【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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今回のお話は、本編そのものには深く関わりはない、と思いますが、ヒカル君には大イベントになります。
一言で言うなら、リア充爆発(ry


第22話 歌って踊れるモンスター!! 花嫁を取り戻せ!

 ヒカルがドランに腰を落ち着けてから、いつしか1年以上の時が流れ、魔法学院の開校から数ヶ月はめまぐるしい勢いで過ぎていった。ヒカルは多忙を極め、モモが健康管理をきちんとしていなければ倒れていたかも知れなかった。初めての仕事というのはそれだけで、負担のかかるものである。加えて、人の上に立つと言うことは、特にこういった王権国家では、強い権力を持つが故の責任も重大なものだ。まあそれでも、魔法学院の校長はたいしたものだと、世間に言われる程度には仕事をこなしていたから、ヒカルの新たな就職は、そこそこうまくいったと考えて良いのだろう。

 季節も初夏に近づこうかという頃、ドランの国に続く砂漠の道を、1人の男がゆっくりと、少しふらついた様子で歩を進めていた。がっしりと鍛え上げられた筋肉が、簡素な革の鎧の下の、丈夫そうな鎖帷子越しにでもはっきりとわかる。しかし、砂漠を鎖帷子を着込んで旅をするなど、自殺後遺である。男はここより遙か遠い国から、はるばる海を渡ってきた。彼の故郷には砂漠などなかったため、出発したときから身につけている装備のままで、この砂漠に突入してきてしまったのだ。鎖帷子の金属は熱を吸収し、通常よりも早く男の水分を奪っていった。彼の体力が並外れていたからこそ、今まで倒れずに進んできたが、何事にも限界というものはある。背中に背負った一振りの大検、俗にバスタード・ソードと呼ばれる彼の武器も、体力の消耗に拍車をかけていた。

 

「くっ、だめだ、足が思うように、進まん。」

 

 男は遂に、砂漠の真ん中にどうと倒れ服した。晴天の下、ギリギリ目視できる距離に、ドラン王都の門が見えているが、今の彼には捉えることができない。薄れ行く意識の中で、彼はこれまでのことを思い出す。幼い息子をおいて、いにしえの伝説をたどり旅してきたこと、息子が伝説に歌われる特別な存在であること、その幼なじみである少女もまた、これから起こるであろう数々の試練に向き合わなければならないだろうこと……。彼は決意したのだ、今まで誰も到達したことのない、伝説の剣を安置してあるという島、息子のためにそれを探し当てるのだと。男は中央大陸の小さな国、アリアハンよりやって来た勇敢な狩人、その名をオルテガといった。

 

***

 

 山奥の小さな村、その中にある、これまた小さな教会で、2人の男女がこの世界の創造主である精霊神に、これからの人生を共に歩む誓いを立てようとしていた。

 

「……あなたたちは、互いを永久(とわ)に愛し、生命(いのち)尽きるまでともに歩み、支え合うことを、精霊神様に誓いますか?」

「「誓います」」

「では、誓いの口づけを。」

 

 新郎と新婦の顔が近づき、ゆっくりとその唇が重ねられ……、やや長い口づけの後、ゆっくりと距離を取って見つめ合う2人の周囲を飛び交う祝福の声、照れながら笑い合う2人の顔を、ステンドグラスに色づけられた日の光がまぶしく照らしていた。

 

「お~お、やってくれちゃってもぉ、ま、その方がこっちはやりやすいけどねぇ。」

 

 教会を囲む林の木陰に身を隠し、ザルもとい魔法のカゴで若干宙に浮きながら、口ひげを生やした男はパイプを吹かしながら、周囲に鋭く目を光らせる。新郎と新婦は村の中央を流れている川の畔で、皆の祝福を受けている。木々の間から吹き込んでくるわずかな風の音と、小鳥たちのさえずりが耳に心地よい。

 

「やっぱり、いたか。お師匠のお膝元でナメた真似してくれるじゃないの。今にみてなさいよ~~。」

 

 男は何かに気がついたようだが、相変わらず林の様子に変かはない。普通の人間であれば感じ取れないようなわずかの気配を、この男、ヤナックは感じ取っているのだ。

 

「まぁ、今は動かない、だろうね。では、こちらも準備といきますか。」

 

 やがて、林の向こう側から感じ取れていた気配が消え去ったのを確認して、ヤナックは仲間と合流すべく、このリバーサイドの村を象徴する川の畔に立てられた水車小屋へと向かうのだった。

 

***

 

 リバーサイドの村を象徴する大きな水車と水車小屋は、村のほぼ中心部に建てられていた。小屋と言っても複数の部屋があって、4~5名くらいは滞在し生活ができるくらいの空間が確保されている。そのうちの1室で、小さなテーブルを囲みながら何やら話し合っている者たちがいた。人数は4名。先ほど祝福されていた新郎新婦と、口ひげを生やし頭にターバンを巻いた男、そして背の低い老人である。

 

「いや~、お二人とも結婚おめでとさん。」

「……ありがとう、きっとヒカルを幸せにしてみせる。」

「こらこらこらこら、そういう話じゃないでしょう?! ヤナック! 真面目にやんなさい。それにアン、その台詞、どっちかって言うと男の台詞だからね?!」

「いいじゃあないの、この際本当に一緒になっちゃえばさ。どこで油売ってるかと思ったら、ドランで貴族になってこんな美人さんを……ぶつぶつ。」

 

 未だにウエディングドレスとタキシード姿の二人、アンとヒカルが返す全く違った反応をちゃかしながら、ヤナックは頭を高速で回転させ、事の経緯を整理する。

 半月ほど前、二組の男女の結婚式が同時に行われた。あまり大きな集落ではないこの村では珍しいことで、祝い事に皆が喜び、浮かれていた。しかし、結婚式の終わった夜に、2人の花嫁が何者かに連れ去られた。現場には獣のような足跡がいくつも残っており、おそらくモンスターの仕業であろうと結論づけられた。

 

「あ、あのぅ……それで、2人の花嫁をさらった何者かについて、何か分かったのですかな?」

 

 このままでは話が進まないと思ったのか、先ほどまで黙ってやりとりを聞いていた老人――この村の村長が不安そうな声でヤナックに尋ねてきた。

 

「おっと、すみませんねぇ、こいつらがあんまりイチャイチャしてるもんですから。なあに大丈夫、かすかだが確かに気配を感じましたからねぇ。奴ら、必ず動きますよ、夜にはね。」

「ヤナック、敵の正体は分かったのか?」

「いいや、そこまでは無理だね。向こうもおそらく、様子をうかがえるギリギリの距離で偵察してたんだろうさ。」

 

 いったい、花嫁たちは何の目的で連れ去られたのか、そもそも今も生きているのか、分からないことが多い。それでも魔王と戦ったときのような気配はヒカルもアンも感じていなかったため、それほど強い相手ではないだろうと思われた。とりあえず、前と同じような状況を作れば、また花嫁をさらいに何者かが現れるだろうと、結婚式のまねごとをして様子をうかがってみたのだが、動きが確かにあったわけだ。

 

「ま、そういうわけだから村長さん、俺ら今夜泊まって様子をみることにするよ。もし、俺らがいなくなって、明日の夜になっても帰ってこなかったら、ザナック様のところへ使いを出してくれ、頼むよ。」

「分かりましたですじゃ。くれぐれもお気を付けて。」

 

 そうして、ヒカルたち3人は後のことを村長に頼むと、夜を待つため村はずれの小屋、2人の魔法使いの師が建てた別荘へと向かっていった。

 

***

 

 気がつくと、男は大きなベッドに寝かされていた。ぼんやりと周囲を視線だけを動かして確認してみるが、旅人の宿などの宿泊施設の部屋とは思えない。室内には数こそ少ないが、そういったものに詳しくない者でも一目で分かるほど高級な家具や調度品が配置され、ベッドの素材も庶民では手が届かないほど高級なものであることが分かる。男は体のだるさを感じながらも上体を起こし、改めてきょろきょろとあたりを見渡してみる。自分は砂漠の道で力尽き、倒れて気を失ったはずだが、ここはいったいどこなのだろうか。倒れる前とのあまりの環境の違いに、男、オルテガは困惑するしかなかった。

 

「あら、気がつかれたようですね。」

「……!? エルフ……? ……いや、これは失礼。どうやら助けて頂いたようで、感謝の言葉もない。私はオルテガ、中央大陸からここまで旅をしてきた者です。」

「まあ、中央大陸から……砂漠の入り口にある町で、きちんと装備を調えておかないとだめですよ? あのような装備では、人間は砂漠の熱にやられてしまいますから。」

「いやあお恥ずかしい限りだ。……目的を急ぐあまり、知らぬ間にあせっていたようだ。……おっと、いかんな。このような話の前に、言わねばならないことがあったというのに。」

 

 そう言うとオルテガは、ベッドから半身を起こしたままではあったが、モモに向かって深々と礼をした。彼女がエルフであることに驚いていたようだが、嫌悪などと言ったマイナスの感情は、彼からは読み取れない。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私はドラン王立魔法学院校長、シャグニイル伯爵にお仕えするメイドで、名をモモと申します。」

「シャグニイル伯爵? ああそういえば、道中よく噂を耳にしたな。何でも魔王を打ち倒し、その功績が認められて爵位を与えられ、ドランで魔法使いの教育に力を入れているとかなんとか……。いや、それは良いとして、それでは伯爵様にもお礼を申し上げなくてはならないな。」

 

 オルテガの話を黙って聞いていたモモは、ベッド脇の小さなテーブルに置かれている水差しから、コップへ水を注ぎ、それを彼に差し出しながら答えた。

 

「今はお体の回復が優先です。それに、主人は今、所用で留守にしていて2・3日は戻りません。」

「なんと、そうであったか、しかし、主人に無断で見ず知らずのものを介抱などしたら、あなたがとがめられてしまうのではないのか?」

 

 オルテガの懸念はもっともだ。貴族社会では従者は主人に絶対服従するのが基本だ。いくら善意から出た行動とはいえ、無断で見知らぬ者を屋敷に入れて世話を焼いたなどと言うことになれば、良くて暇を出され、悪ければ処刑されてしまうことも十分に考えられる。貴族社会とは概ねそういうものだ。ただし……。」

 

「ほかの方のことは存じませんが、私達の主人はそのようなことで使用人をとがめたりはしませんわ。砂漠で倒れていたあなたを、偶然私と、うちの出入りの商人が助けて、この館に運んできただけのことで、人として当然のことをしたまでです。逆に、もしあなたを見捨てたなんて事が知れたら、私が主人にお叱りを受けてしまいます。……さ、その水をお飲みになって、もう一眠りされると良いですよ。起きたら何か、食べ物を用意しますから。」

 

 彼女が主人からとがめ立てされることがないと知り、オルテガは安堵した。そして彼女が注いでくれたコップの水をゆっくりと飲み始めた。やがて空になったそれを受け取って、モモは部屋を出て行った。再びベッドに体を横たえたオルテガは、助かったという安堵からか、深い眠りに落ちていった。

 

***

 

 夜も更け、昼間から曇天の空は星ひとつ見えない。ザナックの別荘の一室で、1人用の小さなベッドで男女が枕を並べて眠りについている。といっても、灯りを消して真っ暗になっている部屋の中で、それを目視するのは人間では不可能だろう。時折、寝返りを打つために生じるかすかにシーツのすれる音と、気持ちよさそうな寝息だけが、この部屋が無人ではないことを教えてくれる。

 普通であれば、幸せな2人は寄り添い、良い夢を見ながら一夜を過ごし、朝日に祝福され目覚めるのだろう。しかし、そんな優しい沈黙の闇の中、うごめく者たちがいた。彼らは素早く、気づかれないようなわずかな音しか立てず、迷うことなくベッド脇までたどり着いた。このような暗所であっても、種族によっては昼間と変わらずに行動できる目を持つ者たちがいる。ここにいる彼らの種族もそのひとつである。

 その手際は恐ろしいほど早かった。彼らはあっという間にベッドに眠る2人の内の1人……女性の方をひょいと音もなく担ぎ上げ、瞬く間に部屋から退散した。その間わずか数秒、後には再び、灯りのない真っ暗な、静寂に包まれた小さな部屋があるだけだった。

 

「……っと、これでよかったのかい?」

「ああ、奴らの目的と本拠地を突き止めないことにはね。」

 

 ややあって、ベッドの下からもぞもぞと這い出した男と、ベッドの上に身を起こした男の2人は、互いの顔が見えない中で灯りも付けずに現状と今後の動きを確認する。

 

「しかし、行き先を突き止めるってどうする気だよ? 途切れるまで気配を探ってみたが、奴らどうやら、地面の下に潜って言ってしまったみたいだよ?」

「ああ、それはちょっとばっかし予想外だったな。まあ、俺らじゃ奴らは追いかけられないけど、仲間と合流することなら出来るさ。ちょいと試してみたい呪文があってね。」

「ほおう、それはおもしろそうだね。んじゃ、とりあえず朝までもう一眠り、しますかね?」

 

 そうしてまもなく、ドアが開閉される音がして、男の内1人は部屋から出て行ったようだ。もう1人の男は、わざとらしいあくびをひとつして、再び、パートナーのいない寝床へ潜り込み、5分とたたないうちに気持ちよさそうに寝息を立てるのだった。

 

***

 

 彼らは混乱していた。ボスの命令通り花嫁を拉致してきたつもりだった。いや、実際それはうまくいったのだが、目の前の女性は腕に覚えがあるらしく、この場にいる者が全員でかかったとしても、行動を止めることはまず不可能だろう。

 

「さて、と。正直に、花嫁たちをさらったわけを話して貰おうか。弱いもの相手に手荒なまねはしたくないが、言うことを聞かないというなら、少し痛い目を見て貰うことになるぞ?」

「う、ううっ、ボクたちはおやびんの命令で、花嫁さんをこのアジトまで運んできたモグ。く、詳しいことはおやびんじゃないとわからないモグ。」

「娘たちに手荒なまねはしていないだろうな?」

「し、してないモグ! 丁重におもてなしするように、おやびんに言いつけられているモグ!!」

 

 体色が灰色のモグラのようなモンスター、いたずらモグラたちは慌てふためきながら、戦う意思がないことをアピールする。彼らに邪悪な気配がないことを察知していたアンは、懐に隠していた武器を使うことがないだろうと予測し、心の中でほっと安堵する。

 

「では、そのおやびんとやらの所へ、連れて行ってもらおうか?」

「は、はいモグ! こちらですモグ!」

 

 冷や汗を流しながら、体色が蒼いキラースコップが彼らのアジト……複雑に入り組んだ迷路のような洞くつを先導し、彼らが「おやびん(親分)」と呼ぶ者のところまで案内する。洞窟内は真っ暗というわけではないが、たいまつの掲げられた燭台はまばらにしか火が灯って折らず、夜目がきかないアンには多少歩きづらかった。やがて5分ほども歩いただろうか、急に大きく開けた場所に出、アンは一瞬辺りを見渡したが、すぐにその視線は一点に固定された。

 

「おやびん、というのはお前で良いのか?」

「……そうだ、ワガハイがこの『歌って踊れるモグラ団』のボス、ドン・モグーラだ。」

「……来たか。」

「な、なにっ?!」

 

 落ち着いた貫禄のある、低い声で応答し、威厳を見せたドン・モグーラだったが、次の瞬間、あまりの事態に固まってしまう。手下が連れてきた女性の周囲が青白く発酵したかと思うと、次の瞬間には、この場に招いた覚えのない男が2人、まるで初めからそこにいたかのように佇んでいる。

 

「へぇ~、こりゃ驚いた、まさかリリルーラとはねぇ。」

「この呪文は飛行しないから、転移先がどこでも問題なく行けるからね。それにしても、良いタイミング、だったのかな?」

 

 驚きながらも、初めて目にする呪文の説明を頷きながら聞いているヤナックと、初めての呪文の成功に満足げなヒカル。予期せぬ2人の登場に、モグラたちは大混乱に陥った。

 

「な、何者だ?! どうやって入ってきた!」

「お、おやびんを守るモグ~! 全員戦闘態勢だモグ~! ……ひっ!!」

「やれやれ……どちらかというと最悪のタイミングだぞヒカル。やめておけモグラたち、言ったはずだ、弱いお前たちに力を振るうのは気が進まんが、言うことを聞かないというなら……。」

「ひっ、ひいいいっ! ごめんなさい、ごめんなさいモグ!! 抵抗しないから、乱暴しないでモグ~~!」

 

 アンがキラースコップの1体を押さえ込み、わずかに威圧すると、弱いモグラたちは震え上がり、降参とばかりに手にしていたスコップ状の武器を投げ捨てた。

 

「……手下どもが失礼した。ワガハイもお前たちに危害を加えるつもりはない、もちろん花嫁たちも傷つけたりはしていない。。」

「……なら良い。しかし、何故花嫁たちをさらったのか、その理由を詳しく話して貰おうか。」

 

 手下のキラースコップを解放し、自らの元へゆっくりと近づいてくる女性に、落ち着いた声で応対しながら、ドン・モグーラと呼ばれる巨大なモグラは体の震えを抑えることが出来なかった。彼女から発せられる強者としての気配が、獣特有の鋭い直感を介して警鐘を鳴らしていたのだ。この存在は決して敵に回してはならない、と。

 

***

 

 リバーサイドの村へ続く細い街道を、一台の馬車が村へとゆっくり進んでいた。うっそうと木々が生い茂る森をわずかに切り開いて作られたこの道は、馬車がギリギリすれ違える程度の広さしかない。元々高速で移動する馬車などないが、それにしてもこの馬車はやけにゆっくりと、歩いた方が早いような遅さで進んでいた。

 

「止まれ!!。」

 

 突然、若い男の声がして、道の真ん中に2人の若者が立ち塞がった。その手にはそれぞれ棍棒と同の剣らしき獲物が握られている。

 

「おやおや何ですか? これだけ護衛の付いた商人の馬車をそんな装備で襲うなんて、やめておいた方が身のためですよ?」

「う、うるせえっ! よくもナナミとベティを拐かしやがったな! この人さらいめ!」

「……これは、穏やかではありませんね。確かにこの馬車は積み荷ではなく人を運んでいますがね、乗っているのはただの旅人さんですよ。」

「畜生め、しらばっくれやがって! 全員ぶちのめしてあらいざらい吐かせてやる!!。」

「話し合いは無駄のようですねぇ、お願いしますよ先生方!。」

 

 この馬車の持ち主らしき、小太りの商人が降りてきて説得を試みたようだが、頭に血の上った2人の男は聞く耳を持たない。結論を言えば、2人の直感は的中していた。この商人、ヤーヤル・ドーガという男は、表の顔では運送業を営みながら、裏では手広く人の売り買いを生業としている闇商人、裏社会ではそれなりの実力者なのである。もっとも、村人らしき2人の男たちがそんなことを知るはずはなく、通常こんな場所をめったに通らない護衛付きの馬車などを見かけたものだから、さらわれた自分たちの伴侶を探し出せずにあせっていた彼らは、怪しいと決めつけて行動に出たのである。相手が本当に善良な市民だったならどうなっていたのか、そんな当たり前のことが考えられないほど、2人の男は精神的に限界に近かったのである。

 ヤーヤルの指示を受け、馬車の周りを固めていた屈強な男たちが、2人の若者、リバーサイドで武器屋を営むヘッケルと、木こりのバートに迫り来る。只の村人と、裏社会を生き抜く用心棒とでは勝負になどなるわけがない。

 

「大地の精霊よ、絡みつけ! ボミオス!」

「何?! 呪文だと?!」

 

 不意に、どこからともなく男の声がして、ヘッケルとバートに真っ先に襲いかかった男たちの動きが極端に遅くなる。それでも、村人2人はその場を動いて攻撃を回避するという手段を執れない。あまりにも実力差がありすぎ、相手の殺気に足がすくんでしまっているのだ。用心棒たちはにやりと口元に嫌らしい笑みを浮かべ、手にした獲物を標的めがけて突き出した。何のことはない直線的な動きだが、村人2人ならいとも簡単に葬り去れるだけの威力があった。

 

「な、なにっ?!」

「や、奴らが消えやがった?!」

「じ、地面に穴が空いてやがる! まさかここから……。」

「モグラじゃあるめえし、んなことあるか! さがせ! 遠くへは行ってないは……へぶっ!?」

「安心しろ、ただの手刀だ、命までは取らん。」

 

 急に標的の姿がかき消え、戸惑う用心棒たち、気を取り直して逃げたであろう村人たちを探すべく動き出そうとするが、いつの間にか現れた全身鎧(フルプレート)の騎士に後ろから手刀を振り下ろされ、1人がその場に倒れ服した。状況を確認する間もなく、屈強な男たちは小柄な騎士に次次と気絶させられ、1分もたたないうちに全員が地に服していた。驚いたのはヤーヤルだ。いったい何がどうなっているのか、全く思考が追いつかない。裏の世界でそれなりに名をはせた彼だ。こういった緊急事態には慣れていたはずだった。しかし、状況はあまりにも、彼の知る常識を逸脱したものだった。

 

「ヤーヤル・ドーガだな。調べは付いている。その馬車の中で眠っている人たちを引き渡して貰おうか。抵抗するなら……。」

「く、くそうっ、何なんだお前らは!! 特にそこのお前、見たところモンスターだな?! 一体何のつもりで私の邪魔を……!」

「私はテイル大陸のドラン王国騎士団二番隊隊長、アンだ。」

「げえっ、あの大国ドランの騎士だとぉっ?! 騎士の中に腕利きのモンスターがいるって言う話は本当だったのか?!」

「あ~あ、こりゃまた、一方的にやられちゃったねえ。大の男が情けないことで。」

「そう言うなヤナック、こいつらが弱いわけじゃなくて、アンが強すぎるのさ。」

 

 森の茂みから姿を現したヒカルとヤナックも、想定していたとはいえあまりに一方的な展開になんとも言えない表情をしている。まあとにかく、若い娘や子供を中心に人をさらい、人身売買の仲介をしていた商人は、アンの手によりアリアハンに引き渡され、あえなくご用となったのである。しかし、結局小さなアリアハンの国力では、背後で暗躍する人身売買組織までは、捜査の手を伸ばすことが出来なかったそうだ。そして、このことが後々、さらに大きな事件を呼び起こすことになろうとは、ヒカルもアンもヤナックも、このときは全く考えもしなかった。

 

***

 

 リバーサイドの村にある村長の家は、川上にそびえ立つ巨木の下に立てられている。この木は樹齢500年とも、それ以上とも言われており、村の守り神が宿っているともされていた。村長の家はほかのものより多少大きくはあるが、作りとしては特に高級な素材を使っているわけでもなく、ほかの民家と同じような木造の質素なものである。

 

「このたびは事件を解決してくださり、お礼の言葉もありませんですじゃ。」

「……いやいや、こちらこそ花嫁たちをさらうような真似をして申し訳なかった。なにぶん、手下もワガハイもあまり強いとはいえないのでな、人さらいどもに見つかってしまうと彼女たちを守り切れなかった。」

 

 村長とテーブルを挟んで向かい合っているのは、成人男性の数倍はあろうかという巨大な、赤い体色をしたモグラのモンスターだ。この村の住人はザナックと交流する中で、モンスターという存在についてあらかじめ聞かされていたため、ドン・モグーラを忌避することはなかったが、それでも村長がやや引き気味なのは、巨大モグラの体格を考えれば仕方のないことだろう。

 事の始まりは、近頃中央大陸で暗躍する人身売買組織の動きが活発になったことにある。モグラたちは地下に張り巡らされたネットワークを介して、人間社会のいろいろな情報を持ち合わせている。そのほとんどは軽いいたずらのネタにする程度の情報なのだが、ドン・モグーラの手下の1匹が、本当に偶然に、人身売買の組織が隠し持っていた拉致対象のリストを入手してしまった。もちろん彼らは通常であれば、人間社会のあれこれにちょっかいを出すことはしない。うまく棲み分けをすることがお互いのためであると分かっているからだ。しかし、そのリストからリバーサイドの娘2人を見つけたとき、状況は変わったのだ。

 

「いや、しかし、まさかベティとそちらの親分さんのところのモグラさんが知り合いだったとは、儂も昨日あの子から聞いて初めて知りましたですじゃ。」

「ワガハイも人さらいのことを聞くまでは知らなかったのだがな。もぐりんは少し好奇心が強すぎてな。散々注意しているのだが気質という奴はこう、なかなか直せるものではないようだ。」

「今回はそれでベティとナナミは助かったのですから、良かったではありませんか。まあ棲み分けというのは大事かも知れませんが、ことこの村に至っては、モグラの皆さんに害をなすような者はおりませんから、今後も村の者と仲良くして頂ければ儂もうれしいですじゃ。」

「そうであるな。ワガハイたちもこの村の人たちとなら、良いお付き合いが出来るかもしれん。」

 

 太く大きな手と、細くしわの刻まれた手が重ねられ、ここにモグラ団とリバーサイドの友好関係は結ばれたのだった。

 村長とドン・モグーラはしばらくして、ゆっくりと手を離し、事件の経過やお互いのことなど、他愛もない話に花を咲かせていた。どれだけの時間が過ぎたか、部屋のドアをノックする音がして、幾人かの者たちが部屋に入ってきた。ベティとナナミを戦闘に、ヒカルとヤナック、アンに数匹のモグラたちの姿もある。

 

「おお、お前たち、無事で何よりじゃ。すべてはモグラさんたちのおかげですな。」

「本当に、ありがとうございました。親分さん。それからもぐりん、助けてくれてありがとう。」

 

 ベティはトレードマークであるポニーテールを揺らしながら、モグラのボスに深々と礼をし、集団の一番後ろでもじもじしているいたずらもぐらに駆け寄って嬉しそうに抱きしめた。いたずらモグラ――もぐりんは照れながらもされるがままになっている。モグラの表情はよく分からないが、もぐりんもうれしいのだろうか、くすぐったいと足をばたつかせることはあっても、嫌がっている様子は全くない。

 

「いやいや、ワガハイたちだけでは人さらいどもを倒すことはできなかった。しかし不思議なものだな。人間と、モンスターが仲睦まじく、互いに助け合っているとは。」

「精霊神様はすべての命を、互いに助け合って生きていくように創造されたと聞いておりますじゃ。これが本来のあるべき姿なのかもしれませぬ。」

「ふむ、確かに、そちらにも人間とモンスターのつがいがいるようだし、な。」

 

 そう言うとドン・モグーラはヒカルとアンに顔を向け、少し考え込むようなしぐさをし、やがて意を決したように立ち上がると、ヒカルたちの所まで近づき、やや緊張したような声音で言った。

 

「アン殿、ヒカル殿、このたびは賊を退治するのに力を貸して戴き、感謝します。先も話していたのですが、弱いワガハイたちだけでは花嫁たちを隠すだけで精一杯だった。あなた方の助けがなければ、事件は解決できなかったかも知れません。」

「いや、まあそれは、お師匠に頼まれたことだから別に良いんだが、なんで急にそんな丁寧な態度になってんの?」

「我らモンスターは、基本的に強い者には敬意を払います。ワガハイは本来それなりに強くあるはずなのですが、どうも芸術以外にはからっきしダメでして。」

 

 ドン・モグーラってゲームでもこんなやつだっけ? と考えながら、記憶が定かではないヒカルは途中で考えるのを辞めた。本来、ドン・モグーラはゲームでは注ボス扱いで、戦闘力もそれなりにある。その上、下手くそな音楽を周囲にまき散らすという迷惑なモンスターだった。しかしこの世界のモグラの親分は、気が弱く強さも子分たちと比べてわずかに強い程度で、代わりに歌や踊り、絵画や彫刻を始めとした芸術に秀でているという、姿形以外は似ても似つかない個体となっていた。

 

「まあ、いいんじゃないのか? 私は確かに戦いには向いているが、女としてそれだけでもどうかと思うしな。人もモンスターも、皆それぞれ自分の良いところ、他者の良いところを認め合って、楽しく生きて行ければそれで良いと、私は思うぞ。

 

 今はフルフェイスの兜を小脇に抱え、アーサーからも降りているアンは穏やかな口調で、強さがすべてではないと話す。彼女が強すぎる自分の力をあまり好ましく思っていないような、そんな気がして、もちろん彼女の動きの少ない表情からははっきりとは分からないけれども、ヒカルはなんとも言えない気持ちになるのだった。

 

***

 

 花嫁の誘拐事件が解決してから数週間がたち、山奥の小さな村、その中にある、これまた小さな教会で、2人の男女が今、入りきらないくらいの人々に祝福され、この世界の創造主である精霊神に、これからの人生を共に歩む誓いを立てようとしていた。そしてややあって、2人の立つ壇上に、その誓いを見届けるべく、1人の人物が姿を現した。

 

「なっ?! サーラ、姫様……?」

「どうして、このような場所に姫様が……?」

 

 眼前に立つ、教会の神父ではない、見知った少女の姿に、新郎と新婦、ヒカルとアンは驚きで固まってしまう。少女、サーラはヒカルとアンの顔をじっと見つめている。しばらくの間沈黙が続いた後、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「ヒカル、アン。」

「はい?」

「どうしたのですか? 姫様、このようなところにお一人で……。」

「私、怒っています。」

「え?」

「私、怒っていますのよ? 私だって、サーラだって二人の結婚をお祝いしたかったのに、なのに……誰にも何も言わずに行ってしまうんですもの。だから、私、メッキーにお願いして、ここまで連れてきてもらいました。」

 

 そう言ってサーラは教会の入り口の方へ目をやる、すると、群衆の中に確かに、モンスターであるキメラの姿があった。村人は今更モンスターが混じっていても驚くことはない。今回の事件解決の功労者であるモグラ団の面々も、人間に混じって普通に参列しているのだから今更だ。それはさておき、新郎新婦の方へ再び向き直った少女の目には、涙がいっぱいで、それは今にもこぼれそうで……。

 

「わ、分かった分かった、悪かったよ。俺が騒がれるの嫌だって言って、ここを式場に選んだのがいけなかったな。まさかこんな反応されるとは思っていなかったんだよ。」

「さ、サーラ、頼むから泣かないでくれ、ああ困ったな、どうしよう。」

 

 今にも涙が決壊してしまいそうなサーラの表情に、ヒカルとアンはおたおたとうろたえるばかりである。貴族の正式な婚姻なんて面倒くさいから、何か理由を付けてこじんまりとやろうと考えたヒカルは、自分の生まれ育った遠い異国の風習で、結婚式はごく親しい者たちの間だけで、なるべく小さな教会で、おごそかに、精霊神に誓いを立てなければならないという「宗教上の理由」をでっち上げたのだ。精霊神が実在するというこの世界にあって、神に誓いを立てる結婚の儀式というのは、たとえ異国の慣習であっても尊重されるらしい。そんなわけで、ピエール国王は精霊神様に誓いを立てる儀式であれば、その方法についてとやかく言うべきではないと了承し、ヒカルの師匠であるザナックを仲人として、リバーサイドの村で挙式が行われることになったのである。ただし、いろいろな横やりを回避するため、国王と大臣以外には詳細な内容は明かされず、挙式の場所も日時も公開されなかったから、サーラは直前までそのことを知らなかったのだ。

 

「ホッホッホッホッ、まあそう怒りなさるな、小さな姫君よ。」

「ザナック様!」

「まったく困った花婿と花嫁じゃのう。こんなにかわいらしいお客を招待しないとは……。のう、サーラ姫よ、この男の師として、あなたにお頼みしたいことがあるのじゃが、聞き入れて頂けませんかのう?」

「私に、ですか……?」

「うむ、古来より王族は、精霊神様の代行者、とされておる。そこでじゃ、あなたにこの2人の門出にあたっての誓いを、見届けて頂きたいのですが、どうですかの?」

「ちょ、ザナック様、いきなりそれは……。」

「黙っておれ! お前らに拒否権はないからの。子供を泣かせた罰じゃ。」

 

 ザナックはサーラの顔をじっと見つめながら、彼女が答えを出すのを待っているようだ。ほどなくして、小さなその口は了承の言葉を発し、ここに挙式は改めて最初から仕切り直されることになったのである。はて、いったいいつ、2人は正式に結婚することになったのか、そもそも最初は、誘拐事件の犯人をおびき出すために、新郎新婦の演技をしていただけのはずだ。それがなぜ、このようなことになってしまったのか、それは事件が解決した日の夜に遡る。

 

***

 

 事件が無事に解決し、ザナックに事の顛末を伝えた後、ヒカルたち3人はリバーサイドの村へ戻っていた。花嫁たちが無事に帰ってきたと言うことで、村長をはじめ村人たちからお礼と称して酒やごちそうを振る舞われ、調子に乗ったヤナックが裸で踊り出したり、モグラ団の面々が歌や踊りを披露したりとどんちゃん騒ぎとなった。一方で、ヘッケルとバートは商人の馬車をいきなり襲ったことについて、村長と新妻たちから長々と説教される羽目になった。ベティとナナミを助けたのが自分たちではなかったこともあって、彼らの意気消沈ぶりは見ていてかわいそうになるレベルであった。しかし、襲った馬車が人さらいのものでなかったら、実際はその可能性の方が高かったわけだが、その場合のリスクを考えれば、これはまあやむを得ないことだろう。

 日がすっかりと落ちた今も、村長の家ではどんちゃん騒ぎが続いているだろう。ヒカルはなんとなく、宴会の輪から抜け出し、この村の象徴とも言える水車小屋の傍に並んでいる岩のひとつに腰を下ろした。ここは釣り好きな村人がよく釣り糸を垂らしている場所であり、実際川魚がよく釣れるスポットだそうだ。騒がしい宴の音が風に乗ってかすかに耳に届くのを感じながら、何の気なしに水面をぼんやりと眺めてみる。穏やかに流れる水に、月や星の光が反射して不思議な世界を形作っている。ヒカルはほろ酔いの頭で、これまでに起きたことをなんとなく思い返してみた。特に大きな戦いもなく、今まで遭遇した事件の中ではかなり楽に片付いたと言えるだろう。そんな、ある意味緊張感のない事件だったからだろうか。今になって、作戦とは言えあまりに大胆な方法をとったものだと、昨日の彼女の花嫁姿を思い出し、急に恥ずかしい気持ちになってしまう。だが、恥ずかしさのあまり記憶の片隅に追いやろうとしても、ウエディングドレス姿のアンと、重ねた唇の柔らかな感触が鮮明になり、そんなことを公衆の面前で行ったことに、彼の羞恥心は増すばかりであった。

 

「しっかし、それにしても可愛かったなあ、アン。」

 

 まるでそうあるのが当然のように、気がつけばヒカルとアンはここまで寄り添ってきた。彼らはお互いの形に出来ないもの、強いて言うならその心のあり方に自然と惹かれ合った。だから、ヒカルも最近までアンの外見についてあまり深く意識したことはなかったのだが、改めて考えてみると、ショートカットのスタイルの良い女性というのは、彼の好みのど真ん中を射貫いていた。最初はあまり表情が変わらないと思っていたが、仕草を含めて、今は顔を見ればどんな感情を抱いているのか、ある程度は分かるようになっていた。だから、ウエディングドレスを着たときの、少し照れているけれども嬉しそうな表情は、ヒカルをドキリとさせるには十分すぎるものだった。

 

「結婚、か。」

「……そうだな、恥ずかしかったが、悪い気分ではなかったぞ。」

「ああ、ああいうのもいいかも、な。」

「私が、君の生涯の伴侶でも良いのか? 戦うしか能がない、自分でも女としてどうかと思うときもあるが、それでも良いのか?」

「関係ないさ、お前が傍にいてくれれば、それ……って、うわあぁぁぁ?! アンおまえ、いつからそこに?!」

 

 気がつくと、自分の隣にはよく見知った顔があって、こちらを見てかすかに笑っているのが分かる。彼女、アンもそれなりに飲んでいたはずだが、酔っている様子はない。いや、そんなことよりヒカルは、自分は一体何を口走ってしまっただろうと今更ながらに慌てふためいてしまう。

 

「あ、えっと、その、だな。どこから聞いてました?」

 

 ヒカルは恐る恐る、目の前の女性に尋ねてみる。語尾が何故か丁寧語なのは、彼の童謡を現しているのだろう。そんな男の様子を見つめながら、アンは何でもないようにさらっと返事を返す。」

 

「私のことを可愛いと、言ってくれたところからだ。」

「全部じゃねえかよ?! ああもうクソ恥ずかしい!!!」

 

 月明かりしかないから、ヒカルの顔が真っ赤なことはアンに悟られてはいないだろう。彼女がおかしそうにこちらを見ているのが、なんとなくわかる。相変わらず表情の動きに乏しく、彼以外には気づくことは出来ないだろうが、彼女は今、心から楽しそうにしていると、ヒカルには確信が持てていた。

 

「なあ、ヒカル、もし、君さえ嫌でなければ……。」

「え?」

「私と、け……。」

「わ、わ、ちょっと待った!!」

 

 言おうとしていた言葉を途中で中断され、アンは今度は誰が見ても分かるようなきょとんとした表情をしている。ヒカルは彼女がこの場の勢いに任せて発しようとしている言葉を察知し、それを止めたのだ。些細なことなのだろうが、彼の中で、それはゆずれないものだった。

 

「それは、それだけは男の俺に言わせてくれ!」

「……? そういう、ものなのか?」

「そういうもん! 少なくとも俺の中では!!」

 

 その言葉は、男性が女性に贈るべきもの、まあ別に、そんなことが決まっているわけではないが、彼はそう考えている。だからこそ、このまま彼女に続きを言わせて「はい、よろこんで」なんて答えるわけにはいかないのだ。誰が何といおうと、彼の中ではそうなのだ。ヒカルは場を仕切り直すように、短く咳払いをして、アンの顔をまっすぐ見据え、この場の雰囲気とわずかに酔った勢いに任せて短く、人生を左右する言葉を言い切った。

 

「俺と、結婚してくれ。」

「ああ、喜んで。」

 

 あまりにも短く、簡潔な言葉。しかし、目の前の女性はやはり簡素な答えを返し、後は無言で彼に抱きつき、その胸に顔を埋め静かに目を閉じた。腰と頭に回された腕が彼女を引き寄せる力を感じながら、アンは長い間、自分を包むぬくもりに身を預けていた。

 2人の関係の進展は、端から見ればじれったいものだっただろう。今こうして正式に結ばれたことは、唐突に映るのかも知れない。本人たちでさえも、お互いに抱く愛という感情のすべてを理解し切れてはいないのだろう。しかし、それで良いのだ。これからも、2人はお互いを幸せにするため、ゆっくりと、端から見ればくすぐったいようなやりとりを、続けてゆくはずだ。その道の行方は、彼ら自身にも分からない。

 

***

 

 ステンドグラス越しに差し込む日の光を背に、子供用の礼服に身を包んだ少女が、一組の男女に向けて朗々と何かを語り聞かせている。その調子はとても、幼い子供のものとは思えず、こういった式典めいたものに場慣れしている様子がうかがえる。

 

「……ここに、アザナード=ヒカル=メイデル=シャグニイルと、その妻たるラナリー=アン=アスマ=シャグニイルの婚姻を、精霊神の代行者たるドラン王国第一王女、サーラ=アリシエール=サナド=ドランの名において見届けます。両名とも、前へ。」

「「はっ!!」」

 

 これから夫婦となる2人は、自らの前に立つ主君の元へ、数歩歩み出る。サーラは聖典の内容をよどみなく読み上げ、新郎新婦に最後の問いを投げかける。

 

「……あなたたちは、互いを永久(とわ)に愛し、生命(いのち)尽きるまでともに歩み、支え合うことを、精霊神様に誓いますか?」

「「誓います」」

「では、誓いの口づけを。」

 

 ゆっくりと重ねられた唇は、お互いの感触とぬくもりを伝え、2人にこの上ない幸せをもたらした。ややあって2人が元の位置に戻ったことを確認すると、見届け人は場を締めくくる言葉を紡いだ。

 

「婚姻の儀は見届けられました。ドラン王家と精霊神の名においてあなたたちが夫婦たることを認めます。いかなる時もこの誓いは、あなたたちの行く先を照らすでしょう。」

 

 人間と、モンスターと、従者のエルフと、多くの者たちに見守られながら、2人は新しい一歩を歩み始めた。未だ運命は定まらず、この先に何が待ち受けるのか、知るものはいない。かつての物語を知る青年にすら、この先の未来は分からないだろう。後の人々が様々な尾ひれはひれを付けて語り継いだと言われる2人の英雄のなれそめの真実を知るものは、この世界では本当にごくわずかだ。

 

***

 

 ドラン王都の中心地にある、貴族の邸宅が密集する一等地に、ヒカル、つまりシャグニイル伯爵の邸宅は構えられている。モモが使われていない屋敷をいくつか見つけてきた中から、魔法学院にアクセスしやすい場所を選んだのだが、その際に改修費を国王自らが拠出したことが貴族たちの間で話題になった。こうしてヒカルは徐々に、ピエール王と側近たちによって、王の側近、国の重臣という地位を固められていった。この屋敷も元の世界であれば、彼が足を踏み入れたことさえなかったような、それは別世界といってもいい住まいだった。

 

「それでは、モモ殿、世話になりました。とうとうお会いすることはできなかったが、シャグニイル伯爵にもよろしくお伝えください。」

「はい、確かに、主人にそのように伝えます。どうか道中お気を付けて。」

 

 口ひげを生やした、がっしりした体格の男は、(とお)に満たない子供がいる年齢にしては、やや老けて見える。ただ、実際に年齢を聞いたわけではないので、見た目通りの齢を重ねているのかは、モモにも分からなかった。

 

「オルテガ様、これを。」

「む、ミミ殿。これは……。」

「お弁当です。旅のいろいろな話が聞けて楽しかったです。また、この国に立ち寄ることがあったら、ぜひお越しください。」

 

 幼い容姿ながら、姉同様の細やかな気遣いを見せる妹のエルフに、オルテガは笑みを見せ、ゴツゴツとしたその手に、かわいらしくラッピングされた弁当を受け取り、担いでいた荷物袋の中に丁寧にしまい込んだ。そして改めてもう一度姉妹の方へ向き直り、軽く一礼すると彼女たちに背を向け、繁華街の方へ向けて歩き出した。

 

「しかし、ずいぶんと貴重なものをたくさんもらってしまったような気がするが、良かったのだろうか?」

 

 通りを歩きながら、オルテガは重くなった荷物のことに思いを巡らす。まだ研究中の試作品といえども、傷を癒すという魔法の水薬や、主人のコレクションの選定から漏れたものですがと前置きされた、それでも一般人には手の届かないほど高価と思われる魔法の道具など、気づけば数十にも及ぶアイテムを譲られたのだ。遠慮して断ろうとしたのだが、置いておいても使う者がいなくて無駄になるからと、半ば無理矢理に荷物袋に入れられ、今に至っている。

 

「しかし、プライドの高いと言われるエルフが絶対の信頼を寄せる主人か、是非とも会ってみたかったが、残念だな。」

 

 男は、おそらくもうこの国を訪れることはないだろうと考えていた。彼の目指す場所は人の住む世界から遙か遠い場所。ひょっとしたら、生きては帰れないかも知れない。なにせ、その場所にたどり着けた人間など、今まで1人もいなかったのだから。しかし、たとえ自分が直接その場所を伝えに戻れなくても、いずれ成長した息子が、自分の旅の即席をたどって、その場所にたどり着ける、そのわずかな可能性に男は賭けていた。

 愛する息子のため、強い決意を胸に秘めた男は、ドラン王都の商店街を行き交う人の波に消えてゆき、ヒカルと彼の運命は交わることなく動き始めた。

 

to be continued




※解説
オルテガ:原作で登場したアベルの父親。原作前の世界なので少し若い姿でイメージして頂けると良いかと思います。原作での一人称は「父さん」か「儂」でしたが、作中で「儂」という一人称を使う登場人物があまりにも多すぎるので、本作では「私」にしています。同様の理由で、ピエール王の公務における一人称は「余」になっています。
ボミオス:敵全体の素早さを下げる。これによって行動順をある程度コントロールできるが、ピオリムと同じ理由で使いどころは限られる。味方全体に必ず効果があるピオリムと比べると使用頻度は格段に落ちるだろう。モンスターズでは単体に効果がある「ボミエ」が登場している。アニメではピオリムは登場しているがボミオスは未登場。
結婚の誓い:ねつ造です。精霊神(ルビスみたいなもの)という神と、教会という組織があるので、現実世界のキリスト教「もどき(ここ重要)」になっています。ちなみにこの世界では、神父と神官、僧侶の区別は曖昧なので、違いはあってないようなものです。
サーラとアンの名前:ヒカルのと同じく、適当に長い名前を付けました。特に深い意味はありません。アンの現実世界での本名はアンジェリカ=スタッドマンといいますが、本編で登場人物たちがそれを知ることはありません。

この展開はプロットの時点で決まっていましたが、プロポーズの場面は勢いで書きました、後悔はしていません。ハーレムルートで良いんじゃないかというご意見もありましたが、多数入り乱れた男女関係なんて複雑なものは私には書けません、ごめんなさいm(__)m

さて、これにて導入編は終了になります。次話から時間が適当に飛びつつ、原作前の登場人物たちと接触していきたいと思います。それにより、物語の細かな部分が変化していきます。ヒカルとアンがこの世界に来たこと、デスタムーアが現れたことで、原作で怒るイベントの時間なども変わっていきます。その点をご了承の上お読みください。
活躍させて欲しいキャラやアニメ本編のエピソードなどで取り上げて欲しい内容などがありましたら、活動報告へのコメントかメッセージでお寄せください。毎回のお約束ですが、感想欄には書かないでくださいね。

次回もドラクエするぜ!

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