∞ - Kado: the Respective Answers -   作:沖黍州

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3章を既に観ておられる邸さんのチェックでボツになった1章です。

どうも3章でカドの内容が大きく動くようなので、執筆順も変更です。


ボツ1章 冒頭

 名古屋駅で席に座ることができ、ほんの僅かの仮眠時間を過ぎると、東京駅に着いた。キヨスクには確かに東京ばななが無造作に積まれていた。

 JRを降りメトロに乗り換えると、九年前の新人時代に慣れなかった東京の匂いを感じた。都会の匂いだった。人工の冷気が脇を通り過ぎていく。霞が関までの丸の内線はいつも通り混みあっていた。駅を上がると、蒸し暑い熱帯夜が冷えた身体にまとわりついてきた。暑い。鞄からミネラルウォーターを取り出して一飲みして心地よさを取り戻す。

 勢いに任せてやってきた霞が関だったが、どの省庁のビルも明りが点いていた。プレミアムフライデーという言葉を本省で聞いたことがないな、と思う。

 一時間前に新幹線の中で打ち込んだ、スマホのメッセンジャーの言葉の羅列。「官邸前ローソン 0時」の横には既読という文字がつき、猫を擬人化したようなキャラクターが「了解!」とびしっと敬礼しているイラストが着いてきている。

 文部科学省は素通りして、首相官邸の方向へ。ローソンにいざ入ろうと思った時だった。

「たってやーまーせーんぱーい?」

「どうも、りっちゃん。ハイテンションだね」

「……山積みの仕事から逃げたいから、こうなってるの。係長の目を盗んでくるの、大変なんだから」

「今、0時なんだけどなぁ」

「安全保障という仕事に休憩なんて概念はないんです」

 夏目律。大学時代のサークルの後輩で、国家安全保障局(JNSC)情報係に異動になった。表では文化庁とJNSCに繋がりなどあるわけがない。単なる学生時代の交友、表向きの二人の関係はそれだ。

 ローソンでからあげクンと缶コーヒーを二人分買った。夏目にはブラックコーヒーを。自分はヨーロピアンブレンドを。

「それで? 何をくれる?」

「もしかしたら、りっちゃんに利益になることかもしれない。僕のカド観について、聞いてほしくて」

「カドの対応はカク秘案件だし、話しているうちに情報引き出されるの、困るんだけど」

「じゃあ僕が一方的に喋るから聞いててよ」

「困るなぁ、そういうの」

 夏目はそう言いながら、缶コーヒーの蓋を開けた。賄賂成立だ。

「カドという存在を『フレゴニクス』と呼称していたね」

「ええ……でも。フレゴニクスはJNSCでの、あくまで暫定的な呼び方よ?」

「呼び方よりも、その概念に注目してる」

 夏目と官邸の周りを歩いてしゃべる。これまでの政府のやり取りについて、報道で聞いて分かっている限りのことを夏目に確認していく。

「中に何も通さない……一〇(ヒトマル)式戦車の徹甲弾でもヒビ一つ入らなかったとか」

「報道されてるから相槌くらいは打つけれど、安全保障の最前線の話題はやめてね?」

「センシティブなところか。すまん。とりあえず、例の真道君がカドから出てくるまで、政府に打つ手がなかったわけだ」

「そう。様々な手段が模索されたけれどね。赤外線で中を調べることもできないし、どうやら放射線すら通さなかった」

「なら『情報』も通さないな」

「えっ?」

 夏目が僕のほうを向く。彼女の職場は情報係。単語に引っかかるものがあったのだろう。

「カドの中の旅客機について、一切情報を得ることはできなかったはずだ。違うか?」

「そうね。外務省が様々な国の大使館から乗客の安否確認に公式返答できずに困っていたから……」

「では、どうして政府は『カド』に押し潰されたように見えた旅客機の乗客が、生存していると仮定して動いていたんだ?」

「それは――」

 僕だけでない、たくさんの人が思い浮かべた疑問だろう。

「JNSCでも全然わかっていないのよ。旅客機は離陸に向かう途中だったから、時速八〇キロくらいは出てたの。そんな機体がカドに接触すれば、火花が散ったり砕け散ったり……少なくともスピードが落ちるはず。摩擦があるから。でも落ちなかった」

「ふむ」

「そして、カドに一度入った旅客機は、どんなマジックを使ったのかな……何かの力で、ピタッと止まったみたい」

「旅客機や周りになんらかの影響を「与えなかった」ことに着目して、生きているかもしれない、と思ったわけだ」

 通りをタクシーが通り過ぎていった。

「生きているかもしれない、と言ったのは、政府関係者じゃないな?」

「……どうして?」

「かもしれない、なんていう不確かな状況で動けるほど、柔らかい組織じゃないだろう?」

「JNSCを甘く見ないで。でも……言わんとすることは分かるよ、先輩」

「その『生きているかもしれない』という発想に至った人間と会ってみたいな」

「そう」

 夏目の反応は素っ気なかった。

 半分は、立場上何も言えないというものがあるのだと思う。でももう半分は、おそらく夏目自身に僕とその人物を引き合わせる力がないということではないか。

 ならば、別ルートからアプローチすればいい。

「『情報を通さない素材』。僕が着目しているアイデアだ」

 だから、メッセンジャーになってもらう。

 情報というものは、媒介物の意思によらず、伝達するときは伝達するし、しないときはしない。夏目が『情報を通さない素材』というアイデアを知った以上、どこかでこのアイデアが政府関係者を通して、今回の事件のアイデアマンの元に届けられる。そのときに政府で何か動きがあれば、結果的に僕はアイデアマンに自分の発想を伝えたことになる。

「うーん……立山先輩の言うことは毎度難しいから」

「もうちょっと語彙力があれば。もどかしいな」

 僕も自分自身の頭の中に引っかかっている何かを言語化できていない。カドについて僕が思っているアイデアが形になっていない。

 だから、その道のプロに会いたかったのだ。カドに向き合う最前線に立ち、政府の動きを変えたキーマンに。

 そろそろ戻らなきゃ、と言った夏目に、わざわざありがとう、と告げる。

「忙しいね」

「あいにく、ね。もうちょっと利のある話が欲しかったかなぁ」

「仕入れたら、な。カドの最前線の土産話も待ってるよ」

「安全保障のフィルターにかけると、土産物なんて出てきませんよ」

 ふぅ、と夏目はため息を吐いた。

「あの……この立ち話のために、京都から来たわけじゃないんでしょう、先輩?」

「土日もあるしな。せっかくカドが現れたんだ。しばらく東京で遊ぶよ」

 僕の返事に、夏目は険しい顔つきになる。

「そうじゃなくて――日向で働く気はないんですか」

「おいおい、言ってくれるな……文化庁の仕事は楽しいぜ」

「先輩には適性があります。情報を取り扱う力、情報を選択する力……とにかく、です。危ない橋は、わたらないでくださいよ」

 何を言っても無駄か、というような表情の夏目に、僕は返事をする。同じ政府機関に働いて九年。こちらが陰で何をやっているのかは知らなくても、情報系機関に属する彼女が僕にアクセスできない領域があるという事実こそが、夏目を不安にさせる『情報』なのだろう。

「ご忠告、どうも。石橋はたたいて渡ることにするよ」

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