「2」   作:まなぶおじさん

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我慢出来ずに書きました。


バレンタイン企画
エンディング


 ポケットにしまい込んでいた携帯が、バイブレーションとともにフニクリ・フニクラを唄い始める。

 ペパロニの料理の手が止まる、一体誰だと液晶画面を見てみれば――二番目に見慣れた「名前」が、目に飛び込んできた。

 

「――ん、どした?」

『あ、えーっと、いま……大丈夫?』

「大丈夫。で、用事は?」

『あ……えーっと……その……』

「うん」

 

 電話の向こう側が、色濃く躊躇い始める。それに対してペパロニは、はて、とおさげをいじり始めた。性格は自分と似て、イケイケドンドンであるはずなのに。

 けれど、「珍しいこともあるもんだ」と処理した。

 それ故に、相手の出方を待ち続けることにする。

 

『……えーっと』

「焦る必要は、ないからな」

『うん』

 

 心から言う。木のスプーンを軽く揺らしながら。

 

『……えーっと……っし、っしッ』

 

 電話越しから、力んだ声が聞こえてきた。

 口元が思わず曲がる。相手はきっと、拳を強く握りしめて、両肩まで上下に動かしているに違いない。

 目に見えるようだ。

 

『あのさ』

「ああ」

 

『――明日って、その、バレンタインだよな?』

 

 間、

 ――ペパロニの口元が、もっとひん曲がった。

 

「ああ、そうだな、そうだったな」

『……それで、その』

「おお」

 

 深呼吸。

 

『――どうやって、チョコを渡せばいいかな。あ、義理、義理の話な!?』

 

 なるほどなあと、ペパロニが三度も頷いてしまう。表情なんて、喜色満面まみれに違いなかった。

 少し動揺はしたが、不思議と冷静さは拭えなかった。たぶん、自分も辿った道だからだと思う。

 ――だから、

 

「そう、だな」

 

 木のスプーンを、フライパンの上に垂らせる。何となく自宅の天井を眺めてみて、

 

「そだな」

 

 私は――

 

――

 

 時の流れとは早いもので、いつの間にか2月13日がアンツィオへ訪れていた。

 窮屈な授業があって、様々な屋台が立ち並んでいて、沢山の観光客がアンツィオ名物を口にしている。ここまでは、何ら変わらない平日そのものだ。

 

 そんな中で、ビスコッティは上機嫌に、昼休みの屋台広場を歩んでいた。

 

 原因なんて決まっている。明日になれば、「祭り」が開催されるからだ。

 左を見て見れば、「もらえるかなーチョコ」と談話する男子二人組が。右を見てみれば、「渡す、絶対に渡すッ!」と気合を込めている女子グループが覗える。ビスコッティは共感するように、「がんばれよー」と心の中で応援する。

 ――そう。

 

 2月13日といえば、バレンタインブームで最も楽しい日だ。

 2月13日といえば、アンツィオが恋の炎で燻りまくる日だ。

 

 当初といえば、義理チョコを食って「グラッツェー」と礼を言ったものだ。そして、「お返しよろしくー」と言われるのもお約束の一つ。

 けれど今年は、その伝統から外れることが出来そうにある。原因は、もちろん、

 

「ビスコッティー!」

 

 喧騒が絶えない屋台広場の中で、聞き慣れ過ぎた呼び声が、ビスコッティの耳に届く。

 瞬間、胸の内なんてみっともなく躍り始める。顔なんて、みっともないくらい歪みきっていると思う。

 

「や、ペパロニ」

「おっすー、食ってけ!」

 

 「食って」のタイミングで、ビスコッティは財布を取り出す。ペパロニが経営する屋台の看板を目にして――300万リラを取り出した。

 

「鉄板ナポリタン一つ!」

「あいよー!」

 

 見飽きることのない笑みを、カルパッチョが浮かばせる。

 

「いつもありがとうございます、ビスコッティさん」

「いえいえ。ここのメシは美味しいですし」

「ドゥーチェの恋人ですもんねー」

 

 屋台のキッチンで皿洗いをしている、茶色のミディアムヘアの少女――ペコリーノこと三代目ドゥーチェが、めちゃくちゃ嬉しそうに「いひひ」と笑う。

 全くもってその通りなので、ビスコッティもペパロニも笑顔で「まーなー」と肯定する。カルパッチョも、柔らかく微笑してくれた。

 

「……って、ドゥーチェはお前だろ、お前」

「そりゃそうっすけどー。卒業するまで、ねーさんはドゥーチェっすよ」

「ええ、ペコリーノの言う通りよ」

「俺もそう思うぜ」

 

 ペパロニが「っかー」と、手でナポリタンを調理しつつ、

 

「ビスコッティが言うなら」

「どーも」

 

 ペコリーノから、口笛を吹かれた。ビスコッティは、「でへへ」と後ろ手で頭を掻く。

 ペパロニは「ったくう」と唇を尖らせながらも、

 

「そっか……卒業まで、か」

 

 卒業。

 その単語を聞いて、「いつまでだっけ」と思考する。間もなく、「あと一か月ほど」という具体的な数字が思い浮かんだ。

 そしてペパロニも、似たようなことを考えたらしい。先ほどとは違う、どこか眠そうな目で、ペパロニお手製のケチケチしない鉄板ナポリタンを手掛けつつ、

 

「……楽しかったな」

「ああ」

 

 ペコリーノが、ペパロニめがけ視線を合わせてきて、

 

「本当、ドゥーチェのお陰でめちゃくちゃ楽しかったっす」

「グラッツェ」

「正直未練たらたらなんで、留年できないっすか?」

 

 そこでペパロニが、「ばっきゃろおめー」とふざけ半分で罵倒し、

 

「せっかく推薦貰ったんだぞー? オメーは、私のプロ街道を妨害する気かー?」

「仲間とプロ、どっちが大切なんすか!」

「両方だよ! ……まあアレだ、そんなに未練があるんなら、一緒にプロになって私についてこいっての」

「うっは、簡単に言うっすねー」

 

 とはいうものの、ペコリーノはちーともめげていない。

 ペパロニ、そしてカルパッチョは、戦車道全国大会の功績に伴い、とある推薦を貰っていた。その先は勿論、戦車道に深く携わる大学。そこには初代ドゥーチェ――安斎千代美も通学しているらしい。

 それを知った瞬間、ペパロニは、カルパッチョは、アンツィオ戦車道履修者達は、電話越しのアンチョビは、そしてビスコッティも、「やったぜ―――ッ!!!」と叫んだ。おまけに鉄板ナポリタンの値段も、100万リラまで値下げされた。

 勿論、人という人が殺到したのは言うまでもない。けれどそれは値段によるものではなく、純粋に「おめでとう即席パーティ」に参加する為のものだった、と特記しておく。

 そうして皆が皆、ラザニアや鉄板ナポリタンを食している中で、皿洗いのペコリーノはノリと勢いでこう言ったのだ。

 

 ――よし! 私も、プロになるっす!

 

 瞬間、パーティー参加者全員が、ペコリーノの門出を祝いまくった。戦車道履修者からは頭を撫でられ抱き締められ、ビスコッティも即席でペコリーノの絵を描いたものである。

 ――だから、ペコリーノはちーともめげていない。いずれは、ペパロニと一緒になれるだろうから。

 

「ま、数年後に会いましょう」

「ああ、待ってるぞ」

 

 ペパロニとペコリーノがピースサインを交わしあう中、カルパッチョがこちらを見つめて、

 

「そういえば、ビスコッティさんはやっぱり美大に?」

「ええ。俺は、」

 

 ペパロニに、目を合わせる。

 たったそれだけで、ペパロニは嬉しそうに、ほんとうに嬉しそうに、歯を見せてウインクしてくれた。

 

「絵が、大好きですから」

 

 カルパッチョが、「ですよね」と頷く。

 ――ペパロニが、ようやく鉄板ナポリタンを完成させて、

 

「頑張れよ、応援してるからな! ……はい、鉄板ナポリタンサービス盛りだ!」

「グラッツェ! いただきます!」

「召し上がれ!」

 

 鉄板ナポリタンを受け取り、フォークを使ってナポリタンを口にしていく。

 舌に甘さが沁みていき、口の中が熱くなっていく。ナポリタンを飲み込んだ瞬間に腹が満たされていって、ペパロニと目が合い「うまい」と感想を口にする。ペパロニも、「だろー?」と言いながらで、ずっと、ビスコッティのことを見つめたまま。

 

 ここまでは、いつものアンツィオ日和だった。

 ふと、後ろから、女子二人組の会話が耳に入る。

 

「で、で? タレッジョは、本命チョコ送るの? カレに送っちゃうの?」

「送るっすよー、もうじき卒業すっからねー。覚悟決めたっす」

 

 びくりと、ビスコッティの脳ミソが震える。今更ながら、2月13日特有の緊張感を思い起こす。

 ペパロニは、真顔だった。

 

「……で、告白は?」

「……するっす」

 

 ――それきり、ビスコッティは、ペパロニは、黙ってしまった。

 先ほどまでペパロニのことばかり見ていたくせに、何だかめちゃくちゃ恥ずかしくなって、つい目を逸らしてしまう。その先は、香ばしい匂いを広げていく鉄板ナポリタンだけ。

 

 おかしいなあ、と思う。

 だって自分は、ペパロニと、恋人同士であるはずなのに。互いの道を、支え合うと決めた仲であるはずなのに。だのにどうして、2月13日の話題を切り出せないでいるのだろう。

 恐る恐る、ペパロニめがけ視界を向ける。

 今のペパロニといえば、間違いなく顔を真っ赤に染めながらで、視線を斜め上に逸らしつつ、口笛を吹き始めた。そんなペパロニを見てしまったビスコッティは、緊張と、恋愛感情が暴発した含み笑いを、思わずこぼしてしまった。

 

「――なんだよう」

「あ、いや、その……」

 

 ビスコッティが、ざーとらしく咳を漏らして、

 

「あ、あしたはバレンタインだなー」

「そ、そだな」

「ぺ、ペパロニは、チョコを渡す予定はあるのかい?」

「あ、あー……あるよ、うん、ある」

「そ、そかー。で、で……渡す相手は、いる?」

 

 口も、本心も、緊張丸出し。

 ほんの少しの沈黙、ほんのちょっとだけの間を置いて、ペパロニはぎりぎり聞こえる声量で「やる」と呟き、

 

「やる! やるよ! 気合ブッ込んだ奴を! お前にッ!」

「やったぁッ!」

「馬鹿喜ぶな! 恥ずかしいだろっ人前でっ!」

「えー? 俺らはもう恋人同士だろ? いいじゃん別に……」

「そ、それはそうだがー……いやほら! カルパッチョやペコリーノの前でその、そういう話題は恥ずかしいというか!」

 

 そして、今更になって、ビスコッティとペパロニは気づく。

 カルパッチョが、ペコリーノが、どこにもいない。しかもご丁寧に、全ての皿は洗浄済みだった。

 ――やられた。「カップルの邪魔はしない」という、アンツィオの流儀に。

 言い訳も、逃げ道も塞がれた中で、ペパロニは諦めたように、小さくため息をついた。

 

「……あのな」

「う、うん」

「朝から、その、けっこう緊張してたんだからな」

「どして?」

 

 ペパロニが、ふてくされたように唇を尖らせながら、ビスコッティめがけ控えめに目を向けて、

 

「……お前のせいだ」

 

 ――ビスコッティは、必死になって言葉を探して、

 

「ペパロニ」

 

 探して、

 

「な、なに」

 

 結局、気の利いた言葉を掘れないまま、

 

「……すげえ嬉しい」

 

 惚れた気持ちそのものを、口にした。

 ペパロニが、目と口を丸く開けたままで固まる。しばらくはそのままで、けれどもやがては「へへ」と苦笑してくれて、ビスコッティの肩をぽんと軽く叩き、

 

「覚悟しろよぉ? 超あめーやつを食わせてやるからな」

「やべえ、幸せ過ぎて死ぬかも」

「おうおう召されろ召されろ。この私に看取られるとは光栄な、」

 

 ペパロニが、全力で首を横に振るい、

 

「あ、いや、ダメだぞ、食っても生きろよ! お前とは、長い付き合いでいるつもりなんだからなッ!」

「! そうだった! よし分かった! 何とかして生き残るッ!」

「よく言った! で、具体的にどう耐えるんだ?」

「え、知らね。……いやそもそも、幸せ過ぎて体調を崩すってことはあるのかな?」

「言われてみれば――なーそこの兄さん姉さーん、幸せ過ぎて体を壊すってこと、あると思うかー?」

 

 観光客であろう、青いジャージを着こんだ男女二人組が、「うーむ」と両腕を組み、

 

「確か、ストレスゼロだと、かえって体に悪いって聞いたことがあるよ。どういう理屈だっけかなー」

「お、マジでか? ストレスってのも大事なんだなあ」

 

 寡黙そうな赤い髪の女子が、静かに頷いて、

 

「何回か苦しい状況下に置かれたことはあったけど……でも、それを乗り越えるのが楽しいんだよね。それがなくなるのは、うん、つまらない」

「……だなあ。あれだよな、疲れている時に寝るからこそ、すっげえ幸せになれるっていうか」

 

 男女の意見に対し、ビスコッティは「わかる」と同意した。

 戦車道にしろ、美術道にしろ、祭りにしろ、それらが「楽しい」と思えるのは、ストレスからの反動があってのものだ。人生に落差が生じるからこそ、幸せというものが目に見えてくる。救われた、と実感できるようになる。

 

 絵に対する苦境がなければ、自己嫌悪がなければ、俺はきっと、

 ペパロニと、出会えなかった。

 

 ――ペパロニも、納得したように頷き、

 

「……難しいな、幸せってやつは。グラッツェ、参考になった」

 

 ペパロニが、納得したように礼を言う。ジャージのカップルも、「どうも」と返してくれた。

 ――ひと区切りがついたところで、 

 

「あ、ナポリタン食う? 教えてくれた礼に、100万リラまけてやっから」

「うん食うー!」

 

 ここは、ノリとメシとナンパの本場、アンツィオ高校学園艦。こんな風に観光客とやりとりすることも、こんなふうに男女が付き合うことも、この艦にかかれば日常茶飯事と化す。

 カルパッチョとペコリーノが、何でもないように戻ってきたのは、それから数分後のことだった。

 

―――

 

 2月14日の訪れを自覚した瞬間、ビスコッティの眠気なんてすぐさま吹き飛んだ。

 

 普段は夜の11時ぐらいで眠るタチなのだが、2月13日の夜ときたらまるでそうもいかない。ビスコッティの頭の中はペパロニのチョコでいっぱいで、渡される際にどんな言葉を投げかけられるのかが楽しみ過ぎて、いよいよもって明日が待ちきれなくなった。

 それ故に、絵を描くこともないまま、夜の9時にベッドへ飛び込んだのだが――極度の興奮状態と、前向きな感情がぐるぐる渦巻いているせいで、中々寝付けなかったものだ。

 

 このまま朝まで過ごすのかなあ、まあぜんぜん眠くないしなあ、今頃ペパロニは何してんのかなあ。

 そんなことを考えていれば、いつの間にやら朝6時の日光が、カーテンを薄く照らしていた。目覚ましが鳴るには、あと一時間ほど早い時間帯だった。

 

 そんな健全なトラブルを体験しながら、朝8時になって「いってきまーす」と寮を出る。春だからか朝から温かい、鳥の音が聞こえてくる、機嫌のあまり口笛まで吹いてしまう。

 そうして、いつものように門を潜ろうとして――サングラスをかけた女子と、目が合った。

 ここで「何?」とは聞かない。何故ならその女子は、黄色い包装紙がくるまれた箱を手にしていたからだ。いちアンツィオ男子として、無言で「がんばれ」と手で挨拶を交わす。サングラスの女子も、「へへ」と笑い返してくれる。

 

 2月14日特有の現象は、ここだけに留まらない。道端で待機している女子、電柱に寄りかかっている眼鏡っ娘、歩道で右往左往を繰り返している女の子と、「なるだけ被らない位置」で、何者かを待ち続けていた。

 ――こうした光景を見るのは、別に初めてのことではない。これも、古くから伝わる「アンツィオ祭り」の一つだ。

 そして今年は、自分も祭りの参加者になれた。その嬉しさが顔に出てしまっているのだろう、ライオンヘアーの女の子から、親指を立てられた。サムズアップ返し。

 

 さて。

 

 ペパロニは何処にいるのだろう――そう考えた瞬間、携帯が震えた。

 ――ペパロニか!?

 過剰な速度で、ポケットから携帯を引き抜く。画面には、「ペパロニからメールが届きました」の文字。

 ビスコッティは、冷静なそぶりで電柱に背を預ける。内心は「ヒャッホホイッ!」と興奮しながらで。内容はなんだろう、待ち合わせ場所の指定とかかな。

 指で、画面をスライドさせる。

 

 2月14日 8:12 送信者:ペパロニ

 ごめん、風邪にかかった。けっこうだるいから、学校へは行けそうにないと思う。馬鹿は風邪をひかないっていうけど、私も賢くなっちゃったみたいだ。

 ごめん、本当にごめん。今日は大切な日なのに、本当にごめん、ビスコッティ。

 

 ――文脈なんぞを考える前に、返信したと思う。『気にしないで、俺達は恋人同士だから来年でも楽しめる。自分のことは気にせずに、元気になって戻ってきてね。愛してる』

 画面の火を消して、「はあっ」と息をつく。それは失望によるものではなく、これから何をすべきかという、前向きへの準備動作のようなものだ。

 通学路を歩みながらで、思考する。最初に考えたのは「通話」だったが、それだとペパロニに負担がかかる可能性がデカい。病人を無理矢理喋らせるなんて、愚行以外なにものでもないからだ。

 

 チョコレート入りの箱を持った女子生徒と、すれ違う。次に考えたのは「お見舞い」だが、二秒、三秒ほど「いやしかし」と考えて、数十秒後には「だめだ」と却下した。

 雰囲気がユルいアンツィオでも、「女子寮に男子が入り込むことを禁ずる」という校則がしっかりと存在している。一見すると危うそうなものだが、これが破られたケースは、今のいままで一度も無いのだとか。

 

 当たり前の話だった。ノリと勢いで生きているアンツィオ生徒であろうとも、やっぱりわが身が可愛いものであるし、そもそも意中の異性にいらぬ迷惑をかけてしまう恐れがある。恋には情熱的で、生真面目だからこそ、今のいままで「問題」が発生しなかったといっても過言ではない。

 

 考えろ。俺はペパロニの恋人だぞ、男なんだぞ、支え合うと決めた仲なんだぞ。こんな謝罪メールを見てしまって、何もしないわけにはいかないだろうが。

 電話を使うことなく、女子寮にも入らず、ペパロニと関われる手段といったら――また、女子とすれ違う。箱を両手で抱きしめながらで、誰かを待ち続けているらしい。

 ――女子か。

 超当たり前だが、女子寮の対応は女子が最適だ。こんな俺の言い分を聞いてくれる、女子といえば、

 あ、

 

 俺には女子の、それもペパロニと近しい人を知っているじゃないか。

 その人に、俺の願いを伝えられれば――

 

 □

 

 二つほどやるべきことをやり終えた後で、ビスコッティは、すぐさま屋台広場へと全速力で駆け抜ける。運動音痴なせいですぐに息が切れそうになるが、それでも両足は止まらない。

 時間が惜しい。そして往く先々で聞こえてくる「はい義理チョコ」「グラッツェー」「あ、あのさ! こ、これ、ぎ、義理だからな!」「お、おう。ありがと」「ねえ! だ、誰かからチョコ貰った?」「いや、ねーわ」「何だあの配達ヘリ……俺宛て!? これ千代美から!?」

 祭りの残響を耳にして、だからこそ思う。俺なりの力で、ペパロニを支えたい。余計なことかもしれないけど、何もしないなんて、できそうにもない。

 

 時計を見る。昼休みが終了するまで、あと数十分も先だというのに――けれど己が意志が、身体が、勝手に焦りを生じてしまう。かなりキツかったが、こんなにもペパロニのことが好きだったんだなと思うと、肉体ときたらノリと勢いで動いてくれるものだ。

 幾多の匂いを鼻孔で感じ取って、沢山の観光客を回避しながら、いつもと違う男子と女子のやりとりに憧れを抱きつつ、ついに見えてきた。

 

 ――P40の看板と、俺の絵が貼られた、戦車道屋台を。

 

「――か、カルパッチョさん! ペコリーノー!」

 

 苦し紛れに声を出してみれば、カルパッチョが「ど、どうしたんですか!?」と心配してくれた。ペコリーノの皿洗いも止まって、「何があったんすか!?」と近づいてきてくれる。

 

「あ、いや、大丈夫、急いでここに来ただけだから。……あ、それよりも、知ってる? ペパロニのこと」

「――はい。その、何というのか……ビスコッティさん」

 

 先に続く言葉を止めようと、ビスコッティが手で制する。

 

「俺はいい、俺はいいんです。それより、あーくるしっ。それよりっ、今日は、ペパロニのお見舞いに行く予定などは?」

「放課後に行きます」

「当然っす」

 

 自然と笑みが漏れる。戦車道履修者の絆とは、何物よりも深い。

 カルパッチョはいつもの笑顔で、ペコリーノはビスコッティの背中をさすってくれている。

 

「ありがとう、ペパロニも喜んでくれる」

「友達ですから」

「ドゥーチェでもありますから」

 

 ビスコッティは、今日はじめて安堵した。

 だから、

 

「えっと……本当は俺もお見舞いに行きたいんだけれど、ほら、俺ってヤローじゃない?」

「ああ……そっすね」

「だから、これを渡してほしいんだ」

 

 カルパッチョとペコリーノに対して、手紙と、一枚の絵を手渡した。

 

 □

 

 放課後。

 カルパッチョとペコリーノは、アンツィオ戦車道履修者代表として、ペパロニの部屋の前に立つ。あらかじめメールで「お見舞いに行くからね」と伝えておいたので、ペパロニを驚かせてしまうような事態にはならないだろう。

 インターホンを押して、「お見舞いに来たわよー」とドア越しから伝えてみれば――何とか歩けるまで回復したらしい、パジャマ姿のペパロニが、ちょっと苦しげな笑みで出迎えてくれた。

 

 すぐにペパロニを横にさせては、ペコリーノが「食欲あるっすか?」と問う。ペパロニは「うん」と応え、ペコリーノは「任せるっす」とキッチンを借りてはリゾットを調理し始めた。アンツィオにとっては、定番の健康食だ。 

 カルパッチョは、水に濡らしたタオルを、ペパロニの額の上に乗せる。それが安堵を誘ったらしいのか、ペパロニは「グラッツェ」と礼を言ってくれた。

 

「――大丈夫っすか?」

 

 背を向けたままのペコリーノが、ペパロニへ声をかける。ペパロニは「ああ」と苦笑いして、

 

「すまない、手間をかけさせて」

「そんなこと言わないの。誰だって風邪はひくものなんだから」

「そうだっけ? ほら、馬鹿は風邪をひかないって言うだろ?」

「ねーさんが馬鹿? そういうしらじらしい嘘をつくのはやめてほしいっす」

「そうそう」

 

 そっかそっかと、ペパロニが力なく笑う。やはり全体的に弱々しい雰囲気が否めなかったが、とくべつ重い病を抱えた気配はない。この調子なら数日で完治出来るはずだ。

 カルパッチョは、ほっと胸を撫でおろす。

 

「戦車道履修者のみんな、心配してたよ。十分に休んで欲しいって、また元気な姿を見せて欲しいって」

「そっかー。みんな、いい子だなぁー」

「愛されてるっすね、ドゥーチェ」

「すげーだろ」

「すごいすごい」

 

 カルパッチョが、にこりと笑う。ペパロニの頭を揺らさない程度で、頭を撫でる。

 

「今まで頑張ってきたんだから、無理をしないでね。休んでいいんだからね。前みたく、無茶しちゃだめよ?」

「わかってるわかってる。ちゃんと食って寝て遊びながら戦車道歩んでるから」

「そーそー、あとのことは私に任せりゃいいんすよ」

「期待してるぞー」

 

 ひとまずのことは、話し終えられたと思う。

 だからか、ペパロニは「はあ」とため息をついて、

 

「……でも、今日という日は、絶対に登校したかったなぁ」

「そうね、その気持ちはよくわかるわ」

 

 ペパロニの惜しさを耳にして、カルパッチョは「うん」と首を縦に振った。

 

 カルパッチョは、ペパロニの初恋をずっとずっと見届けてきた。そこから生じた2つの苦難を、カルパッチョは長く長く見守ってきた。

 ペパロニは総統としての威厳を、ビスコッティは絵描きとしての苦悩を、生真面目に背負い続けてきた。互いは「それ」に共鳴し、励まし合い、ようやくをもって自分なりの道を歩み始めることが出来たのだ。

 カルパッチョは、心の底からこう思っている。

 

 ――二人には、これからもずっと、幸せであり続けて欲しい。

 

 だからこそ、今のペパロニの言葉には、共感するほかなかった。

 

「どうだった? 賑やかだったか? 外」

「ええ。今日はチョコ日和だからか、売り上げがすこし落ちちゃった」

「だよなあ」

 

 ペパロニが、くっくと笑う。

 

「ペパロニ、チョコはあるの?」

「冷凍庫に」

「お手製?」

「もちろん」

「さっすが」

 

 たぶん、気合を入れた一品なんだろうな、と思う。

 バレンタイン前夜になって、ペパロニは初めてチョコレート作りに手掛け始めて、あれやこれやと試行錯誤しながらで、満面の笑みで「出来た!」と言ったに違いない。これでもペパロニとは長い付き合いだから、簡単に予想がついてしまう。

 ――だからこそ、心底から悔しがっているのも、よくわかる。

 

「……ビスコッティにはさ」

「うん」

「一応、謝罪メールは送ったんだけれど……がっかりさせちゃったな、うん」

「そんなこと言わないの」

「いやでも、なあ?」

「マイナス思考禁止っすよ、ねーさん」

「そうそう。それに、ビスコッティさんから伝言を預かってきたんだから」

 

 ――え?

 

 顔全体に苦笑いを沁み込ませていたはずのペパロニが、目を丸くしながらで真顔になる。

 

「手紙とね、絵を、預かってきたんだ」

「……マジ?」

「マジ。あ、手紙は読まなくてもいいからね、私が朗読するから」

 

 ――病人に、文字を読ませるのは負担になるでしょう。ですから朗読してください、見てもらっても構いません。

 

 そう言って、ビスコッティは、自分に手紙を託してくれた。

 カルパッチョとペコリーノは、「はい」と快諾した。

 

 ――あとのことは、お任せします。

 

「じゃあ、読むね」

 

 うん。ペパロニは無言で、小さく頷いた。

 

「『親愛なるペパロニへ、今日は災難でしたね。ですが、風邪というものは誰にでもかかってしまうものです、自分もそうでした。

なので、今日のことは本当に気にしないでください。あなたとはこれからも長い付き合いになるのですから、来年に期待します。その方が、楽しみも増すでしょう。

ですから、俺の事よりも、自分の体のことだけを考えてください。無事に完治するまで、絶対に無理をしないでくださいね』」

 

 リゾットの匂いが、部屋に伝わってくる。

 

「『色々ありましたが、あなたのお陰で、自分はアンツィオのことが、もっと好きになりました。絵が、もっと大好きになれました。戦車を描く楽しさに、気づけました。

あなたには、感謝してもし尽くせません。これからも、あなたを支えます。

また今度、どこかへデートでもしましょう。またいつか、あなたの絵を見せてください』」

 

 夕暮れが、部屋を赤く淡く染めていく。

 

「『長くなりましたが、ここまで聞いてくださって、本当にありがとうございました。また、いつもの元気な姿を、俺に見せてください。

手紙を書いたついでに、一枚の絵も送ります。急いで描いたものなので、アラだらけかもしれませんが……ですが、一番書きたかった絵を、描けました』」

 

 戦車の通り過ぎる音が、どこか遠くから聞こえてきた。

 

「「――これからもずっと、あなたのことを愛しつづけます」」

 

 ペパロニが、声にならない声を上げている。すがるように、カルパッチョに眼差しを向けている。

 

「はい」

 

 手紙を朗読し終え、カルパッチョは、手渡された絵を広げてみせる。ペパロニは、「あ」と声を上げた。

 

 P40の上に座り込む、プロリーガー仕様のジャケットを着こんだ、笑顔のペパロニ――TI amo

 

 それが、ペパロニへ捧げられた絵だった。急いで描いたものらしく、白黒ではあった。

 喉から震え出る、ペパロニの声が、しんと聞こえてくる。カルパッチョはそっと、絵をペパロニへ手渡した。

 

「カルパッチョ、ペコリーノ」

「うん」

「はいっす」

「私、わたしさ、」

 

 ビスコッティの意志は、まちがいなく、ペパロニへ伝わった。

 だって、

 

「――戦車道を歩めて、ほんとうによかった」

 

――

 

 数日後、ビスコッティは朝っぱらから目覚まし時計に叩き起こされた。

 時刻は七時――これまで通りの起床時間だ。ビスコッティは力なく欠伸を漏らし、制服に着替え、歯を磨き、顔を洗って、朝のメールチェックを携帯で行い、

 

 送信者:ペパロニ

 完治した!

 

 途端に、内から歓喜が溢れ出てくる。あまりにも「らしい」文面を見て、含み笑いがこぼれ出てしまう。

 よかったよかったと呟いて、「良かった。これで鉄板ナポリタンが食えるんだな」と返信する。後は軽く朝食をとって、学生鞄を肩にかけて、部屋めがけ「いってきます」と告げる。

 

 寮の階段を降りていき、朝日を浴びてはオヤジ臭く「あー」と伸びをする。リラックスの為に指をくねくねと動かして、後はそのまま寮の門を潜り抜けて、

 

「よっ」

 

 声を、かけられた。

 思わず小さく飛んでしまって、俊敏に音のした方へと首を向けてみれば、

 

「おはよ、ビスコッティ」

 

 ――見慣れ過ぎた顔が、そこに居てくれた。

 数日ぶりに顔を合わせるからか、何だか恥ずかしくなって、それでいて嬉しくなってしまって、

 

「おはよう、ペパロニ」

 

 ハイタッチを交わしあい、あと数日しか歩めない歩道を、共に歩み始める。

 

「風邪はもう大丈夫か?」

「ああ、見ての通りさ」

 

 元気だぜといわんばかりに、ペパロニがその場で二度、三度ほど跳ね始める。

 それを見て、ビスコッティは、もう心配いらないなと安心した。

 

「よかったよかった、あーよかった」

「へへ。……な、ビスコッティ」

「ん?」

 

 ペパロニが、どこか大人しそうに微笑して、

 

「手紙と絵、本当に感激した。あれ一生の宝物決定な」

「えー、ハズいなあ」

「愛ってのは、恥ずかしいくらいがちょうどいいのさ」

「それもそうか」

 

 ペパロニの論は正しい。特にこの艦においては、一般論といっても過言ではない。

 

「な、ビスコッティ」

「んー?」

「……えー……と……」

 

 はてと、ビスコッティの首が傾く。ペパロニが、空いた手でおさげをいじりはじめる。

 なんだろう、と思う。

 最初は「問題を抱えたのか?」と思った。けれどペパロニの、横目に逸らしながらの赤面を目の当たりにして、いよいよもって疑問が色濃くなっていく。

 

「なんだ、何かあったか? 言ってみろよ、秘密にするから」

「あー……いや、それほど深刻ってわけじゃないんだけれど」

「うん」

 

 そして、ペパロニがぴたりと足を止めた。

 ビスコッティの口から「む」が漏れる。

 

「……ビスコッティ」

「ん?」

 

 ペパロニが、両こぶしをぐっと作り始める。「ッし」と意気込んで、学生鞄から何かを取り出して、あれはなんだとぼんやり思考して、

 ――あ、

 

「少し、遅れたけれど」

 

 そしてペパロニは、屋台で見せてくれるいつもの笑顔を、俺に見せてくれた。

 青い包装紙がくるまれた、ひとつの箱を差し出して。

 

「いつも、付き合ってくれてありがとな。はいチョコ! 手作りだぞ! ちゃんと食えよー!」

 

――

 

「……って、言えばいいんじゃないか?」

 

 対して電話の主は、『えー』と不満そうに声を漏らして、

 

『そんなストレートな……』

「じゃあ、お前が考えればいいじゃないか。義理なんだし、『ほれ義理』でも文句はないだろ?」

『い、いや、そ、それはちょっと……』

 

 ペパロニは、からっからと笑い、

 

「ま、そう難しく考える必要はないさ。こういうのはな、自然と言いたいことを言えるもんだよ」

『そーなの?』

「そーなの。普段の私の言動を思い出してみろ、ノリばっかだっただろ?」

 

 電話越しから、「あー、だよね」と納得された。

 ノリと勢いとは言うが、動いてみると案外成功してしまったり、時折は失敗したものだ。いくつになっても、この性根は変わらないらしい。

 

「――とまあ、そういうのも必要なんだがな」

『うん?』

「一つ、大事なことを聞くぞ」

 

 恋焦がれし世界、アンツィオ高校学園艦で育んだ者として、絶対的なことを問う。

 

「お前さ」

『うん』

「……その人に、必ず、チョコを渡したいと思ってる?」

 

 心地良い、間。

 

『……うん』

「そっか」

 

 十分すぎる返答を聞けた。

 

「ま、頑張れよ、良い結果を期待してる」

『どうも』

 

 ふと、壁にかかっている時計を眺める。現在は夜の六時、それを見て「あ」と一声出て、

 

「そうだ……今夜八時に放送される、『日本戦車道を歩む者たち』は必ず見ろよ。今日出演するのは、」

『あー、はいはいわかってるわかってる。メールでも言ってたじゃんそれ』

「必ずだぞ? 録画もしろよ?」

『はいはい』

 

 可愛げのない返事を耳にして、「成長したなあ」とペパロニは寂しく思う。

 けれど、この流れは何物にも変えられない道の一つだ。だからこそ、嬉しくも想う。

 

『――ママ』

「ん」

『まあ……その……聞いてくれて、ありがと。それじゃあね』

「うん。お疲れ」

 

 ぷつりと、通話が切れる。

 携帯を、そっとポケットにしまう。音もなく、スプーンを手にとる。点火ツマミを捻り、静かに青い炎が立った。

 ひと息つけて、調理の手を再開し始める。オリーブオイルをケチケチしない量程度につぎ込みながら、ペパロニは呟く。

 

 ――悩め、たくさん恋に悩め我が娘よ。アンツィオでは、それがとっても正しい事なんだからな。

 

 □

 

 それから少しして、ドアの開閉音とともに「ただいまー」が聞こえてきた。

 まずは「お」と漏れて、お次に喜色満面の笑みがこぼれ落ちる。今日の主役が、帰ってきてくれたからだ。

 

「おっかえりー! いやー、夜8時が楽しみだなー」

「なぁにがぁ」

 

 分かってるくせに。

 

「もちろん、番組は録画済みだからな。この私が、お前の立ち振る舞いをじっくり評価してやる」

「えー!? やめろよもー」

 

 ビスコッティが、自分の夫が、実に気恥ずかしそうにへらへら笑う。もちろんノリの一手を止めるつもりはない、自分はアンツィオ気質なのだ。

 

「どだ? インタビューに対して、ちゃんと上手いこと言えたか?」

「知らないよ、真面目に答えただけだよ」

「んだよアンツィオ出身のくせにー、気の利いたことの一つや二つ、言えてねーのかよー」

「知るか。お前だって、試合自体は真面目にこなすくせに」

「それが戦車道だからな」

 

 立場は、随分と変わってしまったと思う。自分は戦車道の世界選手として、ビスコッティは有名な戦車画家として、世の中を渡り歩いている。

 ――けれど、

 

「ビスコッティ」

「うん?」

「……お疲れさん」

 

 そして、いつものように、ビスコッティと口づけを交わしあう。

 ――タランテラで踊り合ったあの頃と、仲は全く変わってはいない。誰にも、変えさせない。

 

 □

 

 一つのテーブルに、隣同士で腰かけながら、戦車道特集番組「日本戦車道を歩む者たち」を視聴し始める。これでも夕飯である鉄板ナポリタンを食しているつもりだが、そのペースいつもより遅い。

 

『今日のゲストは……男性でありながら、戦車を描き続けている新鋭美術家、黄田さんです』

『どうも』

 

 何故なら、私の夫がテレビに出演しているから。

 司会者である女性と、夫――ビスコッティが、向き合うようにしてそれぞれの席についた。

 

『――黄田さんの絵を拝見させていただきましたが、とても素晴らしかったです。戦車の真後ろを、あれだけ重厚に描けるなんて』

『戦車は、どのアングルから描いても映えるものです。僕は、戦車に敬意を表しながら、描き切ったにすぎません』

 

 私は「うわー! キャラ違う! 誰こいつ! ビスコッティか!?」と笑ってしまう。ビスコッティは「んだよ文句あっか」と、私と同じ表情を浮かばせた。

 ――呼び方も、まるで昔と変わってはいない。私たちの恋は、決して終わりを迎えることなどはないからだ。

 

 しばらくのインタビューの後、ナレーションとともに、ビスコッティの絵が次から次へと映し出される。それは真上から描かれたラーテ、斜め45度から描写されたARL44、真正面の視点から勢ぞろいしているカルロベローチェ、P40、セモベンテ――この絵を目にした時、私は、ビスコッティに「かっこいいな」と告げた。「グラッツェ」と返してくれた。

 画面が、スタジオに切り替わる。

 

『それにしても、本当に珍しいですよね。男性が戦車の絵に携わるとは……何か、惹かれるものがあったんですか?』

『――妻の影響です。妻のお陰で、戦車のことが好きになりました』

 

 思わず、「がッ!?」と叫んでしまった。ビスコッティは「へっへー」とピースサイン。

 ちくしょう、何が「真面目に答えた」だ。ぜんぜんそんなことないじゃないか。

 

『なるほど……黄田さんの奥さんは、戦車道世界選手の一員として、ご活躍中でしたね』

『ええ。妻は、美術道を歩む僕のことを、ずっと支えてくれました』

『おおー、いい話ですねえ……やっぱりアンツィオ高校は、恋に情熱的なんですね』

『ええ、それはもう』

 

 何度も何度も、ビスコッティのことを肘で小突く。やめろよばかーと、ビスコッティはいいようにやられっぱなしだ。

 ――それからは、絵に対する信条について聞かれ、次は日本戦車道に対する意見を問われ、更にはこれからの目標について質問された。テレビの向こう側のビスコッティは、それらに対して生真面目に返答し続ける。

 よくテキパキ答えられるなあと、鉄板ナポリタンを口にしながらで思う。

 対してビスコッティときたら、「今思うと、よく出来たなこんなやりとり」と、軽薄にモノを言った。やっぱりこいつはビスコッティだ。

 

『――さて、そろそろ終了のお時間がやってきましたが、最後に一つ、定番の質問を』

 

 もうそんな時間だったのかと、私は素で思う。時計を見てみれば、もう九時近かった。

 ――「日本戦車道を歩む者」たちの、定番の質問。それは、

 

『あなたが、一番好きな戦車は?』

 

 ビスコッティは、にこりと微笑み、

 

『妻が乗る、P40です』

 

 ――私は、ビスコッティの肩を抱き寄せた。世界一気の利いた言葉を、私に投げかけてくれたから。

 ビスコッティは、ただ、ただ、「愛してる」と、それだけを言ってくれた。

 

 

 そうして、ビスコッティと笑い合う。何度も交わされ続けた「コミュニケーション」だが、これからもずっと、これから先も、夢が叶った後も、結ばれた今でも、命を育みながらも、老いてからも、同じように笑顔を向け合うだろう。

 

 だって私達は、アンツィオ高校学園艦で出会えたのだから。

 

 

 

 




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