【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説   作:しましま猫

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何とか5月中に投稿できました。
誤字脱字等が目立つ本作ですが、校正作業は地道に進めております。
お気づきの点がありましたらご報告いただけますと嬉しいです。
トビーとアンの戦いもついに佳境に。今までと比べ、はるかに強大な敵にどう立ち向かうのか?
後、遅筆なので前回の話を思い出せないという指摘をいただいたので、そのうち前書きあたりに前話までのあらすじを掲載したいと、おもいます。
いつかは、けいさいしたいと、おもいます(小声)。


第32話 ひとかけらの、勇気を! 絶望を照らす光!

 姉妹はその場を動けずにいた。多数の魔物に臆したわけではない。それらはどういうわけか、彼女たちの目には驚異には映らなかった。ただ、その魔物たちに、ほぼ1人で立ち向かう少年から、目が離せなくなっていた。

 戦況は悪化の一途をたどっている、と言っていいだろう。かたや、回復手段のない戦士職1人と、1対1で回復要因がついている物理攻撃型の魔物。不利などという言葉を通り越して、最早理不尽と言っても過言でない状況だ。トビー以外の兵士達では、ホイミの回復量を超えて、暴れザルに有効なダメージを与えられないうえ、攻撃に耐えうるだけの防御力がない。呪文が使える者もわずかにいるにはいたが、使える呪文が低級である上に保有している魔法力(マジックパワー)が極端に少なく、呪文を一~2発、唱えるのがやっとという者がほとんどだ。まあ本業が戦士なわけだから、職種的には当然といえる。そんな状況で下手に攻撃に参加しようものなら、かえってトビーの足を引っ張って戦況を悪化させかねない。プロである彼らはそのことがよく分かっているから、ただ黙って少年の戦いを見守っていることしか出来なかった。

 しかし、トビーはまだ、倒れてはいなかった。肩で息をして、剣を持つ手は震えている。全身に浅くない傷を受けており、相当のダメージを受けていることが一目で分かる。それでも、その足は大地をしっかりと踏みしめ、今までただの一度も、膝をつくことすらなかった。

 

「ねえ、さん。」

「トビー、あんた何やってんのよ、速く、速く逃げなさいってば……!」

 

 今の姉妹には、低級の攻撃呪文や回復呪文がわずかに使えるだけで、この状況をどうにか出来るような力はなかった。それでも、小さな体で皆のために奔走する少年のことが気がかりで、どうしても頭から離れなくて、危険だと判っていながら、こうやって住居の塀の陰から彼の様子をうかがっているのだ。

 

「トビー! もういい、お前だけでも逃げるんだ! 逃げ道は俺たちが作ってやる!」

「そ、そうだ、お前なら回復すればまた戦える、俺たち全員より、お前1人の方が戦力になるんだ!」

 

 意を決した兵士の1人が、震える手で槍を構え、他の物もそれに続くように武器を手に取る。彼らの見据える先は一点で、どうやら集中攻撃を与えて包囲網を突き崩し、トビーが離脱する隙を作ろうということらしい。どのみち、このまま戦っていてはトビーがやられた時点で全滅だ。彼1人だけでも助けることが出来れば、大きな戦力になると、プロの集団である兵士たちは判断したのだ。それは正しかったかも知れない。しかし、行動を起こそうとする兵士団と、それを察知して迎え撃とうとする暴れザル達の間に立ちはだかり、トビーは声を限りに叫んでいた。

 

「嫌だ! オレは、オレは皆を守るために、立派な戦士になるためにここまで戦ってきたんだ。絶対、あきらめるもんかっ!」

 

 その叫びは兵士団だけでなく、魔物たちをも一瞬、硬直させるだけの迫力があった。この小さな体のどこから、ボロボロの体のどこから、こんな力が出せるのか、それを理解できる物など、この場には誰もいなかった。

 しかし、その姿に、ミネアとマーニャの姉妹は目を見開いた。彼女たちはかつて、こんな光景を目にしたことがあるような、そんな気がした。――昔、ここではないどこかで、まだ未熟だったその人は、それでも皆を守るため戦った。悲しい過去と、復讐の憎悪を押さえつけながら、本来優しい人だった彼は、戦いに傷つきながら、それでも――。

 

「レ……イ。」

「勇者、様……!」

「グオアァアッ!!!」

 

 一瞬、脳裏によぎった恐怖を振り払うように、魔物、暴れザルは拳を振りかぶり、眼前に立つ人間の少年へと振り下ろした。少年はもはや限界だ。並外れた気力で立ってはいるが、いつしか剣を地に突き立てて体を支えている。棒立ちの状態でこの魔物の攻撃を受けてしまったら、今の疲労困憊の彼ではなすすべもなく倒されてしまうだろう。いや、今までだって、普通ならとっくに倒れていてもおかしくない状況だったのだ。トビーは強い、肉体的にも精神的にも、確かに強いのだ。それでも――その力はまだ、眼前の魔物の群れに及ばない。いかに強くとも、1人で出来ることには限界があるのだ。

 それでもなお、彼は最後の気力を振り絞って、大地を踏みしめ、杖代わりに突き立てている剣を持ち上げようと、震える手にもありったけの力を込めた。しかし、不意にその腕に、誰かの手が優しく重ねられた。

 

「もう、もういいのよ、トビー、もう大丈夫だから、ね?」

「……!? ミネア……さん?」

「トビーの血よ肉よ、その傷を癒せ。ベホイミ。」

 

 いったいいつからそこにいたのか、ミネアは振るえる少年の手を優しく握り、回復呪文(ベホイミ)の発動句を紡いだ。暖かな魔法の光がトビーを包み、その傷をみるみる塞いでいく。

 

「まったく1人で無茶しちゃって、後はお姉さんに任せなさいな。」

「マーニャ、さん?」

「せっかく興奮してたのを落ち着かせてあげたのに、また熱くなっちゃって……。こりゃ、あんたの彼女になる人、大変だわ。」

「あ、えと、その……。」

 

 いたずらっぽい笑顔を浮かべ、トビーの顔をのぞき込んだマーニャは、トビーの少しうろたえたような態度に満足そうに頷くと、回りを取り囲む暴れザル+ホイミスライムの集団を見渡した。トビーはマーニャの言葉にどきりとして、心臓がやかましい音を立てているのを感じていた。ミネアは少し困ったような顔をしているが、いつものように姉の言動をとがめたりはしない。

 

「ネエトビー、自分を粗末にしちゃダメだよ? きっと、あんたが死んだら凄く悲しむ人が、あんたが思っているより、たくさんいるはずだから。」

 

 少年の目に映った、マーニャの後ろ姿は、優雅で優しく、女性としての魅力に溢れていて、こんな状況なのに思わず凝視してしまいそうになる。彼女の肌のぬくもりが、触れていないのに伝わってくるような気さえして、少年は顔を赤らめた。しかし、それよりも何よりも――。

 今のマーニャの姿は、誰よりも強く、頼もしく、トビーの目に映ったのだ。

 

***

 

 戦いを始めてからどれくらいの時間が過ぎたのか、2人だけの勇者パーティと、トロル達の戦闘は泥沼の様相を呈していた。しかし、5体が3体と、半数ほどに数を減らしても、未だに圧倒的な腕力を振るってくる巨人達は、アンとヒカルの脅威であることに変わりはなかった。むしろ、体力的には並の人間と変わらないヒカルと、力よりも技を駆使して戦うスタイルを得意とするアンの組み合わせでは、単純だが圧倒的な力に物を言わせた戦い方を取るトロル達とは相性が悪い。

 

「ちいっ、いくら何でもタフすぎると思ったら、またあれかよ……!」

「黒い、オーブか……。これで確定だな。」

 

 トロル達がいかに強いといっても、ボスのように回復手段があるわけではない。数の減った今、攻撃をかわしながらダメージを与えるだけでも、時間をかければ倒せるはずなのだ。しかし、目の前のトロル達は未だに、十分な体力を残しているように見受けられる。そして、岩山だらけのこの場所に立ちこめているどす黒い気配と、ボストロールの背後に守られるように安置されている黒色の小さな宝珠(オーブ)を見たとき、ヒカルの中でこの事件の黒幕の正体が強い疑惑から確信へ変わったのだ。

 

「やっぱりてめえら、デスタムーアの手先だな。

「なっ、何のことだああっ!?」

「フッその驚きよう、やはりか……まったく毎度毎度、回りくどくイライラする手段ばかり使ってくれる物だ。」

 

 さすがにトロル達も、ひた隠しにしていた主の名を口にされ、動揺を隠しきれない。その隙が見逃されるはずがない。

 

「食らえっ!」

「燃えよ火球、我が敵を赤き焦燥の元へ導け! メラミ!!」

「グゥッ、ぬかったわっ!」

 

 アンの剣による一撃はトロルの腹に深々と突き刺さり、引き抜かれた後の傷口からは血液と思われるどす黒い体液が噴出している。悪魔の弱点に的確な一撃をたたき込む、『あくま斬り』が炸裂したのだ。膝を折るまいとよろめきながら、棍棒を構え直すその巨体を覆い尽くさんばかりの巨大な火炎呪文(メラミ)の炎が直撃し、遂にまた1体、巨大な悪魔は地に伏し宝石に還った。

 敵の数は少しずつ減っているが、アンの体力もかなり消耗してきている。ヒカルの魔法力(マジックパワー)にはまだ余裕があるが、強力な呪文を直撃させるためには相手側にそれなりに大きなスキを作らせる必要があり、そのようなチャンスは限られる。そして、大きな呪文を放った後には、自分自身にも大きなスキが出来やすい、このときがまさにそうだった。

 

「死ねえっ! 人間!!」

「なっ、しまっ……!」

「ヒカル!!」

 

 極度の緊張状態と、強力な呪文の連用により、集中力が途切れたところを狙われた。ヒカルが気づいたときには、彼の背後からトロルの棍棒が振り下ろされたところだった。このタイミングでは、彼の身体能力では防御も回避も不可能だ。もう1体のトロルの攻撃をしのいでいるアンも、その場から動くことができない。ヒカルはダメージを覚悟し、一撃で死なないことを祈るのみだった。

 

「精霊神様、お力を! バシルーラ!!」

「な?! う、ごわあああっ!?」

「な、何だと?! あの呪文は、いったい誰が?!」

「はあはあ、精霊神様、今一度、お力をお貸しください!! 天の精霊と創造神の契約のもと、邪なる者どもをこの地より払いたまえ!! ば……バシルーラ!!!」

「ば、バカなぁっ!!」

 

 それは突然だった。あまりに予想外であったため、敵も味方も、二度放たれたその呪文の効果を、呆然と見つめることしかできなかった。2度の発動を『許してしまった』と言い換えてもいい。かつて、モモとミミの姉妹を守るため、彼らの父親が行使した呪文――ルーラの派生呪文とされ、今では扱える者がほんの一握りしかいない古代の遺物――強制移動呪文(バシルーラ)と呼ばれるそれを、まだ十歳(とお)そこそこの人間の少女が扱ってみせるなど、魔物たちですら予想の範囲外だったのだ。結果的に、不意打ちを食らった形になった2体のトロルは何処かへ吹き飛ばされ、この場にはボストロール1体と、勇者と魔法使い、そしてバシルーラを行使した術者である少女が残された。

 

「ルナ……?! どうしてここに……。それにあの呪文は、あいついつの間にあんな呪文を?」

「お、おのれ小娘えぇっ!!」

「い、いかんっ! 逃げろルナ!!」

 

 手下すべてを失った形になったボストロールは、さすがに平常心ではいられなくなったのか、元々醜い顔をさらに醜悪にゆがめ、いにしえの呪文を行使した少女を抹殺せんと迫る。その速度たるや、いったい巨体をどうやって動かしているのか、理解できる物などいなかった。ヒカルが対策を立てる余裕もなく、逃げろと叫ぶアンの声すらも届いていないようで、少女はただその場に力なくへたり込んでしまった。

 ボストロールは棍棒ではなく、あえて素手でルナに一撃を放った。相手が武器を使うまでもない弱者なのもそうだが、か弱い生き物がなすすべ鳴く潰れていく様は、この悪魔にとってこの上ない悦びをもたらすものだったからだ。その巨大なこぶしで打ち抜かれたら、たとえ鋼の鎧で全身武装したドランの騎士でも、ひとたまりもなく潰されてしまうだろう。

 

「な……に?!」

「へへへぇ、ザンネンでした。」

「い、以外とたいしたことのない攻撃ですね。」

「こ、これでボス、トロールなんてお笑いぐさだぜ。」

「この、はぐれメタルどもっ!!」

 

 いつのまにか、ボストロールの目には止まらないほどの速さで現れた3体のはぐれメタルが、振り下ろされた拳を頑強なメタルボディで完全に受けきっていた。いかにボストロールの腕力といえども、モンスター達の中で最強を誇るメタルボディの防御力は突破できなかったということだろう。

 

「邪魔だ、どけえいっ。」

「わ、わわっ、また来るっ!」

「さ、さすがに次は……。」

「もう、受けきれ、ねえ……ぞ?」

「させるかよっ! メラミ!!」

「フン、その程度の呪文など……?! な、なにぃっ!! ぐ、ぐわあああっ、あ、熱い、熱い熱い熱い!!」

 

 放たれたメラミは完璧に、ボストロールの身体を直撃した。ガードが間に合わなかったため、その身体は炎に包まれ、魔物は暑さに苦しみ、徐々にルナ達から距離を取っていく。初めて、彼の放った呪文が明確に、自動回復を超えるダメージをたたき出したのだ。

 

***

 

 トビーはミネアの温かな腕に抱きしめられながら、これは夢なんじゃないかと思った。自分の前に悠然と構える女性に対し、魔物たちはうなり声を上げて牽制はしているが、いっこうに襲ってくる様子がない。トビーにはそれが、魔物たちの本能――圧倒的な強者に対する恐怖――からくるものだとすぐに判った。しかし、やはりにわかには信じがたい。女性、マーニャは左手に鉄扇を構え、今にも踊り出しそうな姿勢で、美しい褐色の肌を惜しみなく大衆の面前にさらしている。絵面だけ見れば、どうしようもなく場違いな場所に飛び込んできたようにしか映らないのだ。だが、トビーだけではなく、兵士や騎士達、戦いを生業とする者たちには判っていた。魔物たちと同じく、理屈ではなく本能で、マーニャは、この場の誰よりも強いのだと。

 

「さて、おサルさんたち、よくもかわいいトビーとその他大勢をいじめてくれたわね……。地獄へ落ちる覚悟は出来てるかしら?」

 

 一瞬、場の空気が凍り付いた。マーニャはこの場の魔物全員を倒す、と宣言している。気張った様子もなく、散歩にでも行くような自然な口調でだ。どこまでも落ち着いているように、軽くさえ聞こえるその言葉は、魔物たちを震え上がらせるだけの力を持っていた。

 

「異界に住まいし炎の霊よ、我のもとに集いてその力を示せ。地獄の業火をもって我の前に立ちはだかりし愚かなる者どもに滅びを与えよ。」

 

 鉄扇を持つ左手とは逆の、細くしなやかな右手に光が集まり、それは徐々に熱を帯びていく。マーニャの回りの空気が膨張し、彼女の姿が若干歪んで見える。やがてゆらめく炎が彼女の回りに現れ、次第に弧を描いて蛇のようにのたうち回りはじめた。

 

「消え去りなさい、魔の者ども! ベギラゴン!!」

 

 扇の一振りを合図に、練り上げられた魔力は炎の大蛇となって地を這い、暴れザルの包囲網に絡みつくように広がっていく。逃げだそうとした個体にも炎は容赦なく絡みつき、言霊の如く地獄の業火で魔物たちを黒炭と化していく。

 彼女が詠唱を完成させてからわずか数秒で、人間達を取り囲んでいた暴れザルの群れは消え去った。しかし、そこには宝石モンスターの証である邪悪な宝石は残されていなかった。

 

「やっぱり、操られていたのね、かわいそうに。せめて安らかに眠りなさい。」

 

 マーニャは一瞬、悲しそうな、辛そうな、なんともいえない表情を浮かべたが、次の瞬間には表情を引き締め、ある建物の方を見据え、振り返らないまま叫んだ。

 

「逃げるわ、ミネア!!」

「判ってます! バギクロス!!」

 

 抱きしめられていた腕を解かれたトビーが驚く暇もなく、マーニャの指し示す方向に突如として巨大な竜巻が巻き起こり、何か蒼く小さな物を多数巻き上げていく。ミネアが胸の前で十字を切ると、竜巻は霧散し、青と黄色のゼリー状の物質がベチャベチャと地面に降り注いだ。そして、破裂音のような物と友に消え失せ、蒼く輝く無数の小さな宝石へと変化した。

 トビーは何が何だか判らないまま呆然としてしまったが、まあ無理もない。他の者たちもだいたい、同じような状態だった。極大閃熱呪文(ベギラゴン)極大真空呪文(バギクロス)など、伝説に記されるのみで実際に見たことなどない幻と行ってもいい呪文だ。それをうら若い女性が軽々と使って見せたのだから、思考が追いつかなくなっているとしても無理からぬことだろう。

 しかし、2人の姉妹は未だに、先ほどと同じ建物の方を見据え、険しい表情をしている。それは、この場の戦いがまだ終結していないという何よりの証拠だった。

 

「いい加減、出てきたらどう? 強そうなのは見た目だけなのかしら?」

「ぐへへ、図に乗るなよ人間が、その程度の力では我らには勝てん、この棍棒の餌食にしてくれるわ!!」

「……なるほど手負いか。ならば!! 燃えよ火球、かの者を紅蓮の悔恨の元に滅せよ!」

「な、何っ?! これは、この呪文はっ!?」

 

 マーニャがステップを踏むと、彼女の頭上に大きな炎の塊が現れ、鉄扇が振られる度に大きさを増していく。危険を察知して待避を試みたトロルの行動を先読みするように、魔物の進行方向に向かい、紅蓮の炎が球体となって放たれた。

 

「メラゾーマ!」

 

 かつて、ザナックが行使したメラ系最強とされる攻撃呪文。ゲームにおいてもボスクラスの敵にさえ有効なダメージを与えるそれは、電撃呪文(ライデイン)のダメージが残っているトロルには致命傷となった。

 

***

 

 ヒカルが渾身の力を込めて放った2発のメラミは、完璧に同じタイミングでボストロールに直撃し、メラゾーマとは行かないまでもそれに近いダメージを与えることに成功した。そのスキにヒカルとアンはルナの元まで駆け寄ることができたが、気を失って倒れている彼女の傍らでははぐれメタル3匹が、ボストロールの一撃を受けて動けなくなっていた。どうやら、先ほど受けた攻撃は『痛恨の一撃』となってしまったらしく、もはや流動体を動かすのも困難で、銀色の液体だまりに顔が付いているような有様で、見るからに危険な状態であることが判る。

 

「おまえたち、なんて無茶を、待っていろ、今すぐ回復を……。」

「無駄……だよ。ホイミはある程度以上、生命力が残っている肉体にしか効果はないからね、ボクたちには……もう……。」

 

 弱々しい声で語るはぐりんは、それでもきっと笑っているのだろう。モンスターの表情などよく分からないが、ヒカルはなんとなく、そんな気がした。弱っていくその生命力を感じることが出来るから、彼らの言うことが嘘ではないと判ってしまう。

 

「そんな顔をしないでください。私達は……満足ですよ。最後に、こんな可愛いお嬢さんを守って……死ねるのですから。」

「い、いままでよ……逃げてばっかり……いたから、まあ最後に……帳尻が合ったって、ことだろうよ。」

「……そうだね、こんな小さな子が頑張ってるのに……ホント、恥ずかしいよ。」

 

 彼らは頑強な肉体とたぐいまれなる素早さを有していたが、低級モンスターにも劣るような生命力しかなく、何かの弾みでくらったダメージが致命傷になりかねない。だから、常に逃げの姿勢を貫き、時には倒される仲間を見捨てるようなこともしながら、今まで生きながらえてきたのだ。そんな彼らの心を、幼く非力ながら強者に立ち向かう少女の勇気がほんの少し、動かした。それは結果として彼らの命を奪うことになるのだろうが、不思議と3匹のはぐれメタル達の心は穏やかだった。

 

「……精霊神様、誉めてくださるか……なあ?」

「絶対、お褒めの言葉をいただけますよ……。」

「……め、メタルキングとか、に……してもらえる……かも……な。」

 

 こんな状況になっても軽口をたたき合う彼ら3匹は、きっと気の合う友だちだったのだろう。お互いのことをよく知り、理解し合っているからこそ、1人では無いからこそ、こんな現状でも受け入れることが出来るのかも知れない。そんな彼らの消えゆく命は、力を得たことで様々なものを置き去りにしてしまった騎士の、心の奥底に響くものだった。

 

「あ、あっ。」

 フルフェイスの兜の下の顔は判らない。しかし、彼女は泣いているのだろうか。珍しくすすり泣くような、しゃくり上げるような声にも成らない声が、兜の変性効果によってゆがめられて聞こえてくる。なぜ、こんな感情の波に襲われるのか、彼女自身にも判ってはいないだろう。しかし、誰かを守るために身を投げ出すなど、口で言うほど簡単にできることでは無い。はぐれメタル達が元来、勇敢だったのか、ルナの行動がそれほど彼らの心に大きな変化をもたらしたのか、あるいはその両方か。いずれにしても、わきあがってくる深い悲しみを、アンは抑えるすべを持たない。

 

「……そんなに泣かないでよ……かっこいい、勇者さま……。」

「あなたは、みなさんの、光に……。」

「心配、すんなって……1人じゃ……ない……からよ……。」

「はぐりん! ゆうぼう!! スタスタ!!!」

 

 叫ぶ声はむなしく響き、生命(いのち)は終わりを告げた。光がはぐれメタル達を包み、そして静かに消え去った。そこにはもう、なにもない、彼らの身体のほんのひとかけらさえも……モンスター達はそうして『最期』を迎えるのだ。

 

「く、はははははっ、愚か者め、そんなことで感傷に浸っているから、俺に回復する時間を与えてしまったぞ。そこの雑魚スライムどもも、無駄死にだったなあ!!」

「……黙れ。」

「あああん?」

「黙れと言っている、この見にくいゲスが。」

 

 全身に力をみなぎらせ、弱者をあざ笑うボストロール。アンは静かに顔を上げ、冷たく、低い声色で、その怒りを魔物へとぶつけた。それはいつもの彼女らしからぬ、激しい感情を乗せた声だった。

 

「ふ、んっ! お前たち弱者にゲス呼ばわりされようが、痛くもかゆくもないわっ!。」

「この野郎、言いたい放題言いやがって、今度は消し炭にしてやるっ! 炎の精霊よ、我が両手に……。」

「ヒカル、君は手を出すな。」

「アン……?」

 

 ヒカルは耳を疑った。2人がかりでも倒せるかどうか判らない相手なのだ。怒りにまかせて、単身で突っ走ればどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

「ぐはははは!! 仲間割れなどしている場合かっ! そおらあぁっ!!」

 

 そうこうしている間にも、ボストロールの、部下達よりも一回り大きな棍棒が振り下ろされる。それはアンの腹部に直撃する軌道を描いていた。タイミング的にも、今から受けたりよけたりするのは困難だ。だが、ボストロールが勝利を確信し、見にくい笑みを浮かべた直後、彼の顔は驚愕の色に染まっていた。

 

「なん、だ? 何なんだお前の鎧のその輝きはあっ!?」

 

 結論を言えば、棍棒は確かにアンの腹部を直撃していた。いかに鎧の上からとはいえ、ボストロールの腕力で振るわれた棍棒の直撃を受ければ、その衝撃だけでもダメージは計り知れない。しかし、硬質な金属音と友に棍棒ははじかれ、鎧にはへこみすら付いていなかった。そして、普通の金属の物とは到底思えない輝きが、アンの鎧全体から発せられていたのだ。

 

「これは……この光は、彼らの魂さ。」

 

 ――ねえアン、最期にお願いがあるんだ――

 ――私達のこのメタルボディの力を――

 ――お前さんに、使って欲しいんだ――

 

 どこからか、3匹の声が、ヒカルにも聞こえたような気がした。いつの間にか、アンの身につけていた精霊の鎧が形を変え、銀色に輝く伝説の鎧と化していた。肩パーツに特徴的な角のような突起があり、いたるところに蒼く輝く宝石のようなものが埋め込まれている。最強の防御力を誇るモンスターの名前を与えられた鎧は、それ自体がはぐれメタルの身体と同じ金属でできているとも言われていた。

 

「来い、ボストロール、決着をつけよう。私を倒すなど簡単なのだろう? やってみるがいい。本当に出来るものならなっ!」

「ぐはははは、そんな鎧をまとったからといっていい気になるなよスライムナイト! お前のその矮小な肉体など、鎧共々粉砕してくれるわっ!」

 

 伝説の『はぐれメタルの鎧』をまとった勇者と、トロルを束ねるボストロール。互いに雌雄を決すべく、最期にして最強の一撃がぶつかり合おうとしていた……!

 

to be continued




※解説
ベギラゴン:敵1グループを焼き払うギラ系の最上位呪文。ダメージが微妙なのと、耐性を持つ敵がそこそこいることから、味方側で使う機会は限られる。逆に、FC版では味方側には基本的に耐性がないので(一部の装備は別として)、敵に使われると厄介。某漫画では呪文の中で特に優遇されており、独特の発動スタイルが話題となった。ちなみに原作ではヤナックが初期に使おうとして何度か失敗している。作中では雷だったり炎だったり安定していないが、本作でのギラ系の描写は閃熱に統一している。
バギクロス:敵1グループを真空の刃で切り刻むバギ系の最上位呪文。打撃で倒しにくい敵に割と効いたりと、使いどころを理解していれば案外役に立つ。消費MPも他の最上位呪文に比べて少なくコスパも良い。ただし、下位の呪文と同様ダメージにばらつきがあるので、そこだけは注意したい。ちなみに原作でのバギは単なる衝撃波かエネルギー弾のように描写されていたが、あまりにショボいので本作ではゲーム仕様に変更している。
バシルーラ:敵1体をどこかに吹き飛ばす。公式ガイドブックではゴールドがもらえる旨の解説があるが、実際は何ももらえない。トロルはバシルーラ耐性がないので、今回登場してもらった。この世界では珍しい呪文で、作中ではザナックが一度使用したのみ。

いろいろと展開を詰め込みすぎた気がしますが、あまり長引かせるといつまでも終わらないので(汗)。遅筆なのは十分理解していますデス。はい。

ミネアさんとマーニャさんはデスピサロ打倒後のステータスです。すべての呪文を取得しており、記憶が戻ったことで過去の戦闘経験などもすべて取り戻しています。現時点でアンよりはるかに強いです。
さて、体力を消耗した状態で、ボストロールと正面からぶつかるつもりか?! 次回、アンはどうなる?

次回もドラクエするぜ!!

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