【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

16 / 43
マホカトールが成功し、ミミのヒャダインが炸裂!
しかし、ゲームでおなじみのマホトーンにより大ピンチに!
もうダメかと思われたとき、颯爽と現れるヒーロー!
……ベタすぎますよね、でも好きなんです、こういう展開。だから後悔はしてません!


第14話 勇気の証 轟け正義の光!!

 その状況は、この場の誰もが予想し得ないものであった。スライムに騎乗した全身鎧(フルプレート)の騎士、スライムナイトはつい宣告までさまよう鎧が装備していた盾を構え、キャットフライとエルフの少女の間に割って入った。盾は小柄な騎士にとっては扱いづらいとはっきり分かるものであったが、それを軽々と使いこなす姿は異様であった。そして、突然のことに動きを止めてしまったことが、キャットフライにとっては命取りになる。

 

「はっ、しまっ……!」

「遅い!!」

 

 気合いを込めた、しかしフルフェイスの兜の性なのか、男とも女とも分からない声と友に、その手に握られた剣が風切り音を上げて敵に迫る。スパアァンと小気味よい音がして、キャットフライは肩口から袈裟切りにされ、分断されたその体が地に着く前に、光と破裂音を伴って、体色と同じオレンジ色の宝石となり果てた。その斬撃の軌道すらも、この場にいる誰も捉えることはできなかった。

 

「ご主人様!! 大丈夫ですか?”!」

「ああ、大丈夫だ。心配かけたな。」

 

 この混乱に乗じて、モモがヒカルの傍らまでたどり着き、急いで身体の状態を確かめる。苦痛に耐えながら努めていつもと変わらない態度をとる主人に、モモは自分のふがいなさを悔やみ、拳を強く握りしめた。もっともヒカルの方は、痛みが激しくてそれだけ言うのがやっとだった、というだけのことであったのだが。

 

「いろいろ言いたいことはありますが、とりあえず治療ですわね。……これは普通の薬草では手に負えませんわ。まだ開発途中なんですけど……ためらっている場合ではありませんわね。」

 

 モモは道具袋から何か水薬の入った小瓶を取り出すと、その中身をヒカルの腹部へとふりかけた。液体はヒカルの体に触れると淡く緑色の光を発し、やがてそれは全身に広がってゆく。光が収まったとき、ヒカルの体から痛みはすべて消えていた。

 

「……これは、驚いたな、アモールの水か。」

「はい、ただ、まだ試作段階ですので、失血までは回復できません。しばらく動かない方が良いですわ。」

 

 ヒカルは改めて周囲の状況を確認する。自分たちの後ろにはキングスがおり、その後ろには城と同じ純白の建造物がある。抜け道はこの建物に続いており、出口はキングスの後ろの一つしかなく、窓もない。小さな弱小モンスター達をすべて収容できるほど広い建物のはずだが、その周りを圧倒的な数の宝石モンスター達が取り囲んでいる。

 

「ご主人さまぁ、無事で良かった、死んじゃうかと思ったよお。」

「悪かった悪かった。とっさだったんで、ゆっくり考えてる暇がなかったんだよ。……にしても、あのスライムナイト、たった1匹? ですげーな。どんな動きしてんのかさっぱり分からん。」

 

 グズグズと泣きながら抱きついてくるミミの頭を優しく撫でながら、ヒカルは現状の分析をやめずに頭を回転させ続ける。ヒカルたちの眼前に躍り出たスライムナイトは、飛行している相手さえも騎乗しているスライムのジャンプを利用して確実に1体ずつ仕留めている。流れるようなその動きは、キラービーやキャットフライを翻弄し、少しずつ数を減らしている。しかし、いかんせん1対多数である。いかに個としての戦闘技術が優れていても、限界というものはある。

 

パキイィン!

 

 それはスライムナイトの持つ剣が根元から折れた音であった。盾と同様に、剣の方もさまよう鎧が使っていたものだが、すでに今までの戦闘で摩耗しており、ここへ来て一気に耐久度の限界を迎え、破損してしまったのだ。ドラゴンクエストというゲームであればそのようなことはないのだが、残念ながらこれは現実である。神代から伝わる伝説の武器でもあれば、耐久度など気にせず戦うことができただろうが、普通の鉄製の剣ではやむを得ないことである。

 

「くくっ、剣の限界がきたか。残念だったなあ!」

 

 キラービーはそう言い放つと、やかましい羽音を立てながらスライムナイトに迫る。フルプレートの一部である小手(ガントレット)を使い、拳で応戦するも、当然剣の時のようなダメージは与えられない。じりじりと後退を余儀なくされるが、後ろには守るべき者たちがいる。元は人間であったモンスターの騎士は、大切な者を守るためだけに、その力を手に入れたのだ。形勢が不利になったからといって、退くという選択などとるはずがない。

 

「負けるかっ!」

 

 裂帛の気合いを持って、キラービーに接近すると、スライムナイトはその尾をつかみ、勢いよく投げつけた。キラービーの体は後方に控えていたじごくのハサミの1体に激突し、衝突した者同士は宝石と化した。しかし、武器がないことを見て取った敵は、スライムナイトめがけて一斉に襲いかかろうとする。空からキャットフライが飛びかかろうとしたとき、その目の前を何かが通過し、ザクッという音と友に地面に突き刺さった。そう、突き刺さったのだ。見ると、それは一振りの剣であった。

 

「スライムナイトよ、その剣を授けよう、そなたの力で、見事魔物どもを打ち倒してみせい!」

「なっ、あれは……キングス、なのか? でも、あ、あの姿は……!」

 

 ヒカルが声のした方を振り向くと、先ほどまでキングスがいたはずの場所に、恰幅の良い白鬚をたたえた老人が立っていた。左手には杖を持ち、立派なガウンをまとい、頭には王冠を戴いている。

 

「感謝します、王よ。」

 

 騎士は、相変わらずボイスチェンジャーにでもかけたかのような奇妙な声で短く礼を述べると、地面に突き刺さった剣を抜きはなった。剣を手に取ったスライムナイトは、またも目にも止まらぬ速度と騎乗しているスライムの奇妙な跳躍力で、空飛ぶ敵を駆逐し続けていく。その様子から、ヒカルたちは目を離すことができなかった。

 

「ばかニャ、いったいどうなっているのニャ?! いくら何でも、これだけの数を相手に疲労もせずにあんな動きを、ありえないニャ! あいつはアンデッドかニャ?!」

 

 スライムナイトの攻撃の勢いは全く衰えることがない。たとえモンスターであろうとも、生命体である限り体力は有限なはずなのだが、いっこうに疲れを見せないその様子に、数を減らされ続ける敵の側にも焦りが見え始めていた。

 

「そりゃあ、奇跡の剣が相手じゃあな。それにしても、まさかメダル王だったとは、キングスも人が悪い。」

「すまんすまん、隠しているつもりではなかったのだがのう。あの姿の方がここで暮らすには都合が良かったのでな、騙したような形になって悪かった。」

 

 ヒカルとキングス、メダル王の会話の間にも、スライムナイトは順調に敵の数を減らしてゆく。一体どれほどいるのかわからないほどひしめき合っていた包囲陣にも隙間ができはじめ、誰もが助かるかも知れないと希望を持ち始めたときだった。

 

「「「「「スクルト」」」」」

 

 突如、じごくのハサミ達の口が開き、声なのかどうかも分からない不気味な音が、しかし確実に呪文の発動句を口にした。それと同時に十数体程度残っていた敵全体を赤い光が包み込み、数秒してそれは収まった。

 

「そうだった、あいつらスクルト使えるんだった、しかも複数で重ね掛けとか、これはまずい状況になったぞ……!」

 

 じごくのハサミというモンスターは、ゲームの中では少し異色の存在である。カニのような外見を持つこの種族は、下位のぐんたいガニであっても、その守備力は同レベル帯のほかのモンスターの倍近く有り、上衣腫のぐんたいガニともなれば、守備力はぐんたいガニのほぼ倍という驚異的な数値をたたき出している。

 スライムナイトは一瞬動きを止めたが、かまわずにじごくのハサミの1体にそのまま斬りかかる。奇跡の剣が淡い光を放ち、その剣先が確実に緑のカニを真っ二つにすると思われた。

 

ガキイィン!!

「何?! 剣がはじき返された?!」

 

 スライムナイトは驚きの声を上げたが、すぐさま距離を取り、剣を構え直す。そして再び勢いを付けて今度はキャットフライに、あるいはキラービーに先ほどと同じように斬りかかるが、やはり結果は同じであった。こうなると、周囲に守備力低下呪文(ルカニ)集団守備力低下呪文(ルカナン)を行使できる者がいない以上、集団守備力上昇呪文(スクルト)を何重にもかけられた敵を打撃で倒すことは不可能に近く、攻撃呪文で打ち倒す以外にない。しかし、ヒカルのMPは底をつき、ミミは呪文を封じ込められている。

 

「まてよ、スライムナイトなら、呪文を……! ちっ、なんてこった。あいつもMP0なのかよ、こりゃあ打つ手なしか……!」

 

 とっさに、スライムナイトに攻撃呪文を使えと助言しそうになったヒカルだが、落ち着いて精神を集中してみると、 スライムナイトのMPもほとんど底をついていることがわかってしまい、攻撃呪文が行使可能な者が誰一人いないという絶望的な現実をたたきつけられたのである。

 

「ごめんなさいご主人様、まだマジックパワーは十分にあるのに、マホトーン食らっちゃって……。」

 

 ミミがしょんぼりとうなだれる。彼女もまた、姉と同じように自分の無力を嘆き、感情だけで先走って相手の能力を警戒しなかったことに後悔の念を強めていた。

 

「魔法力はある? そうか、その手があったか!」 おいスライムナイト! そいつは剣じゃ無理だ、いったん下がれ! 俺に考えがある! ミミ、来い!」

「え? ご主人様? きゃっ!」

 

 きょとんとするミミをよそに、状況はめまぐるしく動いてゆく。スライムナイトは打撃では事態を打開できないと理解したのか、初対面であるはずのヒカルの呼びかけに答え、剣を引いていったん広報へ下がる。ヒカルはミミを引っ張ってスライムナイトの傍らまで移動し、彼に小声で作戦を伝える。

 

「あんた、それだけレベル高ければマホトラ使えるだろ、こいつは呪文は封じられているけどマジックパワーは十分にある。なんせエルフだからな。ミミの力を使って、今覚えてる一番協力で、なおかつ広範囲に効果があるやつをたたき込んでくれ、それで決着はつくはずだ。」

 

 これはヒカルにとってはある種の賭けであった。時間がないために即断した形になったが、スライムナイトがマホトラを使える保証などどこにもない。Ⅴで仲間になるスライムナイトが、早い時点でマホトラを習得していたため、今目の前に立つ者の能力であれば、おそらく使えるだろうと推察したのだ。しかし、そこにはゲーム知識以外の根拠は何もない。戦士ではないヒカルでは、スライムナイトの戦いから正確にレベルを推し量ることはできなかったからである。

 スライムナイトは吸う旬の間考えるようなそぶりをしたが、すぐに軽くうなずくと、ミミの方へ顔を向ける。フルフェイスの兜で表情はまったくわからないが、それで良いのかと確認をしているのだろう。ミミは黙ってこくりと頷いた。

 

「マホトラ。」

 

 ミミに向けられたスライムナイトの左手から、魔力吸収呪文(マホトラ)のかすかな光が放たれ、彼女の魔力を吸い取ってゆく。ミミは力が少し抜けていくような感覚を覚えながら、なぜか温かで柔らかなものに包まれるような、不思議な気分になっていた。それは、故郷で母親に抱かれていたときのような、絶対の安心感をもたらす優しい感覚だった。

 

「確かにもらい受けたぞ、お前の力。そして礼を言うぞ、人間の魔法使い。この島を守ってくれたこと、私を助けてくれたこと。」

 

 そう言うとスライムに乗った騎士は、再び敵に向き直り、魔法の言霊を紡ぎはじめた。敵は隙をみて襲いかかろうと、あるいは呪文を回避しようと身構えるが、一定の範囲内には踏み込んでこない。今まで聞いたこともない詠唱に戸惑っているのだろうか? いや、おそらくスライムナイトの発する強者としてのオーラのようなものに当てられて動くことができないのだろう。事実、スライムナイトの周囲に強大な魔力が集積していくのを、ヒカルはその身に感じていた。

 

「天なる轟きよ、裁きの(いかずち)となりて降り注げ! 邪悪なる魔の軍門に降りし愚かなる者どもに鉄槌を!」

 

 ガントレットで覆われた右手を高く上げ、人差し指を突き立て、それを振り下ろすと同時に、発せられた最後の発動句と友に裁きは下された。

 

「ライデイン!!」

 

 晴れ渡っていたはずの空は一瞬にして黒雲に覆われ、おびただしい数の雷光が敵に降り注ぐ。カニも、虫も、こうもり猫も、断末魔すら発することも許されずに、天の裁きによりその身を貫かれ焼け焦げた。それは一瞬のことで、ほんとうに瞬きしている間に、すべてが終わっていた。周囲にはただ、日光を反射して輝く無数の宝石が転がっているだけだった。ライデインってイオラじゃないのかよ、などというヒカルのつぶやきは雷鳴の轟音にかき消され、この場の誰にも届くことはなかった。

 

「な、なんだあれは!! 呪文?! あんな強力なやつは見たことねえぞ!」

「ば、ばかニャ……! あ、あれは勇者のみが扱えるという正義の光ライデイン……!? 俺様の目の錯覚かニャ?!」

 

 破邪呪文(マホカトール)の外側から様子をうかがっていたキラービーとキャットフライは、驚いて固まる以外に何もできなかった。キャットフライが電撃呪文(ライデイン)の詳細を知っていたことや、その設定が原作と矛盾していることなど、ヒカルたちは誰も知るよしもない。結界の外にいる敵にまでは、さすがに呪文の効力は及ばなかったが、スクルトで固められた十数体もの仲間を一瞬で倒され、島を魔法円の外から取り囲んでいた連中は騒然となった。

 

「グギギギ、やむを得ん、撤退するぞ。」

「おのれ、忌々しい奴らめ、しかし、バラモス様がお出ましになればこのような結界などすぐにかき消してくれるわ! それまでせいぜい首を洗って待っていることだな!!」

 

 じごくのハサミとキラービーは捨て台詞を残し、敵の大群はぞろぞろと島から離れていく。結界内にいた味方が倒されてしまった以上、光の壁を通ることのできない彼らには、もはや打てる手がなかったのだ。こうして、バラモスが地上に姿を現すまでの期間限定ではあるが、島は再び平穏を取り戻したのだった。

 

***

 

 半日以上に亘った襲撃が終わりを告げ、皆が城に戻ったときにはすでに夕暮れとなっていた。最終的に作戦は成功したものの、受けた被害は決して小さくはなかった。どういうことか、キングス、いやメダル王の城と、抜け道の出口となっていた建物には傷一つついてはいなかったが、ほかの場所はそうはいかなかった。城の周りにあった居住区は無残に破壊され、美しい森や草原も手ひどく荒らされてしまっている。また、すべての者を救えたわけでもなく、少なからず犠牲は出てしまっている。

 

「そう気にするでないヒカルよ。そなたのおかげで多くの者が救われた。それに当分は襲われる心配もなくなった。ドラきちはたいした助っ人を連れてきてくれたものだのう。」

「はい、キングス……メダル王様。私も来て頂いたのがヒカルさんで本当に良かったと思います。」

「よしてくれよ。ほとんどあのスライムナイトのおかげさ。あいつが来なかったら結局みんなやられてただろうからね。」

 

 ヒカルはメダル王とドラきちの称賛を素直に受け取れないでいた。バラモスの手下どもと本格的に戦ってみて、自分の認識の甘さを改めて思い知ったためである。いかに個として優れた才覚を持っていても、数の暴力の前では太刀打ちできないと言うことを、嫌と言うほど思い知らされたのだ。そしてやはり、バラモスに退行するためにはゲームのように勇者+その仲間と言った少数精鋭に頼るのではなく、集団として対抗しなければならないという考えを強くするのだった。

 

「そんなことより皆、疲れたであろう。幸いこの城にはまだかなり食料の備蓄もある。節約すれば1ヶ月くらいはなんとかなるだろう。今日はとりあえず食事を取って、ゆっくりと休むことだ。本格的な話は明日からにしようではないか。」

 

 メダル王の提案により、ささやかな夕食が振る舞われ、ヒカルたちはすみかをなくした者たちと友に城の空室で寝泊まりすることになった。ミミは疲労がたまったのか食事後すぐに寝てしまい、ヒカルは彼女たちの部屋でモモと向かい合って今後の方針を話し合っていた。

 

「やっぱり、このまま個人で動くのは限界があるな。どこかの町、できれば王都みたいな大きいところで、何か魔法を広める手段を探せると良いんだけど。」

「そうですね。国の偉い方が協力してくだされば良いのですが、さすがに見ず知らずの者にいきなり助力してはくれませんわね……。」

「とりあえずさ、この辺で大きな国と言ったらテイル大陸のドランくらいしか思い当たらないから、一度行ってみようとは思ってるんだ。

 

 ヒカルは魔法を広めようと旅に出たが、どうやって広めるか具体的なプランがあったわけではない。なんとなく魔法使いを育成する期間などがあれば良いか程度には考えていたが、やはり個人ができることには限界がある。加えて、異世界からやってきたヒカルにはこの世界における社会的基板というものがない。自分の地位を確立するところからはじめなければならないのである。

 

「失礼します、ヒカルさん、寝る前にお風呂でも入ってきたらどうですか?」

「おうドラきち、この城の風呂、使って良いのか?」

「はい、メダル王が許可されました。」

「う~ん、ちょっとまだ考えたいことがあるから、俺最後で良いわ。モモ、先に入ってこいよ。」

 

 ヒカルは少し考えてからそう答えると、向かいに座る従者に声をかける。いつもなら一緒に~とか言うところだが、さすがに大勢の人の目があるところではそれなりに自重するのか、あるいは先ほどの戦闘でマイナス側に傾いた心理から完全に脱却できなかったのか、珍しく素直にはいと短く答えて、モモは部屋を後にした。

 

***

 

 モモが浴室へ向かった頃、謁見の間ではメダル王とスライムナイト、アンが対面していた。フルフェイスの兜は彼女の小脇に抱えられており、隣には緑色のスライム、アーサーが並んでいた。

 

「ついに、やってしまいおったか。このバカ者め、早まるなと申したであろうに。」

「申し訳ございません。しかし……。」

「よい。助けられたのは事実だからの。しかし、まさか儀式の代償がここに来る前の記憶、そのすべてとは……。」

 

 アンは転生の儀式を行い、スライムナイトになった際にこの島に来る前の記憶をすべて失った。その代わりというのか、彼女の能力は非常に高く、ゲームで言えばレベル20以上は確実にあるだろう。呪文も回復と攻撃をバランス良く習得しており、現在この世界に出現している宝石モンスター程度であれば、単騎でも圧倒できるほどの能力を有していた。

 

「まあ、結果的に島は守られた訳だしのう。もはや何も言うまい。だが、バラモスとか言う魔王がよみがえれば、、この島の結界も役には立たなくなるであろう。どうするべきか……おっと、今は休むことが肝心だ。そなたも今日はゆっくりと眠るがよい。」

「はい、そうさせて頂きます。今後のことは後ほど考えたいと思っています。」

 

 アンはメダル王に一礼すると、アーサーと友に謁見の間を出て行った。メダル王はその後ろ姿が消えてしまっても、入り口の方をしばらく見つめていた。そして懐から大きなペンダントのようなものを取り出し、それを掲げてつぶやいた。

 

「この世界の希望のかけら達、今こそ我が願いに応え、新たな勇者達の助けとなるため、目覚めるのだ……。」

 

 メダル王の手にしているものは、一見ペンダントのように見えるが、よく見ればそれは、ゲーム内でおなじみのアイテムを大きくしたような形をしていた。それが一瞬光り輝いたかと思うと、次の瞬間にはメダル王の手の上には何も残ってはいなかった。

 その夜、天から降り注いだ数多の光が、世界中に希望のかけらとなってちりばめられた。ヒカルがこの光景を見ていたのであれば、メダル王が何をしたのか理解できたことだろう。メダル王とは勇者達に助力する神の使い。所持する強大な武具やアイテムの力を疎んだ魔王によって、城ごと異空間に幽閉されたこともあったほどだ。そんな存在が、なぜこの世界に現れたのか、その理由は彼以外には、誰も知らない。

 

***

 

 メダル王の城には大浴場がひとつあり、皆が入り終えたとドラきちに教えて貰ったヒカルが、寝る前にひとっ風呂浴びようとやってきたところである。すでに時間は深夜に近く、空には大きな月と、宝石のようにきらめく星たちが幻想的なシャンデリアを形作っている。文明によって夜も明るい日本の市街地ではまず見ることなどできない光景である。そんな夜空を右手に楽しみながら、彼はゆっくり急がず目的地へと歩いていた。

 思えば一日でいろいろなことがあった。モモの研究しているという「アモールの水」の試作品によって、すでに完全に治癒してはいるが、キャットフライによって切り裂かれた腹部がまだ痛むような錯覚を覚える。本当に自分たちの住んでいる世界は平和だったのだと、ヒカルは改めて思い知らされた。スライムナイトの彼が来てくれなかったら、今頃どうなっていたのだろうか。気は進まないが、武器を用いた戦闘や格闘の訓練などにも、機会を見つけて取り組んでおいた方が良いだろうと心に決め、彼は大浴場の入り口をくぐる。脱衣篭の並ぶ広々とした空間の向こうに、大浴場の入り口が見える。湯気で先はよく見えないが、今なら誰もいないはずである。

 

「ん? これは……鎧か?」

 

 ふと目に入ったそれは、金属製のフルプレートであった。さまようよろいのものとはカラーリングと形の違うその鎧をまとっていた存在はたった1人だ。スライムナイトの鎧って中身があったのかとどうでも良いことを考えながら、彼は手早く服を脱ぎ、その辺の脱衣篭に適当に放り込み、一日の疲れを癒すべく湯気の向こうへ消えていった。

 彼はまだ知らない、女性で有りながらモンスターの力を欲し、弱き者を守るため、剣を取った1人の人間のことを。これから起こる出会いがもたらす多くのことを。しかし、彼女と紡いでいく時間がどれだけ長くなっても、彼は彼女がここへ来る前に歩んできた人生を知ることはできない。それは、もはや彼女の心から消えてしまったものなのだから。

 

「ふうっ、やっぱり風呂はいいなぁ。」

 

 体を洗い終え、湯船に浸かりながら、ヒカルはぼうっと、何を考えるでもなく浴槽に張られた湯の心地よい温度に身を任せていた。大浴場と言うだけ有り、数十人で入っても十分に余裕があり、何種類もある異なった趣の浴槽が来る者を飽きさせない。かなりの時間ぼうっとしてしまったと、ヒカルが浴槽から立ち上がったとき、立ち上る湯気の向こうに人影が見えた。

 

「お、スライムナイトか? あんたもずいぶん長い間入っていたもんだな。まあ俺も風呂は好きだけどさ。こっちはそろそろ上がるけど、あんたはどうする?」

「?!」

 

 こちらに向かってくる人影に、ヒカルは気さくに声をかけた。立ちこめる湯気のためにまだ相手の容姿ははっきりと見えないが、驚いて動きが止まったのが分かる。広い浴場で他人に会うことなど、さほど珍しくもないことである。ヒカルは不思議に思い、もう少しスライムナイトの「彼」に近づこうと歩き出す。

 

「おい、大丈夫か? のぼせて具合でも悪くなった……え? は?? う、うわあぁっ!!! ○△☆」×◎!!!」

 

 手を伸ばせば簡単に触れられるところまで近づいて、ヒカルはスライムナイトに呼びかけたが、その途中で大声を反響させてしまう。彼の目に映ったのは、金髪のショートヘアに、澄んだ青い瞳と、褐色の肌を持つ美しい女性であった。そう、女性だ。顔だけ見れば中性的で少年と言われても納得してしまいそうだが、その両手はほどよく膨らんだ胸部を隠しており、何より下腹部に男性の象徴たる物がないことを、ヒカルは目視してしまったのだ。そして、頭髪と同じ金色の陰毛を凝視しそうになり、慌てて目をそらす始末であった。

 

***

 

 場内で彼女、スライムナイトのアンが休息を取るためにあてがわれた小さな部屋がある。簡素なベッドと小さなタンスがあるだけの部屋だが、今ここには彼女以外の人物がいた。

 

「ごめんっ、ほんっとうにごめん!!」

 

 ベッドに腰掛けて困ったような顔をする彼女の目の前で、その男、ヒカルは地面に顔を押しつけるようにひれ伏していた。土下座である。その理由は語るまでもなく、大浴場で裸体を見たことに対してだろう。確かに顔から火が出るくらい恥ずかしかったが、そもそも不可抗力が重なってこうなったであろう事を、彼女は十分に理解していた。

 アンが装備していたフルフェイスの兜は、どういうわけか彼女の声をヒカルたちの元いた世界で言うところの、ボイスチェンジャーでも通したような性質のものに変えてしまっていた。その上、彼女は男言葉に近い話し方をしていたため、ヒカルが男と間違えても何ら不思議はなかった。

 

「ああ、わかった、もういいから、顔を上げてくれないか。男と誤解させるような言動を取っていた私の方にも落ち度はある。……その、さすがに恥ずかしかったが、な。」

 

 これ以上はらちが明かないと判断したのか、アンはヒカルの傍らまで歩み寄り、立つように促して手を貸してやる。そこまでして、ヒカルはようやく立ち上がった。風呂場でのアクシデントは度々あったとは言え、いきさつは同アレ自分から女性の入浴中に突撃してしまったようなこの状況は、ヒカルにとっては精神力を削られるものだった。

 

「そんなに気にするなら、責任をとって私を嫁に貰ってはくれないか?」

「ううっ、俺はなんてことを……そうか、責任取って嫁に……って、ええええっ?!」

 

 ヒカルは驚いてアンを凝視してしまう。今はフルプレートではなく、人間が普通に着る女性用の布の服をまとっている。その要旨は美しいと言って差し支えのない、戦士であることが信じられないような女性らしいものであった。言動はどこかからかうようなものだったが、彼女の澄んだ瞳はどこか、憂いを帯びているような、そんな暗い影を落としていた。

 

「……なんか、調子狂うなあ。」

「私と一緒は嫌か?」

 

 また唐突にそんな言葉を投げかけられ、ヒカルは困惑してしまう。彼女の裸体を見てしまい、土下座して謝って、罵声の一つも浴びせられるものだと思っていたし、今までのパターンからして、それが当然の流れだろう。しかしこの展開はいったい何なのか、彼には分からない。当然だろう。彼はまだ、彼女のことを何も知らないのだから。

 

「私には、記憶がないんだ」

「え?」

「いや、正確には、私のこの力は、ここに来るまでのすべての記憶、思い出と引き換えに手に入れたものなんだ。」

「なっ……!」

 

 驚くヒカルに、アンはこれまでのすべて……といっても、この島に来てからのことをぽつりぽつりと話し始めた。どこからかこの島に流れ着いた人間だった彼女は、島に住むモンスターたちに助けられ、一緒に細々と暮らしていた。しかし、頻度を増す宝石モンスターの襲撃に、いつかは耐えきれなくなる日が来るとわかったとき、彼女は自分自身を異形の存在、モンスターへと「転生」させる儀式の存在を知った。そして、猛烈に反対するキングスの制止を振り切り、祭司であるドルイドのルイドと友に、独断で儀式に臨んだのだった。儀式に成功すれば力が手に入る。この世界の創造主とされる精霊神(せいれいしん)に祈りを捧げるもので、失敗してもペナルティなどはないそうだが、成功した際に自分の一番大切な「何か」を失うと、儀式の詳細を記した古文書には書かれていた。アンの場合はそれが自分の記憶だったわけだ。

 それは1人の人間が決断するにはあまりに重い内容で、自分が同じ立場に立ったならば絶対に選べないと、ヒカルは考える。彼女にとってこの島のモンスターたちがいかに大切なのかということはよく分かる。しかし、だからといって何かを代償にしてまで、それらを守る力を手に入れようとするかと問われれば、是と答える者はさほど多くはないだろう。彼女は大切だと思う存在のためにそういった選択のできる希有な者なのだろう。それは尊い、しかし危うい存在であるとも、ヒカルは思うのだった。

 

「おっと、なぜだろうな、初対面の君に、ついつい長話をしてしまったな。すまない。もう遅いから、お互いゆっくり休むことに使用。」

「あ、ああ、そうだな。」

「今夜のことは気にしていない。むしろ話を聞いてくれて感謝しているくらいだ。だから、風呂場の件はこれで終わりに使用。」

 

 彼女はにっこりと笑って、ヒカルを部屋の外まで見送ってくれた。当の本人がもう良いと言っているし、本当に気にしていない様子だったので、ヒカルもこの件はこれまでと、区切りを付けることにした。

 しかし、自室へ戻るために廊下を歩きながら、ヒカルは考えてしまう。あの強大な力は、本当に彼女の望んだものだったのだろうかと。代償にしたものは、本当にその力に釣り合うものだったのかと。他人であるヒカルが考えても、答えなど出るはずもない。アン本人にしても、代償として失ったその記憶が何だったのかさえ、最早知ることはできないのだ。ヒカルの頭の中には、別れ際に彼女が自分に向けて発した言葉が、まとわりつくように残っていた。

 

「今度は君が、私の思い出になってくれないか?」

 

 運命は動き始める。誰も予測しない方向へ、誰も知ることのできない未来へ。物語の結末はどこへ向かうのか、それは誰にも分からない。

 闇の中で動き始める影と、目覚めはじめた小さな光、これらが相まみえる未来は、今はまだ、遠い。

 

to be continued




※解説
アモールの水:ドラクエⅥより登場の回復薬。ほかのRPGでいうところのポーションである。回復量は薬草よりは多いがベホイミには劣る。モモの試作品は未完成で、傷は治癒できるが失血は元に戻らない。また、体力も十分には回復しない。
スクルト:おなじみ守備力上昇呪文。ボス戦で使わなかった人はいないはず。今回は敵側のただでさえ堅い守備力をさらに底上げする鬼畜仕様である。ちなみに、初期のタイトルでは味方側の守備力上昇より敵側の上昇値の方が多く設定されている。まさに鬼畜。
マホトラ:本来は敵からMPを吸い取る呪文だが、今回は味方から譲渡して貰う目的で使用した。ゲームの仕様では少量のMPを吸い取るだけだが、本作では術者の意思により吸収量を調節できる仕組みにしているため、ライデインを行使できた。もちろん敵にかけた場合、相手のレベルや耐性によっては抵抗される。
ライデイン:勇者のみが扱えると言われる正義の光。作中で示したとおり、本作では勇者以外は使えない設定にしてある。したがってムーアやヤナックはデイン系を使わないことになる。ゲームのナンバリングによって効果範囲が異なるが、本作では単体ではなく範囲効果とした。よって消費するMPもそれなりに多い。また、雷を落とすという性質上、現実の世界では使いどころの限られる呪文である。
奇跡の剣:メダル王が小さなメダルと交換してくれるアイテム。攻撃力が100と高く、敵を攻撃するたびにHPが回復する。Ⅴではスライムナイトの最強装備。
メダル王:小さなメダルのコレクターで、集めて持って行くと珍しいアイテムと交換してくれる。本作では独自解釈有り。彼がこの世界に現れたのには理由がある。

スライムナイトのアンさんについては、元ネタがあります。分かる人はかなりコアなドラクエファンです。ちなみに、元ネタでも女の子です。
気になる人は「TDQ2]でググってね。

 さて、ついにオリキャラ側の勇者が現れました。彼女がこれからどんな道を歩んでいくか、見守って頂ければと思います。
次か、その次くらいの話から再び原作キャラとの接点が見えてきます。

次回もドラクエするぜ!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。