【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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北海道胆振地方地震で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。
私の住んでいる地域は大きな被害はなかったですが、北海道全域が停電の影響を受け、物販の復旧までにそれなりの時間を要しました。
バタバタしていたこともあり、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
あと、気づいたらUAが10000超えていました。お読み戴いているすべての方々に心から感謝致します。ありがとうございます。
今後も、遅筆ではありますが、ぼちぼち更新していきますので、どうぞ長い目出見てやってくださいませ。


第25話 世界樹に迫る脅威! 恐怖のドラゴン軍団!

 塔を登りはじめてから、いったいどれくらいの時間が経過したのだろう。そもそも塔の高さがどれだけで、自分たちが今どのあたりにいるのかさえ、正確にはわからない。幸いにも襲ってくる獣やモンスターなどはおらず、ここに来るまで戦闘は一度も起こっていない。しかし、あまりにも長く続く同じようなフロアに、先を急ぎ焦る2人の脚は次第に重くなっていく。

 

「ふうっ、いったいどこまで登りゃあいいんだ、この塔は。」

「どの階も同じような構造をしているから感覚が狂ってくる。もうかなり上まで来たはずだが、外を見下ろせるような窓のようなものも全くないな。」

 

 ヒカルは汗を拭いながら、今までどのくらい階段を上ってきたか考えてみる。軽く20回は超えているだろう。もちろん、ゲームのドラゴンの角はこんな高さではなかった。まあそんな作りにしたらプレイヤーが途中で飽きてしまうし、当時のデータ容量の上限を考えれば当然なのだが、この世界では名前だけ同じ別物のダンジョンだといって良いだろう。しかしそれにしても、何か同じ所をぐるぐると回らされているような感覚を覚えるが、階段は確実に上っているためそのようなことはないだろう。おそらく各フロアの構造をわざと同じにして、侵入者の感覚を狂わせることが目的なのだろう。

 アンが見通す先には次のフロアへ続く上り階段がすでに見えている。人間のヒカルにはそこまで見通せていないが、アンの様子からそのことは察していた。次は最上階であれば良いが、そういう感じはない。うんざりした気分になりながら、ヒカルはアンの後をついて、上のフロアへと足を運ぶのだった。

 

「む、これは……。」

 

 次のフロアは見渡す限り一部屋しかなく、その次のフロアへ続く上り階段も見えている。そして、今までとは違う冷たい風が、上のフロアから流れ込んできているのが判る。どうやら、そろそろ最上階が近いらしい。

 

「ん? おいアン、何だあれ? 何か倒れていないか?」

「? 何かいるのか? ああ、階段のそばに何かいるな。……小動物のようなものが、うずくまっているように見えるが……。」

「生命力を感じるからたぶん生き物だと思う。邪悪な力は感じないから大丈夫だと思うけど。

「何かの罠かもしれないぞ、2人とも気をつけるのだ。」

 

 階段のそばに、緑色で小さな何かが丸くなっているのが見える。わずかな生命力を感じたヒカルは、それに近づこうとし、アンもその後を追う。アーサーの忠告を受けた2人は、やや歩く速度を落とし、周囲に警戒しながら上り階段の下までたどり着いた。

 

「こいつは……ミニデーモン、か?」

「外見からすればそうだな。しかし、なぜこんなところに、ミニデーモンが1匹だけ……? 見たところかなりの傷を負っているようだが。」

 

 近寄ってよく見ると、それは緑色の体色をした小さな悪魔、ミニデーモンと呼ばれるモンスターだった。しかし、いったいなぜ、こんなところでミニデーモンがたった1匹で倒れ伏しているのだろうか。

 

「とりあえず、名前が分からないから効果は落ちるが、回復してみるとしよう、ベホイミ。」

 

 アンはミニデーモンに触れると、詠唱を行わずに呪文を唱えた。ミニデーモンの個体名がわからないため、本来の回復呪文(ベホイミ)の効力は望めないが、それでも起こして話を聞くことくらいは出来るだろう。魔法の光が収束する頃には、目立った外傷はすべて塞がり、苦痛を取り除かれたミニデーモンはゆっくりと、その目を開いた。

 

***

 

 深い深い森の中にある小さな集落。地図には記されておらず名前もなく、俗世から隔絶された秘境、ここで暮らす者たちは皆、自給自足を行い、自然界の力、精霊の加護を受けて慎ましく暮らしていた。それだけであれば別に銅ということもないが、この集落にはひとつだけ、他と違う大きな特徴があった。

 

「精霊神様、今年もまた、多くの実りを与えてくださりありがとうございます。」

「大地の恵みに感謝いたします。」

 

 集落の北端にある巨木は、いったい樹齢何年ならばこのような大きさになるのかというほど太く、その周りを一周するだけでかなりの時間を費やすと思われる。そんな巨木の下に、数十名が集まり、何やら祈りを捧げているようである。集団と巨木の前には祭壇らしきものが設置され、野菜や果物、魚や酒などが供えられている。祭壇の真下で、小柄な老人と妙齢の女性が、巨木に向けて何やら祈りの言葉らしきものを読み上げている。老人の方は小柄でずんぐりとした体格をしており、女性の方は細身だが豊満な胸部と殿部が異性の目を引きつける。外見的な特徴からおそらくドワーフとエルフなのだろう彼らは、どうやら集団の代表者として、収穫祭のようなものを取り仕切っているようである。

 

「た、大変だぁっ!! ま、魔物が森に現れたぞ!!」

 

 静寂に包まれた清浄な雰囲気は、やや遠くから聞こえる悲鳴にも似た男の叫びによって打ち破られ、その場は騒然となる。状況を確認する間もなく、男の背後の森から煙が上がり、次いでバチバチという音が聞こえてきた。

 

「な、なんじゃ?! あれは?!」

「長老、ど、ドラゴンです、多数のドラゴンが森に現れて暴れています!!」

 

 長老と呼ばれたドワーフの老人は、驚きのあまり手にしていた杖を取り落とし、隣に立っていたエルフの女性も顔面蒼白になっている。それも当然だろう、この世界においてドラゴンは、他の生物に比べて圧倒的すぎる力を持っている。英雄の領域にある強者が複数人のパーティを組んでいればドラゴン1匹くらいには勝てるかもしれない。しかし、それが複数体現れ、しかも暴れ回っているというのは、限られた数の強者がいたとしても対処できるものではなく、その状況は絶望という言葉以外では表現できない。この場にいる者たちは世界全体から見ればそこそこの強者と言えたが、それでも複数のドラゴンを相手にまともに戦えるものなど1人もいなかった。

 

***

 

 小さなミニデーモンの目には、それはまるで英雄譚に記された戦いのように映っていた。吐き出される炎をものともせず、すべて紙一重でかわしながら、固い鱗の隙間の柔らかい部分だけを的確に剣で切りつけ、スライムに乗った騎士は巨大な魔物、スカイドラゴンと呼ばれるモンスターを翻弄していた。

 

「闇の雷よ、貫け! 漆黒の刃をもってかの者を打ち倒せ!」

 

 目の前の騎士に意識が集中しているスカイドラゴンは、後ろで呪文を唱えている魔法使いへ注意を払えない。尻尾による大ぶりの攻撃をかわされ、バランスを崩したときには、呪文の詠唱は完了していた。

 

「ドルクマ!」

 

 魔法使いの手から放たれた黒い線状は、正確にスカイドラゴンの急所を打ち抜いた。いかにずば抜けた生命力を持つドラゴンであっても、ちまちまと蓄積されたダメージの上に中級呪文を、それも急所に直撃されてはなすすべもない。一瞬全身を硬直させ、次の瞬間には光となってその身は消え失せた。

 

「ふうっ、危なかった。あの不意打ちに気がつかなければ結構なダメージを食らうところだったな。」

 

 スカイドラゴンの体の核となっていた大きなエメラルド色の宝石を回収し、ヒカルたちの元へ戻ってきたアンは軽くため息を吐く。あの後、傷の癒えたミニデーモンのミニモンから事情を聞いたところ、森で薬草を採取している最中、スカイドラゴンの群れが現れ、逃げ回っていたところふとした拍子でそのうちの1体の脚に引っかけられてここまで運ばれた形になったということだった。ミニモンは精霊神に仕えている薬師で、ドラゴンの角を超えた先には確かに精霊神の宿る神木(しんぼく)、世界樹が存在すると教えてくれた。

 

「しかし、なぜこんなところにドラゴンが……。飛んでこられる高さじゃないはずなんだが……?」

「おいアン、下を見てみろ、それから上もだ。」

「ん? 上と下? 何を言っているんだ? ……! なっ!? これはいったい……。」

 

 アンが驚くのも無理はない。下を見ると、どこまで深いのか判らない険しい渓谷が見え、その先には確かにこの塔と同じような塔がそびえ立っている。こちらよりも多少低いらしく、塔の頂上がはっきりと目視できる。問題は上だ。見上げると確かに上空には雲があり、その隙間から青空が見える。太陽は若干雲に隠れ気味になっているが、しっかりと塔の最上階を照らしている。……おかしい。先ほどは確かに塔の頂上は雲の上にあり目視できなかった。それにかなりのフロアを登ってきたはずで、その割には雲はまだかなり高い位置にあるように思われた。

 

「……やられたな。アンとアーサーが見た聖なる力ってやつで、幻覚を見せられていたみたいだ。この塔は下から見たときのような高さは元々なかったのさ。探索中もおそらく高度な術で幻を見せられていたんだ。魔法じゃない、何か別の力でね。アンたちがその辺を感知できなかったのは、述をかけたやつがアンよりもかなりレベルが高いか、聖なる力を使った幻術に特化した能力を持っているか、そんなところか。」

「聖なる力、……あの塔を侵入者から守っている力、か。ではあのスカイドラゴンはどうやってここに? 奴らが幻術を見破れるとはとても思えないのだが?」

「それについては色々思うところもあるんだけどな、……おっと、そんなことを長々語っている時間もない。とっとと向こう側の塔へ飛ぶぞ。」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ボクがさっきも言ったとおり、風のマントはここにはないんだ。だから向こう側へは……。」

 

 ヒカルの話を慌ててさえぎるミニモンに、アンは大丈夫だとだけ、短く答えた。まだ何か言おうとするミニモンを手で制し、ヒカルは全員を自分の周囲に集め、呪文の詠唱をはじめた。

 

「天の精霊よ、翼を持たぬ我の翼となりて、彼の地へ導け。竜の角の一角へと我らを誘え、天よ、繋がれ! ルーラ!」

 

 いつもとは違う詠唱の言葉を紡ぎ、全員を魔法の光で包み、目には見えない翼をまとった魔法使いは、神の遺した道具(アイテム)すら使うことなく、自らと仲間たちを反対側の塔へと、難なく運んでみせた。

 

「す、すごい、人間がこんな呪文を使えるなんて、いや、エルフやモンスターだって、ここまで出来る奴は見たことない、ボクは夢でも見ているんだろうか??」

「ふふふ、驚いているな。ヒカルはこの世界では最強の魔法使いだからな。」

「おいおい、そういう身内をベタ褒めするのは恥ずかしいからやめとけ。」

 

 ミニモンの驚愕と、得意げなアンの勝算に照れくさそうな表情を浮かべながら、ヒカルは塔の下に広がる広大な森を見下ろした。あちらこちらから煙が上がり、はっきりとは判らないがオレンジ色の炎のようなものも見える。どうやら森のあちらこちらで火の手が上がっているようだ。

 

「こりゃ、ちとまずいな。山火事とかならあんなにあちこちでいっぺんに起こったりはしないと思うけど、そうだとすると……。」

「先ほどのドラゴン、か?」

「あんまり考えたくないけどな。」

「ええっ、まさか、まさかあんなのがまだたくさんいるっていうの!? ど、どうしよう、みんなが、里のみんなが……!」

 

 ヒカルとアンの口にした推測を聞き、ミニモンは生きた心地がしなかった。世界樹の麓にある小さな集落にはわずかだが、ドワーフやエルフ、モンスターたちが住み着いている。彼らはいずれも、この世界ではそこそこの強者のはずだが、さすがにあのドラゴン相手では苦戦どころではすまされないだろう。先ほどはアンとヒカルが規格外に強かったことと、敵が1匹だけだったため倒すことが出来たが、もしあんな魔物が複数体で現れたなら、勝利することはおろか、逃げられるかさえ怪しい。

 

「……1箇所に集まってれば倒す方法はある。けどまあ、その前に間に合うかどうか、これから塔を降りなきゃ行けないからな。」

「あ……。」

 

 ミニモンはそこで、塔から地上まで降りることを全く考えていなかった事に気がついた。眼下の様子から見て、すでに被害はかなりの範囲に及んでいることが推察される。この塔を下り、世界樹のある秘境までたどり着くにはどんなに早くとも、徒歩であれば半日以上は軽くかかるだろう。ルーラであれば一瞬で戻ることもできるが、ミニモンは使えないし、一度も訪れたこともないヒカルでは、ルーラ自体が使えてもたどり着くことはできない。誰かと連絡を取ろうにも、そのような能力やアイテムを、ミニモンは持ってはいなかった。

 

「とりあえず、この塔から脱出する、そのあとは仕方ない、歩いて世界樹まで行くしかないな。」

「やむを得んな。ミニモン、案内してもらえるか?」

「う、うんわかったよ、でも、ここを脱出するって、どうするの? 呪文……ま、まさか……アレも使えるの?」

「まあね、じゃあ行くぞ、慈悲深き精霊神よ、迷える我らを救い給え、リレミト!」

 

 ヒカルたちの身体を赤い魔法の光が包み、その姿はその場から一瞬でかき消えた。ミニモンが気がついたときは、高くそびえ立つ塔を背に、広大な森が眼前に広がっていた。その状況に、彼はただ驚くしかなかった。

 

「さて、ここから先の案内は任せるぞ、ミニモン?」

「あ、うん、わかった。じゃあボクについてきて。」

 

 アンに促され、ミニモンは彼らの先頭に立ち、森へ入ろうと一歩を踏み出した。しかし、彼の足は、上空から誰かに呼ばれたことで、それ以上進むことはなかった。

 

「ミニモン! こんなところにいたのですか? 無事で良かった!」

「エリアス!!」

 

 ミニモンとヒカルたちが声のする方に目をやると、何者かが遙か上空から彼らを見下ろしている。どうやらミニモンの知り合いのようだが、遠目では鳥が飛んできているようにしか見えない。やがてその姿は少しずつ近づいてきて、ミニモンの眼前に降り立った。近くで見てみれば、その容姿は翼のはえた人間、ちょうどⅣでいうところの天空人のような外見をしている。金髪色白の、やや切れ長の目をした青年は、ミニモンを抱き上げ、心底安心したという表情を浮かべた。

 

「探しましたよ、精霊神様も心配しておいでです。さ、戻りましょうか……おや、失礼、そちらの方々は……! こ、これは、精霊の鎧……! 失礼致しました、勇者様。」

「? おいおい、初対面でいったい何の真似だ? 私にはあなたに跪かれる覚えなどないのだが?」

「こ、これは申し訳ございません。私は精霊神様にお仕えする戦士で、翼人のエリアスと申します。その鎧は精霊神様が認めた勇者の証、あなたに出会うことがあれば世界樹までお連れするようにと申しつかっておりました。」

「あ~、エリアス? ボクにはよくわかんないけど、スカイドラゴンにあっち側の塔まで連れて行かれたボクを助けてくれたのが、この2人なんだよ。」

 

 いきなり目の前の翼人に跪かれ、アンは困惑するばかりだ。隣の男に視線を向けて見るも、ヒカルにしても同じようなものだ。ミニモンがヒカルと暗に助けられたという話を聞かせたことで、翼人のエリアスは幾分かは落ち着いたようだが、それでも興奮冷めやらないといった様子で、熱のこもった視線を暗に向けている。

 

「ふむ、精霊神様がお呼びとは、2人とも、それはこちらとしても都合が良いのではないかな?」

「まあ、そりゃアーサーの言う通りだな。ええと、エリアス、さんだっけ? 俺も一緒に行ってかまわないかい?」

 

 ヒカルの問いかけに、エリアスはようやく落ち着きを取り戻したようで、すこしばつの悪そうな顔をしながら、それでもどこか優雅な所作で、ヒカルにお辞儀をして見せた。それは何というか、礼儀作法など気にもとめないヒカルであっても、優雅で美しいとさえ思う、不思議な魅力を持っていた。

 

「これは失礼致しました。……この桁外れの魔力、そして勇者アン様とご一緒と言うことは、あなたがヒカル様ですね。大変お見苦しいところをお見せ致しました。改めまして、ミニモンを助けて戴いて、ありがとうございます。お二人とも、精霊神様の元へご案内致します。……できれば私どもにご助力戴きたいのですが……。」

「ああ、あの森の騒動のことかい? それは構わないよ。こっちもちょっと急ぎの用があるんでね、代わりといっちゃあなんだけど、できることなら協力しよう。」

 

 ヒカルのその答えに、エリアスは安堵の表情を浮かべ、ヒカルとアンに自分の近くまで来るように促した。全員が効果範囲に入ったことを確認した彼は、天に向かって片腕を突き上げ、呪文を唱えた。

 

「では、参ります、ルーラ!」

 

 森のあちらこちらで上がっている火の手は、収まるどころか徐々に広がりはじめている。何故このような場所を魔物が襲撃するのか、神が宿るとされる巨木と、それにまつわる人々を巻き込み、運命の歯車は、男が知らない方向へと回り始めている。

 

***

 

 どこかの建物の中庭のような場所で、1人の女性が憂いげに空を仰いでいた。周囲の建物も含め、見渡す限り筆舌に尽くしがたい絶景だというのに、彼女はまるでこの世界の忠臣であるかのような美しさと神々しさを放っていた。彼女こそは、この世界に住まう者たちから「精霊神」と呼ばれあがめられる神である。すべての生命あるものを作りだし、慈しむとされる彼女は、自らの宿る神木、世界樹の周囲で起こっている事態と、自らが住まうこの神殿で薬師をしているミニデーモンが戻らないことに心を痛めていた。

 

「精霊神様、ミニモンでしたらエリアスが探しております、どうぞご安心ください。」

「レイアス、ミニモンのこともそうですが、森を襲っている邪悪な者たち、あれはおそらく、本来の歴史から外れたゆがみによってもたらされた、かの者のしもべ。おそらくあれと互角以上に戦える者は、この中にはいないでしょう。」

「……それは……。」

 

 翼人、レイアスは顔をゆがめ、拳を強く握りしめた。彼は弟のエリアスと友に、一族の中ではずば抜けた剣の腕を持っている。その上、多生ではあるが呪文の心得もあり、いかなる敵が現れてもこの世界樹と里の者を守り切れると自負していた。しかし、彼は見てしまったのだ、森を焼き尽くす強大なドラゴンの力を。そして、戦おうとする意思とは正反対に、その身体は一歩も動くことができず、ドラゴンが通り過ぎるまで岩陰に隠れて身を潜めていたのだ。それは生物として生き残ると言うことを考えれば、決して間違った選択ではない。しかし、誇り高き戦士としてはあまりにも無様で、この上なく情けない姿だと、レイアスは湧き上がる後悔の感情を抑えることができずにいた。

 

「戻りましたか。」

 

 精霊神がそう言って、中庭の花壇に視線を向けたのとほぼ同時に、空から青白い光がものすごい速さで降り立ち、その中から現れた見知った人物に、彼女の顔がほころんだ。

 

「エリアス、ミニモン、無事で何よりです。」

「はっ、遅くなり申し訳ありません。」

「心配かけてごめんなさい、精霊神様。」

 

 精霊神は静かにエリアスに歩み寄り、彼に抱えられているミニモンを抱き上げると、嬉しそうに自分の頬を寄せた。ミニモンはくすぐったいような、照れくさいような表情をしているが、嫌がることもなくされるがままになっている。ふと、精霊神の視線がエリアスの傍らに立つ人物たちに向けられた。彼女は多生驚いた表情をしたが、すぐに柔らかな微笑を浮かべた。

 

「よく、ここまで来ましたね、ヒカル、アン。』

「精霊神様、お初にお目にかかります、私は……。」

「良いのですよ、アン、ずっと2人を待っていました。私はここから動くことができません。あなたたちが私に会いに来てくれるまで、待つしかありませんでした。」

 

 跪こうとするアンを制し、精霊神は彼らを待ち続けていたことを明かす。それはまぎれもない本音のようで、先ほどまで空を見上げていたときのような憂いは、彼女の表情からは消えていた。もっとも、その表情を知っているのは、この中ではレイアスだけであるが。

 

「っと、唐突で悪いんですが、そちらも急いでいるでしょう? こちらも急ぎの用がありましてね、そちらのエリアスさんからだいたいの事情は聞きました。それで、精霊神様はここから森全体の様子を把握してますか?」

「ええ、大腿の状況はわかっています。森に複数体の魔物、スカイドラゴンが現れ、無差別に周囲を焼き払って暴れています。この世界樹はあの程度の力では焼けることはありませんが、この樹の周りに小さな里があって、様々な種族が小規模ですが集まって暮らしています。集落そのものは世界樹の結界にあるので被害はないと思いますが、森が焼けてしまうと、彼らの生活が成り立たなくなってしまいます。できればドラゴンたちを退けたいのですが、なにぶん私達では力不足で……。」

 

 精霊神は事情を話し終えると、再び憂いげな表情を浮かべた。そのような表情であっても、美しいその姿はあらゆる者の目を引きつけるほど魅力的なものだ。非常に美しい女性の姿をしている彼女が、本当はどんな存在なのか、ヒカルにも分からない。通常の生物から感じるような生命力を、彼女からはまったく感じないからだ。強大な魔力の塊とでも形容できるそれが何故人の姿を模り、言葉を発しているのか、彼の理解の及ぶところではない。しかし、精霊神に力を貸すことが、間違いなく自分たちの目的の助けになるだろう事を、ヒカル茂アンもアーサーもわかっている。であれば、取るべき行動はひとつだ。

 

「ふむ、奴らを1箇所に集めることさえできれば、一発で退場させられるんですけど、精霊神様も一口乗ります?」

「ヒカル、さっきもそんなことを言っていたが、本当に大丈夫なのか?」

「ヒカルさん、横から口を挟むようで申し訳ないのですが、ドラゴンの群れを一発で退ける方法など、私も全く思いつきません。いったいどうされるのですか?」

「ボクも気になるよぉ、ヒカルとアンはドラゴン1匹くらいならあっさり倒しちゃうくらい、ものすごく強いけどさあ、さすがにあんなのがいっぱいいたら、ちょっと勝てる気がしないよ?」

 

 アン、エリアス、ミニモンに次次と疑問を投げかけられ、ヒカルはにやりと笑みを浮かべ、余裕の態度を崩さずに説明をはじめた。

 

「なに、簡単なことだよ、あいつらはとある呪文に対する耐性がなくてね、そいつを使えば一発でサヨナラできるのさ。どんな呪文かは、まあ見ての尾楽しみさ。」

「ふざけるな!! そんな方法があってたまるか! 人間風情がいい加減なことを!!」

「あっ、おやめなさいレイアス!!」

 

 精霊神が静止の言葉を発したときにはすでに、レイアスは憤怒の形相を浮かべて剣を抜き、ヒカルに斬りかかっていた。魔法の力以外一般人と大差ない彼の身体能力では、一流の戦士の一撃を受けることも、交わすこともできるはずがない。しかし、レイアスの剣はヒカルを切り伏せる寸前で、別の剣によってしっかりと受け止められていた。

 

「貴様、何のつもりだ?!」

「……それはこちらの台詞だ。私の愛する夫を傷つけようとする者は、何人であろうとも容赦はしない。切り捨ててやるからそこへなおれ。」

「おやめなさい両名とも。……レイアス、あなたはどうしてそう、すぐに戦おうとするのです。今までは多めに見ていましたが、この世界に選ばれた勇者たちに害をなすのであれば、あなたをここへおいてはおけませんよ。……剣を収めなさい。」

「……はっ、申し訳ありません……。」

 

 形だけの謝罪と、納得できていない表情に思うところはあったが、緊急時と判断している他の者は話を続ける。

 

「ヒカル、許してくださいね。レイアスは決して悪人ではないのですが、気位が高く乱暴なところがあって困っているのです。……わかりました。おそらくあの魔物の群れは、世界樹と、それに宿る私を世界から消すため、送り込まれた刺客とみて間違いないでしょう。私が結界の外へ姿を現せば、おそらくそこへ集まってくるはず……。」

「せ、精霊神様、そのような危険なことを、おやめください!!」

「よし、それでいこう、ドラゴンどもはきれいに片付けますから任せてください。」

「き、貴様、そのような安請け合いをして、精霊神様に何かあったら命はないと思え!!」

 

 こりもせずにがなり立てるレイアスを、ヒカルはめったに見せない冷たい目で見下ろし、ひとつ小さなため息を吐く。この翼人の戦士は、おそらく今のこの世界の基準では間違いなく強者に分類されるのであろう。プライドが高いのもそのあたりに起因するものだと考えられるが、どうも人間に強い嫌悪感を持っているように感じられる。まあ、強いと言ってもゲームの戦士に換算すればレベル10もあれば良い方だろう。それではスカイドラゴンの群れが相手では勝負にはならない。スカイドラゴンが登場するゲームと言えばドラクエⅢが真っ先に思い浮かぶが、Ⅲでスカイドラゴンが最初に出現するのはダーマ神殿の周辺、ここへはレベル15以上はないと到達するのは厳しい。レイアス以上のレベルを持つものは世界全体を見渡してもそうはいないと考えられるため、戦力不足というエリアスや精霊神の言うことは本当なのだろう。

 それにしても、このレイアスという男は背景に抱えているものは別として、戦うための力だけを磨いてきたのか、他のことに頭が回っていない。短絡的で、直情的、何かを考えて行動すること自体、そもそも向いていないように感じる。精霊神がヒカルの考えていることをある程度察して返答を返していることにも気がついていない。

 

「精霊神様、ちょっと言いにくいんですけど……。」

「……? 何でしょう?」

「あいつ、切れやすい上に、バカですよね……。」

「な、何だとぉっ!!!」

「……すみません、彼は頭を使うことは苦手で……。」

「兄者はその、戦闘力に特化しているというか……。」

 

 精霊神とエリアスの返答に、ヒカルのレイアスを見る目が生暖かいものに変わる。彼らの表現は直接的ではないが、その内容はレイアスはバカだとはっきり言っているようなものだ。アンはフルフェイスの兜を被っているので表情は分からないが、小さくため息をつく音が聞こえたのは気のせいではないだろう。ミニモンに至っては、うずくまりながら笑いをこらえている始末だ。

 数秒の後、皆の反応の意味を理解したレイアスの絶叫をよそに、ドラゴンたちを迎え撃つ準備が始められていくのだった。

 

***

 

 スカイドラゴンたちは森を縦横無尽に飛び回り、手当たり次第に炎を吐き、辺りを焼き尽くしていた。また、その頑強な身体で木々をなぎ倒し、花を踏みつけ、岩を砕き、美しかった森はあっという間にがれきと倒木に埋め尽くされた廃墟に姿を変えていった。倒れた木からは炎が上がり、バチバチと嫌な音を立て周囲に燃え広がっている。ドラゴンは自分たちを生み出した邪悪なる存在の指令を遂行するため、この森を破壊していた。

 

「おやめなさい、魔物たちよ。」

 

 突如、森の一角が光り輝き、美しい女性が姿を現した。それこそがドラゴンたちが狙う真の獲物、この森のどこかにあると言われる霊木、世界樹に宿る精霊神と呼ばれる者であった。彼女の姿を認めると、一番近い位置にいたドラゴンが大きな咆哮を上げ、それを聞きつけた周囲のドラゴンが同じように咆哮を上げる。ややあって、精霊神は大量のドラゴンに囲まれた。

 

「これですべてのようですね、この美しい森を、これ以上壊すことは許しません、すぐにここから立ち去りなさい。」

 

 精霊神の威厳ある態度に、魔物たちは一瞬たじろいだが、彼らは主より聞かされている。精霊神は生命を生み出すことはできても、奪うことはできない。それどころか、生物を傷つけることすらできない。それが分かっているから、魔物の群れは彼女の言葉には構わずに、一斉に炎のブレスを吹き付けた。

 ……通常の生物が相手であれば、最下級種とはいえ、ドラゴン十数体が一斉に吐き出した炎に耐えうるのはほぼ不可能と言って良い。しかし、相手は精霊神だ。そもそも仮にも神と称される存在に、ドラゴンの炎ごときが効果があるのか、答えは否だ。

 

「光の精霊よ、邪悪なる者を遙か彼方へ消し去れ! ニフラム!!」

 

 ドラゴンたちが反応しようとしたときにはすでに遅かった。炎は精霊神の体を燃やすことはなく、ただただお互いにぶつかり合って激しい熱を発するばかりだ。そのような事態に驚いたため、別の方向から放たれた魔法の光は回避されることなく、邪悪なドラゴンたちを包み込んだ。

 次の瞬間、幻影で作られた精霊神以外の姿はそこにはなかった。そして、彼女の姿も又、破壊された森の木から発する揺らめく炎に解けるように消えていった。

 

to be continued




※解説
ミニデーモン:天空シリーズで、天空城に住んでいるモンスターです。こいつに話しかけることで、パーティーに1個という条件で世界樹の滴をもらえます。このお話ではモモと同じ薬師という設定にしました。世界樹のしずくは持っているんでしょうかね?
スカイドラゴンとニフラム:スカイドラゴンはⅢに出てくるドラゴンの中では弱い部類に入るが、一緒に出現するモンスターより格上で、ステータスも高い。しかし、ニフラムに対する耐性が全くなく、よって100%効く。ゲーム的にはこの方法で倒してしまうと得るものは何もないので、通常の戦闘で積極的に選ぶ意義は薄い。ただし現実であれば作中のような使い方もできる。

はい、スカイドラゴンとニフラムについては最近知りました。まあ、設定ミスなんでしょうけどね。低レベル呪文で一掃されるドラゴンとかもうねw
精霊神は有名なあの大地の精霊さんとは別物です。あくまでもこの世界のそういう立ち位置の存在で、設定もオリジナルです。さあ、見事ドラゴンは撃退しましたが、時間がもう無いぞ! 無事に世界樹の力であるあのアイテムは手に入るのか?

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