「2」   作:まなぶおじさん

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「3」

 

「全員、気を付け」

 

 大階段の前で、総勢六十名の戦車道履修者が、音を立てて姿勢を正す。

 見渡し、全履修者がここに居ることを確認する。ペパロニは「よし」とひと声つけて、

 

「みんな。私も、あと数か月で卒業だ。――よくここまでついてきてくれた、よく頑張ってくれた」

 

 アンツィオ戦車道履修者の皆が、穏やかな顔になる。ペパロニも、そっと口元を曲げた。

 

「去年の大会で準優勝に輝けたのも、お前たちが健闘してくれたお陰だ。この時点で、卒業に対しての不安なんてまるで無かったぞ」

 

 正直な気持ちを抱えているからこそ、力強く、きっぱりと口にすることが出来た。

 約数名は、明快に笑えている。

 

「さて、」

 

 鼻で息を吸って、

 

「栄光に驕らず、みんな努力し続けているのは分かる。私は、それらを片時も見逃したことはない……はずだ」

「まあまあ」

 

 ペコリーノが苦笑する。ライオンのような髪型をした履修者も、「目は二つしかないっすから」と主張する。

 その通りだ。ペパロニは小さく頷く。

 

「――だからこそ、最も努力している履修者のことも知っているぞ」

 

 それは誰なんだろう。そんな眼差しを一身に受け、ペパロニがにやりと笑ってみせる。

 右手に持った鞭を掲げ、音を立てて「その人」を指す。

 

「ペコリーノ」

「へ」

 

 完全に不意打ちだったのだろう。目と口と声が丸くなる。

 

「大会以来、お前はよく『勉強』しているようだな。成績が、めきめきと上がっていっているようじゃないか」

「えー? それほどでもないっすよー」

「それほどでもある。私たち三年生を安心させようと、皆の励まし役になろうとしているじゃないか」

「そ、それはー……うんまあ、そうっすね」

 

 そう。

 ペコリーノは、アンツィオ戦車道の後継者になろうと、必死になって努力し始めたのだ。

 学力を鍛えはじめ、「操縦させて欲しい」と頭を下げて、積極的に相談役を務めようとして、今も屋台を支え続けている。お陰で、ペコリーノの友人はかなり増えたようだ。

 

「謙遜すんなよペコリーノ。お前、へこんでいた下級生のこと励ましてたじゃん」

「そうそう! あの時は、ほんと助かったんすから」

「放っておけなかったんだい」

 

 ペコリーノが、照れ隠し全開で笑ってみせる。他の履修者も、やんややんやとペコリーノを評価している。

 ――隣にいる、カルパッチョの方を見た。カルパッチョは、ただ、にこりと笑い返す。

 

「あー、ほんの少しだけ静かに。……ペコリーノ、お前はよく頑張っているな」

「光栄っす」

「うん。そんなお前には、ご褒美をくれてやろう」

 

 ペコリーノの目が、お星様のように輝きだす。

 

「え、何すか? もしかして、タダ券とか!?」

「まあまあ、こっちこい」

 

 ペパロニが、手をくいくいと動かす。ペコリーノが、軽やかな足取りで大階段を上る。

 

「来ました、総統」

「よーし……あ、ちょっとこれ持っててくれ」

 

 鞭をペコリーノへよこし、「あ、はい」とペコリーノが受け取る。

 ――深呼吸する。

 履修者の皆を見る。各々の笑みを浮かばせていて、ペパロニの「成すべき」ことを信頼してくれている。

 だから、心の底から思う――今まで、ほんとうにありがとう。

 

「よし」

 

 マントをいそいそと脱ぎ始める。本当は軽やかに脱ぎ去りたかったのだが、失敗すると最高に格好悪いので、残念ながら保守に回ることにしたのだ。

 ペコリーノが「あ、今日暑いっすもんね」とコメントする。そういえばそうだなあとペパロニが思考しながらで――

 

「ペコリーノ」

「あ、はい」

 

 両手に抱えた青いマントを、そっと、ペコリーノへ差し出す。

 

「……え?」

「お前には、素質がある」

「そ、素質?」

 

 ペコリーノが、惑うようにカルパッチョの方を見る。カルパッチョは無言で、けれども笑顔で頷いた。

 

「お前には、リーダーとしての素質がある。私が言うんだ、間違いない」

 

 ドゥーチェの印を、ペコリーノへ捧げる。

 

「お前が、次の――三代目ドゥーチェだ」

 

 何をしているんだろう、この人は。そんな目で、ペコリーノはペパロニを見る。

 ペパロニは下がらない、マントをペコリーノへ渡そうとする。この決意に、間違いなどはない。

 

「ペコリーノ」

「――、」

「頼んだぞ」

 

 恐怖を抱いているような無表情のままで、ペコリーノがそっとそっと手を伸ばす。

 ペパロニは、頑なに動かない。世界が止まっているとすら思う。

 沈黙の中で、無言のままで、ペコリーノだけが動く。何かにつまづいたのか、ペコリーノの目が地面へ逸れた。小さく、か細い「わたしは、わたしは」――しばらくはそのままだった、呼吸まで聞こえた。けれどペパロニは下がらない、決して撤回しようとはしない。無限と思えるような時間の中で、ペコリーノは全身を使って立ち直る。

 

 この展開は、けして唐突なものではない。ペコリーノは戦車道履修者だから、アンツィオ戦車道の後継者として生きることを選んだ女性だから、この時の流れは必然だった。

 ペコリーノが試合中の目つきになる。ペパロニの目を真っ向から見据えて、明快に口元を曲げて、とても綺麗な手が動いて、

 

 ペコリーノは、自分の意志でマントを受け継いだ。

 

 ドゥーチェの印を愛おしそうに抱いて、微笑んで、「ドゥーチェ」と呟いて、

 

「先代ドゥーチェ」

「ああ」

 

「後は、私に任せて欲しいっす!」

 

 瞬間。爆発的な拍手が、大階段前で盛大に反響した。

 履修者達を見る。笑顔になっている者、ピースしている者、「頼むぞ!」と叫ぶ者、「よっ、アンツィオ一の皿洗い!」と評する者――誰も、異論なんて唱えない。ペパロニの判断を信じて、ペコリーノについていくと決意してくれた。

 ――これで、これで、

 

「ペコリーノ」

「うん?」

 

 うまく笑えたと思う。

 

「私のようには、なるなよ」

「ほどほどに、憧れるっす」

 

 ペコリーノが頭を下げ、拍手の勢いがいよいよもって増した。

 改めて、カルパッチョの方を見る。にこりと笑って、親指を立ててくれた。

 

 ――これで、本当にぜんぶ、終わった。

 

 アンチョビねーさん、私は務めを全うしました。

 ビスコッティ。私は、お前がいてくれたから――

 

―――

 

『今日は戦車道の集まりがあって、屋台を開くのが遅れる。でも必ず美味い飯を食わせるから、だから来いよ、絶対に来いよ。

あと週末も近いから、デートの予定も組もうな。ここ最近はデートしてばっかりだけれど、お前と一緒だとやっぱり楽しい。

いつか必ず、一緒に暮らそうな』

 

 もちろんと返信しながら、屋台前で携帯をしまう。

 今日のアンツィオはすこぶる晴れきっていて、それに比例して観光客の数も多い。既に繁盛している屋台もあって、あれやこれやと騒がしいのだった。

 ここ最近は、真っ先にここへ来るようになった。時には美術部の屋台も手伝おうとしたのだが、部員が決まって、

 

『場所が違うだろ?』

 

 とかなんとか、格好つけてビスコッティのことを追い出してしまうのだ。

 ったく。

 あの祭以降、周囲からはよう気遣われることが多くなった。教室にいれば「それでどうなった?」だし、昼休みに入れば「いってらっしゃい。お前ら、邪魔しないように」とかなんとか。やられっぱなしもあれなので、時には「そういうお前は、リコッタさんとはどうなんだよ」とかカウンターを食らわせてやることもある。

 

 良くも悪くも、ここはアンツィオ高校学園艦だ。

 自分は健全に、アンツィオらしく生き抜いていられているらしい。

 

 苦笑する。もう少しで卒業だと思うと、それら全てが愛おしく思う。そのくせ、アンツィオらしく気遣われるたびに「やめろよバカヤロー」とか言ってしまうのだ。

 

「ビスコッティ」

 

 聞き慣れた女性の声。

 振り向くと、手を振るうコックコートを着たペパロニが、笑顔のカルパッチョが屋台へ近づいて来た。ビスコッティも、「やあ」と手で挨拶する。

 

「よ、今日も元気そうだな」

 

 ペパロニが、ビスコッティのスケッチブックを覗き見る。もちろん、今日も絵を見てもらう予定だ。

 

「最近は、いい感じに絵を仕上げられてるよ」

「へえ、調子いいな。このままプロ確定じゃないか」

「そおかなあ」

「私もそう思いますよ。これからも、応援させていただきますね」

「ありがとうございます、カルパッチョさん」

 

 カルパッチョとは同級生であるはずなのに、つい敬語で通じてしまう。それが不自然だと思えないのも、たぶん、カルパッチョの物腰がそうさせるからだろう。

 ――そういうのも良いと、ビスコッティは思う。

 

「さて。日頃から頑張っているお前には、愛妻ナポリタンをご馳走してやらないとな」

「やった」

「の、前に」

「前に?」

 

 ペパロニが、声に出してふふふと笑う。カルパッチョも、にこりと微笑む。

 ――先程から、なんとなく気になってはいたのだ。

 二人は、横並びにくっついて歩いてきた。それは良い、実に友情日和であるといえる――が、未だにその場から動こうとしないのだ。いつもなら、てきぱきと屋台の準備に取り掛かるはずなのに。

 ペパロニと、カルパッチョの距離感にしてもそうだ。よく密着していて、上機嫌な表情を浮かばせていて、何かがあったんだろうかと推測して、

 気づいた。ペパロニとカルパッチョの後ろに、誰かがいる。

 視線を少し下ろせば、あっさりと「三人目」の両足が見つかった。誰だ、この隠匿されている人物は誰だ。考えて考えて考え抜く前に、あっさりと電球が光った。

 

「あのー」

「ん?」

 

 ペパロニが、すっとぼけるような調子で返事をする。

 

「ペコリーノさんは?」

「ああ」

 

 ペパロニとカルパッチョが、にやり、と笑った。

 警戒する、全くもって予想できない。しばらく見ないうちに、ウチのペコリーノはどうなってしまって――

 

「じゃんッ!」

 

 ショータイムといわんばかりに、ペパロニとカルパッチョが左右に展開する。ぜひ見てくれと、ペコリーノめがけ腕を伸ばした。

 見た。

 

 ベレー帽をかぶって、鞭をくるくる回して、マントを翻す、笑顔のペコリーノを。

 

 ――ため息が、漏れた。

 そうか、そうしたんだ、そうなれたんだ。

 

 そして、ビスコッティは直感的に、ペコリーノへ手を差し出す。

 ペコリーノは太陽のような笑顔で、快くビスコッティの手を握り返してくれた。両手で、包み込んでくれた。

 

 ペパロニを見る。

 ペパロニは穏やかに、心安らいだように、ただ静かに微笑んでいる。

 

 ぜんぶ終わった――これから先を、歩むために。

 

 ペコリーノが、そっと手を離す。ビスコッティは、これから先を祈るように一礼した。

 

「さて――ペコリーノ、今日はサボっていいぞ。みんなにその姿を振舞ってやれ」

「さっすがねーさんッ! ……でも、今日もここで働くっす」

「どうして」

 

 ペコリーノがくるりと回って、マントを羽のように舞わせて、

 

「私は、アンツィオ一の皿洗いっすから!」

 

 ペパロニが、きょとんとした表情になる。けれどやがては、「そっか」と明快な笑顔になって、

 

「待たせたな、ビスコッティ」

 

 ペパロニが腕を振り回しながら、早速とばかりに屋台入りする。カルパッチョも「お邪魔します」と入店して、ペコリーノも「着替えてくるっす!」と一時離脱して、風にP40のポスターが少しだけ煽られて、

 

「お客さん、注文は?」

「鉄板ナポリタンを一つッ!」

「あいよ!」

 

 いつもの日々が、帰ってきた。

 

「それで、週末はどうする?」

 

 ペパロニが、コンロに火を灯す。

 

「あー、美術館にも行ったし、映画も見たし、この前は泳ぎにも行ったし……あ、カルパッチョさん、スケッチブックをどうぞ」

「ありがとうございます、ビスコッティさん」

「うーん、ネタ切れ感凄いなあ。まあそれだけ、お前との付き合いが長いってことだけどなっ」

 

 フライパンの上に、鉄板ナポリタンの材料を乗せていく。

 

「いいなーいいなー、ペパロニばっかり。はあ」

「まあまあ、カルパッチョは私よりもモテるんじゃないのか? 目当ての客も多いし」

「お客はお客、別よ」

「あー、今なら言いたいことがわかるぞ。思うと、お前も最初は客だったもんなあ」

「わからんね、人生っていうのは」

 

 ペパロニが、慣れた手つきでソースを調理する。

 

「すいませーん、遅れたっすッ!」

「おお、早いじゃないかペコリーノ。じゃ、今日も食器を新品にしてくれ」

「ういっすッ! ……ペパロニねーさん、カルパッチョねーさん」

「ん?」

「今年の大会は、必ずやデカいものを見せてやるっすッ!」

 

 スプーンを軽やかに動かしながら、

 

「おお、大物発言したな! 期待してるぞ!」

「頑張ってね、ペコリーノ」

「はいッ! ……にーさんも、これからも世界を描いていってくださいッ! ねーさんとお幸せにッ!」

 

 ソースが出来上がる。明るい顔をしたペコリーノから、祝福の言葉を渡される。

 

「……ペパロニ」

「ん?」

「俺は、君が目指す戦車道を支え続けるよ。これからもずっと」

「私も、お前らしい美術道を応援する。これから先も」

 

 パスタの上に、ソースをとろりと注いでいく。

 

 そうして、ペパロニと笑い合う。何度も交わされ続けた「コミュニケーション」だが、これからもずっと、これから先も、夢が叶った時も、結ばれた後も、命が育まれた瞬間も、老いてからも、同じように笑顔を向け合うだろう。

 だって俺達は、このアンツィオ高校学園艦で出会えたのだから。

 

「美術道、私からも応援させてください。……ほんとう、絵が上手いですよね。久々に私も描いてみようかな」

 

 ペパロニが、「え」と手を止める。それほど時間をかけずに、

 

「――閃いた」

「え、何?」

「……今度の休みは、お前と一緒に、」

 

 鉄板ナポリタンが出来上がる。食欲を促す匂いが、静かに漂い始める。

 

「絵を、描いてみたい」

 

 ペパロニから、夢みたいなことを言われた。

 だからビスコッティは、感極まって頭を抱え、首を横に振るわせて、何とかペパロニの目を見て、はっきりと応える。

 

「分かった……わかった! めっちゃ嬉しいよもう! 道具は俺が用意する!」

「いや。帰りに、一緒に買い物に付き合ってくれ」

 

 カルパッチョが、「下校デートですか、ふんだふんだ」と笑う。ペコリーノは「あついよーしぬよー」と胸を抑えている。思わず、声に出して笑ってしまった。

 ――気づけば、アンツィオ名物のおいしいナポリタンが出来上がっていた。ペパロニが鉄板ナポリタンを手に取り、

 

「はい、200万リラ!」

 

 財布を引っこ抜き、小銭を取り出そうとした時に「あら」と思う。

 ――ああ、そうか。そうだった。今日は、「そういう日」だもんな。

 

 カルパッチョへ、200万リラを支払う。ありがとうございましたの一言。

 ペパロニが、鉄板ナポリタンをビスコッティへ手渡す。ウインク込みで、軽くキスされて、ノリと勢いも最高潮に達したところで――

 

「いただきます!」

「召し上がれ!」

 

 

FINE

 

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
ペパロニの恋愛と、ペパロニの「完結」を書き上げられた時、本当に本当にもう最高の気分になりました。「その後」を書くのは、凄く面白かったです。
長くなってしまいましたが、二代目ドゥーチェと美術家の、メタルな恋愛が描けたと思います。

ペコリーノですが、彼女はペパロニの屋台で皿洗いをしていたアンツィオ生徒です。茶色の、ミディアムヘアの子ですね。
とんでもないことになってしまいましたが、彼女はきっと、三代目としてアンツィオ戦車道を導いていくでしょう。

ここまで読んでくださった皆様、本当に本当にありがとうございました。
何度か推敲はしましたが、ご指摘、ご感想があれば、いつでも送信してください。

それでは、最後に、

ガルパンはいいぞ。
ペパロニは最高にノリノリだぞ。
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