【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説 作:しましま猫
今回はさらに、3話を同時執筆しているため、更新停止かと思われるような間が空いてしまいました。
それはさておき、さあ、いよいよ魔王戦に突入だ!!
目を開いたとき、男は現在の状況をうまく理解できず、次の行動を起こすことができなかった。ベッドに横たわる自分と妻、その傍らに立ち、今にも泣き出しそうな娘、その様子を優しげなまなざしで見つめる4人の大人たち。格好からして冒険者の一段のように見受けられるが、これはいったいどういう状況なのだろうか。
「お父様、おとうさまぁっ!!!」
男の傍らで、幾ばくか立ち尽くしていた少女は、今まで押さえ込んでいた者を解き放つかのように、未だ寝ぼけて意識のはっきりしない父、ピエールに抱きついた。その顔はもう、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、元々の整った顔立ちは見る影もない。そんな娘の背中をなでさすりながら、男、ピエール国王はベッド脇に立つ魔法使いらしき男に疑問を投げかける。
「……初対面で悪いとは思うのだが、私にはこれがいったいどのような状況かわからぬ、知っているなら教えてはくれまいか?」
「あ~、詳しく説明したいのはやまやまなんですけどね、そんな時間もないみたいでして。」
「……良くは分からぬが、急を要するのだな?」
男の口調はなんとも軽く、一国の王に対するようなものではない。しかし、表情には不真面目なところは全くなく、今がまさに緊急事態なのだということを察したピエール国王は、ひとまず最初に男に告げなければならないことがあることに気がついた。
「うむ、それはそれとして……姫、いや娘が世話になったようだな、礼を申すぞ。」
「いえいえ、たまたま偶然通りかかったようなもんですからお気になさらず。時間がないので要点だけサクッと説明しますが、現在、王様とお妃様はおそらく魂の状態で、この場所は現実の世界ではありません。」
「な、なんと……?!」
男から告げられた内容は、とても1度聞いてはいそうですかと納得できるような内容ではなかった。しかし、この場所は確かに城内ではあるが、本来の自分たちの寝室ではない。通常、王族の居住区はこのような見通しの良い、塔の上などにはまず作らないからだ。また、やけに体が重く、すぐには自由に動けそうもない。どうやら長く眠っていたようだが、その間に何か事件に巻き込まれたということなのだろうか。
「まあまあ、サーラ、そんなに顔を汚して、さあ、拭いてあげますからこちらへいらっしゃい。」
「お、おかあさま……!」
「……旅の方々、娘がお世話になりまして、お礼の言葉もありません。どうやら、眠っている間に、恐れていたことが起こってしまったようですね。」
「ジュリエッタ、何か心当たりがあるのか?」
いつの間にか目を覚ましていた王妃、ジュリエッタは慣れた手つきで、どこからか取り出したハンカチでサーラの顔を拭いてやりながら、夫と同様に旅の冒険者たちに礼を述べ、当たりを1度ぐるりと見渡し、納得したような表情で小さく頷いた。その様子から、少なくともピエール国王よりは事態を把握できているようだ。
「王妃様、貴女はこの状況をある程度把握なさっているようですね。なので、細かい説明は省きますが、あなた方は魔物によって魂のみを捉えられ、この夢の世界に幽閉されていたのです。」
「夢の世界……? とな?」
「はい、簡単に言うと、現世に生きる者たちの願望が形を成したもの……といったところですかね。通常はこの世界に立ち入ることはできないんですが、魔物たちは何らかの手段を使って道を作り、夢の世界と現実とをつないだようです。」
「そうですか。この世界で眠り続けていれば、現実の世界からいくら働きかけても、目を覚ますことはないというわけですね。」
王妃、ジュリエッタは納得したというように深く頷き、未だグズグズと膝の上で泣いている娘をあやしながら、夫の方へ顔を向けた。
「陛下、いえあなた。私は一般的な人間よりは魔法の知識を持っているつもりですが、今の状況がどのようなものであるのか、正確にはわかりません。これから話すことは、多分に私の私見が交じっておりますが、その前提で聞いて頂けますか?」
ピエールは改めて、妻の顔を見つめる。いかなる時でも微笑みをたやさなかったその口元は固く結ばれ、先の言葉をためらっているようにも見受けられる。妻がこのような表情をするところなど、夫婦になって以来見たことがない。先ほどの魔法使いの青年の言葉と併せて、今がまさに急を要する状況なのだと、ピエールは気を引き締め、ジュリエッタの次の言葉を促した。
「かまわぬ、言ってみなさい。正直私には、急を要する事態だという意外には何も分からぬ。ヒカルと申したか、そなたの話を聞いてもなお、正しく理解できてはいないだろう。だが、私よりも魔法に多少なりとも詳しい妃ならば、何か核心に触れる部分があるかもしれぬ。」
王妃は小さく頷くと、サーラを膝の上から降ろし、自分の傍らに座らせ、それから夫を含めた周囲の者を1度ぐるりと見渡し、そしておもむろに話し始めた。
「まず、おそらくこれは人の所業ではないでしょう。夢の世界に干渉するなど、それこそ魔王級の力でなければ不可能です。私たちが想像するより遙かに強大で邪悪な力が、ドランの国に迫ってきているようです。」
ピエールはごくりとつばを飲み込んだ。なんと恐ろしい話か。魔王や勇者のことは、伝説として世界各地に残っているし、王家に代々伝えられている予言の書にも書かれている。しかし、長い間平和の中に暮らしてきた者にとって、そのような伝説はもはや架空の物語に近く、現実感を持って受け入れるのは相当に難しいであろう。しかし、ピエールとジュリエッタに至っては、肉体と魂を分離されるという非常識が、実際に自身に降りかかっている。
「そしてもうひとつ、サーラがここにいるということは、おそらくあの道具箱の中にあった消え去り草を使用したのでしょう。あれは、城内で何か大変なことが起こって、誰の助けも借りられなくなったときに使いなさいと教えておきました。ですから、おそらくですが、邪悪な力をこの国に持ち込んだ者は、ほかならぬ我が国の者、それも城内を掌握できるほど力のある者、ということになります。誰かは特定できませんが、この時点で候補は数名に絞られてしまいます。おそらく大臣か、伯爵以上の爵位を持つ貴族が、この事件に加担していると思われますわ。」
「な、なんと、我が家臣たちの中にそのような……! いや、うろたえている場合ではない。この上は一刻も早く、現実の世界に戻って事を収めねばならぬ。」
「はい、あなた。……皆様方、巻き込んでしまう形になってしまい大変心苦しいのですが、どうか今しばらく、娘と私たちに力を貸してください。」
夫の決心が固まったことを確認し、王妃はヒカルたちの方へ向き直り、ベッドに腰掛けたままではあるが、深々とお辞儀をした。本来ならば王族が一般庶民にこのような態度を取ることはまずあり得ない。身分制度などよく分からないヒカルでも、そのくらいのことはなんとなく分かる。目の前の彼女、ジュリエッタが並々ならぬ覚悟をもって、魔王ムドーの絡むこの事件に当たろうとしている。それは王族として国や民のためか、あるいは母親として、愛する家族のためか。いずれにしても、自分以外の者のためにここまで真剣になれる者の頼みを断るなどという選択肢は、彼には選べるはずがなかった。そしてもう1人、弱き者を守るために剣を振るう騎士にも、そのような薄情な選択肢は選べない。
「顔を上げてください、お妃様。俺は上流社会とかには疎いんで、細かいところはよく分かりませんが、こんな下船の者に頭下げちゃまずいんじゃないですか? まあどっちにしても、力になるって娘さんに約束してしまったんで、のりかかった船ですから最後まで付き合いますよ。それに、あちらさんとは多少なりとも因縁があるみたいなんで、ね。」
「おいヒカル……まったく君は、相手が誰でもその調子か。謁見のまだったら首が飛んでいるぞ。……申し訳ございません、王妃殿下。なにぶん旅に生きる者ゆえ、ご無礼の段はご容赦を。しかしこの男の申す通り、我ら一同、姫様をお助けする約束をいたしました故、魔王ムドーを退けるそのときまで、お供させて頂きます。」
王族に対する礼儀など知らないヒカルとは対照的に、アンは王妃の前に跪き、すらすらと格式張った言葉を並べ立てる。彼女の種族「スライムナイト」が騎士であるためか、それとも彼女の生い立ちがそうさせるのか、それは誰にもわからなかったが、王都王妃はアンの言葉に満足したように深く頷いた。
「さて、とりあえずこの場を離れるとしますか、少し長居しすぎてしまっているみたいですしね。お二人とも、それでかまいませんか?」
「それは構わぬのだが……、どうも我らはここを動けぬようだ。先ほどから、入り口の方へ向かおうとしておるのだが、このベッドの周囲から離れることができぬのだ。」
「えっ、そりゃどうも、まいったな……。」
「……おそらくですが、私たちの魂が弱りすぎているため、この場を離れられないか、現実世界で身体の方に何か問題があったか、そんなところだと思います。……何か、魂を受け入れる器のような者があれば、良いのですが……。そうだわ、そちらの小さなエルフさんの首かざりと、ヒカル、あなたの後ろに立てかけてあるその杖の魔石に、私たちの魂を入れて、現実世界まで持って行って頂けないかしら。」
「いや、かまわないですけど、そんなことできるんですか?」
頭の上に疑問符を浮かべるヒカルと仲間たちの様子に、ジュリエッタはもっともだというようにうなずき、次いで、私? といった顔をして首から提げられている奇妙な形のペンダントを見つめているミミに声をかけた。
「小さなエルフさん、お名前は何というのかしら?」
「あ、えっと、ミミ、です。」
「そう、それじゃあミミ、私の所まで来てくれるかしら?」
「は、はい。」
戸惑い気味に歯切れの悪い返事を返すミミに、ジュリエッタはおかしそうに小さな笑みを浮かべ、自分たちのそばまで来るようにと彼女を手招きする。
「あなた、これからあなたの魂をミミのペンダントについている魔石に封じます。あなたは魔力がほとんどないので、魔石の中に入っている間は眠ったようになってしまうと思いますが、ほかに方法がないので承知してくださいね。」
「う、うむわかった。して、どうすれば良いのだ?」
覚悟は決めているのだろうが、若干ためらいを見せるピエール国王に、ジュリエッタは安心させるように優しい笑顔を向ける。そして、ミミのペンダントに国王の手をかざさせた。王妃が耳元で何かをささやいた数秒後に、ピエール国王の姿は光となり、ペンダントの中央にきらめく魔石の中へ吸い込まれるようにしてその場から消えた。
「お、お父様?!」
「大丈夫ですよサーラ。お父様はこのエルフのお姉さんのペンダントの中でお休みになっています。これから母もしばしの間姿を消しますが、この方たちと一緒ならば大丈夫ですね?」
「は、はい、お母様。」
「よろしい、ではヒカル、後ろの壁に立てかけてある杖を持ってください。その杖は魔道士の杖、武器としてはたいした力はありませんが、その杖の魔石を使うことにしましょう。」
ヒカルは言われるまま、壁に立てかけてあった魔道士の杖を手に取る。ジュリエッタの方へ向き直った彼に、彼女は再び、今度は前よりも深くおじぎをした。
「娘の、サーラのことを、どうかよろしくお願いします。」
顔を上げた彼女が杖の方に左手を向けると、その姿は光の塊となり、魔道士の杖の先端についている赤い魔石へと吸い込まれていった。
***
目の前の光景に、サーラは驚きを隠せないでいた。先ほどまで、確かに城の中にいたはずである。それが、たった1つの呪文が唱えられた次の瞬間には、彼女の視界は緑一色に染まっていた。きょろきょろと辺りを見渡すと、見覚えのある樹木型のモンスターがこちらを見つめている。
「おお、戻られましたか。ご無事で何よりですじゃ。」
「ふう、ルーラってやっぱり便利だな。っと、のんびりしちゃいられない、今ので敵に目撃された可能性が高いからな、ちょうろうじゅ、姫をここへ呼んだのがあんたなら、元の世界に帰すこともできるんじゃないかと思って、こっちへ戻ってきたんだ。俺たちが通ってきた井戸は城からずいぶん遠いし、敵に待ち伏せされてる可能性もあるからな。」
驚いて未だにあたりをきょろきょろと見回すサーラに、ヒカルは少し苦笑しながら用件を話す。この中庭、果樹園の主ともいうべきちょうろうじゅは、それは問題ないと返してきた。複数人を現実世界に戻すのは、多少の時間を要するが難しいことではないらしい。
「しかし、あせる必要はありませんぞ、おそらく、敵の親玉は未だ、あなた方の所在はつかめておりますまいから、のう。」
「……やっぱりか。あまりにもスムーズに事が進むんで、もしかしてとは思っていたんだが……。
「おや、お気づきでしたか。儂の
ここにきて、ヒカルたちはようやく自分たちが、この、ちょうろうじゅの力で守られていたことを知った。しかし、敵に見つかる可能性が低いとしても、今は急がなければならない理由がほかにある。ヒカルは早急に、自分たちを元の世界に戻してもらえるよう、超老樹に頼み込み、それは快く了承されたのだった。
***
薄暗く、照明を最低限に落とした部屋の中、巨大なキングサイズの天蓋付きのベッドに、夫婦らしき男女が寄り添って眠っていた。しかしその顔色は白蝋のように白く、弱々しく吐き出される寝息だけが、彼らが死人ではないと教えている。ベッドのそばに置かれた小さなテーブルの上にある黒色の丸い塊は、大して大きくもないのにどす黒い瘴気のような者を放ち、それ1つでこの部屋全体を暗くよどんだ世界へと変えてしまっていた。宝珠に手をかざして怪しげな呪文を唱えている男、人間に化けた魔王は努めて平静を保つよう努力はしていたが、その内心は焦りと怒りがごちゃ混ぜになったような状況で、お世辞にも落ち着いているとはいえなかった。
なぜ、未だに夢の世界に侵入した者たちの所在がつかめないのか……? ムドーは考えてみるが、いっこうに答えにたどり着かない。それは決して彼が無能というわけではなく、この世界、ひいてはムドーが元いた世界における「認識阻害」というものに対する考え方からくるものであった。ドラゴンクエストのゲームにおいて、相手から認識されなくなるような魔法はさほど多くない。というか、ゲーム内ではレムオルという透明化の呪文ひとつである。それにしても、特定のイベントで人間の門番に気づかれずに城内に入るという限定的な目的のためだけに用意されたような呪文で、モンスターの目はごまかされない。しかし現在、ムドーが部下たちに追跡させている存在は、特殊な方法で気配そのものをほぼ感知されなくなっているため、鋭敏なモンスターの感覚をもってしても、探し出すことができなかったのである。このことは、ヒカルたちですらちょうろうじゅから直接聞かされるまで正確に把握できていなかったため、ムドーがそれに思い至らないのは、ある意味では当然のことであったろう。
そう、だからこのとき、存在を警戒していたはずの「侵入者」に不意を突かれたとしても、それは無理からぬ事であったのだ。
「なっ……! 貴様ら、いつからそこに……!」
「こりゃ驚いた、本当に誰にも見つからなかった。」
ヒカルたちは現実の世界に戻り、王夫妻の寝室を目指して抜け道を駆使しながら進んできた。その場所は夢の世界とは違い、城の最奥部といってもよいところに位置しており、王妃とサーラの案内がなければ容易にはたどり着けなかったであろう。ミミの首かざりに収まった王の魂は、王妃が言ったように眠ったような状態になっているようで、沈黙したまま何か反応する様子はない。事情を知らなければ、それはいつも彼女が身につけているペンダントと、外見的には何の違いも見られなかった。しかし、王妃の魂の方は杖に収まってもなお、意識を保っているようで、その声は杖を持つヒカルにだけは聞こえていた。外見的にも先端の宝玉がわずかに光を発しており、そのことによって母の存在を感じたからか、サーラはヒカルにべったりと寄り添い、そばを離れようとはしなかった。しかし、精神がある程度落ち着いたことによって、支持も幼児とは思えないほど的確であったから、ヒカルたちはさしたる苦労もなく、ここにたどり着いていた。
「ええいっ、誰かいないか、くせ者だ!!」
慌てた魔術師、マムオードは衛兵を呼ぼうと大声を張り上げる。王城の王夫妻の寝室ともなれば、異変を感じ取ればすぐに衛兵がやってくるはずだ。しかし、周囲からはこちらに向かってくる足音も、声もまったく聞こえない。シーンと静まりかえった場内からは、何かが動く気配すら、全く感じない。
「つきましたよ、王妃様、あなたたちの肉体の真ん前にね。……それと衛兵なら、呼んでも来やしないぜ、全員ラリホーでおやすみしてるからな。さあ、観念して貰おうか、マムオード……いや、魔王、ムドー!!」
「!? き、貴様なぜその名を?! 何者だ?!!!」
「んなもん、素直に教えてやる義理はないね、ミミ、そのペンダントを王様の体の上にかざすんだ!」
急に現れて、この世界では誰も知ることのないはずの、魔王の名を言い当てた人間の男は、うろたえるムドーをよそに、傍らに立つ少女に指示を出す。すばやくピエール王の近くまで走り寄ってきた少女は、その首から提げられた不思議な形のアクセサリーを、王の進退の上にかざす。その間わずか数秒である。吸う旬のためらいもなく指示通りに動くその姿は、彼女が彼、ヒカルに寄せる信頼の厚さを物語っていた。
「しまった、奴らめ、王夫妻の魂をっ!!」
気づいたときにはもう遅い。いつの間にか、王妃の身体にはヒカルの持つ魔道士の杖の先端が向けられており、首かざりにはめ込まれている魔石と、杖の先端の魔石はほぼ同時に違う色の光を放ち、数秒後に、王夫妻の目はゆっくりと開かれた。」
「……! こ、ここは……?!」
「……私たちの、寝室、ですね……どうやら、うまく、いったようですよ……あなた。」
「ああ、まだしゃべんない方が良いと思いますよ、特に王妃様、ラリホーをこの城全体にかけるとか、魂だけで無茶したんですから、そこでゆっくり寝ててくださいな。あれをサクッと片付けるまで、ね。」
「……おいおいヒカル、仮にも相手は魔王だぞ、そんな余裕をかましていて大丈夫なんだろうな?」
ややあきれぎみに問いを投げかけるアンに、ヒカルは問題ないというように親指を立ててみせる。実際、彼には確かな勝算があった。
「まあ、今までの俺たちのパーティならちょっとまずかったかもね。でも今は、有能な前衛がいるんだぜ、やや後衛寄りのパーティだけど、それをカバーしてあまりあるだけの戦力を持つ、頼りになる奴が、ね。」
「ずいぶんと高く買われているな、ふふ、だが悪い気はしないぞ、調子に乗らない程度に気合いを入れて、期待に応えなければ、な。」
アンの頬がやや紅潮しているように見えるのは目の錯覚だろうか。しかし、気合い十分といった彼らに対し、収まりの付かないのはコケにされた形となった魔王その人である。
「貴様ら、黙って聞いていればずいぶんと調子に乗っておるではないか。いいだろう、今こそ、我の姿をその目に焼き付け、恐怖するが良いわっ!!!」
ムドーが気合いを込めると、人間の、魔術師マムオードの姿であったそれは、次第に黒い霧のようなものに覆われ、異形の輪郭を現していく。ほどなくしてヒカルたちの前には、太めで緑色の肉体に、頭には二本の角を生やした巨大な魔物が姿を現していた。マントこそ身につけてはいないが、それはまさしくドラクエ6作目の序盤の難敵、魔王ムドーそのものと言ってよかった。
「やっぱりな、まあそうくると思ったよ。さあ行くぜ、覚悟しな魔王! アン、前に出てあいつを攪乱しろ、ミミ、俺たちは後ろから援護だ、モモ、今のうちに回復薬の準備を頼む!」
ヒカルの指示を受け、仲間たちはそれぞれ次の行動の予備動作に入る。ムドーの体を覆う闇が完全に消え、攻撃動作に入ろうとしたそのときには、すでにパーティの行動は開始されていた。
「遅い!」
「ぐはぁ!?」
振り上げられた魔王の右腕は、計ったかのように飛び込んできたアンの剣により受け止められ、深々と食い込んだそれにより傷つけられる。通常、非力な人間ごときの力では、仮にも魔王であるムドーの身体に傷をつけることは叶わない。アンが現在使用している武器は、スライム島で使っていた奇跡の剣ではなく、それよりも数段劣る破邪の剣だ。この剣も特別な魔法の力が付与されており、この世界では貴重な物ではあったが、ムドーと一戦交えるには心許ないといわざるを得ない。しかしながら、モンスターでありレベルの高いアンのステータスと技量をもってすれば、その結果は見たとおりである。
しかしムドーの方も黙ってやられている訳はなく、その剛腕で小さなアンの体を押し返し、力任せに吹き飛ばした。空中ですばやく体制を立て直したアンは、少し離れた場所に軽やかに着地する。再び攻撃を仕掛けようとした彼女は、驚愕に目を見開いた。
「な、何だと……? 傷が、塞がっていく?!」
「ふはははは、この程度の攻撃など、我が闇の力の前ではどうということもないわっ!」
信じられないことに、先ほど深々と切り込まれたはずの腕の傷が、周囲がボコボコと泡立つと同時に、みるみるうちにふさがってゆく。その有様は驚きと同時に、強い恐怖を相手に与えるには十分であった。故に、魔王は敵がすべて、恐れおののく物と確信していた。ある意味で、それは間違ってはいない、この世界に住まう者たちからすれば、それは絶望的といっても良い力の差を見せつけるには十分すぎる行為だったからだ。
「自動回復、思った通りだな、……燃えよ火球、我が敵を赤き焦燥の元へ導け!」
「むっ?!」
だが、ムドーはまだ、人間たちを甘く見ていた。主と共に、人間の勇者たちに敗北してもなお、人間全体は脆弱な種族だと、そう思っていたのだ。それ故に、己の能力に対して対策をとる者がいるなどとは考えない。もっとも、ヒカルの素性を知っている者など、仲間の中にもいないのだから、彼が元いた世界のゲームでムドーと対戦し、その攻略法を熟知しているなど思い至るはずがないのだが。
「メラミ!」
「ぐうおぁああ!! こ、こんなものっ!」
「左がお留守だぞっ!」
傷が塞がりきるその前に、ヒカルの右手から放たれた
「まだまだ行くぜ! 闇の雷よ、貫け! 漆黒の刃をもってかの者を打ち倒せ!」
「ぬぐぅうっ!
「ドルクマ!!」
その詠唱を耳にし、反応しようとしたときにはすでに遅い。ヒカルの左手は黒い雷をほとばしらせ、一瞬で漆黒の線状に収束したそれは、またも寸分の狂いもなく、ムドーの右腕を打ち抜いた。そして、その腕は人間でいうところの上腕の途中当たりからだらりと垂れ下がり、もはや完全に機能しなくなった。
「ぐううっ、我が右腕がっ?! おのれ、いい気になるなよ人間どもっ!!」
「あれは、ミミ! 相殺しろっ!!」
「はいっ! 氷の精霊よ、凍てつかせよ! 吾の行く手を阻む物を退けよ!!」
「かあぁっ!!」
「ヒャダルコ!!」
ムドーの口が大きく開かれ、敵を焼き尽くす火炎の息が放たれる。しかし、まるでそれを予測していたかのように飛ばされたヒカルの師事により、ミミが突き出す両手から強力な霊気が放たれ炎を迎え撃つ。
「あ、暗黒のオーブよっ!」
ムドーの叫びに呼応するように、戦いの勢いにあおられて床に転がり落ちていた宝珠から、なお止むこと無く立ち上っていた黒いオーラの一部がムドーに向かって流れ出す。それを受けた巨体が一瞬、ドクンと脈打つような動きを見せたかと思うと、次の瞬間、吐き出される炎の威力が急激に増加する。
「くっ、ううっ、だめ、押し切られるっ!」
ミミの潜在魔力がいかに強力であるといっても、肉体の方は戦闘向きではない。無論、人間の女性と比較したら、エルフである彼女の方が何倍も頑丈ではあるが、魔王クラスのモンスターから見れば、レベル1の違いも、5の違いもたいした違いではない。その程度の物だ。細い脚を踏ん張り、なんとか気合いで炎を押し返そうと魔力を込めるが、肉体の方がその強大すぎる力に追いついてこない。遂に膝が折れそうになったそのとき、その小さな肉体は何者かによりしっかり抱き留められる。
「氷の精霊よ、汝と契約セし、選ばれし者に祝福を。」
その声は、彼女の心に希望を抱かせるもの。その手のぬくもりは、絶対の安心をもたらすもの。魔法とは精神の力である。心を強くもちさえすれば、肉体の脆弱ささえも補える力になり得る。ましてや彼女はエルフ、自然界の力、精霊の祝福を受けている。そして、敬愛する彼女の主の魔法力が、その身を優しく包んでいる。今の彼女にとって、目の前の魔物が魔王だろうと有象無象の雑魚だろうと、さしたる問題ではない。
「氷の精霊よ、吾に力を!! ヒャダイン!!!」
「なんだとおっ!? この呪文はっ?!」
ミミの両手から放たれる冷気が格段に強力なものとなり、暗黒の力によってどす黒く強力になった炎を押し返す。ムドーの巨体がじりじりと、ベッドとは反対側の壁へ押しやられ、2つの力の衝突によって生じた突風が、棚に飾られた調度品、壁に掛けられた美しい絵画を吹き飛ばし、床にたたきつける。。
「えいっ!!」
「う、ごわぁあっ!」
気合いを込めたミミのかけ声と共に、冷気は見事に炎を押し切り、耳をつんざくような轟音と共に、ムドーは部屋の白壁に激突した。頑丈に作られているはずの壁には亀裂が入り、表層からボロボロと崩れ落ちた破片が床にまき散らされる。
「おのれぇっ、か弱き、人間、風情がっ!」
「それがお前の敗因だ。悪いが自動回復する程度なら、わりと簡単な対処方法があるんだよな。」
「な、何っ?!」
自らの力を脅威ではないとばかりに冷静に分析する目前の人間に、ムドーは激しく動揺していた。実際の所、魔王の力もその「主」の力も、弱体化していたことは確かである。しかしそれでも、この世界の者たちに後れを取らない程度には回復させていたつもりだった。力だけに頼るのではなく、慎重に計画を立て、主の力を取り戻すべく地道な活動を続けてきたのだ。現に、この国の大臣を取り込み、裏から乗っ取り支配することで、他国と争わせ、それによって生じる負の感情エネルギーを取り込む計画は、順調に進んでいたはずだ。目の前の連中さえ邪魔をしなければ、もう少しで計画は完成するはずだったのだ。しかし、どこが間違っていたのかを考え、計画を修正するにしても、目の前の邪魔な連中を片付けなければならないことに変わりは無い。それ故にムドーは、改めて全力を持って、このパーティを叩き潰すべく行動を開始しようとした。したのだが、それはあまりにも遅い判断だった。
「もらったっ!!」
いつの間にか再び距離を詰めていたスライムナイトの剣が、ムドーの機能しなくなった右腕を見事に切り落とした。ドスンという鈍い音と共に床面に激突したそれは、もはやピクリとも動かない。右肩から大量のどす黒い体液を垂れ流しながら、残った左手で騎士を迎撃しようとしたムドーの攻撃は、再びたやすくかわされ空振りに終わる。
「自動回復する暇を与えないか、回復能力以上のダメージを与え続ければいい、それだけのことさ。」
「ぐ、ぬうっ、これしきのことでっ!」
「風の精霊よ、刃となりて切り裂け! 吾に仇なすものを切り伏せよ!」
ムドーは悔しげに顔をゆがめ、それでもなお、敵であるヒカルたちを排除せんと動き出す。ゲームであればいくらダメージを受けても攻撃の威力が落ちることなど無いが、現実の法則がはたらく世界ではそういうわけにはいかない。以前のきりさきピエロの時と同様、片腕を失っていればバランス感覚が狂い、思うように動くことは出来ない。今のムドーのような巨体であれば、それはなおのことである。
「バギマ!!」
ムドーが体制を立て直す前に、先ほどの攻撃で腕が切り落とされ、中の肉がむき出しとなった傷口に、
「ぐぎゃあああっ!!!」
おどろおどろしい、と表現することさえためらわれるような不気味な叫び声を上げ、巨大な魔物は大きくよろめいた。しかし、左腕を床につき、体勢を立て直そうとしたところへ、さらなる追撃が迫る。
「そこっ!!!」
いつのまにか、魔王の眼前に現れたスライムナイトの剣は、その巨体を右の肩口から袈裟切りに切りつけた。再度、大きくバランスを崩した魔王の体は、今度は受け身さえ取ることができず床面に激突し、城全体を揺るがした。
「やった!!」
「お見事ですわ。今回も回復薬の出番はありませんでしたね。」
ベッド脇で心配そうに戦況を見守っていたサーラは、その顔をぱっと輝かせた。王夫妻も安堵の表情を浮かべている。モモは用意した回復薬の小ビンを撫でながら、穏やかに笑っている。
「ミミ、大丈夫か?」
「う、うん大丈夫、でも、たぶん
「ハハ、それは俺も同じようなもんだ。今まで連戦してきて、あれだけ呪文を撃ちまくったからな。でも、見てみろよ、効果はバッチリだ。もう、自動回復する余力も残ってないみたいだぜ。」
ヒカルのいうとおり、反対側の壁に目をやれば、魔王ムドーの巨体は倒れ伏し、起き上がって攻撃してくる様子がないどころか、先ほどのように傷が再生していく様子も見られない。現実では、自動回復能力を発揮するためにはある程度の生命力が残っている必要があるということだろうか。
「ぐうぅ、口惜しや、せめて、せめて全盛期の半分でも魔力が回復していたなら……。だ、だが最低限の役目は果たした。貴様らなど、我が主が復活されれば、どのみち絶望に支配されるのだ。ここでこのムドーを倒したところで、貴様たちの未来は変わりはしない。」」
「さて、このまま放っておいてももう、助からないとは思うが、自動回復能力とやらがまた発動すると面倒だ。とどめはきっちりと刺させて貰うぞ。かまわないなヒカル。」
「ああ、デスタムーアのことだ、どうせそう簡単には尻尾を出さないだろうし、悔しいがそいつのいうとおり、少なくとも今の俺たちが太刀打ちできる相手じゃない。」
「!? な、なぜ、我が主の御名までも……!」
驚きに目を見開くムドーをよそに、スライムナイトはゆっくりと剣をかまえ、倒れ伏す魔王へその顔を向ける。フルフェイスで覆われているその視線がどこに向いているか、周囲の物は知ることはできない。
「急所は、そこか。」
やがて、破邪の剣が持ち上げられ、大上段に構えられたそれは、正しく彼女が見極めた魔王の急所へと振り下ろされた。それは寸分の狂いもなく、とどめの一撃として放たれたはずだった。
「かああっ!」
しかし、剣が振り下ろされたその瞬間、アンをじっと見据えていたムドーの瞳が怪しく光り輝き、次いで白いもやのようなものが彼女と、相棒たるスライムの身体を覆い尽くした。それは白いガスのような、何かの粉のような、形容しがたいものであった。
「アン!! 何だあれは?!!」
「……いけない、あれは、呪いの光……!」
突然のことにうろたえ叫び声を上げるヒカル、同じく驚愕の声を上げた王妃は、しかし次の瞬間にははっとしたような表情を浮かべ、ベッドから身を起こした姿勢のまま固まってしまう。そうこうしている間に白いもやは晴れ、そこには銀色に輝く一振りの剣を振り下ろす、アンの姿が……。
見事な石の彫像と化したスライムナイトの姿があった。
to be continued
※解説
ドルクマ:黒い雷を敵1体にぶつけるドルマ系の中級呪文。ただしゲームでは威力が微妙であり、ステータスが成長すれば強力になる物のその頃には上級呪文を習得しているため使いどころがない。本作では使い手がほとんどいない希少呪文として活躍して貰った。
魔王ムドー:デスタムーアと共に、勇者に敗れた後にこの世界へ飛ばされた設定になっています。したがって、全盛期のような力は無く、第二形態になることはできません。特殊能力もかなり制限されています。しかし、相手を石化させ、肉体と魂を分離する能力は残っていたため、最後にそれを発動しました。
破邪の剣:Ⅳから登場。はがねの剣の次あたりに手にすることになるだろうか。そこそこの攻撃力を持ち、使用するとギラの効果があり、呪文の使えない戦士にとっては、初期のシリーズでは割と重宝した。最近のナンバリングでは複数攻撃できる武器や特技が増えたため、さほどありがたいものでもなくなった。
……アンちゃん強いから、魔王をサクッと倒しちゃうと思った方がいらっしゃるかも知れませんね。残念ですが腐っても魔王……というところでしょうか。
それにしても、いろいろと察しの良い王妃様有能すぎる。
魔王がほぼ倒されたとはいえ、唯一のアタッカーが呪いで石になってしまいました。しかも、ドラクエのゲームでは元に戻す方法は限られています。どうするヒカル?!
次回もドラクエするぜ!