【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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ふう、なんとかできあがりました。また思ったより長くなってしまった。
冗長な文章を書く癖を直さないとなぁ。
短い文章で状況を的確に描写できる作者さんには頭が下がります。


第9話 暗黒の宝珠、闇にうごめく巨大な影!

 夜の闇の中、月明かりに照らされ、1体のモンスターと老賢者が対峙していた。老人の持つ杖にはすでに魔力が込められはじめており、攻撃を放つ瞬間を待っていた。対するモンスター、魔術師は本能的な恐怖に駆られながらも、なんとか精神を集中し、闇の力を借りた自らの最強呪文を放とうとしていた。互いに呪文を発動するタイミングをはかっているように見受けられる。

 

「燃えよ火球、我が敵を赤き灼熱の元に焼き尽くせ……。」

「暗黒の宝珠(オーブ)よ、我が身に力を!」

 

 互いの予備動作が終わり、老賢者、ザナックと魔術師はほぼ同時に発動句を口にした。

 

「ベギラマ!!」

「メラゾーマ!」

「な、なんだとおっ?! この呪文は……! うごあぁっ!!!」

 

 ザナックの持つ賢者の杖が光り輝き、魔術師に向けて巨大な火球が放たれた。それは敵単体に対して使うのであれば最強の攻撃呪文。あらゆるものをその紅蓮の炎で焼き尽くす火炎呪文(メラゾーマ)の炎。いかに特別なアイテムで強化されているとはいっても、中級呪文である閃熱呪文(ベギラマ)では太刀打ちできない。それほど、呪文の階級(ランク)は厳格であり、下位の呪文では上位の呪文を打ち破ることはまず出来ないのだ。

 

「うぎゃああっ!!!」

 

 魔術師は不気味な声を上げ、その身体の一部を燃え上がらせながら落下し、地面にべしゃりとたたきつけられた。まともにくらえば即死だったのだろうが、ベギラマの威力が強かったため、消し炭にならずに済んだようだ。それでもその肉体はかなりの部分が黒く変色しており、かぶっていた仮面もその一部が溶解しはじめている。

 

「く、くくっ、まさかこれほどの使い手がこの世界にもいるとはな……。わが主から預かった宝珠(オーブ)の力を借りても、太刀打ちできないとは……!」

 

 ザナックは地上に降り立ち、倒れ服した魔術師を見下ろしていた。その言葉に若干眉を動かしたが、手に持つ杖を魔術師に向け、とどめの呪文を放つため魔力を蓄えはじめる。

 

「……確かに貴様は強い、いや、そこの2人の魔法使い達も十分に……。だが、この戦いは私の勝ちだ。たった今、ゴルドと船乗りどもの戦いに決着がついたようだ。これで私の役目は終わった……!」

 

 ザナックが何か言葉を発しようとする前に、魔術師は懐から短剣を取り出し、それを自分の体に突き立てた。もはや話すこともやっとで、どこからそんな力が出せたのかわからなかったが、そんなことに考えを巡らすまもなく、モンスターの肉体は消え去り、小さな宝石に還った。

 

***

 

 少女はごく普通の年頃の娘であった。大商人の家に生まれたため、幼い頃から裕福ではあったが、それ以外は何の変哲もない、女の子らしい人生を歩んできたといえる。それが、今日この日に終わりを告げた。

 いったい、何が運命を狂わせたのか、最愛の父は、いつのころからか町の港を支配し、船乗り達や港に関わる者、旅人達を苦しめるようになってしまった。もともと、どちらかといえば臆病で控えめな性格の父は、家族にとってはとても優しい人物であった。それ故、仕事仲間や館の使用人などからの評判も決して悪くはなかったのだが、どこから何を間違えてしまったのだろうか。

 まだ年端も行かない少女にはわからない。父が変貌してしまった理由も、自分が今何故宵闇に紛れて生まれ育った町を逃げるように去らなければならないのかも。しかし1つだけ確かなことがある。父にも母にも、おそらく二度と、生きて会うことはできないだろうということだ。自分を逃がしてくれた、昔から父に仕えてくれていたお抱えの料理人が教えてくれたのだ。館を襲ってきた者たちの目的を。父を捉えて、おそらくは処刑するためだろうということを。

 この日、1人の少女が町から姿を消した。身につけた所持品は旅をするには心許ないといわざるを得ない。それでも彼女は走り続ける。走らなければならない。自分を助けてくれた使用人が持たせてくれたわずかなゴールドを握りしめ、頼りない旅人の装備で身を固め、彼女は1人、マイラの町を後にした。

 少女は豪商ゴルドの娘、名をミーアといった。

 

***

 

「しっかりせい2人とも、ベホマラー。」

 

 ザナックの持つ杖から緑色の光が放たれ、ヒカルとヤナックを包み込む。複数の者を同時に回復させる集団回復呪文(ベホマラー)の効果により、2人の傷はたちまち塞がり、その痕跡すら見えなくなった。互いに顔を見合わせ、お互いに無事であることを確認し、2人はほっと安堵のため息を吐くのだった。

 

「これこれ、まだ安心はできんぞ、あの宿がどうなったか確かめてみねばのう。」

 

 ザナックの言葉に従い、ヒカルたちは元の宿屋に戻ってみる。相変わらず戦闘で破壊されたホールがあるだけである。ランプに灯はともっているが、客はおろか従業員の姿すら全くない。あれだけの騒ぎがあったのに、1人の客も起きてこないというのは明らかにおかしいことだ。それ以上に、従業員の姿さえ全くないというのには最早違和感しか感じない。

 

「やっぱりか、いったい皆どこへいっちまったんだろうな?」

「初めからおらんかったんじゃよ。」

「へ?」

「正確に言うと、少なくとも、従業員は人間ではなかったか……いや、ヒカルに感知できなかったということじゃから、高度な幻術のたぐいじゃろう。……客の方はまだわからんがな。」

 

 ザナックはこの宿の異変の原因がわかったようだが、残る2人はさっぱりわからず、お互い顔を見合わせ、そしてやはりどちらも首を横に振るのであった。

 結論から言うと、この宿は魔術師の手のものが町の者や旅人の動向を探るために隠れ鞘として利用していたようであった。客室には宿泊客がいるにはいたが、特殊な薬で深く眠らされており、あれだけ派手に呪文がぶつかり合った音を耳にしても全く目を覚まさなかったのだ。相当にやっかいな薬らしく、結局これは後日、薬師であるモモの手に委ねられ、宿泊客達が目を覚ますのは何日も後のことになる。

 

「ふむ、しかし客の方も大半は幻術か……。」

「お師匠、そんな術が本当にあるんですか? 宿全体にかけられて、現実感を伴った幻術なんて、聞いたこともありませんよ?」

 

 ヤナックの疑問に、ヒカルも確かにとうなずく。ドラゴンクエストの世界観では、TRPGなどでは割とよくある高度な幻術は通常の呪文では作り出すことができない。幻惑呪文(マヌーサ)では相手を軽く惑わす程度の効果しかなく、どんなに優秀な使い手が行使したとしても、現実と見分けるのが難しいような高度な術を宿屋のような大型の施設全体にかけるのは不可能であった。故に、このレベルの幻術となると、呪文以外の特別な手段を用いたことになる。そうなると、低レベルモンスターである魔術師が単独で行っていたとはとても考えにくい。もっと高位の魔法使いか、賢者や邪教の神官などの最高位クラスの術者でなければ、個として行使するのは不可能だろう。あるいは、複数の術者が協力して行っていたということも考えられるが、これも術者1人1人の呼吸を合わせなければならないため、かなり難しいと思われた。

 

「1つだけ、可能性があるとしたら、魔法の道具(マジックアイテム)ですかねぇお師匠?」

「うむ、あの魔術師、オーブがどうのとか口走っておったの。強力な闇の力をこの建物の下から感じた。消えかかって折るが、今ならまだ何かつかめるかもしれん。」

 

 ヤナックの言葉に首肯したザナックは、2人を伴い再び階下へと降りた。そして、呪文で破壊され尽くしているロビー全体に魔力を張り巡らせ、呪文を唱えた。

 

「いたずらな風の聖霊よ、強固に閉ざされし扉の鍵を開け放ち、未知なる世界を我の前に示せ。アバカム! ……なんてのぉ。」

 

 ザナックの詠唱とともに、木製の床が淡く発行し始める。広い床面の一部がいっそう強く光を放ち、その光が消える瞬間、ガチャリと金属のぶつかるような音が聞こえた。

 

「ありゃまあ、床に隠し扉、ずいぶんと注意して探したはずなのに……。」

「相当念入りに隠されていたみたいだな。しっかしすごいですねザナック様、フロア全体にアバカムかけるなんて、普通思いつきませんよ?」

「なに、ヒカルよ、お主が詠唱なんていう古代の遺物を掘り起こしてきたもんでな、儂もひとつ、まねをしてみただけじゃよ。正確な詠唱は、魔法の精度を上げたり、範囲をコントロールしたり、性質を変えたりと、いろいろとできるようじゃの。ホッホッホッホッ。」

 

 先ほどまで、ほかの床板と何ら区別がつかなかったその場所には、下へ向かって扉が開いており、地下へ向かう梯子のようなものが見えている。ザナックは杖の先にレミーラの光を灯し、浮遊しながら扉の先へと降りていく。続いてかごに乗ったヤナックが、最後にヒカルが梯子を伝って階下へと降りていった。

 地下の通路は入り組んでおり、縦横無尽に張り巡らされた細い通路と、いくつもの小部屋が入り乱れ、目的の場所に到達するまでにそこそこ時間を取られた。やがてひとつの奇妙な部屋で、一行は立ち止まることとなる。

 

「また行き止まりぃ? ど~なってんのよもう。」

「いや、まてヤナック。ここの床、何かおかしいぞ。なんで青い星みたいなマークが書いてあるんだ? ……! これはもしかして?!」

「どうしたんじゃヒカル、急に大声を出して。」

「あ、ああすいませんザナック様。ワープの魔法陣かなんかですかね。これは。」

 

 床に描かれたそれは、魔法陣と呼べるのかどうかよく分からない印ではあったが、ヒカルにはこれがワープゾーンの入り口であろうことは察しがついていた。その印は、ドラゴンクエストⅤでダンジョンに設置されていた、上に載ると比較的近くにある同じ印の場所へ転移できる仕掛けであった。

 

「なるほど、たしかにこれは空間転移系の魔力装置じゃな。よく気がついたのお、たいしたもんじゃ。」

「いや、ははは、まだ動かしてみるまで、どうなるかわかりませんよ?」

「ふ~~んだ、どうせ偶然でしょうが。」

「ヤナック、お前はまだまだ修行が足りん用じゃから、後でみっちり基礎からやり直しじゃ。」

「ふえぇ~、そんなぁ~~、がっくし。」

 

 事実、ヒカルはこの装置のことを知っていたから、驚きもしたしどんなものであるのかを正確に言い当てることが出来たのだ。だから偶然だというヤナックの指摘は実は結構真実を言い当ててもいるが、お師匠様がそれに気づくことはないのである。

 

「とりあえず、上にでも乗ってみるかの。何が起こるかわからんから、儂の傍を離れるな。」

「「はい。」」

 

 ザナックが床面に降り立ち、星形の印のちょうど真ん中あたりに立つ。そのすぐ傍にヒカルとヤナックも並び立った。まるでそれを待っていたかのように、青白い光が3人を包み込み、一瞬にしてその姿もろともかき消えた。

 

***

 

 マイラの町の一角で、血に染められた惨劇が幕を下ろしてから、幾ばくかの時間が過ぎ去った。まもなく空が白みはじめ、港から朝一番の漁船が出航する頃になって、事態は徐々に町の人々に伝えられていった。ゴルドは町の商工会をまとめている人物の元へ身柄を引き渡され、その処遇は後日町の有力者達の寄り合いで決められることとなった。もっとも、どんな結果になるにしろ、ゴルドには最早それに抵抗する気力はなかった。目の前で無残に命を削り取られていった妻。最愛の女性の悲痛な叫びが、苦悶の表情が、ゴルドの精神を完全にたたき折ってしまっていた。船乗り達の方はというと、すべてが終わり家路につく頃になって、ようやく我に返ったが、どういうことか館の襲撃に関する記憶が、まるでもやのかかったようになっていてうまく思い出せないでいた。よって、後の世に語られるこの革命の記録は、そのほとんどが襲撃を受けた館で辛くも生き残った者たちの証言をもとにして作成されたものであった。

 この夜の出来事が伝わっていく過程で、その悲惨さに眉をひそめるものもいたが、町の住人や旅人達にとっては船乗り達を非難する理由は特になかったと言える。これで港は正常に動き、人も物資もスムーズに流れるだろう。この結末はゴルド自身が招いたものであり、今までの行いのつけが回ってきたのだと、皆はそう考えていた。

 

「愚かですねぇ。あの革命で行われたことと、ゴルドが今まで荒くれ者達を使って行ってきたこと、いったいどこが違うというのでしょうか。」

 

 明け方の教会で、窓から空を仰ぎながら、その男、神父はぽつりとつぶやいた。周囲には修道服を身にまとった美しいシスター達が控えている。しかし、彼らの顔はまるで仮面のように無表情で、そこからは何の感情も読み取ることは出来なかった。

 

「さあ、人間というものはよく分からない生き物ですな。っと、この体はどうしましょうか? 我らが抜け出せばたちまちのうちに朽ちてしまいますぞ。」

「どこか人目につかない遠いところで、燃やしてしまうのが無難でしょう。騒ぎ立てられるとやっかいですしね。」

「では、夜が明けないうちに、行くとしますか。」

「そうですね。そろそろ教会の手が入りそうだ、さすがに奴らに見つかると面倒なことになります。」

 

 神父とシスター達は互いにうなずき合うと、まだ夜の明けない町中を音も立てずに歩き出し、人の歩みとは到底思えないような不自然な歩き方と速度で、町の外へ広がる闇へと消えていった。彼らの会話はおよそ神父とシスターの会話とは思えないものであった。神父の声はその口からではなく、足下から響いていた。これが昼間であったなら、そこから伸びる黒い影が人間のものではなく、影のように不定型なモンスターだと気がついたかもしれない。あいにく今はまだ暗く、その姿を視認することは誰にも出来ないが、それはゲームでいうところの「シャドー」というモンスターに酷似した姿だった。シスター達の頭上には淡い青色に光る人魂のようなものがゆらめき、目と口のように見える黒い部分が不気味にゆがんでいた。ドラゴンクエストⅣに登場する廃坑を徘徊するその人魂は、この世に未練を残したものの魂のなれの果て『さまよう魂』と呼ばれていた。

 この小さな港町で起きた事件は、すでに述べたとおり後世の歴史家達によってその全貌が明らかにされている。しかしそれはあくまで『表側』の部分のみであって、その裏で暗躍した者たちや、それと対峙した者たちのことは一切、記録には残っていない。この事件を伝え聞いた人々は、人間の負の部分を垣間見、その残虐性に身震いした。しかし、そのすべてが、邪悪な者たちによる策謀の結果であると気がついた者は、世界にほんの一握りしかいなかった。そして、その邪悪なる存在の正体を知る者は、現時点では世界に誰1人として存在しなかった。

 

***

 

 ワープ装置で移動したその場所は、闇に包まれていて何も見えない。しかし確かに、邪悪なエネルギーの残りかすのような気配が、おそらくたいした広さはないであろう室内に充満し、なんとも不気味で冷や汗を浮かべてしまう。再び呪文で明かりを灯そうとしたとき、急にボッという音と伴にゆらめく炎が現れ、その数は次第に増えてゆく。

 

「ひえぇ、何なのよ?!」

「うろたえるでないヤナック、それだから修行が足りんのじゃ。」

 

 やがてヒカルたちを取り囲むように灯がともり、密室になっている地下室の全貌をぼんやりと映し出した。どういう仕組みか分からないが、ゆらゆらと揺れながら燃えているのはろうそくの炎であり、誰かがこの部屋に入ると添加される仕組みになっていたようだ。人感センサーなんてこの世界にあるのか? などとややはずれた考えを巡らせるヒカル。改めて一同は部屋の中を見渡してみるが、怪しいものは何も見当たらない。というか、壁に備え付けらしい燭台とろうそく、粗末な棚やタンス、テーブルや椅子といった質素な家具が並んでいるだけで、怪しいものはおろか、気になるようなものは何一つなさそうだった。念のためタンスの中などを調べてみても、何の変哲もないアイテムが数個見つかった程度で、そろそろ薄れかかっている邪気と関係のありそうなものは全く見つからなかった。

 

「ふむ、どうやら奴のいうとおり、まんまと本来の目的を果たさせてしまったようじゃの。」

「残念ながら、そのようですね。しかし、これだけで終わるとは思えない。どう考えても、ほかにも負の感情を集める何らかの計画を、俺たちの知らないどこかで秘密裏に進めていると考えた方がいいでしょうね。」

「うむ、バラモスのことだけでなく、こちらも注意が必要なようじゃの……。」

 

 結局、新たに分かったことは何もなく、残ったものはこの町で権威を振りかざした豪商と、それに立ち向かった船乗り達、その結果として起こった『血塗られた革命』という表向きの事実だけであった。

 

***

 

 そして、夜が明けた。すでに町の中では、昨晩の襲撃の事実が至る所に伝わっており、大変な騒ぎになっていた。町の有力者達は事態の収拾に向けて、これからしばらくの間忙殺されることになる。襲撃以外にも、教会の神父がいなくなったとか、ゴルドの娘だけ遺体が見つからないとか、町で一番大きな宿屋が一晩で廃墟のようになったとか、細かいことまで取り上げたら、それはもういろいろとあった。そんななかで、人知れず魔物との戦いを終えた老賢者とその弟子達は、騒ぎが大きくなる前にホーン山脈へと引き返していたのだった。

 

「な、なんと、そのようなことが……!」

 

 ザナックから事の顛末を聞かされたバスパは、それっきりかなりの時間、言葉を発することができなかった。船乗り達の暴動そのものにもかなり驚いたのは確かだが、それよりも、知らぬ間にモンスター達が暗躍し、革命すらも仕組まれていたという事実に愕然としたのである。

 

「調べてみなければ詳しいことはわからんがの、モンスター達は人に化け、高度な幻を操り、町の生活に違和感なく溶け込んでおった。お主達、町に戻って何か不自然なものを見ても、知らぬふりをしておるのが身のためじゃぞ。深入りするとろくなことにならんからの。」

 

 ザナックからの忠告に、バスパは黙ってうなずくことしかできなかった。彼には人間に化けたモンスターの区別ができないのだから、下手に何かを知っているようなそぶりでも見せようものなら、どのような目に遭わされるのか分かったものではない。いやこの際、老いた自分はまだ良いが、若いメイヤや幼いミグのことを考えると、いかに頑固で曲がったことが嫌いな老人も、おとなしくしているほかはないだろうと納得せざるを得なかった。

 しかし先行きがまだ不透明な部分はあるものの、この先の展望はさほど暗いものでもないだろうと、この場の皆が考えていた。モンスターの大半は、あの革命が終わり、魔術師が倒されたことでどこかへ去って行ったらしく、その気配のほとんどが町から消え失せていた。まだ町に残っているモンスターもいるようだが、当面は大きな動きはしてこないだろうと思われた。

 バスパにとっては良いこともある。メイヤの病が完治可能であると、薬師であるモモが診断したことだ。エルフとしての彼女の高い能力で作られた薬で、メイヤの身体は少しずつだが確実に回復している。治療を続ければ数週間で完治できるだろうということだった。そんなわけでメイヤの病がある程度回復するまで、ヒカルたち一行の旅もしばし中断され、しばらくザナックの道場に滞在することとなった。

 

「あ~メイヤさん、人妻かぁ、きれいな人なのに、残念。」

「アホなこと言っておらんで、さっさと水くみに行ってこんか!」

「は、はいいっ! かしこまりましたあぁっ!!」

 

 約一名、さきの戦闘で自分の未熟さを痛感し、もう少し真面目に修行しようと決心したはずが、結局本質は変えることが出来ない困った男もいたのだが、彼がお師匠からさらにきつい修行を言い渡されて大変な思いをするのは、また別の話である。

 

「ありゃ、またザナック様にどやされてんな、やれやれだ。」

「そういう割には、楽しそうな顔をしていますね……。」

「まあね、あれがなくなったらあいつらしくないからな。それはそうと、顔色も大分よくなってきたね。まだしばらく治療は続けないといけないだろうけど、とりあえずは安心、かな。」

「……本当にありがとうございます。見ず知らずの私のために、皆さんこんなによくしてくださって。」

 

 先ほど、ザナックやバスパ、ヤナック達がやりとりをしていた大部屋から扉を一枚隔てた小さな部屋。そこで、簡素な作りのベッドから半身を起こしたメイヤと、なぜだか床に胡座をかいて座っているヒカルとが話をしていた。ヒカルの様子を気にしてか、メイヤはすまなそうな顔をしている。

 

「あ、あのすみませんヒカルさん、うちの子がご迷惑を……。」

「はは、なんでこんなおじさんにくっついて離れないんだろうねこの子は……。あ、いや別に迷惑とかじゃないからいいんだけどさ。俺、子供は好きな方だけど、ここまで懐かれるのは初めてだからちょっとびっくりしちゃってね。」

「ミグはけっこう人見知りをするので、私もちょっと驚いているんですけどね。どうしてなのかしら?」

 

 ヒカルの膝の上には、その身体にしがみつくようにして抱きついて、気持ちよさそうな寝息を立てているミグがいた。ヒカルたちが帰ってきて仮眠をとったあと、皆で朝食を食べたのだが、何故かずっとヒカルの膝の上から離れず、歩けばとことこと後ろをついてくる。離れていた時間といえば、授乳のために母親に抱かれていたときくらいのものである。ヒカルは自分で言っていたとおり子供は好きな方で、割と好かれることが多いが、ここまで懐かれたことはさすがにない。嫌なわけではないが、どうしてだろうと不思議には思っていた。それは周囲の者たちも同様であったろう。

 

「おや、また眠ってしもうたのか。」

「はい、もう俺も眠いから、部屋でこの子と一緒に寝ますわ。」

「そうじゃな、下手に引き離すのもあまりよくないかもしれん。その子はその子なりに、不安と戦っておったのかもしれんからの。」

「そうですね……。じゃ、メイヤさん、お大事に、ミグちゃん連れていきますね。」

 

 ヒカルはミグを抱いたまま立ち上がると、ザナックが開けた扉から部屋を出て行った。ザナックはベッド脇の丸椅子に腰を下ろし、ふうと軽く息を吐いた。よく見ると手には何やら温かい飲み物が入った茶碗を持っている。

 

「ほれ、モモの作った煎じ薬じゃ。熱くて苦いからゆっくり飲むのじゃぞ。」

 

 メイヤはザナックから薬を受け取ると、指示されたとおりにゆっくりと飲み始めた。相当に苦いらしく途中顔をしかめながら、時間をかけて薬を飲み終えると、その身をベッドに横たえた。ザナックは彼女に毛布を掛けてやりながら、これまでの出来事を思い返していた。人間の町に潜み、人に化けて暗躍する魔物たちと、それを束ねるものの存在。バラモスとは違う邪悪な存在が、徐々に表だった行動をはじめている。いろいろ考えるべきことは多いが、現時点では情報が少なすぎる。こちらも何らかの手段を考えなければ、後手後手に回って取り返しのつかないことになる恐れもある。……思考の海に落ちそうになって、ザナックははっと我に返った。とりあえず今は、当面の問題から片付けていくほかはないだろうと、考えを打ち切り、眠たそうな目を開いてこちらを見つめている女性に声をかける。

 

「思うところはいろいろあるじゃろうが、今は体を治すことだけ考えるのじゃぞ。」

 

 おそらくザナックの前で眠ってしまうことに引け目を感じているのだろうか。そんな彼女を安心させるように、ザナックは後は何も言わずに、椅子から立ち上がると扉の方へ歩いて行く。そしてゆっくり静かに扉を閉めたときには、メイヤはすでに浅い眠りに入っていた。扉の向こうで聞こえはじめた規則正しい小さな寝息を、その超人的な聴覚で感じながら、老賢者はこの場を後にした。

 

***

 

 雲一つない青空の下、真っ青な海に立つ白い波。心地よい風に吹かれながら、ヒカルたち一行を乗せた船は、当初の予定より若干遅れた日程で、マイラの港を出港した。甲板に積み上げられた木箱の上に立って、ミミは飛び去っていくカモメの群れを眺めている。ヒカルとモモは2人並んで、遠ざかってゆく港を見つめていた。

 革命騒ぎがあったおかげで、港町の機能が一時的に停止し、旅人達の出発は遅れることとなったが、それでも騒ぎの大きさを考えれば復旧は早いほうだっただろう。今後は出入りする船の数も元に戻り、旅人達も不自由するようなことはなくなるだろう。とりあえずそのことに、ヒカルはほっと胸をなで下ろすのだった。

 しかし、気を抜くことは出来ない状況だ。原作通りであれば、あと約9年後にはバラモスの侵攻が開始される。しかしバラモスがヒカルの知っているとおりの行動をするという保証などどこにもない。なるべく早いうちに世界を回り、魔法を広めて歩きたいとヒカルは考えていた。そして、今回の敵、魔術師の後ろで暗躍していた『主』なる者の存在。こちらはどのような敵であるのか、またどういった力を有しているのか全くの未知数であり、どういった手段で、人の負の感情を集めるという目的を達成しに来るかが読めない状況である。とりあえず、これから訪れる町の様子を、注意深く観察していくしかないだろうとヒカルは考えた。

 

「ご主人様、きれいな海ですわね。」

「ん? ああ、そうだね。」

 

 いつのまにか、モモがヒカルの腕に自分の腕を絡め、密着していた。何か嫌な予感がしたが、物思いにふけっていたため反応が一瞬遅れてしまったようだ。彼女の前で、それは致命的と言って良いミスである。モモの女性特有の柔らかなものがヒカルの腕に当たって形を変えている。いや、最早それは押しつけているといってよく、主人が動かないのをいいことに、従者のエルフの行動はエスカレートしていく。

 

「だあっ、こら、胸を押しつけるんじゃない胸を! ここは船の、交通機関の中なの! どうしてそういうことするかな君は!?」

「いいじゃないですかぁ、こうしていると気持ちいいんですもの。はっ、あうん。」

「ええいっ、離れんかっ!」

 

 そんな騒がしいやりとりが、甲板で海を眺めているほかの客に気づかれないはずもなく、そのうちに事態に気づいたミミの乱入で、さらに騒がしくなってほかの客や船員に怒られるというアホな失態をやらかし、奇異の目と、嫉妬のまなざしを向けられながら、ヒカルたちはトフレ大陸を目指して旅を続けるのだった。

 彼らはまだ知らない、これから先に待ち受ける過酷な運命を、そして、それを乗り越えた先にあるものを。1人の魔法使いと従者達の旅は、まだ始まったばかりである。

 

to be continued




※解説
メラゾーマ:敵単体を焼き尽くすメラ系の最上級呪文。ボス戦でお世話になった人も多いはず。特に初期のシリーズのボスにはだいたい効くので重宝した。
ベホマラー:パーティー全員のHPを80前後回復する。ただし終盤の敵は100以上のダメージを全体に与える攻撃を2回行動してくるため、回復が追いつかないことが多い。アベル伝説の原作ではザナックのみがこの呪文を披露している。ヤナックはいきなりベホマズンを使っている。
アバカム:カギのかかった扉を開けることが出来る呪文。初期のシリーズでは、扉にあったカギを道具欄から使用しなければ扉を開けられなかったため、呪文一つで開けられるのは重宝した。Ⅳ以降のシリーズではとびらコマンド、便利ボタンなどで簡単に開けられるようになったため、不要となったようだ。
幻術について:これもD&DなどのTRPGではいろいろなバリエーションがあるが、ドラクエでは呪文で再現することは出来ない。高度な幻術は現実と区別がつかず、レベルの高い術者でなければ見破ることは出来ない。ちなみに、ザナック様がいればおそらく見破ることが出来ただろう。
ヒカルに懐くミグちゃん:実は、ラリホーの魔力に包まれて安眠していたため、感覚でヒカルの魔力を感じられるようになってしまっています。彼にくっついて眠っているのはそのためです。子供は純粋で、目に見えないものも敏感に感じ取ることができるらしいですね。

さて、次回からはトフレ大陸編です。原作キャラがしばらく出てきませんが、オリキャラ側の体制を整えていく話なので、どうぞお付き合いください。ドラクエが好きな人であればわかるネタをいろいろ入れていきたいと思っています。

では、次回もドラクエするぜっ!

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