【凍結】ドラゴンクエスト 勇者アベルともうひとつの伝説 作:しましま猫
答えは本編で……。
その場にいる者たちが通常の思考と行動ができるまでに、やや時間を要したのは無理からぬことであったろう。巨大な
「ふう、片付いたわね。」
「ええ、姉さん。……まさかあんなことで記憶が戻るなんて、思わなかったわ。」
「ふふっ、どうりでこの子のこと、気になってたはずよね。」
トビーの髪を優しく撫でながら微笑む妹の様子を、マーニャはおかしそうに見つめている。トビーの身体の傷と体力はミネアの
「……それにしても、あの伯爵夫婦、とんでもない人たちだったみたいね。」
「そうですね、あれは邪を払う聖なる波動、私達や勇者様と同じ、魔王と戦う運命にある者の証です。」
「ってことは、この世界にも魔王がいる、ということになるのね。」
マーニャは空を見上げ、すっかり高くなり街中をぎらぎらと照り焦がす太陽を仰ぎ見た。すでに、夜明けと友に始まった戦いは開戦から6時間ほどが経過しようとしていた。そして、町の外れで繰り広げられているもうひとつの戦いにも、今まさに決着が付こうとしていた。
***
ごつごつとした岩肌ばかりが目立つ、町外れの岩山地体。そんな殺風景な中で、スライムに乗った騎士と巨漢の悪魔が退治していた。もう数分も、にらみ合いを続けていて動かない。どちらも次に繰り出す攻撃が、勝敗を決するひっさつの一撃であると理解しているからだ。
「グハハハ、どうしたかかって来ないのか?」
「そちらこそ、自信満々な態度は見せかけだけなのか?」
巨漢の悪魔、ボストロールは正直、いつ攻撃を仕掛けたものかと迷っていた。圧倒的な腕力で相手を叩き潰す自分の戦法は、目の前の小さな敵には確かに有効だ。後一押しで勝利は確実なものとなるはずだ。――にもかかわらず、ボストロールの本能の奥深くにある何かがけたたましく警鐘を鳴らしていたのだ。
――あれに自分から踏み込むのは危険だ――
「ふむ、来ないのならば仕方が無い、か。」
「むっ?!」
突如、ボストロールの視界から、スライムナイトの姿が霞むように消え失せた。魔力の流れを感じないため、単純に高速移動して視界の外から攻撃するつもりだろうと、巨漢の悪魔は判断した。一定以上のレベルに達した者が相手ではこうしたいわゆる『目くらまし戦法』は愚策だ。強者であればあるほど、相手の姿などは指標としない。強者の戦いにおいては、相手の殺気などの気配を読むことこそが、攻撃に対処する手段となる。そして、ボストロールほどの存在であれば、気配を読むことなどできて当然だ。
「そこかっ!!」
「ぐっ!」
背後から迫り来るスライムナイトの速攻を、ボストロールは右腕でなぎ払う。いかに、伝説級の強固な鎧をまとっているとはいえ、圧倒的に軽いアンの身体は数十センチは吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。そこが平坦だったから良かったようなもので、もし岩山にでも激突していようものなら、半端なダメージでは済まなかっただろう。幸いにしてそれほど致命的なダメージは受けていないように見受けられるが、それでも衝撃ですぐには体勢を立て直せない。当然、そのようなスキが見逃されるはずは無い。
「もらったあぁ!!!」
ボストロールは傍らに墜ちていた棍棒を一瞬で拾い上げ、信じられないようなスピードで倒れ服す騎士へ迫る。たとえ今から体勢を立て直したとしても、次の一撃には対処しきれない、すでにそこまで、両者の距離は詰められていた。
「かかったな、賭けは私の勝ちだ。」
「な、にぃっ? ぬ、ううんっ!」
振り下ろされた棍棒がアンの体を打ちのめす様を、遠くから見ているしかない騎士団の部下達は覚悟した。いかに、鎧が伝説級になったとはいっても、圧倒的な力で打ちのめされれば、鎧を伝わる衝撃だけでもその威力は計り知れない。しかし、結果として、ボストロールの繰り出した一撃は、アンの持つ何かに遮られ、彼女の体までは届かなかっった。そして、ボストロールの棍棒と、アンの構える武器が交差するその接点から、眩い光があふれ出した。
「ば、かな、押し切れん、だとぉおっ?! このオレが力負けしているというのかっ?! あ、ありえんっ!!」
「……お前と私の武器の交わる、その形を良く見ろ!」
「なっ、バカな、これは……!!」
――
「グランドクルス!!!」
アンの武器――すでに鞘に収められていた剣――とボストロールの棍棒は十字を形作り、そこを起点としてすさまじい力の放出が起こっていた。
「か、はっ、おのれ、こざかしい……、マネを……。だ、だが耐えきって見せたぞ、まだ、まだてめえを叩き潰すくらいの力ァ残って……はっ?!」
グランドクルスは大技だ。その力がボストロールに与えたダメージは計り知れない。その証拠に、悪魔の皮膚はボロボロに破れ、肉や骨がむき出しになっている部分さえある。自動回復を瞬時に発動できないほどの傷を負っていることは明らかだ。それでも、まだ動けるだけの力が残っている。人間であればとうてい正気を保ってなどいられない状況にあっても力を振るうことができる、それが『魔物』なのだ。グランドクルスは強大な威力を誇る反面、大きな欠点があり、放った後の反動がすさまじい。良くてしばらく動けなくなり、悪くすれば気を失ってしまうか、最悪、死に至ることすらある。現在のアンは気を失ってはいないが、硬直して動けなくなっており、追撃をかわしたり、受けきるだけの行動は取れないだろう。。
ボストロールは勝利を確信した。このまま動けぬ敵を打ち倒し、傷は時間はかかるが後でゆっくり回復させれば良い。確かにそうだ、目の前の敵が1人であったなら、の話だが。
「んなこと、させるかよ。」
「ぐ、おおっ?!」
いつの間にか、ボストロールに向けて突き出されたヒカルの両手から、眩い閃光がほとばしり、巨大な悪魔の全身を包み込んだ。それは先刻のメラミと同じように、に発の同じ呪文を全く同じタイミングで炸裂させるもので、威力はベギラゴンとまではいかないが、自動回復能力も発動できなくなって弱り切ったボストロールにとどめを刺すには十分な力を持っていた。
「ベギラマ。」
「ぐっぎゃああっ!!!」
本人も驚くほどの、冷たい声色で放たれた発動句と友に、光は収束し、やがて炎の柱となってボストロールを貫いた。耳に残る不快な断末魔を上げ、緑色の悪魔は地に倒れ服し、まもなく、体色と同じ巨大な緑色の宝石へと姿を変えた。
***
明け方から続いた戦闘はついに終わりを迎えた。少なくない被害を出しながらも、ボストロールを筆頭とする強力な魔物の群れは退けられ、戦いを終えた者たちは教会近くの広場に集結しつつあった。
「おお、シャグニイル伯爵ご夫妻、ご無事でしたか。」
「神官長もご無事で。なんとか収まりましたね。」
「ええ、しかし建物内で安全とはわかっていても、あの雷はヒヤッとしましたぞ。」
「はは、それはすみません。あまり良い手段を思いつかなかったもので……。時間もありませんでしたし」
誰も思いつかないような奇抜な作戦をそれしか浮かばなかったからと実行してしまう目の前の男の度胸に、初老にさしかかった神官長は少しばかりの畏怖を感じたが、絶望的だった昨日までの状況が覆された今となっては、気にするような事でも無いだろうと思考を頭の隅に追いやった。目の前の男は何をしでかすか判らないという意味では、敵に回すとこの上なく恐ろしい存在ではあるが、多くの弱き者を救い、その力におごることも無く国王を助け政務に励んでいる。何よりも、身寄りの無かった幼い兄妹を引き取って我が子同然に育てている。今、彼の背中に身を預けて安心しきって眠っている少女の姿を見れば、彼女が幸せであるのは疑いようがない。新参者の伯爵に対し、疑念が全くないかと言えば嘘になるだろう。しかし、彼の今までの行いは称賛されることこそあっても、非難されるようなことは決してない。
「勇者、か。剣を持ち、先頭に立って戦う者だけが、そうではないのかもしれぬな。」
「は?」
「いえ、何でもありませぬ。」
不思議そうにするヒカルに背を向け、神官長は己の職務を果たすべく、人々の傷を癒したり、支給する物資を揃えたりとせわしなく動き回る他の神官達の方へと歩き出した。
「終わったみたいね、……ギリギリ、ってところかしら。」
「おつかれさまでした。こちらも何とか片付きました。」
呼びかけられて振り向くと、よく似た顔の女性が2人、ゆっくりとこちらへやってくる。彼女たち、ミネアとマーニャの雰囲気が、今朝見かけたときと違うことに、ヒカルとアンは気がついた。おそらく個々人の単純な戦闘能力だけでも、ここにいるすべての者を凌駕するほどの実力はあるだろう。いったい、トビー達の方では何が起こっていたのだろうか。ふと見ると、当の少年はミネアに背負われて眠っている。装備している支給品の鎧はボロボロで、激しい戦いが繰り広げられていたことは容易に想像が付くが、彼の身体には目立った外傷はないように見受けられる。生命力も充実しているように感じられ、この状況ではあちら側で何があったのか、詳しいことはわからない。しかし、一つだけ確かなことがある。ヒカルはゆっくりと彼女たちに歩み寄った。
「何があったか良くはわからないが、その様子だと、トビーが世話になったようだね。すまなかった。」
「いえ、この勝利はトビーのものです。私達はつい先ほどまで、過去の記憶と経験の大半を失っていました。彼がいなければ、記憶と力を取り戻すことは無かったと思います。」
「この子の姿がある人と重なっちゃってね、それでぜ~んぶ思い出しちゃった、ってわけよ。」
ミネアに背負われ、規則正しい寝息を立てるトビーと、それを優しく見守るマーニャと兵士、騎士達。その様子から、また無茶をしたのかと苦笑し、同時にトビーが無事だったことに、ヒカルとアンは安堵した。
「さて、本格的な事後処理は明日からだな。さすがに今日はもう休んだ方が良い。皆疲れてボロボロだからな。かくいう私もだが。」
「うむ、移動しているだけとはいえ、長丁場だったからな、私も右に同じだよ。」
アンは兜を脱ぎ、どこかの家から持ち出されたのだろうテーブルセットの椅子に腰掛けた。その足下では騎乗者から解放されたアーサーが、緑色の粘体をゆっくりぷるぷるさせながら、おそらく休息しているのだろう。戦いで傷ついた者はある程度回復され、命に別状の無い程度には持ち直している。しかし、もはやこの場に満足に行動できる者はほとんどおらず、それは激戦に辛くも勝利したヒカルとアンも同じ事だった。とりあえず今夜はゆっくり休んだ方が良いだろう事は明らかだ。すでに太陽は西に傾きはじめていて、まもなく町は黄金食から赤く染まり、夕暮れを迎えるだろう。徐々に肌に当たる風が涼しく心地よいものになり始めている。
「そうだな、今日はアンの言うとおり、今後のことは明日考え……?!」
「な、何だこの気配は?!」
突如、背筋に悪寒が走り、ヒカルは思わず振り返った。アンは椅子から立ち上がり、周りを見渡す。しかし、アンの超人的な視力を持ってしても、怪しいものは一つもないように見える。だが、何かどす黒く、まとわりつくような嫌らしい気配が、いつの間にか町全体を覆い尽くしていた。
「伯爵様、トビーを。
「え? ミネア?」
背中からトビーをそっと下ろし、地べたに敷かれた毛布に横たわる、妹のルナの傍らにそっと寝かせると、ミネアはぽかんとするヒカルの表情をおかしそうに見つめ、そしてやや顔を赤らめ、少しうつむいた。
「ミネア。」
「はい、姉さん。」
姉のマーニャの呼び声に、顔を上げた彼女の表情はすでに、何かを決意した硬いものに変わっていた。静かに姉の元まで歩み寄り、2人が並び立った瞬間だった。
「な、に?!」
アンはさらに明確に、周囲の地盤がうごめくのを感じ取った。言うなれば、モンスターの本能、動物に近い危機察知能力の故、彼女はこれから襲い来るものを明確に感じ取っていた、しかし、それはあまりに遅すぎた。戦いの疲労のせいか、それとも、この災厄をもたらす力が余りに強大であるせいか、それは彼女にも判らなかった。
ゴゴゴッという激しい地響きと友に、ザーッと砂が流れ落ちるような音が聞こえ、次いで縦にグラグラと揺れる振動が体に伝わってくる。何か足下が不安定で、地に足が着いている気がしない。地震だろうか? 周囲の者は皆、初めはそう思った。しかし、その予想は外れていた。
「フハハハハ、愚かな人間どもよ、ボストロールを退けて、勝ったつもりでいるのだろうが、残念だったな。お前たちの”負け”だ。」
まるで地の底から響くような声だったと、後で兵士の1人は語ったという。まるで、天から降り注ぐかのような声だったと、後で神官の1人は語ったという。その声は暗く、おぞましく、人々は恐怖した。いや、恐怖などと言うありきたりな言葉では、それが発する恐ろしい気配を、到底表現などできなかった。
「い、いったい何が起こっている?! アン隊長、これはいったい?!」
「うろたえるな副長! 私にも判らんが、動揺して取り乱せば敵の思うつぼだぞ! ……しかし、いったいこの声はどこから……?」
「おっおい、あれを見ろ!!」
騎士の1人が指さす方向に、アンが顔を向けると、いつの間にか何やら巨大な人影のような者が現れていた。否、それはローブのような衣装をまとい、人に近い姿形をしているが、それよりも何杯も、何十倍も大きく見え、何よりその顔は、おぞましい異形のそれであった。
「くそっ、天よ繋がれ! ルーラ!!」
ヒカルの判断は速かった。彼の残り少ない
「な、にっ? 魔法が発動しない?!」
「クァハハハハハハ! 愚かな人間の魔法使いよ。貴様ごときの力量では儀式によって作り出されたこの空間から逃げ出すことはできぬわ。己の未熟さを思い知るが良い!」
ヒカルの
「くっ、お前もデスタムーアの手のものか?」
「ふん、冥土の土産に教えてやろう。我が名はだいまどう、大魔王バラモス様にお仕えする将軍である!」
「な、何てこった……!」
「ヒカル? どうした、しっかりしろ!!」
ヒカルはがくりと膝を突いた。起こって欲しくないと思っていた、一番最悪の事態――デスタムーアとバラモス、魔王同士が手を組む事態――に陥ってしまったのだ。想定していなかったわけでは無いが、どこかで可能性が低いと、勝手に決めつけてしまってはいなかったか? 彼は激しく後悔した。
「ハハハハハッ! 思い知ったか矮小な人間ども! この町と一緒に沈み逝くがいいっ!」
「させるわけないでしょ、そんなこと。」
いつの間にか、ヒカルたち全員を背にかばうように、褐色肌のうら若き女性達、2人の姉妹がだいまどうの前に並び立っていた。たいした装備も身につけていないように思われるその姿は、しかしまるで堅固な城壁に守られているかのような安心感を、その場の全員に与えていた。
「伯爵さま、この世界の勇者様、皆さん、どうかご無事で……!」
「坊や……トビー、あんたは死ぬんじゃ無いわよ。」
一度だけ振り返り、ヒカルとアンの傍らに寝かされている少年を、マーニャはいとおしそうに見やった。そして顔を戻した彼女の殺意のこもった表情は、眼前の敵以外に映ることはない。
「くっ、生意気な、貴様らのような小娘に、我が計画が阻めるものか! すでに儀式は発動されている。もはや、何人たりとも止めることはできぬわ!! おとなしくこの町と運命を共にするがよい!」
「お断りですね。私と姉さんが、あなたの思い通りになんてさせません。」
いつになく強い口調で言い切るミネア。その声色は隠しきれない怒りの色を含んでいる。彼女が怒るのは何故か? 彼女や姉が悪を撃つ運命にある者だからか、彼女自身の正義感からか、それは他者には判らないことだ。
一つだけいえるのは、その怒りは彼女の魔力をさらに高め、今まで余裕綽々と言った態度だっただいまどうを、少なからず動揺させた。
「ふ、んっ、強がって見せたところで、貴様らにこの状況を覆す手段や力があるのか? 無いであろうな、フフフフ、ハーッハッハッハッハ!!」
「さあ、それはどうかしらね……異世界の賢者よ、志を同じくする同胞たる我の声に応え、その力と英知のわずかばかりを分け与えよ、異界に住まいし天の精霊たち、勇敢なる者たちに祝福と加護を!!」
舞い踊るマーニャの体から光が溢れ、広場に集まる人々を包み込んでいく。ヒカルの時のように発動が阻害される兆候は無く、光に包まれた人々は次第に空へ浮き上がっていく。
「なっ、バカな、押さえ込めないだと?! 我が魔力を上回るのか?!」 あ、ありえん!! バラモス様から授かった力が、こんな小娘などに、劣るはずがないっ!!」
魔物、だいまどうは知らない。目の前の2人の人間が、かつて異世界で魔王を討ち滅ぼした勇者の仲間であることを。すでに魔王を打ち倒すだけの力を持っている彼女たちに、大魔王バラモスの側近であろうとも、その力が及ぶはずが無いのだ。ましてや、それが未だ不完全な力であればなおさらだ。
結果として、動揺するだいまどうは、マーニャに呪文詠唱の時間を与えてしまった。もう少し冷静に、例えば攻撃呪文なり何なりを繰り出していれば、あるいは彼女の呪文発動をキャンセルできたかも知れない。しかし、はっと気がついたときにはすでに、それは完成されていた。
「合体魔法……オクルーラ!!」
紡がれた発動句により、練り上げられた魔力は解放され、沈みはじめた太陽を覆い隠すような強力な光が辺り一面に溢れ、そして、はじけた。その後にはもう、広場に集っていた人々の誰1人として、残ってはいなかった。
***
沈み逝く太陽を背に、異様な光景が展開されていた。アンの視力でギリギリ目視できる距離に、ドムドーラの町がある。いや『あった』と表現する方が正しいだろうか。いま、その町はゆっくりと、砂の中に沈んでいるのだから。
「あ、ああ、町が、沈んでゆく……。」
「ヒカル……。」
「俺、たちの、負けだ……。」
気遣わしげに寄り添うアンの声が聞こえているのかいないのか、ヒカルは自分の目では確認できない町の方をにらみ据えたまま、小さな声でつぶやいた。よくよく思い起こしてみれば、原作でもドムドーラは砂の中に沈んでいた。しかし、物語の中ではすでに沈んだ町の呪いを解いて元に戻すという過程しか描かれていなかったため、まさかこんな形で町が鎮められるとは予測できなかったのだ。トロル軍団が率いていた魔物の群れは、儀式を完成させる時間を稼ぐためのおとりだったのだ。ヒカルたちはそれにまんまと引っかかってしまったことになる。ボストロールとの戦い自体には辛くも勝利を収めた。トビーとルナも結果的に無事だった。神官団、騎士団、兵士団も犠牲は最小限で済んだ。しかし、ドムドーラの町を奪還することはできず、最終的に作戦は失敗に終わった。
砂漠が真っ赤に染まる頃、それまで嫌でも耳に届いていた音が止んだ。そして、この日、『ドムドーラの町』は地表から姿を消した。後の人々は語ったという、この戦いは、ドランに名を轟かせた勇者と魔法使いの初めての敗北であった、と。
***
薄暗い石造りの建物の、比較的大きな部屋の中、2人の人間と1体の魔物がにらみ合っていた。壁の燭台には灯が灯り、薄暗く暖色系の光が不十分ながら周囲を照らしている。どこか悠然と構える人間、2人の女性のうち1人に、忌々しそうに魔物は問いかける。
「何がおかしい?」
「ふふ、ごめんごめん、ちょっと楽しいことを思い出していてね。」
「ふん、計画の一部は邪魔されたが、体勢は何も変わらぬ。貴様達の負けという事実はな!」
2人の女性、マーニャとミネアは顔を見合わせ、困ったような表情をした。確かに、完全に沈んでしまったドムドーラの町に取り残された彼女たちには、もはや執れる手段が無い。桁外れのマーニャのMPも、先ほどのオクルーラの消耗で枯渇寸前だ。神官団に混じって回復治療を行っていたミネアも同じようなものである。しかし、事ここに至っても、彼女たちの心は穏やかだった。なぜなら、彼女たちの目的はすでに果たされており、これから先、眼前の敵との戦闘結果がどうなろうとも――たとえ負けたとしても、それこそ何の影響も無いのだ。
「まあ、認めるのは癪だけど、この場は完全に私達の負けね。」
「ええ、でも、希望の光は解き放たれました。すでに未来は動き始めています。もはや何一つ、魔王の思い通りにはならないでしょう」
その落ち着き払った態度は、彼女たちが歴戦の猛者である故か。しかし、いずれにしてもそれは、だいまどうのプライドを傷つけ、余計な怒りを買うものだったことは間違いないようだ。
「クククッ、良いだろう。このまま殺してやってもいいが、それではおもしろくない、悪魔の騎士よ!!」
「! 姉さん、何か来ます!!」
「判ってるわ!!」
身構える2人の前にどす黒い闇が現れ、その中からガチャリガチャリと金属音を鳴らしながら、硬質な異形が姿を現した。
「鎧の、魔物?」
「見たことがないですね、この世界のオリジナルでしょうか。」
「悪魔の騎士よ、お前の力でその小娘達に絶望を与えるのだ。気に入らんが、あちらの魔王との契約だ。」
「ははっ、仰せのままに。」
いつの間にか、だいまどうの姿は消え失せ、主の命令を受けた魔物、悪魔の騎士は、兜の奥から妖しい光を明滅させ、じりじりと姉妹に迫る。
――戦いはまだ、終結してはいない。
to be continued
グランドクルス:某漫画の不死身の戦士の切り札。闘気を十字に収束させて解放する強力な必殺技。ただし、闘気の放出は身体に多大な負担をかけるため、本来はかなり小さめに放つのがコツであると、考案者は述べている。ゲームではグランドクロスという特技が登場しているが、こちらはバギ属性の攻撃であり似て非なるものだ。
オクルーラ:某漫画に出てきたルーラの派生呪文。ふたつのルーラを組み合わせることで対象を任意の場所へ転送する。今回は周囲の者たちを比較的近場の安全な場所へ飛ばすという大技を、膨大なMPに物を言わせて成し遂げている。さすがのマーニャも大勢を転移させたためにかなり消耗している。
原作で砂に沈んでいた町、本作ではこのような形で沈没して貰いました。はたして、ミネアとマーニャの運命は……? って、もう結果はモロバレな気がしますが……。
次回もドラクエするぜ!!