は忙しいからね」

「俺なんかでいいのか?そうだな…名前…名前か……」

 

 ダンテは少し考えるようにして、

 

「………マーレ」

「マーレ?」

「あ、あぁ…なんとなく浮かんだ言葉なんだが…」

「よし、ではこれからこの車椅子はMale(マーレ)だ」

「そ、そんな俺が適当に考えた名前でいいのか?」

「善い善い。そもそも名前など初めに見つけた人物の名前か、或いはその人物が直感で思い浮かべた単語だ。エイハブ・リアクターだって発明家エイハブ・バーラエナ氏の名前から取っている」

 

 片付けた工具にあったドライバーを手に取り、車椅子の肘掛けの部分にM.A.L.Eの文字を克明に刻む。こうして、シンヤの考案により生み出された車椅子は『MALE』という名を得た。

 

「ま、師匠がそれでいいならいいか。俺はメシに行くぜ」

「手伝いありがとう、お疲れ様」

「おう! また頼ってくんな」

 

 そう言ってダンテはシンヤの私室を出た。その手には作業の際に出たゴミを包んだブルーシートが握られており、シンヤは苦笑しながらそれを見送る。そうして、一人だけになった部屋の中でキィキィと戯れに車輪を動かし、

 

 e vidi dietro a noi un diavol nero correndo su per lo scaglio venire.

 Ahi quant’ elli era ne l’aspetto fero!

 e quanto mi parea ne l’atto acerbo,con l’ali aperte e sovra i piè leggero!

 L’òmero suo, ch’era aguto e superbo,carcava un peccator con ambo l’anche,e quei tenea de’ piè ghermito ’l nerbo.

 Del nostro ponte disse: “O Malebranche,ecco un de li anzïan di Santa Zita!

 Mettetel sotto, ch’i’ torno per anche a quella terra, che n’è ben fornita:

 ogn’ uom v’è barattier, fuor che Bonturo;del no, per li denar, vi si fa ita”.

 Là giù ’l buttò, e per lo scoglio duro si volse; e mai non fu mastino sciolto con tutta fretta a seguitar lo furo.

 Quel s’attuffò, e tornò sù convolto;ma i demòn che del ponte avean coperchio,

 gridar: “Qui non ha loco il Santo Volto!

 qui si nuota altrimenti che nel Serchio!

 Però, se tu non vuo’ di nostri graf,non far sopra la pegola soverchio”.

 

 

 小さく、歌劇の一歌を口ずさんだ。それは奇しくも、名付け親とその名に少なからず関わりを持つ一つの歌。

 今や、地球でさえもあまり聞かない歌劇の一つ。

 それをシンヤが何故知っているかはさておき。

 

「此れはなんとも興味深い因果だ。然らば、このプラグはFarel(ファーレル)かな。さて、貴女はどちら様で?」

 

 左右のホイールがそれぞれ違う方向に走り、くるりと180°景色が入れ替わる。シンヤの私室のドアには、眩い金色の髪を持つ可憐な少女が戸惑いがちにシンヤを見つめていた。

 

 

 

 

「あ、いえ…」

 

 唐突に訪問したのは少女の筈なのに、さも当然のように声を掛けるシンヤの声音に少女の方が思わず戸惑った。

 

「は、初めまして…クーデリア・藍那・バーンスタインです…」

「これはこれは、どうも丁寧に」

 

 かっくりとシンヤの首が30°に曲がる。一応、例のつもりではあるが首の付け根は見せないように配慮しての角度だ。

 それに応じた少女――クーデリアも慌ててお辞儀をして、流れるように右手を差し出してきて―――其処で、虚空を彷徨った。

 

「ん? あぁ握手ですか。ちゃんとした社会人の対応ですね」

 

 シンヤはそれを躊躇いなく握った。するとクーデリアが何故か酷く狼狽えていた。ガラにもなく解せないという感情がシンヤの中を占める。

 

「どうしました?」

「ぃ、いえ…さっき、三日月には断られてて…それで…」

「あの子また何を言ったのやら…因みに聞いても宜しいかな?」

「……対等じゃない、って言われて…」

 

 

 絶句した。

 

 

 凄い。何一つ言い返せない。

 開けてびっくり玉手箱とは言ったものだが、一目見てクーデリアが持つ独自の価値観とCGSの少年たちの、特に三日月が持つ主義主張が全く噛み合わないのは至極当然のように思えた。自己弁護も甚だしいが、慰めることぐらいはできるだろうと適当な落とし所を見つける。

 

「…まぁ、入りなさい。従者さんには私から連絡を付けておこう」

「あっ、あの! それで」

「どうかしました?」

 

 首を傾げつつ、うっすらと笑みを浮かべて発言をし易いように促す。その効果もあってかクーデリアはホッとしたように一息ついて、落ち着いた声で、

 

「それで、貴方の名前は?」

「シンヤです」

「下の名前は?」

 

 その言葉に思わず息がつまる。最近までこのような社会人の鑑のような対応が無かったことと関係しているが、実際には違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()()()という、僅かな嫌悪感が生み出した躊躇いだ。

 

「…()()()()()()()。シンヤ・ギーベンラートです。以後お見知り置きを」

「覚えましたわ。ねぇシンヤさん、先程の歌は何!? とても綺麗な歌でしたわ! 歌もですが、声も澄んでるのですね! もっと聞かせてください!」

 

 存外杞憂だった。

 

 そして穴があったら入りたかった。

 

 

 

 

 

 

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