【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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前回、穏やかな午後を騒がす不届き者が出現!
サーラとトビーは協力して立ち向かい、何とか人質は2人とも解放されました。
しかし、予想外の男の強さに大ピンチに?!


第29話 少年、小さな小さな、第一歩

 地面にたたきつける激しい雨の中を、軽装鎧で武装した兵士の集団が、城下町外れの教会へ向かって、ぬかるんだ通りを走り抜けていた。いかに、有事の際も迅速に行動できるよう訓練されている彼らであっても、このような道路状態では想うような速度では進めない。

 

「先に行かせて貰うぞ!!」

「アン様、お気をつけて!!」

 

 兵士達の横を、信じられないようなスピードで、全身鎧(フルプレート)の、緑色のスライムに乗った騎士が通り過ぎていく。この雨の中にあって、いったいどのように前進しているのか、相変わらず物理的には全く説明できない。

 

「アン、トビーが教会にいるのは確かなのだな?」

「ああ、孤児院に行ってくるといって、今朝早く家を出たようだ。しかし、まさかこんなことになるとは……。」

 

 兵士の詰め所にずぶ濡れで飛び込んできた中年のシスターの訴えにより、不審者を捕縛するために兵士談が動いた。たまたま、屋内の訓練場で部下と共に汗を流していたアンは、この話を聞いた途端、彼女にしては珍しく、血相を変えて飛び出したのだ。話に寄れば侵入者は無力化されているということだったが、妙な胸騒ぎがした彼女は、こうしてスライムを急がせて現地へ向かっている訳だ。

 

「心配のしすぎでは……ともいえないな。私も何か嫌な予感がする。こういった予感に限って当たるものだ。」

 

 そんなものは当たって欲しくはない。ないが、理由もなく湧き上がってくる焦燥感は拭えそうにない。彼女はひたすら、豪雨でかすむ視界の中を目的地へ向かって突き進んだ。

 

***

 

 少女は襲い来るであろう衝撃や痛みに耐えるため目を閉じた。それは彼女の身体能力では最早避けることはできない。ましてや先ほど受けた腹部への蹴りのダメージは想ったよりも大きく、再び立ち上がれるかすら微妙なところだ。しかし、どういうことか、いつまでたっても何の衝撃も痛みも襲っては来ない。代わりに、聞き慣れた声にはっとなって彼女が目を開いたとき、そこにあった光景は彼女を驚かせるに十分なものだった。

 

「く、うっ!」

「ば、バカな、あの距離からっ!?」

 

 いったいどうやったのか、男とサーラの間に割り込み、ナイフを握るその腕をがっしりと押さえつけ、トビーが彼女への一撃をかろうじて防いでいた。しかし、男の持つナイフもトビーの脇腹に突き刺さっており、傷口からは血が流れ出している。だが、苦痛にうめき声を上げながら、彼は決して倒れはしない。

 

「クソがっ!」

「う、ああっ!!」

 

 男はナイフをえぐるように動かし、トビーの脇腹を切り裂いていく。これにはさすがの彼も苦痛の叫びを上げた。しかし、それでもなお、彼は膝をつくこともなく、サーラを守るように男の前に立ちはだかっている。

 

「気に、いらねえっ! その目! その顔!! 何だよ、もっと恐怖しろよ、泣いてわめけよ!! おもしろくねえ!! クソが!!!」

「ふざけるなよ……!」

「なん……だとぉおっ?!」

「オレは決めたんだ、みんなを、お前みたいなくず野郎から守れる男になるんだって……、約束……したんだっ! この人を必ず守るって!!」

「トビー……?」

 

 サーラははっとした。それは彼と初めて出会ったときの、彼女の9歳の誕生パーティの時の約束。いや約束というにはあまりに不確かで、半分は冗談交じりだった。ただ、彼の生い立ちを聞いて、理不尽な運命に立ち向かうその姿を、格好良いと想ったから、何気なく口にしてしまったのだ。

 

――トビー、あなたは、私を守ってくれますか?――

 

「ふざけんじゃねえっ! てめえに何が出来るよ!? あと、あと一撃だぁ! こいつでドスッとやってやりゃあよォ!! てめえはおだぶつなんだよォ!!」

 

 男は1度ナイフを引き抜き、血まみれのそれを振りかざし、目に狂気の光を宿してトビーに向かって振り下ろす。サーラは想う、なぜ、自分には中途半端な力しかないのかと、彼が自分を守ってくれたように、自分も彼を守る力が欲しいと、胸のペンダントを握りしめて、彼女は願ったのだ。

 

――サーラ、この子を助けてくれたお礼に、そのペンダントをあげましょう。いつか、あなたにとって本当に大切な人が現れたとき、その片方をお渡しなさい。きっと――

 

 迫り来る男の一撃を、現在のトビーは回避できない。感情にまかせてめちゃくちゃに動いているように見えて、実際はその動きは訓練された盗賊に勝るとも劣らない。装備を調えた屈強な戦士でもなければ、この攻撃を耐え忍ぶのは不可能だろう。まして、手負いの、しかもいくら規格外に強いといっても、10歳そこそこの子供であるトビーでは、防ぎきることはできない。彼はしかし、事ここに至ってもなお、その場を一歩たりとも動こうとはしなかった。恐怖していないはずがないだろう。しかし、だ、たった1人で大人達の中で頑張っている1人の少女、彼女を守りたいと、彼はあの時、本気で思ったのだ。彼は約束を違えない、たとえそれが、幼子のたわいもない、ひょっとしたら発した本人でさえどこまで本気だったのかわからない、そんな曖昧なものであっても、だ。

 

「ぐへへぇ、やったぜ……これでてめえは……?!」

「まだ、だあぁっ!」

 

 男は確かに、トビーの急所めがけてナイフを突き入れた。それは直撃だったはずで、本来なら一撃ひっさつの威力があった。しかし、実際にはナイフは皮膚をそこそこ傷つけたものの、少年の急所である心臓に達してはおらず、トビーは苦痛に顔をゆがめながらも、渾身の力でナイフを引き抜き、逆に男めがけて切りつけた。

 

「ぐぎゃああっ!!」

「トビー!! ……?! な、なんだあれは?!」

 

 その攻撃が明確に見えたものは1人だけだった。ちょうどこのタイミングで教会に飛び込んできたアンは、確かに、怪しげな風貌の男を捕らえる複数の斬撃を目にしたのだ。次の瞬間、少年と男は同時に床に倒れ伏した。

 見るものが見たのであれば、男の一撃がトビーに炸裂する瞬間、少年の身体を包んだ赤い魔法の光、守備力上昇呪文(スカラ)の発動に気がついただろう。サーラが無意識で、発動句もなしに唱えた呪文は、トビーの身体を強化し、本来なら急所に到達していた攻撃を阻んだのだ。これがサーラと、トビーの身につけているペンダントの真の力――術者と同じペンダントを身につけているものを対象とする限り、契約済みの呪文を無詠唱で、本人の習熟度に関係なく完璧な形で発動する――という信じられないような効果によるものであることを、サーラ本人でさえ気がついてはいない。

 

「トビー!! しっかりしろ!!」

「ト……ビー。」

「ひ、姫様?! なぜ、姫様がこのような場所に……。」

「ごめんなさい、ごめんなさい、トビー、ごめんなさい……。」

 

 サーラはただ、泣く子としかできなかった。ペンダントの力によって自分の潜在能力が引き出され、それが彼を救ったなどと、気づけてはいないのだから、それは当然だ。結局、守られるだけだった自分、そんな自分を命がけで守ってくれたトビー。彼女はタダ、泣きながらかすれた声で、謝罪の言葉を何度も繰り返した。

 

***

 

 アンに師事する少し前の、事件のことを話し終えて、トビーは1つ長い息を吐いた。本当はすべてを話すつもりはなかったのだが、こういう展開になったのならまあ、話さないわけにも行かないだろうと、彼は重い口を開いたのだ。あの後、アンにやや遅れて到着した兵士団によって男は捕らえられたが、トビーとの戦闘で負った傷が元で、2度と戦えない身体になってしまったそうだ。それはまあ、自業自得として、問題なのは彼が所属していた組織だ。彼は例の人身売買組織の構成員であり、商売が立ちゆかなくなったためやけを起こし、人質を取って国外逃亡をはかろうとしたようだ。なんとも浅はかだが、それだけ組織も追い詰められていたということだろう。

 サーラ姫はあの事件からしばらくの間塞ぎ込んでいたようだが、ほどなくして立ち直り、以前にも増して政治の勉強に熱心に取り組むようになった。それは周囲の者たちを驚かせ、父王でさえもどこか具合でも悪くしたのかと疑ったほどだ。しかし、このときサーラはある決意を固めていた。彼女は自分にできる方法で、トビーのように周りの者たちを守りたいと、強く願うようになっていた。彼女が選んだ方法は、為政者として国を良くし、皆が暮らしやすい世の中を作るというスケールの大きなものだった。彼女が決意を固めた原因が自分にあるなどとは、当のトビーは想像すらしていないだろうが。

 

「なるほど、そんなことがあったのか。しかし、なぜあの時黙っていたんだ? 確かに姫様がお忍びでいらしていることを隠していたのは問題があるが、賊の襲撃自体は予測不能だ。事情を話せば勘違いされて投獄されそうになることもなかったんだぞ?」

 

 あの後、トビーは姫の身分を知りながら城へ報告せず、それが彼女の危機を招いたとして投獄されそうになった。そのような事態に至っても事情を全く話そうとしなかったため、しびれを切らした兵士が本気で牢屋へ連れて行こうとしたところへ、別の者が王の勅命を伝える伝令分を持ってきたため、それでトビーは釈放されたのだ。

 しかし、ドランの国は子供1人を簡単に投獄するようなことはない。王女が絡んでいたとはいえ、事情さえちゃんと説明できていたら、そもそも取り調べのようなことさえ行われなかった可能性が高いのだ。

 

「う~ん、男の意地、みたいなもの、かなあ?」

「なんだそれは??」

 

 アンは、よく分からないという表情を浮かべているが、隣に座るヒカルはそれとは対照的に、深く優しい笑みを浮かべている。

 

「そうか、お前は姫を、サーラを守ると約束したんだな。」

「はい。」

「守れよ。あの子は1人で孤独に戦っている、それに寄り添うのは簡単な事じゃないが……いや、きっと、おまえにならできるだろう。俺はそう思うよ。」

「はい!!」

「いったいどういうことだ? 私にはよくわからないぞ。」

 

 アンはなお不思議そうにしながらも、何かを決意したようなトビーの表情を見ると、それ以上の追求はしなかった。彼が何か強い思いを胸に、戦士になろうとしたことだけは確かで、それは11歳の少年にしては重たいものなのだろう。それを判っていてもなお、茨の道を突き進もうとするトビーを、アンは止めるすべを持たない。願わくば、彼が簡単に死ぬことがないように鍛えてやるくらいしか、できることが思いつかなかった。

 

***

 

 ドランの都から、広大な砂漠を越えた先に、豊かなオアシスがある。グリスラハール領であるこの地には、王都ほどではないが、大きく栄える町があった。ドムドーラと呼ばれるその町は、第2の王都と言われるほど、この国の中では活気溢れる場所だった。

 その姉妹が、いつからこの町に住んでいるのか、正確には誰も知らない。この世界でも珍しい紫がかった長い髪と、小麦色の肌にエメラルドのような緑の瞳、容姿こそ似通った2人は、しかし性格は全く違っており、姉は踊り子、妹は占い師という珍しい組み合わせだった。

 

「姉さん、またこんなところで賭け事を……、何回言ったら判るんですか!!」

「ご、ごめんって、そんなに怒んないでよ~~!!」

「いいえ、私が占いで稼いでも、すぐに酒代や賭け事に使ってしまうんだから……! 今日という今日は許しません!!!」

「うわーん、ごめんなさーいっ!」

「待ちなさーーい!!」

 

 酒場で賭け事をしていた姉は、妹の説教が長引くとみるや、一目散にその場から逃げ出した。妹の方もすぐに、後を追って駆けだしていく。こんな光景も、いつの頃からか繰り返される見慣れた風景になって、彼女たちは良い意味でも悪い意味でも、町の有名人となった。しかし、そんなドタバタしたやりとりに気を取られる人々は、姉妹が胸の内に抱える苦悩に、決して気づくことはない。

 

「ねえ、何か思い出せた?」

「いいえ、ぜんぜん……。姉さんは?」

「あたしもさっぱりだわ。ここがどこなのかも、私達がどこから来たのかも……。まったく思い出せないわ。」

 

 彼女たちは記憶を失っていた。自分たちの名前以外のすべてを忘れ、気がついたらこの町にいた。幸い、姉は歌と踊りを、妹は占いの技術を体で覚えており、それぞれ一流と言って差し支えないものだったため、とりあえず食うには困らなかった。しかし、もう何年もたっているのに、記憶の片端さえ頭には浮かんでこない。

 ふうと長いため息を、姉が1つ吐いたとき、今までもの悲しそうな表情でうつむいていた妹が、急にがばりと顔を跳ね上げ、険しい表情で水晶玉を手に取った。

 

「……何か、良くないことでも見えたの?」

「ええ、これを見て。」

「……! 何よこれ、獣の大軍団?!」

「邪悪な気配がします。これは魔王の配下、魔物に違いありません……!」

「そりゃ大変! って、あんたなんでそんなことわかるのよ?!」

「そ、それは……。」

 

 姉の問いに、妹は言葉に詰まった。邪悪な気配? 魔王の配下? 自分はいったい何を口走っているのか。しかし、水晶玉に映し出された怪物達から伝わってくるおぞましい気配を、彼女は確かに、過去に感じたことがあるような気がしていた。

 とにかく、妹の占いはほぼ百発百中、それは町の支配者層にも知れ渡っている。彼女が危機を告げたなら、町は防衛のため動き出すだろう。それが判っているから、身軽な姉はためらうこと無く飛び出していった。

 不思議な魅力を持つ、2人の姉妹は姉をマーニャ、妹をミネアといった。その名の示す意味、彼女たちが伝説の勇者と共に戦った「導かれし者」であることを、この町の住人達は誰も知らない。

 結果的に、魔物たちは町へすぐに攻めてはこなかった。しかし、ドムドーラは全域が厳戒態勢となり、はるか遠方に布陣する獣系モンスターの大群を警戒しつつ、かといってこちらから責めることもできない状態になった。ここへきてようやく、町の有力者達は、現状を領主であるグリスラハール男爵へ報告するか、検討に入っていた。この判断の遅れが、後に大きな悲劇を生み出すことになろうとは、誰も想像し得ないことだった。

 

***

 

 ドラン王城の一角に、近衛と王宮騎士専用に設けられた訓練場がある。その片隅で、1人の少年が木刀を手に、先ほどからどれくらい続けているのか、いつ終わるともしれない素振りを繰り返している。やや長めの黒髪に、整った顔立ちをしているが、目つきは獲物を見据える鷹のように鋭く、年上ならばともかく同年代であれば、ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出している。しかし、素振りをする動作は洗練されており、剣術の教科書のように完璧な動きをしている。その流麗な動作には、確かな育ちの良さが感じられた。ここには少年以外には誰も折らず、高くなってきた太陽が照りつけ、少年の体にいくつもの玉の汗を浮かばせている。今年11歳になる少年は、名門貴族マハール子爵の一人息子で、名をフランクといった。

 

「フランク、まだ着任の式典まで3日もあるのに、もう訓練しているのか? 部隊回りも7日後からだぞ? 少し気が早くはないか?」

「こ、これはアン様! こちらにいらっしゃるとは珍しいですね!」

 

 訓練場に姿を見せた女性に、フランクはうれしそうに駆け寄っていく。今年、城の兵士の採用試験に合格したのは30名で、ちょうど退職を迎えるものと同じ数になる。フランクはトビーと同年齢で、今回の試験では最年少での合格になる。しかも、アンに一撃を入れることができた2名――うち1名はトビーだが――のうちの1人だ。

 この国で最強の戦士であるアンは、その道を志すものにとっては憧れの的であり、端麗な容姿とも相まって人気が高かった。もっとも、そんなことは本人にとってはどうでも良いことであったろうが。

 

「フランクは部隊回りはどこからだ?」

「はい、私は騎士団3番隊からと聞いています。」

「そうか、来年は希望の舞台に配属されると良いな。」

「はい!」

 

 快活に笑うフランクの姿に、アンは表情を緩める。もっとも、それはごく親しい者にしか判らないくらい微細な変化だったから、フランクでは気づくことができなかっただろう。それでも、柔らかな彼女の雰囲気を感じたからだろうか、少年はいっそう無邪気な笑みを浮かべ、未来への希望を語る。

 

「私も、もっと強くなって、姫様をお守りできる騎士になりたいです!」

「ふむ、フランクは近衛2番隊が死亡か?」

「はい! 姫様のおそばにお仕えするのが、私の夢なんです!」

 

 サーラ姫の傍仕えになりたいと志願する者は、職種、性別、年齢を問わず多い。その中でも女性であればメイド、男性であれば近衛2番隊は一番の花形だ。だから、アンはこのとき、フランクのそれも他の者と同じ、姫への強い憧れから来るものなのだろうと考えていた。実際そういった理由から王女の傍で仕事がしたいと望む者は多かったからだ。

 アンは知らない、フランクが原作と呼ばれる物語で、サーラとどのような関係だったかを。ヒカルは自分が知っている物語を、アンにすべて話してはいなかったから、それは当然のことだ。原作知識というものを、仮に身内であっても軽々しく話すことをよしとしない、彼の考え方が正しかったか、そうではなかったか、それは誰にも判らない。もし、アンが、サーラがトビーと出会わなかった物語を知っていたら、何かがまた、変わったのだろうか。

 いずれにしても、アンはフランクの左腕に装着された、黄金に輝く腕輪の真相を、このときはまだ知らなかった。その腕輪は彼の10歳の誕生日に父であるマハール男爵から贈られたもので、外見はただの高価そうな腕輪にしかみえない。しかし、刻まれた古代文字の意味するところを正確に理解できる者がいたのならば、驚愕し、あるいは恐怖に顔を引きつらせたかもしれない。しかし残念なことに、この腕輪の危険性に気づけるだけの知識を持つものは、この世界には片手の指で数えられるほどしかいなかったのだ。

 少年、フランクは想像する、美しい姫の傍らで、彼女を守る自分の姿を。パーティの席で、彼女と優雅に踊る自分の姿を。そして、常に彼女と共にありたいと、本気で思った。それは少年の純粋な恋心だったはずだ。誰に恋い焦がれようとも、それを止められる者などいない。しかし、世の中には人の思いをゆがめ、おぞましい力を与える邪法が確かに存在する。子供には不釣り合いとも想える高価な腕輪を贈られた本当の訳を、少年は知らない。

 

***

 

 入団試験と称して様々な者たちを見極め、その中から特に優秀だった者が合格者とされ、辞令が交付された。華々しく執り行われた着任式で、ピエール王自らが任命の言葉を読み上げ、辞令とは別に立派な任命状を手渡した。また、サーラ姫がひとりひとりに剣を直接授与し、多くの貴族が見守る仲、新人達はそれぞれ、王家と国に対する忠誠の誓いを立てる。これらの儀式は、彼らにこれからの仕事に対する決意を新たにさせた。

 同じ日に、退職者達も集められ、王都王女から直接ねぎらいの言葉をかけられ、退職金となる温床の目録が手渡され、兵士達の「世代交代」が粛々と進められていく。そんな中にあって、サーラが時折、トビーに向ける視線に築いたものが果たして何人いただろうか。式典に対する緊張で、トビー本人でさえも気づいていなかったのだから、いたとしてもごくわずかな者に限られただろう。関係者ではないヒカルはこの場にいなかったから、式典の中に参列していたフランクと顔を合わせることは無かった。しかし、ヒカルの汁物語とは違う歴史が動き始めたことで、新たに救われる者もいれば、救われない者もいるということだろうか。その時フランクは気がついてしまった。自分の愛する姫が、自分ではない他者に視線を送っていることを。それが、自分が彼女に抱く感情と同じなのだと、彼には直感で分かってしまったのだ。人と人との駆け引きが重要視される上流社会で生きてきた彼だからこそ、また、王女に恋い焦がれる少年の彼だからこそ、サーラの感情の動きに気づけてしまったのだ。

 

「あいつは……誰だ?」

「ああ、あいつはアン様の弟子だよ。シャグニイル伯爵家の貢献を得ているが、元は貧しい村の出で、人買いに売られるところだったそうだ。」

 

 フランクのつぶやきに、隣にいた男が答えた。彼は男爵家の次男で、その剣の腕はすでに騎士団長クラスだという。歳は15・6といったところだろうか。しかし、フランクにはこの男の素性などはどうでもよく、ただただサーラ姫が視線を向けていた少年、自分と同じくらいの歳の彼の素性に驚くばかりだった。

 

***

 

 深夜まで長引きそうな祝勝会を早々に切り上げ、アンとトビーは暗くなり始めた大通りを、涼しい夜風を浴びながら帰路についていた。さすがに慣れない環境に疲れたのか、トビーは足取りも重く、普段よりやや遅いスピードで歩いている。

 

「さすがに疲れたか。まあ私もあの雰囲気は苦手だな。そのうち慣れるだろう。」

「はあ、姫様はいつもあんな式典ばかりで、そりゃあ息もつまるよなぁ。」

「そうだな、下々の者ではわからない、たくさんのご苦労がおありだろう。」

「オレも、アン様の……師匠のように強くならないと……!」

 

 そんな言葉を聞いて、アンはふと立ち止まり、トビーの方へ振り返った。つられるように立ち止まった彼には、何故かアンの瞳が揺らいだように見えた。それは気のせいだっただろうか。

 

「私のように……か。トビー、私のこの力は、過去の記憶と引き換えに手に入れたものだ。だから、これは決して、本当の強さじゃない。」

「えっ?」

「私は皆を守りたいと想った。強く願って、力を手に入れた。しかし、代わりに、スライムナイトになる前の記憶をすべてなくした。私は元は人間だったようだが、アンというこの名前以外、もう何一つ覚えてはいない。」

 

 アンは言う。力を得たことも、記憶を失ったことも、後悔はしていない。だが、戦う力を手に入れるために何かを失うとしたら、それが正しいことだとは到底思えない、と。

 トビーはタダ驚きに目を見開き、彼女の話を黙って聞いているしかできなかった。常に圧倒的な力で皆を救ってきた、他者から見ればまさしく勇者そのものだろう彼女。しかし、その力はトビーが想像もしなかった方法でもたらされたのだという。その力に、自分も妹も救われ、今ここにいる。

 

「だから、お前は間違えるな、決して力だけを先に求めてはいけない。今の優しいお前のままで、皆を守れるような、そんな騎士になってほしいんだ。」

 

 アンはそう言うと、優しく優しく、トビーの体を抱きしめた。今日は2人とも式典用の衣服を身につけており、布ごしに確かにその体温を感じ合える。それでも、彼女は人ではないと、戦うためにそこにいると、そういうのだろうか。

 

「お前たちは私達の養子にはならなかった。でも忘れるな。私もヒカルも、トビーとアンを自分の子供だと想っているよ、お前たちは私の家族だ。……いや、心だけでも私の家族だと、想わせてくれ。」

 

 トビーは、何も答えることができなかった。養子になろうか、ルナと散々迷って、自分たちのような売られた子供が家族になっては面倒なことになると辞退した。それでも彼らはできるかぎりの手助けをするからと約束してくれた。あの時、死んでいたはずの妹、どこへ売られていたか判らない自分、その運命を想うとき、トビーはシャグニイル夫妻に対する感謝の言葉が見つけられない。だから、アンの体を強く抱きしめ返すことくらいしかできなかった。彼はせめてと、心の中で誓ったのだ。絶対に、みんなを守りたいという、今の気持ちを捨てないで、生きてゆこうと。

 それは、後にドラン屈指の戦士と言われる彼が、本当に小さな、小さな第一歩を踏み出した瞬間だった。これより後、ドランの王宮騎士トビーの名声は、国内だけでなく世界中に轟くこととなる。そんな彼の出発点となった、幼い日のエピソード、様々な尾ひれはひれをつけられて、後の英雄譚に語り継がれることになるだろう。もっとも、今はそのことを、本人でさえ想像だにしないだろうが。

 

***

 

 砂漠に栄える町、ドムドーラを一望できる、大きな岩山が連なるその場所は、彼らの巨体を隠すにはうってつけだった。大柄な魔物が多いこの集団の中にあっても、彼ら、トロルと呼ばれる種族の巨体は抜きん出ており、その太い腕を一振りされるだけで、人間などはあっという間に絶命してしまうだろう。

 

「親分、まだ命令は来ないんで?」

「まあそう慌てるな。 あちらにはあちらの準備があるんだろうさ。」

「デスタムーア様はなんだって、バラモスと勝って魔王に協力するんですかねえ?」

「おい! 軽々しく主の名を口にするな!!」

「!! すいやせん、気をつけます。』

 

 親分と呼ばれた魔物、茶色の体色をしている他の個体とは違い、緑色の体をしたさらに二回りほど大きな魔物、ボストロールに叱責され、トロルの1体は慌てて口を押さえた。

 

「魔王バラモスの部下、だいまどうとやらが儀式を発動するのにはかなりの時間がかかる。俺たちの出番ももう少しお預けだな。」

「しかし親分、人間の方はなんか感づいているみたいですぜ? 面倒なことになりやせんかね?」

「なに、気がついて準備していたとしても、人間じゃあ俺らに傷1つ、つけられねえだろうさ。」

「違いねえ。」

 

 ぐへへと下品に笑うトロルたちは、引き連れている魔獣の軍団と共に、未だ動く気配を見せない。しかし、世界征服を企むバラモスの魔手は、砂漠の町に刻一刻と迫ろうとしていた……。

 

to be continued




※解説
スカラ:味方1人の守備力を上昇させる呪文。1人を対象とする限りにおいて、その上昇値はスクルトよりも高い。ただし、ドラクエのゲーム的にはこの手の呪文は基礎値に対する倍数で上昇値が決まるため、元々守備力が低い者にはたいして効果はない。
黄金の腕輪:忌まわしき錬金術、進化の秘宝を使用するために必須となるアイテム。今作ではどのような使われ方をするのか……?

※サブシナリオダイス判定
トビーとルナの今後の立場はどうなる?
2d20=7,13
最初の値を1.後の値を2.として判定、よって、2.の選択肢を採用した結果、トビーはアンの内弟子扱い、ルナは神官見習いになりました。

さて、様々な決意を胸に、新しい道へ歩き出したトビー。しかし、同時に何やら不穏な動きが……?

次回もドラクエするぜ!

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