【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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今回、なんだか説明ばかり長いような気がしています。
お話の背景設定を短くわかりやすく、内容も詰め込むって難しいですね。

※11/26 ソフィア 様、誤字報告ありがとうございました。
※第6話までの、短いお話を加筆修正しています。とりあえず、プロローグと1話に新しいエピソードを追加しました。各話平均1万文字を超えられるように調整しています。活動報告の方で随時連絡させて頂いていますので、よろしければご覧ください。


第15話 目覚めぬ王、ドランの都を覆う暗雲

 スライム島での大規模な攻防戦から幾日かが過ぎ去った。小さな住人たちは復興を急ピッチではじめている。森などの自然が元に戻るには時間がかかりそうだが、もともとさして複雑な作りでもなかった居住区などは少しずつ復元されはじめている。光の結界に覆われたこの場所であれば、期間限定ではあるが当分は安全だろう。ヒカルたちが準備を整え、明日にでもこの島を旅立つことを決め、それぞれが島の住人たちに挨拶をしたり、復興を手伝ったりと別行動をとっていたとき、その知らせはもたらされた。

 

「ヒカル、入るぞ。」

「アンか、何かあったのか?」

「ああ、さっきドランの都へ買い出しに行っていた仲間が帰ってきたんだが、少し気になることがあるらしくてな。メダル王が君にも意見を聞きたいとおっしゃっているんだ。」

「わかった、すぐに行くよ。」

 

 たまたま、一時的に部屋に戻っていたヒカルの元へ、アンがやってきてメダル王の呼び出しを告げる。彼はアンに続いて部屋を出ると、長い廊下を謁見の間へ向けて歩き始めた。今のアンは全身鎧(フルプレート)ではなく、簡単な革の鎧を身につけており、相棒のスライムも傍らにはいない。背筋を伸ばして無駄のない動作で動く彼女は、まさに歴戦の戦士といった漢字だ。

 

「どうした? 私の格好に何かおかしいところでもあるか? 身だしなみには気をつけているんだがな。」

「あ、いやいや、そんなんじゃあないよ、うん。何も問題はないさ。」

「……? それならば良いのだが。君が私に見とれている、ということであればうれしいのだが、まあこんな男のような女ではな。」

 

 そんなことはないという意味の言葉を、流暢に言えたのならどれだけよかっただろうか。しかし、ヒカルにはそういった気の利いた言葉をためらいなく出せるような度胸はなかった。アンは確かに口調は堅苦しく髪も短くしており、顔立ちもやや中性的なところはあるが、だからといって女性らしくないというわけではなかった。鎧を着込んでいないときは、身だしなみにも気を配っているし、粗末な布の服などではないきらびやかな衣装に身を包んだのであれば、男と間違えられるようなことはないだろう。ヒカルはあの夜の一件以来、彼女の服装の変化や、細かい仕草が気になってついつい見つめてしまうことがある。それが何故であるのか、彼にはよく分かってはいなかったが、彼女の傍にいると、何かほかの者と一緒にいるときとは違う感覚を覚えていた。

 しばらく雑談を交わしながら、2人は謁見の間へ歩を進めていく。あれだけの戦闘があったというのに、手ひどく破壊されている居住区などとは違い、城の壁や床、天井などには傷一つついて折らず、ヒカルが最初に訪れたときと同じ白い輝きを放っている。さすがに調度品や家具の類いは破壊されているものも少なくなかったが、一般に出回っているものよりは遙かに丈夫にできているものが多く、簡単な修繕で済むものがほとんど出会った。

 謁見の間に着くと、メダル王は窓から外の様子を眺めているところだった。王のほかに、入り口を守るさまよう鎧が1体と、魔法使いとキメラと思われるモンスターが1体ずつ部屋の中央あたりに控えていた。

 

「メダル王、ヒカルを呼んで参りました。」

 

 アンの声に振り返ったメダル王は、跪いて礼を取ろうとする彼女を手で制止し、控えている魔法使いに視線を向ける。

 

「マーリンよ、そなたがドランの都で見聞きしたことを、こちらの2人にも話してやってはくれぬか。」

「はっ、かしこまりました。」

 

 メダル王に促されるまま、魔法使いはヒカルたちに、自分が見聞きしてきたことを語りはじめた。

 この、魔法使いのマーリンとキメラのメッキーは、島が襲われる少し前に、不足してきた備蓄品などを買い足すため、ドランの都に買い出しに出かけていた。人間とは極端に外見の違うメッキーが町に入ると大騒ぎになるため、人間とさほど変わらない容姿のマーリンが、魔法使いの老人として町で買い物を済ませ、何日か滞在して人間社会の情報を集めて帰って来るというのがいつものパターンだ。そうやってこの島の者たちは世界の大まかな情勢をある程度把握していた。

 

「今回は、買い出し自体には問題がなかったのじゃが、都の様子がちょっとおかしくての。」

「そうそう、オイラは城下町の外で待ってたんだけど、柄の悪い連中がひっきりなしに出入りしているし、衛兵も当たり前のように通してんだよな。」

「いつもはあんな連中は町には入れん。おかしいと思っていろいろ調べてみたんじゃが……。」

 

 彼らの話によると、どうやらドランの国王と王妃が、数週間ほど前から眠ったまま目を覚まさないというのだ。何か強力な呪法をかけられているらしく、覚醒呪文(ザメハ)などでは全く効果がなかったらしい。今でも応急お抱えの魔導士があれこれ手を尽くしているそうだが、一向に解決のめどが立たず、ドランの国政は半ば停滞状態にあるということだった。

 

「しかも、悪いことに、この機に乗じて、大臣が中央大陸に攻め込む準備を始めたそうじゃ。男たちは徴兵され、戦のために税を上げられ、他国から腕に覚えのある者たちが多数集められ、戦の準備をしておるようじゃ。」

「でもよ、その辺の詳しいところまでは分からなかったぜ。いろいろかぎ回っているのを勘ぐられて、危うく牢屋にぶち込まれそうになったらしいからな。」

「……怪しい、めっちゃ怪しい。」

「そうだな、何者かの陰謀の匂いがするぞ。」

 

 ヒカルとアンは顔を見合わせる。こういった展開にモンスターが絡んでくるのはRPGのお約束である。どちらにしてもドランへ向かうつもりだったヒカルは、この件をできるだけ調べてみようと考えていた。

 

「行くのか、ドランへ。」

「ええ、そろそろ旅立とうと思っていましたから。」

 

 短いメダル王の問いに、ヒカルはうなずき、旅立ちを告げた。王はあごひげを撫でながら、穏やかな笑みを見せ、彼を送り出す言葉をかけた。

 

「気をつけての。そなたはどうもすぐに無茶をしよる。良いか、命はひとつしかない。個人ができることには限界がある。くれぐれも、命を粗末にするでないぞ。」

「はい、……肝に銘じます。」

「それと、もう一つ。」

「何でしょうか?」

 

 顔の前で指を1つ立ててみせるメダル王に、ヒカルは問い返す。メダル王は手を下ろすと、いつものどこか愛嬌のある顔から、一転して厳しい表情になり告げた。

 

「魔物の影に気をつけよ。」

「魔物……? モンスターのことですか?」

「そうではない。そなたは気づいているだろうが、モンスターといっても善悪様々じゃ。人間に善人と悪人がいるのと同じようにの。まあ、今回攻めてきよった宝石から作られたあれらは、ほぼすべて邪悪な存在じゃから例外になるがの。」

「はい、それはわかります。」

 

 確かに、今までの道中で宝石モンスター以外に危ない目に遭わされたことはほとんどない。それどころか、もりおやこの島の住人たちのように、友好的に接してくれる存在も多くいる。ゲームではモンスターはたいてい倒すべき存在だが、一部のシリーズでは仲間になるものもある。魔物という言葉はゲームではほぼ敵モンスターと同義で用いられる用語だったが、この世界では違うのだろうか? ヒカルはうなずいて続きの言葉を待った。

 

「うむ、結論から言うが、魔物とは魔王に魂を売った存在のことじゃ。つまり……。」

「モンスター以外でも、魔王の軍門に降った者はすべて、魔物だと、そういうことですか?」

「その通り。じゃから、今後はモンスター以外の人間種、エルフやドワーフなども含めて警戒を怠らんことじゃ。」

 

 確かに、人間やエルフなど、モンスター以外の種族の中に、魔王に魂を売り渡すものが存在するなら、宝石モンスターではないから、ヒカルの特殊能力で感知するのは困難だろう。今後は人々の動きにも注意しておく必要があると、ヒカルはメダル王の言葉をしっかりと心に刻んだ。

 ヒカルはメダル王に深々と礼をして、謁見の間を退室していった。それをだまって見送るアン。扉が閉まってからも動く様子のない彼女に、王は軽くため息を吐き、やれやれといった調子で問いかけた。

 

「共に、行きたいか?」

「い……いえ、私は……。」

「おそらく、運命なのじゃろうな。」

「運……命……?」

「多くは語るまい、行かねば、後悔することになるぞ?」

 

 その言葉を聞くと、アンはようやく王の方へ振り向いた。メダル王は優しく笑っているが、アン自身には分からない彼女の内にある何かを見透かすように、老人の目は彼女を射貫いていた。アンは跪き、深々と頭を下げ、決意を述べる。

 

「……私も彼と共に旅をしたい、おそらく魔王を倒さなければ、この島にも皆にも安息の日は来ない、だから……私は魔王を倒すため、彼の剣になりたいのです。」

「今はその答えで良かろう。アンよ、己の心の赴くままに、行くがよい!!」

 

 メダル王はスライムナイトを送り出した。彼女が剣を振るう本当の意味を、これからの長い旅の中で見つけ出すことを願い、その背中を押したのだ。何百年生きたか分からない、人間のような姿を取っているが、本来どのような存在かもわからない人物の言葉は、なぜかアンの胸に深く刻み込まれ、彼女は世界へ新たな1歩を踏み出した。それは、後に彼女が成した功績を考えれば、非常に小さな1歩。しかし、確かにすべては、ここから始まったのだ。

 

***

 

 一夜が明け、小さな島にそびえ立つ白亜の宮殿を背に、ヒカルたち一行はドランの都へ向けて旅立とうとしていた。城門の前にはメダル王と、ドラきちやもりおなど数名が見送りに来ている。

 

「ヒカルさん、気をつけてな。」

「もりおさん、いろいろ世話になったね、ありがとう。」

「いんや~、オラはな~んにもしてねえべ。でも、短い間だったけど一緒に旅ができて、楽しかったべ。オラはこれからまたシオンの山へ戻るけんども、温泉にもまた来てくれな。」

「ああ、落ち着いたら必ず。」

 

 ヒカルはもりおと固く握手を交わし、再会を約束する。モモとミミも続いて握手を交わし、彼らの別れは穏やかなものとなった。見ればアンも島の者たちと別れを惜しんでいるようだ。子供と思われる何匹かのスライムが彼女にまとわりついている。

 

「ぷるぷる、アンちゃん、いっちゃうの~。ボクさみしいよう。」

「ピキーッ、必ずまた遊びに来ておくれよ。」

「うわ~ん、行っちゃいやだよう。」

「……すまないな。何、定期的に戻っては来るつもりだ。そうしたら、また一緒に遊ぼう。」

「「「約束だよ!!!」」」

 

 アンはまとわりつくスライムの子供たちを、順番に1匹ずつ優しく撫でてやり、それがすべて終わると兜を被り、アーサーに騎乗した。

 

「では、王よ、行って参ります。」

「うむ、そなたも、命を大切にするのじゃぞ。」

「はっ。」

「さ~って、んじゃそろそろ行くぜぇ~。」

 

 出発の準備が整ったとみたキメラのメッキーは、準備は良いかと最終確認をする。皆がうなずくのを確認し、集まった全員の周りを旋回しはじめる。メッキーが宙を舞うごとに、円を描くように青白い光が降り注ぎ、やがてヒカルたちの全身を包む。

 

「そいじゃ、ちょっくら行ってくるぜ~、ルーラ!」

 

 その言葉とともに、メッキーを含む一行は光に包まれ、ドランの都があるテイル大陸へ向けて飛び去っていった。その光の軌跡を見つめながら、メダル王は静かに微笑むのだった。

 

***

 

 テイル大陸は一年を通じて気温が高く、砂漠の面積が多い事で知られている。しかし、ヒカルが元いた世界のように砂漠化が進行しているわけではなく、そのいたるところにオアシスが点在し、人々はそれなりに安定した水源を確保していた。彼らの衣装はこの世界でも特徴的で有り、ヒカルの記憶にあるアラビア民族のような出で立ちをしていた。そんなテイル大陸を治めるのが、大国ドランである。代々、優秀な王により行き届いた政治がなされ、民衆は絶対王政下であっても束縛されることなく満ち足りた生活を送っていた。そんなドランを統治している今代の王は、まだ年若いピエール国王である。父王が急逝したため、二十歳になったばかりの歳に即位し、それでも歴代の王に勝るとも劣らない善政を敷き、国民からの支持は絶大であった。そんな国王の傍らで慈愛のこもったまなざしを人々に向けるのは王妃ジュリエッタ、天真爛漫な笑顔を振りまくのは5歳になったばかりの王女サーラであった。国民を思い政務に励む王と、それを支える王族、そして王族を慕う国民が1つとなって、ドランの国は繁栄を極めていた。

 そんな、長らく平和だったこの国に異変が起こったのはつい最近のことである。王と王妃がそろって、眠りから覚めないという異常事態に陥ってしまったのである。調査の結果、何らかの呪いのようなもので眠らされているらしいということはわかったが、それ以外は一切が不明で有り、王宮内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。大臣以下重臣たちは初めのうちは事実を公表せずにいたが、いつまでも隠し通せるものでも亡い。噂が噂を呼び、事実と虚構とが織り交ぜられたそれは瞬く間にドランの王都を駆け巡り、もはや収拾がつかないところまで広がってしまっていた。民衆は根拠のない噂に踊らされ、ついには国全体を巻き込んだパニックに発展しかねない状況にまでなっていた。ここへきてようやく、王を取り巻く重臣たちは事実を公表し、王都はとりあえずの落ち着きを取り戻したのだった。

 しかし、問題は何一つ解決していなかった。王夫妻を眠りから冷ますため、高名な僧侶や魔法使い、呪術師などが招聘されたが、いずれの者も夫妻を深い眠りの底から呼び覚ますことは不可能であった。そして今、大臣であるサリエル公爵の側近というマムオードと名乗る魔導士が、かろうじて王と王妃の魂を肉体につなぎ止めているらしい。しかし、詳しいことは民衆には知らされて折らず、彼らは皆一様に王夫妻の身を案じ、不安な日々を過ごしていたのだった。

 メッキーと町外れの森で別れた一行は、王都へ続く街道を南へ進み、ほどなくして無事、ドランの国へ入国した。入国審査自体はさほど厳重になってはいなかったが、伝え聞いたとおりに柄の悪い傭兵といった風体の者がそこかしこに見受けられた。一行はすぐに宿をとり、情報収集をすべく昼下がりの王都へ繰り出していった。

 

***

 

 城という場所には、たいていの場合、有事の際に使用する秘密の隠し通路が多数設けられている。それはかつての日本においても西洋においても同じで有り、遙か時空を隔てたこの異世界においても、全く同様であった。

 今、通常は使われていない薄暗い部屋の暖炉に向かって、1人の幼い少女が静かに歩み寄っていた。その、一見暖炉に見える場所は隠し通路になっており、長く狭苦しい通路を通ってゆけば、町の地下下水道へとつながっていた。少女は足音を立てないように、ゆっくりゆっくりと暖炉の中へと入ってゆく。ほこりや煤で、身にまとっている高価な衣服が汚れるのにもかまわず、彼女は奥の隠し通路へと入り込んでゆく。このまま誰にも見つからず、その行為は成功を見るはずだったのだが、彼女の身体が暖炉の中、隠し通路の闇へ完全に消えるわずかばかり前に、その身体は何者かの手によって引き戻された。

 

「ひうっ!」

 

 突然何者かに抱きかかえられ、幼い彼女は奇妙な声を上げてしまう。ゆっくりと振り向くと、そこには立派な口ひげを蓄えた初老の人物が自分を見下ろしていた。その顔は昔から見知っているはずなのに、見つめられるとまるで背中から冷水を浴びせられたように、サーラの身体を悪寒が駆け抜ける。

 

「いけませぬぞ姫、王と王妃、お父上とお母上があのような状態でございます。さすがにこの私めも、いつものいたずらと見逃して差し上げるわけには参りません。」

 

 姫、サーラが城を抜け出そうとすることなど、さほど珍しいものでは亡い。しかし今は大臣のいうとおり、ただでさえ王が不在で皆が混乱しているときである。この上姫までいなくなったというのでは、さらなる大混乱を招きかねない。大臣は口調こそ穏やかだが、今のサーラの行動を全否定すべく圧力をかけている。口調は平時のそれと大差なく、内容についても筋が通ってはいるが、幼い少女を萎縮させ行動不能にするには十分なプレッシャーとでもいうべきものを、彼は放っていた。

 ほどなくメイドが現れ、姫を連れて部屋へと戻ってゆくのを、大臣はしばらく眺めていたが、やがて彼女らが向かったのとは反対方向、自らの執務室の方へと歩き始めた。その顔はどこまでも無表情で有り、彼の内心を推し量ることは不可能であった。

 メイドに連れられて部屋へ戻りながら、サーラは言い知れない恐怖を覚えていた。大臣に見つかって連れ戻されるのは昔からよくあったことだが、彼はあんな冷たい感じのする人間ではなかった。厳しいがどこまでも暖かみのある、父王が信頼を寄せていた家臣の1人だったのだ。しかし、今の彼はどうだろう。どこまでも無表情で、少しでも逆らえば何をされるか分からない、そんな感じがする。実際はこうやって部屋に戻されるだけで、何もされてはいないが、サーラの幼い子供特有の鋭い感性が、あれは危険だと警鐘を鳴らしていた。そしてなんとなく、父や母が目覚めない眠りについたことと、大臣の変貌は何か関係があるような、そんな予感が彼女には会った。だからこそ、なんとか城を抜け出して外へ助けを呼応と、何度か抜け道を使っての脱出を試みているのだが、どれもことごとく失敗している。幼い彼女には現状のすべてが理解できているわけではないが、このままにしておいたら大変なことになる、そんな不安が頭から離れない。そして、そういった悪い予感ほど当たっているもので、彼女の予想は事件の真相にわずかに行き着いていたが、自分たちの目先のことにとらわれている他の大人たちは、この騒動の裏で暗躍する邪悪な者たちの存在に、全く気がついてはいなかった。

 

***

 

 その夜、少し遅めの夕食を済ませ、宿屋の一室でヒカルら一行は今まで集めた情報の突き合わせをしていた。しかしその大半はマーリンとメッキーの話の内容と同じもので、新たに分かったことはほとんどなかった。王と王妃が目覚めないこと、公爵配下の怪しげな魔導士の存在、戦争のために集められた傭兵たち……。これらの情報はいずれも町に流れる噂話程度の情報で有り、本当のところはよく分からないというのが実情だった。確かなことは、王と王妃が眠り続けているという話は、王宮から正式に発表されているためおそらく事実であろうということと、目的はともかく、傭兵が確かに集められているという2点しかない。そして情報統制がされているらしく、本当に詳しいことは国でも上層部に位置するごくわずかな者しか持っていないだろう。

 

「確かに、これだけじゃあほとんど詳しいことはわからんな。」

「そうですわね。何か活動をしながら情報を集めるにしても、現状では少し難しいかも知れません。」

 

 ヒカルとモモは集めた情報を整理して紙に書き出したメモを眺めながら、一つ一つ声に出して全員の共通理解を図っていく。そんなやりとりは数分で終わり、ミミが眠たそうにあくびをしたところで、今日はもう休もうかということになった。ヒカルは話し合いをしていた女性陣の部屋から出ると、向かいにある自分用の1人部屋に入り、ドサリとベッドに倒れ込んだ。

 ベッドに突っ伏しながら、ヒカルは町の様子を思い出していた。原作で、王に化けたバラモスの配下に支配されていたときのような、よどんだ嫌な雰囲気に包まれてしまった町並みは、行き交う人の心を陰鬱にさせる。バラモスが表立って大きな動きができない現状では、この事件に関わっているのは十中八九、もう一つの勢力の方だろう。マイラの町で暗躍していた彼らは周囲に悟られることなく見事に目的を達成している。今回もおそらく、公表されている事実とは別の何かが、城内で起こっていると考えて良さそうだ。それが何であるのかは、相変わらず全くと言っていいほどわからないわけであるが。

 今回も何らかの手段を用いて、この王都に住まう者たちの負の感情を集めているのだろう。確かなことはそれだけで、なぜ王負債を眠らせたか、今後どうしようとしているのかなど、わからないことのほうが圧倒的に多い。このまま情報不足の状態で動いても、あまり良い結果にはならないだろうと思われた。

 

「入ってもいいか、ヒカル。」

「ん? アンか? 空いてるからどうぞ。」

 

 どれくらい考えことをしていたのか、部屋の扉がノックされる音で、ヒカルはふと我に返った。ほどなくして扉が開き、部屋着に着替えたアンと、スライムのアーサーが入室してきた。ヒカルはベッドの上に起き上がり、傍らにある椅子を彼女に進めた。

 

「その……どう思う? 今回の事件、また魔王なり何なりが関わっていると思うか?」

「ん? ああ、たぶん、そういう輩が裏で糸引いてるだろうな。でも、たぶんバラモスじゃあないと思うぜ。」

「?! ちょっと待ってくれ、今の言い方だと、バラモス以外にも、魔王がいる、そういうことになるのか?!」

「ええと、ああそうか、アンには話してなかったよな。」

 

 ヒカルは少し間を置いて、それからゆっくりと、マイラでの出来事を語りはじめた。スライム島がゾイック大陸からほど近いこともあって、そこに住まう者たちは魔王バラモスの存在に気がついていた。バラモスの部下を名乗る魔物の軍勢に故郷を追われた者たちも、少なからず住み着いていたからだ。しかしそれ以外の脅威が別にあると聞いて、アンは驚愕を隠せない。彼女を落ち着かせながら、ヒカルは自分が体験してきたことを順を追って話して聞かせた。アーサーは時々身体をぷるぷると動かしながら驚いているようだったが、口を挟むことなく黙って話を聞いていた。ひとしきり話し終えたヒカルは、1つ長い息を吐くと、窓の外へ視線を向けた。もはや外は夜の闇が支配し、昼間から曇天だったせいか月も星も見えない。その光景は今のこの国の置かれている状況そのものを示しているようでもあった。

 

「……なるほどな。少し驚いたが、そういうことであればこの事態はますます怪しいな。王夫妻に眠りの呪いとやらをかけた奴は、十中八九マイラの革命とやらを裏で操っていた黒幕に間違いないだろう。そもそも、ザメハで解けない眠りをもたらす呪法など、おそらくこの世界では知っている者の方が少ないであろうからな。」

「ああ、この世界の呪いはたいした種類がない。俺が師匠んとこで読んだ本にも載ってなかったから、マイナーなことだけは確かだろうな。」

 

 今まで黙っていたアーサーが述べた見解に、ヒカルは肯定を返す。少なくとも呪法や幻術という、高度化すればどこまでも複雑な力を軽々と行使する存在に、今のまま突撃するのは間違いなく愚策だろう。

 

「しかし、表向きに集めた情報だけでも、あまり時間に余裕があるとは思えないぞ。このまま大臣がほかの国に戦争を仕掛けたりすれば、魔物と戦う前に人間同士でつぶしあうことになりかねないからな。そうなったら、真っ先に苦しむのは奴らではなく、何の力も持たない普通の人たちだ。」

 

 アンはもどかしそうに、手を膝の上でもぞもぞと動かしている。口調は冷静であろうと努力しているのがうかがえるが、その心中が穏やかでないことは一目瞭然である。元の性格からそうなのかはわからないが、高潔な騎士である彼女にとって、王がいないことを良いことに好き放題にふるまう大臣一派は許されざる存在であるのだろう。

 

「ふむ、そこで私から提案なのだがな。」

「ん? なんだ? アーサー?」

「うむ、実はアンと南側の地区、王城にほど近い区画を見て回っていた時、一か所だけ気になるところがあったのだ。」

 

 ヒカルは驚いてアーサーを凝視する。その視線を受けたアーサーはやや間をおいて、続きの言葉を口にした。

 

「気になるといっても、ほんのわずかに違和感を感じた程度だ。完全に私の直観だからな。何か具体的な変化を皆に分かるように示すことはできない。故に先ほどは話すことができなかったのだ。しかし、これ以上猶予がないのであれば、とりあえず調査してみるのも悪くはないだろう。」

「そうだな。わずかでも可能性があるなら、やってみるしかないな。うん、明日みんなに話してみるわ」

「うむ、それが良いだろう。……では、アンよ、私は先に休んでいるぞ、ではな。」

「え? あ、ちょ……。」

 

 話が終わったとみるや、何か言おうとするアンの言葉を待たず、アーサーはそそくさとその場を離れ、信じられないようなスピードで入り口のドアから出て行った。……スライムがである。当然、彼には手も足もない。そんな彼がどうやって扉を開いたのか、また、どうやって閉じたのか、ヒカルもアンもいっさい目視することができなかった。

 

「あ、え~と、何だったんだ今のは。」

「やれやれ、いったい何を考えているんだあいつは。私がその気でも、相手にも都合というものがあるだろう。」

「な~んか、とっても不穏なパターンなんですけどこれ? アンさん、あなたはいったいどういう気なんですか?」

 

 またかよ、という表情をするヒカルに、アンは不思議そうな顔を向け、穏やかに笑いながら言った。

 

「とりあえず、眠くなるまで傍にいてもかまわないか?」

「あ、ああ、別にいい、けど……?」

「心配するな、君が先に寝てしまっても、どこぞのエルフのように襲ったりはしないさ。……そうだな、寝顔を少し、拝ませて貰うかもしれないが、それくらいは許してくれ。」

 

 何だろうか、このなんともいえないもどかしいような、ほっとしたような複雑な気持ちは。彼女、アンはいったいどういうつもりでこういった微妙な言い回しをするのだろうか。ヒカルは考えるが、答えなど分かるはずがない。実のところ、アンがエルフ姉妹のように彼に対する好意を明確に自覚しているかといえば、それはおそらくノーだろう。彼女はただ、どこかで漠然と抱えている不安を、彼以外の前では出さないだけである。それは通常は「特別な感情」に類されるものだが、アンはそれを明確に理解し、正しく言葉で表現することができていなかった。

 それから、2人はしばしの間、他愛のない話で時間を潰すこととなる。そして、このようなことが、これから毎夜のように繰り返されることになる。異世界からきた男と、記憶をなくした女、奇妙な縁で巡り逢った2人のたどる運命は、本人たちが思うよりは遙かに長く、そして険しい。

 

***

 

 ドラン王城の南にある一角は、城に勤務する衛兵などの宿舎を中心に校正されている。彼らの住居はもちろん、生活や娯楽に必要な施設が一通りそろっており、この区画だけである程度日常生活が完結するように作られている。その中には、学校や図書館などの施設も有り、王城に勤務する者やその家族だけでなく、王都に住まう者に対する教育が行われていた。これはこの世界の水準から考えると、かなり進んだ政策と言える。識字率1つをとっても、文字が読めない者の方が多いこの世界において、ドランの国民は大半が文字の読み書きを子供の頃に修得できていたのである。

 それは余談として、ドラン王立学校初等部の構内では、現在ちょっとした問題が起こっていた。子供たちの遊び場として設けていた空き地で、その目的の通り遊んでいた子供が急に倒れるという事件が多発していたのだ。学校側はすぐに空き地を出入り禁止にして、原因を調査したが、その結果は芳しくなかった。子供たちは皆、眠ったように動かなくなり、わずかずつではあるが衰弱していった。それは飲まず食わずで眠り続けていることを考えれば異常に遅いものであったが、それでも放っておけば死んでしまうだろう。しかし、王夫妻の件で大騒ぎとなっている王宮では有効な手が打てず、またどう考えても行き着きそうな答え、子供たちと王夫妻の置かれている状況が似通ったものだということにすら気づかなかった。それは子供の親たちも学校の関係者も同じで有り、平時であれば見逃すことのないようなことに気がつかないということが、この王都が現在置かれている状況を雄弁に物語っていた。

 

「この井戸だな。」

「ああ、何かおかしい感覚がする。」

「え~、ミミよくわかんない、のぞいてみようか?」

「こらミミ、危ないからやめなさい。」

「大丈夫だよお姉ちゃん、よっこいしょっ……きゃああっ!!」

 

 件の空き地こそ、アーサーが違和感を感じた場所であり、そこには水の枯れた古井戸がひとつ、ぽっかりと口を開けていた。中を確かめようとミミが井戸をのぞき込んだ瞬間、彼女の小さな体は吸い込まれるように井戸の中へと落ちていった。慌てて手を伸ばしたほかの者たちも、後に連なるように1人ずつ順番に後を追ってゆく。そして、次に気がついたとき、彼らの目の前には驚くべき光景が広がっていた。

 

to be continued




※解説
ジュリエッタ王妃:原作では登場しないドランの王妃。もちろんオリキャラです。彼女が一体どういう人物で、これからお話にどうか欄で行くのかは、数話先で明かされることになるでしょう。
サーラ姫:ドランの王女。原作で年齢が明らかでないため、本作では原作開始時点で14歳としました。ちなみに現在は原作開始9年と少し前です。
眠りの呪い:ザメハで解除できない特殊な呪いで有り、かけられた者は目覚めない永遠の眠りに落ちるといわれている。解除法は現時点で不明であるが、決して解けないというわけではないのでご安心を。

あら~、思ったより進みませんでしたね。
初の、呪文やアイテムの解説なしですよ、どうすんのこれ。
さて、井戸に吸い込まれてしまった主人公たち、そこに広がっていた光景はいったい……?

次回もドラクエするぜ!

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