親戚からの電話   作:ウソツキ・ジャンマルコ

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電話

 

俺は、あの電話から数日後に、11年暮らした東京を去った。

 

偶然にも、先月、3年付き合っていた彼女と別れ、少しやる気を無くし、

6年間勤めていたレストランの仕事も辞めたばかりだった。

 

飛行機が苦手な俺は、実家のある九州まで、新幹線を使って帰省した。

 

地元の駅に降りたのは、初美の葬式以来だから、3年ぶりだ。

そこは、別に懐かしさもさほどわかない、パッとしない街だった。

俺は、駅からバスに乗り、実家に向かう。

 

東京に出てからの11年、実家に帰ったのは、母と陽子の葬式の時だけだった。

俺と父とは、子供の頃から、親しくした記憶がない。

無口で、いつも機嫌が悪いような顔をしている父の姿を見るのが嫌で、俺はとにかく早く家を出たかった。

 

葬式の時でさえ、必要最低限の会話しかしていない。

お互いに電話番号は知っていたが、掛けたことも、掛かってきたこともなかった。

俺は、バスに揺られながら、今までロクに関係を持った事のない父と、どう接すればいいのかを、考えていた。

 

実家のアパートに着き、上を見上げる。

築30年ほどの、4階建のアパートは古びていて、所々、外壁の塗装もはげかけている。

父の住む4階の部屋まで、階段を登りながら、少しの息苦しさを覚えた。

 

しばらく運動していなかったせいだろう。

せっかく帰ってきて、時間も少しあるんだから、今度、散歩でもしてみよう。

そう思いながら、実家のドアまでたどり着いた。

 

実家の鍵はとっくに失くしているから、鍵が施錠してあったら、入れない。

とりあえず、俺はドアノブを回してみた。

すると、ノブは回り、ドアは普通に開けることができた。

 

玄関には、青いサンダルが一足だけ置いてあった。

どうやら、父がいるようだ。

俺は、あの日にキダに電話をもらってから、別に父に電話も掛けずに、帰ってきた。

だから、父は驚くかもしれない。

俺はそう思って、玄関で靴を脱ぎながら、声をかけて家に入る事にした。

 

「ただいま……父さん……和也だけど……」

 

自分でそう言いながら、ぎこちない言葉に、少し照れを感じていた。

 

廊下を通り、10畳ほどのリビングのドアを開ける。

すると、何かすえた匂いが漂っていた。

 

リビングは、薄暗く、真ん中に置かれた大きなテーブルには、

飲みかけのお茶が入ったペットボトルや、食べた後の小皿がいつくかと、箸が転がっている。

しかし、それらはいつのものかわからない。

ペットボトルの中の液体は上の方が白く膜を張り、下にはドス黒いものが沈殿していた。

テーブルの上も、うっすら白く埃がたまっているようだ。

決して綺麗好きとは言えない俺でも、何か嫌なモノを感じてしまう。

 

俺は、ふと気になって、足の裏を上げてみた。

すると、やはり俺の白い靴下は、真っ黒く汚れている。

 

どうやら、父の体調はかなり悪いのかもしれない。

俺の気は、どんよりと重くなっていった。

 

リビングを挟んで、奥には6畳の和室が二部屋、手前に同じ和室が一部屋がある。

そして、一番奥の和室の方から、小さく何かの音が聞こえている。

 

テレビかラジオのようだ。

 

もしかしたら、父には俺の呼びかけた声が聞こえなかったのかもしれない。

俺は、薄暗いリビングを横切り、手前の和室の襖を開けた。

 

和室の中は、真っ暗だった。

窓には、厚いカーテンが引かれており、外光もほとんど入っていない。

家具はタンスが3つほどあるだけだ。

奥に置かれた仏壇も扉が閉められている。

天井を見ると、電灯ごと、取り外されていた。

そして、もう一つの和室に続いている襖から、うっすらとオレンジ色の灯が漏れている。

音もやはり、奥の和室のようだ。

 

俺はもう一度、声をかけながら奥の和室の襖を開ける事にした。

 

「…父さん…ただいま……和也だけど……」

 

襖を開けると、天井の豆電球が点いており、部屋を暗いオレンジに染めている。

カーテンは隣の部屋と同じように引かれており、外光は入っていない。

部屋には小さな棚が二つあり、上にゴチャゴチャと小物や新聞などが乗っている。

床にも皿や、ペットボトル、コップやビニール袋、薬の袋などが散らかっている。

部屋の中には、何かが発酵したような匂いと、軽いアンモニアのような匂いがしている。

隅のベッド脇の棚に古い小さなラジオが、こもった音で鳴り、小さな赤い電源ランプが点いていた。

 

おそらく、父はこの部屋だけで、生活をしているのだろうと推測できた。

小さなベッドの上に分厚い布団が掛けられた父が、横になっている。

暗くて表情はわからないが、声をかけてみる。

 

「父さん…和也だけど……帰ってきたから……」

 

そう言うと、ベッドがギシッと軋んで、布団がほんの少し持ち上がり、ゴソゴソと動くのがわかった。

父は俺の声が聞こえて、目が覚め、寝返りをうったのだろう。

そして、

 

「………ぅ……ぅうぅ……」

 

と、小さな声で、返事をした。

 

「今日から、俺……ここに住むからさ、なんか手伝う事があったら、言ってよ」

 

俺はそう言うと、足元にあったゴミをいくつかだけ拾って、襖を閉じた。

 

もしかしたら、父はボケも入ってしまっているかもしれない。

これは、かなり大変だ。

俺は、とりあえず、リビングの手前にある一部屋の和室を自分の部屋にしようと決めて、

しばらくは、家の掃除だな、と考えていた。

 

 

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