【一時休載中】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説 作:しましま猫
これも半分くらい焼き直しですが……。
※個人的な都合により、手術のため数日入院することになりましたので、次回の更新は遅れると思います。申し訳ない。
※2019/7/9 誤字脱字を訂正しました。
※2017/7/23 ソフィア 様より、これまで掲載した全話にわたり、多数の誤字報告をいただきました。ありがとうございました。
暗い、暗い闇の中、どこまでも続く終わりの見えないその場所を、うごめく何かがさまよっていた。それ自体も明るい色ではなかったし、なにしろこの場所には光源がないから、視覚で捉えるのはまず不可能であった。しかし、その不気味な存在は呪いのような言葉をぶつぶつとつぶやきながら、この何もない世界を漂っていた。
「おのれ、忌々しい、光の力を持つ、神に選ばれた者たち。人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、妖精どもやモンスターに至るまで、すべてが憎い……。」
やがて暗闇の中に、光の球のようなものが現れ、その中に岩山とも建造物ともつかない不気味な物体が現れる。それはごくごく小さな「世界」であった。本来ならもっと緻密で繊細、かつ大規模なもの、世界1つとまでは言わないが大陸の1つくらいはたやすく作り出すことが出来たはずだった。しかし今となっては、戦いに敗れたために多くの力を失ってしまっており、己の居城1つ作り出すのもこの有様である。
「それに今度の世界にもやはり、精霊が強大な結界を張り巡らせておる。そのおかげでさらに力を消耗してしまった。おのれ、あの女……
それの吐き出す呪詛の言葉はおぞましく、何の力も持たない存在が耳にしたのであれば、その場で即死してもおかしくなかった。それほど、まるで闇と同化したかのような、この存在は、ちからの大半を失ってもなお、光の加護の元に生きる者にとっては恐ろしい存在であった。
***
深い深い水の底で、その存在は力を蓄え、機会をうかがっていた。玉座に座するその存在は、巨大な悪魔のような体型をしており、体色は毒々しい紫色に彩られていた。その身からは怪しげな無数の管が天井に向けて伸びており、その中を光の粒子が上っていく。
「バラモス様」
「ムーアか。」
「はひぇ。 中央大陸に少しずつ送り出している宝石モンスターどものことでございますが……。」
「思ったより多く消されておるようだな。」
バラモスと呼ばれた怪物は、部下であろうムーアと呼ばれた怪物の報告に忌々しげに顔をゆがめた。本来、バラモスが生み出した宝石モンスターは野生に暮らす普通のモンスターよりもはるかに凶暴かつ強力であり、普通の人間では太刀打ちできるはずがないのだ。しかし、どういうわけか、送り出した配下のかなりの数が倒され、地上に出る前にある程度の進出をしておこうという魔王の目算は、大きく当てが外れてしまっていた。
「ゾイック大陸の方は順調に進んではおりますが、あるちっぽけな島に住まう弱小モンスターどもが、団結して抵抗しております。まぁこちらの方は時間の問題でしょうが、むひょひょひょ。」
「やむを得ん。我らが精霊神の結界を破り、地上に浮かび上がることが出来るまで、まだしばし時間がかかる。一時的に配下達をエスタークまで撤退させよ。例の島の制圧を急ぎ、このゾイック大陸の地固めを行うのだ。」
「はひぇ、かしこまりました。」
バラモスの命令を受け、ムーアは音もなくいずこかへ消え去った。静寂の戻った空間の中で、移動要塞に力を送りながら、バラモスは考えを巡らせていた。中央大陸に派遣した『炎の戦士』は、現状で生み出せるモンスターの中ではかなりの知性と戦闘能力を有していたはずだ。それが、引き連れていたオオアリクイの群れ共々、何者かに全滅させられている。ほかにも、中央大陸の各地で部下が倒されたとの報告を受けており、監視能力を持つモンスターからの報告によると、部下達を倒した者の中に、強力な魔法を数多く扱う人間がいるとのことで、バラモスは警戒を強めていた。
現在のバラモスの力では、低級の宝石モンスターをわずかばかり、地上に解き放つのが限界である。死せる水の底深く沈んだこのエスタークの都を浮上させるため、移動要塞であるガイムを目覚めさせるため、そして何より、地上への出口に施された精霊神の結界を打ち破るため、彼はゾーマから授かったその力の大半をつぎ込まなければならなかったからである。彼とその軍勢が地上に進出するまで、あと10年弱の時間が必要となるが、そのことを知っている者は、この世界の住人にはいなかった。そして、この世界の存在ではない何者かが、バラモスの目的を妨げようと行動を起こしたこと、その者が先の報告に上がっていた、人間の魔法使いだなどとは、さすがに魔王でも気づくことは出来なかったのである。
***
温泉宿で一夜を過ごし、ヒカルたちはドラキーのドラきちを伴い、こうもり男のもりおの案内でモーラの都へ出発した。もりおは慣れた様子で森の中を先導して進んでゆく。さすがは普段から周辺をパトロールしている自警団の一員であるといったところか。森の木々はすでに葉が落ち、枝だけの状態になって冷たい冬の風を素通りさせている。一行は森の中をひたすら前進していく。案内役のおかげでモンスターに襲われることもなく、ほかに特に困ったこともなく順調に目的地まで進んでいた。しかし、このときヒカルは別なことで少し『困って』いた。
「あの、モモさん? いいかげんに機嫌直してもらえません?」
「ふんふんふ~ん、ですわ。せっかく準備万端で誘惑して差し上げましたのに、淑女に恥をかかせるなんて信じられませんわ。」
昨夜、温泉に置いてけぼりを食らったモモが、珍しく完全にすねている。普段のおっとりとした口調ではなく、妹のミミのように口をとがらせ、話しかければそっぽを向いてしまう。それはそれでかわいらしいと言えなくもないのだが、周囲が微妙な空気になってしまい、当事者のヒカルとしてはなんとも居心地が悪い。
「あん? 痴女がどうしたって? 寝言は寝て言え。」
「だいたいどんなラノベでも、温泉といえば混浴でいちゃいちゃすると相場が決まってますのよ! それなのに置いてけぼりなんて、お部屋に帰ってから一人でして……。」
「だぁっ! やめんか! そういうことを朝から口にするんじゃないド変態!それに何だラノベって、メタ発言は控えなさい!」
しかし、やはりというか、怒っていてもマイペースにボケをかます従者にツッコミを入れる主人。これはこれで、いつも通りで何も心配する必要はないのかもしれなかった。その証拠に、ツッコミを入れられたモモの口元はわずかに緩み、少しずつ機嫌が直ってきているのがうかがえる。もっともヒカルの方はそんな微妙な変化には気づかず、会話がいつも通りに戻るのにはまだ少し時間が必要なのであった。
そうこうしているうちに、少し開けた場所が見えてきて、小さな池らしきものが視界に入ってきた。そこで、もりおが皆に提案をする。
「あの湖で少し休憩するべ、都の入り口はすぐそこだべ。まあ入り口から結構歩かねえと都には入れんけどな。」
「入り口? 門か何かあるの??」
「いんやミミちゃん、モーラへは洞窟を通って行かないとなんねえべ。」
「え~? そうなの~~? ミミ暗いの苦手だなぁ。」
どうやらモーラの都は無数に連なる山のさらに奥にあるらしい。確か原作でもアベル達が洞窟を通り抜けていた描写があった。入り口からどれくらいあるのかは、正確にはわからないが、それなりに時間がかかりそうだ。
ヒカルたちは少し休憩した後、洞窟の入り口を目指して再び歩き始めた。十数分くらい歩いただろうか。道の先にそこそこ広めの洞穴が見えてきた。どうやらこれが、滅んだ都へ続く通路の入り口のようだ。洞窟の上には何やら看板のようなものが掲げられているが、文字はほとんどかすれていて読み取ることができない。
「着いたべ、ここを抜ければ、モーラの都はすぐそこだべ。」
「ふぇ~、ご主人様ぁ、やっぱり怖いよう。」
ミミがヒカルの足にしがみついてくる。甘えん坊の彼女がこういった行動を取ること自体は珍しくないが、今回はその体が小刻みに震えているのが伝わってくるので、どうやら本当に怖いらしい。
「あ、そういえば、皆さんたいまつなどはお持ちですか?」
ドラきちが心配そうに聞いてきた。ドラキーとこうもり男、モンスターの2人? 2匹? はおそらく夜目がきくはずである。しかし人間やエルフでは暗闇は見通すことができない。まあ、ヒカルはこういうときに使える便利な呪文を習得しているので問題はないのだが。
「大丈夫、たいまつはないけど、代わりになるものならあるからね。」
彼は近くの木の枝を折って、その先を洞窟に向ける。枝の先に意識を集中して、呪文を唱える。
「光の精霊よ、闇を照らす道しるべを我に与えよ、レミーラ。」
一瞬、眩い光が放たれた後、杖の先にはたいまつより少し明るいくらいの光がぼうっとまとわりついている。これで、魔法のたいまつが完成、というわけだ。特定の物質、例えば水晶玉や木の棒などに意識を集中すると、その物体に高原が固定され持ち運ぶことが出来るのだ。
「あんれま、おっどろいたなぁ、レミーラなんて、失われた古代呪文じゃねえべか。」
「私も実際に見るのは初めてです、ヒカルさんってすごい人なんですね。」
もりおとドラきちがヒカルに賞賛の言葉を贈る。しかしヒカルとしては、レミーラがそんなに高等な呪文だとは思えない。消費する魔力も小さく、特に高度な技術を要するわけでもない。おそらく呪文の契約さえ出来れば、大抵の者は難なく扱うことが出来るだろうと思われた。もっとも、この呪文が失われた古代呪文というのは本当であり、この世界にほとんど使い手がいないという事実を、このときのヒカルは知るよしもなかった。そして、そういった呪文を使いこなすこと自体が驚くべき才能であると言うことにも、このときの彼は思い至らなかったのである。
「と~うぜん、ご主人様はものすご~く偉い人なの、よ、えっへん。」
「あのねえミミ、君が威張ってどうするの……。」
なぜか、小さな胸を精一杯反らしてふふんと得意顔になる従者の姿に、ヒカルは精神的な頭痛を覚えながら、ドラキーとこうもり男に主人、つまり自分の自慢をし続ける彼女を視界からそっと追い出した。くだらないおしゃべりを続けながらも一行は洞窟の中を歩き続け、ひたすら目的地へと向かって進んでいた。皆で会話していれば時間は潰せるはずだが、それでもかなり長く感じる。木の枝に灯したレミーラの光が消え、また呪文をかけ直すということを3回も続けた頃、ようやく小さな光が前方に見え始めた。
「あ、むこうに光が見えるよ!」
ミミが光の方を指さし、少し歩く速度を速める。次第に光は大きくなってゆき、気がつくと一行の眼前には、都と呼ぶには珍妙な建築物がそびえ立っていた。アベル達がここへたどり着いたとき、時間は夜だったはずだが、今は昼過ぎ。太陽はやや西に傾きはじめているが、時間でいうと2時か3時くらいだろう。太陽の光に照らされたその建物の異様さは、際立っているように思えた。
「着いたべ、ここがモーラの都だ。」
「なんか都というより、要塞という感じですわね……。それにしても違和感が半端じゃないですけど。」
「良かったよ、そう思っているの俺だけじゃなくて、この世界じゃこれが標準ですなんて言われたら、どうしようかと思ったわ。」
都という場所は原作でもいくつか出てきてはいたが、そのうち本当に都と呼べるのはドランくらいで、メルキドに至っては地中に沈んでいた。しかし、それと比較してもこの『モーラの都』という名前には違和感しかない。かつては人が住んでいたらしいという発言もあったが、とても普通に生活を送れる構造には思えない。その違和感を感じているのは、どうやら異世界から来たヒカルだけではないようで、とりあえず彼は自分の感性に問題がないことを確認して、1つ小さな安堵のため息を吐くのだった。
「なあドラきち、旅の扉はどこなんだ?」
「あそこに見える神殿の一番奥の部屋の祭壇裏に隠し階段があるんですけど、その先を進んだところにあります。」
「なるほどわかった。俺たちは少しここを調べてから行くから、必要だったら先に帰ってもらってもいいぞ。」
「わかりました、私は先に帰って長に報告をしてきます。用事が終わったら来てくださいね。次の襲撃まで、いつも通りならまだ2~3日あると思いますから。」
「ああ、わかったよ、じゃあまた後で。」
「はい、お待ちしています。」
そう言うとドラきちは、皆に丁寧な挨拶をした後、神殿の建物の方へ飛んでいった。ドラきちが見えなくなった後、ヒカルは後ろに振り返って、さっきからこっちを監視しているだろう存在に話しかけた。
「襲ってこないのかい、じいさん? どっちかっていうと侵入者だと思うぞ、俺たちは。」
「害のないモンスターを襲えとまでは命令されておらんのでな。じゃが貴様らは別じゃ、勇者でもないものが何故、神聖なこの都に立ち入った。」
「聖なる水のことでちょっとね、それと、勇者に中途半端なアドバイスと、弱い武器を渡して何がしたかったのか、理由でも調べてみようかと。」
ヒカルはいつもと変わらない軽い口調で応じるが、老人はそれが気に入らないようであり、顔にはいらだちの表情を浮かべている。
「勇者でもない者が知った風な口をききおって、滅べ、ベギラマ!」
「ベギラマ!」
「何いっ?!」
老人の放った
「今度はこっちから行くぞ、風の精霊よ、刃となりて切り裂け! 見えざる刀身をもって、我に徒なす者を切り伏せよ!」
温度の上がった周囲の空気を巻き込んで、魔力がヒカルの手先に集まってくる。そもそもゲーム的に言えばシステムの一部に過ぎない目の前の老人、に見える存在に、呪文の効果があるのか疑問だが、ゲームでは非実体にも魔法効果は及ぶためおそらくは大丈夫だろう。ヒカルはそう推察し、老人に向かって両手を突き出した。
「バギマ!」
その言葉と同時に、突き出された手の間から放たれた真空の刃は渦を巻き、目標に向かってうねりながら高速で飛んでいく。老人は忌々しそうに顔をゆがめ、それでも迎撃するための呪文を唱えた。
「バギ!」
勝負はこの時点で決まっていた。下位の呪文では上位の呪文を打ち破ることはまずできない。ましてや、完全に詠唱した中級呪文のバギマと、発動句だけの初級呪文のバギでは、その優劣は明らかだ。もっとも、原作で長い詠唱をしている場面など見たことがない。ヤナックやザナック、敵のムーアが詠唱のような予備動作をしていた場面はあったので、実際は詠唱か、それに類似した行動は行われていたのかも知れない。しかし、ほとんどの場合、呪文の発動はほぼ、発動句のみによってなされていた。
「お、おのれ、異分子めが……!」
老人は忌々しそうに顔をゆがめ、ヒカルをにらみつけてくる。しかし、ある程度予想通りというか、ダメージを受けて苦しそうにしているものの、真空派で切り裂かれているのに衣服も破れていなければ、血も流していない。そこまで考えて、ヒカルは老人の言動に引っかかるものを覚える。彼は確かに『異分子』という言葉を口走っていた。ヒカルがこの世界の存在でないことを看破したのだろうか? しかし、ただ単に設定された
「この先へ行かせはせぬぞ! メラミ!」
「ヒャダイン!」
「な、何いっ?!」
ヒカルが老人の
「ぐっ、おのれエルフめ……! この世界に存在してはならぬそのような者をかばい立てするとは、恥を知れいっ!!」
「……知らないよ! この人が何者かなんて! ……でもねえ、この人は私の、私たちの大切な人なんだ! そっちこそ、何も知らないくせに偉そうなこと言わないでよ! 誰かの存在を一方的に否定する奴なんて、どんな役目を持っていようが、ただのクズよ!!」
老人の言葉に激高し、普段の内気な彼女からは考えられないような暴言をたたきつけるミミ。……やはりあの老人……に見える存在は、ヒカルの素性を知った上で発言をしているのだろうか? しかしそれではそもそも、あの存在はいったい何なのだろうか。余計に分からないことが増え、思考の海に陥りそうだったヒカルは、次の瞬間、目にしたものにぎょっとした。
「な、何だよあれ……!?」
それは、どこから運ばれてきたのか、成人男性より一回りか二回りは大きな岩の塊であった。それがヒカルたちと老人の間に立ち塞がるように空中に静止している。よくよく精神を集中してみると、その大岩は強大な魔力に覆われており、その発生源は、ヒカルの隣に立って、鬼神のごとき怒りのオーラをまとわせているエルフの少女であった。岩は彼女の特殊能力のひとつである
「消えてなくなれ!」
「ふ、ふざけるなあぁっ! 儂とて、儂とて好きでこのようなことをしておるのではないわあっ! イオ!」
老人の怒りとも悲鳴ともとれる絶叫が周囲にこだまし、初級の爆裂呪文が向かってくる大岩を迎え撃つ。……これがもし、呪文同士のぶつかり合いであれば、あるいは結果は違っていたかもしれない。しかし……。
「な、なんだとおっ?!」
正確に言えば、老人の
「みんな、俺のところへ!」
全員が一瞬動きを止めたが、モモがもりおの手を取ってヒカルとミミの所まで駆け寄ってくる。老人は杖を支えにして何とか立ち上がろうとしているが、顔は苦痛と怒りがごちゃまぜになったようなものすごい形相でこちらをにらみつけているものの、未だ完全には立ち上がれていない。しかし相変わらず服も破れていなければ、一滴の血も流してはおらず、攻撃の余波で体に塵埃をまとわりつかせてはいるが、その姿は異様であるというほかはない。
仲間たちが有効範囲に入ったことを確認して、ヒカルは呪文を詠唱する。目標は先ほどドラきちが入っていった神殿だ。見えている場所なら、行ったことがなくても問題なく転移できるはずである。こちらに姿を見せている入口であろう場所へ意識を集中させる。
「天よ繋がれ! ルーラ!」
「ベギラマ! しまっ……!」
老人は体制を立て直し、攻撃呪文を放つがもう遅い。その手から閃光が放たれるより一瞬早く、排除すべき目標と定めた侵入者たちは、青白い
「ご主人様、早くしなければ追撃が!」
モモが珍しく焦ったような声でせかしてくるが、その心配はおそらくないだろうとヒカルは踏んでいた。
「大丈夫、あのじいさんはここまでは追ってこられない。」
「え?」
「あれは生きた存在じゃない。じいさんの形をとった何か、だ。本来はこの都に勇者を導くための存在。だからバギでも血が出なかったし、ヒャドでも凍傷すらできなかった。」
「……! そういえば、そうですわね。では、あのおじいさんは
「平たく言えばそういうことになるんだろうね。どういう原理で生み出されているのかはさっぱりわからないけど。ほら見てみな、あの近辺からは動けないようだね。」
ヒカルが指さした先には、片手で握った杖を支えにようやく立ち上がり、こちらに向けてもう一方の手のひらを向けている老人の姿がある。しかし、追ってくるどころか、追撃に呪文を放ってくる様子もない。もっとも、あそこからでは射程範囲外だろうが。
「! うそ……!?」
「き、消えた、いったいどうなってるんだべ?」
ミミともりおが目を丸くして、ヒカルの指さした方向を見ている。彼らの見ている中で、老人はすうっと姿を消したのだ。そう、ヒカル以外は知らないが、ちょうど原作でアベルをこの神殿へ導いた直後と同じように。
「あのおじいさん、とてもつらそうなお顔をしていましたわね。」
「ああ、そうだな、確証はないけど、もともとは俺たちと同じ、生命ある存在だったのかもな。ま、それはとりあえず置いておこう。今考えてもあのじいさんが何者かわかるわけでもないからね。」
「そう、ですわね。」
そう答えた彼女の表情は、いつになく悲しそうだった。でも、彼女が何を思ってそんな顔をしているのか、ヒカルにはわからない。
「そんでヒカルさん、これからここを調べるんだべか?」
そう、これからこの神殿の中を調べようというわけである。原作では竜のカギなるアイテムと、それを収める地価の水晶、のようなものしか描写されていなかったが、ヒカルが気になっているのはむしろ上の階だ。あとは「竜の翼」という御大層な名前もである。構造といい、どう考えてもただの「都」とは思えない。
レミーラを唱えて光源をつくり、ヒカルたちは神殿の中へ入っていった。一行の中でヒカル1人だけしか明かりをともせないため、全員で時間をかけてゆっくりと探索していくことにする。神殿といっても手入れがされているわけでもなく、ところどころヒビが入ったり柱が傾いたりしている。原作でも柱が倒れてくるアクシデントがあったので、慎重に進む必要がありそうだ。竜のカギが置いてある祭壇をとりあえず素通りし、彼らは神殿の中を一通り調べて回った。ここにはいくつか部屋があり、宝箱などもそれなりにあったが、今の彼らに必要なものはほとんどなかったので、中身を確かめただけで全部元に戻した。
「さて、この部屋が最後か……。」
その扉は大きな柱の陰にあった。何故こんなところにあるのか疑問だ。柱と扉の距離が、ちょうど扉を開くだけのスペースしかない。まるで柱で扉を隠しているかのようだ。
「う~ん、開かないよこれ。」
「鍵がかかっていますわね。」
やはりというか、お約束というか、部屋には鍵がかけられていた。しかし、当然開ける鍵は持っていない。そもそもこの世界にゲームのような特殊な鍵が存在するかは分からないが、閉ざされた扉なら呪文で開けることはできる。
「ご主人様、どうなさいますか?」
「あんまり気は進まないけど、開けないことにはらちがあかないから、魔法で開けることにするよ。」
ヒカルは扉の取っ手に手をかざして、呪文を詠唱する。
「いたずらな風の精霊よ、強固に閉ざされし扉の鍵を開け放ち、未知なる世界を我の前に示せ。」
扉の鍵穴に意識を集中し、かざした手を一度握り、また開く。扉を開け放つイメージを作り、最後の発動句を紡ぐ。
「アバカム!」
おそらく鍵が外れたであろう、ガチャリ、という金属音の後、ギイィーッ、という音がして、扉がゆっくりと開いていく。
「すっご~い、鍵もないのに開いちゃった!」
「アバカムなんて、魔力制御がもんのすごっく難しいって聞いてるべ、ヒカルさんやっぱ相当すごい人なんだな~。」
「そう、ご主人様はとっても偉いのよ!」
あ~、その流れ、もういいから、ホント、疲れる……。かわいい女の子に褒められるとかうれしいだけのはずなのに、この姉妹に言われると疲れる。……などと、かなり失礼なことをヒカルが思っていると、いつの間にかモモに顔をのぞき込まれていた。
「ご主人様、今ものすごくひどいこと思いませんでしたか?」
「い、いやそんなことないよ、うん。ないない。」
「じとーーーっ、ですわ。」
「い、いやだなあモモさん、ハハハ。さ、扉も開いたし先に進んでみようか!」
ヒカルたちは扉の先へとゆっくり進んでいった。この先は長い廊下のようで、しばらく進んでいくと上に上がる階段が見えてきた。
「どうやら、当たりみたいだな。」
「この上に何があるんですか?」
「詳しくはわからない。ただ、俺の予想が間違ってなければ、この都、いや、さっきのモモの言葉を借りるなら要塞かな。んで、それを管理している部屋みたいなものがどこかにあるんじゃないかと思っていたんだ。」
「え? そんなものがあるんですか?」
「確証はない、ただ、あの妙なじいさんの出現とか、竜の翼っていう変わった名前から考えて、単純に都市じゃない何かが、ここにあると思うんだ。」
話しているうちに割と長いらせん階段を登り切ったようだ。目の前にはまた扉があって、やはり魔法で鍵がかけられている。もう一度アバカムを唱え、扉を開けたちょうどその時、レミーラの光が消えた。
「きゃっ!」
「大丈夫ミミ?」
「う、うん、ちょっとびっくりしただけ。」
「人間は不便だなあ、おらたちは夜目が効くから問題ねえけどな。」
「ああ、ちょっと待って今照らすから、レミーラ!」
先ほど開け放った扉の方向へ手をかざし、中にあるだろう部屋をイメージして呪文を唱える。一瞬まぶしく光った後に、ヒカルたちの視界にその部屋の全貌が映り始める。
「こ、これは……!」
「うわぁ……。」
鍵のかかった扉を開けて、その中に足を踏み入れると、周囲とは打って変わった清浄な空気が辺り一面に漂っている。崩れかけてボロボロになっているほかの部分とは違い、年月が立っているのにカビが生えるどころか、埃すらかぶっていない。それはそれで、異様な光景ではあるのだが、それ以上にこの部屋の作りを見たヒカルはあるものを思い出し、言葉にならない驚きを感じていた。
その部屋の中心には何やら魔法陣のようなものが描かれ、入り口から見て左右に細長く作られた空間の両端には、それぞれ祭壇のようなものが設置されていた。その構造はドラゴンクエストというゲームの、天空編と呼ばれるシリーズをプレイしたことのある者であれば、誰もが必ず訪れるある場所の作りに酷似していたのだ。
「天空城……。」
「え? ご主人様、何か?」
「ん、あ、いや、何でもない。」
「?」
ヒカルの小さなつぶやきは、その内容まではモモに聞き取られることはなかったらしく、彼女は不思議そうな表情を少しの間していたが、やがて周りを歩きながら確認していたもりおとミミに呼ばれてそちらの方へ歩いて行く。
ヒカルは面倒なことにならなくて良かったと、内心ほっとしながら、魔法陣のような印の中央に立ってみる。わずかな魔力を感じはするが、これで何かができるような感じはない。いや、というよりむしろ、力が絶対的に足りていない感覚がある。これが何をする装置なのかは正確にはわからないが、ゲームと同じであるなら、左右の台座にそれぞれ特定のアイテムを据えれば、天空城のように浮遊し動かせるのではないかと、ヒカルは考えた。しかし、それは今はとりあえず置いておこう。仮にヒカルの推測通りだったとしても、動力として必要な2つのアイテム……ゲームでいうところのゴールドオーブとシルバーオーブに該当するものはこの場にはなく、そのありかさえも分からない状態なのだ。
ヒカルはさらに歩を進め、入り口とちょうど対面する壁の方へ歩いて行く。壁の前には何か文字の書かれた石板と、その傍らに手形の模様のついたサイドテーブルのようなものがある。近づいて確かめてみるが、石板の文字は古代文字らしく、ヒカルには読み解くことが出来なかった。
……後にして考えれば、うかつな行動は控えておくべきだったのかも知れない。しかし、人間というものは時として、好奇心に打ち勝てないものだ。手形の模様を見たのなら、それに自分の手を重ねてみたいと思ったとしても、不思議なことではないだろう。ただ、何が起こるか分からない状況で、好奇心のままに行動することが危険であるというのは、今更言うまでもないのである。
「わわっ!」
ヒカルが手形に自分の右手を重ねたそのとき、石板の文字が淡く発行し始め、部屋全体が急に明るくなる。レミーラでは十分に照らされていなかった隅の部分まで、良く見通せるほどの光源は、しかしその位置が明確ではなく、部屋全体がほぼ均等な光量で照らし出されていた。同時に部屋全体がゴゴゴゴッと低い音を立てながら振動を始め、それは数秒の後におさまった。
『モーラノミヤコヘヨウコソ アタラシイゴシュジンサマ ゴメイレイヲオキカセクダサイ』
「へっ?」
急な部屋の揺れにバランスを崩しかけ、石板に手をついて体勢を立て直したヒカルの耳に、聞き慣れない硬質な音声が飛び込んできた。それに応じるように、振り返った彼の目に飛び込んできたものは、その場の全員を驚かせるのに十分であった。
to be continued
※解説
メラミ:メラ系の中級呪文。中ボスなどと戦うときに重宝する。消費MPが少なくダメージが大きいので、敵の数が少ないのであれば有用である。
イオ:爆発で敵全体を吹き飛ばすイオ系の初期呪文。敵全体に効果のある強力な系統の呪文だが、現実に使うとなると効果範囲に注意しなければならないだろう。
サイコキネシス:定めた物体を物理法則を無視して動かすことが出来る能力。今回は大岩を持ち上げ、イオで砕かれてもなおその破片は敵へ向かっていった。このように、ミミの特殊能力は魔法とは判定されないため、魔法効果で迎撃することが難しい。
「竜の翼」って、アニメ見てたときも引っかかっていたんですよね。そんな疑問を独自解釈してみました。この世界にゴールドオーブとシルバーオーブはあるのでしょうか?
敵サイドの話をちょっとだけ書いてみました。今後少しずつ、敵側の動きも物語に組み込んでいけたらなと思っています。
精霊神はこの世界の教会が信仰している創造神で、オリキャラです。そのうち出しますが、出番は後の方になると思います。
さて、いったいヒカル君は何を呼び覚ましてしまったのでしょう?
次回もドラクエするぜ!