【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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前回、目の前で死にかけている少女を救うため、人買いたちの前で一芝居打ったヒカルたち。
はたして、病魔に冒された少女を救うことができるのか?


第24話 空を貫く1対の塔! 世界樹の秘境を目指して

 広大なドラン王城、その建物自体も世界屈指の素晴らしい建築物だが、どちらかといえば数ある庭園の方が有名だろう。バラ園、ユリ園など花の咲き誇る庭園や、広葉樹や針葉樹が整然と植えられた庭園など、その一つ一つが隅々まで手入れされており、世界中にその美しさが知れ渡っている。

 少女がもたれかかってうたた寝をしている巨木は、数ある庭園の中でも彼女が最も気に入っている果樹園のリンゴの木だ。この木は果樹園の中では最も古く、この庭園が造られた当初からあるとも言われているが、詳しいことを知るものはいない。

 少女の傍らでは、ウサギのような外見をした、しかしそれよりは遙かに大きい獣が体を丸め、寄り添うようにして眠っている。巨木の影が日差しを遮り、頬に当たる心地よい風を感じながら、少女は幸せなまどろみに心を委ねていた。

 

「姫様、ここにいらしたのですか!」

 

 幸せな時間を邪魔され、少し不快そうに起き上がった半眼の少女は、視界に写る人物が見慣れた従者と知って、一瞬で表情を作り替え、愛らしい笑顔で応対する。最初の反応に少しびくりとした従者……今日の当番であるメイドはほっとしたような表情を一瞬見せたが、すぐに業務用の貼り付けたような微笑を浮かべ、要件を告げる。

 

「お休みの所申し訳ありません。シャグニイル伯爵夫妻がお戻りになられました。」

 

 少女……サーラ姫はきょとんとした顔で、メイドの言葉を聞いていた。メイドは少しの間、不思議そうな顔をしていたが、姫の疑問を察知して説明を付け加えた。

 

「7日間のご旅行の予定でしたが、予定外のことが起こったと言うことで、早めにお戻りになられたようです。……伯爵夫妻が戻られたら報告するようにとのご命令でしたので……。」

「そうですか、わかりました。ありがとう。」

 

 そういうと王女、サーラは、傍らでまだ体を丸めて眠っている獣……いっかくウサギの背を撫で、優しく声をかける。それは、従者や客人に向けるものとは、言葉遣いも声色も全く違うものだった。おつきのメイドがこの光景を初めて見たなら、驚きで数秒は動けなくなったことだろう。今いるメイドの彼女も、最初はそうだった。

 

「ラビー、ヒカルたちが帰ってきたみたい、私は会いに行こうと思うけれど、あなたはどうする? ここでお昼寝してる?」

 

 いっかくウサギはのそのそと起き上がり、サーラの半歩ほど右後ろへ移動する。それが同行の意思だと知っている彼女はいっかくウサギ、ラビーの頭を軽く撫で、庭園の出入り口へと歩き始めた。途中、一度立ち止まり後ろを振り返った彼女は、臣下や客人には絶対に見せないような、年相応の子供の表情で笑って言った。

 

「今日は途中になっちゃったけど、また明日、お昼寝しに来るね。」

 

 再び前を向いて歩き出した彼女の黒髪を、優しい風がふわりと揺らし、先ほどまで寄りかかっていたリンゴの巨木がざわざわと揺れた。

 彼女の言葉がリンゴの木……ちょうろうじゅに向けたもので、木が風に揺れたようなその動きこそが、彼女の呼びかけに対する返答なのだと言うことを、従者のメイドが知ることはない。

 

***

 

 王都ドラン、ヒカルの邸宅の一室で、1つのベッドを囲んで数名が顔をつきあわせていた。この館の主であるヒカルと、従者であるモモ、そしてまだ年端も行かない少年の3名である。ベッドには少年よりもさらに幼い少女が横たわっており、その手を少年が固く握りしめている。

 

「だめです、今の私の手持ちでは、この子の病を治療することはできません。」

「そんなに面倒な病気なのか?」

「はい、外から入り込んだ邪気に体が冒されている上、衰弱しきっていて栄養補給をまともに受け付けてくれません。今は薬草から抽出したエキスを体に定期的にすり込んで、あとは神官様にホイミをかけていただきながらしのいでいますが、このままではそう長くは持ちません。」

「そんな……! せっかく、あいつらのところから助かったのに、どうすることもできないなんて!!」

 

 少年の顔に絶望の色が浮かぶ。この兄妹がいったい何をしたというのだろうか。運命に対する罵倒を心の中で浴びせながら、ヒカルはそれでも努めて冷静に対応策はないかと思考を巡らす。

 

「1つだけ、助かるかも知れない方法があるにはあるな……。」

「! そ、それは本当、ですか?」

「……ホーン山脈にあるパデキア、ですか……。いえ、たぶんそれでも無理でしょう。この子の病は生命力を枯渇させるやっかいなもので、正直、今なぜ生きていられるかも私には分からないのです。これを完全に治すには、それこそ生命そのものをつかさどる世界樹の力でもなければ……。」

「世界樹か……、って、ちょっとまて、あるのか世界樹?!」

「ある、とは言われています。しかし、その場所までは私にもわかりません。エルフの伝承では、世界樹は精霊神の御霊(みたま)とともに、下界より隔絶されし秘境に在る、とだけ記されています。」

 

 ゲームで言えば世界樹はⅡの頃から存在はしていた。そう考えればおそらくこの世界にもあるだろうと、ヒカルは確信のようなものを感じていた。そして、そういったことに詳しそうな人物に、彼は1人だけ心当たりがあったのだ。

 

「モモ、この娘を頼む。俺はこれから、ザナック様のところへ行ってくる。」

「お気をつけて。」

「お、俺も……。」

「お前はダメだ。」

 

 同行を申し出る少年の言葉を、ヒカルは強めの語調ではっきりと拒絶した。そして、不安と、焦燥に顔をゆがめる彼の頭にぽんと手を置いて、腰を低くし、目線を合わせて優しく言い聞かせる。

 

「勘違いするな。お前にはお前にしか出来ないことがある。お前の妹は今、衰弱して眠ったままだが、病気って運命と闘っているんだ。その闘いから目をそらすな、たとえ言葉は届かなくても、目を閉じていてお前の姿を見ることが出来なくても、お前の妹を助けたい心が本当なら、傍にいるだけで力になる。これは、他人の俺たちには出来ないことなんだ。」

 

 少年はじっとヒカルを見つめ、やがて静かにうなずいた。そして、ヒカルに向かって深々と頭を下げ、小さいがはっきりした声で言うのだ。

 

「お願いします、妹を、ルナを助けてください!」

 

 ヒカルは黙ってうなずくと、立ち上がって部屋の入り口へ歩を進める。入り口に近づいたあたりで外側からドアが開き、別の人物が部屋に入ってきた。

 

「アン! 戻ったのか?」

「お帰りなさいませ、奥様。」

 

 ヒカルは少し驚いたように入ってきた人物の名を呼び、モモは使用人として臣下の例を取る。部屋に入ってきたのはアンだった。2人で王への挨拶を済ませた後も、彼女はやることがあると言って城内に残っていた。それはそこそこ時間がかかるもののはずだが、何故こんなに早く戻ってきたのだろうかと、ヒカルは不思議に思った。そんな彼の表情を見て取ったのか、ベッドの脇まで移動しながら、彼女はこの時間に帰宅した理由を話し始めた。

 

「私達が早めに戻った事情を、姫様に聞かれてしまってな、気を利かせてくださったらしい。まったく、あのお歳でそんなことまで考えているとは、大人としてはなんとも複雑なのだが……。」

 

 彼女は少し苦笑いしながらふっと軽く息を吐き、次いでベッドで眠る少女と、その傍らでどう反応したものかと困り顔の少年を順番に見やり、再びヒカルに向き直った。

 

「話は聞いていた。私も一緒に行こう。急ぐのだろう?」

「ああ、仕事帰りに悪いが、頼む。」

「なに、いつものことさ。」

 

 アンは軽く笑うと、立ち尽くす少年の傍らまで歩み寄り、その肩に手を置いて、安心させるように優しい調子で言い聞かせる。

 

「聞いたとおりだ。私は女とは言っても戦士、剣を振り回すことしかできないが……。お前の妹を助けるため、力になろう。……少年、名前は?」

「……トビー、です。」

 

 ヒカルはこのとき初めて、その少年の名を知った。そういえば、先ほど彼は妹を、確かに「ルナ」と呼んでいた。そして今までのことを思い出し、自身も目の前の事態に少なからず動揺していたのだと気づく。そう、兄妹を助けたあの場面は、原作では、今この部屋のベッドで眠る妹、ルナが命を落とすシーンとして描かれていたはずだ。アベル伝説の作風の中ではあまり多くない悲劇のシーンだったために、良く覚えていたはずなのだが、現実に人買いが病気の子供に行った仕打ちがあまりにもひどかったために、衝撃と怒りで冷静さを欠いていたようだ。もちろん、彼らに確かめてみるまでは本当のところはわからないが、今はそんなことをしている場合ではないだろう。彼らがデイジィの弟妹だったとしても、それが初めからわかっていたとしても、あの状況で助けないなどと言う選択肢を、ヒカルが選べるはずはないのだから、結局やることは変わらない。ヒカルが思考を巡らせている間に、アンは少年のところまで歩み寄り、そして、まだ傷だらけの彼を抱きしめ、その身体を優しく撫でながら、呪文を唱えた。

 

「もっと早く治してやりたかったのだがな、遅くなってすまない。こんなになるまで戦って、怖かっただろう、痛かっただろう。……トビーの血肉よ、その傷を癒せ。」

 

 アンの手から淡く緑色の魔法の光が放たれ、トビィの体を包み込んでいく。彼女は目を閉じ、傷ついた少年を一層強く抱きしめた。小柄な少年の顔はアンの胸に埋もれ、トビーは多少の驚きに目を見開いた。

 

「ホイミ。」

 

 一瞬、さらに強い光がトビーの全身を包み込み、はじけるようにして消え去った。自分を抱く温かく柔らかなぬくもりと、傷を癒す魔法の力に緊張が緩みかけ、少年の目に涙がにじむ。しかし彼はぐっとそれをこらえ、その目に強い意志の光を宿す。

 

「……トビーは強いな。」

 

 気がつくと、目の前の女性は自分を抱きしめていた手を離し、笑顔でこちらを見つめていた。その表情は不安に駆られていた少年の心に再び勇気の火を灯す光。少年はまだ知らないが、それこそが、誰かに勇気を与えるその光こそが、紛れもない、彼女が勇者である証なのだ。

 

「さあ、行こうか、時間が惜しい。」

「ああ、行こう。」

 

 アンとヒカルは短く言葉を交わし、連れ立って部屋を後にした。トビーはそんな2人の背中を黙って、見つめていた。扉が閉まり、その姿が見えなくなっても、彼はしばらく、その場を動くことができなかった。

 

***

 

 数日前まで滞在していた大賢者の元を再び訪れたヒカルとアンは、世界樹についての情報を得るためザナックと食卓を囲んでいた。卓上の皿にはパンと焼き菓子が並べられ、彼らの眼前に置かれたティーカップからは紅茶の良い香りを乗せた湯気が立ち上っている。しかし、それらに口をつけようとする者はいない。

 

「ふぅむ、世界樹のう……。」

「ご存じですかザナック様?」

「まさか、その名をお前が知って折るとはな。……確かに、世界樹はこの世界にある。」

「ほ、本当か?! いったいどこに!」

 

 アンは身を乗り出して、問い詰めるように叫んでしまう。そして、はっとして慌てて椅子に座り直し、恥ずかしそうにうつむいた。感情をあらわにすることがほとんどない彼女にしてはかなり珍しいことである。

 

「……このホーン山脈の北側に、険しい岩山に囲まれた秘境があると言われておる。しかしそこへ、地に足をつけてたどり着くのはまず不可能じゃろう。ほぼ垂直に近い断崖絶壁、どこまで深いか分からない渓谷、そして何より、風の谷とは比べものにならん強風が行く手を遮っておるからの。おそらく翼を持つものであっても、あのすさまじい風をまともに浴びたのでは、飛んで乗り越えることは無理じゃろう。トベルーラや簡単な飛行の道具も、同じ理由で焼くには立たんじゃろうな。」

「ひょっとして、世界樹はその、到達不可能と言われる渓谷の先に……。」

「うむ、谷を越えた先にあると言われておる。……たどり着いた者の話は、少なくとも儂が生きてきた中では、聞いたことはないがの。」

 

 ザナックは少し冷めた紅茶を一口含み、ゆっくりと飲み込んでから、さらに話を続ける。

 

「その谷を挟むように、ふたつの塔がそびえ立っておる。雲に届きそうな程高いこの塔の最上階からであれば、風の影響を受けずに谷を越えることができるといわれている。

「ドラゴンの角、か。」

「?! ヒカル、お主どうしてその名を知っておる?……そうか、そういうことか。では、その塔を攻略する方法も知っておるか?」

「風のマント、ですか?」

「うむ。ただし、どこにあるのかはわからん。塔のどこかに隠されているという話や、すでに失われたという話もあるが、どれも真実の程はわからん。つまり、たどり着けたとしても最悪、谷を渡ることができない可能性も高い、ということじゃ。」

 

 確かにそれでは、苦労して塔……ドラゴンの角にたどり着けたとしても、最後の最後で手詰まりになる可能性が高いと言うことになる。ルナに残された時間を考えると、相当に厳しい条件だ。しかし、そうであれば、行動を起こさないという選択肢は、なおさら選べるわけがない。ヒカルとアンは顔を見合わせ、ほぼ2人同時に頷き、椅子から立ち上がった。

 

「やはり、行くのじゃな。」

「はい、いろいろと教えて戴いて、ありがとうございました。」

「気をつけての。」

 

 ザナックはそれだけ言って、黙って2人を送り出してくれた。装備を着用し、道具袋を身につけ、小屋の外へ出た彼らの前に、大きな翼を持つ異形の姿が現れた。

 

「メッキー?! おまえなんでここに……。」

「サーラがお前たちを助けてくれって、べそかきながら頼むもんだからさあ、ヒカルの家に行ったらここだっていうから、追いかけてきたんだぜ。いやあ、前に1度来たことある場所で良かったぜホント。んで、なんか良くわからんけど急いでるみたいだな。おまえら2人くらいならオイラが仲間を呼んで連れてってやるぜ。」

 

 思わぬ助っ人の登場に、ヒカルとアンはサーラに感謝した。翼を持つモンスターの助けを借りれば、少なくともドラゴンの角のある場所までは、徒歩よりも遙かに早く、確実にたどり着くことが出来るだろう。ヒカルはメッキーに事情を手短に話し、仲間を呼んできてもらえるように頼むことにした。

 

「よっしゃ、友だちを1匹超特急で呼んでくるぜ、ちょっと待ってな、ルーラ!」

 

 言うが早いが、陽気なキメラの身体は魔法の光に包まれ、テイル大陸の方向へあっという間に飛び去っていった。

 

***

 

 中央大陸の北東に、コナンベリーと呼ばれる港町がある。客船や漁船が多く出入りし、いつも活気に溢れているこの町も、宵闇に包まれ静寂が支配している。もっとも、あと1~2時間もすれば、早朝から出港する漁船に乗り込むため、船員たちが慌ただしく動き出すことになるだろう。ごく短い、暗闇と静寂に支配された時間は、裏の世界を生きる者たちの時間でもある。

 何の変哲もない住宅地の一角に、古びた宿屋がある。超一流の高級宿というわけでもないのに、ここは会員制で、いわゆる「一見さんお断り」の宿である。通常、こういった店は、客の質を確保するためか、取引内容が外に漏れては困るかのどちらかの理由で、会員制・紹介制という形を取っている。この店は後者の理由で普通の人間は出入りできない。

 そんな、いかにもな宿屋の1室で、ランプの明かりを囲んで、十数人の男たちが顔をつきあわせていた。よくよく診れば誰も彼も人相が悪く、一目見ただけでまっとうな道を歩むものではないというのが分かる。

 

「よし、てめえら集まったな。さて、ガキどもの買い手はどうなってるか、順番に報告して貰おうか。」

 

 男たちの中で、ひときわ屈強そうなスキンヘッドの人物が、周囲をゆっくりと見回しながら発言する。どうやら彼がこの集団のまとめ役であるようだ。

 

「へい、中央大陸はアリアハンの貴族様からお求めがありまして、男2と女3、合わせて5、すでに引き渡して代金は受け取り済です。」

「トフレ大陸のほうは最近はさっぱりですね。レーベって村の村長夫婦から男1、これから送る予定です。」

「トイラ大陸のデルコンダルから、男5、女7の注文でさあ、2日後の船で送りやす。」

 

 次次と上がる報告を、まとめ役の男はとりあえず黙って聞いているようだ。人間が品物として軽々しく売買されている様子は、普通の人間なら顔をしかめる程度では済まないだろう。しかし、裏の世界を生きる者たちにとっては珍しいことでもない。ことに、この集団、人買いと言われる者たちはそれを生業としているのだから、まさしく人間は「商品」なのである。さらに言えば、この連中は金で十分な人間が買えない場合は誘拐魔で行うというとんでもない犯罪集団であった。

 

「……問題はテイル大陸で、人身売買禁止令なんてのが出ちまって、まああそこはもともと大口の取引はあまりないんですが、さらにやりにくくなっちまいました。特にあの、新参者の伯爵が出張ってきてからは、おもしろくないことしかありやせん。今回も取引ゼロ、うちの若いもんが衛士の連中に何人か連れて行かれやした。」

 

 最後の優男の報告に、スキンヘッドの男はいかめしい顔をさらに険しくし、忌々しげにチッと舌打ちをした。その形相タルや、裏の世界を生きる男たちであっても一瞬びくりとしてしまうような迫力があり、この男が確かにこの集団で一番の強者なのだと示していた。

 

「中央大陸の方でもちっとおもしろくねえことがあったそうじゃあねえか。」

「へ、へえ、その、もうお耳に入ってやしたか。ボンモールへ向かった連中のいちばん下っ端がしくじりまして……。」

「いや、失敗自体は仕方ねえ、そいつらはシメとくとして、問題なのはその内容だ。氷を金塊に見立てて、兄妹2人を持ってかれたそうじゃねえか。」

「へえ、知り合いの魔法使いに調べさせたんですが、なんで氷が金塊に見えたのかさっぱり分からねえと、首かしげてやした。ただ、そういった感覚を惑わすような魔法は呪文じゃ再現不可能で、厄介な術式とかいう奴を使いこなせないといけねえらしいですぜ。そいつの話は半分もわかりやせんでしたが、使った奴は並みの腕前の魔法使いじゃねえ、そういうことになりまさあ。」

 

 その説明で、周囲の男たちは皆、黙り込んでしまった。魔法を使える人間は数が少なく、中級呪文が行使できたり、初級呪文を何発も唱えることができたりと言った人材は、その辺に転がっているようなものではないのだ。さらに、相手を惑わす幻覚の呪文などは、呪文で実現できないために使い手が限られ、膨大なマジックパワーと魔法の知識が必要とされるのだ。故に、犯罪集団は警戒を強くする。

 

「あまり考えたくねえが、魔法でんなことができるのはドランの国くらいしか思いつかねえ。下手したらそこの上の方にいる奴に目ぇつけられたかもしれねえ。今後は十分警戒して、派手な動きはしばらく控えるしかねえな。」

 

 スキンヘッドの男はそう場を締めくくり、男たちはその風貌からは考えられないような俊敏且つ精細な動きで、1人又1人と音も立てずに部屋を後にする。最後に残った男はランプを手に持ち、後ろ手でドアを閉めると、下の階に続く階段をゆっくりと下っていった。

 彼らは気がつかなかった。姿を消し息を潜め、この場の話をすべて聞いていた人ならざるものが、部屋の中に存在していたことを。

 

***

 

 ヒカルたちがメッキーとその仲間のキメラの背に乗り、ドラゴンの角を目指して飛んでいた頃、ドラン王城の1室で、国王と重臣たちが集まり、極秘に会議を開いていた。集まっているのはピエール王と、行政の各部門の責任者である大臣たちだ。筆頭大臣グエルモンテ侯爵をはじめ、財務大臣サリエル伯爵、文芸大臣アルマン男爵、外務大臣グリスラハール男爵といった国の重臣たちが一堂に会している。テーブルの上にはいくつもの紙田場が並べられており、その膨大な資料を精査しながら、彼らは最近世界中を脅かしている、人身売買組織への対策について話し合っていた。

 

「ふむ、まさか人身売買の連中と遭遇するとは、シャグニイル伯爵もよほどの受難体質とみえるな。」

「しかし、他国のことと放ってもおけまい。なにせかの組織は世界中に根を張り、非道な所業を繰り返しておりますからな。」

 

 アルマン男爵の皮肉めいた言葉に、グエルモンテ侯爵は真剣な表情で返す。この男がヒカルを何かと敵視していることは知っているが、そんなことは最早どうでも良いことだ。人身売買などと言う非道な手段が世界中でまかり通れば、いかにドランの治安をよくしても、影響を全く受けないというわけにはいかない。中央大陸の弱小国が組織に有効な対策を打てていないため、かの大陸は完全に人買いたちの拠点となってしまっているのだ。

 

「つい最近も組織の構成員とおぼしき数名の男たちを、衛士たちが捉えておりますが、他にも王都に潜伏している者がいると考えて間違いないでしょうな。誰かが手を貸している、ということになりますか。」

「うむ、……嘆かわしいことだが、状況から見て、それなりに地位のある者が手引きをしているとしか思えん。今はまだ実際に売られたり、さらわれたりした者はいないと聞いているが、放置しておけば何が起こるかわからん。」

 

 サリエル伯爵――さきの魔王事件で失踪した筆頭大臣の息子であり、現在は爵位を侯爵にまで下げられているが、王の抜擢により財務大臣の要職を任され、サリエル家の汚名を晴らすために日々政務に励んでいる――は、手元の資料を忌々しげににらみつけている。彼のつぶやきのような発言に頷きながら、ピエール王は今後の懸念を口にする。この国の貴族たちは、少なくとも王の側近や国の要職にある者たちは身分を笠に着ることもなく、本当に純粋に国のことを考え、政務を行っている者がほとんどだった。そんな彼らにとって、自らの国民が人身売買組織の脅威にさらされているというのは、とうてい許しておけない事態だったのだ。それは、ことあるごとに新参者のシャグニイル伯爵、ヒカルにくってかかっているアルマン男爵でさえも同じ事で、積み重ねられた紙束の上で握られた彼の拳は、小刻みに震えていた。

 

「このようなときに、シャグニイル伯爵はいったい何をされているのだ?! それこそ魔法で組織の人員をあぶり出すとか、できることはいくらでもあるではないか!!」

「落ち着け、若造。まったく何かにつけてヒカルを適ししよってからに。奴は今、死にかけの子供を助けると言って、中央大陸に引き返していきよったわ。」

 

 アルマン男爵を押さえると言うよりは、若造という言葉一つで黙らせたのは、集まった面々の中で最も高齢であるグリスラハール男爵だ。爵位はさほど高くはないものの、代々外務大臣を務める名門の家柄で、先代の王の治世から50年近くの間、ドランの外交を一手に引き受けている人物である。その身体は細く、吹けば飛んでしまいそうなほど痩せているが、眼光は未だ衰えず、齢70にも届こうかという老人のものとは思えない。

 

「シャグニイルの件については、余が許している。個人的なことかもしれぬが、死の淵に瀕している幼子を、放っておくこともできぬであろう。」

「は、出過ぎたことを申しました。」

「良い、そなたや皆があせるのは分かる。それに、この人会の件は、我が国とも無関係とはいえぬ。グエルモンテ。」

「はっ。こちらは我が国における人買いどもの組織を、追える限り調べたものです。……ここには書かれていませんが、奴らに手を貸している我が国の貴族、おそらくはホメット伯爵ではないかと……。」

 

 うつむき加減で述べられたアルマン男爵の謝罪を軽く流し、王はグエルモンテ侯爵に1枚の資料を示し、その説明をするよう促した。侯爵が発した、資料には記されていない首謀者の名に、彼と王を除く面々は驚愕をあらわにした。ホメット伯爵は公職にこそ就いていないが、広大な領地と莫大な材を持ち、ドランの反映に貢献してきた男だ。多少自慢話が過ぎるところはあるが、領土の統治についても善政を敷き、領民からも慕われているという。そんな男が影で、人身売買組織の片棒を担いでいるというのだから、にわかには信じられない話だったのだ。

 

「そん、な、あのホメット伯爵が、まさか……。」

「まだ確たる証拠はない。だが、調べなければなるまいな。サリエルよ。」

「はっ、

 

 あまりの驚きのため、アルマン男爵からは絞り出すような声しか出ない。王は閉じていた目を静かに開き、サリエル伯爵の方へ視線をやる。意図を察したサリエル伯爵は立ち上がり、一礼すると部屋を出て行った。そしてこれですべての議題を討議し追えた会議は解散となった。しかし、残った者たちがしばらくの間自席から動くことができなかったのは、無理からぬ事だったろう。

 

***

 

幾多の山々を越え、ヒカルとアン、メッキーとその友だちだというミオミオは、雲の上までそびえ立つ塔の目前まで到達していた。塔の北側にはどこまで深いのか分からない渓谷がある。その向こうにこちら側と同じような高い塔がそびえ立っているはずだが、霧のようなものが立ちこめ、向こう側を見通すことができない。辺りを一度見回してから、ヒカルはため息交じりにつぶやいた。

 

「こりゃあ、思ったよりひどい風邪だな。それに塔が高すぎて、頂上までルーラで行くこともできない。それにご丁寧に、外側から入れそうな場所が全くない。地道に塔を登って、風のマントを探して向こうへ渡るしかないな。」

「向こう側が見えないのも作為的なものだろうな。着地点のイメージが明確に持てなければ、移動系の呪文や特技は使えない。仕方がない。手段をゆっくりと考えていられるほど時間もないしな。……それにしても、やはりあのとき奴らを追っていかなくて正解だった。私と君のどちらがここを攻略するにしても、さすがに1人では危険すぎる。」

「ああ、結果的に直感は当たっていたことになるのか……今回はそれで良かったけどな。」

 

 正直言ってヒカルは、直感に任せた今回の行動が正しかったか、分からないでいた。しかし、理由があって下した判断よりも、そういったカンの方が正しいと言うことは少なからずあることだ。ヒカルとアンは塔を徒歩で登る決意をして、入り口の方へ歩き始めた。そんな彼らの背にキメラの声がかかる。

 

「んじゃあ、おいらとミオミオはあっちの森で待ってるから、無事に戻ってこられたら声をかけてくれよな。」

「ああ、周囲に邪悪な気配はしないが、塔へは不用意に近づくなよ。」

 

 ヒカルの言葉に、キメラたちは了解の意志を継げると、まもなく森の中へと消えていった。ヒカルとアン、スライムモギのアーサーは塔の前で一度立ち止まる。間近で見上げるとさらに高く感じ、たいした面積があるとは思えないこんな建物が、どういう原理で倒れずに立っているのかまるで分からない。

 

「ふむ、何か塔全体を覆う力を感じるが、アンやヒカルはどうだ?」

「……魔法屋生命力の類いじゃないから、俺にはなんとなく変な感じがするくらいしかわからんな。」

「私には白いオーラのようなものが渦を巻いているように見えるな。アーサーも同じか?」

「うむ、いったいこの塔は何なのか、警戒しておいた方が良さそうだぞ。」

 

 アーサーとアンに見えている「聖なる力」はヒカルの目には映らなかった。それはこの塔が魔法的な力以外で覆われていると言うことだ。それは彼の得意な魔法では、何かが起こっても対処しきれない可能性があると言うことをシメしている。しかし、いずれにしても、彼らは前に進むほかはない。

 アンは入り口の扉に手をかけ、ゆっくりと手前に引く。動かないことを確認すると今度は、扉を奥に押し込むように力を入れる。程なくして、重たい音を立てて、分厚い鉄製の扉はゆっくりと開かれた。

 

「何もないな。カギくらいかかっているかと思ったが。」

「その辺がかえって不気味だけど……ま、行くっきゃないでしょ。」

 

 塔の中はかび臭く湿った空気が満ちており、ここが長らく外からの訪問を受けていないと言うことが分かる。ゲームとは異なり、モンスターの住処になっているようなこともないようで、周囲に生き物の気配はない。そうして、魔法の明かりを頼りに、ヒカルたちは塔の最上階を目指し、何階まであるのかわからないその建物を、少しずつ登っていった。

 

to be continued




※解説
パデキア:ゲームではあらゆる病を治すとされる秘薬。原作では瀕死のアベルを蘇らせる呪文をザナックが唱えるための触媒となっていた。ゲームでは根を、原作では葉をすりつぶして用いている。回復呪文では病気は治癒しないので、なにげに重要アイテムと思われるが、ナンバリングでの登場はⅣのみである。
世界樹:Ⅱから登場した、生命を司る巨木。その葉は死者をも蘇らせる力を持つとされている。ザオリクの呪文と同じ効果がある。ちなみにナンバリングタイトルでは葉を一度に1枚しか持つことができないが、スピンオフ作品ではそのようなことはない。ゲームでも、世界樹の葉を持った状態だと、世界樹からは新たに手に入らないと言うだけなので、一度預けて後から引き出せば複数所持できることもある。また、同様の理由で宝箱やモンスターからのドロップアイテムの場合は葉を所持していても普通に手に入る。
ドランの貴族たち:ねつ造です。本名は例の如く長く、設定もしてありますが、よほどのことがない限り作中で明かされることはないでしょう。この世界の為政者たちは原作に沿い、基本的に善人を多めに配置しています。世界が滅びる脅威があるのに、人間社会もごちゃごちゃでは話の収拾がつかなくなりそうですので……。

何人かの方からリクエストを戴き、トビーとルナを救済すべく主人公たちが動き始めました。とうとう原作の登場人物の運命に介入してしまったヒカル。彼らはルナの命を救うことができるか? 世界樹の葉は本当に存在するのか?
その前に、いかにも何かありそうな、目の前のダンジョンをクリアできるのか……?

少女の命は最早、風前の灯火だ。急げ、勇者たちよ!!
次回もドラクエするぜ!!

……余談ですが、仲間モンスターの名前を調べていたときに、キメラの名前候補に「トビー」ってのがありました。まあ、だからなんだって話ですけども……。

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