【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

33 / 43
またまた、更新停止かというような間が開いてしまいました。
もし、楽しみにしていた、という方がいらっしゃったら申し訳ありません。
書き続けてはいますが、ちょっと行き詰まってました。
リアルが忙しかったのもありますが、それ以上になかなか良い展開を思いつかなかったもので……。


第30話 魔物襲来! ドムドーラの町を守れ!

 ドムドーラの町の夜は賑やかだ。酒場、劇場などのほか、夜だけ開いている市場などというモノもある。定期的に開かれている闇のバザールから流れてきた品物や、ここでしか手に入らない珍しい商品もたくさんあったから、そういったものを目当てに訪れる人も、決して少なくはなかった。

 

「はいよ、キメラの翼3個で7500ゴールドね。」

「ありがとうおじさん、よく手に入ったね。」

「な~に、他ならぬ嬢ちゃんの頼みだからな、おじさん、頑張って世界中から集めて来ちゃったよ。」

「いつもありがとう♪。」

 

 市場の中程で露店を開いている、口ひげを生やした中年の男から、キメラの翼3つを受け取った人物は、重たい革袋を店主に手渡した。その袋をひっくり返し、提示した金額と相違ないことを確認すると、店主は金貨を袋に戻し、露店の奥の方にある木箱の中へしまい込んだ。目の前の客は、いつの間にか目深に被っていたフードを外し、その素顔をあらわにしている。外見からどうみても17~8歳くらいの、まだ少女のあどけなさを残した女性は、裏の世界では情報屋としてそれなりに名が通っていた。

 それにしても、ゲームであれば25~30ゴールド程度のキメラの翼がひとつ2500ゴールド、百倍とはぼったくりに思えるかもしれないが、もちろんこれにはちゃんとした理由がある。この世界ではキメラ自体が、人間の前に姿を現すことは希であり、認知度が低い。当然その翼も希少品であり、ゲームのようにその辺の道具屋に並んでいる訳ではないのだ。

 彼女は受け取った品物を満足そうに道具袋にしまうと、店主に近寄り、少し背伸びしてつま先立ちになると、大柄な男の頬にそっと唇を寄せ、目を閉じた。男は少し驚いたようだったが、若くてかわいらしい彼女のそんな行為に、だらしなくにやけた顔つきになってしまう。

 

「うふふ、私からのお、れ、い。またよろしくね♪」

「あ、ああ、まあできるだけ、お望みの品物を揃えてやるぜ。」

ありがとっ、近いうちにまた来るわ。その時はちょっと難しいモノを探して貰うかもしれないけど代金とは別に、ちゃんとしたお礼するから♪。」

「え? 代金とは別に?」

「うん、おじさん優しいから、その、いいかな、って……。」

 

 女性ははにかみながら、顔を少し赤らめ、両手で自分を抱きしめるような仕草をする。ぽかんとした顔の店主が気づいたときには、彼女はまた、無邪気な笑顔を浮かべ、手を振って別れの挨拶をすると、夜の闇に紛れていった。

 

「あれが、凄腕の情報や、ねえ。」

 

 店主の独り言は、市場の喧噪にかき消され、誰の耳にも届くことはない。彼がだらしなく緩んだ表情を元に戻し、商人の顔に戻った頃には、夜更けと共に店を梯子する酔っぱらいの姿や、色気を振りまいて客引きをする女の姿など、町は徐々に夜の色を濃くしていった。

 

「さ~、もういっけん、いってみよ~!!」

「ま、マーニャさん、飲み過ぎですって。」

「な~に言ってんのよトビー、まだまだこれからでしょ~~!! もう一見いったら、その後はおねえさんとい、い、こ、と、しましょ♪」

「だめだ、完全にできあがってる……。」

 

 トビーは傍らではしゃぐ踊り子服姿の女性に振り回されながら、周囲の者たちに助けてくれと目で訴えるが、同行している兵士団の面々も、マーニャの仕事仲間だという連中も、ニヤニヤとこちらを見ているばかりで、助け船の1つも出そうとはしない。トビーはマーニャに腕を組まれ、露出の多い彼女の素肌を密着され、もうどこへ視線をやったモノやら、自分の腕をどう扱ったモノやらわからない。

 トビーが最初に配属されたのは兵士団第3部隊、第5小隊だった。そして、たまたま回ってきた王国領内の巡回任務に、場所が近く短期間で終わるからと同行し、今に至っている。交代でドムドーラの町を見て回り、グリスラハール男爵の私兵隊と交流し、今日の夕方から明日一日、非番と言うことで自由行動となったのだ。そこで、兵士団の先輩達に劇場へ踊りを見に行かないかと誘われ、興味本位でついてきた結果、なぜかマーニャという町一番の踊り子に気に入られ、この有様である。元々、酒に強い体質だったらしく、トビーは特に酔い潰れている様子はない。対してマーニャの方は見ての通りで、酔い潰れてはいないモノのこのままではそうなるのも時間の問題と思われた。

 

「ね、え、さ、んっ!!!」

「ひえっ、み、ミネア?!」

「なかなか帰ってこないと思ったら、こんなところで何をしているんですかっ!! あら? その子は……。そうですか、酔っ払って、またお客さんに迷惑をかけてたんですね?!」

 

 いつのまにか、マーニャとよく似た容姿の、こちらは体中をすっぽりと覆い隠すマントに身を包んでいる女性が、次に入る店に当たりをつけていたマーニャの前に立ち塞がり、鋭い目つきでにらみつけている。マーニャは2・3歩後ずさりしながら、どこか逃げ道はないかと周りをきょろきょろ見渡しはじめた。

 

「……逃げようとしても無駄です、観念しなさい。」

「ちょ、あんた何、手元に魔力ためてんのよ?! バギなんてこんな街中で使ったら……!」

「問答無用!! バギ!!」

「ひええっ!!」

 

 ミネアの手から放たれた真空呪文(バギ)を、マーニャはかろうじて回避する。彼女の右横を通り抜けたごく小さな竜巻は、後ろを歩いている通行人に当たる……前に、まるで何事もなかったかのように消え去った。

 

「待たんかいコラ!!!」

「うわあぁ~ん、ごめんなさいぃ~~!!」

 

 容姿には似つかわしくないドスのきいた低い声を上げ、妹は逃げる姉を追いかけて人混みの中へ消えていった。何が何だか判らずに呆然としているトビーの肩を、今まで傍観していた先輩の兵士がポンポンとたたいた。

 

「残念だったな。」

「……何がですか。」

「あんな美人にいいことしてもらえる、めったにないチャンスだったのによ。」

「……本気で怒りますよ。」

 

 豪快な笑い声を上げ、トビーの背中をバシバシとたたきながら、先輩兵士達は解散を告げ、これまでのなりゆきを見守っていたマーニャの同僚達も、ちょっと残念そうにしながらちりぢりになっていく。トビーは深いため息をひとつ吐くと、先輩兵士達と共に宿へ戻るべく歩き始めた。

 

***

 

 ドラン王城最奥部にある、王女の私室で、その日も魔法の授業が行われていた。といっても、サーラはもうかなりの知識を吸収してしまっており、ヒカルが教えることもそろそろなくなってきているのだが。

 

「魔法の契約に重要な、精霊とはどういった存在でしょうか?」

「妖精やモンスターのような形ある存在では無く、大自然の力そのものといわれています。精霊と契約を交わすということは、大自然の力を自分の魔力と結びつけ、呪文を介してその力を使用できるようにすることです。」

「よろしい。では、古代の呪文使い達が用いたとされる、詠唱とはどのようなものでしょう?」

「詠唱とは、特定のキーワードを使って頭に描くイメージを鮮明にし、より細やかな、効率の良い魔法の運用を可能にする技術のことです。ただし、すべての者が詠唱を使いこなせるわけでは無く、古文書に寄れば精霊神様に認められた者だけが、その術を扱えるといわれています。」

 

 本日の授業内容を問う質問に、相変わらずよどみなくすらすらと答えるサーラの様子に、ヒカルは満足げに頷き、教科書代わりに使用していた魔法書にしおりを挟んで閉じ、これをもって授業はお開きとなった。2人が互いに礼をし、顔を上げたのを見計らったように、いつものごとくメイドが紅茶と茶請けを持って現れる。サーラの好物のアップルパイが、皿の上から良い匂いを漂わせていた。

 

「トビー、いつ頃帰ってくるかしら。」

「ああ、10日かそのくらい、かかるって言ってましたからね、まああと3~4日ってところだと思いますよ。」

 

 サーラは首から提げたペンダントを握りしめ、祈るように目を閉じた。まあ、研修なのだから無事に帰ってくるだろうが、それでも、彼が道中、何事もないようにと、心の中だけで精霊神(せいれいしん)に祈りを捧げる。彼女のそんな静かな時間は、この宮殿で最も騒がしい者の乱入により中断された。

 

「ひ、姫様、大変でございますっ!!」

「まあ、婆や、どうしたの? いつものことだけれどそんなに慌てて。」

 

 婆やと呼ばれた女性、グリスラハール夫人は息を切らせ、まるで天変地異でも起こったかの如く、しわがれた割には甲高い、なんとも耳障りな声を響かせながら入室してきた。この老婦人はいつも校なので、サーラが一緒になって驚くことはない。しかし、どうも今日はいつもと少し、様子が違うように感じられる。

 

「へ、陛下がお呼びでございます。ドムドーラの町が、魔物たちに占拠されたと……。」

 

 カラーン、と、乾いた金属音がして、サーラは持っていたフォークを床に落としてしまう。ドムドーラの町といえば、トビーが今、滞在している場所では無いか。いや、それ以前に、町1つが魔物に占領されるなど前代未聞だ。

 

「姫様、陛下の元まで参りましょう。私がお供致します。」

「ええ、お願いします。婆や、これ以上騒ぎ立てることのないように、皆が動揺します。」

「は……ははあっ、申し訳ございません。」

 

 一瞬呆けた表情を見せたサーラは、しかし次の瞬間には再び、いつもの落ち着いた顔になり、老婦人をたしなめると、ヒカルと共に父王の下へ向かうため部屋を後にした。

 

***

 

 その日は気温が高く、石造りの城壁は太陽を反射し、城門を警備する兵士からじわじわと体力を奪っていた。そろそろ最初の交代の時間が告げられる鐘が鳴るという時刻になって、見張り台に上っていた兵士が慌てて降りてきて、門のところにいる同僚に大声で呼びかけた。

 

「おい、大変だ、大けがをした奴がこっちへ向かってきてる、早く手当てしてやらないと今にも倒れそうだ!」

「なにっ、それは大変だ、おい、誰か俺と一緒に来い!!」

 

 その日、傷ついた兵士が1人、ドランの王都に現れた。傷の手当てをしようとする周囲の兵士達に、彼は何とか、うめくような声を絞り出して訴えた。

 

「お、俺のことはいい、王様に……国王陛下に支給ご報告せねばならぬ事があるのだ、へ、陛下にお取り次ぎを……!」

 

 鬼気迫るその様子から、ただ事ではないということを察した兵士達は、傷ついた男を両脇から抱えるようにし、可能な限り急ぎ足で、王宮へと向かったのだった。

 

「へ、陛下、私は、グリスラハール私兵団、マドールと、申します。このような、姿で、拝謁を賜りますこと、緊急事態故、な、なにとぞご容赦くださいませ……!」

「よい、申してみよ、何があった?」

「は、ははっ、今よりおよそ2日前、ど、ドムドーラの町が、多数の……魔物に、占拠……されました。我ら……は、王都から……巡回に来ていた兵士団の方々……と、住民を逃がすことには、ほぼ……成功致しましたが、ここまで、報告に……赴く、道中で、我ら……グリスラハール、し、私兵団は、魔物の軍勢に……襲われ、力及ばず、全滅……いたしました。お願いでございます、陛下、何卒、ごたいさく……を……。」

 

 息も絶え絶えに、しかし、はっきりと伝わる言葉で報告と嘆願を言い切った兵士は、その場にドサリと倒れ込み、そのまま絶命した。彼の様子から、王の近くに控えていた貴族、騎士達は皆、事態が最悪の方向へ動いていることを悟った。

 

「何ということだ……、魔王を退け、ようやく新しい政策が実を結びはじめてきたというのに……、誰かある、騎士団二番隊をこれへ、それから……勇敢なその者を、手厚く葬ってやるのだ。」

「はっ、かしこまりました。」

「婆や、何を呆けておる、そなたも貴族の端くれであろう、気を確かに持て。」

「……は、も、申し訳ございません。」

 

 深々と頭を下げる老婦人に、ピエール王はサーラ姫を呼んでくるようにと言いつけ、それから周囲の者たちに矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。

 

「グエルモンテ、二番隊と兵士談30名をもって討伐隊を変成する。兵士団の選定は兵士超に任せよ。それから、討伐隊に与える装備と、支援物資を早急に準備するのだ。」

「かしこまりました。」

 

 グエルモンテ侯爵は一礼すると、足早に謁見の魔を後にする。残された者たちも順次、王の指示を受けて退室していった。そしてこの場には、今日たまたま出仕していた老貴族だけが残された。

 

「じい、この事態をどう見る?」

「野生のモンスターがこのような行動はまず取りますまい。ほぼ間違いなく、魔王がらみの事件かと。」

 

 静かに発せられた老人の答えに、ピエール王は首肯すると、王錫を手に取り立ち上がった。その目には強い決意の光が宿っていた。

 

「何としても、ドムドーラの町を、取り戻さねばならぬ。」

 

 ドムドーラは王都に次ぐ大都市の1つだ。また、国内の各都市を結ぶ中継地点でもあり、ここを落とされると物流に多大な影響が出る。また、ここから王都への街道も整備されているため、落とされると軍事的にも攻められやすくなりまずいことになる。ピエール王は焦りを抑え、町を取り戻す方法を必死になって考えていた。

 

***

 

 少年が目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。視線だけを動かして確認した範囲では、どうやら灯りはランプあたりだろうか。どうもかび臭い感じのする、お世辞にもきれいとは言えない空間だ。そんなところで、少年は布にわらを詰めただけの簡素なベッドに寝かされていた。状況をさらに確認するため身を起こそうとしたとき、横から不意に声がかかった。

 

「良かった、気がついたのね。子供が睡眠も取らないであんなに動き回ったら、倒れて当たり前ですよ、さ、これを食べて、もう少しおとなしくしていてね。」

「ミネア……さん?」

「うふふ、トビーったら、まだ寝ぼけた顔をしているわよ。」

 

 くすくすと笑う目の前の女性が、最近知り合った占い師と知り、トビーはようやく覚醒しはじめた頭で、自分の今の状況を把握しようとする。町に大量の魔物が押し寄せ、あっという間に占拠していく中、トビーを含む兵士団は魔物を倒すよりもまず、町の住民を避難させることに注力した。その甲斐あって、大きな被害もなくほとんどの住民を町から退去させることができたはずだ。はずだというのは、先輩兵士達と不眠不休で避難誘導をする中、まだ幼いトビーは過労で倒れてしまったのだ。無理もない。2日以上も寝ずに動き回っていたのだから、常人であれば大人でも倒れてしまうだろう。彼がそうならなかったのはひとえに、常日頃からの厳しい訓練のたまものであり、そのタフさは大人の兵士も驚かせるモノだった。

 

「はいっ、あ~ん♪。」

「え、あ、いや。」

 

 考え事をしている間に、野菜と米を煮込んだ雑炊の入った器から木製のスプーンに軽く一杯をすくい取り、ミネアはそれをトビーの眼前に差し出した。戸惑いながらも、まだどことなく寝ぼけているのだろう彼は、それにぱくりと食いついた。

 

「ん、ぐっ。」

「あら、ちょっとまだ熱かったかしら。ごめんなさいね。お姉さんがふ~ふ~、してあげるから、次は大丈夫よ。」

「あ、あひがとふごらいまふ……って、そうじゃあなくって、自分で食べますからいいですって!!」

「遠慮しなくっても良いのよ? ほぉら、あ~ん♪」

 

 何故、この人はこんなに楽しそうなんだろうと、笑顔でスプーンを差し出すミネアを眺めながら、トビーは考えたが、疲労と空腹がまだかなり残っている彼は、次の瞬間には考えることそのものを放棄した。

 

「ごちそうさまでした。」

「はい、おそまつさまでした。だいぶ顔色も良くなったみたいね、でも無理はダメよ?」

「はい、迷惑かけてすみません。それで、その……皆さんの避難は……。」

「それは、大丈夫よ。」

「姉さん。」

「何とか、ほとんどの人は逃がせたと思うわ。君もよくがんばったね。領主様のところの私兵団の人たちが王都へ救援要請に向かってるわ。」

 

 部屋に入ってきたマーニャはトビーの様子を見て、少しほっとしたような表情を浮かべ、彼のボサボサになった頭を少し乱暴にわしゃわしゃと撫でた。最初は驚いていたトビーだったが、不思議と温かいその手の感触に、抵抗もせずされるがままになっていた。

 

「おっ、トビー、目ェ覚めたか。なんだこの野郎、きれいなお姉さんにかわいがられちゃって、何てうらやま……。」

「隊長隊長、そうじゃないでしょう、まったくもう、こんなときに。」

 

 のしのしと、大柄な体を揺らしながら入ってきてトビーをからかう男、隊長をたしなめ、一緒に入ってきたもう1人の兵士がミネアの方へ視線をやる。

 

「けが人ですか?」

「ええ、幸い皆、たいした傷ではないですが、今後のこともありますからできるだけ治しておきたいと思いまして。この町に滞在していた神官団の方にもお願いしたのですが、何分人手が足りなくて。ミネアさんは回復呪文が使えるとお聞きしましたので、すみませんが手伝ってもらえませんか?」

「もちろん、良いですよ。案内して戴けますか?」

 

 ミネアはすっと立ち上がり、隊長と若い兵士に連れられて部屋を出て行った。残されたマーニャとトビーは、隣り合うようにしてベッドに腰掛けている。

 

「判ってると思うけど、問題はここからだわ。」

「はい、逃げることができなかった人の方が、問題ですね。」

「そう、病気の人とか、お年寄りとか、その人達の世話をしていた人たちとか、そういう、事情があってここを離れられなかった人たちがいる。この状況で、自分で動けない人を逃がすのは到底無理だわ。」

「その人達を助けようと思ったら、モンスターからこの町を開放するしか……。」

 

 現状、町の住民の大半は避難に成功しているが、マーニャの言ったとおり、自力で動けない者たちを逃がすことはほぼ不可能だった。動きが遅いモノに併せれば、それだけ町をうろついている魔物たちの餌食になる可能性が高くなるからだ。魔物たちは獣型が多く、一般人の何倍も早く動ける。。そして、捕まったら最後、命はないだろう。この状況を打破するためには、魔物たちを倒すのが一番良いが、それを行うには圧倒的に戦力不足だった。

 

「難しいわねぇ、私攻撃呪文使えるけど、たぶん、初級呪文程度じゃあいつらが相手じゃたいしたダメージになんないよね。デカいサルみたいのとか、固そうな虫とかカニとか、倒せる気がしないもん。」

「無理、でしょうね。中級以上の呪文なんて、攻撃でも回復でも使える人、めったにいないですし……こんなとき、伯爵様がいてくださったら……。」

「伯爵さま?」

「あ、魔法学院の校長をしていて、俺と妹の後見人をしてくださっている方です。すごい魔法がたくさん使えるんですよ。」

「助けには来てくれないの? その人。」

「いえ、王都に救援要請が届けば、ほぼ確実に助けには来てくださるとは思うんですけど、さすがに王都からここまでだと、それなりに時間がかかりますから……。」

 

 トビーには、こういった事態であれば、ヒカルたちが絶対に行動を起こすだろうという確信があった。しかし、ここから王都へ知らせが届いて、助けが来るまでにはそれなりの時間がかかるだろう。それまで持ちこたえられるかどうかはわからない。とりあえず今は、一刻も早く活動できるように体を休めようと、トビーは再びベッドに横になった。

 

「もう少し休んだら、俺も皆を手伝いに行きます。」

「おやすみなさい、あまり無茶はダメよ?」

 

 トビーはこくりと頷くと、そのまま深い眠りに落ちていった。意識がなくなる瞬間に、何か柔らかいモノが自分の唇に触れたような気がしたが、強烈な眠気に襲われた彼は、その感触は何かということに思い至ること無く、意識を手放した。

 

「やめなさいって言っても、聞きそうにないわね。せめて、よく眠れるようになるおまじないよ。ミネアのラリホーもよく効いたみたいだから、起きたら体力全開だよ。」

 

 年相応の、かわいらしい寝息を立てる唇から、自分の唇をそっと話すと、マーニャはトビーの頭に手を置いて、先ほどとは違う、ゆっくりと優しい手つきで撫ではじめた。彼女の表情はいつもの、相手をからかうようなモノでは無く、どこまでも優しい、妹によく似たやわらかなものだった。

 

***

 

 どこかの洞窟なのだろうか、ゴツゴツとした岩壁に囲まれた薄暗い空間で、1人の女が簡素な机に向かい、何やら書をしたためている。壁の数カ所には燭台が設置されており、ろうそくの明かりが空間を照らしてはいるが、お世辞にも十分な光量だとは言い難い。女は一文字一文字を丁寧に、しかしそれなりのスピードで書き進めている。その筆跡は美しく、彼女がある程度以上の教養を持っていることが伺い知れる。やがて、一段落したのだろうか、彼女はペンを置き、椅子から立ち上がり後ろを振り返った。

 

「こ、これは、気づかずに申し訳ありません。」

「構わんさ、作業を中断させるほどの用があるわけでもない。」

「こちらの報告書をだいまどう様に……。」

「ふむ、助かったぞ。俺はこういうことがあまり得意ではないからな。」

「もったいないお言葉です。」

 

 女は机の上の紙束をていねいに折りたたみ、どこから取り出したのか封筒らしきものに入れ、燭台のろうそくからロウを垂らして封をし、それを先ほどから自分の後ろに立っていた男に手渡した。男と行っても、その者が人間であるかはわからない。姿は全体的に人型だが、全身を丸みを帯びた鎧で覆い、露出している顔には頭髪がなく、くすんだ赤色のような特徴的な皮膚の色、やや尖った耳、口を開けば牙のようなものが見える。モンスターの類いかと言われればそれも何か違うような気がするし、この男がいったいどのような種族であるかは外見からはよくはわからなかった。しかし、仕事を誉められた女の方は外見からして人間であり、笑みを浮かべるその顔は幼さが残るが美しいと断言できるものだった。

 

「そういえば、例のものも手に入ったようだな。」

「はい、キメラの翼、5つほどが限界でしたが……。思ったより費用もかさんでしまいましたし。」

「いや、俺が思った以上の成果だ。金のことは気にするな、それより、また足りない分を貴様の体で払ったりはしていないだろうな。」

「「は、はい、そのようなことは、決して。」

「なら良い。貴様は俺の数少ない直属の部下だ、所有物にも等しいとしれ。ではこれで我らの役目は終わりだ、引き上げるぞ。」

 

 男が女に背を向け、歩き出す。女は手早く荷物をまとめ、ろうそくの灯りをたいまつに映し、男にやや遅れてこの場を後にした。

 

***

 

ドムドーラの町から北、砂漠地帯と平原地帯のちょうど境界に当たるところに、アネイルと呼ばれる小さな町があった。平時は穏やかな、特徴というモノもこれといってない静かな町だが、今だけは悪い意味で騒がしくなっていた。魔物に占拠された町から逃げ出してきた者たちが、この町に多数流れ込んできたからである。領主であるサリエル伯爵の命令により、彼らは難民扱いとなり保護されたが、そもそも小さなアネイルでは、大都市といえるドムドーラの住民を受け入れるだけの住宅、食料、衣類などありとあらゆるものが不足していた。無論、サリエル伯爵は物資については早急に手配したが、住居についてはどうにもならず、現在この町は郊外までテントが立ち並ぶ異様な風景が広がっていた。

 

「さて、ここまではルーラで来られたが、この先が問題だな。」

「ああ、ドムドーラも言ったことはあるから飛べなくはないんだが、敵のど真ん中に突っ込むのも危ないからな。」

 

 現在、アンは騎士団二番隊を引き連れ、ヒカルとともにアネイルを経由してドムドーラに入ろうとしていた。敵中に直接転移するのは、包囲されることを考えるとあまり良いとはいえないと考えたからだ。

 

「兄さん、どうか、無事でいて……。」

「まあ大丈夫だろう、今のトビーなら、そう簡単にやられたりはしないさ。」

 

 兄の心配をするルナを、アンは優しく励ます。そんな2人を見ながら、ヒカルはルナも存外強情なモノだと苦笑した。まだ10歳にも満たない彼女を、はじめはおいていくつもりだったが、どうしても自分も行くと譲らなかったため、根負けした2人はここまで連れてきてしまったのだ。兄、トビーのこともそうだが、ルナがいつも世話になっているドラン大教会の神官長がこの町を訪れているらしく、そのことも、彼女が強く同行を申し出た一因となっているようだった。

 ルナはその年齢にしては神官として優秀で、すでにホイミやキアリー、ピオリムなどの初期呪文を習得している。その才能と精霊神に対する信仰心の厚さから、神官長直々に目をかけられ、ドラン大教会の聖職者達からもかわいがられていた。

 魔法力(マジックパワー)を十分に持ち合わせており、回復役(ヒーラー)としては十分に優秀な彼女を、能力的に連れて行くメリットは十分にある。それは確かなのだが、やはり幼い少女を魔物の群れが跋扈する前線へ連れて行くのは抵抗がある。それでも、たった1人の兄を助けたいという彼女の気持ちを大切にしてやりたいとも思い、ヒカルの胸中はなんとも複雑だった。

 

「あのう……もしかして、シャグニイル伯爵様ですか?」

「はい、そうですけど……って、君は?!」

「え? 私のことをご存じなのですか? お会いするのは初めてのはず、ですけど。」

「あ、いやいや初めてだよ、うん。ちょっと知り合いに似てたものでね。」

 

 後ろから声をかけられ、振り返ったヒカルは驚きのあまり、その場に尻餅をつきそうになったが、何とか踏ん張ってそれをこらえた。そこにいたのは、ドラクエⅣをプレイしたことがあれば知らぬ者はいない、伝説の姉妹の姉、マーニャだった。妹のミネアとはよく似た顔立ちをしているが、胸部と腰回り以外はすべて地肌というところに、薄手のマントを羽織っているだけという露出度の多い格好が、彼女が姉妹の姉の方であるとヒカルに知らしめた。

 

「ええと、コホン、確かに俺はシャグニイル伯爵って呼ばれてるけど、どちらさんで?」

 

 相手のことを知ってはいたが、それはあくまでも物語(ゲーム)の登場人物としてだ。とりあえず話を進めるため、ヒカルは自分の名を名乗り、マーニャに用件を話してくれるように促した。

 

「ふむ、なるほど、思ったより状況が悪そうだ。ヒカル、急いだ方が良さそうだな。」

「ああ、かなり追い詰められているっていう感じだからな。しかし、どうやって町に入るか……。」

「私が先導します。町の人たちを逃がした抜け道があるので、そこから入ればたぶん見つからないと思います。」

「よし、それでいこう、時間が惜しい、すぐにでも出発だ。」

 

 ヒカルが立ち上がったのを合図に、全員が武器と荷物を手にし、滞在していた兵士詰め所を後にした。町が占拠されてから、すでに3日あまりが経過している。アネイルまでルーラを用いたため、普通に移動するよりは遙かに早い進軍だ。しかし、それでもここからドムドーラまで、敵に見つからないようにたどり着くとしたら最短でも半日はみなければならない。今は丁度夜明けだ。たどり着く頃には日が沈んでしまっているだろう。ここまで、眠らずに来たのだろうマーニャを休ませてやりたいが、そんな時間は無い。

 

「大丈夫、私も行きます。」

 

 気丈にそう答え、同行を申し出る彼女を気遣いながら、ヒカルたちは一路、ドムドーラの町を目指して進むのだった。

 

to be continued




※解説
傷ついた兵士:ドラクエⅡのオマージュのつもりです。ムーンブルクが陥落するシーンは、日本版ではSFCからですが、英語版ではFCからあったようです。蘇生魔法の使い手を確保していないので、兵士さんはあえなくお亡くなりに……、合唱。

さて、いよいよドムドーラの町に向かうヒカルたち。なにやら怪しげな連中も動き始めましたが、彼らはいったい何者なのでしょうか……? 無事、町を取り戻すことはできるのでしょうか??

次回もドラクエするぜ!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。