「2」   作:まなぶおじさん

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前編

「はあ……」

 

 陽気さが装甲を身につけているようなアンツィオ高校学園艦で、その中央に設けられた屋台広場の中で、その路上で、ビスコッティは心の底からため息をつく。

 

 どうして、自分の絵が入選されない。

 

 「上手いもんだ」と自賛は出来るし、周囲からもマトモに評価されてはいる――いるが、それだけだ。アンツィオへ入学して以来、コンクールで賞を取れたことはない。

 ため息が出る。たぶん、屋台広間の中で一番しけていると思う。

 昼休みという、学業の一区切りを終えた時間帯ということもあってか――ビスコッティ(あだ名)高校三年生は、誰を気にすることもなく屋台広間をほっつき回っていた。

 

 いつもなら、食堂で昼飯を済ませ、教室で絵を描いているはずだった。今日もそのつもりだったのだが、クラスメートから、

 お前、すげえダークだな。

 そんな顔色をしているのかと、我ながらびっくりだった。何だかやばい兆候な気がして、クラスメートを心配させないよう「ちょっと、気分転換してくる」と言い残し、そのまま屋台広間へ足を進めたのだ。

 

 クラスメートの言うことは、たぶん正しい。

 何せ、自分はもう高校三年生だ。だのに高校生になって、コンクールでは一個も賞を取れたことがない――三年間の鬱屈が、ストレスが、焦りが、つもりに積もったのだと思う。

 

 思考する。どうして高校とは、三年間しか歩めないのだろうと。正直なところ、もっと時間が欲しい。

 これを解決するには、留年する他ない。ないのだが、ビスコッティはごくごく普通のアンツィオ生徒だ。勢いとノリで生き抜きつつ、特にこれといった問題を起こしたりはしない。美術関係の大学を目指している手前、勉強だって人並みに行っている。

 そもそも、留年すれば親がブチ切れるだろう。それだけは、何としてでも阻止しなくてはいけない。

 

「おーい、そこの人ーッ!」

 

 アンツィオ高校学園艦は、絵を描くには非常に適した環境だ。金はないが、絵や歌といった芸術方面にはかなり強く、コンクールで連続入賞することもそう珍しい事ではない。

 その為か、他の学園艦の「同業者」からは、「文明的ラスボス」としてよく恐れられている。その他メディアも、「文化会艦」と評価してくれて、至れり尽くせりだ。

 こうした事情は政府も把握しているようで、廃艦候補に挙がったことは一度もない。これはアンツィオ高の自慢の一つであり、心の支柱であるといえた。

 

「そこのクールな人ー! 鉄板ナポリタンはどうだいッ!?」

 

 だからこそ、このアンツィオ高校学園艦で「入賞」したかった。

 強豪揃いの美術部の中で、一際輝くことが出来れば――自分には、才能があったのだと自覚できる。プロへの道が、開かれるかもしれない。

 

 が、

 

 現実は、鳴かず飛ばずだ。アンツィオの美術部員は勿論のこと、他の学園艦の生徒にも打ち勝たねばならない。いくらアンツィオが「文化的ラスボス」といえども、それに勝利する逸材が時たま現れるのだ。

 ライバルは非常に多い。学生絵画コンクールという文明的戦争の中で、今年こそ名を上げなければならない。

 一位でも、二位でも、三位でもいい。賞を狙えるような絵が描きたい。

 

「そこの兄さーん! おいしいナポリタンを食べると、何とかなるよー!」

 

 ぴたりと足が止まる。

 屋台広間は、今日も今日とて絶賛繁盛中だ。雑談や喧騒は勿論のこと、「俺のジェラートが最高に決まってんだろ。わかってねえな」「あ? 甘いだけじゃないんだよウチのジェラートはよ?」と、平和的な争いが巻き起こったりもする。これも名物の一つで、観光客も「投票」に協力したりするのだ。

 ――そんな賑やかな場で、明確に声をかけられたような。

 周囲を見渡す。観光客と話し合う屋台の主が、呼び込みをかけるジェラート売りが、ゴミ拾いに勤しむ男のボランティア部員が、こちらへ手を振るう女性の屋台主が、

 

「兄さん! 何か嫌なことでもあったのかい? ――まま、メシを食べながらで私に話してくれよ」

 

 もう、逃げられない。

 まず屋台主が、ビスコッティの事を視線で捉えている。食器洗いに専念していたミディアムヘアの女子生徒も、「まあまあこっちに」と手招き。そして、「100万リラ、まけてやっから」という小声のひと言。

 逃げられるはずが、なかった。

 

 ↓

 

 私はペパロニ、三年生で戦車道やってるんだ。お前は? ……へえー、ビスコッティっていうの。同級生か、よろしくな!

 

 鉄板ナポリタンを調理しながら、ペパロニという屋台主と自己紹介を交わしあう。そのままストレートに「で、何があったんだ?」と質問されて、勢いに流されるがまま「あー、実は」と身の上話を始める。

 ビスコッティは「俺はここの美術部員なんだけれど、高校の部のコンクールで賞をとったことがなくてさ。それでしょげてたの」と説明し、ペパロニが「ウチの美術部って結構強いんだっけ?」と、茶色のミディアムヘアの女性に問う。

 食器を洗いながら、「そうっすよ。巷ではラスボス扱いされているみたいっすね」と説明し、ペパロニが「なるほどなあ……その中で活躍しようっての? すげーなあおめえ」と、ビスコッティの事を笑顔で褒める。ビスコッティは少しテレながらも「でも、入賞経験は無し。だから、入賞できそうな絵を考えてるんだけどね」と、心中を明らかにした。

 ――おいしい鉄板ナポリタンを手渡される、ウインク込み。100万リラ引きに感謝しながら、200万リラを手渡して、「いただきます」「召し上がれ!」。

 早速、一口。

 

「うまい!」

「だろ?」

 

 肩を叩かれる、何だか笑ってしまう。

 あまり屋台広間にはうろつかないのだが、実に勿体ないことをしたと思う。ペパロニが作る鉄板ナポリタンは、あっという間に口の中を熱くして、舌に甘いソースが染みわたっていって、歯にパワー溢れるパスタが絡みつく。

 これだけでも十分に明るくなれるのだが、祭りの雰囲気が感情をプラスに煽る。生徒同士の雑談が、観光客の絶賛の声が、立場を越えたスキンシップが、ペパロニの笑顔が、ビスコッティの心をうまく解してくれた。

 

「にしても――なるほどなあ。いかにも美術家っぽい悩み抱えてんだな」

「まあね」

「絵を描き始めて、ナンボだ?」

「あー、幼稚園の頃からだから……十二年ちょい?」

 

 そこで、ペパロニの両目が「何!」と光る。

 

「すげえ」

「え、そお?」

「すげえなお前! 真面目に生きてんだなあ……なるほど、焦っちゃうのもよく分かる」

「絵を描くことが、好きなだけさ」

 

 とはいえども、異性から褒められて上機嫌になる。

 根っからの絵描きであろうと、賞に悩んでいても、自分は男に過ぎないのだ。

 ペパロニが、手で口を押えながら欠伸をしつつ、

 

「私も絵はかじったことはあるんだが、いやー難しかった。私は見る専に向いてるな」

「へえ。どんな絵を?」

「戦車の絵。ちょっと、作戦の都合で描くことになって」

 

 見上げる。

 ペパロニは戦車道履修者だという。となると、屋台の屋根が戦車そのものなのも納得だ。カラーリングは緑で、これが結構目立つ。

 

「これは、P40っていう戦車を模してるんだ。ウチの秘密兵器なんだぞ」

「ほう、秘密兵器」

「そ、秘密兵器……だった」

 

 鉄板ナポリタンを噛む。だった、という言葉がよく響く。

 

「アンツィオ戦車道ってさ、前までは金が無くて無くて。だから、重戦車なんて上等な戦車は中々買えなかったんだ」

 

 ふむふむ。

 

「でも。先輩がたと、先代ドゥーチェの頑張りのお陰でな。ようやく買えたんだ」

「先代ドゥーチェ、」

「安斎千代美っていうんだけれど、知ってるかな?」

 

 その名前を聞いて、すぐに顔を思い出す。

 戦車隊の隊長を務めていて、物凄く美人。人当たりも良く、アイドルのような存在だった。

 それ故に、卒業していった時は、校内で野郎どもの嘆きがよく響いたものだ。

 

「知ってる知ってる」

「お、そうか。やっぱり姐さんは有名人だなあ」

「俺らのアイドルだったよ」

 

 なんだそれ。ペパロニが微笑する。

 

「――あ、ごめん。話を続けて欲しい」

「ああ、ほいほい。……実はなー、去年の大会でP40は大破しちゃったんだなーこれが」

「マジで?」

「マジで」

 

 しかし、ペパロニの表情は明るいままだ。

 

「結構金がかかるみたいで、寄付を募ったんだよ。で、後は運を天に任せるっきゃなかったんだけど――丁度その頃、大洗学園艦が廃艦になりかけたんだ」

 

 ああ――。

 大洗学園艦のことは、少しは知ってはいる。確か、去年の高校戦車道全国大会で優勝して、けれども色々あって廃艦になりかけたとか。

 そこで、ビスコッティの脳みそが「あ」と声を出した。

 

「そういえば、アンツィオニュースで見たぞ。『アンツィオ戦車道、廃艦寸前の大洗学園艦を救う!』 って」

 

 ペパロニが、実に実に嬉しそうに口元を曲げる。食器を洗いながらで、ミディアムヘアも「へへ」と笑う。

 

「知ってるなら話は早い。そう、私らは戦車道の『スジ』を通すために、助太刀したんだ」

 

 私らということは、ペパロニも参戦したのか。

 凄いなあと、素直に思う。

 

「で、予想以上に大暴れしちゃったらしくてな。瞬く間に、アンツィオ戦車道の知名度がうなぎ上りになっちゃってさあ」

 

 ペパロニが、本当に本当に楽しそうに語る。

 

「アンツィオのOGやOBが、アンツィオ出の有名人や成功者が、『活躍もさることながら、アンツィオ戦車道を立て直してくれた事に深く感動しました。これは少ないですが、P40の修理費に使ってください!』って寄付してくれたんだよ。なーにが少ないっての、目標額の2ケタは超えたっての。ったく、絶対にノリと勢いで寄付したに決まってるよ」

 

 ペパロニが苦笑する、上機嫌そうに。

 戦車道とはまるきり無縁であるものの、楽しそうに過去を話してくれるものだから、嬉しそうに笑ってくれるものだから、ビスコッティも「それでそれで」と促してしまう。

 

「もー先代ドゥーチェも倒れちゃってさあ、大変だったよ。あーほんと楽しかった」

 

 ひと呼吸。

 

「P40は完治して、戦力も増強させた。もちろん許可は取ったよ」

「やったな。今年は、優勝を狙えるんじゃないか」

「かもな」

 

 ペパロニが、コンロに火を灯す。

 

「私はさ」

 

 フライパンの上に、鉄板ナポリタンの材料を乗せていく。

 

「私はさ、絵の世界はよく知らないけれど――高みを目指そうとするお前の気持ち、よく分かるぞ」

「え」

 

 ペパロニが、慣れた手つきでソースを調理する。

 

「私さ、ドゥーチェの名を継ぐことになったんだ」

「え、マジで? 凄いじゃん」

「そう、凄いことなんだけどさ」

 

 スプーンを軽やかに動かしながら、

 

「先代ドゥーチェはさ、ほんと凄い人だったんだ。――そんなねーさんのことを、先輩のことを、私は心から尊敬してる」

 

 ソースが出来上がる。浮かない顔をしたミディアムヘアの女性から、パスタが乗っかった鉄板を受け取り、

 

「だから、私も先代ドゥーチェのようになろうと、私なりに頑張ってる――つもりなんだが、どうにもオツムを使うのが苦手でさ」

 

 パスタの上に、ソースをとろりと注いでいく。

 

「作戦の立案っていうの? そういうのがどーにも苦手で……周りはさ、『そういうのは知恵者に任せときゃいいんすよ』とか言うんだけどさ、」

 

 鉄板ナポリタンが出来上がる。食欲を促す匂いが、静かに漂い始める。

 

「ドゥーチェの名を、アンツィオ戦車道を立て直してくれたドゥーチェの誇りを、私の代で劣化させたくないんだ」

 

 鉄板ナポリタンを手に取り、それをビスコッティへ手渡す。

 ――あれ、と思う。ポケットから財布を引き抜こうとして、

 

「これはサービス。受け取ってくれ」

 

 ええでも。ビスコッティは困惑するが、ペパロニは気にするなとばかりに笑う。

 

「お前とは、仲良くなれそうな気がする。大変だよな、高い目標を持ってしまうのって」

 

 無言で頷き、沈黙したままで二つ目の鉄板ナポリタンを受け取る。完食した分は、屋台に返しておいた。

 

「でも、だからこそ、やめられないんだよな」

「……まあな」

 

 ペパロニが、ミディアムヘアに対して「はい」と食器を手渡す。ミディアムヘアが、それを手にした後に、

 

「総統」

「ん?」

「私たちは、今のままでも良いって思ってるっすよ」

「そうか。それは嬉しいんだけどなー」

 

 けれど。ペパロニは、そうやって前置きして、

 

「私が、望んでやっていることだから」

 

 ミディアムヘアが、「そっすか」と小さく返事する。

 ――ペパロニが作る、鉄板ナポリタンは本当に美味い。腹も膨れるし、先ほどまでの不機嫌も胃の中へ消えていった。

 だからこそ、

 

「なあ」

「ん?」

「人にはさ、向き不向きっていうのが、どうしてもあると思う」

 

 ペパロニが、「え」と目を丸くする。

 ビスコッティは、言葉を続ける。自分なりの礼を果たす為に。

 

「俺はさ、絵は好きだけれど、ビルとか家とか、建築物を描くのが苦手で……自然なら何とかいけるんだけどね」

 

 鉄板ナポリタンを、フォークでくるくる巻く。

 

「練習すれば、いくらかは何とかなるとは思う。けれど、こればっかりはセンスも絡むんじゃないかな」

 

 パスタを、口の中へ運んでいく。腹の中がだいぶ満たされてはいるものの、美味いものは美味いのだった。

 

「だからまあ、建築物の事は添えておくように描く。あくまで、メインは自然の風景画って感じで」

 

 ペパロニは無表情のままで、けれどもビスコッティから目を逸らさない。

 

「ペパロニさんもさ、俺と同じでさ、はっきりと向き不向きがあるんじゃないかな」

「……まあ正直、勉強はほんとーにタルかったしなあ」

 

 その時、ペパロニがあくびを漏らした。首を左右に動かし、眠気を何とかしようとする。

 

「あ、ごめんごめん」

「いやいや」

 

 その時、ミディアムヘアがこそこそと近づいてきて、耳打ちするような声で「総統、前までは成績やばかったんすよ。今は、学年五位っすけど」と、ささやかに言う。

 ――本気で、総統を目指しているんだ。

 

「作戦の立案が苦手なら、知恵者……だっけ? そうした人に任せちゃえばいいんだよ。ペパロニさんは、言葉と情をメインに動いた方が良いと思う」

「そ、そうか?」

「そうそう。ペパロニさんってさ、人を励ましたりするのが凄く上手いよね。さっきの俺なんてアレだったけれど、今は――この通り」

 

 ビスコッティがピースサインをかまし、ペパロニが苦笑する。

 ――ペパロニと知り合い、話し合って、まだ数分程度の時間しか経過していない。そんな相手に対して、向き不向きを語るなんて無謀の一言だ。

 だが、ビスコッティの口は止まらない。腐っていた自分に声をかけて、食費をまけてくれて、共感までしてくれたペパロニの事を、どうしても放ってはおけなかった。少しでも、ペパロニの人柄を肯定したかった。

 だから、ビスコッティは主張する。

 

「ペパロニさんはさ、今も十分にリーダーしてると思うよ」

「……ありがとう。でも、でもな、」

 

 ペパロニが、おさげをつまむ。

 

「先代ドゥーチェの名を『継ぐ』のが、私の夢だからさ」

 

 ペパロニが、優しく微笑する。

 けれど、その一言は真剣そのものだった。「同じもの」を目指しているからこそ、反論も出来なかった。

 

「――っと、長くなったな。ごめん」

「いや。話を聞けて、本当に良かった」

 

 そっか。

 ペパロニが安堵して、一旦背を向ける。そのままキッチンで手を洗った後で、ビスコッティの元まで戻り、

 

「お前の絵が入賞できるよう、応援するよ」

 

 ペパロニが、手を差し出す。

 不意だったもので、今のビスコッティは、食うことしか出来ていなかった。

 

「良かったら、また食べに来てくれ」

 

 ――ひと息つく。食べかけの鉄板ナポリタンを、屋台のカウンターの上に置く。

 

「ありがとう。これからもよろしく」

「こちらこそ」

 

 手と手を、握り締め合う。アンツィオ高校学園艦では、よく見受けられる場面だ。

 

「落ち込んだ時、そうじゃない時でも、いつでも食べに来て欲しいっす。私はペコリーノ、二年生です。これからもよろしく!」

「よろしく!」

 

 ミディアムヘア――ペコリーノとも握手を交わす。先ほどまで食器を洗っていたからか、綺麗な手をしていた。

 

 何処かの屋台から、「俺のラザニアが最強に決まってんだろ!」といった主張が高らかに響く。そのまた別の屋台から、「いいやウチに決まってんだろ?」と返し始めた。生徒も観光客もやんややんやと騒ぎ出し、早速とばかりに厳選なる審査が行われる。こうした流れも、アンツィオ高校学園艦では珍しくも何ともない。

 

 ↓

 

 しかしそれでも、どこでも、アンツィオでも、例外は決まって存在する。

 

 放課後になって、先代ドゥーチェ――安斎千代美について携帯で調べてみた。まずはアンツィオ戦車道公式ページにアクセスしてみたのだが、望みの情報はすぐに見つかった。

 先代ドゥーチェ――安斎千代美は、中学の頃から戦車隊隊長としてブイブイ言わせていたらしい。その実績を耳にしたアンツィオ高校学園艦が、「ウチに来て、戦車道を立て直して欲しい」とスカウトしたとか。

 特待生として招かれた安斎千代美、「アンチョビ」は、高い知力を駆使し、実力で説得力を示し、持ち前の行動力で履修者を増やし、純粋な魅力で皆を引っ張っていったという。

 

 そんな彼女の事を、履修者は「総統」と呼んだ。

 そんな彼女の事を、同業者は「天才」と呼んだ。

 

 携帯を片手に、ビスコッティは「はあ」と息を吐く。

 ペパロニ。君は、俺なんかよりもよっぽど――

 

―――

 

「おーい! ビスコッティー! 食ってけー!」

 

 元よりそのつもりだった。本日の昼飯は、ペパロニナポリタンと最初から決めていたのだ。

 携帯と財布とスケッチブックを持参しながら、ビスコッティは屋台前まで足を運ぶ。そこで、金色のロングヘアをした女性からの一礼。

 

「こんにちは」

「あ、こんにちは。ビスコッティって呼ばれてます、本名は黄田」

「これはご丁寧に。私はペパロニの友人をしている、カルパッチョといいます。三年です」

「ほうほう。戦車道履修者ですか?」

「はい」

 

 そうして遠慮なく手を差し出され、躊躇なくそれを握り返す。ペパロニがフライパンを片手に調理している最中、カルパッチョがにこりと微笑んだまま、

 

「ペパロニから聞きましたよ。絵一筋の、熱心な画家みたいですね」

「え!? ペパロニさーん、大袈裟に言い過ぎ―」

 

 ペパロニが、悪びれもせずに「えー?」と笑いながら、

 

「何言ってんだよ。十二年間も絵描いておいて、今更謙遜か?」

「そんなつもりはないけど、こっ恥ずかしいって」

「別にいいじゃないか、誇れ誇れ。私なんて、戦車道やってまだ三年だぞ」

 

 ということは、高校から戦車道を歩み始めたのか。ビスコッティが何となく「へえ」と頷く。

 

「十二年間……だいたい、幼稚園の頃から描き始めたんですか?」

「うんまあそうなるのかな。美術館で見た風景画に惚れまして」

 

 カルパッチョが、「まあ!」と嬉しそうに声を上げる。手と手まで合わせながら。

 

「すごい……本物の芸術家なんですね」

「描くのが好きってだけですよ」

「やっぱり、芸術家タイプじゃないですか」

「そうかなあ。まあ、絵が描ければ三日三晩は飲まず食わずで生きられるかも」

 

 カルパッチョが、「えー?」と苦笑する。ペパロニが「信じられん」と、はっきりコメントする。

 絵に夢中になりすぎて、飲まず食わずで一日を跨ぐことは割とよくある。流石に三日三晩は言い過ぎだが、一晩程度ならもう慣れっこだった。

 

「おい。昨日は……ウチで食ったか。とにかく、食べなきゃだめだぞ」

「分かってる分かってる。食うことは好きだから」

「ったく……はい、300万リラ」

 

 先日より100万リラほど値が上がっている――のではなく、これが普通の値段だ。看板にも、そう書かれてある。

 昨日の200万リラとは、いわゆる「サービス」の類だ。自分があまりにもへこたれていたものだから、その救済として100万リラほどまけてくれたのだ――それも、お代わり付きで。

 今でも、200万リラの鉄板ナポリタンには深く感謝している。ペパロニの料理で腹が満たされ、ペパロニの人柄で気分が晴れていったのだから。

 

「へいよー、300万リラ持ってってくれ」

「あいよー、300万リラお持ち帰りー」

 

 そうして、ペパロニが力なく欠伸を漏らした。屋台を経営するのも、楽ではないらしい。

 ――さて。

 

「あ、手、空いた?」

「あ、うん」

「これ、見て欲しいんだけど」

 

 ペパロニが「へ?」と声を漏らし、ビスコッティがスケッチブックを掲げてみせる。ペパロニと、カルパッチョと、食器洗いのペコリーノから、瞬く間に注目された。

 

「これに、絵が?」

「そう。コンクール前に、気晴らしに描いてみたものばっかりだけどね」

 

 カルパッチョが、実に好奇心旺盛に瞳を光らせる。

 

「これ、見てもいいんですか?」

「もちろん。評価してもらう為に、これを持ってきましたから――やっぱりあれですね。自分の目だけでは、冷静に自分の絵を見つめることは出来ませんし」

 

 カルパッチョは自分と同じ、高校三年生だ。だのにどうしても、敬語が抜けきれない。

 たぶん、カルパッチョは「素」でこうなのだろう。自然と、気品を振りまいてしまうのだろう。明快な人間が多いアンツィオの中では、極めて珍しいタイプであるといえる。

 推測する。たぶん、この人が「知恵者」なのかもしれない。

 

 ――ペパロニが、鉄板ナポリタンを差し出してくる。

 

「なるほどな。いやー、いいこと言うなお前、ほんっとマジメだなお前」

「絵に対してだけさ」

「なおの事良いな。うし、私らでよけりゃ協力するよ」

「やったぜ」

 

 鉄板ナポリタンを受け取り、スケッチブックをペパロニへ手渡す。

 ビスコッティが「いただきます」と一声かけ、ペパロニが「召し上がれ!」と返す――アンツィオ戦車道履修者の面々は、早速スケッチブックを広げた。

 

「こ、これは」

 

 見逃さない。ペパロニと、カルパッチョと、ペコリーノの目の色が、意識の方向が変わった。

 

「これ……ビル街か? お前、建築物を描くのは苦手だって」

「苦手だけど、嫌いじゃないよ」

 

 へえ。ペパロニが、攻撃的に笑う。

 

「すごい……一目で、夕暮れだって分かります」

「アンツィオってこんなに綺麗でしたっけ?」

「の、はずなんだろ。こいつがそう描いているんだから」

 

 冷静なフリをしながら、鉄板ナポリタンを口にしていく。

 表情はあくまで平然と、仕草も変わり映えなく、手つきだって食欲に任せているに過ぎない。

 内心はといえば、アンツィオ高校学園艦で躍っていた。自分は学生で、絵描きで、絵の為ならどんな評価だろうと受け入れるつもりだ――が、根っこは男である。アンツィオ高校に通う、高校三年の男の子なのである。

 そんな奴が、女の子から「すごい」なんて言われようものなら――間違いなく、おだつに決まっていた。

 

「これがビスコッティさんの、同級生が描いた絵なんですか? 天才の予感がします」

「だと良いんだけれどね。上には上がいるからこそ、入賞出来ないのだし」

 

 今だけは、天才でもなんでもない俗人だと、心の底から思う。

 何せ、平然を装いながらデレデレしているのだから。

 

「お、これって森の中か? うわー、なんだろうこう、涼しげー」

「お、そう思う? 空気を感じてくれれば嬉しいよ」

「……うーん。私からすると、最優秀賞間違い無しなんすけどねえ」

 

 ペコリーノが、顎に手を当てつつ、うんうん唸る。

 ペパロニも、「私もそう思う」と同意した。

 

「……が、何か『壁』があるんだろうな」

「そう。そうなんだろうね」

 

 フォークで、パスタをくるくる回す。

 

「分かるぞ、それ。ましてや入賞なんて、審査員の感性任せだろうし」

「かもね。でも、それを言い訳にするつもりはないよ。『上手ければ上手いほど』、入賞できる確率は上がる」

「そうだな。そういうもんだよな」

 

 ページをめくり、カルパッチョが「まあ、鳥!」と声を上げる。表情も明るくなる。

 ペパロニも「ほー、こういうのも描くのか」と感心している。ペコリーノも、「プロい……」と褒めてくれた。

 

 ↓

 

 それからというもの、ペパロニ一同はスケッチブックを読破した。同時に鉄板ナポリタンを完食し、「ごちそうさまでした」の一言。

 鉄板ナポリタンをカウンターの上に置き、ペパロニからスケッチブックを返して貰う――ペパロニは、極めて真剣な真顔のまま、

 

「うーん。全体的に素晴らしいデキだと私は思う。思うんだが」

「うん」

「……なんだろうな。私はな? 私はだぞ? 親しみやすい絵の方が良いと思う。大きな世界を描かなくとも、こう、手が届きそうな……そういう絵が良いな」

「なるほど」

 

 ペコリーノが、食器を回収する。

 

「でも、手に届かない世界っていうのも良いんだろうし、ああわからん。……まあ私はな? 私個人はな? そういった絵が好きかなーって」

「ふむ、参考になる」

「そうかなあ、参考になるかなあ。やっぱり、部活仲間に聞いた方がいいんじゃないの?」

「いや。ペパロニさんのような、ノーマルな意見が一番欲しかったんだ」

 

 ペパロニを安心させたいが為に、ここまで見てくれた事に感謝したいが為に、ビスコッティはにこりと笑ってみせた。

 ――ペパロニは、「そっか」と安堵してくれた。

 

「絵なんて、久々に見たけれど……凄く楽しかった。奥深いな、やっぱり」

「だなあ。到達点までは、めちゃくちゃ遠い」

「そこは……今の私も同じだな」

 

 総統になりたい。それが、今のペパロニにとっての望みだ。

 互いに困難な目標を抱えているからこそ、ペパロニとは縁が出来た――そう思っていたが、壁の高さでいえばペパロニの方が遥か上だ。

 

 先代ドゥーチェ、安斎千代美は戦車道の天才だった。

 そんな人物を追いかけるには、並みならぬ努力が必要だろう。不得意すらも塗り潰せる、尋常ではない労力を用いるだろう。ペパロニも、最初からそこは分かっているはずなのに。

 けれど、ペパロニは言う。「尊敬しているからこそ、自分の代で劣化させたくない」と。

 その決意一本で、ペパロニは今もなお戦い続けているのだ。自分よりも、確かに遥かに頑張っていた。

 

「……ペパロニさん」

「ん?」

 

 ペパロニには、恩を感じている。だから、少しでも、

 

「無理は、するなよ。俺も、ちゃんと三食とるから」

 

 少しでも、何とかしてあげたかった。

 ――そんなことを言われたペパロニは、真顔から微笑へ、そしてアンツィオらしい明快な笑顔へ変わっていく。

 

「ありがとう。まあ、そんなに心配しないでくれって」

 

 肩を、ばしっと叩かれる。情けない声が出た。

 

「私もちゃんと食うし、遊ぶし、寝る時は寝るから」

 

 その時、カルパッチョの視線がペパロニへ食いついた。食う、ではなくて、遊ぶ、でもなくて、寝る、という言葉に対して。

 

「それに、嫌になったことなんて一度もないぞ。私は好きで、総統になりたいって思ってるんだから」

 

 尊敬しているからな。ペパロニは、小さい声でそう言った。

 ちらりと、カルパッチョの方を見る。カルパッチョは――明らかに、苦笑いをしていた。

 

「ペパロニ。……困ったことが合ったら、みんなに頼ってね? 無理して、体を壊しちゃだめだよ?」

「わかってるわかってる」

「――気分転換になるか分からないけれど、俺も、絵を持ってくるからさ」

「お、そうか? 未来の画家の絵を、これからも見られるなんて、ラッキーだな!」

 

 そうして、再び肩をばしばし叩かれる。雰囲気を砕く為に、あえて「いてー」と声に出した。

 ――そこで、食器を洗っていたペコリーノが、ちらりとビスコッティへ視線を傾けて、

 

「総統と、相性が良いみたいっすね」

「そうかな?」

「これはひょっとして、これは?」

「いやいや」

「ここまで親しい男友達は、いなかったはずっすよ。でしょ? 総統」

 

 そうなの?

 ビスコッティの目線が、ペパロニへ移る。ペパロニは、面倒くさそうに笑いながらで、

 

「いないけれど、こいつとはそういう関係じゃないから。ったく、どうしてそういう」

「ココで言うんすか、それを」

「あー、しまった」

 

 やる気なく、ペパロニが反省する。

 アンツィオ高校学園艦は、「文明的ラスボス」とか「文化会艦」とも呼ばれているが、それを知っているのは同業者くらいなものだ。

 一般人すら知られているフレーズはといえば、やはり「ノリとメシとナンパの本場」一択だろう。そうやって評されるほど、この地は異性関係に敏感なのである。

 

 この地で、異性同士が二人きりで会話しようものなら。ましてや、「至近距離」から接しようものなら、間違いなく「気を遣われて」しまう。アンツィオ生徒は、交際するのも好きだし、見るのも大好きなのだ。 

 なぜそうなのかといえば、みんな幸せになれるからである。ことアンツィオ高校学園艦においては、それに対する欲求がとてつもなく色濃い。

 だからこそ、アンツィオ生徒はノリと勢いと、愛を歓迎する傾向にある。人を愛せば自分が幸せになれて、それを見られれば自分も幸福感に浸れる。だからこそ、皆が皆こぞってフォローに回ったりするのだ。それすらも楽しいが故に。

 

 これに関しては、ビスコッティも変わらない。たぶんペパロニもそうだろう。三年生である分、アンツィオパワーはかなり蓄えられているといっても良い。

 総統も、戦車道履修者も、絵描きも、すべては例外なくアンツィオ気質に染められる。これこそ、恐るべき「伝統」であるといえよう。

 

「……ま、あれだ」

 

 ペパロニが、皮肉げに笑う。

 

「こいつらの言うことは気にするな。気晴らしに、またウチに来い」

「サンキュー。絵を見てもらう代わりに、戦車道に投資するってことで」

「お、いいこと言うなお前」

 

 ペパロニが、くっくと口元を曲げる。その際に、カルパッチョが近づいてきて、

 

「私も歓迎します。これからも、ペパロニと仲良くしてやってください」

「はい」

 

 そしてペコリーノが、「そして、そこからすべてが始まるんすね? ね?」と期待する。ペパロニが「アホなこと言ってないで、食器洗え」と荒っぽく口にした、良い表情で。

 

 それにしても、屋台広間は今日も騒がしい。昼間ということで、客寄せの声もデカい。青いジャージを着たカップルが、「ここ来ると腹が減るなあ」と笑い合っている。

 明日もきっと、屋台広間は賑やかであり続けるだろう。腹が減れば、またここでメシを食うに違いない。

 

―――

 

 それからというもの、ビスコッティの日課がまた一つ増えた。

 まず、絵を描くこと。次に、美術部で切磋琢磨すること。スキあらば、被写体を探し回ること。そして、

 

 ――お、ビスコッティ。よく来たな! 食ってけ!

 

 昼になれば、ペパロニの屋台へ立ち寄るようになったこと。

 ペパロニはいつも明快で、「食わせてくれ」と言えばメシを食わせてくれるし、「絵を見て欲しい」と頼めば喜んで拝見してくれる。時たま浮かないこともあるのだが、そういう時は決まって、「何か暗い顔してるな。そういう時は、はい鉄板ナポリタン!」と調理してくれるのだ。

 

 日頃から、日に日に迫り来る学生絵画コンクールの事を忘れたことはない。何を描けば良いのか、どうすれば入賞できるのか、自分に足りないものとは何なのか――自分の部屋でも、教室でも、部室でも、外でほっつき歩き回っている時でも、常にそう意識している。

 自分は絵一筋だから、誰よりも上手くなりたいから、プロになりたいから。だから、生き方に後悔を抱いたりはしていない。

 

 

 ――けれど、だからこそ、気分転換も大事なのだ。

 昨日も今日も、いつもの喧騒に身を寄せ、楽しげに祭りを堪能している観光客とすれ違い、俺のメシが最高いいや俺の方が美味いと争う屋台をちょろっと眺めて、屋台広間って面白いなあと思いながら、

 

「お、今日もきてくれたんだな」

 

 目があった瞬間、ペパロニからウインクされる。注文の一つも言っていないのに、早速とばかりに鉄板ナポリタンを調理し始めた。

 カルパッチョも礼儀正しく頭を下げ、ペコリーノも「らっしゃいッ! ビスコッティの兄さんッ!」と歓迎してくれた。

 ――未だ、作風には迷ってばかりだ。けれど前のように、積もりに積もって鬱屈したりはしない。

 これもぜんぶ、美術部とは無縁の、自分の絵を見てくれる戦車道履修者のお陰だ。

 

「はい、300万リラ」

「あいよ」

 

 ――自分を助けてくれた、ペパロニのおかげだ。

 

「で」

「で?」

 

 出来立てほやほやの鉄板ナポリタンをビスコッティへ手渡し、にこりと一言。

 

「今日は、どんな絵を見せてくれるんだ?」

 

 ↓

 

 屋台広間といえば絶対的にやかましく、例外なく明るいものなのだが、本日のアンツィオ戦車道屋台前は随分と盛り上がっていた。

 まず、ペパロニが「これは!」と絶叫し、カルパッチョが「まあ!」と歓喜する。ペコリーノに至っては「コピー取らせて欲しいっす!」と頼み込んでいた。

 ビスコッティに関していえば、「っし!」と内心で喜んでいた。ペパロニの手が止まるのも、無理はないもので、

 

「これ、P40だよな? うまい、めっちゃ上手いぞオイ」

 

 美味い鉄板ナポリタンを食しながら、「どーも」と半笑いで返す。気分転換のつもりで、日ごろのお礼も兼ねて、初めて戦車を描いてみたのだ。

 主砲を発射し、相手戦車を撃破する瞬間を捉えてみたのだが――まず、ペパロニはペパロニらしく上機嫌になっていた。ペコリーノは、「ゴイスゴイス」と注目している。予想外だったのはカルパッチョの反応で、「いくら払えば良いんですか?」と、実に嬉しそうな顔で、生真面目な提案を持ち出してきたのだ。

 ビスコッティは内心ビビリながら、「ゼロ万リラでいいですよ」と提示しておいて、「コピーならいくらでも」と口にした。「っしゃあ!」と叫ぶペコリーノ。

 

 

「はー」

 

 ペパロニが、未だ冷めやらぬ目つきをしたままで、

 

「最優秀賞間違いなしじゃないか」

「いやあ、これも怪しいと思う」

「そうなのか? 絵の世界とは恐ろしいものなんだな」

 

 まったくだ。味わい慣れたナポリタンを堪能しながら、本当にそう思う。

 

「個人的には、コンクールに出す絵は、これでも良いと思うんだがな」

「ありがとう。でもなあ、コンクールの基準に追い付くかというと」

 

 基準と口にはするが、何がどう良くて悪いのかは不明だ。経験上、「これは納得だ」と思ったことはあるし、「これがあ?」と疑問を抱いた事もある。

 しかし間違いなく、審査員は「おお」と思ったのだろう。それはビスコッティも否定できないところで、入賞作品からは情熱や愛情、そして執念が感じ取れた。

 そのたびに、「何かが足りなかったんだろう」と納得も出来た。だからこそ、高校三年生だからこそ、何が良いのか、何がセンスフルなのか、何が入賞出来るのか、それを毎日考えている。

 そんなことを考えながら、鉄板ナポリタンを食っている。

 

「基準か……私は、絵には詳しくないからあれだけれども」

 

 ペパロニは、未だにスケッチブックを手にしたまま、

 

「絵って、趣味だろ?」

「え? まあ、そうなるかな」

「じゃあ、何を描きたいのかが重要じゃないのか?」

 

 フォークの動きが止まる。

 

「何だ? お前の描きたいのって」

「うーん。まあ、ぶっちゃけると、入賞できそうな絵かな?」

 

 身もふたもない回答だった。嘘もついてはいなかった。

 その答えを聞いて、ペパロニは「うーん」と真剣に唸る。カルパッチョも、ペコリーノも、客寄せの声を上げない。

 

「なあ」

「何?」

「入賞出来るものなら、風景でも、建築物でも、戦車でも、人でも、いわゆるアートってやつ? それも描くつもりか?」

「描くよ。……ここに来て三年も経つんだ、実績の一つは欲しい」

 

 ビスコッティが鼻息をつく、ペパロニは未だにビスコッティを見たまま。

 

「だからこうして、何描けばいいのかで迷っちゃうのよ。……受ける絵って、なんだろうな」

 

 ペパロニが「ふむ」と、深く唸る。

 

「真面目だな、ホント」

「焦ってるだけさ」

「それが真面目ってことだ」

「そうかね。――ペパロニ、俺は何を描けばいいのかな」

 

 さてねと、ペパロニは手を曲げる。だよなと、ビスコッティが漏らす。

 ――その時、ペパロニがスケッチブックを抱いた。

 

「なあ」

「ん?」

「そーいう、なんも欲がない絵ってさ」

 

 ペパロニが、本当に何でもない顔で、本当に何でもない雰囲気で、

 

「描いてて、楽しいのか?」

 

 ペパロニの目が、総統の眼が、戦車隊隊長の顔が、ビスコッティを捉えて離さない。

 ほんの少しの言い訳も許さないような、安い嘘なんて見破ってしまうような。何物の異物を許さない迫力が、ビスコッティの心を鷲掴みにする。

 

「コンクールって、ジャンルの制限とかあったっけ?」

 

 首を、横に振るう。

 ペパロニは、「そっか」と返事をして、

 

「じゃあ、描きたいモン書けば良いじゃん。『これだッ!』って思ったやつを、メシすら忘れるような楽しい絵を、描いてみればいいじゃんか」

 

 ビスコッティの、フォークを握る手だけが、無機質に動く。

 

「そうした方が捗るだろうしさ。アクティブとかポジティブとか色々そんなん混じって、結果的に良い絵が出来上がると思う」

 

 鉄板ナポリタンを、細々と食べ始める。うまい。

 

「何がどう入賞出来るかは分からないけれど……そうしたパワーも、センスって奴に繋がるんじゃないのか?」

 

 うまい。

 

「私もさ、まだまだ総統としては未熟だけれど――けれど、先代ドゥーチェのことが好きだから、先代ドゥーチェのようになりたいと思っているから、勉強も少しは出来るようになったし……あれだあれ、好きものこそナントカ理論だよ」

 

 カルパッチョが「そうですね」と頷く。ペコリーノも、「兄さん、焦っちゃ駄目っす!」と励ます。

 ――納得する。

 ペパロニが、知力という困難な壁にブチ当たれているのも、すべては「好き」という動機からだ。好きだからこそ勉強に励めて、好きだからこそ天才の後を終えて、好きだからこそ総統を継ごうと望んでいる。

 

 鉄板ナポリタンを、半ば無意識に口の中へ運ぶ。

 ――うまい。

 鉄板ナポリタンが、ペパロニナポリタンがここまで美味いのも、料理の事が好きだからだろう。

 

「それに、だ。好き放題に描いた絵は、見ていてワクワクするもんだ。違うか?」

 

 違わない、首を横に振るう。

 ペパロニの趣味が、好きな事柄が料理だったお陰で、自分は屋台広間で救われたのだ。

 

「このP40な、見ているだけでサイッコーになれるしな。これ、楽しんで描いただろ?」

「まあ、ね。戦車は初挑戦だったし。……それにその……戦車道履修者に、お礼がしたかったから」

 

 それを聞いて、ペパロニがにっこりと笑顔になる。不意打ちに近いそれを目の当たりにして、ビスコッティの手が、目が、心が硬直した。

 

「通りで、最高の絵になっているわけだな。この熱血的なP40の絵、屋台のポスターにしたいくらいだし」

「そ、そう?」

 

 カルパッチョが、笑顔で「いい案ですね」と同意する。ペコリーノも、「異議なし!」と唱える。

 

「やっぱり絵とかそういうのはさ、楽しまなきゃ。プロになったら、色々と制限がかかるのだろうし」

 

 プロになったら――プロになることを前提に、ペパロニはそう語っている。

 実感する。この人は、総統になるべくしてなった女性だと。

 

「ノンジャンルのコンクールなら、それこそ大チャンスじゃないか。想いを、好きなように入魂出来る」

 

 肩を、ばしばしと叩かれる。

 ――うまい、鉄板ナポリタンがうまい。

 

「私はさ、」

 

 ペパロニが、笑う。夕暮れのような、どこか寂しい笑みをこぼす。

 

「お前の手で描いた、お前の絵の事が好きだよ」

 

 ――思い出せる。十二年前の事を、幼稚園児だったあの頃を。

 幼稚園へ通っていた頃、レクリエーションの一環として美術館へ出向いたことがあった。絵はノンジャンルで、それら全ては学生絵画コンクールで応募されたものだった。

 ある幼稚園児は「きれー」とか、ある幼稚園児は「絵かー」とか、ある幼稚園児は「へえー」とか反応していた。当初は自分も、「絵ねー……」とか何とか思っていたものだ。

 そうして美術館の中を歩き回っていると、何となく最優秀賞の絵が目に入って――止まった。

 

 森林公園の中で一人、ベンチに座って本を読んでいる女の子の絵だった。

 

 今でも思い出せる。プレートには女の子の名前が、アンツィオ女子高等学校の名が刻まれていた。タイトルは、「理想の世界」。

 森林ならではの静寂さが、無邪気な神秘性が、幼稚園児だったビスコッティの視線を掴んで離さない。描いた本人であろう、添えられた女の子を目の当たりにして、ビスコッティは徐々に、ゆっくりと、真っ先に思った。

 

 なんて、うらやましい。

 

 だから、だからこそ。

 絵を描いてみたいと、「好き」を詰め込んだ世界を描写してみたいと、あんなふうになれたらなあと、心の底から惚れこんだ。

 

 それ以降、家でも幼稚園でも小学校でも中学校でも、ビスコッティは絵を描きっぱなしだった。そして地元ということで、何の偶然かアンツィオ高校学園艦へ入学することになったのである。

 コンクールに悩まされない限りは、ずっとずっと、好きなように生きて好きなものを描き続けてきた。そんな人生を歩んでいた。

 

「……そう、か」

「そうそう、すっかりお前の絵のファンになっちゃったよ。ほかの美術部員の絵は知らないけど、たぶんお前の絵が一番だ」

 

 ため息が出る。

 好きで描いていたはずなのに。大好きな風景画を描いて、好奇心で人も描写して、時には苦手な建築物にも手を出して、それで満たされてはすぐに飢えたりしていたのに。

 背が伸びた今となっては、入賞出来るかそうじゃないかで、絵を描き続けていた。気分転換のスケッチにすら、「これじゃあ駄目だ」と疑問を抱いていた。

 

「コンクールが終わったらさ。必ず、お前の絵を見にいくよ。……あんまり気負いすぎちゃだめだからな? 好きなように、ノリノリで描いてくれよ。な?」

 

 カルパッチョが、「私も見に行きます」と告げる。ペコリーノが、「こんな最高な絵を描けるんすから、いけるっすよ!」と主張する。

 

 P40を描いている時は、「これが戦車なのか」と好奇心が沸いた。完成した時は、「どんな反応をしてくれるかな」と大いに面白がった。スケッチブックを鞄の中へ入れていく時などは、心底ワクワクした。

 この時の自分は――間違いなく、「素」そのものだった。ただ一人の、何のへんてつもない絵描きだった。

 

「――みんな」

 

 ペパロニが、「ん?」とまばたきする。

 

「ありがとう!」

 

 頭を下げる。心の底から、何が何でもお礼がしたかった。二倍の値段で、食費を払っても構わなかった。

 ――どこかで、笑い声がする。いずこで、手を叩きあう音が鳴る。それらは、屋台広間では当たり前の場面だった。

 

「ビスコッティ。頭を上げてくれ」

 

 ペパロニと、目を合わせる。きっと、笑えている。

 

「――よかったよかった、仲間の手助けが出来て」

「仲間、かな?」

「ったり前だろ! お前はもう、私たちの仲間だ!」

 

 カルパッチョを見る、にこりと一礼する。ペコリーノを見る、親指が立った。

 ペパロニを見つめる。間違いなく、屋台広場で一番の笑顔を灯しながら、

 

「よし、おかわりをサービスしてやるぞ!」

「ったぜッ!」

 

 完食して、カルパッチョへ食器を手渡す。ペパロニはコンロに火を点け、実に手馴れた動きで鉄板ナポリタンを調理し始めるのだ。

 

「絶対、絵を見に行くからな。だから、『ちゃんと』描けよ!」

「分かった」

 

 ここは屋台広間で、アンツィオ高校学園艦で、ノリと勢いで何とかなる世界なのだ。だから、ここで生きている限りは、好きなように絵を描いた方が良いに決まっている。

 そんな当たり前の事実なんて、ペパロニは、アンツィオの総統は、ぜんぶ知っているに決まっていた。

 

「――はい、鉄板ナポリタン!」

 

 そうやって、笑顔でナポリタンを手渡すペパロニの姿は、とても、とてつもなく、

 ――今度は俺が、ペパロニを元に戻す番だ。

 

―――

 

「ビスコッティー!」

 

 昼休みが訪れ、早速とばかりに屋台広間へ足を突っ込み、颯爽とペパロニから声をかけられ、早急にペパロニの屋台まで歩んでいく。

 後は、いつもの流れが生じる。

 今日は気分的にラザニアを注文し、300万リラをペパロニへ手渡す。ラザニアはカルパッチョの得意分野であるらしく、「出番ですね」と腕を回した。

 手が空いたペパロニに対してはスケッチブックを渡し、ペパロニの表情が好奇心旺盛へと切り替わる。食器洗いに勤しんでいたペコリーノも、「見せて欲しいっす!」と顔を覗かせてきた。

 

「ふむ……ふむ。お、今日はトレヴィーノの泉か」

「そう。象徴的な場所だし、背景の練習にはもってこいさ」

「へえ。あそこについては、これといって思い出がないなあ」

 

 ノリと勢いと派手好きなアンツィオ生徒からすれば、観光地ですら不人気扱いだ。しかし美術部からすれば、地味だろうが派手だろうが、描きがいさえあればまるで関係は無い。むしろ「いつでも異国情緒を描けるなんてなー」と歓迎されている。

 

「しっかしこうして絵として見てみると……綺麗なもんだな」

「そうかい?」

「ああ。実際に眺めるのと、絵として見るのって、こんなにも違うのか」

「色の都合もあるだろうからね」

 

 ペコリーノが、「今度、行ってみようかなあ」と呟く。ペパロニも「そうだなあ」と漏らしたところで、

 

「しかし、この絵からも、こう……アクティブさを感じるぞ。調子いいみたいだな」

「ありがとう。コンクールまであと少しだけれど、前より焦っちゃいないから」

「そっか」

 

 良い匂いが立ち込める、腹が空いてきた。何だか上機嫌になってきて、ビスコッティはペパロニに対し、

 

「そういや、そっちの調子は?」

「ん? ああ、週末は練習試合を行う予定だ」

「どこと?」

「プラウダ高校と」

「どこで?」

「ここで」

「強い?」

「強い」

 

 その時、ペパロニの調子が少しだけ冷めた。ビスコッティはそれを見逃さない。

 ペパロニと付き合い始めて、かれこれ数日は経過する。その為か、ペパロニの調子の変化などは、割と察することが出来るようになっていた。

 

「優勝したこともある、強豪校だからな」

「マジか。いけそうか?」

「いけるいける」

 

 ペパロニが、陽気そうに笑いながらでピースする。

 

「必勝の策を、思いつく予定でいるからな」

 

 おどけるように言うが、カルパッチョとペコリーノは無言のままだ。きっとペパロニは、「予定」ではなく「何が何でも思いつこうとする」つもりなのだろう。

 

「この練習試合に勝てれば、みんなノリが良くなって、勢いづく。そしてそのまま、優勝を目指すッ!」

 

 何の迷いもなく、ペパロニが「優勝」を叫ぶ。周囲の観光客が、通りがかったアンツィオ生徒が、「おー!」と反応した。

 

「の、為にはオツムを鍛えないとな。先代ドゥーチェのように、奇抜な作戦の一つや二つ」

「ペパロニ。そういうのは、『私たち』が考案するから」

 

 カルパッチョが、苦笑気味でペパロニをフォローする。ビスコッティへ、ラザニア入りの皿を手渡す。

 

「いただきます。――うまい、最高っす!」

「ありがとうございます」

 

 男が惚れこみそうな笑みを、カルパッチョが全開にする。

 心の中で「えへへ」とコメントしながらも、

 

「――か、カルパッチョさんもこう言っていることだし、ペパロニはペパロニのまま、練習試合に臨んでもいいんじゃないかなあ?」

「大丈夫大丈夫、努力すりゃ何とかなるって」

「けどなあ」

「今の今までが上手くいかなかったってだけで、もっと勉強すりゃ一から作戦を立案出来るようになるって」

 

 ペパロニの目線が、ビスコッティの絵へ移る。純粋な探求心を用いて描かれた、トレヴィーノの泉の絵へ。

 

「総統ー」

 

 ペパロニと一緒に、絵を眺めていたペコリーノが動いた。

 

「総統は、今のままでも十分立派な総統っすよ。自分の事で大変なのに、いつもウチらの事を見てくれたり、個人的なことで相談に乗ってくれて……みんな、あなたを尊敬してるんですからね」

 

 ペコリーノの言葉に対して、ビスコッティだ「だろうな」と思う。容易に想像がつく。

 

「グラッツェ。でもあと少し、ほーんのちょっと頑張れば総統になれるからさあ」

 

 その時、ペパロニが「ふぁあ」とあくびをした。

 ――カルパッチョの目が、ちらりとペパロニへ動く。

 

「……それで、朝から眠そうにするの?」

 

 ラザニアを食しながらで、ビスコッティの気持ちも真顔になる。

 

「え? 朝からのあくびなんて、よくあることだろ?」

「そうね。それにしてもここ最近は、舟を漕ぐ頻度がひどいと思うけど」

「授業中はちょっと……な?」

 

 カルパッチョが、首を横に振るう。

 

「前までは、授業に対して熱心だったでしょ。だから先生からも評価されて、学年五位の成績持ち」

「よー見てるなあ」

「みんな知ってるよ」

 

 カルパッチョが、「はあ」と小さくため息。

 

「分かってるんだからね。ペパロニが、夜遅くまで『勉強』していること」

「えー?」

「えー、じゃないよ。毎晩徹夜までして……そこまでしなくても、あなたは総統」

 

 ペパロニが「けどなあ」と口にする。ビスコッティが「なるほど」と小さく声に出る。

 昼休みといえば、どうしても気が緩むし、昼寝をする奴だっている。だから、あくびの一つや二つはどうしても漏れてしまうのだ。

 だが、ペパロニの場合は、その「どうしても」で済ませてはいけないのだろう。いくらペパロニに体力があろうとも、徹夜明けはどうしたってキツいものがある。話を聞く感じ、授業だって無理して真面目に受けているようだし。

 ――本当は、辛くて眠くて仕方がないはずだ。けれどペパロニは、総統の名を継ぐために、文字通り必死となっていた。

 ……そんなの。

 

「ずっと前から言ってるけれど、私は未だに未熟者さ。総統じゃない、とは言わないケド」

「先代ドゥーチェのように、なれていないから?」

「そうそう!」

 

 明るく、明快に、ノリ良く頷く。アンツィオの総統だからこそ、ペパロニは決して挫けたりはしない。

 してもくれない。

 

「朝から辛いなんて、マジでよくないっすよ。よく寝ないと、ノれるものもノれないっす」

「すまんすまん。善処する」

 

 苦笑いして、頭の後ろに手を回しながらでペパロニが謝罪する。

 そんなペパロニに対して、横目で見つめるカルパッチョは、ペコリーノは、未だ不安をぬぐい切れていない顔をしていた。

 

 自分だって、「また、やる気か」と思う。

 ペパロニは、心から尊敬する総統の名を継ぐ為ならば、苦手な勉強をも克服出来る人物だ。

 ペパロニは、心から敬愛する総統の名を汚さない為に、自らを未熟者だと自制する女性だ。

 だからこそ、ペパロニは「またやる」だろう。メシを抜いてまで、絵に夢中になるように。

 

 ――自分は、戦車道とは無縁の男だ。何か失言をこぼしたところで、戦車道履修者には何の被害もない。

 だから言う、言いたいことを言う。伝えたいことを口にする。

 ラザニアを一口食べ、美味と勇気を飲み込む。

 

「なあ、ペパロニさん」

「ん?」

「先代ドゥーチェ……安斎先輩について調べたんだけどさ。あの人、マジモンの天才じゃん」

「お。そう、そうなんだよー。先代ドゥーチェはさ、何でもこなせちゃう凄い人なんだ」

「なー、凄いよなー。俺が、そんな人になれって言われてもムリムリ」

 

 ペパロニが、「いやいや」と首を振るい、

 

「絵の総統になれそうな気がするけどなー、お前は」

「え、何それ? 苦手なジャンルなんてないってことか?」

「そういうことになるのか?」

 

 ペパロニが、けらけら笑う。ビスコッティも、軽やかに口元を曲げる。

 ペパロニとは、その何もかもがアンツィオを体現している人物だ。ノリと勢いがあって、明るく元気に表情を振りまいて、アンツィオ戦車道に対する忠義を秘めていて、先代ドゥーチェを誰よりも愛している。

 そんなペパロニの事を、ビスコッティは尊敬していた。

 

「んー、やっぱ建築物は怪しいんだよな。規則正しいものを描くのがニガテなのかもしれん」

「へー、深いなあ」

「かもな。でも、苦手なら苦手なりに上手く妥協するさ。人には向き不向きってのがあるし」

「だな、それでも良いと思う。弱点と感じさせなきゃ、上手く食っていけるって」

「お、そう思う?」

「思う思う」

「っかー、だよなー。……じゃあ――ペパロニも、弱点は仲間に隠して貰うってことでいいんじゃないか?」

 

 そんなペパロニの事を尊敬しているから、ビスコッティは決して黙らない。

 

「……ビスコッティ」

「ん?」

 

 ペパロニが苦笑する、首を横に振るう。

 

「それじゃあ、駄目だ。私の代で、ドゥーチェの名を下げたくない」

「大好きだから?」

「そう。尊敬しているから」

「でも、みんなペパロニさんのことを総統って呼んでる」

「知ってる。……いやーまったく、好き過ぎるのも問題だよなー」

 

 どこか遠くで、屋台同士の揉め事が響き渡る。俺のジェラートが最強だっつーの。はあ? 俺のパンナコッタに勝てる甘さなんて存在しねえ。

 

 ペパロニが、悩ましげな表情になる。上の空を眺めて、どこまでも思考して、スイーツ同士の争い合いを耳にしながらで、ビスコッティはペパロニを見る。

 ペパロニは、スケッチブックを片手に、未だに唸ったままだ。カルパッチョもペコリーノも、口を挟むことなく今を静観している。

 それはつまり。もっと動いても良い、ということだ。

 ラザニアを一口食べ、美味と、なけなしの勇気を飲み込む。

 

「ペパロニさん」

「ん?」

 

 言う。戦車道に関われない男だからこそ、言う。

 

「先代のことを、安斎さんの名をそのまま継がなくても、いいんじゃないかな」

 

 え。

 ペパロニの口が、目が、表情が、それだけを告げる。

 

「だって、ペパロニさんにはさ、ペパロニさんだからこその魅力があるでしょ。その魅力に惹かれているから、ペパロニさんの事が好きだから、みんなついてってるんじゃないかな」

「わ、私にしかない魅力……って?」

「いつも笑っていて、おいしいパスタを作ってくれて、みんなから慕われてて、パワーが溢れてて、弱点を補ってくれる仲間がいるところ」

 

 ペパロニが、慌てて左右を見る。

 カルパッチョが、笑顔を決して崩さない。ペコリーノが、歯を見せて笑ったまま。

 

「それにね、」

 

 ペパロニが、ビスコッティへ顔を向ける。球のように目を見開かせながら、海のように瞳を揺らしながら。

 

「ペパロニさんは、とても真っ直ぐで、とても優しい」

 

 きっぱり言う。

 

「落ち込んでいた俺に対して、君は声をかけてくれたじゃないか。あの時は、本当に助かった」

「……先代ドゥーチェだって、きっと同じことをした」

 

 ペパロニの口から、か細い声が漏れる。

 

「そう?」

「うん。そういう人だから」

「そうなんだ」

 

 カルパッチョも、ペコリーノも、特に異論は挟まない。先代ドゥーチェもまた、「そういう人」なのだろう。

 だからペパロニも、先代ドゥーチェのことを尊敬してやまないのだ。先代ドゥーチェがどれほどの優しさを輝かせ、どれほどの力を示したものか、それは部外者である自分には決して分かりようがない。

 

「……けど、さ」

 

 ビスコッティは、指をさす。ペパロニが手にしたスケッチブックめがけ。

 

「俺の事を助けてくれたのは。ペパロニさん、君だ」

 

 ペパロニの口が、「あ」と開く。

 

「声をかけてくれただけじゃない。ペパロニさんは、俺の絵の事を好きになってくれた」

「――それは、」

「俺は、ペパロニさんのやさしさのお陰で、絵描きとしての在り方を思い出せたんだ」

「……ビスコッティ、」

 

 自分はペパロニのお陰で、総統のパワーに引っ張られて、間違いなく救われた。

 ペパロニは、総統としての役目を真っ当に果たしている。自分も、カルパッチョも、ペコリーノも、最初からそうやって認識している。

 だからもう、終わりにしたかった。忠義溢れるペパロニ(ドゥーチェ)の心を、解きほぐしたかった。

 だから、言う。ペパロニ「だけが」出来たことを。

 

「ペパロニさん」

「うん」

 

「200万リラの鉄板ナポリタン、本当においしかったよ」

 

「――、」

「俺のお腹を満たしてくれて、心を引っ張っていってくれて、本当にありがとう。ペパロニさんが総統として選ばれた理由が、よくわかった」

 

 先代ドゥーチェは、間違いなく偉大な人物だ。戦車道の天才で、アンツィオ戦車道を立て直して、皆から尊敬されて、男からもアイドルとして認識されている。

 けれど――先代ドゥーチェは、もう、この学園艦にはいないんだ。

 

「俺にとっての、最高の総統は、君だよ」

 

 だから、ペパロニと出会えた。はじめから総統だったペパロニのお陰で、道を正すことが出来た。

 それはどうしようもない、紛れもない事実だった。覆せるはずのない、変えたくない道筋だった。

 

 ペパロニが、ビスコッティの言葉に対して何も言わない。悲しいわけでもなくて、喜んでいるわけでもなくて、ただただ縋るようにビスコッティのことを見つめている。

 ラザニアを、カウンターの上に置く。屋根に張り付けられたP40のポスターが、少しだけ煽られた。

 ビスコッティはそのままそっと、ペパロニの手をとる。自分の言葉を誓うように、仲間として支えたいが為に、軽くかるく手を握る。

 

「ビスコッティ」

 

 にこりと、笑えたと思う。今更になって、思う。

 ペパロニ、君はなんて可愛い――

 

「……あら、退散しますか?」

 

 カルパッチョのご機嫌な一言に、ビスコッティとペパロニがその場で飛び上がった。その際にスケッチブックが宙を舞ったが、ペコリーノが「キャッチ!」と叫び、確保してくれた。

 スケッチブックは、カウンターの上にそっと置かれる。

 

「ななな、何を言うとるんだカルパッチョッ!」

「え? そういう雰囲気だったでしょ?」

「ち、違う……」

 

 へえ、カルパッチョが笑う。へええ、ペコリーノの目が吊り上がる。

 

「ペパロニ」

「な、なに」

「ペパロニは総統なんだから、あんまり無理しすぎちゃ駄目。どうしても補えない欠点なんて、人間誰しもあるものなんだから」

「ま、まあな……」

「だから、考えることは私たちに任せて。ペパロニは、総統は、みんなのノリと勢いに、火を点けてあげて」

 

 少しだけ、間が生じる。

 何処か遠くから、「このジェラートうめえ!」「これがパンナコッタ!?」の大声が響き渡った。

 

「……カルパッチョ」

「うん?」

「私は、総統か?」

 

 カルパッチョは、やっぱり笑顔のままで、

 

「うん!」

 

 ペパロニの顔つきが、徐々に変わっていく。雨雲のような無表情から、やがては日が射したように明るくなって、太陽のような笑顔となった。

 

「私はいつだって、ペパロニ姐さんのことを総統だと思ってるっす! 文句を言う奴ぁ……姐さんの鉄板ナポリタンを食わせれば、分かってくれるはずっす」

「いいこと言うな、お前!」

 

 ペパロニが、カルパッチョと手を握り合う。そうして次に、ペコリーノと抱きしめあった。

 

 ――分かっていたことだけれど、今になってよくわかった。

 先代ドゥーチェは、最初からペパロニを選ぶつもりでいたのだ。

 だってペパロニは、総統として完成されていたから。アンツィオ戦車道を引っ張っていけるナンバー1は、ペパロニ以外に他ならなかったから。ペパロニは、これほどまでに愛されていたから。

 そして――先代ドゥーチェも、ペパロニのことが好きだったから。

 

 さて、

 自分のやるべきことは、言うべきことは、全て終わった。

 カウンターの上からラザニアを回収し、あえて黙ったままでラザニアを食していく。めちゃくちゃ気分が良かった、最高だった。

 

「うし。今日の戦車道は……色々覚悟しとけよ!」

「お手柔らかにお願いするっす!」

「張り切ってるわね。これは、策の立てがいがあるなー」

 

 自分は部外者だ。けれど疎外感は覚えない、むしろ安堵すらしている。

 アンツィオ戦車道は、これからもっとノリが良くなるだろう、勢いも増すだろう。強くなっていくアンツィオ戦車道に対して、期待を抱かざるを得ない。

 

「――ビスコッティ」

 

 声をかけられ、思わずラザニアを飲み込んでしまった。ペコリーノがトラブルを察したのか、水の入ったコップを差し出してくれた。

 

「す、すんません」

「いいっすよ」

「あ……ごめん。その、いいか?」

「あ、いいよ」

 

 ペパロニが、「げふん」と咳をして、

 

「今日は、本当にありがとう!」

「いや。部外者なのに、戦車道に踏み込んじゃって、なんていうのか」

 

 ペパロニが、きっぱりと首を横に振った。

 

「部外者だからこそ、ああ言えたんだろう」

 

 ああ――察せられていたか。

 それがなんとなく、嬉しい。

 

「私からもお礼を言わせてください。……あなたがはっきりと、ペパロニその人を肯定してくれたからこそ、私も言いたいことが言えました」

「いえ。俺はきっかけを作っただけです」

「そのきっかけっていうのが、なかなか言い出しづらいことだったんすよ」

「……まあ、そこはね。部外者じゃないと、おっかないもんね」

 

 こればかりは、本当に仕方がないと思う。リーダーに対してデカいことを言うのは、いつだって恐ろしいものだ。

 自分だって、美術部の部長にはとやかく言えないと思う。

 ――そう思うと、何だかため息が出てきた。

 

「ビスコッティ」

「うん?」

「ありがとな。お前のお陰で、背負ってたモノっていうのかな? そういうのが軽くなった」

「それは良かった」

 

 ラザニアを完食する。「ごちそうさまでした」、カルパッチョが「おそまつさまでした」。

 ラザニアの皿と、コップをカウンターの上に置く。ペコリーノが、手早くそれらの食器を回収した。

 

「――もし」

 

 ビスコッティの意識が、再びペパロニへ向く。 

 

「もし、これからも困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ!」

「グラッツェ!」

「お前は私の……えと、大切な仲間、だからな」

「ああ」

 

 思う。

 この屋台で食っていって、本当に良かった。ペパロニと出会えて、ほんとうによかった。

 救われて、救えたのなら、人間としてこれほど嬉しいことはない。

 

 ――見上げる。

 戦車道履修者が経営する屋台は、規模はだいたい普通だ。特徴的なのはその屋根で、P40をモデルにした模型がデンと乗っかっている。その為、遠くから見てもチェックがすこぶる容易だった。

 自然と、口元が曲がる。画家としての血が、久々に沸き立ってきた。

 

 カウンター上の、スケッチブックを回収して、

 

「ペパロニ」

「ん?」

「コンクールに出す絵が、決まった」

 

 ペパロニの顔が、電球のように明るくなる。カルパッチョが手と手を合わせ、きらきらと微笑む。

 

「お、そうか! 何だ何だ?」

「まだヒミツ」

 

 ペパロニが、「そっかー」と残念そうに唸る。カルパッチョが、「期待していますね」とウインクしてくれた。

 

「まあ、しゃーないか。……必ず見るからな、いちファンとして」

「ありがとう、ペパロニ」

 

 後はそのまま振り向き、アンツィオ高校へ戻ろうと、

 

「ビスコッティ!」

 

 首だけを振り向かせる。

 

「また明日、ここに来るよな?」

 

 ペパロニの言葉へ応える為に、スケッチブックを高らかに掲げてみせる。

 

Certo!(もちろん)

 

 その言葉を聞いて、ペパロニは、カルパッチョは、ペコリーノは、手を左右にぶんぶんと振った。

 

Ciao!(またね)

 

 ペパロニの挨拶が、アンツィオ高校学園艦の全てへ走っていく。

 

 どこか遠くから、「ジェラート最高じゃねえか!」「パンナコッタのことを甘く見ていた!」、そんな賛辞がよくよく反響した。歴史的和解が成されたらしい。

 

―――

 

 あっという間に週末が訪れる。ビスコッティが、スケッチブックを片手に腰を上げる。

 

 

「みんな、よくやった。あと一歩だった、いやほんと惜しかった」

 

 アンツィオ戦車道履修者の面々を前にして、っカルパッチョの隣で、ペパロニは真顔で感謝する。

 試合が終了してからというもの、気づけばもう数分が経過していた。

 

 ペパロニは、ため息をつく。己がP40に振り返る。

 白旗が堂々と直立していて、弾痕なんて付き放題の生やし放題だ。随分とこっ酷くやられたと思う。

 それだけ、相手も必死だったということだ。

 それだけ、脅威として見なされていたということだ。

 

「お前らは全力でノってた、勢いがあった。カルパッチョの作戦も見事なものだったが――悪い、まだまだ至らないところがあったみたいだ」

 

 両肩で息をする。

 覚悟は決めた。

 よし。

 

「――何か言いたいことがあったら、バシバシ言ってくれ」

 

 今更、自虐ぶるつもりはない。頭脳面には向いていなかったからといって、未だ総統ではないと主張するつもりもない。

 ただ自分のために。向上したいが為に、意見を、批判を、評価を、体験談を、アンツィオ戦車道履修者の言葉を、ペパロニの指示に従ってくれた者達の感情を、この身に焼き付けておきたかったのだ。

 

 だから、歯を食いしばった。絵の評価を聞く時って、こんな気持ちを抱くんだろうなあと思いながら。

 

 そして、一人の履修者が、無表情のままでペパロニへ歩み寄ってきた。

 はっと意識した時には、

 

「総統ッ! あのプラウダとここまで渡り合えたなんて、快挙っすねッ!」

 

 ライオンのような髪型をした戦車道履修者から、笑顔で、強く握手された。ペパロニが「へ」という間も無く、履修者達が次から次へと近づいてきて、

 黒髪の、眼鏡をかけた履修者からは「ずっと励ましてくれて、ありがとうございますッ! 総統ッ!」と一礼されて、サングラスをかけたセモベンテドライバーからは「総統は三両も片したじゃないっすか。しかも、副隊長のKV-2込みでッ! 流石っすね!」と手を握られて、眼鏡をかけた茶色のショートヘアからは「総統ッ! 外した時にフォローしてくれたこと、一生忘れませんッ!」と抱きしめられ、前髪が特徴的なロングヘアからは「総統と、ブレインのカルパッチョねーさんがいれば、もう無敵っすねッ! 今日? 今日はたまたまっ!」と笑顔一発。

 ――そして最後に、ペコリーノから握手されて、

 

「今日の総統、めっちゃ活き活きしてたっすよ。いやあ……総統の暗算能力は流石っすね! お陰でバカスカ撃てたっす」

 

 にこりと、女の子らしくペコリーノが微笑み、

 

「総統は十分に総統でした。後は私らが、出来ることをもっと頑張るっす。――ちゃんと寝るっすよ?」

 

 熱っぽい余韻に浸ったままで、ペパロニは本能的に、「ああ」とだけ。

 目の前の履修者たちは、みんなみんな明るい顔をしていた。試合中もずっとずっと、総統の言葉を信じきっていた。ペパロニは履修者たちのことが好き好きでしょうがないから、ひたすらなまでに、前向きな言葉ばかりをぶんぶん投げまくっていた。

 

「ね?」

 

 カルパッチョが横から、はっきりと声をかけてきた。

 

「みんなペパロニのことを、総統だって認めてるでしょ?」

 

 ため息をつく、先代ドゥーチェのことを思い起こす。

 先代ドゥーチェは何でも出来て、自分よりも頭が良くて、弱さなんて隠し通せて、自分にとっての最高の総統で――

 けれど、履修者のみんなは、ペパロニのことを注目している。アンツィオらしい笑顔で、アンツィオらしいきらきらとした目で、ペパロニの事を総統と呼んでいる。

 

 ――その時、携帯が震えた。

 「すまない」と前置きし、携帯をポケットから取り出す。画面には、『メールが届きました byビスコッティ』の文字。

 何かに操られたかのように、ペパロニが躊躇いなく画面をスライドさせる。何だろうと履修者が見守る中で、カルパッチョが「うん?」と首をかしげて、

 

『最高に格好良かったよ、総統』

 

 ――はあ。

 息が漏れる、電源のボタンを押す。

 携帯を胸に当て、再び、先代ドゥーチェへ想いを馳せる。

 

 先代ドゥーチェ。みんなはどこまでも、私の事を総統だと呼んでくれます。

 だからもう、あなたその人になろうとは考えません。これでいいのですから、このまま歩みます。

 

「みんな、ありがとう」

 

 アンツィオ戦車道履修者のみんなが、受け入れるように頷いた。

 息を、勢いよく吹く。

 

「……よし」

 

 にやりと笑えた。履修者が、「お?」と口元を曲げる。

 

「お前らッ! 『この場にいる全員』で宴会だ―――ッ!!!」

 

 ひゃっほ―――――ッ!!!

 

 待ってましたとばかりに歓喜し、待ってたぜとばかりに宴会用輸送車がどかどか集合してくる。

 宴会に付き合うのは、アンツィオ女子高等学校のメンバーはもちろん、

 

「ひゃー! なんだべなんだべー!?」

 

 プラウダ高校の戦車道履修者だって、副隊長のアリーナだって、隊長のニーナだって、みんなみんな宴会に巻き込んでやるのだ。

 ノリと勢いが最高潮に達せば、アンツィオの生徒は地球上で最強の存在と化す。宴会をやれといえばやる、宴会に付き合えと言ったら付き合わされる、この鉄則を破った学園艦は未だ存在しない。

 ハイスピードにテーブルが展開され、手馴れた調子でメシの準備が整っていく。プラウダ高校が「おお、おお」と声を漏らす中で、あっという間に宴会場の完成だ。

 最初は戸惑い気味だったプラウダ高校も、良い匂いの前では無抵抗に足が動き出す。ニーナが「いい?」と遠慮がちに聞いてきて、ペコリーノが「独占してもいいよ」とにっかり笑う。ほかのアンツィオ戦車道履修者も、「どうぞどうぞ」と手で促す。

 ほんのささやかに、静かに、プラウダ戦車道履修者たちが「いただきます」と手を合わせる。

 そうして、ニーナがほんの一口、

 

「うめ―――ッ! アンツィオメシうめ―――ッ!」

「だろ――ッ! もっと食え! うまいのもあまいのも辛いのも全部持ってきたぞッ!」

「いやった――ッ! わたすアンツィオに入学する――ッ!」

「寝返りはよくねえべ! でもンま――いッ!」

 

 この通り、アンツィオの仲間入りだ。これも、いつもの流れといえる。

 ――カルパッチョが、手に持ったままの携帯を眺める。そうして何かを察したかのように、にこりと笑って、

 

「会えて、良かったね」

 

 迷わず、こくりと頷く。

 宴会場を嬉しそうに、どこか寂しそうに見つめる。祭りに相応しい真っ赤な夕暮れが、戦車道履修者達を淡く照らし始めた。

 風が吹いて、パスタの匂いがペパロニの鼻をくすぐる。荒地めいた会場が、何だかいつもよりも広く感じる。

 ――周囲を見渡す。ここには戦車と、戦車道履修者と、宴会場しかないというのに、ペパロニは「いないかな」と望みながら、「見えないか」と苦笑する。

 

「ねーさーん! 一緒に食べましょーよー!」

「分かった! すぐ行く! 残しとけよー!」

 

 ――携帯を、ポケットの中にしまう。

 

「行きましょう、ペパロニ」

「ああ」

 

 わたしは、わたしだからこそ、最高の総統だと言ってくれる人に出会えました。

 だからもう、迷いません。わたしは、わたしなりの総統道を歩んでみます。

 

 

 ――ありがとう。

 

 ↓

 

 自分の部屋で、戦車戦をテーマにした一枚を仕上げていく。初めて挑戦するジャンルなだけに、熱意が止まず手が止まらない――この絵も「気分転換」の一環であり、学生絵画コンクールに出す一品ではないのだが。

 

 夢中になるうちに、危うく夕飯すらも忘れかけたが、ペパロニのことを考えると「これはいけない」と筆を停められた。そのまま腹を鳴らしながらでナポリタンを調理し、ナポリタンが乗った皿を丸いローテーブルの上に置いて、床にどっしりと腰かける。「いただきます」と手を合わせ、一口。

 うまいな。

 何となくテレビをつけてみると、ニュース番組が目に入った。今はストリートミュージシャンの特集を行っているらしく、ハーブめいた楽器を弾いている女性にインタビューを行っている。

 うまいな。

 女性のニュースキャスターも、「素晴らしい……」と漏らしていた。演奏者は満足そうににこりと笑い、優しく手を伸ばして、

 

『インタビュー料』

 

 自分も頷いた。

 ――その時、ローテーブルの上に置いておいた携帯が震えた。1ループで大人しくなったから、たぶんメールか何かだろう。

 部活か何かのお知らせかね。フォークを片手に持ったまま、携帯の画面に注目して、

 

『新着メールが届きました 送信者:ペパロニさん』

 

 からんと、フォークを皿の上に置く。大マジな目つきになりながら、人差し指で画面をスライドさせて、

 

『メール、ちゃんと届いたよ。応援してくれて、本当にありがとう。

今日をもって、本当の意味で、私の総統道を見つけることが出来た。これもみんなの、お前のお陰だ。

だから私も、これからも、お前の美術道を応援する。だから無理をするな、疲れたら寝ろ、腹が減ったら何か食うこと!

どうしても困った時は、ケチケチしないで私に電話をかけること! いいな!?

 

お前は仲間だ。だからもう、一人で悩んじゃだめだからな。

今日は、お疲れ様でした。おやすみなさい』

 

 ――このメールを見つめて、何分が経過しただろう。テレビの音が聞こえなくなったのは、いつ頃からだろう。

 しばらくして、携帯をローテーブルの上に置く。フォークを手に取り、食べかけのパスタを口の中に入れていく。

 パスタを噛み砕きながら、パスタの味が口の中で伝わっていきながら、ビスコッティはつくづく思う。

 

 俺は、ペパロニのこと、好きなのかもしれない。

 

 パスタを食べ終え、皿の上にフォークを置く。感慨深そうにため息をついて、一言。

 

「ごちそうさまでした」

 

 

 

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