【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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大晦日に更新しようと思ったら、年が明けてしまったでござる。
みなさま、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
ということで、新年一発目、行きます!
急いで書いたので、今後修正するかも知れません。


第17話 悪魔VS勇者! 夢の世界の戦い!!

 それは一瞬のことだった。交錯する2つの影が重なったと同時に、肉を切り裂いたのだろう嫌な音が耳に入ってくる。次の瞬間には、片腕を失い地に伏すピエロと、剣を振り抜いた姿勢で片膝をつくアンの姿が現れた。

 

「お、おのれよくもオレの腕を!! だ、だが貴様もその流血だ、かなりのダメージを受けているに違いない!!」

 

 魔物、きりさきピエロの左腕は床に転がっており、武器であろう巨大なフォークのような物体はその手に握られている。武器の無い残った腕では、全身鎧(フルプレート)の騎士にダメージを与えるのはおそらく、かなり難しいだろう。しかし、アンの方も右膝のあたりから結構な領の血が滴っている。彼女が回避に失敗するほど、この魔物、きりさきピエロのスピードはすさまじいものであった、ということなのだろう。もっとも、周囲で状況を見守っている仲間たちは誰も、その動きは見えていなかったのだが。。

 

「ふう、まあ確かに、この傷を放っておけば、出血多量で少々まずいことにはなるだろうな。」

 

 アンは余裕の態度を崩さず、それでも傷が痛むのか、未だに立ち上がることができずに右膝を押さえている。モモやミミは心配そうに様子を見守っており、サーラに至ってはヒカルにしがみついたまま震えている。それでも泣き出すどころか、目をそらさずにじっと両者の戦いを見守っているあたりは、王族としての教育のたまものなのか、あるいは彼女の生来の気質によるものか、凡人であるヒカルには分かるはずがなかった。

 

「けっ! 余裕ぶっこいてんじゃねえっ! 武器なんざなくてもこの爪で引き裂いてやるわぁっ!」

 

 いうが早いが、きりさきピエロは残った右腕のするどい爪を光らせ、アンに向かってすさまじい速さで突っ込んで行った。アンの脚力はかなりのものだが、膝を負傷していては本来のスピードは出せず、必然的に回避も遅れることになるだろう。対して、敵の方も、片腕を失いバランス感覚が狂っているのか、直進する以外の動きを見せない。しかし、残忍な魔物の目は確実にフルプレートの弱点、鎧のパーツのつなぎ目を狙っていた。この部分から刺突武器などをねじ込めば、生身の肉体にダメージを与えることができるのだ。

 

「ベホイミ。」

「な、しまっ……!」

 

 膝を覆うようにあてがわれていたアンの両手から淡く緑色に輝く魔法の力が発動し、それが消えた瞬間、彼女自身もきりさきピエロの視界から消え去った。1点への攻撃に前集中力を注ぎ込んでいたかの魔物には、アンの動きに即応することはできず、それが命取りとなった。

 

「もらった!」

「ぐはあっ! ぐ、ちく、しょうめ……!」

 

 横凪に払われた剣の太刀筋は正確にきりさきピエロを上下に分断し、魔物は最後の言葉と共に宝石へと姿を変えた。アンはひとつ軽く息を吐き、剣を鞘に収めると、ゆっくりとヒカルたちの方へ歩み寄ってくる。その表情はすでにいつもの無愛想ながらも穏やかなものに戻っていた。

 

「急ごうか、少し時間を取られてしまったからな。」

 

***

 

 サーラに案内され、無事城の2階へ到着したヒカルたちは、所々にある抜け道などを駆使し、王夫妻の魂がとらわれている場所へと進んでいた。幸い、彼女の案内が正確であったため、敵に見つかることなく短い時間で城の南側まで到達することができた。そこにはひときわ高い塔がそびえ立っており、昼間だというのにそこだけが暗いような、なんとも言えない嫌な雰囲気を醸し出していた。

 

「さて、この大きさを考えると、隠し通路はここまで、か。」

「はい、ここからは入り口を開けて普通に入らなければいけません。でも、扉にはカギがかかってるんです。」

 

 塔の内部はさほど広くなく、おそらく隠し通路などは設置できないだろうと思われたため、ヒカルはサーラに確認を取ると、案の定工程の返事が返ってきた。カギを開けないと中には入れないと不安がる彼女の頭をなでて、安心させるように優しい声色で、ヒカルは攻略方法を示す。

 

「まあ、俺は魔法使いだから、魔法でなんとかするさ、さて、俺の抱っこはここまでな。手が塞がってると魔法が使えないからね。」

「はい。」

 

 ヒカルはサーラを静かに床に下ろし、彼女がしっかりと両足で立ったのを確認すると、ドアに手をかざして呪文を唱える。

 

「いたずらな風の聖霊よ、強固に閉ざされし扉の鍵を開け放ち、未知なる世界を我の前に示せ、アバカム。」

 

 ガチャリという金属音がして、カギの外れた扉はひとりでに開いた。中は明かりがなく、足を踏み入れれば吸い込まれてしまいそうな漆黒の闇が広がっていた。ヒカルは一足先に中に入り、内部を照らすために別の呪文を行使する。

 

「光の精霊よ、闇を照らす道しるべを我に与えよ、レミーラ。」

 

 一気に内部が明るくなり、周囲に問題がないことを確認したヒカルは仲間たちを招き入れ、扉を元通りに閉じた。ちょうどそのとき、誰かが走ってくるような足音が遠くから聞こえはじめていた。それは常人の聴力では捉えきれないほど遠い場所から発せられていたが、この場の約1名だけは、種族特性ともいうべき鋭い聴覚で、その音を捉えていた。

 

「ご主人様、大勢の、多分兵士さんがこっちに来るよ!」

「大丈夫、まだ見つかっていないはずだ、でも、そんなにのんびりしていられないみたいだな。サーラ、急ごうか。」

「はい。」

 

***

 

 夜が明け、ドラン王城のサーラ姫の部屋で、大臣であるサリエルは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。姫の勉強机には小さな木箱が置かれており、その蓋は開いていた。そしてその傍らには、この箱に入っていたある道具(アイテム)に関する説明が、子供にわかりやすいように丁寧に書き記されていた。

 

「おのれ、あの女、どこまでも私とマムオード様の邪魔をしおって……!」

「ふむ、なるほど消え去り草か、これでは兵士たちには見つけられないな。目的を達するまで面倒ごとを避けるため、我が部下のモンスターたちをこちらにはほとんど配置しなかったのだが、どうやら裏目に出たようだ。」

 

 木箱と手紙をにらみつけてものすごい形相で王妃への呪詛を吐くサリエルとは対照的に、マムオード、魔王ムドーは落ち着き払った声で、一切の動揺を見せることなく事態を分析していた。

 

「むっ、何者かが夢の世界の方へ侵入したか。……! 何と、もう塔の1階にたどり着いてイルだと?! 何故今まで感知できなかった?!」

「い、いかがなされましたマムオード様。」

 

 突如として、声を荒げて驚きと怒りを見せるムドーに、彼が魔王などとは知るよしもないサリエルはうろたえた。不気味で底知れない雰囲気を持つ男ではあったが、その態度は常に冷静で有り、うろたえたり怒りをあらわにするなどということはこれまでになかった。それほど、ムドーが気づかぬ間に侵入者が夢の世界の城内で、王都王妃の魂を換金した部屋のすぐ近くまで迫っているというのは緊急事態であったのだ。

 

「ベレスよ、聞こえるか! 今、そちらへ侵入者が向かっている。何故か儂の探知に今までかからなかった。お前の力で速やかに奴らを排除せよ。」

 

 何もないところへ話しかけているような様は一種異様ではあったが、おそらく何らかの魔法的な力なのだろうと、サリエルは納得することにした。そして、ベレスと呼ばれた者への指示を負え、いくぶん落ち着いたのか、口調をやや穏やかなものに戻し、ムドーはサリエルに告げた。

 

「少し早いが、暗黒の宝珠の力を使用する。誰もこの部屋に入らぬように手を回せ。」

「かしこまりました。」

 

 サリエルはうやうやしく礼をすると、足早に部屋を退室していった。後には魔術師マムオードという人間の姿を借りた魔王、眠り続ける王夫妻、それに黒くよどんだ力を放つ暗黒の宝珠(オーブ)が残された。

 

***

 

 魔物、ベレスは多少なりとも焦っていた。塔の最上階で王夫妻の魂を見張るという重大な役目を命ぜられていながら、侵入者たちの接近に気がつかず侵入を許してしまった。本来、モンスターの感覚は人間種よりはるかに鋭敏である。それは魔王に使役される魔物であっても同じで有り、城内に配置された魔物たちのネットワークを使えば、侵入者たちがこの塔に接近してきた時点で排除することはたやすいはずだった。しかし、現実に今、侵入者たちはすでに塔を登りはじめており、最上階であるこの部屋にたどり着くのは時間の問題であった。ムドー以下魔物たちはおろか、ヒカルたちすら知らないことだったが、彼らには探知能力を阻害する述が施されており、それゆえにここまで感知されることがなかったのである。何故そのような事態になったのかといえば、先にちょうろうじゅが皆に食べさせたリンゴの果実に、彼の能力(スキル)によって探知阻害の効果が付加されており、それを食べた一行はここまで魔物の索敵にかからなかった、というわけである。また、ちょうろうじゅの展開していた空間は魔物たちから認識されて折らず、ヒカルたちがサーラと出会ったことも、彼女の願いを聞き届けてこの塔にやってきたことも、魔物たちは知るよしもなかった。ベレスはただ、たまたま侵入してきた、おそらく多少は腕の立つ人間を軽く始末し、それで失態は帳消しだと考えていた。

 

「むっ、来たか、弱く愚かな人間どもめ。

「ふむ、当たりみたいだな。しかし、こいつ何だっけ、ええと、じごくの……なんとかだっけ、色が違う気もするんだが。」

 

 魔法でカギのかかった扉を難なく開けて入ってきたのは旅の者たちと思われる一行だった。そして、それに混じってこの国の姫の姿を認めたベレスは、悪魔の頭脳をフル回転させて状況を考える。判断するには情報が不足しているが、おそらく幼い姫が何らかの手段で、城外から協力者を雇ったというところなのだろうと推察する。姫が年齢からは考えられないほど賢いということは主より聞かされているが、それでも子供1人でここまで腕の立つ者を揃えられるはずがない。おそらくは外部に協力者がいるだろうと、そこまで考えを巡らせ、ベレスはそこでいったん考えるのを止めた。とにかく今は、ここにいる侵入者たちを排除しなければならない。

 

「ふむ、少しは我らについて知っているようだな。魔法のかかった扉をたやすく開けて侵入してくるとは、貴様は盗賊か魔法使いと行ったところか。横の者は……まさか魔物が人間に与するとはな。それにエルフの小娘が2匹か。姫よ、この世界の基準ではなかなかに強そうなものを連れてきたではないか。」

 

「ひっ。お、お父様とお母様を返しなさい! この悪魔!!!」

 

 にやりと不気味な笑いを浮かべる濃緑色の悪魔、大きな鎖鎌を構え、背中から巨大な翼をはやした異形の値踏みするような視線に、幼いサーラは震えながらも気丈に切り返す。そんな幼子をかばうように、スライムに乗った騎士は前に出る。

 

「訂正して貰おうか。」

「何?」

「私を魔物と行ったな。モンスターは本来、精霊と共に世界を見守る者だ。貴様らのような魔王の使い魔と一緒にされるなど虫唾が走る。」

「ほう、挑発して私の動揺を誘うつもりか? 無駄なことだ、貴様は強いだろう。後ろのもの立ち寄りも遙かにな。」

 

 ベレスの左手、鎌を持っていない方の手が光り輝き、眩い選考がアンと、彼女の後ろにいるすべての者を捉え、飲み込もうと放たれた。

 

「滅びよ、ベギラマ!」

「ヒャダルコ!!」

「ぬっ?!」

 

 しかし、甲高い少女のものと思われる発動句と同時に、冷気の壁が一行の前に現れる。氷結呪文(ヒャダルコ)で作られた防壁と、ベレスの閃熱呪文(ベギラマ)とがぶつかり合う。白い水蒸気を大量に発しながら、2つの力は霧散した。

 

「炎の精霊よ、我の元へ集え! かの者を眩き閃熱のもとに蹂躙せよ!」

「ほう……、詠唱か。」

「ベギラマ!」

 

 間髪入れずに完璧に詠唱されたヒカルのベギラマは、ベレスを飲み込み焼き払ったかに思われた。水蒸気で視界が隠されている中で、息のぴったり合った主従の魔法連携は完璧なタイミングであった。しかし、視界が徐々に晴れて行く中で、ヒカルたちはあまり受け入れたくはない光景を目にすることになる。

 

「な、んだと?」

「フフフフ、少し驚いたぞ。前言は失礼な発言だったな。撤回しよう。氷の精霊に祝福されたエルフと、詠唱まで完璧に使いこなす人間の魔法使いか……。私はお前たちを侮っていたようだな。素直に認めよう。お前たちは強い。少なくとも今、この世界においてほかに並ぶもののない呪文の使い手だ。」

 

 そこには、多少皮膚がすすけているが、何らの痛痒も感じていないという落ち着いた口調で語るベレスの姿があった。

 

「くっ、ギラに対する耐性か……! ちくしょう、攻略本でも持ってくるんだった。」

「そんな、ご主人様の魔法が通じないなんて。」

 

 ミミは少なからず動揺する。今までヒカルの行使する強大な呪文が数多の敵を葬り去ってきた事実が、それが効かないことによって逆に彼女の不安をあおる結果となっていた。しかし、冷静に考えれば、モンスターというものは様々な耐性を有しているものが、上衣腫になればなるほど数多くいる。このベレスはゲームでは確実に中盤以降に出現する敵だったはずだ。それを考えれば、耐性のひとつやふたつ持っていても何ら不思議ではないのだ。

 

「ミミ、落ち着け、モンスターってのは強くなればなるほど、特別な能力を持っているもんさ。呪文の効かない相手なんていくらでもいる。」

「ふむ、なかなかに冷静だな。人間にしては肝が据わっている。」

 

 ヒカルは努めて冷静に見えるように振る舞いながら、実は内心かなり焦っていた。もちろん、彼の言葉は本音で、呪文が1つ2つ効かないからと行って、さほど問題にはならない。それよりも、彼はこの魔物、ベレスについての知識をかなりの部分忘れていた。何かもうひとつくらい、注意しておかなければならないことがあったはずなのだが、それがどうしても思い出せない。

 

「ならば今度は私からいかせてもらおうか。」

 

 ベレスは鎖鎌を構え、最初の標的を定めると、常人の目には止まらないような速さで行動を開始する。ヒカルがはっとしたときには、大鎌の先端はミミに向かって振り下ろされていた。

 

「きゃあつ!!」

「させるかっ!」

「むうっ、やはり、貴様がこの中では最も強い、か。」

 

 ミミの悲鳴と同時に金属の衝突する音がして、いつの間にか間に割り込んだアンがベレスの大鎌を剣で受け止めていた。獲物にかなりの大きさの差があるが、どちらかというとベレスの方が押し負けているように見受けられる。緑色の悪魔は背中の翼を羽ばたかせ、いったん離れて距離を取り、ヒカルたちのいる入口側とは反対にある扉の前に着地する。しかしそのとき、またも甲高い声がベレスの耳に届く。

 

「氷の精霊よ、我の行く手を阻む者に、極寒の嵐となり吹き荒れよ!」

「何?! この呪文は!?」

「ヒャダイン!!」

 

 精神を極限まで集中させて詠唱されたヒャダインの嵐がベレスに向かって吹きすさぶ。先ほどのベギラマがほぼ無効であったことを考えると、この呪文も効かない可能性があるが、逆に弱点である可能性もまたある。どちらにしても現状で攻撃の手を休めるのはあまり良い作戦ではないだろう。しかし、ヒカルはこのとき、心の中に生じたわずかな引っかかりのようなものが、言い知れない不安に変わってゆくのを感じた。根拠など何もない、いわば直感であったのだが、残念なことにその不安は的中してしまうことになる。

 

「しまった、あれは……!」

「マホカンタ。」

 

 ベレスの取った行動は耐性をもって無効にするわけでも、よけるわけでも、また呪文で迎撃するわけでもなく……その行動は魔法使いにとってはもっとも取られたくない対処法の1つであった。ベレスの前に魔力で形成された光の壁のようなものが出現し、それはヒャダインの冷気をまるごと、術者とその周囲へと跳ね返したのだ。

 

「ベギラマ!」

 

 ヒカルはとっさに閃熱で炎の壁を作りだし冷気を受け止めるが、正確に詠唱されたヒャダインと、即席のベギラマでは結果は見えている。吹きすさぶ冷気の嵐はベギラマの閃熱に威力を削られながらもそれを飲み込み、ヒカルたちパーティ全員を包み込んだ。

 

「ぐわあぁあっ!」

「くっ、減衰されてこの威力……!」

「きゃあっ!」

「おねえちゃ……うわあぁっ!!」

 

 ヒカルたちは全身鎧(フルプレート)で武装しているアンを除き、冷気の嵐にあおられ、後ろへ軽く吹き飛ばされた。たたきつけられるような衝撃がなかったのは、ベギラマにより威力が落ちていたからだが、それでも軽く身体を打ち付け、苦痛にうめき声をあげる。さらに正面から冷気をくらったため、動きが鈍り思うように体勢を立て直せない。しかし、そのような中にあっても、約1名だけは次の行動を起こしていた。

 

「ゆ、勇者……様?」

「ケガはないか、サーラ。」

「はい、でも、勇者様は……。」

「ヒカル、モモ! 姫を頼む、それと自分たちの回復を、なるべく早くだ!!」

 

 跳ね返された冷気のダメージを最も前で受けたはずの騎士は、仲間たちの答えを聞かずに飛び出した。フルプレートは霜が付着し真っ白になっており、その下の身体にもかなりのダメージを食らっていることが予想できる。しかし、駆ける速度は通常と変わらず、ベレスへ向けて俊足の一閃が振り下ろされる。

 

「ぐっ、バカな、確かに冷気を直撃で食らったはず、何故こんな動きを、それにこの力は……!」

 

「我が血肉よ、その傷を癒せ、ホイミ。」

「ミミ、大丈夫? ほらこれを飲んで。」

 

 アンがベレスと剣を交えている間、ヒカルたちは傷を回復すべく、薬草や回復呪文(ホイミ)を行使しながら、戦線の立て直しを図っていた。

 

「なんとか動けるようになったな。サーラ、お前は大丈夫か?」

「はい、勇者様が守ってくださいました。でも……。」

「あいつのことなら心配すんな。」

 

 不安そうに下を向くサーラの頭に、ヒカルはやさしく手を置き、美しく整えられた髪を優しく撫でてやる。上に立つものとして育てられたが故、両親以外の大人にそんなことをされたことのないサーラだったが、伝わってくるその手のぬくもりに身を委ね、目を閉じた。彼女が落ち着いたのを確認して、ヒカルはできる限り優しい口調で話を続ける。

 

「あいつは強い、戦闘能力、戦う力だけで行ったら、今のこの世界に、1対1でアンに勝てる奴はまずいないだろうな。」

「ふふ、そうですね、それに、どうやら間合いを詰めている間に、傷も自分で回復してしまったようですし、本当に、出る幕がありませんわね、私たち。」

 

 サーラに話を聞かせながら、薬草やホイミといった低級の回復手段を数回行使し、ヒカルとミミの傷はほぼ問題ないくらいに回復した。最後にモモが自分の傷を薬草から抽出したエキスで治療しようとしたとき、その手に小さな手が重ねられる。

 

「ええと、これで良いのでしょうか……モモの血肉よ、その傷を癒せ、ホイミ。」

 

 声の主を確認して、モモは少なからず驚愕した。幼いサーラの手が薬瓶を持つ自分の手に添えられ、彼女の口から回復呪文の詠唱が紡がれた。淡く緑色の魔法の光は、モモの身体を優しく包み込み、冷気による凍傷をみるみるうちに回復していく。

 

「……こりゃあ驚いたな。お前呪文が使えたのか?」

「は、はい。簡単なものばかりですけど……。ええと、えいしょう? は、ヒカルのやっていたのを真似しただけです。上手にできたか、わかりませんけど……。」

 

 上手にできたか、と言われれば、ほぼ満点を付けられるくらいのできである。モモはヒカルとミミを優先して治療していたために、自分は動ける程度の回復しかしていなかった。しかしサーラのホイミはその状況をたった一回の行使で、ほぼ傷跡が残らないくらいに回復している。数回行使してようやく全回復に持ち込んだヒカルの呪文と比べたら、その差は明らかであった。

 

「いやぁ、たいしたもん……っと、話はあとだ、アンに加勢するぞ!」

「でもご主人様、攻撃呪文はあいつに跳ね返されちゃうよ?」

 

 ミミのいうとおり、反射呪文(マホカンタ)は例外なくすべての呪文を跳ね返す。たとえ最上級呪文であろうともだ。また、守備力低下呪文(ルカニ)などのいわゆるデバフ系の呪文や、睡眠呪文(ラリホー)などの状態異常を引き起こすような呪文も同様である。しかし、だからといって魔法使いに全く打つ手がなくなるかといえば、そういうわけでもない。

 

「大丈夫、要するに奴に直接当てなけりゃいいのさ。アン! こっちから援護するぞ、うまくよけろよ! 闇の(いかずち)よ、貫け! ドルマ!」

「バカめ、いかなる呪文を唱えようとも、このマホカンタの光の前では……なっ! うごあぁっ!!」

 

 ヒカルの手から放たれた黒い雷は、ベレスではなく、その真上の天井を打ち抜き、悪魔は衝撃によって落下してきた岩盤の下敷きになったのだ。ゲームでは起こらないことだが、現実であるこの世界では、呪文そのものを跳ね返すことはできても、二次的に起こった物理的接触までは防ぐことができないのだ。

 

「ぐうぅっ、舐めた真似をしてくれるな……! この程度で私がやられるとでも思ったか!! 愚か者め!!」

 

 さすがというべきか、ベレスはがれきの下から難なく起き上がり、憤怒の表情でヒカルたちをにらみつける。こざかしい人間たちをどのように始末しようか算段を付けはじめた彼の頭の中は、怒りで半分我を忘れていたために、大切なことが抜け落ちてしまっていた。

 

「愚かなのはお前だ。」

「な、にっ……。がふっ!」

 

 悪魔が驚きに目を見開いたときにはすでに遅く、その旨には一本の剣が深々と突き刺さっていた。眼前にはフルプレートの騎士がそれを突き出した姿で静止している。口から血液かどうかもよく分からないどす黒い液体を吐き出しながら、ベレスの全身はだらりと力なく垂れ下がる。悪魔が獲物である鎖鎌をけたたましい金属音を立てて床に落とした瞬間、その体は光と共に消え失せ、吐き出した体液がたまっていたはずの場所には、不気味な紫色に輝く大きな宝石が転がっているのみだった。

 

「終わったか。いやあ悪かった。こいつのことすっかり頭から抜け落ちてたわ。マホカンタなんて魔法使うなら最も注意しなきゃならないことなのにな。」

「ふっ、まあそう気にするな。結果的に皆無事だったのだからな。しかし、これだけ強い魔物が守護しているということは、君のいうとおり当たりなのだろうな。」

 

 ヒカルの軽い謝罪に対して、アンは気にするなと手を振り、外した兜を小脇に抱え、ベレスの背後にあった扉に目をやる。おそらくあの先に、王夫妻の魂がとらわれているのだろう。

 

「よし、この先には宝石モンスターの気配がしない。扉を開けて先へ進もう。」

「そうですわね。さあ、サーラ姫、行きましょうか。」

 

 モモはサーラを自分の胸に抱くと、先を進むアンとヒカルの後をゆっくりと歩き出した。最後尾をミミが周囲の音に気を配りながら進んでいく。ほどなくして扉は、何の抵抗もなくあっさりと開かれた。

 

***

 

 現実のドラン城、王夫妻の寝室では、まがまがしく邪悪な力をまとった小さなオーブが、その力を解放しようとしていた。しかし、それはこの国をどうこうしようというのではなく、部屋の天井にできた黒い穴のようなものに吸い込まれていく。宝珠を手に持つ黒いローブの男は、何かブツブツと怪しげな呪文を唱えていたが、突如、驚きに目を見開き、危うく左手に持ったオーブを落としそうになってしまう。

 

「ば、バカな、ベレスがやられただと?!」

 

 男、魔王ムドーが変化した魔術師マムオードは、夢の世界で王夫妻の魂を見張っていた部下の反応が消失したことに、大いに動揺していた。それは、主の命令を淡々とこなし、数々の功績を挙げてきた忠臣として、許されざる失態である。しかし、夢の世界を完全に掌握できているわけではないため、ベレスがどのような相手に倒されたのかまでは、こちら側からはうかがい知ることはできない。かといって、暗黒の宝珠に蓄えられた負の力は、一度転送をはじめてしまうと中断することができず、ムドーはこの場を動くことができない。魔王はすぐにサリエルを呼び出し、侵入者に備えて城の守りを固めさせるように指示を飛ばすと、苦々しい思いで儀式を続けるのだった。

 

***

 

 開けた扉の先には大きなベッドが有り、一組の男女が身を寄せ合って眠りについていた。よく見れば半透明に透けているように見える。また、ところどころ光を放つ意図のようなものが絡みついており、これにより詳細は不明だが、何か魔法的手段を用いてここに縛られているだろう事がうかがえる。この状態であったため、現実世界からいかなる手段を用いても、彼らは目覚めることがなかったのである。

 

「ふ~む、さてどうしたものか。眠っているように見えるんだが、何この糸みたいなの?」

「状態を診察してみましょうか? ちょっと失礼しますね。」

 

 モモはサーラを床に下ろすと、ベッドの傍らまで来て2人の身体に触れ、何かを探っているようだ。薬師である彼女は特殊技能により、触れた相手の健康状態を知ることができるらしい。しかもその内容はゲームでいうところのいわゆる「ステータス」に比べてかなり細かいものであった。

 

「……わかりました。明確に断言はできないのですが、ここにあるのは王様とお妃様の「魂」だと思います。お二人は「眠り」の状態異常にかかっていますね。何か、ラリホーを非常に強力にしたような魔法の力で強制的に眠らされています。そのせいで魂が少し弱ってきているように感じられます。半透明に見えるのはそのためだと思います。」

 

 便利な能力だよなあ、と、のんきなことを考えながら、ヒカルはこの状況をどうすれば打破できるのか、今まで得た知識から答えを探る。この世界の人々は現実の人々の夢が作りだしたもう一人の自分で有り、お互いに影響を与え合って存在している。通常ならば現実と夢の自分は明確には認識されず、どの程度影響を与え合っているかも知ることはできない。しかし、何らかの方法で夢の世界と現実が繋がってしまった場合、本来2つでひとつのはずの存在が分かたれたり、片方が行動不能になってしまうことはあり得る。今回は作為的に、王夫妻の魂が夢の世界に持ち込まれ、こうしていわば幽閉されている状況であったため、現実世界からは影響を及ぼすことができなかったのである。

 

「ご主人様?」

「っと、悪い、ちょっと考え込みすぎたか。とりあえず、このままにしておいて魂がこれ以上弱ると厄介だな。できるかはわからないが、起こしてみるか。」

「できるのですか?」

 

 期待と不安が半々という表情をしているサーラの頭にぽんと手を置いて、ヒカルはその不安をなるべく取り除くように、はっきりとした口調で応えてやる。

 

「わからん。しかし、魔法で眠ってるなら魔法で起こすことが、できるかもしれない。」

「そうだな。試してみる価値はあるだろう。ここでザメハを唱えられるのは君だけだからな。任せたぞヒカル。さて、サーラ、父上や母上の傍にいたいだろうが、魔法で悪い影響があるといけない。ここから私とみていよう。」

「はい、勇者様。」」

 

 アンはサーラを抱き上げ、両親の状況がよく見えるところまで移動し、ミミにも近くに来るように促す。モモはベッド脇に立ったまま、王夫妻の状況を観察することにする。

 ヒカルは、モモの傍らに立ち、2人の男女に両手をかざし呪文を詠唱する。言霊が紡がれるたび、ヒカルの手から放たれる魔法の光が、王夫妻を包んでゆく。

 

「時の精霊よ、目覚めの時を告げよ。邪なる力による偽りの安らぎより、かの者たちを呼び覚まし、その目を開かせよ。絶対不変なる時の力をもって、諸悪の根源たる幻惑と堕落の底より、この者たちを招く忌まわしき手を退けよ。」

 

 時の精霊に呼びかけるその詠唱は通常より遙かに長く、ヒカル自身も慎重に言葉を選びながら進めてゆく。詠唱にあまり厳格な決まり事はないのだが、術者自身のイメージを明確にさせるため、強力な魔法を行使する際やかつて幼子を眠らせたときのような細かなコントロールが必要なときは、心を平静に保ち長い詠唱を行うことが多かったと、古文書には記されていた。

 

「ザメハ!」

 

 発動句が紡がれると同時に、王夫妻を包む魔法の光は一層強くなり、その場にいる者たちは一瞬目を閉じた。しかしその中にあって、幼いサーラだけは確かに、白い光の中から抜け出す黒いもやのようなものを、確かに目視していた。その黒いものが霧散すると同時に、光も収まり、王と妃を拘束していたらしい光の糸も消え失せていた。

 

「終わったぞ。たぶん、効果はあったと思う、王様とお妃様を縛っていた魔力は解かれているからな。」

「お父様、お母様!」

 

 たまらず、身を乗り出して両親に呼びかけるサーラを、アンは床に下ろしてやる。ベッドに駆け寄ったサーラは、そこで、父と母の目が少しずつ開かれていくのを、確かに見た。

 これが、幼い姫が目にした、1人の魔法使いの伝説の始まりだった。

 

to be continued




※解説
マホカンタ:おなじみ、呪文をそっくり術者に返す反射呪文。攻撃呪文どころか回復や補助も跳ね返すという困った仕様。よって使いどころは考えなければならない。敵に使われると、初期のシリーズでは解除手段がないので厄介。天空の剣が登場して以降は凍てつく波動が味方側でも打てるので、それで打ち消せる。モンスターズの特技に、打撃による物理ダメージを反射する「アタックカンタ」というものがある。

今回は2連戦でした。アンさんを強くしすぎた関もありますが、彼女にも弱点はあるので、今後はそれも描いていけたらと思います。ドランの都が今後どうなるか、今少しお付き合いくださいね。

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