ソードアート・オンライン~知られざる天才剣士~ 作:モフノリ
大上段に構えた剣を振り下ろし、器用に手首を返して横一文字に斬る。
すでに残ったHPが二割だった敵は青いパーティクルになって消えた。
そこでとまることなく、後ろから迫ってくる敵には横に振った剣の勢いを使ってまわし蹴りを食らわす。
さらに近づいてきた敵にはまわし蹴りした右足が地面についた瞬間、身体を捻りながら左足で頭に踵落としをお見舞いする。
地面に叩きつけた敵の頭を踏み台にして空中に跳び、猫のように回転したまま剣を振り回す。
そんな人とは思えない動きですでに900以上もの敵を一度も止まることなくレインは屠り続けていた。
息すら乱していないのを見るに、まだ余裕が見える。
この、千という膨大な数の討伐クエストをやり始めたのはアルゴとわかれた少し後で、今はそれからすでに一夜明けていて、空がすでに明るくなり始めている。
途中で寝たわけでもなく、夜通しレインは戦い続けていた。
寝ることができなかったのだ。
モンスターを討伐するにあたって、自分で探してちまちまと倒していくのかと思っていたレインだったが、実際はモンスターの住処である洞穴に特攻して倒すものだったのだ。
結果、1000ものモンスターの住処に特攻した途端、わらわらと集まり、気がつけば取り囲まれていたというわけだ。
一応、ルナティックの耐久値のことも考え、体術スキルもつかったり、敵の武器をぶん取って使ったり、相打ちにさせたりということもしている。
敵が弱いということもあり、命の危険はまったく感じることはない。
レインは淡々と無双ゲームのようにそれからも敵を屠り続けた。
それからレインがクエストを終わらせることができたのは昼になる少し前のことだった。
実際に討伐自体が終わったのはそれから二時間程度だったのだが、襲われていた村の村長にクエスト終了を報告した後が、とてつもなく長かった。
感謝の言葉の一言で終わればいいものを、いつから村ができて、いつからモンスターに襲われるようになったとか、何人の村人が犠牲になったとか、延々と聞かされたのだ。
最初から最後まで律儀にも聞き流すことなく聞いていたレインだが、連戦からの長話にさすがに疲れが出てきているようで、普段と変わらない様子に見えなくはないものの、いつもよりも眉間のしわが深かった。
それでも足取りが軽いのは、リズベットに新しい剣を作ってもらうからだろう。
主街区に戻ったレインは、リズベット武具店に行くために転移門に向かった。
時刻は昼過ぎ。リズベットは今頃まだレインと初めてであった鉱山のフィールドで鉱石を集めているだろうかと、ふと考える。
確認のために、フレンドリストを見るとリズベットは鉱山フィールドにいると表示されていた。
「すれ違ったとしても、問題はないか」
いつも世話になっているリズベットにお返しと思い、鉱石集めを手伝いに行くことにしたレインは、転移する階層を予定と変更した。
◆
五十二層の主街区についたレインは特に装備にの点検をする訳でもなく、そのまま鉱山に向かった。
リズベットの用事が終わればそれだけ早く新しい剣を作ってもらえる。
次の剣への気持ちが増すばかりだった。
足取りが軽く、先程までの疲れもなくなっていたために、標準装備の仏頂面よりは少し微笑んでいるせいで、街中ではやたらと目立っていたことにレインは全く気がついていなかった。
ゲーマーとは思えない長身イケメンがいるとそれからすぐに広まるのだが、それはまた少しあとの話。
すぐに鉱山にたどり着いたレインはいつもリズベットがいる場所に向かっていた。
フレンドリストも確認して、まだここにリズベットがいるのは確認している。
入り組んでいる道を小走りで進んでいく。
あと少しの所でレインの耳に笑い声が聞こえた。
誰かと一緒にいるのだろうかと思ったが、会話が聞こえた瞬間、レインは駆け出した。
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ここで自分は死ぬのだろうか。
そんなことをリズベットは麻痺によって動かない身体を動かそうとすることも無く、ただぼんやりと考えていた。
「こいつ、全然抵抗しやがらねぇし、まじしらけるわぁ」
「どうしたらもっと楽しませてくれるんだぁ?」
なにが楽しいのかゲラゲラと笑う男二人組をぼんやりと眺めた。
ただ自分はここで鉱石を集めていただけだった。
これが終わればレインが店にやって来て剣を作る予定だった。
彼が気に入ってくれる剣を、最前線で振るう剣を作るんだと息巻いていた。
そして、そろそろ帰ろうかとした時にこいつらは現れた。
不意打ちで麻痺毒のついたナイフを投げられたリズベットは為す術もなく倒れるしかなかった。
アスナは自分の死に気がついた時に泣いてしまうのだろうか。
キリトは怒りに身を任せてしまわないだろうか。
レインは、あの今でも謎の多い彼はいつもの調子で冷めた様子で特になにも思わないのだろうか。
いや、おそらくレインが一番荒れ狂うだろうというのは、幾度となくあったリズベットにはもう手に取るようにわかってしまった。
冷めているようでだれよりも優しい彼は下手をするとこいつらのアジトをどんな手でも見つけ出して単身で乗り込んでしまうだろう。
そう思った瞬間、自分は生きなければいけないと思った。
「ははっ」
思わず笑いが出てしまう。
レインに対してキリトのように恋愛感情がある訳では無い。
むしろ、世話の焼ける兄貴のような感覚だ。
そんな彼のために生きようと思っている自分が馬鹿らしくなってくる。
「てめぇ、何笑ってんだ?」
リズベットの笑いが癪に障ったようで、髪の毛をつかんで無理やり立たせる。
痛みはないが、不快感に顔をしかめる。
「あんた達が可哀想っておもっただけよ」
「あぁ?」
「だってそうでしょ?こんな小娘殺すためだけに麻痺毒つかって、しかも二人がかりでね」
簡単にブチギレたであろう男の顔を見て、思い切り投げられた瞬間、自分は死ぬとおもった。
HPはすでにレッドゾーン入っている。
背中に感じるはずの地面に叩きつけられる感覚は、待っても来ることはないどころか、柔らかいが硬さを感じるなにかに当たった。
それが人に受け止められていた感触だと気がついたのはしばらくたってからだった。
「ヒール」
低く響く声が耳に届くと、自分のHPが回復する。
「なんだてめぇ?ヒーロー気取りか?」
にたにたと笑う男に対して、今もリズベットを抱きとめているレインは今まで見たことない冷たい瞳で見据えるだけだった。
優しく岩壁にリズベットを持たれかけさせたレインは未だ一言も喋ることもなく、男達に向かって歩き出した。
止めらければいけないと思ったが、リズベットは麻痺のデバフせいで動く事が出来なかった。
「俺たちラフコフにたてつこうってか?」
「ラフコフ」
レインは確認するように呟く。
「あぁそうさ」
「そうか」
レインは抑揚の無い声で呟いた瞬間、その場から消えた。
何が起こったのか分からなかったのはリズベットだけではなく、ラフコフの男達もだった。
いつの間にかラフコフ達の後ろに移動していたレインは冷たい瞳で男達をただ見ているだけだった。
そして、男達のそれぞれの片腕が根元からずれ落ち、それはパーティクルになって消滅した。
「安心しろ。時間をかけるつもりは無い」
本当にレインなのかと疑いたくなるような冷たくて感情が一切感じられない声で吐き捨てるようにつぶやいたレインはラフコフの二人を切りつけていく。
レインがそこまでレベルの高いプレイヤーではないおかげで、ラフコフの二人のHPの減るスピードは実にゆっくりだった。
しかし、レインからは威圧感が放たれており、対処が全くできないほどの速さで繰り出される斬撃は的確に二人の急所を狙っている。
まるで、わざとじわじわと、しかし恐怖を植えつけるようにレインは二人を切り刻み続け、宣言通りと言っていいのかはわからないが、ラフコフの二人がいなくなるまで時間はかからなかった。
あまりの恐怖に二人組は転移結晶を躊躇なくつかって逃げ出したのだ。
それを止めなかったのはレインの慈悲なのか、何なのかはリズベットには知るすべはない。
「レイン」
自分の声が震えていることに多少驚いたが、助かったという安堵感のせいで麻痺がきれているのにも関わらず、立ち上がることはできなかった。
声をかけられてリズベットのことを思い出したようでレインはゆっくりと振り向いた。
戦っている間――いや、男達を殺そうとしている間は何よりも深い瞳をしていたにも関わらず、リズベットを見た瞬間、少し揺らぎ、どこか悲しそうな瞳になった。
「すまない」
目をそらして謝るレインにリズベットは驚く。
いつもの無愛想で不適な空気は今のレインからは剥がれ落ちていた。
「なにが?」
「俺は、奴らを躊躇なく殺そうとしていた」
その言葉を聞いて、ようやくレインが何に謝ったのかわかった。
リズベットにレインが人を殺そうとする場面を見せたことについて謝っているのだ。
そんな血なまぐさいところを見せて怖い思いをさせて悪かった、と。
ルナティックではない剣を片手に佇む彼は無表情だったが、瞳は揺らいでいた。
「あんたは私を助けてくれようとしたんでしょ?」
レインの今にも泣いてしまいそうな、でも絶対に涙を流すことはないだろうという瞳を見ていると、立ち上がるとができた。
「しかし」
「しかしもかかしもないわよ。むしろ、助けてくれてありがとう」
にっこりと笑うとレインはきょとんとする。
たしかに、ラフコフの人たちに剣を突き立てていたときのレインは人を殺すことに躊躇っている様子は全くなかった。
正直、あれは本当にレインなのかと疑いたくなるほどだった。
キリトとは違う意味で圧倒的な強さを持っている。
それでも、人を斬るときにリズベットが鍛え上げたルナティックを使っていないのを見て、どこか嬉しくなってしまっている自分もいる。
明らかに戸惑っているレインに対してにやりと笑う。
「あんた知ってる?この世界って感情表現、大袈裟なのよ」
そう言った後のレインの顔は記憶結晶があればと思うほど、珍しく慌てている表情だった。
そのとき、初めてリズベットはレインが同年代相応にみえた。
同時に、世話の焼ける兄貴のような存在ではなく、世話の焼ける弟のような存在に変わった。
◆
この世界で出会った人たちは不思議だ。
一般的な人種は人を殺すことに対して基本的に嫌悪感を抱いている。
そのため、殺人ギルドや犯罪者ギルドにはかなり嫌悪を抱いている。
にもかかわらず、自分が同じような行動をとっても特に気にする様子でもない。
むしろ、人を殺そうとした後のほうが距離感を詰めてくることがおおい。
元の世界での同業者やシルヴィア達ヴァンパイアは彼女達も生きるために人を殺めた経験があるから、自分に対して何も思わないのはわかる。
しかし、この世界の普通の人たちはモンスターという本当の命の無いものしか倒していない。
命を持つプレイヤーを殺したことなどないはずだ。
そんな彼等が何故、自分を相手にするのか。
レインにはそれがわからなかった。
それに対して、自分がさして嫌だと思っていないことに対しても理解することができなかった。
悶々と考えながらもリズベットの後ろをついて歩いているうちに、いつの間にかリズベットの店についていたようだった。
「ほら、はいって。剣作るんでしょ」
「でも・・・・・・」
自分がリズベットの剣を使ってもいいのかとおもってしまう。
彼女の剣で人を殺すことはレインにはできないことだった。
「でもじゃないわよ。そのための鉱石持ってるんでしょ?」
先ほどのことがなかったように振舞うリズベットを何も言えずに見ると、困った顔をされる。
「あたしはあんたに助けてもらったの。そのお礼をさせてちょうだい」
それを聞いたレインは断ることをできるわけがなかった。
レインから青みがかったグレーの鉱石を受け取ったリズベットは工房で作業にうつる。
カン、カン、と静かな工房にリズベットが剣を打つ音だけが響く。
すでに何十回も同じことを繰り返している彼女の表情は、システムが勝手に作ってくれるはずだというのに真剣だった。
それからも、しばらくリズベットは打ち続ける。
そして二百近く打った頃に、鉱石は光って形を変え始めた。
形になったそれの全体的な印象はこの世界の片手剣にしては大きいだった。
暗めの青色をした柄と古ぼけたように見えるグレーの刀身すこし青みがかっていて、どこか現実世界での愛剣、傾国の剣を髣髴とさせる。
リズベットは剣をタップしてステータスを見る。
「ルインソーサリー・・・・・聞いたことがないわね。ちょっとでかいかもしれないど試してみる?」
無言でうなずいたレインはリズベットから受け取り、柄を握る。
驚くほどレインの手に馴染んだ。
リズベットのことをも忘れてレインは剣を振る。
ウェンディーのことを思い出しながら、ハンナのことを思い出しながら、ホークのことを思い出しながら、そしてフィーネのことを思い出しながら剣を振るった。
「どう、かしら・・・・?」
恐る恐るという様子でリズベットが声をかけてきた。
そして、もう一度剣を見る。
人を助けるために打たれた剣を見る。
「俺には・・・・・この剣を持つ資格はない」
思わず、そう言ってしまう。
剣自体が悪いわけではないのだが、やはり自分にはいわくつきの傾国の剣がお似合いだと痛感した。
「なら、あたしからお願いするわ。その剣で戦って」
驚いて振り向くと、こちらをしっかりと見ているリズベットがいた。
「あたしにはレインが抱えているものはわからない。もちろん、教えてもらおうとも思わない。その代わり、その剣でレインを支えたい」
「だが、俺は・・・・・・」
人を殺したことがある、ということは言葉に出すことができなかった。
「あたしを助けたみたいに、その剣でたくさんの人を救いなさい。それがその剣の代金よ」
いつもの調子で明るい笑顔をこちらに向ける。
レインは自然と、わかったと返事をしていた。
リズベットいい子;;
ただヒロインではない
ちなみに、ルナティックの名前は
吉野匠先生の《ルナティックガール》からとっているのでとくに意味はありません。
ルインソーサリーはわりと傾国の剣みたいな意味になっています