実家に戻ってから、二日が過ぎた。
初日は、とりあえず住む部屋の片付けと、リビング、風呂とトイレを掃除した。
二日目には、俺の少ない荷物も届き、一応住めそうな雰囲気にはなっていた。
そして、この二日でわかった事は、父はあの部屋からほとんど出ない、と言う事だ。
夜中に、一度トイレに行った音がした以外は、リビングにさえ入ってきていないと思う。
しかし、歩くことは出来るようだから、少しだけ安心した。
食事は俺が作り、父の部屋の床を少し片付け、俺が自分の部屋にした場所にたたまれて置いてあった、小さな机を持っていき、
その上に置いておくようにした。
次の日に食器を下げに部屋に入ると、少量ではあったが、なんとか食べているようだった。
その時に、父に何かいるものなどはないか聞いたが、何も答えなかった。
会話は、初めの返事以外は、まだ何もしていなかった。
まぁ、もともと父は無口ではあったし、俺もわざわざ話をしたいわけでもない。
父が、それでいいのなら、別に俺もこのくらいの距離が、ちょうど良いとも思っていた。
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それから、数日はいらない家具は捨てたり、細かい物の片付けなどで時間は過ぎていった。
俺が、自分の部屋にした和室は、かつて初美が使っていた部屋だったのか、部屋の整理をしていると、
ダンボール箱に入れられた、初美のものが出てきた。
アクセサリーや小物、学生の時の文房具やノートだ。
とりあえず、捨てるのは少し気が引けたから、ダンボール戻し、部屋の押入れに入れておいた。
初美は、父の部屋の隣の、仏間の窓の向こうにあるベランダから落ちたのだ、と聞いた。
初美と俺は、別に仲が良かったわけではないが、年に一度か二度は、電話が掛かってきていた。
初美が死ぬ前に、俺と最後に交わした言葉は、いつで、どんな言葉だっただろうと、思い返すが、思い出す事は出来なかった。
覚えていないという事は、おそらく他愛もない事だったんだろう。
俺は、初美に恋人がいたのか、仕事は何をしていたのか、それさえも知らなかった。
家族の事に、まったく興味がなかった自分に、今になって軽い後悔を覚える。
今、こうして父と一つ屋根の下で暮らしているのが、不思議であるとともに、
どこか、初美に対する贖罪のような気持ちも感じていた。
その日の深夜、俺は散歩をかねて、外に出てみた。
近所の住宅街は、住んでいた頃とはすっかり変わっていて、新しい家や、コーポなどが増えている。
よくお菓子を買っていた駄菓子屋やスーパーも無くなっていて、コンビニやファミレスになっていた。
俺は、人気のない道を歩きながら、昔の記憶を辿る。
しかし、すっかり様変わりした街からは、どんな記憶も鮮明には蘇らずに、どこかモヤがかかったような、
途切れ途切れの、夢のみたいにしか、浮かんで来なかった。
俺は、街の横に流れる、少し大きな川沿いに出る。
子供の頃は、よく川に入って、初美とザリガニを獲った事を思い出す。
しかし、その川さえも、新しい橋がかかっていたり、整備されていたりして、あの頃遊んだ河川敷は無くなっていた。
俺は、深夜の為か、ロクに車も通らない橋の欄干に肘をつき、暗い川の流れを目で追っている。
過ぎ去った時と、これからくる未来。
俺は、一体この街に帰ってきて、これからどうするのだろう……。
ふと、先の見えない不安に、襲われた。
5分ほど、川を眺めて、帰ろうと思った時に、ふと川に沿った街灯が見覚えのある景色を写していた。
公園だ。
川沿いにある公園で、ロケットの形をした大きな遊具が設置してあり、初美と『ロケット公園』と名付けて呼んでいた。
俺は、そこまで行ってみる事にした。
街の道や店、家などは変わっていたが、あの公園が残っていたんだと、少しだけ嬉しくなっていた。
公園に着くと、意外な事に気がつき、驚いた。
小さいのだ。
公園を囲んでいる、周りの柵はそのままだから、狭く作り変えたわけじゃないのは、明らかだ。
子供の頃は、もっと広く感じていたのに……。
それは、自分が大人になったからなのか、ただ、忘れてしまっただけなのか。
公園に入り、真ん中に置かれたロケット型の滑り台のところに行く。
ロケットの色は、当時は青と赤だったが、緑と黄色に塗り替えられている。
ロケットに触れると、冷やっとした感覚とともに、何かあの頃の記憶がキラッとフラッシュバックした。
そういえば、近所の子供と隠れんぼをしたの時は、初美と二人で、まずこのロケットの中に入っていたな。
ロケットはただの鉄の筒で、滑り台の飾りなのだが、中が空洞になっていて、子供が二人くらいなら入れる大きさだった。
俺は、深夜の公園で、子供の頃のように、ロケットの下の四本の鉄棒の間をくぐって、中の空洞に入ってみた。
中は狭く、腰から下は潜り抜けられそうになかった。
上を見上げると、中は真っ暗で、光も届いていないはずなのに、白く見える部分がある。
……目を凝らしてみても、何かはわからない。
光が漏れているわけでもなさそうだ。
俺は、携帯を取り出して、ライトを点け、その白いものを照らして見る。
そして、見えたのは、白いマジックのようなもので書かれた文字だった。
「 そいつ は ダレだ 」
そう書かれていた。
俺は、急にゾクッとして、慌ててそこから這い出した。
そのまま、立ち上がって逃げるように公園を出た。
家に帰りながら、腕や尻についた砂をはたきながら、妙な寒気を感じていた。
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