ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
夕食を食べ終わった後、一人でレインは街から少し離れた平原に来ていた。
ここは迷いの森というキリト達と初めて出会った場所から、宿をとった街に帰るときに通った場所になる。
夕食を終えたレインは街を散策すると嘘をついてここに来ていた。
理由はいうまでもなく、レベル上げのためだ。
レベルというものを上げなければ、たとえ技術が高くてもレベルが低ければレベルの高い敵を倒すことができないというのはシリカの丁寧な説明で、ゲーム初心者どころか何も知らないレインにも理解をすることが出来ていた。
数値のみで強さが決められているこの仮想世界というものにうんざりする。
そして、レベルを上げなければキリトからは解放されないのも理解できている。
ここの層の敵と今のレインが戦えば一撃で死ぬというのは、散々キリトに聞かされているので重々承知の上だ。
そんな危険をおかしてまでここでレベルを上げようとしているのは、レインにとってこの層のモンスターの動きは危険ではないというからでしかない。
極論で言えば、当たらなければ死ぬことは無いのだ。
今まで見てきた程度の動きしかしないモンスターの攻撃を受けるのであれば、あのときに、大切な人が死んだときに一緒に死んだ方がマシだったと思える程だった。
それらの理由で、レインは一人、レベル上げに勤しみに来たということだ。
余談ではあるが、レインはキリトと同じ部屋で寝ることになっている。
レインとしてはこの平原で朝方まで寝ることもなく特訓するつもりなので、あまり関係はないのではあるが。
慣れたとは言えない手つきでウインドウを操作し、夕食後にフレンド登録やパーティ申請をし、その際に貰った装備に着替える。
こちらに来た時に着ていた簡素な服装と大差ない簡素なものだが、キリト曰く、レインからすれば課金というものをしたようなものらしい。
課金というのが詳しくはわからないが、どことなく嫌な空気を感じるのでそのうちこの服をキリトに返して自分で調達しようと思っている。
外だということを全く気にせず、黒いシャツに七分丈のコート、ベルトがたくさん付き、布が邪魔になりにくい黒いズボンに着替え、ハイカットのブーツを履き、ハイディングが三、上がるというらしい黒のマフラーを装備しおえ、最後に剣を実体化させた。
一撃と砕け散った最初の剣とは違い、キリトから借りた剣はずっしりとしていた。
それでも、やはり愛剣である傾国の剣に比べると軽い。
筋力パラメーターというもののせいでレインが現在持てる限界の重さのものを借りても傾国の剣には全く届く気配はない。
「しばらくはレベル上げと筋力を上げんといかんみたいだな。速さも足りんがまあそっちは枷だと思えばいいだろう」
自分に言い聞かすように独白すると、近くに現れた蜂を巨大化させたような敵に目線を向け、だらりと剣を下げたまま突進していった。
巨大蜂が気付いて反応するまでに接近に成功したレインは細くなっている関節を狙ってぶら下げていた剣を一閃する。
本来であれば引きちぎれて敵は瀕死に陥っていただろうが、ただ赤い筋がついただけで終わる。
ようやく攻撃できるようになった巨大蜂は大きな体の先端についている針をレインに向かって突き刺そうと振りかぶるが、レインは身体を後ろにそらすことでそれをかわす。
そのまま地面に手を突いたレインはバク転をする要領で下半身を持ち上げる。
同時に腰をひねり、巨大蜂の隙だらけの横腹に右足で蹴りをくらわせる。
「っ!」
渾身の蹴りであったのものの、蜂はびくともしない。
舌打ちをしながらも、蹴っていないほうの左足を使い、蜂を土台にして飛ぶ。
身体をひねりながら見事に着地するさまは体操選手顔負けだ。
距離をとったレインは蜂のHPゲージを見てみるとほとんど削れていなかった。
思わず顔をしかめるが、思考を切り替えてもう一度蜂に向かって低姿勢で駆け出す。
そこからは一方的な戦闘とも言えないものになった。
効かないとわかった体術を一切使わず斬撃だけを蜂に食らわせる。
全ての攻撃を急所に叩き込み、蜂がこちらに攻撃してくることがわかると器用に身体をひねり避け、そうしながらも隙だらけの蜂に切りつける。
時には蜂の頭上を、時には地面を縫うように、しかし蜂からは一切離れることはなく、レインは一方的に蜂のHPを少しずつではあるが、それでも着実に削っていった。
五十分ほどかけてようやく残り一割まで削ったところで、モンスターが出現するときに聞こえる独特の音がレインの耳に届いた。
それと同時に対処している蜂が攻撃を仕掛けてきたので新たに出現したモンスターを確認するために後ろに飛び退き、バク宙をして身体をひねる。
音の聞こえた方に視線を移すと、対処している蜂とは別の蜂が姿を現していた。
そいつはすでにレインのことを視界に捕らえているらしく、こちらに向かって飛んでくる。
着地したと同時にレインは残り一割のゲージを早急に削るべく、元々対処している蜂に向かって駆け出す。
しかし、レインのレベルは変わることなく一のままだ。
次の蜂が接近するまでに削りきれるわけもなく、レインは二匹の蜂を同時に対処せざるおえなくなった。
今は一撃どころか、かすり傷ですら致命傷と成りえるため、細心の注意をはらって攻撃を避け続けるしかない。
先ほどまでは蜂から一切離れることなく戦っていたレインだが、さすがに二匹を同時に相手取るとなるとそうするわけにもいかず、一度距離を大きく開けて体勢を整える。
すでに五十分も戦っていたにもかかわらず、レインの呼吸は一切乱れていない。
目を閉じて集中し、蜂達の気配を感じ取ってみる。
現実世界とは違い、読みにくくはあるが蜂たちから微量に気配を感じ取れた。
データという仮想であろうがそこに何かがあるということにはかわりないおかげだろう。
「いける」
レインはさらに集中力を高めて駆け出すと、一匹目の蜂に向かって大上段に剣を構えて勢い良く振るおろす。
二匹目の蜂が隙を突いて後ろから攻撃を仕掛けてくるが、かすかな気配を頼りにレインはそれを避ける。
それはもう人間のする動きではなかった。
二匹の蜂の合間を踊るように動き回るレインはあまりにも綺麗で、レインに振り回されて踊らされている蜂はあまりにも哀れたっだ。
レインは残り一割だった蜂のHPゲージを集中的に削り、十分弱で削りきった。
青いパーティクルが舞い、レインの目の前にはドロップ品やレベルアップの通知が届くが、それを気にすることなく、二匹目の蜂の処理を始める。
三十以上も上の蜂を一人で倒しきったレインは一気にレベルがあがり、そのおかげで二匹目に与える一撃でのHPゲージの減りは一匹目に比べると微量ではあるが増えた。
先ほどまでの動きにくさも少し緩和され、すでに超人的な動きをしていたレインのスピードもさらに上がる。
もし、蜂達に意識というものがあったのであれば、驚異的な動きをするレインから逃げていただろうし、新しく出現した蜂も近寄ることはなかっただろう。
しかし、近くのプレイヤーに攻撃を仕掛けるようにプログラムされている蜂たちは、蜜に吸い寄せられるようにレインの元に定期的に自ら経験値になりにいっていた。
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虐殺といっても過言ではないレインのレベル上げは三時間ほどたっても終わることはなかった。
この間、レインはダメージを一切受けていない。倒した蜂の数は四匹になった。
着々とレベルを上げ、一匹をしとめるのにかける時間も少しずつではあるが短くなっている。
レイン自身も徐々に重かった身体が軽くなってきていることもあり、戦いやすくなってきている。
元の世界にいたときから鍛錬を夜通ししていたこともあり、レインの顔には疲れはあまり見えない。
最初は宿に帰るつもりはなかったが、キリトが寝てるうちに戻らないとうるさそうな気がし始めたので、きりの良い五匹を目安にしている。
つまり、今対処している蜂でラストということになる。
定期的にやってくる蜂のせいで基本的に二匹同時に相手をしなければならなかったのだが、今は丁度追加分の蜂はおらず、一対一になっている。
「なにやってんだ!!」
後一匹、と気合を入れようとしたときにレインの耳にすでに聞きなれた声が聞こえた。
しかし、気にすることなくレインは戦闘を続けた。
「うるさい。少し黙っていろ」
走って近づいてきているであろうキリトに向かってレインは言う。
たとえ、少しレベルが上がったとはいえ、攻撃を受けるわけにいかないことにはかわらない。
へまをするつもりはないが、無駄に騒がれるのも嫌だと思ったための言葉だった。
「くそっ、後で説明してもらうからな!」
視界に入ってきたキリトが、新しくレインに近づいてきてた蜂に向かっていくのが見える。
今対処しているやつだけに集中しろということだろう。
キリトの行為をありがたく受けとり、レインは目の前の蜂だけに集中する。
すでに二割ほど減っている敵のHPゲージを削り、敵がパーティクルになってはじけ飛ぶまでは一瞬のように感じた。
「ん」
満足げにうなずくとレインは剣を一振りして鞘に収める。
「ん、じゃねぇよ! 何一人でこんなとこまで来てるんだよ!」
すっかり存在を忘れていた。
というわけでもないが、飛び掛ってきたキリトにレインは多少驚く。
「なぜといわれると、レベル上げと言うことしかできん」
「何でそんな無茶をした!」
そこでようやく、レインは自分が怒られているということに気がつく。
「俺にとっては無茶ではなかった。よく見ろ。俺のゲージは減っていないだろ?」
怒られている理由もわかっているのにレインの口から出るのは心配などいらないといわんばかりの言葉だった。
「そういう問題じゃないだろ。俺とシリカがどれだけ心配したと思ってる」
「・・・・・・心配など俺にはいらん。される価値もない」
そう、心配などしてもらう価値はない。
「俺はこの手で人を殺したことがある。そんな俺をお前は心配するのか?」
キリトの目をしっかりとみてレインは言う。
そして、元の世界で手にかけた老人のことを思い出す。
目の前で殺される少女のことを思い出す。
自分の利己的な考えで殺した大勢の人を思い出す。
たとえ、人を守るためだとしても、人を殺したことに変わりはない。
「俺はそういう人間だ。それをふまえたうえでもう一度俺とともに行動するか考えろ」
何かをいいたそうなキリトを見つめ続けた後、レインはその場から立ち去った。
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その場に取り残されたキリトはただそこに立ち尽くしていた。
この手で人を殺したことがある。
そういったレインの目は黒い瞳がさらに黒くなったように見えるほどだった。
そして、その目が嘘ではないということを物語っていた。
今も見えているレインの背中を――伸びた背筋で頼もしく、そしてどこか孤独な背中をキリトは見ていることしかできなかった。
もともとは、先ほどシリカに四十七層について説明しているときに、聞き耳スキルを使って話を聴かれ、危険なことになると伝えようと思っただけだった。
キリトの目的であるタイタンズハンドを牢獄に送るということを考えれば、当たり前のことだったが、何も知らない二人からすれば怖い以外のなんでもないと思い、せめてレインには教えておこうと思ったのだ。
もしかしたら、レインのほうにも誰かがついていっているかもしれないと心配になったキリトは、メッセージでは不安だったのでフレンド追跡を使って、わざわざレインの場所まで行くことにし、圏外に出て行ったことがわかったときは不幸中の幸いだったとそのときは思った。
タイタンズハンドのメンバーに連れて行かれたのかと駆けつけてみれば、モンスターと普通に戦っているレインがおり、一瞬安心しかけたが、レインのレベルを思い出して一気に血の気は引き、気がつけば叫んでいた。
あの光景が――サチたちが死んだ時の光景が嫌でもフラッシュバックした。
レインが死ぬと思った。
また守れないと思った。
しかし、レインから言われたのはうるさいとの一言。
どうにか蜂とレインの間に入りたかったが、ピッタリとくっついて戦うレインのせいで、キリトが割り込むのは逆に危険だった。
仕方なく、レインのことを気にしながら周りに湧く蜂を仕留めることにする。
三十七層の巨大蜂のモンスターはキリトのレベルからすれば雑魚でしかなく、一撃で仕留めることができる。
次のモンスターがポップしてレインにタゲをとるまでにいくらでも時間ができた。
その間に、レインの戦いを見たが、それはもう人間とは言えないものだった。
一瞬でこいつには勝てないと思った。
SAOで数多くの人を見てきたが、これ程にも戦い慣れをしている奴は見たことがない。
レインが相手をしていたモンスターがパーティクルになって消えるまで、キリトはただ呆然と見ることしか出来なかった。
我に返ったキリトは心配のあまり怒鳴りつけたが、まさか人を殺したことがあるなど聞くとは思わなかった。
レインの姿が見えなくなってもその場に立ち尽くしながらもキリトは考える。
彼が本当に悪人なのかと。
一番最初に思ったのは、悪いやつじゃないという事だった。
あの目をみれば人を殺したことは本当だと思うが、今までの彼をみれば、この世界のレッドプレイヤーの様な奴ではないのは明らかだ。
どんな理由があったかはわからない。
わからないが、それはレインにとって殺すという選択肢しかなかったんだと、思ってしまう。
キリトはこれからの方針を決意すると、街に戻るために歩き始めた。
◆
宿に戻ると、レインはレストランの一人席に座り、腕を組んで目を閉じていた。
それが寝ていると気がついたのは、規則正しい寝息が耳に届いてからだった。
なぜこんなところで寝ているのかはさっぱりだが、たとえデータの世界でどんな体勢で寝ようと身体を痛めることがないとはいえ、さすがに部屋に入らずにこんなところで寝るのは無防備すぎる。
圏内だからといって安全とはいえなのだ。
「レイ――」
近寄って声をかけようとすると、レインはまるで起きていたかのように静かに目を開けた。
「起きてたのか」
「いや、寝てた。で、人殺しの俺にお前も出て行けと言いにきたか?」
「・・・・・・お前もって?」
引っかかってしまった言い回しに思わず聞いてしまう。
まずかったか、とおもったがレインはため息をついて語り始めた。
「気にするな、とはいえなさそうだな。俺は少し前にクズに襲われている人たちを助けるためにクズたちを殺したことがある。そのクズたちには恨みもあったから大して気にすることなく剣を振るったよ。そして最後には俺の足元がそいつらの血で染まった。村の人たちからすれば、虐殺にしか見えんかったようでな。仲良くしてくれていた少女も、俺の本性をみて怖がっていた。そして出て行けといわれたよ。元々旅をしていたから、特に気にすることなくその村から立ち去ったがな」
それを聞いたときに何かのイベントの話しかとおもったが、彼はここに来たばかりでイベントを何かこなしているはずがないし、NPCだというわけでもない。
しかし、それが日本で起きたことだとも思えなかった。
一瞬、どういうことなのか聞いてしまいそうだったが、リアルの話を持ち込むのは基本的にNGだということを思い出してキリトがぐっとこらえた。
その代わりに、違うことをいう。
「なんでレインが人を殺してきたのかは知らない。だけど、俺にはお前が悪いやつだとは思えない。むしろ、無茶ばっかりしてほっとけない。だから約束どおり、お前がこの世界に慣れるまでは無理やりにでも着いていくからな」
「だが――」
「そうそう」
何かを言おうとするレインをあえて無視して言葉を続ける。
「シリカもだいぶ心配してたからちゃんと謝っておけよ」
「おい」
「それと、そんなところで寝ずにちゃんと部屋に来いよ」
キリトはそういい残してさっさと部屋に戻っていった。
強引にでもしないとレインが引き下がらないとおもったからだ。
なぜ、ここまで強引にレインの世話をすることに固執したのかは、きっと今では攻略の鬼といわれる彼女のことを思い出したからだろう。
しばらくは大変そうだなとおもいながら、ベッドに入ったキリトは明日に備えて眠りについた。
一人取り残されたレインはなんともいえない複雑な表情をしていた。
◆
翌日、レインは昨夜、キリトに強引に話しを進められた場所と変わらない椅子で起きた。
結局部屋には行かなかったのだ。
というか、いけなかった。
昨晩、なぜ人殺しだといったのに無理やりにでもついて来ると言ったのかさっぱりだった。
キリトの強さを考えるとレインに合わせるのは明らかに得策ではない。
その後も散々悩んだが、結局結論は見出せなかった。
起き抜けにもう一度考えてみるが、やはりキリトの考えがわからない。
レインは仕方なく二人が起きるまでウィンドウを開いていろいろ見ることにすることにした。
そうこうしている間に、キリトとシリカが自分の元にやってきた。
「おはようございます」
まだ完全に起きていない様子のシリカが眠そうな顔でレインの前に座る。
キリトはどこからか椅子を持ってきてシリカの隣に座り、じとりとした目で見てくる。
おそらく、昨日のことを謝れということだろうというのはなんとなくわかった。
「その、昨日は心配かけたみたいですまなかった」
「えっ?あ、昨日のことですか。レインさんが大丈夫だったのならいいんですよ」
にこりと笑うシリカをみて、あの時怖がらせてしまった少女を思い出す。
きっと優しいこの子も、自分の本性を知れば遠ざかっていくだろうとまるで他人事のように頭の隅のほうで考えた。
少しだけレインの過去の話をしました。
もともと、傭兵として強い人を探して大陸中を回っていたレイン。
悪人にたいしては遠慮は何もないです。