「全員、気を付け」
大階段の前で、総勢六十名の戦車道履修者が、音を立てて姿勢を正す。
見渡し、全履修者がここに居ることを確認する。ペパロニは「よし」とひと声つけて、
「みんな。私も、あと数か月で卒業だ。――よくここまでついてきてくれた、よく頑張ってくれた」
アンツィオ戦車道履修者の皆が、穏やかな顔になる。ペパロニも、そっと口元を曲げた。
「去年の大会で準優勝に輝けたのも、お前たちが健闘してくれたお陰だ。この時点で、卒業に対しての不安なんてまるで無かったぞ」
正直な気持ちを抱えているからこそ、力強く、きっぱりと口にすることが出来た。
約数名は、明快に笑えている。
「さて、」
鼻で息を吸って、
「栄光に驕らず、みんな努力し続けているのは分かる。私は、それらを片時も見逃したことはない……はずだ」
「まあまあ」
ペコリーノが苦笑する。ライオンのような髪型をした履修者も、「目は二つしかないっすから」と主張する。
その通りだ。ペパロニは小さく頷く。
「――だからこそ、最も努力している履修者のことも知っているぞ」
それは誰なんだろう。そんな眼差しを一身に受け、ペパロニがにやりと笑ってみせる。
右手に持った鞭を掲げ、音を立てて「その人」を指す。
「ペコリーノ」
「へ」
完全に不意打ちだったのだろう。目と口と声が丸くなる。
「大会以来、お前はよく『勉強』しているようだな。成績が、めきめきと上がっていっているようじゃないか」
「えー? それほどでもないっすよー」
「それほどでもある。私たち三年生を安心させようと、皆の励まし役になろうとしているじゃないか」
「そ、それはー……うんまあ、そうっすね」
そう。
ペコリーノは、アンツィオ戦車道の後継者になろうと、必死になって努力し始めたのだ。
学力を鍛えはじめ、「操縦させて欲しい」と頭を下げて、積極的に相談役を務めようとして、今も屋台を支え続けている。お陰で、ペコリーノの友人はかなり増えたようだ。
「謙遜すんなよペコリーノ。お前、へこんでいた下級生のこと励ましてたじゃん」
「そうそう! あの時は、ほんと助かったんすから」
「放っておけなかったんだい」
ペコリーノが、照れ隠し全開で笑ってみせる。他の履修者も、やんややんやとペコリーノを評価している。
――隣にいる、カルパッチョの方を見た。カルパッチョは、ただ、にこりと笑い返す。
「あー、ほんの少しだけ静かに。……ペコリーノ、お前はよく頑張っているな」
「光栄っす」
「うん。そんなお前には、ご褒美をくれてやろう」
ペコリーノの目が、お星様のように輝きだす。
「え、何すか? もしかして、タダ券とか!?」
「まあまあ、こっちこい」
ペパロニが、手をくいくいと動かす。ペコリーノが、軽やかな足取りで大階段を上る。
「来ました、総統」
「よーし……あ、ちょっとこれ持っててくれ」
鞭をペコリーノへよこし、「あ、はい」とペコリーノが受け取る。
――深呼吸する。
履修者の皆を見る。各々の笑みを浮かばせていて、ペパロニの「成すべき」ことを信頼してくれている。
だから、心の底から思う――今まで、ほんとうにありがとう。
「よし」
マントをいそいそと脱ぎ始める。本当は軽やかに脱ぎ去りたかったのだが、失敗すると最高に格好悪いので、残念ながら保守に回ることにしたのだ。
ペコリーノが「あ、今日暑いっすもんね」とコメントする。そういえばそうだなあとペパロニが思考しながらで――
「ペコリーノ」
「あ、はい」
両手に抱えた青いマントを、そっと、ペコリーノへ差し出す。
「……え?」
「お前には、素質がある」
「そ、素質?」
ペコリーノが、惑うようにカルパッチョの方を見る。カルパッチョは無言で、けれども笑顔で頷いた。
「お前には、リーダーとしての素質がある。私が言うんだ、間違いない」
ドゥーチェの印を、ペコリーノへ捧げる。
「お前が、次の――三代目ドゥーチェだ」
何をしているんだろう、この人は。そんな目で、ペコリーノはペパロニを見る。
ペパロニは下がらない、マントをペコリーノへ渡そうとする。この決意に、間違いなどはない。
「ペコリーノ」
「――、」
「頼んだぞ」
恐怖を抱いているような無表情のままで、ペコリーノがそっとそっと手を伸ばす。
ペパロニは、頑なに動かない。世界が止まっているとすら思う。
沈黙の中で、無言のままで、ペコリーノだけが動く。何かにつまづいたのか、ペコリーノの目が地面へ逸れた。小さく、か細い「わたしは、わたしは」――しばらくはそのままだった、呼吸まで聞こえた。けれどペパロニは下がらない、決して撤回しようとはしない。無限と思えるような時間の中で、ペコリーノは全身を使って立ち直る。
この展開は、けして唐突なものではない。ペコリーノは戦車道履修者だから、アンツィオ戦車道の後継者として生きることを選んだ女性だから、この時の流れは必然だった。
ペコリーノが試合中の目つきになる。ペパロニの目を真っ向から見据えて、明快に口元を曲げて、とても綺麗な手が動いて、
ペコリーノは、自分の意志でマントを受け継いだ。
ドゥーチェの印を愛おしそうに抱いて、微笑んで、「ドゥーチェ」と呟いて、
「先代ドゥーチェ」
「ああ」
「後は、私に任せて欲しいっす!」
瞬間。爆発的な拍手が、大階段前で盛大に反響した。
履修者達を見る。笑顔になっている者、ピースしている者、「頼むぞ!」と叫ぶ者、「よっ、アンツィオ一の皿洗い!」と評する者――誰も、異論なんて唱えない。ペパロニの判断を信じて、ペコリーノについていくと決意してくれた。
――これで、これで、
「ペコリーノ」
「うん?」
うまく笑えたと思う。
「私のようには、なるなよ」
「ほどほどに、憧れるっす」
ペコリーノが頭を下げ、拍手の勢いがいよいよもって増した。
改めて、カルパッチョの方を見る。にこりと笑って、親指を立ててくれた。
――これで、本当にぜんぶ、終わった。
アンチョビねーさん、私は務めを全うしました。
ビスコッティ。私は、お前がいてくれたから――
―――
『今日は戦車道の集まりがあって、屋台を開くのが遅れる。でも必ず美味い飯を食わせるから、だから来いよ、絶対に来いよ。
あと週末も近いから、デートの予定も組もうな。ここ最近はデートしてばっかりだけれど、お前と一緒だとやっぱり楽しい。
いつか必ず、一緒に暮らそうな』
もちろんと返信しながら、屋台前で携帯をしまう。
今日のアンツィオはすこぶる晴れきっていて、それに比例して観光客の数も多い。既に繁盛している屋台もあって、あれやこれやと騒がしいのだった。
ここ最近は、真っ先にここへ来るようになった。時には美術部の屋台も手伝おうとしたのだが、部員が決まって、
『場所が違うだろ?』
とかなんとか、格好つけてビスコッティのことを追い出してしまうのだ。
ったく。
あの祭以降、周囲からはよう気遣われることが多くなった。教室にいれば「それでどうなった?」だし、昼休みに入れば「いってらっしゃい。お前ら、邪魔しないように」とかなんとか。やられっぱなしもあれなので、時には「そういうお前は、リコッタさんとはどうなんだよ」とかカウンターを食らわせてやることもある。
良くも悪くも、ここはアンツィオ高校学園艦だ。
自分は健全に、アンツィオらしく生き抜いていられているらしい。
苦笑する。もう少しで卒業だと思うと、それら全てが愛おしく思う。そのくせ、アンツィオらしく気遣われるたびに「やめろよバカヤロー」とか言ってしまうのだ。
「ビスコッティ」
聞き慣れた女性の声。
振り向くと、手を振るうコックコートを着たペパロニが、笑顔のカルパッチョが屋台へ近づいて来た。ビスコッティも、「やあ」と手で挨拶する。
「よ、今日も元気そうだな」
ペパロニが、ビスコッティのスケッチブックを覗き見る。もちろん、今日も絵を見てもらう予定だ。
「最近は、いい感じに絵を仕上げられてるよ」
「へえ、調子いいな。このままプロ確定じゃないか」
「そおかなあ」
「私もそう思いますよ。これからも、応援させていただきますね」
「ありがとうございます、カルパッチョさん」
カルパッチョとは同級生であるはずなのに、つい敬語で通じてしまう。それが不自然だと思えないのも、たぶん、カルパッチョの物腰がそうさせるからだろう。
――そういうのも良いと、ビスコッティは思う。
「さて。日頃から頑張っているお前には、愛妻ナポリタンをご馳走してやらないとな」
「やった」
「の、前に」
「前に?」
ペパロニが、声に出してふふふと笑う。カルパッチョも、にこりと微笑む。
――先程から、なんとなく気になってはいたのだ。
二人は、横並びにくっついて歩いてきた。それは良い、実に友情日和であるといえる――が、未だにその場から動こうとしないのだ。いつもなら、てきぱきと屋台の準備に取り掛かるはずなのに。
ペパロニと、カルパッチョの距離感にしてもそうだ。よく密着していて、上機嫌な表情を浮かばせていて、何かがあったんだろうかと推測して、
気づいた。ペパロニとカルパッチョの後ろに、誰かがいる。
視線を少し下ろせば、あっさりと「三人目」の両足が見つかった。誰だ、この隠匿されている人物は誰だ。考えて考えて考え抜く前に、あっさりと電球が光った。
「あのー」
「ん?」
ペパロニが、すっとぼけるような調子で返事をする。
「ペコリーノさんは?」
「ああ」
ペパロニとカルパッチョが、にやり、と笑った。
警戒する、全くもって予想できない。しばらく見ないうちに、ウチのペコリーノはどうなってしまって――
「じゃんッ!」
ショータイムといわんばかりに、ペパロニとカルパッチョが左右に展開する。ぜひ見てくれと、ペコリーノめがけ腕を伸ばした。
見た。
ベレー帽をかぶって、鞭をくるくる回して、マントを翻す、笑顔のペコリーノを。
――ため息が、漏れた。
そうか、そうしたんだ、そうなれたんだ。
そして、ビスコッティは直感的に、ペコリーノへ手を差し出す。
ペコリーノは太陽のような笑顔で、快くビスコッティの手を握り返してくれた。両手で、包み込んでくれた。
ペパロニを見る。
ペパロニは穏やかに、心安らいだように、ただ静かに微笑んでいる。
ぜんぶ終わった――これから先を、歩むために。
ペコリーノが、そっと手を離す。ビスコッティは、これから先を祈るように一礼した。
「さて――ペコリーノ、今日はサボっていいぞ。みんなにその姿を振舞ってやれ」
「さっすがねーさんッ! ……でも、今日もここで働くっす」
「どうして」
ペコリーノがくるりと回って、マントを羽のように舞わせて、
「私は、アンツィオ一の皿洗いっすから!」
ペパロニが、きょとんとした表情になる。けれどやがては、「そっか」と明快な笑顔になって、
「待たせたな、ビスコッティ」
ペパロニが腕を振り回しながら、早速とばかりに屋台入りする。カルパッチョも「お邪魔します」と入店して、ペコリーノも「着替えてくるっす!」と一時離脱して、風にP40のポスターが少しだけ煽られて、
「お客さん、注文は?」
「鉄板ナポリタンを一つッ!」
「あいよ!」
いつもの日々が、帰ってきた。
「それで、週末はどうする?」
ペパロニが、コンロに火を灯す。
「あー、美術館にも行ったし、映画も見たし、この前は泳ぎにも行ったし……あ、カルパッチョさん、スケッチブックをどうぞ」
「ありがとうございます、ビスコッティさん」
「うーん、ネタ切れ感凄いなあ。まあそれだけ、お前との付き合いが長いってことだけどなっ」
フライパンの上に、鉄板ナポリタンの材料を乗せていく。
「いいなーいいなー、ペパロニばっかり。はあ」
「まあまあ、カルパッチョは私よりもモテるんじゃないのか? 目当ての客も多いし」
「お客はお客、別よ」
「あー、今なら言いたいことがわかるぞ。思うと、お前も最初は客だったもんなあ」
「わからんね、人生っていうのは」
ペパロニが、慣れた手つきでソースを調理する。
「すいませーん、遅れたっすッ!」
「おお、早いじゃないかペコリーノ。じゃ、今日も食器を新品にしてくれ」
「ういっすッ! ……ペパロニねーさん、カルパッチョねーさん」
「ん?」
「今年の大会は、必ずやデカいものを見せてやるっすッ!」
スプーンを軽やかに動かしながら、
「おお、大物発言したな! 期待してるぞ!」
「頑張ってね、ペコリーノ」
「はいッ! ……にーさんも、これからも世界を描いていってくださいッ! ねーさんとお幸せにッ!」
ソースが出来上がる。明るい顔をしたペコリーノから、祝福の言葉を渡される。
「……ペパロニ」
「ん?」
「俺は、君が目指す戦車道を支え続けるよ。これからもずっと」
「私も、お前らしい美術道を応援する。これから先も」
パスタの上に、ソースをとろりと注いでいく。
そうして、ペパロニと笑い合う。何度も交わされ続けた「コミュニケーション」だが、これからもずっと、これから先も、夢が叶った時も、結ばれた後も、命が育まれた瞬間も、老いてからも、同じように笑顔を向け合うだろう。
だって俺達は、このアンツィオ高校学園艦で出会えたのだから。
「美術道、私からも応援させてください。……ほんとう、絵が上手いですよね。久々に私も描いてみようかな」
ペパロニが、「え」と手を止める。それほど時間をかけずに、
「――閃いた」
「え、何?」
「……今度の休みは、お前と一緒に、」
鉄板ナポリタンが出来上がる。食欲を促す匂いが、静かに漂い始める。
「絵を、描いてみたい」
ペパロニから、夢みたいなことを言われた。
だからビスコッティは、感極まって頭を抱え、首を横に振るわせて、何とかペパロニの目を見て、はっきりと応える。
「分かった……わかった! めっちゃ嬉しいよもう! 道具は俺が用意する!」
「いや。帰りに、一緒に買い物に付き合ってくれ」
カルパッチョが、「下校デートですか、ふんだふんだ」と笑う。ペコリーノは「あついよーしぬよー」と胸を抑えている。思わず、声に出して笑ってしまった。
――気づけば、アンツィオ名物のおいしいナポリタンが出来上がっていた。ペパロニが鉄板ナポリタンを手に取り、
「はい、200万リラ!」
財布を引っこ抜き、小銭を取り出そうとした時に「あら」と思う。
――ああ、そうか。そうだった。今日は、「そういう日」だもんな。
カルパッチョへ、200万リラを支払う。ありがとうございましたの一言。
ペパロニが、鉄板ナポリタンをビスコッティへ手渡す。ウインク込みで、軽くキスされて、ノリと勢いも最高潮に達したところで――
「いただきます!」
「召し上がれ!」
FINE
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ペパロニの恋愛と、ペパロニの「完結」を書き上げられた時、本当に本当にもう最高の気分になりました。「その後」を書くのは、凄く面白かったです。
長くなってしまいましたが、二代目ドゥーチェと美術家の、メタルな恋愛が描けたと思います。
ペコリーノですが、彼女はペパロニの屋台で皿洗いをしていたアンツィオ生徒です。茶色の、ミディアムヘアの子ですね。
とんでもないことになってしまいましたが、彼女はきっと、三代目としてアンツィオ戦車道を導いていくでしょう。
ここまで読んでくださった皆様、本当に本当にありがとうございました。
何度か推敲はしましたが、ご指摘、ご感想があれば、いつでも送信してください。
それでは、最後に、
ガルパンはいいぞ。
ペパロニは最高にノリノリだぞ。